-ゴブリン集落編4-
-ギャアギャア、グギャ
-グギャァァ、ギャヤ
宴を終え、気持ちよく眠っている中響く噪音。
(夜にあれほど騒いだのに、まだ騒ぎ足りないのか)
と、喧しいゴブリン達に呆れつつ寝足りぬ頭は覚醒よりも睡眠を選んだため、再び眠りに就こうと思い、ごろりと寝返りをうつ。
-ザクッ
瞬間、自身の背後で鳴った不穏な音に意識を瞬時に覚醒させて、寝台から飛び起きる。
先程までは眠りを求めていた脳も、自身の危機となると話しは別である。
脳内ギアを一気に上げて、緊張状態へ移行する。
襲撃者は何者かと、いつでも動ける様に膝を軽く曲げ前傾姿勢となり、薄暗い部屋を睨み付ける。
その目に映ったのが、この世界で初の人間だから驚きである。また、その装いは物語で語られる様な格好そのままで、革の胸当てに鉄製の剣、腰には膨らんだポーチ、そして冒険者の証である等級を示すドッグタグを首から掛けていた。
薄暗い部屋で見つめ合うゴブリンと冒険者。
だが、今はゴブリンの身体である。仲良しこよしとはいくまい。
ましてや、数瞬前に命を狙われた身としては抵抗せざるを得ない
寝台に刺さった鉄剣を抜き、こちらへと向けてくる冒険者。その目が表すのが敵意なのだと容易く読み取れてしまう。
(くそっ、こうなるか!!)
これでも、ゴブリンの身体になってからというもの、人間との対立を考えなかった訳ではない。
この世界では自分はゴブリンであり、人間社会に混じる事は出来ないだろう、とは思ってはいたが、あまりにも唐突過ぎる。
「くそっ、大人しく死ねよっ!」
部屋に響く声に驚愕する。
初めて言葉を理解できたのだ。
いや、正確にはヒトの言葉を、なのだが。
驚きに思考を埋め尽くされ、目の前に敵が居るにも関わらず呆けてしまう。
その隙を逃すはずもなく、切り掛かってくる冒険者に気付いた時には時すでに遅く。
左肩から腹部にかけて大振りの袈裟斬りを受けてしまう。
痛みによって正気を取り戻せたはいいが、絶体絶命の危機が迫っているのだ。幸いにも、以前の怪我と比べればマシであり、全く動けないほどではない。
大きく斬られた左肩から噴き出た青い血は、冒険者の顔へ降り掛かり、運良く彼の視界を奪ってくれた。
未だ人間相手に躊躇いはあるものの
(こんなとこで殺されるよりかはマシだ!!)
と、足下に転がっていた剣鹿の角を掴み上げがむしゃらに振り回す。
-グシャリ、ズバシッ、ドサッ。
怪我の痛みと自分の感情を制御できないまま、視界も覚束ないままに剣鹿の角を振り回していたが、ふらつき床に倒れこむ。
倒れ込んだ先には、鼻先が触れるほどの距離に冒険者の顔があった。
敵意に満ちた瞳は未だ光を失わず、こちらを睨み殺さんとばかりに見つめてくる。
ようやく出会えた言葉を理解出来る存在から漏れ出るのは、恨み辛みの言葉ばかり。
痛みに顔を歪める姿を見せられ、自分の犯した罪の重さに心が押し潰されそうになる。
一体どれだけの時間が経っただろうか。
10分か、1時間か、はたまた半日か。
冒険者の最期を間近で見ることとなり、ここで死ぬべきだったのは自分なのではないか。
人間の記憶を持ち、ゴブリンとして生きる変な存在の自分よりも、まだ若く将来のある冒険者の彼こそ生きるべきだったのではないか。
そんな葛藤が生まれては、生への執着心がそれを否定する。
冒険者には家族がいたらしい。
最期の言葉は、遺していく家族への謝罪だった。
死にたくないと、母を1人残しては逝けないと。
かつての自分も母子家庭に生まれ、貧乏ながらに一生懸命育ててくれた母がいたのだ。
学生時代は、そんな母を支えたいとバイトをして家計を助け、卒業後も母が亡くなるまで一緒に過ごした。
最期には、ありがとう。と残し逝った母を思い出し...心が折れた。
自分はこの冒険者の家族から、彼を奪ってしまったのだ。まだ若く見える彼には、家族と共に過ごす時間が沢山あっただろう。
自分の身体から流れ出る青い血は、自分が人間では無いのだと知らしめてくる。
光を失った冒険者の瞳は、自分の罪を理解させてくるのだ。
血を流し過ぎ、朦朧とする意識の中でやけにハッキリと聞こえるゴブリン達の歓喜の声が異様に憎たらしく思え、自分もそんなゴブリン達と変わらないのだと。
冒険者の命を奪い、彼の家族から大切な者を奪い、自らを生き長らえさせる存在なのだと。
そんな自分の命にどれだけの価値があるのだろうか。
碌に働かない頭で自問自答すれど、生きている喜びがあり自己嫌悪。
(あぁ、なんでっ!なんで俺はゴブリンなんかになってしまったんだ!!せめて言葉を理解出来なければ、まだ気楽でいられたのに!!)
ゴブリンの言葉を理解出来ず、人間の言葉を理解出来る自分はなんと歪な存在なんだろう。
これからも人間と戦い命を奪っていくのか。
自分の存在は何なのか分からなくなり、折れた心は自分の罪を思い出すたび自身の生を否定する。
この程度の怪我ならば、ゴブリンの生命力によって癒されるだろう。
次に目覚めた時、全ては夢であって欲しいと願いながら、その瞳を閉じたゴブリン生活3日目だった。