-ゴブリン集落編1-
辺りが少々騒がしい。
ぼんやりと意識は戻ってきたが、どうにもここは夢の世界ではないらしい。
ジクジクと痛む身体がこれが現実であることを突きつけてくる。
(ええっと、赤鬼と出会って吹き飛んで、俺どうなったんだっけ?)
相変わらず声は出ない。
喉の渇きは以前程感じているわけではないことから、もしやゴブリンになったことで声を失ったのか?などと推測を立ててみる。
-グギャギャグガガギャ
相変わらず辺りが喧しい。
なんと言っているのか理解出来ないが、こんな世界だ、どうせ碌でもないんだろ。
なんてセピア色な思考に浸っていると身体を揺すられた。
間近で爆炎を浴び、全身に火傷を負っているであろう身体を、それはもう幼少期の頃の無遠慮さと
良い勝負出来る位に豪快に揺さぶられた。
触れられた部位は僅かに爪が食い込み、ジクジクとした痛みとは別の鋭い痛みを与えてくる。
(いってぇぇぇぇえぇぇぇぇえええ!!)
ガバッと起き上がり、鬼の所業を行う者を睨みつけてやろうとしたが、身体が上手く動かず地面を転がることになり悶絶。
-グギェギュギャギャギギャ
なんとなく笑われているのだと思い、視線を声の主に向けるとそこには、ゴブリンがいた。
かつて見た物語に出てきた様な、醜い顔立ち、7-80程度しかない身長、薄汚れた緑の肌、そして額に申し訳程度に伸びた角。
そしてなにより、異臭を放つ腰布。
このゴブリンの身体になってからというもの、周囲の音に敏感になり、見た目以上のタフさで動き回れ、視力も以前より良くなったと感じていた。
そして、当然例に漏れず嗅覚も以前より良くなっている。
それは地獄巡りの様なもので、糞尿は垂れ流し、洗濯なんて文化はないであろうから腰布は装着されて以降、洗われたことはないのである。
それはもう悲惨なほどに臭うのだ。
そんな存在を前にして目の前に立つゴブリンを見ていると、そのゴブリンより一回り大きなゴブリンが近付いてくるのが見えた。
(あれがここのボスなのかな?)
同族であろう存在ならば敵ではないだろうという思いから、すっかり油断していたのだ。
ここは自分の常識など通用しない世界だという事を、忘れてしまっていた。
ボスゴブリンの品定めする様な視線に、若干の居心地の悪さを感じながら、碌に出ない声を振り絞り一応、挨拶をする。
-ボカッ
いきなりの衝撃に身構えることも出来ず、その場に蹲り悶絶することになる。
ゴブリンのマナーなど知らないが、まさか殴りつけることが挨拶替わりだとは思えない。
何事かと顔を上げてみれば、迫り来る拳をどアップで見ることになり、衝撃と共に意識を失った。
再び意識が覚醒したのは真夜中の様で、辺りは暗くゴブリンの持つ夜目がなくては、まともに歩くことも出来そうにない程に暗い。
火傷と打ち身、そして先程のゴブリンに洗礼によって身体はぼろぼろだ。
全身に走る痛みは収まることなく、我が物顔で身体中を駆け巡ってくれている。
喉の渇きと空腹を覚え、どうにか動こうとするもどうにも上手くいかない。
そうこうしていると寝床からずり落ちる結果に。
もはやここまでか、などと呆れを通り越し笑いを堪えていると、先程見たようなゴブリンとは若干異なる風貌をしたゴブリンと目が合った。
筋張った身体付きで、腰も少し曲がっている様な印象のゴブリンはどうやら介抱してくれていたらしく、こちらに近付くと優しく上体を起こしてくれた。
-グギャギャ
相変わらずなんと言っているかはわからないが、雰囲気で嘲笑っては無いな、と感じ取れた。
話せないながらも、こちらの意図を伝えようと身振り手振りで伝えようと試みるが、身体に走る痛みがそれすら許してはくれない。
だが何かを感じ取ったのか、大人の掌サイズの葉を器用に折り畳みそこに水を汲んできてくれ、飲ませてくれたのだ。
その水はお世辞にも綺麗とは言い難い程、濁った水ではあったが、この世界で初めて触れた優しさになんとも言い難い気持ちになり
(この濁った水の味を俺は忘れないんだろうな。)
なんて思いながら一心不乱に飲み干した。
空腹を泥水で誤魔化しながら眠りに着き、ゴブリン生活2日目を迎えることとなった。