-ゴブリン誕生編-
身体全体が凝り固まったかのような違和感に目を覚ませば、真っ先に目に入った燦々と照りつける太陽にさらに違和感。
普段から部屋は閉め切っており、蛍光灯の明かりならまだしも太陽の光が差し込むわけもなく
(あぁ、また車で寝ちゃったのか。どーりで全身痛いわけだ。)
なんて見当違いなことを思いながら身体を起こす。
やはり違和感。
目が覚めたばかりでぼやけた視界に入る深緑。
(あー?なんで外?てか喉が渇いて声出ない)
自分は一体どうして外で寝たのだろうかと思案するも、記憶に残るのはベッドに寝転んだのが最後で外で眠るどころか、外に出た記憶すら無い。
(普通に朝起きて仕事行って帰って寝たよな?)
やはり寝惚けた頭では碌に思考が出来ないなっと立ち上がってみて最大の違和感に直面。
明らかに視点が低いのだ。
見間違いか?と目を擦ってみれば更なる違和感が襲いかかってくる。
(腕が緑色!?えっなんだこれ!?)
自分の身体を確かめてみれば小汚い腰布を巻き、全身も薄汚れた緑色の身体、多分だが身長は7-80程度しか無いのではないかと思える。
明らかに自分の身体では無い。
こんな様相は物語に出てくるゴブリンの様ではないか、と動揺しながらもしっかりと正解できるのはどうなのか。
自身の変化に戸惑いながらも現状を確認しようと
周りを見渡してみれば、この辺一帯はどうやら森の様で目につく限り自分以外に生き物は居ない様である。
(とりあえず飲み物を探さないと)
目覚めた時から感じていた喉の渇きは無視出来ないほどになり、先ほどまでの動揺もどこかへ飛んでいくほどに思考を埋め尽くしていく。
(水、水が欲しい。森なら何処かに川が流れてるだろ、どこだどこにある。)
耳を澄ませば微かに聞こえる水の流れを信じて倦怠感を覚える身体に鞭打ちながら歩んでいく。
どうやらこのゴブリンの様な見た目の身体は思った以上にタフな様で、その短い足を止める事なく進んでくれる。
水の音がしっかり聞こえる距離になれば、喉の渇きを癒そうと自然に進むペースも速まる様で最後は若干息を切らせながら水場へと辿り着いた。
水の流れは緩やかで、あまり大きくは無いが年月を掛け水に穿たれた岩は綺麗な水を溜め込んでくれている。
とにかく飲んだ。
ただただ喉の渇きを癒そうと岩に溜め込まれた水を飲み、岩肌を流れる僅かな水すら逃しまいと岩に身を寄せただ無我夢中で水を飲んだ。
-ズドンッ
自身のすぐそばで鳴った轟音に視線を向ければ、そこには自身の胴体程の太さ丸太が突き刺さっていた。
偶然だった。
水を見つけ、周囲に気を配ることもせずに水を飲み、意図せず岩肌に身を寄せたことで、あの強烈な一撃を回避できたのだ。
背筋が凍りつく様な思いで周囲を見渡せば、爛々と輝く赤い眼光がこちらを見つめていた。
(あれはマズい、殺される。)
この身体に刻まれた生存本能が全力で逃げ出せと毎秒毎に脳に指示を送っているが、意思に反して足は動いてはくれない。
(逃げなきゃ、逃げなきゃヤバい、今すぐここを離れなければ。)
加速する思考をよそに、ゆっくりと近づいてくる絶望に身体は震え、足は石になったかの様に動いてはくれない。
その絶望に目を向ければ、赤い肌に筋骨隆々の身体、爛々と輝く瞳に、何よりも目につくのは天を衝かんとする様な立派な一本角。
(ぉ、鬼だ。鬼が来やがった。)
身体の震えはピークに達し、心音が聞こえる程に鼓動は早鐘を打っている。
(どうすりゃいいんだ俺は殺されんのか?)
碌な思考も出来ないまま、ただ自分の死が目の前で振りかざされていることだけは分かった。
だから気が付かなかった。
ジッと息を潜め、絶望を狩らんとする冒険者達の存在に。
-ズガァァアァアアン!!
目の前で炎が爆ぜた。
熱波が頬を伝う汗を撫でたかと思うと、気が付けば吹き飛んでいた。
文字通り、矮小な身体は風に吹かれる紙切れの様に抵抗することも出来ず、只々飛ばされた。
遠退く意識の中で、微かに聞こえる声があった。
それは僅かながらに漏れ出た自身の声と似ている様な気がして、少しだけ笑えた。
全身に走る痛みは、これが夢ではない事を毎秒毎に伝えてくるが、それでも願わずにはいられなかった。
(どーか目が覚めたら、夢でありますように。)
-グギャギャ