平庵女学院 弓道場にて
1986年、高校1年の秋、何故だか中原靖男は女子高の平庵女学院(通称:平女)にいた。
平女と言えば京都きってのお嬢様学校の一つで、時代を先駆けて揃いも揃って極端に短い膝上のミニスカートを着ている事で全国的に知れ渡っている事と、そして、それに相応しい可愛らしい娘が多く在学している事でも有名な女子高だ。学力の偏差値的には・・・まぁ中の上といった所だろうか。しかし、そういった可愛さ面接でもあるのか、そんな極端なミニスカートの似合う女の子揃いの可愛さ女子的偏差値は、スカートの短さに反比例してか、極端に高い学校だった。
文化祭、体育祭等の学祭には彼氏気取りのバブルな大学生が、ベンツやBMWで乗り付けて学校周辺の列をなして駐車する程に京都の男子に人気のある、「学力偏差値のダム女、可愛さ偏差値の平女」とまで呼ばれている女子高、と言えば、どれだけ京都の男達の垂涎の的な女子高だったか分かってもらえるだろうか。
そんな女子高の中の体育館にある舞台に靖男は楽星の演劇部員達と立っている。平女の演劇部員と秋の文化祭の演目について語り合っている。
放課後なので、眼の前の体育館のホールからは運動部の女子たちが爽やかな、甘酸っぱい声が響いてきている。
確かに、府内随一の進学校であり、カトリック系の楽星高校の生徒ならば、同じくカトリック系の女子高である平女に入らせてもらっても知名度、偏差値、そしてキリスト教繋がりとして相応しくない訳ではない気もするが、普段は男子厳禁の女子高の中を、平日の放課後、堂々と歩いている事に、正直、靖男は少なからず浮かれていない訳ではなかったが、何だか現実味を感じていなかった。
切っ掛けは、夏に遡る。
先輩が何年か振り、確か靖男が中学1年で入部してからは参加していなかった高校合同演劇祭と言うものに参加する事としたのだ。
念の為、一応もう少し戻って、靖男が演劇部に入部した中学1年生の話を少し入れさせて頂く事とする。
靖男は基本的に本格的に演劇がしたくて演劇部に入った訳ではなかった。
中高一貫の進学校である楽星に中学で無事入学出来た靖男は、必須である部活動をどれにするか迷って色々見学している時に、体育館でバスケ部やバレー部の様子を見ていると、たまたま舞台の隅っこから声をかけられた。
それが演劇部だった。
興味半分で覗いてみると、緞帳の裏に隠れていたのはバレーボールコート1枚分はある大きな舞台で、大道具で使う筈の角材をバットに、ガムテープをグルグル巻きにしたボールで野球をしたり、緞帳の隙間から入って来たバレーボールを使って、これまた大道具で使うロープを即席のネット代わりにバレーモドキに興じてみたり、はてまたこれまた緞帳で隠れている事をいい事に下校時間を過ぎても大富豪やナポレオンなんかのトランプで、演劇部の先輩達が楽しませてくれた。緞帳の向こう側のコートでバスケ部やバレー部が必死になって大声を上げて練習をしている裏で小学生みたいな遊びをしている背徳感や、緞帳の陰に隠れた秘密基地みたいな雰囲気も楽しかった。
それらが楽しくて、そんなこんなで靖男は演劇部に入部したのだ。中学受験から解放されて無邪気に遊びたかった事もあっただろう。
確かにやってみると、演劇も面白くない訳ではなかった。キャストとして舞台に立つと、RPGの、主役とは言えなくてもキャラクターの一人になった気分にでもなったし、スタッフとしての裏方でも、舞台の幕が下りて完結した時の高揚感はたまらなかった。
だが、それは舞台に立つ1ヶ月前程度からの事。本格的な高校の演劇部なら、発声練習やダンス等、体育系の部活に等しい激しい基礎練習が行われているらしいが、靖男が楽しんだ新入部員の勧誘は見せかけではなかったようで、春の新入生歓迎公演と、秋の文化祭以外は「部活」と称して、部活の日には緞帳の裏で毎度毎度野球モドキをしたり、トランプのナポレオン(差別配りの大富豪も好きだったが、複雑な心理戦になるナポレオンが、妙に皆に好まれていた)をしたり遊びまわっていた。それが靖男には居心地が良かった。
そんなある意味「なんちゃって演劇部員」だった靖男にしてみれば、高校1年になって突然もう1本舞台が増える事なり、当然の如くブーたれて拒否したが、
「女の子と出会えるかも知れないしさ、後、面倒くさくなったら、文化祭と演目を被せたらいいんだし」と先輩に説得されて、表向きは渋々参加する事とした。
そりゃ、靖男だって男だ。「女の子と出会える」と言う話が嬉しくない訳が無い。男子校だし、そういう機会でもなければ、女の子と会う切っ掛けが滅多に無いのは事実だ。
ただ、正直、「面倒くさかった」。
掛け持ちしている山岳部で、夏合宿で立山に登る予定もあったし、勉強等殆どせずに、マイナーな、と言うか、と言うより・・・いや、それすらもある意味、言い繕った言い方とも言える、まぁ、なんだ・・・「美少女漫画雑誌」と呼ばれていた雑誌、「HONT MILK」に漫画の原作を月一ペースで投稿ばかりしている靖男の成績ならば赤点必死で、補習もあるだろう。というか、ほぼ確定のペースだ。
そして、何より、運動部の高校総体みたいな合同演劇祭に参加したからと言って、100%女の子と知り合いになれる訳もなく、そうであれば「彼女」が出来る、なんて言えば更に低い確率で、その先にまでとなると・・・まぁ無茶な確率だろう。
共通の話題でもあればいい。だが靖男は「なんちゃって演劇部」レベルで、さほど演劇に興味がある訳ではない。楽星の演劇部の雰囲気が好きなだけで、まぁ確かに小劇団の活動なんかには少し興味を持ってはいたが、少ない小遣いもマンガなんかに消えていた。小劇団の舞台を観に行くのなら、それを蓄えてコミケにでも行ってみたかった。
そう、中原靖男は「おたく」だった。
つまり、靖男にしてみれば「女の子と出会う機会」があったとしても、次に繋がる共通の話題や切っ掛けが無いのだ。舞台で、演劇で知り合った娘に、突然マニアックな漫画の話をしても通じるとはとても思えない。
・・・ともあれ、「面倒くさい」ってネガティブな理由が、先輩の「参加したい」というポジティブな意志に勝てる訳が無い。
少しだけ、ほんの少しだけ女の子との出会いを期待しつつ、靖男は了承した。
そんな感じで参加したのに、どうしてだか靖男はメインキャストをやらされた。
先輩の稲上さん書下ろしの脚本で、なんだかミュージカル風の場面もあったりして、舞台の中央でピンスポットを浴びながら革ジャンを着てダンスを踊らされた。流石に夏場だったので汗だくだった。
拍手喝采を浴びたが、女の子との出会いは・・・まぁ当然と言っていいだろう、
・・・無かった。
まぁ、そんなもんだ。と、想定の範囲内だった前期中間試験の赤点で、否応なし招集された補習を聞き流しながら靖男は思っていた。そんなに簡単に、Boy meets girlがあるのなら、世の中は恋人だらけだ。
補習が終わったお盆明けに掛け持ちしている山岳部の夏合宿で立山に登り、ご来光を拝めた事が夏の思い出となった。後は、ほぼ補習の事しか覚えていない。と言っても、補習の内容は全くと言っていい程覚えておらず、京都市内の蒸し暑い街中に出掛けなくてはならない面倒さを覚えていただけで、参加する事に意義があり、本格的な部活をしている他校とは到底比較もならず、もちろん賞になどかすりもせず、そして、女の子との出会いもまるでなかった高校合同演劇祭の事等、綺麗さっぱり忘れていた。
夏休みも終わり、靖男は立山縦走で真っ黒に日焼けした姿で、演劇部の部室に向かった。
扉を開けるなり、高校合同演劇祭の参加に積極的だった先輩のラタさんが声を上げた。
「おい!平女が文化祭に協力してくれないかとさ!」
・・・
高梨葵は、自分で分かる程に緊張していた。
夏の高校総体が終わり、主将として率いた弓道部は、残念ながら全国には行けなかったが府内3位だった。部長の役職も後輩に引き継いだ。エスカレーター式に短大に入学する事は内定している。
秋は半ばに差し掛かっているが、それでも残暑が厳しい中、弓道場で気持ちを引き締め、大きく息を吐くと、目を開き、高く弓を掲げて、ゆっくりと乙弓(二の矢)を引きながら、目線にある的に矢を向けた。
矢を放つ。
的を外れて、砂に刺さった。
ああ、邪念だらけだな・・・葵は思った。袴の背中に挟んだ2冊の雑誌、それが邪念の元なのだが、それも邪魔しているのだろう。
葵は、袴の裾を直し、タオルで汗を拭うと、再び2本の矢、一手を手にした。
高梨葵は、小学生から平庵女学院に通う、生粋の「平女生」だった。中学時代から弓道部に所属し、高校3年生の今年は部長も務めていた。
身長は低いながらも、その凛とした雰囲気から、下級生から「お姉さま」と慕われてもいる。成績も優秀、弓道部での実力もあり、部長になるだけの力量もある。学内では十分過ぎる才覚だ。固辞したが、生徒会長に推薦された事もあった。
そんな葵だが、友人にも言っていない、多分知られてもいない小さなコンプレックスがあった。
自分が、漫画やアニメが好きな、その頃言われていた「おたく」だと思っていたのだ。
ガンダムの世界観が大好きになり、マクロスの、たまにとある国に作画を依頼した際に大きく下手になるが、作監や原画次第で絶妙に美しくなるキャラに惚れ、密かにアニメ雑誌も購読していた。
でも、「おたく」と言えば、小太りニキビでアニメキャラが大きくプリントされたTシャツを着て、いつも汗をかいている。そんな印象で、一般的に「蔑視されている」と言っていい存在に葵には思えていた。それは、自虐的に「おたく」と自称している人達が漫画に描いたり、アニメ雑誌等で紹介していた偶像かもしれないが、そうして自分達が作り上げていた「おたく」像は、葵には世間も認知していた気がしてならなかった。
漫画やアニメは好きだったが、葵はそんな「おたく」だとは思われたくなく、誰にもその趣味の事は言っていなかった。言ってしまった瞬間に、それまで築き上げてきた自分の印象が崩れ去る気がしていた。特に他の人から「いい娘」と思われたい訳ではなかったが、積極的に卑下されるような立場になりたくなかった。
好きなのに、好きと言えない、そんなもどかしさに悩んでいたが、そんなアニメや漫画の話がたまに友人達の話題になる事があっても、そんな気持ちから、わざと素知らぬ振りをしていた。
学校に少女漫画雑誌を持って来て、それを囲んで盛り上がっている子達もいたが、どこか内気そうで、でも仲間内だけで盛り上がって他の人達を拒絶しているような雰囲気を感じさせている彼女達と積極的に話をしようとは思えなかった。自分は、確かに漫画もアニメも好きだけれども、違う場所からそれらに関心を抱いていると思っていた。
葵は、漫画やアニメの作品の内容が好きなのであって、そこに登場するキャラクターを耽溺し、彼らに恋愛感情を持つと公言していたりする彼女達の気持ちは理解出来なかったし(まぁ、確かに主人公に少なからず興味を抱く事はあったが、好意とも思えないと自分では思っていた。それだけでなく、TVの中のいわゆるアイドルと呼ばれる人達にも、興味は持ちこそすれ、愛情的な、というか憧れみたいな感情も、さほど抱かなかった)、共感する気もなかった。逆に、そんな風な感情でのめり込む彼女達が、正直に言って、気持ち悪くも思えた。・・・いや、そう思いたかったのかもしれない。
特に男性はそうだったが、女の子も服装や装いに気にせず、どこか野暮ったく、他の世間の話題に無頓着で、漫画やアニメの世界に没頭する結果、どこか毛嫌いされる、そんな雰囲気が「おたく」にはあると葵には思えていた。
だが、その印象が少し変えられる、葵にとって小さな事件が夏にあった。
後輩の演劇部員に、「チケットのノルマがあるから」と懇願され、高校合同演劇祭のチケットを買った事から始まる。
特に演劇に興味はなかった。折角購入したので観に行くか、その程度の気持ちだった。
自校の舞台の開幕する時間30分程前に、京都産業会館の前に着いた。蝉の声が五月蠅かった。
その時、おそらく後の舞台に立つ予定と思われる、楽星の演劇部員らしい人達が(茶色とも、ほうじ茶色とも言えない独特の夏服で、それは市内に関わる人なら一目で分かる)、舞台裏への通路に向かっているのが目に入った。
その時だった。
小さな電気が走った気がした。
笑いながら楽屋口に向かう、その楽星の演劇部員であろう人達の中に、Men’s BIGIのザックに、アニメ雑誌「AUT」の投稿掲載プレゼントである「まいどくんバッチ」をさり気なく付けていた男の子がいたのだ。
間違いない。「まいどくんバッチ」だ。葵も欲しくて、自分で面白いと思えるネタが思い浮かべば投稿しているが、投稿者のレベルが高く没ばっかりだから、それだけに「AUT」のプレゼント写真で「まいどくんバッチ」をしっかり覚えている。一つ目の、頭に扇みたいなモノをつけた片足を上げたキャラが「まいどくん」だ。投稿に対して、「まいど!」と言ってくれているらしい。
その男の子は、典型的とされる「おたく」像とはまるで異なる、まぁ、かと言って絶品のハンサムと言う訳ではないが、普通よりは上の、爽やかな男の子に見えた。彼は、そのまま演劇部員の友人であろう人達と話しながら楽屋口に入っていった。
あの人「も」、いや、「が」、「おたく」なの?
葵は驚いていた。自分が思っている「おたく」像とは丸っきり異なっていたからだ。
パンフレットを見ると、楽星の舞台は、自校、平女の次の次だった。自校の舞台が終われば帰るつもりだったが、何故か席に残っていた。楽星の舞台を待っていた。
小さな電気は、大きな電流として背筋を走った。
あの「まいどくんバッチ」をMen’s BIGIのザックに付けていた男の子がメインキャストとして舞台に立っていたのだ。
ピンスポットに、浮かび上がった彼は、ダンスを舞ってキメのポーズを決めた。
それは、葵の中にある「おたく」像とは真逆だった。舞台で輝いていた。
葵はパンプレットに目を落とした。主人公に「中原靖男」とあった。
・・・
「すいませ~ん!男子が使える便所は何処ですかぁ~!」靖男は平女の演劇部の部長に聞いた。女子高だけあって、男子が使える便所は殆ど無い。それは、男子校である楽星も一緒だ。一応、学祭の際には楽星でも一部のトイレを女子用に変更して開放するが、今回の様な日常の女子高で、男子が使える便所は自ずと限られている。そんなもんだと、男子校に通っている身としても理解出来る。
「この体育館を出た北側に弓道場があります。そこを進んで右側が男子も使えるトイレです」
「なんだ、そんな隅っこにしかないの?」
「すいません・・・」
「わっかりました」靖男は便所に向かう。
体育館の脇にある、突然現れた古式ゆかしき佇まいの、凛とした空気がそこだけ突如現れた弓道場の前を、便所に向かい、歩いていた。
女の子が一人、弓を持って立っていた。
さらりとした長い髪、袴姿、その止まっているかの様な立ち姿は、袴に着替えた市松人形がその姿に相応しい、弓の的に向かって、そっと置かれている様にも思えた。
一瞬、思わず見惚れしまった。
だが、ただそれたけの事だと思い、便所に向かって歩き続けた。
・・・
「お、お前っ!」
葵は、楽星の演劇部の部員が、今日、学校に来るという話は後輩から聞いていた。だから、こうして、部活が休みの日にも関わらず一人で、体育館の舞台から、都合よく男子トイレに向かう通路でもある弓道場で、こうして部活をしている振り(いや、素直に気持ちを落ち着ける為に、的に向かってもいたのだが)をしていたのだ。
そして、彼がやって来たのだ。思わず叫んでしまった。
「へっ?」彼は立ち止まった。周りを見渡して他に誰もいないから、どうやら自分が呼ばれたらしい事は分かったらしかった。
「なっ、中原靖男!」
「は、はい?」
「中原靖男っ!」葵はもう一度叫んだ。
「・・・はい!?」中原靖男らしい男は素っ頓狂な声で応えた。なんで突然フルネームで呼ばれなければならないのだ?とでも言いたげな、怪訝な表情を浮かべていた。
「・・・お、お前は・・・『じょう ようじん』だな・・・?」大きく息を吸い込んだ後、葵は何とか言った。何故だか普段とは全く異なる、上から目線の高飛車な物言いになっていた。
・・・
靖男は、左程トイレに行きたくなかった訳では無く、気分転換だったので、突然弓道場から聞こえて来た自分の名前に立ち止まった。いや、驚き、立ち竦んだと言ってもいい。立ち竦まなくてもいい、可愛らしい声だったのだが。
そして、もう一度じっと見つめ直した女の子、弓道場に見つけた声の主は、身長は150cmはあるかどうか。ウェスト迄はある髪も長くは思えない、ぶっちゃけ小さい女の子。その背丈のせいか、地面に弓の下を付けているが、弓は真っ直ぐには立たずに彼女の肩の方に傾いでいる。前髪は眉毛の上で綺麗に揃えてあり、その眉毛もきりっと流れており、一重瞼で大きなクリッとした瞳は、震えながらこちらを凝視している。
「『じょうようじん』?」
「そっ、そう、『じょう ようじん』だ!」
唐突に声を掛けてきたその女の子を、靖男はもう一度じっくりと見直してみた。ちっちゃい女の子だが、弓道の袴が似合う、和風な子だ。丁度、内田義美が描く『草迷宮・草空間』の『ねこ』みたいに、長く伸ばした髪が、やはり市松人形みたいにさらりと綺麗だ。正直、精一杯高校生に見える、と言っていいくらいだろうか。平女も中高一貫の学校だから、中学生かもしれない。見た目の年齢としては、正直。普通一重なら普通小さく見える瞳も大きく、その瞳でこっちを何故だか必死に凝視しているのが、何だか自分が悪い事をしたかとも思わせてくるほどだ。『じょうようじん』と言った瞬間、真っ赤に変わった頬で、手は弓を握りしめながら、ふるふる震えている。しかしながら、「負けないぞ!」と言わんばかりに、その小さな背で大きく胸を反らして、まるで小動物が大敵を相手に必死に威嚇している感じだ。「ハリネズミみたいだな」と靖男は思った。
そして、ちらりと視線を下に向けた。白い上衣に濃紺の袴、朱塗りの胸当てに隠れているが、結構大きそうな胸だし、ウェストは見事にくびれている。正直、「ちっちゃくって、可愛くて、年の割に胸が大きいセクシーな女の子だな」と思いながら、その姿を暫し見ていた。
そんな可愛らしいとも言える女の子が何を必死になっているのだろう?なんだか『じょうようじん』と呪文のように、必死に叫んでいるのはわかるのだが。
「まぁ・・・城陽に住んでいますが・・・それが・・・?」
「そういう意味じゃない!『じょう・・・ようじん』だろ!」
「はぁ?」
暫くゴニョゴニョしていた葵は、弓を置き、袴の後ろに挟んでいた雑誌2冊をごそごそと取り出し、お辞儀をするように、前かがみに雑誌を持った両手を伸ばして頭と一緒に靖男に突き出した。前かがみになっているので、どうやら表情は窺えないが、雑誌を突き出した手はふるふると震えていた。丁度、TVで流行っている恋愛番組の「お願いします!」と、男が女の子に告白する、真逆の立場でのポーズだ。
その震える手には、2冊の雑誌「AUT」と「HONT MILK」があった。
「あ・・・」
靖男は、小さな声を出した。
・・・
葵は顔を上げた。きっと怒っていると思われる表情に違いない、と自覚していた。眉に皺が寄っている気がした。でも、どんな顔をしていいのか、見当が付かなかった。
・・・
内心、靖男は「うへぇ~」と絶句していた。
確かに、雑誌に投稿している事を、高校の友人達に話をした事はあったが、どんな雑誌かまでは話をしていなかった。それなのに、その投稿している雑誌2冊が眼の前に差し出されたのだから、焦らざるを得ない。靖男には、内緒にしていた、ある意味、日常の生活の中では知られたくない事だったのだ。
・・・
「せっ、今月号の『AUT』に「合同演劇祭の舞台で主役を張ったぜ!」みたいな投稿しただろ!採用されただろ!」葵は怒鳴るように口走っていた。
「まっ、まぁ・・・確かに・・・」
「で、その合同演劇祭の時に、『AUT』の「まいどくんバッチ」をつけていたな!」
「・・・はい・・・」
「そっ、それと!『HONT MILK』に、合同演劇祭か何かで出会った女子高生との、なっ、なんだ、馴れ初めみたいな・・・Hぃ話を、漫画の原作として投稿したのが寸評されていたな!」何だか叱っているみたいな口調になっているのは承知している。悪印象を与えるだろう事も分かっている。でも、何故だかこの口調を和らげる事が出来なくなっている。
・・・
「まっ・・・まぁ・・・」
事実だ。否定しようがない。その2冊の雑誌、『AUT』と『HONT MILK』が突き出されて、靖男には今更嘘だとも言えない。
「なっ、ならば、『じょう・・・ようじん』!」その女の子の目が、一層睨みつけて来た気がする。
「ええっと・・・『城☆陽人』と書いて、『し・ろ・ひ・と』と読みます・・・」
「へ?」女の子の目が移ろい、何か怒りで真っ赤になっていたと思われた顔が、別の意味で赤く変わった気がした。
・・・
「・・・じ、じゃあ、し・・・『しろひと』!」何故だか読み間違いが恥ずかしくなった葵は、一層声を大きくして、
「わっ、わっ・・・私と、付き合え!付き合うのだ!」