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実話をもとに書きました。彼女との会話ほぼ実話です。

僕は眠っている。すやすやと。半ば夢を見ながら。

携帯電話が鳴った。

「誰だよ…」

僕は枕元の時計を見る。時間は…夜中の二時。相手は彼女だった。

「どうしたの?」

眠い中、僕は必至で頭を回転させる。今は五月。僕はパジャマを着ている。パジャマは青と白のチェック柄だ。

「出たの」

「ん?」

「出たのよ」

『出た』で分かるやつがいたらお目にかかりたい。彼女は半泣きだ。

「何が出たの? 幽霊?」

僕は頭が急速に目覚めるのを感じつつ、まだ起き上がっていない頭が非現実的なことを言っているのに気が付いていた。

「『やつ』よ」

「『やつ』? 何、ストーカー?」

彼女がストーカーにあっている話は聞いたことがない。

「違うわよ。『やつ』よ」

「…何を言っているんだか…ちゃんと話してよ」

僕は携帯電話を持ち上げ、必死になっている彼女の身に何が起こったのか探ろうとした。

「さっきね、トイレに起きたの。そしたらトイレの壁に、黒い物体がさささって動いたのよ。間違いなく『やつ』よ」

「そりゃ、ゴ…」

「だめ! その先は言わないで!」

彼女は半分金切り声を出した。なんでもない。ただの『小昆虫』だ。

「今ね、殺虫剤をまいたの。でも『やつ』の動きが早くて、見失ったの。お願い、ちょっと来て見てくれる?」

草木の眠る丑三つ時だが、『昆虫』は餌の時間とみえる。

「今から?」

「おねがい」

明日は土曜日。仕事はない。暇つぶしになるし、起きてしまったのだ、そうは簡単には眠れないだろう。

「わかった支度する。三十分で着くからちょっとだけ待っていて」

僕はそういうと電話を切り、パジャマを脱いだ。


三十分後、彼女の部屋に着いた。僕はポロシャツにジーンズ。彼女はかわいらしい花の絵柄のパジャマだった。

彼女は怖がっているが、僕はあきれている。

「ほら、中見せて」

「こっち」

彼女は一人暮らしだ。へやは1K。ベッドがあり、机があり、鏡台と棚、テレビがある以外は物らしい物はない。

「んで、ゴ…」

「だめ!」

「はいはい、それで『やつ』は?」

「トイレ」

「なら簡単に見つけられるよ」

「殺してね?」

会話を端折って聞いたら、僕はあたかも殺人を犯すかのように聞こえる。

トイレに入ってみた。芳香剤のほかにはトイレブラシ、サニタリーボックス、トイレを磨く洗剤のほかは何もない。

「いないよ」

僕はいい加減に答えた。

「いるわよ」

「どこに?」

「それを見つけるのがあなたの仕事」

どこだよ、と思いトイレの中のものを動かし見てみる。『小昆虫』はいない。

「どこかに行ったんじゃないのかな? 排水溝が怪しいんだけど…」

「のぞいてみて」

排水溝の中を見たがいない。

「やっぱりいないよ。もう外に出たんだよ」

「部屋にいるかも」

「なら、ホイホイを使ってあとは寝てれば翌日、『やつ』はその中に納まっているさ」

「寝れないよぉ」

「一緒にいてあげるから」


ホイホイを買って、箱型にして設置すると、僕は彼女の部屋に一晩泊まった。


朝…


結局『小昆虫』は現れなかった。ホイホイにもつかまってない。

「どこ行ったんだろ…」

「排水溝伝って逃げたんだよ」

「えええ、またやってくるの?」

「ホイホイがあるから、大丈夫だよ」

「…そうだね。んじゃ、朝ご飯作るから食べていって。お礼」

「ありがと」

そう言って彼女は棚からフライパンを出した時だった。

「ぎぃやああああぁ」

耳をつんざく、とはよく言ったものだ。彼女の普段からはありえない『奇声』が彼女の口から発せられた。

僕はすぐに立ち上がり、殺虫剤を手にする。

「どこ?」

「お茶碗のところ」

僕はお茶碗をどかし見てみる。『敵』はあっぱれな奴で、姿はない。

「手当たり次第…」

僕は殺虫剤をあたりに振り掛けた。するとかさかさと音が鳴り、突如もだえるかのように迷走する『やつ』が出てきた。

おりゃ、ともう一つかけ、柱の隅に追いやると『やつ』はそこで息絶えた。

「これでいいでしょ…ん? 何しようとしているの?」

「お茶碗を捨てるの」

彼女は放心状態から抜け出したかのように、ふらりと立ち上がり、ゴミ箱にお茶碗を捨て始めた。

「洗って使えば…」

「『やつ』に汚染されたものなんか使えないわよ!」

彼女の怒号に、僕はびっくっとする。

「…買い物。それに食事。出かけるわよ」

「…はい」

僕は従うしかなかった。




「もう鬼気迫る感じだったですよ?」

あれから六日。僕は隣で運転している同僚に言う。

「まあ、女の子はみんなゴキブリ嫌いだし…」

僕の仕事は土木作業員。朝は比較的早い。これから現場に向かうところだ。

「俺のところでも、そんなことあってさ、ぶちまけ、ゴキブリを取る、ってことよりも、ゴキブリを口実にどのくらい一緒にいてくれるか、ってことが重要なのさ」

「なんだかねぇ」

土木作業着の同僚は言う。つまりは困ったときにいかに頼れる男でいられるか、が問題なのさ、と。

「まあ、そのあとの食事で彼女の機嫌は治りましたよ。ついでに映画を見てホテルにしけこんで…」

「だろ? ゴキブリのつないだ縁、ってやつだ」

そうなのか、と僕は思った。ゴキブリに縁を取り持ってもらわなくても僕らの関係は良好であるが。


夕方になり、仕事が終わると、僕は彼女に電話した。

「どう、今日の仕事は?」

彼女が訊く。

「まあまあ。そっちは?」

彼女は小さな事務所で事務の仕事をしている。彼女もまあまあ、と答える。電話越しに微笑んでいる彼女が見えそうだ。

「…それでねえ、佐藤って娘はとにかく小さなミスをするから怒られて…」

穏やかな会話。僕は三十分以上離しているのにちっとも会話が途切れないことをうれしがっていた。

「で…ぎゃあああああああああ」

ものすごい雑音と彼女の雄たけびに近い叫び声に、僕はびっくりする。

「どうした!」

プツリ、と携帯電話は切れた。

どうしたんだ? 僕は居ても立ってもいられなくなり、あわてて彼女の部屋に向かった。

事件? それとも事故? 彼女の携帯電話にはつながらない。

これはやばい。

僕は彼女の部屋に着くとドアを思いっきりたたいて彼女の名前を呼んだ。

しばらくしてドアのかぎが開けられる音がした。

「どうした!」

彼女はドアを開けしな、僕に抱き着いた。

見たところ、彼女は平気みたいだ。

「また出た」

「は?」

「『やつ』よ!」

「はぁあ?」

とりあえず部屋に入る。

「あそこ!」

彼女が言うほうを見ると、『やつ』が触覚をねじらせうねっていた。

「こんなの、殺虫剤で…」

「この間使って、もうないの」

「それじゃあ…」

古式『モグラたたき』が始まった。


携帯電話は落としたはずみで、充電池が取れたみたいで充電池を入れたら元に戻った。そして『やつ』の死骸と、彼女が好んで買った雑誌、つまりは『モグラたたき』として使った雑誌を捨てると、彼女は半泣きから手に付けられなくなった。

「もう、結婚して! そうすればもう『やつ』におびえる日々からおさらばできるから」

めちゃくちゃだ。

「そりゃ、結婚するさ。けどこんな理由で結婚なんて…」

「何よ、私がかわいくないの?」

「そうは言ってないよ。高々こんな理由でするなんて、人が訊いたら笑いの話にはなっても、感動はしないよ」

「……引っ越す」

「はあ?」

「『やつ』のいない北海道に引っ越す」

まるでストーカー被害にあっている被害者みたいな意見だ。

「待ってよ、こんなことで引っ越しても、解決にはならないよ」

「なるわよ!」

なるかな? と一瞬考えた後、

「仕事は?」

と僕は正論で封じ込めようとした。

「やめる」

「引っ越し代は?」

「ある」

「友達とかはどうするのさ?」

「見捨てる」

これはどうも本気のようだ。

「何も引っ越さなくても、バルサンを炊けば…」

「出てくるわ」

「強力なものをだな…」

「『テラフォーマーズ』知らないの? やがては人を食う生物に進化するのよ?」

「そういう話だっけ?」

「どうするの? 私あなたと結婚すれば東京にいてもいいわ。新築の部屋を借りて住む。そうでなければ網走に引っ越すわ」

彼女はイッちゃっている。

「さあ、答えてよ」


一年後…

「あなた~ご飯できたわよ」

「ありがと」

新築の家で僕と彼女は楽しく暮らしている。

しかし、どうも怪しいのは、その後、彼女はゴキブリのことを言わなくなったことだ。

行ってきます、と言い、僕は部屋を後にする。

「彼女なりの策略に引っかかったのかな…?」

今日は何とも言えない秋空だ。








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