第九話 ずぁあーこが ~トバリ、影に消える!~
火に包まれた町。
悲鳴の数が少なくなるのを肌で感じながら、鎧を纏った大柄な男は顔をしかめた。あのカラスと呼ばれる少年を襲った白い外套の男とも引けを取らないその巨躯には、これまたあの大斧とも引けを取らぬ巨大な剣を背負っている。一目にそれは、その者が戦士であることを表していた。
否、それは剣なのか。歪な刀身は不規則に乱れ、その握りから剣として扱われるだろうと推察できるものの、職人によって鍛え上げられた代物とは到底思えなかった。
そんな男の前に、長剣を構えた女が躍り出た。体躯にはにつかわない機敏な動きで奇襲をかわし、抜き放った巨剣を一閃して、女の体を真っ二つにする。
一瞬だ。女の不意の一撃よりも更に速いその剣閃。
「ふん……雑魚が……」
右顔を覆った仮面を撫でて、男は吐き捨てる。まだ息のあるその女へ止めの一撃を下すと、女の体は光となって散り消えた。後には、その女の所持品であったものが散らばっている。
剣を背に戻し、腕を組んで火の奥を見据える。すでにこの町の警備体制は崩壊しただろうし、この中には殆ど人など残っていないはずだ。
もうすぐ、仕事も終わりだ。
再び顔をしかめて、またも吐き捨てるように言う男。それと同時に、建物の影から小柄な人影が飛び出してきた。
男は、即座に反応して腰に差していた長剣を抜くと、その影に狙いを定める。
「うわ、っとォ!」
「!」
途中、つまづいたようにして前のめりになったその人物、トバリの首筋へ刃を当てて、男の動きが止まる。
トバリもそれに気づいたのか、驚いて顔をあげた。
「…………、案内人さんっ?」
「トバリ、お前、まだこんな、食料と武器は渡したろう! なんでまだこんな場所にいるんだ!」
焦りを見せる男。その男の視界に、影が映りこんだ。背を向けるトバリに向かって刃を振りかざす。
男が静止を呼びかけるよりも早く、その頭部を一本の槍が貫き散らす。
「大丈夫、トバリちゃん!?」
槍を抜き、トバリの安否に気を遣うフュー。しかし、すぐにトバリの首筋へ刃を向けた男の姿を視認すると、まだいるのかとばかりに槍を構えた。
それを止めたのはトバリである。慌て体を反転、フューに向けて両手を振った。
「……トバリちゃん? ジャマだって……ッ!」
「だ、大丈夫ですから。この人は――」
弁解しようとしている傍らで、男は刃を収めた。続いて振り上げた手をトバリの首筋に落とす。
呻き声すらあげられずに昏倒するトバリ。その小さな体を抱きながら、男はフューの動きを制した。人質である。
無表情で睨みつけるフューに、抵抗の意思がないことを確認すると、男は左手に着けていた皮手袋へ息を吹きかける。それに反応して紫色の魔法陣と共に手の上へ現れたのは、白い光の球だった。
「後のことはザルファロの奴らに任せて、引くぞ。急げよ!」
唸るような言葉。
フューと睨み合いながら、男は町から撤退を始めた影の中に溶け込み、消える。
それを見届けた彼女は、苦い顔で地面に唾を吐いた。
「フューさん、ご無事で?」
後から走ってきたのは、おそらく襲撃者を追いかけていたのであろうテニアンだ。こちらの気遣いをしてくれてはいるが、彼はところどころ出血し、息の荒れ方と言い、影たちを追いかけることができたのが気力によるものだけだと思える。
「あんたのほうが無事? てか、私はいいんだけど、トバリちゃんがさらわれちゃった~」
肩を落とす。テニアンは毒づきながら地べたに腰を下ろした。
地面に落ちる血の雫を醒めた目で見下ろして、麻袋から取り出した瓶を放り投げる。ゲル状の血止めである。
お礼を言うテニアンに微笑みを向けると、トバリをさらった男たちを追うべく、町の出口へと向かった。