第七話 お陰で助かりましたぁ ~夢の中の行き倒れ!~
店の外へ出ると、さきほどとは違って町中を歩く人の数が増えていた。まばらに見えるだけだった人影は、すでにある場所ある場所に塊を作るほどの人数になっていた。
「宿屋をとるんだろうね、この時間帯にここへ来たってことは」
まるで説明するようにフューは言うと、自分たちも宿を取るかと提案してきた。
もちろん、トバリに異論などはない。値段はともかく、寝れる場所がほしいのは事実だった。今までずっと、外にいたのだから。
「よし、決まりと。ここね、飯屋のすぐ向かいに宿屋があるんだ」
「むぎゅっ」
フューが踏み出した瞬間、なんとも言えない声が聞こえてトバリは辺りを見回した。しかし、なにもそのような音をたてそうなものはない。
フューも変わらず説明を続けるので、てっきり気のせいなのだろうと考える。
「ちょっと予約入れてくるから、そこらヘンでもぶらぶらしててね」
ウインクしながらフューは宿屋へ向かう。そして。
「…………、あ」
フューの立っていたとおぼしき場所に、小柄な人間が仰向けに転がっていた。
腕ほどの長さの外套に、動き易そうに手首足首で袖口を縛られた衣服。浅黒い色で纏められたその者は、少年のようだった。半眼で喘ぎながら、トバリへ手を伸ばす。
「は、はぁ、……はぁ……っ。っぐ、……ぅ……」
「だ、大丈夫? しっかりしてください」
思わず差し伸ばされた手を握り、激励する彼女に、少年は告げた。
「た、食べ、もの……なにか、食べ物を、くだ、さい……」
少年の言葉に、トバリは小首を傾げた。
自分の渡した粘土のような携帯食料を、美味しそうに咀嚼する少年に、トバリは不思議そうに口を開いていた。
「まさか、夢の中で行き倒れに会うなんて」
「むぐ、ん、むぐ、…………っ、はは。
あ、僕、カラスって言います。お陰で助かりましたぁ」
愛想笑いを浮かべてから手を差し出す少年、カラス。
トバリも名乗ると、その手を快く握り返した。
「なにかお礼をしたいんですが、生憎と今は必要な物しかなくて……」
「いあ、いいですって。大丈夫ですよ」
遠慮して手を振るトバリに、カラスは未練がましそうに立ち上がる。時間がないのだと言う。
後日、縁があればまたこの日の恩返しはさせてもらうとカラスは言うと、足早に人波に消えた。
その姿を見送っている内に、宿屋から紙袋を手に持ったフューが出てきた。中にはなにかの食べ物でも入っているのだろうか、口から細長い管を覗かせながら顎が上下する。
「ん、町の見学はしなかったの?」
人懐っこい笑みを浮かべるフューの顔を見たとき、トバリは違和感を覚える。先ほども今も、彼女はカラスの存在を感知していないような振る舞いだったからだ。
それについて少女はフューがとても雑な人間なのだろうと結論し、深くは考えなかった。だがもうひとつ、少年の空腹による行き倒れについて疑問を感じたが、その原因が分からず少女は小首を傾げるのみに留めた。
「……うん、まあ……」
釈然としない胸の内に頬をかきながら答える。歯切れの悪い反応に勘違いをしたのか、フューは腹が減ったのかと苦笑する。
そこで彼女が紙袋から出したのは、案外とグロテスクな色をした、なにかの器官としか思えぬ代物だった。
それを目にしたトバリは活気を失って首を横に振る。とてもではないが、食欲を誘う代物ではなかった。
「それじゃあ、休もうか。陽はまだ高いけど、疲れてるでしょう? きっとすぐに眠れるわ」
フューの言葉に、トバリは疑いの目を向ける。
しかし、結論から言うと、枕が違うと寝辛い彼女は、他人と同室になると極端に不眠になってしまう彼女は、意外にもあっさりと眠ってしまったのだった。