第六話 お胸は成長途中なの! ~料理人は死霊術師?~
ドラゴンヘッドの中身焼き。
安直すぎる名前とユーモアある鋏状の皿と裏腹に、味は良かった。
勢い良く上がる湯気と肉の香り、そして強火で色づいた赤い鋏からは、てらてらと輝く肉汁が溢れている。
トバリが差し出したのはドラゴンヘッドに寄生する虫であり、それが排出する非常に発火性の高い液体を使って、中身をくり貫いた鋏へ詰め込んだ肉を、丸ごと焼いたのだ。
術式による火炎と違い、鋏の内側にある香りや出汁をしっかりと肉に閉じ込めるらしい。
ドラゴンヘッドもこの寄生虫のお陰で火炎を噴き出せるのだが、あの虫が料理に使われたのではないかと冷や冷やしたものだ。
鋏を割り、中の薄い白の皮ごとスプーンで削り取るフュー。目でそれを真似るように指示する彼女にトバリも同じくし、二人同時に肉を頬張る。
湯気のたつ肉の塊だ。その熱さに思わず吐息しながら、口の中に広がる味に声を出した。
「んぐ、これ、って……すっごく美味しいですねー!
中がジューシーで、こう、表面に皮みたいなのがパリっ、と」
「ん~、でしょでしょ。オイシイよねぇ」
率直なトバリの言葉に、頬を綻ばせながらフューは同意した。そして気づいたようにトバリの口元へ手を伸ばす。トバリが疑問に思う間もなく、唇の端についた肉の欠片をつまむと、自分の口へと運んだ。
「…………。――ッ!」
口を押さえ、紅潮するトバリ。
しかし、フューはそんなトバリの様子に目もくれず、鋏の殻から肉を引きずり出しては舌鼓を打っており、まるでこちらの視線に気づいていない。
しばらくして諦めたのか、赤くなった頬を手で仰ぎながら肉を食む。
「…………、ん? どーした? 暑い?」
わざわざ窓席に料理を運んだのになあ。
ぼやくフューに、ドラゴンヘッドとの戦いとはまた違った怒りを感じた。
しかしそれも僅かなこと。赤らむ顔をそのままに食事を進めていると、ふとした疑問がトバリの中に浮かぶ。
「ご飯屋さんって、どういう理屈で営業してるんですか?」
「は? 理屈?」
「あ、いや、なんと言うかですね……モンスターの倒した後のアイテムって、あたしあの変な虫だったけど、このお店には鋏があるようだし。
決まって落ちてる訳じゃないなら、お店続けるのって難しくないですか?」
ははあ、なるほど。
フューは良い所に気が付いたと人差し指を上げて、鋏の欠片を皿に置いた。
モンスターの落とすアイテム、即ちドロップ品はトバリが指摘したように規則性なくフィールドに残される。
が、しかし。この法則を覆す裏技が存在するのだ。
「死霊術って知ってる?」
「…………? えっと、……確か死体とかを操る……あ」
まさか。
フューの言わんとしたことが分かったのか、トバリの肉を食らう動作が止まる。フューはにやにやと笑いながら、察しの良いことだと頷いた。
倒されたモンスター、そしてプレイヤーは光となってフィールドから消失する。その際、所持品や身体の一部をドロップする訳だが、これを消さずに残す方法こそ死霊術。
死体となって消えるべきキャラクターを、術者の所有物とすることでフィールドからの消失を亡くす。素材が丸々残る訳だが、要は死体である。それはつまり、ホラー映画で良くあるところ、ゾンビに他ならないのだ。
「ちょ、えっ……ちょっ……えぇええ!?」
「騒がない騒がない。旨けりゃいいでしょ、腐ってる訳じゃないし」
ちゅーか、現実でも食らってるのは死肉でしょうが。
フューの言葉にトバリは脱力して肩を落とした。確かに、結果としての違いはないが、ゾンビで思い浮かべる腐肉はどうにも少女の胃の具合を悪くさせた。というよりも、その胃に死んでいるにも関わらず活動するものが入り込んでいる、という事実が耐えられなかったのだ。
もちろん口の中で細かく租借されれば完全に死体に戻り消失するし、もはや動けないように術をかけられ料理にされているのだ。気にするべきではないのかも知れないが。
「ま、そんなこんなで料理人は高いプレイヤースキルを持ってたり、死霊術に長けてたりするわけ。逆にそういったものがない場合はハンターギルドって所に依頼したり、個人でモンスターを買ってお店に引き渡したりしてる死霊術師と取引してる感じ。
まあでも、料理出始めの当時は凄かったよ~。特に勢いのある料理人のギルドマスターが、実は悪名高い死霊術師で……って。
ほらほら、そんな細かいこと気にする暇があったら食べるっ。そんなんだからお胸が成長しないのよ」
「ぐぬっ、お胸は成長途中なの! フューさんだってそんな変わらないじゃん!」
まくしたてていた言葉を途切り、不意に少女の思う身体的欠点を指摘するフューにトバリは歯を剥いた。
革製の鎧に一部金属を組み合わせた、おそらくはブリガンダインと呼ばれる種類であろう。それを纏うフューは確かに胸の大きさが目立つことはない。装束故と取れなくもなかったが、フューはその指摘に対しても余裕の表情だ。
「ほっほっほ、一緒にしないでちょうだい! 私のは美乳って言うのよ!」
口元に手を当てて高らかに笑う女の姿に、先程とは別の感情で顔を真っ赤にすると、皿の上の料理に食らい付く。もう全て胃に納めんとする勢いだ。
そんな様子を微笑ましそうに見つめるフュー。最もその視線すらも、トバリの感情を逆撫でるものだったが。
「ま、死霊術のお陰で消えるまで時間かかるから満腹感はあるけど、私らって基本的に食事は必要ないのよね。
確かに空腹感はあるけど飢餓するほどではないし、ほっとけば消えるものだしでさ」
〝バージョンアップ〟したら、この食事が欠かせない世界になるんでしょうね。
頬杖を突いてぼやいた彼女に、疑問符を浮かべてその顔を見れば、なんでもないと笑うのだ。だがそれは、出会って間もない少女は予想もしなかった、寂しそうな笑みだった。