第五話 いらっしゃいませえ ~やったよご飯だワンダーランド!~
門に立っていた男は、2人の姿を確認して、扉を開くように合図を送る。
「や、こんち。元気してたぁ?」
「は、はぁ」
馴れ馴れしいフューに困惑したように目を瞬く。テニアンと名乗る男は、壁に立てかけてあった大きな機械仕掛けの武器を肩越しに見てから、滞在の目的と期間を聞いた。
宿探しだと告げ、明日には出て行くと警戒心を解すように笑っていると、トバリが口を開く。
「テニアスさん、あれってなんですか?」
フューの口元が引きつる。名前を間違えてなにを聞いているのかと。相手の武器に興味関心を持つのは初心者らしい行動ではあるが、初対面とあっては相手の戦闘能力を測る行為、敵対行為として捉えられてもおかしくはないものだ。
しかし、テニアンは意外にも照れたように、そしてどこか嬉しそうにその武器を構えて見せた。
「これかい? これはブラスタランスって言ってね、槍を射出する武器なんだ。射出といっても飛ばすんじゃなくて、伸ばすって感じかな。射程は短いけど、そんじょそこらの武器とは攻撃力が段違いさ」
右手を箱のような形をした機械に埋め込むと、先端の尖った矛が回転しながらせり出した。
普段は、こうして使う。
テニアンが言うと、矛が火花を散らしながら回った。まるでドリルのようなそれにトバリはむし歯の治療を思い出して、身震いする。
「……え、っと……テニアンさん、そろそろ、いい?」
「へ? あっ、は、はいっ」
恍惚として自らの獲物を見ていたテニアンは、慌ててそれをしまい、紙へペンを走らせて許可証を発行した。それを受け取ったフューはトバリの手を引きドリームホップへと誘う。
トバリの予想と反して、ドリームホップの町の人口は少なかった。フューによると、初心者と熟練者が主に始まりの町におり、そのどちらも昼はよく冒険へ出ているのだと言う。
始まりだけあって、すぐに旅立つということも、人口の少ない理由のようだ。
「そう言えば、トバリちゃんはなにか食べた? 町を知らないってことは、ずっとあの〝シート荒野〟にいたの?」
シート荒野。自分のいた場所だろうかと考えながら、ずっとこれを食べていたのだと麻袋から携帯食料を取り出す。
まるで不味くて、好きになれないというトバリの言葉に、フューは顎に指を添えて思案する。やがて手を叩くと嬉しそうに言った。
「よし、それじゃあっ。今日はこの世界の料理をご馳走してあげよう」
「わざとらしいんですけど、気のせいですか?」
まるで、本当は自分が食べたいのを悟られたくないような。
気のせいだと笑いながらフューはトバリの腕を引く。まるで初めて妹ができた子供のような姿である。そんな姿を見ると、トバリもなにも言えず、まあいいかと思うのみ。
看板に皿とフォーク、ナイフの描かれた店に入ると、湯気と共に大量の熱気が2人を招く。中央のカウンターと思われる部位に黒いサングラスをした禿頭の男が笑う。
「いらっしゃいませえ。今は空いてますのでお席はどちらでも構いませんよ。ご注文は?」
厳つい見た目と違い、随分と丁寧な対応である。
鉄製の帽子を外しながら、人懐っこい笑みを浮かべて店長とおぼしき男へ注文をするフュー。その間にトバリが周りを見ると、他の客が数名、机を囲って肉を食らっている。肉だけの料理なせいか、まるで現実の世界と変わらなく見えた。
出口の扉を上から覗くようにして作られた女の半身像。どこか見覚えのあるそれに眉を潜めた直後、不意にフューに呼ばれた。
「ねえ、私が君に食べさせてあげたいものがあるんだけど、食材が足らないんだって。それがドラゴンヘッドを使ったモノなんだけどさ……さっき、なにか拾ってなかった?」
「…………」
「ぬおっ!?」
トバリが無言で麻袋から取り出したものをカウンターに叩きつける。濡れた音を響かせて蠢くそれに、フューは腰を引き、店長であり料理長でもある禿頭は手を叩いて喜んだ。
ドリームホップ。初めてこの世界へ〝接続〟した者たちが召喚される、幾つかの町のひとつ。始まりの町。
そんな町を見続ける影がふたつ。砂埃で黄色く汚れているが、それも元は白だったのだろう。地べたに座る者の外套からは、銀に輝く鎧が覗き、すぐ傍らに佇む細い者は、前までぴったりと閉じて、フードを目深に被っている。
「俺たちはここを見て、終了か。
…………、いると思うかあ? こんなザコしか群れないような場所」
「いなきゃ困るだろう。それに、可能性がないわけでもない」
現に、お前が頭だったら見逃しただろうな。
皮肉を言っているのは女だった。あぐらをかいていた男は舌打ちして立ち上がる。
不機嫌そうに体を揺すって、唸りながら身震いした。
「俺ら以外にも、目をつけてる奴らがいるようだ」
「……最近……、注目の連中か」
女の言葉に頷くと、男は笑う。
獲物をとっととかっぱらってこうぜ。
男の言葉にも、捕まれば、なと言って笑い返した。
「それにしても、どうする? この町に入るのに無駄に手間取って気づかれでもしたら、もうチャンスはないと思ったほうがいいぞ」
女の言葉に、今度は男が皮肉気に笑った。
跳べばいいだろう、あんな囲い。
まるで楽なことだと言わんばかりに、自分たちの背丈を遥かに超えた、十メートルはありそうな壁を顎で差した。
女は、男の言葉に意外にも納得して頷いた。
「さて、それじゃ行きますかね……いたら叩き潰してやるぜえ」
「逃げ烏が……我が一閃とどちらが速いかな……」




