第二十二話 ……これ怒ってもいんだよね? ~褐色ガチムチは良い人だ!~
「ノノムラ、レイニー、早かったな。……お前たちだけ……じゃないな。その子は?」
筋骨隆々、上半身裸で一人鍋物を準備していたその男は、どこか愛嬌のある顔にまばらに生えた無精髭を撫で、目を丸くしている。
体に並ぶ古傷も、褐色の肌にうっすらと浮く汗の玉も、太陽光を照り返して輝き彫像のような印象を与えるその肉体を更に装飾しているとすら感じられた。
レイニーと呼ばれた大柄な女の後ろから、ひょっこりと顔を覗かせていたトバリはその姿に些か興奮しているようだ。男は歳で言えば三十は超えるだろうか。若い女の熱い眼差しに、鍋をつつく手はそのまま、胸元を余った片腕で隠して頬を赤らめる。
「いやん、エッチ」
その反応は予想していなかった。
心持ちテンションの下がったトバリが視線をそらすと、ノノムラは咳払いをひとつ。先の対応は冗談のつもりだったか恥ずかしげもなく乳房を晒す男を指差して、彼こそは我等のリーダーだと紹介した。
「このワンダーランドの中でも屈指の大ギルド、世界の剣と盾に所属する第一グループ第三番隊の長にして、“剣盾”の創立者、ヘイズ様にあらせられる!」
控えおろう、と高らかに笑うノノムラを尻目に、トバリは自分の名前を簡潔に述べて手を差し出す。
行き倒れていた所をこの二人に助けられ、今、この場に居るのだと。ヘイズはノノムラの紹介に再び赤面していたが、レイニーに処理を任せてトバリの手を取った。
「改めてよろしく頼む。ヘイズだ」
がっしりとしたその手は大きく、鍋の近くに無造作に置かれた、巨壁を思わせる幅広の刀身を持つ剣に彼も戦士なのだろうとトバリは決め付ける。
レイニーに拳骨を受けて頭を擦るノノムラは、始まりの町について相談が、とヘイズに声をかけた。
やはり、何かあったのか。
ノノムラの様子に表情を暗くする。
「トバリさんから聞いた話ですが、例の黒服集団が町を襲ったと。残りの二人が確認に行ってはいますが。全滅はないとしても、町施設には壊滅的な被害が出ているんじゃないでしょうか?」
本隊に連絡を入れた方が良いと思います。
先程とは打って変わって、神妙な面持ちのノノムラに、ヘイズもまた重苦しい溜息を吐いた。とりあえずは偵察隊が戻って来たからだと告げるヘイズに、レイニーですら腕を組んで押し黙る中、トバリも周囲に倣うように黙して俯く。
沈黙が続いたのは、本日特大の腹の音が、トバリから発せられるまでの短い間であった。
「ははははは!
そうか、行き倒れたと言っていたな。まだ腹が減っているだろうが、この鍋は時間がかかるし、他の者が戻ってからだ。ノノムラ、なにかくれてやれ」
「了解です。ほい、成長期の坊主にゃこれだ!」
「うひゃひゃひゃひゃ!」
ノノムラの言葉に品の欠片もない笑い声を上げるレイニー。
少女は彼の言葉に、青筋すら額に浮かべて差し出された携帯食料を不要と跳ね返した。
「ああっ、なにすんだ! トバリさんも大食持ちなら、飯の重要さを理解した方が良い」
「重要さよりもプライドがあるわ!」
空腹に赤面する少女を気づかっての冗談だったのに。
トバリの中では食料として最下位の携帯食料だ。油粘土のような色に肌触り、無臭なだけが救いで味すら苦いこの物体を、トバリは嫌悪している。
しかしその言葉を咎めたのはヘイズだった。
「ノノムラ、レイニー、ふざけ過ぎだ。
だがなトバリ君、スキルというのは大切なものだ。この世界を生きていく上で自分の特性をしっかりと知っていくことは重要だ。重要に勝るプライドなんてないし、そんなものがあると思っているのなら、意識を改めた方がいい」
生き残ること。それこそがこの世界において最も重要なことなのだ。
少女の両肩に手を置いて、低く、静かに語る男に気圧されたのか、トバリは僅かに身じろいでそれを肯定した。
ヘイズは素直なことは良いことだと大きくひとつ頷いて、とびきりの笑顔で携帯食料をトバリに渡した。
「こいつは不味いもんだが、腹持ちは良い。皆で囲う鍋の前だし、もっと旨く頂く為の前菜だと思って食べてみなさい。
そう、俺みたいに逞しい体に成りたかったら、好き嫌いせずに頑張って食うんだぞ、坊主」
「…………、これ怒ってもいんだよね? 怒ってもいいヤツだよね? 怒る所で合ってるよねこれはね?」
手渡された携帯食料を思わず握り潰すトバリ。
大慌てのヘイズは直後に少女から鉄拳を受けるが、本人の弁としては自分の体を熱心に見ているものだから、このような肉体に憧れがあるのだろうと勘違いしたとのこと。
その為にはまず、トバリに対して〝少年のような印象を持つ〟ことが大前提となる為、やはり少女の激昂を誘う結果となってしまったのだった。




