第二十一話 うるへー! 肉返せ~! ~初心者支援ギルド、剣盾見参!~
強い日差しの降り注ぐシート荒野の一端で。
かっぽかっぽと砂塵を散らして歩くのは、六足一角の怪物であった。その後ろには二輪の簡素な箱がついており、呆気に取られる男と女の前で少女が肉の塊に被り付いている。
骨を両手で握り締め、やたらと弾力のあるそれを歯で千切っているのは、誰であろうトバリ・レンジョウその人だ。
あの逃走劇が終わった後、目覚めた少女はカラスが居ないことをこれ幸いと、黒ずくめらが野営していた跡地へ戻ったのだ。
しかし、すでに彼らは影も形もなく、その場所すらもわからなくなってしまった。彷徨った挙句に始まりの町の方向すらも分からなくなり、空腹に耐えかねて倒れ込んだ所を彼らに救われたのだ。
「まさか、夢の中で行き倒れに会うなんてなぁ」
「ホント、ホント」
二人の言葉に、どこかで聞いた台詞だぞとトバリは視線を空へと向けた。同時に、以前感じた引っかかりを思い出す。
口の中の、味のほとんどない肉を飲み下して、今度は喋る為に口を開く。
「あの、知り合いから腹は減っても飢えることはないって聞いてたんですけどー、あたし以外にも行き倒れた人がいるんですよ」
フューの情報は間違っていたのか。
トバリの素朴な疑問に対して、二人は顔を見合わせた。そんな装備をしているから、ある程度は知識のあるプレイヤーだと勝手に決め込んでいたとばつが悪そうにしている。
彼らが説明するには、〝大食〟というスキルがあるらしいとのこと。それはプレイヤーが個別に持つ特殊スキルで、これをもつ者は食事を取らねば飢えにより一定時間動けなくなる反面、食事さえ取ればステータス値が上昇すると言うのだ。
プレイヤーにはこういった特殊スキルを持っている者がおり、今現在でも新しいスキルが発見されている。特にこの大食というスキルは最近発見されたものだった。
「へー。でもどうやってそれを確認しているんですか?
ステータスとか、レベルとかも聞きますけど。ゲームみたいにステータス画面開いたり、どこか教えてくれる神殿とかあったりするんです?」
「いやいや、そんなのないねえ。体感って奴さ」
「えぇー?」
納得いかないという顔のトバリ。ならばそれらは勘違いであったりするのではないだろうか。
プレイヤー毎に特性があるなら、トバリやカラスのように空腹期間が長く動けなくなるだけで、他のプレイヤーと違い食べ物でステータスアップなど、やはり気のせいではないのだろうか。
そんな少女の考えを素早く見抜いた男は笑うと、茶目っ気たっぷりにウインクしてみせる。
「トバリちゃん、このワンダーランドにはプレイヤーが何人いると思う?」
「……さ、三千人……?」
分からないながらも適当に。
そんな彼女の回答に男は、実は分からないと変に明るく笑うのだった。トバリは自分をからかっているのかと睨み付けたが、その人口は本当に、分からないほど多いのだと慌ててフォローする。
そう、このワンダーランド、未だ未開の土地が数多くあり、その先には未だ見ぬプレイヤーが居るはずなのだ。
「当初なんて、始まりの町が複数あることすら分からない状態だったらしいし、皆が皆、手探りだったんだ」
しかし、その手探り故に固い結束が産まれた。
男は熱く拳を掲げる。幾人ものプレイヤーが実験や調査を繰り返し、特殊な環境化での変化や個人の変化を研究し続け、あらゆるデータの元にこの世界の攻略情報とでも言うべきものが、現実世界に溢れたのだ。
この大食というスキルひとつについても、何万とも言える人々の熱意の中で確認され、調査されたものなのだよと、したり顔で言う。事実として何万もの人間が動いたのか知る由もなかったが。
ともかくも、少女の考えるより遥かに多くの人が検証している訳だ。
男の言葉を手短にまとめて、残る肉を齧り取る。そんな様子を寂しそうに見つめる男に対し、女は立ち上がり声を上げた。
「おい、見ろよ。あれが私ら第一グループ第三番隊の仮住まいだ」
指し示す先には小さなテントがふたつほど。
威勢と比べれば大分と質素なそれ、思うこともないトバリだったが、勢い良く立ち上がったせいで傾く荷車。
不意の動作に対応できず、少女は思い切り側頭を荷物にぶつけてしまう。同時にまだ僅かばかり肉の残った骨が荒れた大地に転がった。
「お肉ーっ! なにするの!」
これに少女は悲鳴を上げて非難の言葉を投げつける。
が、女はどこ吹く風と一向に気にせず、格好をつけてお辞儀をするのだ。
「ようこそルーキー。我らが初心者支援ギルド、〝世界の剣と盾〟へ」
「うるへー! 肉返せ~!」
あれは元々、俺らのものだろう。
好意を履き違えたかのような叫びと同時に掴みかかる少女を、男は慌てて押し留める。
元気のあるのは良いことだと女は豪快に笑うが、自分たちの住処を見つめる目は笑ってはいない。それは男も同じくだった。
彼らはギルド、世界の剣と盾の構成員であり、連絡の取れなくなった始まりの町、ドリームホップの様子を見る為にやってきたのだ。
途中で少女を見つけ、他の面子はそのまま町を目指したのだが、このトバリの証言が事実ならば大変な事態であることを認識していた。
だからこそと少女を心配させまいと明るく務めている。そのトバリが扱い易い人柄で助かったとは本人に向けては決して言わなかったが。




