第二十話 なんだ廉城、寝不足か? ~少女はいつでも夢を見る!~
じりりりりりり、じりりりりりり。
背後で鳴る目覚まし時計の鐘の音。しばらく反応できなかった体であったが、突っ伏していた机から無理やり引き起こし、けたたましく起床を急かす時計を殴りつけた。
強い眠気に瞼を擦りながら、頭を支えていた腕の痺れに思わず呻く。大きな伸びをして少女は支度を始めた。
途中、ちらと電源を落としたパソコンに目を向ける。昨日の出来事を思い浮かべて、まさかなと笑うのだ。もし、夢の中の登場人物らの言うように、様々な人間がアクセスする場所だというのなら、それぞれが目を覚ましている時間はどうなると言うのだろうか。
全ての人間の生活時間が一緒ではないのだから。
部屋を出て洗面所へ向かう。化粧もせず、少女はいつも朝食を食べないので、起きる時間も登校前のぎりぎりだ。
手早く顔を洗って着替えを済ませ、食卓で新聞を読む父と、彼の為に朝食の準備をしている母へ行ってきますと声をかける。
父は新聞を下げて笑って答え、母もまた台所から返事をした。
いつもの変わらぬ日常の中で、廉城帷はいつもと変わらぬ道を選んだ。ただ歩き、学校へ行き、部活生しか登校しない時間帯にただ一人、校庭のプランターに光る花たちへ水をやるのだ。
しかしその数は多い。少女が水をかけ終える頃には多くの学生も登校を始め、彼女の好きな静寂は彼らの喧騒に奪われる。
だからと言って文句を言う筋合いはない。帷は一人、散水に使ったホースを巻いて校舎に向かうのだ。
階段を上がり、彼女たちの学年の職員室へ蛇口のカランを返しに行く。その途中で上級生に絡まれているクラスメイトを見た。
彼女の名は糸田 詩織。金色に染めた髪に唇のピアス、生意気そうな目に違わず反抗的な態度で、いつも同じ上級生連中に絡まれている。
帷の登場に、一様として彼女らの視線は集うが、少女は慌てて目をそらして眼鏡を正す。人に見られたせいか、それとも元から切り上げる予定だったのか、内の一人が詩織の頭を叩くと唾を吐きかけてその場を去った。
帷は上級生に道を譲り、詩織とは目を合わさないように顔を背けて職員室を目指した。彼女の前を通る時、わざとらしい程に大きな舌打ちの音がして、帷は肩を震わせた。
帷と詩織は旧友だった。そんな彼女を、いつも見捨てて関わりを持たないように無視を決め込んでいる。詩織もまた帷には話しかけないし、目も合せようとはしない。
自分にはなにも出来ない。そんな力は無いし、もしも歯向かえば詩織と同じ様な目にあってしまう。
だから自分はなにもしないのだ。なのに自分は罪悪感と責任感で不快な圧迫を受ける。
クラスの中でも、無視を決め込んでいるはずの彼女の存在が嫌に大きくて、いじめられている訳でもないのに同じ教室に居る時間が苦痛で仕方なかった。
自分には力が無い。問題に巻き込まれれば平穏無事に暮らせはしない。だから、自分は無視をするのだ。
詩織だって、あんな目立つ格好を止めて、大人しく言うことを聞けば問題など起こらないはずなのに。自分で厄介ごとを呼ぶからこうなるのだ。
何度もその言葉を胸中に描いて、自分の行動は正しいのだと罪悪感を減らそうとする。
だけどその度に、帷の心の中の誰かが呟くのだ。
(ヒーローに、なりたいなぁ)
悪い奴をぶっ飛ばし。
悪いことには注意して。
皆に頼られ喜ばれる、そんなヒーローに。
(早く、早く、夜よ来い)
そう念じて、帷は目を閉じる。どんな時、どんな場所からでも夢から繋がるあの世界に。
「なんだ廉城、寝不足か?」
ホームルームの時間。担任の教師に指摘されて、帷は慌てて目を開けた。何人かの視線が集まり、愛想笑いを浮かべる帷に対し、旧友の目だけは冷ややかだった。