第二話 君にイイモノをあげよう ~ワンダーランドの贈り物!~
「助かりました、ありがとうございます!」
少女の言葉に女は微妙な表情を浮かべると、鉄帽に手を入れ後頭部を掻く。
女は名前をフューと言う。挨拶もそこそこに、さきほどの怪物が倒された場所に行くと、光り輝く玉があった。
「お、なんか良さそうなのゲット!」
「良さそう、ねぇ。
君、まだ初心者でしょ? その装備はどっから?
それにさ、ここの強さいくら推奨とか、わかってる?」
フューの言葉に少女、トバリは首をかしげながら笑い、言う。夢の中なら無敵だと。
そう、これは夢、夢なのだ。トバリにとって、毎日見る夢の世界。つい最近になって見始めたこの夢は少女にとってとても現実的で、そして刺激的なものだった。
「あー、トバリちゃん、だっけ? これは夢だけどさ、なんて言うかそのぅ、夢からこの世界にアクセスしてるって言うか……いちおう、私も夢を見てこの世界にログインしてるんだよ?」
言いづらそうに説明しているが、そんな言葉に興味もなく、トバリは彼女をしげしげと見つめる。
肩にかかる程度だが癖のついた薄い橙色の髪。少しパサついているものの、その色は羨ましい。こちらの視線に眉を潜めるその顔も、鼻筋が通ったすっきりとした顔立ちで、丸い目が可愛らしかった。お姉さんという立ち住まいであるが、見ようによっては少女とそう歳が変わらなくも感じる。
背はそこそこで、トバリよりは高いぐらいか。革を中心に要所要所を金属で固めた鎧を身につけて、鞄や麻袋をそこかしこに括り付けている姿は正にファンタジー世界で見る、流れの傭兵といった所か。
トバリは大きく頷き、自分の理想像だと評価した。
少女の様子にフューは、こんなことなら助けるんじゃなかったと愚痴をこぼしてため息をつく。
「君さ、パソコンあるなら調べてみたほうがいいよ、ワンダーランド、レイトってね」
意味がわからないのか、トバリが呆けている姿を見て、思わず吹き出す。恥ずかしいのか、顔を赤くして喚くトバリの頭をなでながら、フューは更に大きな声で笑った。
しばらくし、目元の涙を拭ってフューはトバリに向き直る。
「君にイイモノをあげよう」
そう言って広げた彼女の掌に、黒い何かが集う。幾何学模様へと変じ、魔法陣と化したそこへと光が生じ、現れたのは赤銅色の指輪だった。ふたつある内のひとつを、フューは自分の右手の中指にはめる。
首をかしげていると、トバリへ指輪を渡す。はめる指はどこでもいいようで、トバリはとりあえずとばかりに、それをフューと同じ右手の中指へはめた。
「いい? これは、契約。私と君の服従の契約。
私は、あなたの物になります。私はあなたの腕になり、敵を貫きます。また私は壁となり、あなたを幾重の敵意からも守り抜きます。どんな時でもあなたに呼ばれれば駆けつけ、この使命を全うするでしょう」
言うと、跪く。
さも当然とでも言うかのようにフューは服従の意を表したが、唐突な展開にトバリは目を白黒させるばかりだ。
そんなトバリに微笑むと、ただ了承すればいいのだと教えた。トバリはバカ正直に、認めますと言って笑った。
「……熱っ?」
右手に走った痛みにも似た熱さに、思わず悲鳴をあげる。トバリのはめた指輪からだった。白い煙の筋が空中へ消えていく。
「はい、これで契約しゅーりょーっ。お疲れ様」
にやけた顔でトバリの頭に手を乗せる。どうやらこれが気に入ったようだが、トバリのほうは不満そうでその手を退けると、説明を求めた。
フューの行った契約というものは、トバリを主として、フューをその駒として扱うことができる、というものだった。どれだけ離れた場所にいようと、この指輪の力で呼び出すことができる、とも。
「ふぅん、便利ですねぇ……。でも、もしかしたら明日からはもう、他の夢を見てるかも」
皮肉るような笑みを浮かべるトバリ。
意地の悪い返答にフューが小突くと同時、トバリの視界が暗転した。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「……ん……」
顔に光が差し込み、廉城 帷の顔を照らす。
まだ睡魔の手中にあった帷はタオルケットを頭まで引き上げて寝返る。眠気に身を委ねる心地良さに思わず頬を緩ませた。
――調べてみたほうがいいよ、ワンダーランド、レイトってね。
(――……?)
頭に浮かんだその言葉に、眉根をよせる。頭が冴え、眠気が消えていった。
完全に寝る気を無くした帷は、パソコンへ向かう。彼女の頭にはフューの言葉が焼きついていた。
パソコンを起動させ、インターネットから〝ワンダーランド〟、〝レイト〟を検索。夢の言葉通りに行動する自分を嘲笑していると、意外にも目的のものはすぐに見つかった。
ワンダーランド。管理者レイト。
「……これだ……」
未だ、自分は夢を見ているのだろうか。それともただの偶然なのか。
開いたページには、光を目指して歩く男と女が背景として描かれていた。その中央には簡潔に〝Enter〟と記されている。
遠慮がちにもそこをクリックしワンダーランドを開けば、そこはまるでファンタジーゲームのサイトのようだった。巨大な剣をもった男や長杖を持つ女たちが幻想的に描かれている。左に設置されたウィンドウには更新履歴、世界観や登場キャラクターといったメニューが並んでいる。
帷は〝登場キャラクター〟のボタンを押した。登場するという人物を見てみたかったのだ。
まずは1人目。このサイトの管理人でもあるレイト本人である。画には白いコートを羽織った男の姿があった。単眼鏡をかけており、顔の部分はマンガ調にデフォルメされている。
キャラクターの説明は飛ばしながら、下へ下へとスクロールしていく。管理人であるレイトだけでなく様々な人物が描かれており、年齢にもとくに統一性はなかった。
ページの一番下まできたところで、帷は指を止めた。
――彼らは、私の夢の中だけの存在です。しかし、このサイトにアクセスする方には、「これは自分だ」と思われる方がいらっしゃいます。そんな場合はここへメールを。いつでもご連絡を承ります。
思わせぶりな記述に、帷は次に「世界観」のページを開いた。
この世界は、剣と魔法と人、そして人以外の者が織り成す夢の世界です。
この世界では人、プレイヤーは戦士となり、人外の魔物や、時には同じプレイヤーと戦って、来るべき時に備え、自らを鍛えることが主流となります。もちろん、対話を楽しむことも可能ですが、それでは生き残ることはできないでしょう。
この世界で生き残るためには、能力値の他に強力な武器、防具、装飾品が必要不可欠です。フィールドには町やダンジョンが設置されていますが、いわゆるNPCは存在しません。なので、自らダンジョンを探索したり、他のプレイヤーとのトレードを基本に集めるしかありません。
各地にランダムで点在するダンジョンを攻略し、ボスモンスターを倒して強力なアイテムをゲットしましょう。
どこにでもあるような説明文。しかし、帷の驚きは尋常ではなかった。この説明、とくに後半の部分などは、帷が初めてあの夢を見た際、案内人と名乗る男が説明したことと、全く同じだったからだ。
(やばい、なんか……デキの悪い映画とか観てる気分……)
まだ〝ワンダーランドの世界観〟には続きがあるようだが、帷は頭を振るとページを閉じ、パソコンの電源を落とした。
しばらく本体からファンの回る音が聞こえていたが、それもすぐに止んだ。
帷は呆けながら、机の上にある置時計を見た。時刻は、まだ五時を過ぎたばかりだった。時間を意識すると急に睡魔が襲ってくる。
今度は、また、同じ夢の続きを見られるだろうか。
思わずそんな期待を抱きつつ、帷は目を閉じ、机に体を乗せた。