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ワンダーティース!  作者: 梢田 了
始まりの町の大事件!
19/117

第十九話 それじゃあ、またね ~死闘、閉幕ス!~

 みしり、と。その手に力を込める。

「ぐっ、ごああ!」

 それに連動してシュヴァリが悲鳴を上げた。全身を軋ませて、握っていた剣が滑り落ちる。それは魔力球から抜け落ちて大地に衝撃を与えた。

 どんな重さしてんのって話。

 思わず浮かんだ冷や汗はそのままに、更に右手に力を込める。まるで大蛇に締め付けられているかと思える程の拘束。

 音を立てるシュヴァリの体から、新たな鮮血が滴り始めた。

 骨が体でも突き破ったかと哂うフューに対し、男は強張った笑みを浮かべると全身に力を漲らせる。

「無理無理、物理でどうにかなるもんじゃないって。名付けて必殺! ゴッドハンド・グラップル!

 勝てるわきゃないっての!」

 ほれ。

 握る手に力を込めると、シュヴァリは再び悲鳴を上げた。しかしそれも僅かなもので、唸り声に変わり、やがては咆哮となる。

 だからと言っても彼女の結界に影響を与える要素はない、はずだった。

(! 赤の闘気(オウラ)……!)

 シュヴァリの体から、赤い蒸気のような筋が立ち上り始める。これこそが彼女の言う〝周回プレイヤー〟の証とでも言うべき能力。能力値の限界を突破した者が発揮する力、それが視覚化したものだ。

 闘気と呼ばれるそれを纏う者は周回プレイヤーと呼ばれ、正に鬼神の如き力を誇り、鍛錬すれば誰もが超人的な活躍を期待できるワンダーランドの中でも、伝説とも呼べる力を見せ付けるのだ。

 しかし。

「惜しかったねー、それ、最初から使ってたら私の技も跳ね返せたんじゃない?

 ま、勝負の世界に〝たられば〟はないし、これにて一件絶命ってことで――ぷちぷちぃ、っとな!」

 朗らかに笑うフュー。その右手からぴしり、という不吉な音が生じる。

 黙して見れば、右手に持つ魔力球には亀裂が走り、シュヴァリを拘束それにもまた、同じようにして亀裂が走っている。

「――ちょっ……物理でどうにかなるもんじゃないって、言ってんでしょーがっ!」

 即座に力を込めるも、魔力球は内側から押されているように彼女の握力に耐え、あろうことかその手をも押し返そうとしている。

「……ぐっ……おぉおあがああぁああああっ!!」

 咆哮と呼ぶよりも、それは断末魔という言葉こそ相応しかった。

 男の喉も裂けよとばかりの声と同じくして、その体から堰を切ったように溢れ出した赤い力が魔力球を染め上げて、破裂させてしまったのだ。

 フューの右手にあるそれもまた砕け散り、彼女の手の肉を削ぎ落とした。

 自らも必殺と呼べるその術式を押し破られる。即座に槍を構えたフューであったが、最大級の攻撃も凌がれた上にそれを餌にしてすらこの男を排することが出来なかったのだ。

 彼女の頭に勝利という文字はすでに無く、どうやって逃げ果せるかのみに思考は定められた。

 その視線の先で拘束から開放されたシュヴァリは地に降り立つも、ふらりと揺れて崩れ落ちた。地に伏さぬように両手で支えているが、その体へのダメージは大きいものだっただろう。

 本来ならば、ここで逃げる所だが。男から放たれる重圧は禍々しささえ加えて強くなり、フューは縫い止められたようにその場から動けずにいた。乾いた喉へ無理やり生唾を飲み下す。

 嗚咽。そして吐血。

 どす黒い血の塊を吐き出したシュヴァリは、獣を思わせる荒い息をしながら身を起こした。やはりダメージは深刻なのか、覚束ない足取りに対しその目に宿った色は壮絶とすら呼べる闘志だった。

 思わず一歩、後ずさる。その目に気圧される所ではない、膝すらか細く震える体に叱咤し、抜けた力を漲らせるべくフューは、夕飯にしたドラゴンヘッドの中身焼きを思い浮かべた。

 赤く色づいた蟹のような巨大な鋏。湧き上がる湯気と肉の香り。

 殻を割けば溢れ出る肉汁とふわりと柔らかく解された肉の塊があり、それを口の中の一杯にまで頬張るのだ。

 あまりの熱にはふはふと息を吐き、思わずむせ返りながらも広がる濃厚な味付けを受けた肉とその汁に舌鼓を打ち、疲れもなにもかも忘れてただ美肉を食らう。

 食とは生の活力だ。生の活力こそ、死の恐怖にすら対抗し得る。彼女が長い間、この世界で生き抜いてきて徹底的に体に思い込ませたこの言葉。

 あの肉の味を思い出して膝の震えは止まり、体には力が戻った。しっかりと大地を踏み直して再びの笑みを浮かべたフューに、シュヴァリもまた、獰猛な笑みを浮かべた。

 腰に下げた長剣を引き抜いて、血塗れの口を開く。

「――お、……ごっ……!」

「…………!?」

 その血塗れの口から、なん前触れもなく現れたのは大きな人の指――、爪のない――、それとも肉で出来た芋虫か――。

 なんとも形容できぬ物体がシュヴァリの口内からずるりと這い出て、その顔を撫で回した。

 あまりにも唐突なそれに、フューですらも構えた槍が下がる程の脱力で口を半開きに呆けてしまう。シュヴァリはそれを口内に押し戻そうとするように手を口元へとやり、再び吐血した。

「ずげげっ」

 シュヴァリの意志に反して、その口中から這いずるモノの数が増えた時、フューは完全に引きつった顔で後ずさった。これはもう、逃走の好機に他ならない。

 ただの身体的異常、マジックアイテムによる身体能力底上げの反動であったり、こちらの攻撃による損傷であれば、彼女は早々に選択することはなかっただろう。

 しかし目の前にあるのは完全に彼女の想定を超えた〝異常事態〟だ。この男の体の中でなにがどうなっているのか知る由もなければ知るつもりもないのだが、だからこそ逃げの一手であると彼女は判断した。

 フューの判断に気づいたかシュヴァリは指の隙間から覗くモノを無視して歩を進めるが、上手く歩けずに躓き、片膝をついた。

 呻き声ひとつ。肉と、更に骨に通ずるような硬いものを歯で切断する音がフューの耳にまで届いた時、彼女は青い魔方陣を形成して空へと飛び立った。

 高速でその場から離脱する女の姿を地上から睨みつけて、シュヴァリは喰い千切ったモノを吐き出して、叩き潰すのだった。


   ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 幸せそうに眠るトバリの顔を覗きこんで溜息をひとつ。

「いいんだけどさ」

 惰眠を貪る彼女から目を背ければ、そこに転がるのは数人の黒ずくめだ。毒により体の自由を奪われ、あるいは手足の腱を切られて悶絶している。

 それらを冷たい目で見下ろして、一人ずつ、確実に止めを刺すカラス。彼らは表立って少年らを追っていたのとは別のグループで、こちらに見つからぬよう大きく離れて追跡していたのだ。

 こちらの体力、気力が尽きる前にと寝た振りをした所、あっさりと騙されてのこのこと出てきた次第である。

(まあ、寝たふりしているかもと思ってはいても、そう対応できないよなー、これ)

 少年が手に持つのは深い緑の光を湛える短剣である。そう、トバリがフューから受け取り、黒ずくめらの野営地にて無くしたと思っていた装備だった。

 トバリと合流する前に、これは使い勝手が良さそうだとカラスが先に拝借したものだった。この刀身に封じられた魔法の効果は素晴らしいものである。

 接近した黒ずくめに足元に短剣を放つと、その刀身から霧状の毒が瞬時に形成された。カラスが事前に設置していた術式が彼の意図に合わせて形を変え、毒霧と黒ずくめを一所に閉じ込める。

 毒の耐性がない者は即座に昏倒、どころか体の内側から融解を始め、耐性を持っていた者ですらまともに動くことが出来ずに居た所を彼の剣戟によって完全に自由を奪われている。

 ダンジョンに存在するモンスター以外に、これ程の威力を持った毒の魔法やスキルを彼は見たことがない。

 やはり掘り出し物だ。

 カラスはうんうんと一人頷くが、縁故の代物かとそれを鞘に収めてトバリの傍らに投げ捨てた。餞別として獣の皮で出来た水筒も一緒に投げる。

 始まりの町、ドリームホップはまだまだ先だが、すでに目に見える所に有るのだ。少女の仲間は黒ずくめらに気を使って場所の名前を言わなかったが、向かうべきはやはりこの町だろう。

 黒ずくめの脅威を排除したことで、カラスはすでに目的は達したと考えていた。少女は少年が居なくとも、目が覚めれば町へ行き、そして彼女と出会うのだ。

「それじゃあ、またね」

 僅かながら名残惜しげに少年は手を振って、光りの差し込み始めたシート荒野を歩いて行った。彼は少女の正義感を侮っていた。

 これから更に時間が経ち、気温の上がったシート荒野で目覚めた彼女は、カラスがいないことをこれ幸いとして、フューが戦っているであろう地に意気揚々と走り行くことを、少年には全く予想出来なかったのだ。

 結果としてトバリとフューの合流は、彼の考えよりも先のこととなってしまった。

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