第十七話 まだこの俺と戦えるのか? ~シート荒野の大死闘!③~
腹から頭にかけて。
ゆっくりと大刃に引き裂かれたフューの体は、シュヴァリの蹴りを受けて血と多量の臓物とを撒き散らしシート荒野の大地に転がった。
それは即座に光となってフィールドから消え去る。しかしその直前に、紫色の魔法陣が発生し、それは光と共に消失した。
「……身代わりの護符か……」
シュヴァリが振り返った先で、脂汗を垂らすフューが、光に包まれながら立っていた。その体にはひとつの傷もない。
彼女の所持するマジックアイテムはとても高価なもので、致命的な損傷を受けると同時にそれらの傷全てを護符に移し、自身を僅かばかり離れた場所に生成するというものだった。
実力の高いプレイヤーほど大金を稼ぐため、これらの護符を多数所持している。逆に言えば、どれだけ実力があろうとも、死ぬ時は死ぬ。ここはそういう世界なのだ。
そして力のある者ほど、死から遠ざかる術を多く集めることが出来るのだ。
「まだこの俺と戦えるのか? 護符はあと幾つだ? 貴様の闘志もその護符も、全て尽きるまで叩き斬ってやろう」
先程、その肉を確かに引き裂いた巨剣を、右手ひとつでフューの眼前に振り下ろす。
それは言葉通り、こちらの恐怖を煽る為のものだ。こちらの闘志を殺ぐ為の。ならばこそ、屈する訳にはいかない。
発生させた槍を片手に構える女に、シュヴァリは鼻を鳴らした。
(勝算は、ぶっちゃけ無いとは言わないけどさー、これ通常攻撃で即死だもんなぁ、避けれんとかホントないわー)
闘志自体は当に消えているような、しかし勝算はあると強かな考えを持つフューは、見下すシュヴァリに指を向ける。
「行けっ!」
指先に溢れた赤く小さな魔法陣は力波となって男へ迫るも、あっさりとそれを片手で受け止めて、右手で刃を振るう。
狙うべきポイントはここだった。正直に言えばまさかあれを素手で防ぐとも考えてはいなかったが、攻撃自体は先の斬撃と比べれば明らかに遅い。
初手に反応したことを考えて、こちらの動きに合わせた一撃を選んだのだろう。故に片手で防ぎ、カウンターを放つのだ。しかしそれに対しフューはにやりと笑うと、不意にシュヴァリの視界から消えた。
認識阻害の術式――ではない。隻眼がフューの立っていた地を捉える。残るは紫色の魔法陣。
シュヴァリは振り返ると同時にその動きを振りとして、高速の斬撃を放った。横薙ぎのそれは、魔法陣から槍を放たんと現れたフューを捉える。
即座に槍を盾にしたフューの体を、障害と感じるまでもなく刃が通過した。吹き散らされる体に痛みが走る間すらもなく、回る視界の中でフューの中である仮説が浮かび上がった。
それを証明するべく、そしてそれを反撃に使用すべく、地に落ちるフューの体は、僅かながらの口笛を吹いた。
発音術式と呼ばれるそれは、音を引き金に術式を発動させるものだ。しかしこちらは、カラスがあらかじめて定めたキーワードを発声することで作動するものとは違い、自身の思考とリンクすることでなにかしらの音により発動する。
一介のプレイヤーが用いるには過ぎた高等術で、見るからに戦士であるフューには相当数のマジックアイテムが使用されているのだろう。
シュヴァリはフューという人間のからくりにあっさりと見切りをつけ、口笛と同時に地に浮かんだ魔法陣を見る。直後には地を蹴り、上空へ向けて剣を構えた。
その先には、紫色の魔法陣が出現している。
「――やーっぱりねぇ~」
企みが成功した。にやにやと、意地の悪い笑みを浮かべるフューはシュヴァリの向かった魔法陣ではなく、地に立っていた。
その手元に構えられた槍には青の魔法陣が描かれ、更に穂先には幾重にも連なる魔法陣があった。
声に反応して振り返る男に対し、女の手元から放たれた槍は青の魔法陣に触れる毎に劇的に加速し。音すらも取り残してシュヴァリの巨躯を捉えた。
虚空の魔法陣へと向かっていたその体はくの字に折れ曲がり、空の彼方へと弾き飛ばされる。
見えなくなる所まで吹き飛ばされた巨躯を、飛んだ飛んだとのんきに眺めるフュー。仕掛けは単純、術式を行使し、魔法陣を発生させつつもその魔法陣を使わなかった、それだけである。
フューはシュヴァリを、こちらの認識阻害の術式でもってもごまかせない高度な探知スキルを持った男だと認識していた。故に、空間を転移する術式にすら反応したのだと。しかし事実はそれにもうひとつの加点があった。
この男、シュヴァリは魔法陣を解読できるのだ。術式の構成により高速で発生、展開し消失するそれを、きちんと読み解き、彼女の転移する先を知り攻撃を仕掛けていた。
こんな真似は並みの魔術師どころか上位の魔術師でも出来る者はいない。そもそも見たことも聞いたことすらもない。あらゆる術式の組み合わせによって魔法陣は形成され、魔法が産まれる。故に複雑化する魔法陣を、場合によっては回転していたり複数発生する魔法陣を正確に、短期間で読み解くなど出来うるものではないのだ。
術者ですら出来ることではない。
それをあの男は平然とやってみせた。最初の一撃でその身体能力は知りえたものの、魔術師としても驚異的な腕があるのではないだろうかとフューは推察する。故に、そこまでの引き出しを開けさせる前に終わらせることが出来たのだと安堵した。
「……まっ、あんだけの腕なら護符持ちだろうし……今の内にトンズラこきますかね」
両腕を天へと向けて、伸びをする。もう周りに音もしない。黒ずくめの集団もまた、この場から離れたのだろう。
ここから一番近いとなれば初心者の町、ドリームホップだ。カラスと呼ばれた少年もそこへ向かうだろうと予測していたフューは歩を進めながら、掌に光る玉を出現させる。
その中心に現れた点と、目的地となる町を見立てたミニチュアに大体の距離を数えて、げ、と声を上げた。これでは丸一日歩きかねない。
「んー、疲れたからあんましやりたくないけど――うっ……?」
ぼやくフューの体を衝撃が遅い、肺から息が漏れる。背中になにかがぶつかったようで、急なことに倒れたフュー。その目に、地に深々と突き刺さった槍が映った。
見覚えのある装飾は、自身の槍であることを示している。状況を理解し、痛みが襲ってくる前に肩に縫いとめてあった袋から上位の治癒魔法を閉じ込めた小瓶を取り出し、患部に当てる。
怪我の度合いは怖くて見れない。血すらついてない槍が、超高速でその腹を貫いたことを悟らせたのだ。
そして貫かれたとあればそれは攻撃だ。攻撃するならば相手は決まっている。
高速で治癒させつつ振り返る視線の先で、右手から血を滴らせるシュヴァリがいた。それ以外に外傷は見当たらないなど、その様子に驚くのはフューだ。あの槍をその右手に受けて、止めたと言うのか。
「状況判断が早いな、フュー」
「人のこと掻っ捌いたり穴ほがしたりしといて、気安く呼ばないでくれるかな?」
歩みを止めて、シュヴァリが口元を歪めた。徒歩で移動できるような距離ではない。やはりこの男は術式にも精通している。
しかしシュヴァリはフューの目の前で右手の傷を癒すようなことはせずに、ただ左手でのみ巨剣を構えた。彼女を煽る時に見せた、あの片手の構えだ。
フューはそれを睨みつけながら気持ちを落ち着かせて分析する。この男、恐ろしく高い戦闘能力を身に着けているのは間違いないが、マジックアイテムによる底上げが行われているのではないだろうか。
シュヴァリの身体能力は極めて、と言うよりも限界を超越している人間のそれだ。が、このワンダーランドにおいてそういったプレイヤーにはある特徴があるのだが、シュヴァリにおいてそれが見受けられない。だからこそ、マジックアイテムによる身体能力の底上げでないかと判断したのだ。
その場合、制限時間もしくは回数制限付きの身体強化である可能性が挙げられる。現にシュヴァリは初撃のような動きを見せてはいない。
ならばこちらの意思を挫こうとする言動や行為もまた、自分の手を隠す為の行動だったのではないのかと思える。
(あいつの術式解読はくっそビビったけど、こっちが封じたからにはそう簡単に手は出せないはず…………、つってもあの剣速だしなぁ)
今、男との距離は十メートルを越す遠間である。が、この男の身体能力では必殺圏内だ。トップスピードを維持できていなかったとて、そこは変わらない。迂闊な攻撃は致命に直結する。
「どうした。来ないのか」
「今、考え――」
侮蔑。それに僅かながらの笑みを浮かべて返すその言葉の最中に、シュヴァリは動いた。