第十五話 貴様には資格があるのか? ~シート荒野の大死闘!①~
「あんたさ、〝周回プレイヤー〟でしょ?」
先を制したフューの言葉に、シュヴァリの左頬が僅かに引きつった。それに対し疑問を感じたのは他ならぬフュー自身であったが、なにかしらの突破口を思い言葉を重ねる。
「自分が強いって思ってるんでしょ? 思ってるよねー、絶対強者だってさ。そういう油断は良くないよ~?」
「ふん。俺が強いんじゃない。貴様らが弱過ぎるんだ」
傲慢たるその言葉。しかしフューの背には冷たい汗が流れ落ちた。
(やっべ、こいつ弱者だろうが強者だろうが、一瞬で勝負決めに来るタイプだ)
他者を見下し、闘争に燃える瞳。だがそれは、戦いに酔い勝利に愉悦する戦闘狂とはまた別の、戦闘狂。
戦場でこそ居場所を見つけ、その目的へ全力全霊を以って当たる、そんな存在。
「ドリームホップ、オレンジエッジ、ピーチランナー、アップルバレー、ホープベンチ……こんな地名や町名が溢れる中で、なぜここだけがシート荒野などと呼ばれているか、分かるか?」
「さあ? 命名者が違うんじゃないの?」
元より時間稼ぎ目的で適当に逃れるつもりであった。しかしこの男、余程の時間を稼がねばトバリらを猛追するであろうことをフューの勘が告げる。
舌戦は好みであるが、男の言葉はこの絶望的なまでの戦力差を埋める時間稼ぎには嬉しいことだと、あえてその会話に乗った。
「ここは、ワンダーランド有史以来変わらぬ決闘の荒野だ。
果ててはなくとも荒れた大地には幾人ものモンスターと、互いに剣を打ち込みあったプレイヤーの血肉が光となりて消える場所だ。幾人もの旅人が咎人により命を奪われ、幾人もの咎人が断罪され続けている。
今も、昔も変わらずな。薄く積もった砂塵の下に残るプレイヤーの残骸を想う、故にシート。いくら被せてもそれは薄く、深く刻まれて消えぬ戦痕を戒める為の名だ」
その場所で。
シュヴァリは巨剣の柄に手をかけた。ゆっくりとそれを引き抜きながら、燃える瞳に捉えるフューを、それだけで殺さんとするかのように射抜く視線に殺意を孕ませる。
「貴様には資格があるのか?
問うぞ、フュー。貴様は何故、この俺の前に立つ」
「…………。そういう暑っ苦しいとも厨二病とも甲乙つけがたいノリって嫌いなんだけどさぁ」
一言で言うなら、義よね。
体中から噴出す汗を拭うこともできぬ重圧の中で、フューは無理に笑みを浮かべた。シュヴァリはそれを受けて、笑いもせずに巨剣を一気に引き抜く。
荒れた地の土塊がフューの鉄帽や鎧にあたるが、彼女はそれに気を取られるでもなく目を開きそれを見た。
その二つ名を思わせぬ、そして、その巨塊の重さを感じさせぬ優雅な振り。
両手に柄を握って腰を落とし、時計で言わば九時を指し示す綺麗な足の開き、背筋を伸ばしてやや後方に傾けるようにして、その剣は眼前の、フューへと向けられる。
そう。二つ名を思わせぬ所か、優雅とさえ想われたそれは刹那の動きにして美しさを持つ基本形にフューには感じられた。だが、その全身から放たれる悪鬼羅刹のような覇気は正に、二つ名の通りだ。
虐殺者。燃える瞳を真っ向から、笑みはそのままに睨み返して全身に力を漲らせるは、その巨躯に飲み込まれそうな女がただ一人。
勝負は一瞬。互いに思う。一撃で片付けることを。
シュヴァリは直進の振り下ろし一刀を持って、フューは来るべき一撃をその性格から振り下ろしであろうと読んで。
叩き斬る。
かわして斬る。
狙うは両断。
狙うは喉笛。
互いの思考が交差する刹那の見切りに動くはやはり、虐殺者。雄叫びすら上げずに進むそれは風。
見えすらせぬ剣筋をかわせたのは、全ての動きを引き金にかわすことへ全身を硬直させていたからこそと言えようか。
余りの速度に突風すら纏う中でも、フューの体はそのイメージを間違う事無く実行する。何度も駆け抜けた死地の中で、彼女は自らの感情と、体の反射を別つ術を身に着けていたのだ。
だが、それも虚しく。振り返る間すらなく、その腸を巨剣が食い破った。
「――……ッ」
衝撃が体を襲う。
当然と言えば当然のことだったのかも知れない。自身の圧倒的強さと他者との開き、故にその強さに信頼を置く絶対の一撃。
付け入るならばそこだと判断したフューに対し、一撃で止めを刺せないならば二撃目も想定していたであろうシュヴァリ。
そう、当然と言えば当然の手。ただの次手に過ぎない。その一撃に信頼を置きすぎていたのは、油断していたのはフュー自身だったのだ。
彼女は自らの失敗を悟る。自分でも感じたはずだ、この男は、どんな相手にも全力全霊を以って当たる男だと。
「雑魚が」
捨て台詞と共に、男は女の体を引き裂く為に、その剣を上へと引き上げた。
「全然、全然、全ッ然ッ!
話が違うじゃないかーっ!」
「ごごご、ごめーん!」
高速で荒野を跳躍するようにして駆け抜けるカラス。その頭上で、彼の衣服から伸びる縄に繋がり、まるで凧のように浮いている少女は大声で謝った。
カラスが責めているのはトバリの行動だ。彼らはテントの残骸に突っ込んだ後、ある決め事をしていたのだ。
ひとつ、トバリが黒ずくめらの言葉通り、姿を見せ武器無く手ぶらのままジーンの側に近づくこと。
ふたつ、即座にあのフューを召還し、そのどさくさにトバリへカラスが武器を投げ渡し、ジーンを人質にしつつ、フューへの状況説明を行うこと。
みっつ、この混乱に乗じてカラスは一人で逃げること。
少年もまた、このように上手くいくはずはないと考えてはいたが、即座に召還という段階すら失敗するとは思うはずもなかった。
更に言えばあの瞬間、カラスは武器を渡すべきではなかったが連携行動を取らなくなって等しいこの少年。トバリの要請に思わぬ責任感を覚えて投げてしまった等と口が裂けても言えやしない。
「だって怖かったんだよう、あのお姉さんの顔すっごい怖かったんだよう!」
「その怖いおねーさんが、もっと怖い顔して追っかけて来る結果になってるの!」
叫び、ちらと後方を見ればこちらの速度についてくる黒ずくめ。筆頭はやはり、お姉さんことジーンである。
カラスが跳躍する度に靴底から複数の青い魔方陣が飛び散っており、その靴こそ風のように荒野を駆ける秘密であることは見て取れたが、後続の黒ずくめらにはそのような物が見受けられない。
否、使っている者もいるようだが、使ってない者もいるのだ。
(こいつら、錬度のめちゃくちゃ高いプレイヤーだ! 〝周回プレイヤー〟だとしたら厄介なことになるぞ)
もしくは亜人か。
ぐんぐんと追い上げる黒ずくめに、町と違い障害物などなく、更にはトバリという重石を持ったカラスは焦りに襲われる。
ここから一番近いドリームホップの町まででも約二十キロはある。この状況で逃げ切るのは不可能だ。
仕方がないとカラスが取り出したのは丸い鉄の輪。チャクラムと呼ばれるその武器にはトバリにも見覚えがあった。右手の人差し指を輪に入れて、くるくると回すとひとつからふたつ、みっつと増加する。
「おお! あたしにもやらせて!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、なに言ってるのさ!」
それにこれは高いのだ。人に触らせて堪るものか。
これもまた、マジックアイテムの一種である。消耗品な上に少年の持つ取引市場でもあまり出回らない稀有な代物で、それを出すのは彼が追い詰められていることの証明でもあった。
最終的にはむっつに増やしたそれを両手の親指と小指で器用に回し、振り返り様に投擲する。
風を切る澄んだ音と共に、トバリの予想を遥かに超えた速度で飛来するそれは、黒ずくめらに迫る中で発火する。
「おまけッ」
小さく呟き、時間差を使い、目立たぬ小ぶりな動きで残るふたつも投擲したのだった。