第十四話 剣を仲間に向けるのはマナー違反! ~相対、虐殺者と呼ばれた男!~
放たれた閃光。
思わず目を覆った黒ずくめに対し、しかしその一瞬の光が治まった後に、変化らしいものは起きていなかった。
目潰し、というには余りにも弱い光。ジーンは警戒を強めてトバリに向き直ったが、なにも起きていないことに目を瞬かせる少女を見下ろし、キバルトは失敗かと高らかに笑った。
「え? あれっ、嘘!?」
「さあて、万策尽きたな、ガキ」
そのまま地に組み倒すキバルト。暴れる少女の予想外の力に驚くが、それを上回る力で押さえつけ、その首筋に大剣を宛がう。まるで死刑執行人だ。
なるほど、これならばシュヴァリが目をかけることも、ジーンから逃れることも有り得るか。
一人納得し、彼女に目を向ければジーンもまた、頷きひとつでテントに向かって槍を構えた。
「ごめん、逃げてカラスーっ!」
(――カラスだと!?)
少女が思わず叫んだその名にキバルトは目を見開いた。槍を構えたジーンも思わず硬直する。否、この場にいた人間が動きを止めた。硬直するどころではない、互いに顔を見合わせて混乱した様子であった。
その瞬間、怒号が飛ぶ。
「散開しろ!」
召還は成功しているぞ。
シュヴァリの声だ。あまりの、正に唐突の事に混乱し、思考が停止した瞬間であっても、彼の言葉は戦場を抜ける風のようによく響く。
組み敷いていた少女から離れようと剣を持ち直した彼の腕に、突如飛来した槍が突き刺さった。
それはシュヴァリの号令を受けて動き出した者ら全員へ降り注いだ。
ある者は弾き、ある者はよけるが、間に合わずに胸部を貫かれた者や頭部を貫かれた者までいる。
(……この槍……)
見覚えのあるその造形に、シュヴァリは槍が飛来した方向とは逆の方向を睨み付けた。
「あーらら、こっちの阻害系より上位の探知スキルでも持ってるの?」
修羅場の中で底抜けに明るい声で闇から登場したのは、トバリが待ち望んだ声だった。
すぐさま体勢を崩していたキバルトを突き飛ばし、トバリは立ち上がる。騒々しくなるこの場において、苦鳴の音が地を這いずっている。
佇むは人懐っこい笑みを浮かべた。女。鉄棒を被り、底抜けに明るい声で手を振っている。
「よく頑張ったねー、トバリちゃん。こっからは私が――」
「フュー、遅い!」
「……あ、あのねぇ……呼ばれてすぐ飛び出してって、囲まれてたら世話ないでしょーがっ!」
もう呼び捨てか。
必死故であろうが、トバリの言葉に苦笑しつつ、虚空から発生させた槍を構える。
状況で言えば未だ無傷の黒ずくめが六人と不利な状況であるが、形としては挟撃に近い。最もそれは、トバリが戦場にて使えるレベルであらば、という前提が付くが。
しかしフューには、トバリではなくもう一人の宛があった。
「カラスとか言う人、トバリちゃんを助けてくれていたんでしょう?
こっちは私が引きつけるから、この子を連れて先に逃げてちょ!」
くるりくるりと槍を回して格好を決める。それはどちらかと言えば挑発で、相手の意識をこちらに向ける為の行動だ。そんな挑発に引っかかる相手でないことは容易に知れているが、フューにはこのシュヴァリに対する人となりの情報は幾らかあった。
虐殺者シュヴァリ。あるひとつの交易地点で、行き交う人々をその巨大な剣で叩き斬り続けたお尋ね者。ワンダーランドでは無論のこと、現実の世界でもワンダーランドのお尋ね者としてネットに出回る凶悪な男だ。
しかしその実、この男の求めているものは弱者を食い散らかす虐殺ではなく、命の奪い合いを主とする闘争。自らの駐留する場に潜り込まれた挙句に挑戦状を叩きつけられて、逃げるような事はしないだろう。
フューの予想通り、こちらに顔を向けつつもしきりに崩れたテントの様子を窺っていた男の様子が変わる。完全に、意識をこちらに固定した。
それは同時に、フューの頭で捕食者に捕まったことを報せる警鐘が鳴り響く結果となった。
(……まあ、予想はしてたけどさ……)
圧倒的戦力差。たかが一瞥で頭にも体にも理解させられる。この男一人で、この場にいる者の全てが屠られるであろうという確信。
槍をもう一度くるりと回すと二つにわかれ、薙刀となって諸手に収まる。その様子に思わず手品を見たかの如く目を輝かせるトバリであったが、すぐに頭を振るとフューに剣を向けた。
「なに言ってんの、あたしも戦うよ!」
「いやどう見ても足手まといだっての、この状況。あと剣を仲間に向けるのはマナー違反!」
そのどことなく間の抜けた初心者談義に我に返ったか、必死の形相でジーンは声を投げた。
「シュヴァリ様、そのような者に構っている場合では――〝あの〟、カラスが居るかも知れないんですよ!?」
「知らん」
それをたったの一言で斬って捨てられ、思わず絶句する。
その混乱こそ好機とみたか、テントの布が切り裂かれ、その内から黒い縄状の物体が三本射出。トバリを雁字搦めにしてしまう。
声を上げる間もなく、黒い影がテントより脱し、それに引っ張られて少女は悲鳴を上げながら再び宙を舞った。
正に一瞬の出来事。呆気に取られる自らの部下に舌打ちし、シュヴァリは命ずる。
「ジーン、動ける奴等と共にあれを追え。移動の号は下しているのだ、深追いはするな。キバルト、お前も動けるだろう。負傷者を連れて他の面子とこの場を離れろ。
ここから離脱するよう他には伝えてある」
なるほど、だからこそのこの騒ぎか。そして、それでいて援軍が現れないのも。
これは良い機会であると薙刀を構えてほくそ笑むフューにジーンは頬を紅潮させたが、彼女が不服を申し出る前にシュヴァリが背負った巨剣を地面に突き刺す。
閃くようなその動き。そして轟音。
まるで落雷が落ちたかのような衝撃と、彼の剣を中心に亀裂が走った大地に、構えを取っていたフューすらも大きくよろめいた。
反論は許さん。
その一挙が、その一言を十分過ぎる程に語っていた。ジーンは即座に動ける影を率いて闇に消えたトバリを追い、その傷を恥じているからか、何も喋らぬままのキバルトもフューを一度睨み付けただけで、残存する仲間を率いてこの場から去った。
相対するはフューと、シュヴァリのみ。
気温の下がったシート荒野に、移動を始めたフレッシュビーストの咆哮が響き渡った。