第十三話 フューッ! 出て来ぉおい! ~死闘、開幕ス!~
「おお、これこれ! 凄い、よく見つけられたね」
「んー、まあ一回漁ったものだしね。君のだって言われるまで気づかなかったけどさ」
漁った。その単語にトバリは思わず頬を引くつかせたが、そそくさとテントの隅に行き、着替えるからこちらを見ないようにとカラスに注意した。
カラスもそれに応じて背を向けて、テントの外へ気を向ける。
(場が騒がしくなっているな。トバリさんが逃げ出したのがバレてるのか)
本来ならばこの少女一人、置いてでも自分は逃げ帰る所だが。一応は命の恩人であると自覚している。
そんなトバリがこのような場所に囚われているのだ、力にならざるを得ないだろうとカラスは考えていた。その思考は本人も驚くべきものであったが。
(こんな所でも義理人情に流されるなんてなぁ。もっと上手くやれてると思ってたんだけど)
ぼやいていると不意に肩を突かれた。トバリだ。予想の外、早く準備を整えた彼女は彼が昼間見たときの格好のままで、赤いハチマキを巻いている所だった。
武器防具まで一所にあって良かったものだとするカラスに、日頃の行いの賜物であると少女は誇らしげに無い胸を張る。が、それでもやはり装備がひとつ足りないのだとしきりに腰元を気にしている様子だった。
カラスは胸中で舌を出しつつ、見つからない物はしょうがないから、代わりに何か持っていけばとトバリに諦めるよう言い含めた。
「うーん……特に欲しい物はないけど……」
トバリは取り合えずとばかりに、近くの椅子にかけられていた外套を手に取った。丸めて縛って腰袋に括り付けて置く。シート荒野の夜を知ったからには、包まれる物が必要と考えた結果だった。
ハチマキも巻き終わり、赤銅色の指輪を中指にはめる少女に、カラスは待ってましたとばかりに声をかける。
「それじゃあ、すぐにでも逃げ出そうか。あんまり効果は続かないけどプレイヤーの認識を阻害させる術式があるんだ。それ使って、一気に逃げよう」
「プレイヤー?」
プレイヤーとは、自分たち以外の人間のことだとカラスは言う。術式とやらを発動させる為の護符をトバリに持たせて、自らもそれを持ちながら外套から取り出した小瓶を傾ける。
零れ落ちた青い液体は光を放ち、暗闇にぼんやりとその姿を浮かび上がらせていた。
「おおー、綺麗」
「ええと、なんだっけかなあ。
……水におわすは忌むべき者、名をも下げて隠るる者、汝その時その心まで凍てつかせ、ただ忌むべき者を受け入れよ」
「おおっ、魔法使いっぽい!」
トバリの言葉に気が散るから静かにしてと、顔で語りながら記憶を繋ぎ合わせる。元々、彼の使用する認識阻害の術式は個人一人に適用されるものだ。
何かしらあるかもと不特定多数へ適用される物も用意していたが、本当に使われる事があるとは思わず術式起動の言葉を復唱しなくなって久しい。
所々は覚えなく適当に済ませたが、彼の言葉の終わりと同時に光る水がぐるりと円を描き、複雑な幾何学模様へと変化した。起動の為の言葉は鍵となる単語と、ある程度の意味さえ通じれば問題はないのだ。
安堵するカラスの前で、魔方陣は弾けて消えた。
「これで成功? 透明人間みたいになれたの?」
「……いや……失敗だ。というより、邪魔された……」
音を立てないように立ち上がったカラスは、そろりと腰に差された短剣へ手を伸ばす。その意味を悟り、トバリもまた盾から勢い良く剣を引き抜いた。
暗がりの中で、淡い赤の光だけが力強い。
その直後、テントが真上へと弾き飛ばされ、渦巻く風がトバリの体を空へ引き上げた。
悲鳴を上げるトバリの足を掴むと同時に風の流れに乗ったカラスは、少女が思わず手放した剣も捕らえつつ、外套をまさに翼のように広げ、同じく宙へ舞うテントへ突っ込んだ。
布に巻かれて地に落ちた二人を、黒ずくめが囲う。
「出てきなさい、トバリ。あまり煩わせるような真似はしないこと」
進み出たジーンの言葉に、しばしの後、トバリはばつが悪そうな顔で布の中から顔を出した。まるで悪戯がばれた子供のように、おずおずと全身を現す少女に、ジーンは苛立たしげに口元を歪める。
ジーンの前に出てきたトバリは両手の指を合わせながら、愛想笑いを浮かべた。
「あ、あははー。ごめん、ジーンさん。怒ってる?」
言葉と同時に平手が飛んだ。否、掌底だ。トバリには違いが分からなかったが、顎を打ち抜かれて膝から崩れ落ちる。
ぐらぐらと揺れる視界に驚きながらも、立とうとしても立てぬ体に焦りを見せた。
「ま、ままま待って、ジーンさん。あたし、行かないと」
「トバリと言ったな。もう一人はどこだ」
焦点の定まらぬトバリの鎧を掴み、片手で立たせてキバルトが問う。ふらふらと揺れる頭で、何の話をしているのかとする少女に、男は舌打ちして手を離した。支えを亡くした少女は情けない声をあげて、再び地面に潰れる。
キバルトはシュヴァリを呼ぶよう一人に伝え、ジーンには手荒な事はしないようにと強い口調で言い含めて周囲を見回した。
そうそう隠れられるような場所でもないが、このような者が衣装を変えただけで発覚されずに出歩かれたのだ。こちらの油断とする所が大きいだろう。
日頃の激務故にここでの隙の大きさが露呈してしまった。と、言うよりも、キバルト本人としてはそれを他のメンバーにカバーしてもらいたい所であったが。
ジーンはシュヴァリを待たせるのは悪いと少女の腕を掴み、キバルトのように引き立たせようとする。それに抵抗するトバリを煩わしそうに睨み付けたが、先程のように暴力を振るうではなく、力強く引っ張って少女を立たせた。
次の瞬間、ジーンの視界が回る。キバルトでさえジーンが地に叩きつけられる音がするまで気づかなかった、見事な一本背負いだった。
「……なっ……」
驚く彼らを尻目に後方へ大きく跳躍するトバリ。伸ばした腕に布の隙間から投げられた剣を掴むと、周囲に立つ黒ずくめに睨みを利かせた。
「もう揺れは治まったのか。……だがなぁ……」
〝それ〟はマズいだろう。キバルトの、否、少女を見ていた黒ずくめたちの目つきが変わる。
ぞくり、と、トバリの背を悪寒が走った。これもまた、彼女の知らない生の感情。
――殺意だ。
キバルトは怒りに顔を赤くしたジーンに少女ではなく、テントを攻撃しろと命じた。そのまま己が剣を抜き、その切っ先を向けて少女にプレッシャーを与える。
昼間のモンスターどころではない。その眼光は、意を決したはずのトバリすらも縮み込む鋭さがあった。それを尻目にジーンは手近な男の持っていた槍を借りて、テントへ狙いを定める。他の者もそれに続く。
「……ひ、……」
トバリの震える声に、キバルトは眉を潜めた。正に、ジーンらの槍が放たれる直前。
ヒーローはあたしだと、トバリが叫んだ。雄叫びをあげて剣を振り被る少女に、馬鹿めとキバルトは悪態をぶつけた。
振り下ろされる一撃を避け、トバリの背後に回りこんだキバルトは剣の柄で少女の喉元を押さえ、引き倒そうとする。その一連の流れにジーンらの動きが止まった瞬間こそ、トバリは勝利を確信した。
「フューッ! 出て来ぉおい!」
高く差し上げた右手。その中指にはまった赤銅色の指輪が閃光を放った。