第十一話 あたしの装備も探すこと! ~夢の世界の盗人カラス!~
「大分、てこずったようだなァ、シュヴァリ?」
装飾品の施されたフレッシュビースト。その荷台へ足を踏み入れると同時に茶々を入れられる。シュヴァリは当たり前のようにそれを無視して中央に立った。
「戻ったぞ、アーグ」
「ああ、ご苦労。…………、なにがあった? 随分と傷ついているじゃないか」
シュヴァリの誇りだろう。
最初にシュヴァリへ茶々を入れた笑い声に、兵のことだろうとそれを咎めるように女が言った。シュヴァリはその両方だと答えて、窓の外に浮かぶ月を眺める、アーグに聞いた。
「自警団の中に腕が立つ者がいた。一人程度だったが、フューと呼ばれる女と共闘されたせいで、こちらも大分、被害が増えた」
「フュー? あの女がいたのか?」
アーグの言葉に、シュヴァリは眉を潜める。そのシュヴァリの代わりに口を開いたのは女、ヨギルだった。
ヨギルの問いに、綺麗に剃り上げた頭が振り返る。
「今は、確かなことは言えない……が、いちいちこちらのすることに干渉するとはな……なにか、変わったことでもあったのか?」
「……いや――」
「――ないことはねえだろ? シュヴァリ。
こいつ、フューとかいう女の知人かなんかを、拉致って来てんだよ」
「ちっ。お得意の犬で様子を見る前に、手伝えばいいものを」
ザルファロと呼ばれた男が、部屋の中央へ歩み寄る。他の3名と違い、ズボンに裸の上半身をコートで覆っただけの、かなりラフな格好だ。厚い毛皮の帽子を被っていて、シュヴァリよりも若いが精悍な顔つきをしている。
「ふん。フューの知人、か。処分してしまったほうが後先、楽でいいかも知れないな。その知人とて、奴にはそれほどの価値はないはずだ」
「……恨みを買えば執拗に追ってくるだろうが、そのフューと言う女は、なにかの義理程度で干渉したと? それなら――」
ヨギル、アーグ両名の言葉にシュヴァリは顔色を変えた。
「なにを言っている? そのほうが逆上するに決まっているだろう! 大体、アーグ、貴様の言葉だとよっぽどてこずる相手のようじゃないか。そんな奴がこちらの邪魔をしたと言うのなら、遅かれ早かれこの俺が奴を殺す!」
険しい表情で一気にまくし立てる。そんなシュヴァリを宥めながら、ザルファロも申し訳なさそうな表情をして口を開いた。俺もシュヴァリと同意見だ、と。
「そもそも、フューって奴の情報が少なすぎる。アーグさんよ、あんたの持ってる情報も大したものでもないから、そんな歯切れが悪いんだろう?
そんな奴と交渉できそうな代物が手の内にあるんだ、みすみす潰すこともないだろうに」
ザルファロの言葉にシュヴァリはより一層、険悪な空気を放ったが、それも一瞬のことだった。ザルファロは観念したように両手をあげると、尻尾を丸めるようにして外へ出て行った。
どちらにしろ、とヨギルは言った。どちらにしろ、トバリを呼び出す必要があると。
「いいだろう。だが、とりあえず今日は休ませる。夜が明けてからだ」
「従うよ、シュヴァリ」
挑発するように笑うヨギル。
シュヴァリは鼻を鳴らすと、彼らを睨みつけながら後ろ手に扉を開いて出て行った。一瞬の沈黙の後、ヨギルがそれに倣うように扉へ向かうと、それをアーグが制した。
「シュヴァリの車を見回ってくれないか? なにか、あるかも知れない」
「そういうのは、三下にでも任せればいいだろう?」
たっぷりとした嘲笑で返すと、アーグも笑った。
行き違う度に緊張でびくつきながら、トバリは自分の乗っていた車を探していた。昼間のこともあり、休んでいるとはいえフレッシュビーストが走り出さないかと、内心震えながら荷台の中を確認していく。
「…………、う~」
胸の部分にある隙間が気になってしようがない。ジーンから奪い取った服である。黒装束の影たちは戦闘以外では、布でできたゆったりとした衣服であった。布をかけるような服のため露出も少なからずあるが、だから着ないとも言ってはいられない。彼らの鎧では着方すらわからないのだから。
浴場へ縛り付けたジーンには申し訳なかったが、こちらもそれどころではないのだ。通り過ぎる黒服と目を合わせないようにしてすれ違う。
町を襲撃したときと違い、ぎらぎらとした野性味が消えて気の抜けたような彼らはどことなく皆浮かれていて、陽気な空気さえ纏っていた。
そうした事もあってか彼女と取っ組み合いになった際、油断していた上にこちらの腕力に驚いていたようで、あっさりと拘束できてしまった。あの大剣を背負っているにも関わらず、だ。どうやらトバリの筋力はかなり高いものであるらしい。
「だからって簡単に逃げ出せはしないだろうしなぁ」
ぼやいていると、足元がおろそかになったか、つんのめってたたらを踏む。元々サイズの合わない衣装だ、トバリは自身の失敗に赤面していると幾つもある簡易テントのひとつに目がいった。
たまたま視線の先にあるそこは、特に明かりは点いていない。しかしトバリにはそこから人の気配が感じられて妙に気になった。
と、いうか、指輪も装備も探さなきゃならないし。
頬を掻き、脱出よりも前にすべきことを決めた彼女は、そろりそろりとテントに近づいて、シーツの切れ目に顔を突っ込んだ。あっさりと闇に慣れた少女の目には、驚いたように目を丸くしている少年の顔があった。
全身黒ずくめのその姿。カラスだ。
「あれっ? ……あんた確か……」
「ちっ!」
認識阻害の術式が上手く作動しなかったか。
突然の来訪者に少年はそんな言葉を胸に沈め、鋭い舌打ちと同時に腰に差した短剣を引き抜く。トバリも思わず自らの剣を探し。
ないことを悟ったその喉元に切っ先が迫る。
ぴたり、と。鋭く冷く狙い済まされたその殺意に、思わず喉を鳴らす。そこで再び驚きを感じたのは少年のほうだった。
「あっ。トバリさん? トバリさんもこいつらの仲間だったんですか!?」
「それはこっちの台詞!」
思わず声を張り上げたトバリの口を塞ぎ、カラスは非礼を詫びて短剣を退けると彼女をテントの中に招き入れて外の様子を探った。
怪訝そうな表情で、やはり術式には成功しているはずだがとトバリを見返して小首を傾げる。そう考えれば、少女との初対面の時も不可解ではあったのだ。
彼の使用する認識を阻害する魔法は二種類ある。ひとつ目は、対象を意識しない限りは周囲の人物の記憶に残らないというものだ。故に彼を踏みつけたフューはカラスを知覚しなかったし、逆に以前、戦闘に及んだ白外套らは彼を発見する事が出来た。
ふたつ目は今現在使用しているもので、一定範囲の存在感を希薄にさせる。これにより自らの存在だけでなく彼の潜伏する部屋の認識力も低下させることで他のプレイヤーがこの部屋に入ることを防いでいたのだ。
初対面でありながらカラスという存在を知覚し、更には認識を歪めたはずの部屋にもあっさりと押し入る。まるで知らぬとばかりの少女に特異性を見出したカラスは、おそらくは何かしらの、魔法の効果を打ち消すマジックアイテムを所持しているのだろうと結論した。
カラスの思考など露知らず、そんなことよりもとトバリは、彼らの仲間でないのならばなぜこんな所にいるのかと口を尖らせる。
「あっははは。いや、……まあ……」
笑ってごまかす視線の先。トバリがそれにつられて顔を巡らせると、開いた戸棚から顔を覗かせる宝石や金貨が目に映った。
つまりは泥棒か。その正体を知ると同時に脱力する。ここの連中がどれだけ危険なものか知っているのだろうかと。
カラスはとりあえずとばかりに品定めを再開し、少女こそなぜこんな所にいるのかと問う。
「……あたしは……よく分からない。なんか、連れ去られてここに来たんだよ」
「連れ去る? わざわざ、ここの連中が?」
手を止めてトバリを見つめる。その視線に恥ずかしそうに縮こまった少女に、少年は慌てて謝ると胸中で呟くのだ。
特段、価値などありはしないような体であるが。
スレンダー、というには肉がついているし、ふくよかというには肉が足りていない。かといえばこちらから覗く衣服の隙間から、アピールポイントも大きくはないだろう。
幼女というには育っているし。やはり、特段価値があるようには思えない。カラスは戸棚の物品を漁りながらも考えを巡らせる。
(肉体関係以外の価値が、トバリさんにあるのか。……まさか、魔法を打ち破る力にも、何か理由が……?)
興味をそそられる話ではあったが、危ないところに手を出してもややこしい事情にまで手を出す趣味はない。カラスはあらかた見終わると、昼間の恩返しとばかりにトバリの脱出に協力すると笑顔で言った。
しかし少女はその言葉に対して、立てた人差し指と中指を突きつけるのだった。
「昼間の恩返しなら、あたしの装備も探すこと!」
「……えっ……?」