第十話 わかんないよ! ~シュヴァリという名の案内人!~
断続的に続く振動。周囲から聞こえる呻き声。肌で感じる不快感。
小さな声を漏らして、トバリは目を開いた。まだ眠たかったが、それを許してくれるような雰囲気ではなかったのだ。
「――、気づいたか」
冷たい鉄の感触。むき出しの鉄の床に壁、ランプの明かり。
横倒しになったトバリへ、案内人と自称した男は言った。すぐ目の前に置いた椅子に座り、こちらを覗き込むように身をかがめている。
男の後ろには黒装束の襲撃者たちが転がっていた。痛みに呻く者や、それを介抱する者、こちらに疑惑の目を向けている者など。少なくとも歓迎されている雰囲気ではない。
「あ、案内人さん」
「シュヴァリだ。俺の名はシュヴァリ」
シュヴァリ。その名を記憶するように自らも復唱すると、腕に走った痛みに思わず目を瞑る。両手足が拘束されている。
トバリは訳がわからないという風にこちらを見上げている。そんな彼女をできうるだけ穏やかな目で見ながら、シュヴァリは言った。
「トバリ、君にはしばらく、俺たちと行動を共にしてもらう。そのほうが安全だ」
「はぁ? 安全って……シュヴァリさん、その後ろの人たちと、なにか関係があるんですか……? その人たちが町を、襲ったんだよ!?」
理由あってのことだ。
シュヴァリの言葉には、幾分と冷たい響きが込められていた。そして、所詮は夢の中の人間だろうと言い聞かせる。
トバリは首を横に振った。
「……わかんないよ……フューさんは、この世界は夢から繋がる場所だって……インターネットにだって、ここと同じことが……」
「…………、それも夢かも知れない」
「わかんないよ!」
苛立たしげに声を荒げる。
トバリをどうして宥めようかとするシュヴァリは、まるで聞き分けのない娘をどうやってあやすか思案している父親のようだった。だがその顔も、歩み寄る黒装束に掻き消えた。
「シュヴァリ、フューという名前だが。あのドリームホップの自警団と一緒に戦っていた女も同じ名前だ」
男の言葉に、シュヴァリはひとつしか見えない眼を細める。トバリを見下ろしてから、男のほうへ向き直った。
「俺も奴とは会ったが。まあ、あの町にいる理由が見当たらんほどの腕だったな」
「その通り。もしかしたら、あの女も我らと同じく――」
「そんな訳があるか」
鼻を鳴らすと、男を下がらせる。冷たい目でトバリへ向き直ると、フューが何者なのか問い質した。
トバリは首を横に振り、今日、会ったばかりだと答えた。フューと出会った場所も、一緒に行動していたのもたまたま息が合ったのだと答えた。
案内人さんと同じでね。
棘を含んだその言葉に、笑いもせずにシュヴァリは相槌を打つ。そのまま黙り込むシュヴァリを見ながら、ふと気がついた。
指輪だ。フューと契約した指輪がある。
どれほどの効力があるのかは知らないが、もしフューをここに召喚できるのならば、これほどよい打開の策はないだろう。シュヴァリたちの話では、普段とぼけたフューも、腕の立つ戦士であるということに疑いようがなかった。
「…………、フューさん、助けて! ここに来てよぅ、フュー!」
思い切り叫ぶと、黒装束の連中は手に手に武器を取ったが、シュヴァリは落ち着いてそれを止めた。
それから数秒、なんの変化も起きないことに今度はトバリが慌てた。
「な、なんでっ、呼んだら出てくるって言ってたのに!」
トバリの言葉に、初めて隻眼の戦士は笑った。そして、椅子の傍らに転がっていた木製の小箱を開き、彼女の目の前で契約の指輪を取り出した。
説明が足りてなかったようだな、とシュヴァリは静かに言う。
「アゼルと契約、アゼルの力を行使するにはこの指輪の着用が必要不可欠。
まだ会ったばかりと言ったな。ならば力も溜まってないだろう。もって日の出までにこの指輪をその指にはめることができなければ、契約は解消される」
トバリは絶望に目を見開いた。
アゼルがなにかは知らないが、このままではシュヴァリの所属するなんらかの組織に連れ去られることは間違いない。そうなれば、自分もただで済むかどうか、疑問である。
そんなトバリの胸中を感じ取ったのか、シュヴァリは彼女の頭を優しく撫でた。
「心配するな。お前のことは、俺が必ず守る」
柔らかな口調に似合わない、鋼のような意思を感じ取らせる言葉。
その言葉は、彼の後ろに控える黒装束らも動揺させた。
なぜ、これほどまでにと、トバリは思った。しかしその人殺し集団の頭と思われる男の手は、大きく硬いながらもひどく温かく、気温の下がったシート荒野ではありがたく感じられた。
それから、シュヴァリらの集団が目的の場所へ辿り着くまでさほど時間は必要としなかった。トバリたちの入っていた鉄の部屋が車の荷台にあたる部分だったのだと、降ろされてから気づく。
その箱のような荷台を引いていたのは一頭のトカゲもどき、トバリが戦い、倒せなかった怪物である。元においてワイルドビーストであるが、名前をフレッシュビーストと改め、幼体から人間と共に育てることで仲間同士の争いにより培われるその凶暴な性格を削るらしい。
「ご帰還、お疲れ様ですシュヴァリ様」
同じようなフレッシュビーストの車が連なる駐車場とも言えるスペースに、シュヴァリやトバリと同じく巨大な剣を背負った女が姿を見せた。その後ろにも似たような鎧姿の女が続いているが、先頭に立つ女のような大剣を背負っていない。
「ああ、ジーン。こいつを風呂にでも入れてやってくれ」
足の戒めを解くと、ジーンと呼んだ女にトバリを押し出す。いきなりの扱いにトバリは目を丸くしていたが、それはジーンも同じようだった。
「風呂? シュヴァリ様? シュヴァリ様はどのように?」
「俺は三人に挨拶だ。一応、武器は持っていなくても注意は怠るな。
後、様は止めろ、様は。耳障りだ」
生返事を返すジーン。その腕の中で、風呂ならば一人で入れると暴れるトバリがいた。
ブックマークの登録、ありがとうございます!
非常に嬉しいです。書き溜めた分がなくなれば更新頻度も落ちますが、これからもがんばっていきたいと思います。