91.エピローグ〜別れ
冬の終わり。そして、新しい季節が到来する少し前。それは別れの季節と呼ばれる子供が少し大人になって、巣立つそんな時期。そんな時期にもうすぐなろうかという頃、少し早い別れがやって来た。
「元気でな、ディク」
武闘大会は無事にでも、平穏にでもなかったが、何とか終わり、騎士団長という地位にある人が俺の勝利を伝えたため、王立学院が総合、トーナメント共に優勝となった。
俺とディクが破壊してしまった闘技場及び、民家は全て騎士団に責任を押し付けた。
『僕たちはー、騎士団の皆さんがー、被害を押さえてくれると思ってー、本気でやったんですー』と白々しく棒読みで王様と皇帝に謝罪した。王様と皇帝の前でガチギレしだした金髪の騎士が最高権力者二人に宥められている光景が懐かしい。
その後も色々とあったが、最終的に俺が立て直しの資金を提供する事で話はついた。
ちなみに立て直しの資金とは、すっかり忘れていた修学旅行で行った島の遺跡に眠っていた金銀財宝の散りばめられた椅子を売り払って作った。
王様を見てその事をふと思い出し、元々売ろうと思っていたものだから、この際この面倒事の後始末に使うかと、思い切って出したのだ。
それから色々と鑑定やら何やらに時間を取られたが、椅子はお釣りが来るほどの値段がついた。王国が買い取り、国宝とするらしい。俺にはあの目に悪く硬いピカピカとした椅子の何がいいのか理解できないが……
宝石が尻に突き刺さりそうだ。
ちなみにお釣りはこの街に迷惑代として空から撒いておいた。これ以上無駄な金は必要ないのだ。二億も貰ってもどうしようもない。それよりも、鼠小僧の如く人々に配る方が、取り扱い注意され始めた俺の評判も上がるし、何より俺がいい気分になれる。
『キッチック様〜!』とか、『キッチックの兄貴』と男女共に慕われるキッチック様の誕生だ。悲しむべきは本名が未だ浸透していない事か。
その辺の事はギルクが徐々に対処してくれると言っていた。後の事は任せようと思う。
俺はもうこの事に関して怒りの感情を持っていない。もう慣れたというのが本音だし、何よりシャルステナとの婚約の恩がある。
それで俺の中では手打ち、いや、いずれギルクに力が必要になった時には手を貸すつもりでいる。其れ程、俺はギルクに対して感謝していた。
「また同点になっちまったが、次は負けないぞ?」
「望むところだよ。今度も僕が勝つ」
俺とディクは傷が癒えてからと言うもの今日まで様々な事で勝負していた。駆けっこに始まり、大食い、早食い、果ては地獄タイムアタックまで、今まで我慢してきた分やりたいように日々遊んでいた。
そして、最終的に8215勝8215敗3引き分けまで記録を伸ばした。
「それと、これはプレゼントだ」
俺はそう言って、盾を象った木製のペンダントを手渡す。
「ありがと、レイ。こういう加工は僕にはちょっと真似出来ないや」
「まぁ、スキルの恩恵というやつさ」
「ははっ、相変わらず戦闘に関係ないものまで育ててるのは変わらないんだね」
その言い方はひどく遺憾だ。凄く馬鹿にされた気がする。芸術家スキルは器用値をかなりあげてくれてるんだぞ?
ちなみにイメージ力にも隠れ補正があるお陰で、魔法の詠唱を削れるんだぞ?
まぁ、そんな事で機嫌を悪くする様な事はしないが……
「じゃあ、僕からはこれを。と言っても、何もしてないんだけどね」
「馬鹿たれ。何かしてたらしばくぞ。渾身の出来なんだからなそれは」
不器用なディクが何かしていれば、これはもう修復不可能なものとなり兼ねない。力を入れ過ぎて真っ二つになる様子が容易に想像できる。
「それじゃあ、みんな待ってるから僕はそろそろ行くよ。今度会うときは、騎士と冒険者として会おう」
「おう。立派な騎士様になれよ?」
ここで俺はもう冒険者だとか無粋な事は言わない。そんな些事、別れには不要だ。
俺は騎士学校の集団を追いかけていくディクを見送ってから、踵を返した。
さてさて、次はいつディクと会えるかな。
そんな事を考え、街の門を潜ろうとした時、後ろから声をかけられた。
「少年」
「はい?」
振り向くとそこには、鎧を身に纏ったいい歳のおっさんがいた。確かこの人は……
「栄えある騎士団の団長様が俺に何の用?確かに俺もディクもやり過ぎたかもしれないし、責任を押し付けたのも悪かったけど、話はついたはずだ」
「はっはっは!やはり君は面白い。私を前にしてその態度。中々の大物だ」
そういうわけではないのだが……
単にお礼参りされるのかと警戒していただけだ。だけど、見た限りではその必要もなさそうだ。
「少年、騎士にならないか?」
「遠慮しときます。じゃ」
俺は誘いに即答して、踵を返した。
この人が俺を騎士にしたいという話はディクから聞いていた。このタイミングでお礼参りでないとすれば、思い当たるのはそれしかない。
正直相手が強い分、私が勝ったらとか言い出したら面倒なのでとっとと逃げる事にした。
「まぁ、待て少年。結論を出すのは早いのではないか?」
「はい、そうですね〜」
「同意を示して去ろうとするんじゃない!」
そのまま足を止めず立ち去ろうとしたところ、騎士団長に回り込まれた。
うわぁ、面倒でしかない……このパターンはあれじゃないか?
「少年、私と勝負しないか?ディクルド君から君は勝負事が大好きだと聞いている。どうだね?」
「いや、僕は争い事が大の苦手なんで……じゃ」
「待て待て待て!頼むから話だけでも……」
再度立ち去ろうと試みるも、また回り込まれる。くそっ、面倒だ。レベルが違い過ぎて撒くなんて出来ないだろうし、どうするか……
「はぁ、わかりましたよ。話だけですよ?」
「おお!ほんとか⁉︎聞いてくれるか!」
俺は考えた。今の状況で最悪のパターンは勝負を挑まれ、強制的に騎士にされる事。ならば、話を聞くだけ聞いて、提案を蹴ってやればいいと。
何より、騎士団長が哀れに見えてきた。
「ごほん。まず騎士とはどういうものかについて説明しようか。と言っても、細かい所まで説明していると、君が逃げてしまいそうだから手短に。私が君になって欲しいのは、王国を守る騎士だ。因みにディクルド君も我が騎士団所属が決定している」
「へぇ、んじゃ俺はいらないだろ?」
よし話は終わりだ。
「待て待て!話はまだ終わってない!」
しつこい。この人しつこい。もう俺が騎士になる気なんてない事はわかっただろ。俺を解放してくれよ。
「ごほん。我が騎士団には序列というものがある。上から騎士団長、副団長、騎士長、副騎士長、一級から三級騎士まである。君が私の提案を受けてくれれば、初めから一級騎士にしてみせよう。君は冒険者という酷く安定しない職に就くそうだが、一級騎士ともなれば月に50万ルト以上の収入がある。さらに君程の逸材ならばそう遠くない未来騎士長になる事は間違いないが、そうなると月に300万ルトもの収入があるぞ。どうだね?少しは騎士になる気になっただろう?」
「いやまったく。冒険者の方が稼げるし…」
騎士って思ったより儲からないんだな。いや、普通の人からすれば稼ぎはいいのか?
「何⁉︎300万だぞ、300万⁉︎普段特にすることも無く、ゴロゴロして偶に剣を振るっていれば、それだけ貰えるのだぞ⁉︎」
この人騎士団長なんだよな?
普通そういうサボりを許さず、目を光らせるんじゃないのか?
「まぁ、もっといい雇用条件を持って来てくれたら考えますよ」
考えるだけな。
「そうか‼︎考えてくれるか‼︎わかった!なんとかしてみよう!」
そんな俺の気持ちなど露知らず、騎士団長は嬉しそうにそう言うと慌てて何処かに駆けて行った。多分王様のとこだろうな。あの人、王様に雇われてるようなもんだもんな。
まぁ、だけどあの人が説得して戻ってくる頃には俺はこの街を出てるんだろうけど。
〜〜
街は活気に満ち溢れていた。突然、街に金が舞い込み経済が活性化したせいだろうか。
大通りの店には客が殺到。品切れの札が目立つ。
後はお食事処、それも少し高めの店がすし詰め状態になっている。
「賑わってんなぁ」
そんな感想を人を掻き分け進みながら口にすると、
「さようでござるな。何でも、気前のいい茶髪の若者が金をばら撒いたとか」
「うおっ!いつからそこに居たんだよ」
返事が返ってきた。ひとり言にも関わらず返事があった事に驚きつつも、特徴的な話し方をする侍に目を向けた。
「あいや済まぬ。驚かせるつもりはなかったのでござる。キッチック殿の姿を見かけ、別れの挨拶でもと近寄った次第」
「おお、そうか。律儀だな。シンゲンは、えっと何処の学校だっけ?」
そう言えば聞いた記憶がないと、尋ねてみた。
「拙者は海遊学園にて学問を修めているござる。しかし、それもあと少し。卒業後は国に帰るでござる」
「へぇ、違う国から来てたのか。何処?」
「ヤマト大国という島国でござる。キッチック殿は何でも冒険者になるとの事。ヤマト大国に立ち寄った際には、是非拙者を訪ねて欲しいでござる」
島国かぁ。日本に似た環境にある街なら、懐かしい風景が見れるかもしれないな。いつか行ってみよう。
最近刺身が食べたくて仕方ないんだよ。
「ああ、必ず行くよ」
「来てくれるでござるか。拙者、それまでに一層修練を重ねておくでござる」
ああ、なるほど。それが目的か。まぁ、俺も嫌いじゃないし、それは吝かではないけどな。
その後、二三言交わしてからシンゲンと別れ、宿に戻ろうとした時。
「あー‼︎見つけましたよ‼︎キッチックさん‼︎」
あー、この声は……
「ちょ、なんで逃げるんですか⁉︎」
自分の胸に手を当てて考えてみろ。すぐに答えは出るだろう。
そんな事を思いながら、俺は一目散に逃げ出した。人が溢れていて走り難いので、屋根に飛び乗った瞬間、目の前の空間が歪む。そして、シルビアが姿を現わす。
「待ってくれると助かるのだけど……」
「…………えっ?何でお前ルーシィに協力してんの?お前はこっち側だと思ってたんだけど……まさか、お前も俺を勇者にさせたい口?」
思わぬ裏切りに俺はしばしの硬直を要した。
「そうね。出来ればとは思うわ」
「おいおい、勘弁してくれよ。言っとくけど、俺は勇者なんてものになうおっ!」
「つ、捕まえましたよ‼︎さあ、観念して下さい!」
「ええい離せ‼︎金髪ロリ!」
「金髪、ろ、ロリ……ロリ……」
俺の言葉はルーシィに深刻なダメージを与えたようだ。言っとくが、お前だけじゃない。シャルステナ以外全員ロリだ。シャルステナは違う。うん。だって偶にエロいんだよ。大人の女を感じる時がある。
「あ、諦めませんよ‼︎ろ、ロリでも何でもキッチックさんには帝国に来てもらいます!」
「この、いい加減…」
ガシッと俺の腕を捕まえ離さないルーシィ。このロリいい加減飛ばすぞ。空に。
後でえらい目に合うのは俺なんだからな。
「キッチック、どうしても嫌?勇者は帝国を、果ては世界を救う事になる重要な役割。貴方にはその資格がある」
「こないだと言ってる事が真逆なんだけど?いや、まぁそれはいいが、俺は勇者になる気はない。俺にはやりたい事があるんだ。悪いけど、そんな事してる暇はないね」
ギルク曰く、最低の政治制度らしいからな。よくわからんがそんな面倒事の予感しかしないものに関わる気はない。
「そう、残念。ルーシィ行くわよ」
「あぁー!離して下さいお姉様ーー‼︎」
ルーシィは物分りがいいシルビアに引きずられ、『私は諦めませんよ‼︎』などと叫びながら連れて行かれた。
〜〜
「元気でな、お前ら。また何年かしたら戻って来るから、それまでポックリ死んだりするなよ?」
そう今日は、旅立ちの日。
セーラの事を考え、一度王都に戻るという選択を取らず、俺とシャルステナ、ハク、セーラの4人はここから世界樹を目指す事にした。
だから、卒業式には出る事が出来ない。だけど、特別に俺とシャルステナは卒業を許された。少し早めだが、王立学院を卒業した優秀な人材として名を残して欲しいとの事で、校長が許可してくれた。
おそらくギルクの手が入っている事は間違いないだろう。
「じゃあ、すまないけどギルク、ちょっとの間頼むな」
「ああ。シーテラの事は任せておけ。俺も最近転職しようかと考えていたところだ。一緒に色々やってみるさ」
おいおい、自由だな王子。やりたい放題じゃないか。
まぁ、シーテラに色々とやらせてくれると言うのだから、俺としては文句はないのだが……ギルクといい、騎士団長といい、この国は色々と大丈夫なのだろうか?
シーテラはしばらくギルクに預ける事になった。今回の旅はタイムリミットのある急ぐ旅だ。正直に言って彼女を連れて行くのは、旅の妨げになる。
そこで、王都でギルクに口利きしてもらい、様々な職に就かせて体験させてみようという事になった。願わくば、俺が王都に戻るまでに彼女が何らかの道を見つけてくれていると嬉しい。俺はそれを全力でサポートしよう。
「みんな元気でね。私みんなと過ごしたこの6年間とっても楽しかったよ。またいつか会おうね」
「ジャルーー‼︎あだしも楽しかった!絶対、絶対まだ会おうね‼︎」
シャルステナが少し涙ぐみながら別れを口にすると、堪え切れなくなったアンナが号泣してシャルステナ抱き付いた。
「ゴルド、お互い冒険者として頑張ろうな」
「うん。けど、しばらくは王都でのんびりしてよっかな〜」
ゴルドは別れの時まで自分のペースを崩さない。そんなゴルドとの別れを寂しく思った。もうこのノンビリとした口調を聞く事はないのかもしれないと。
ギルクやアンナは恐らく王都に行けば会えるだろう。だけど、冒険者となるゴルドに会えるかは運次第。またいつか世界の何処かで会える事を願っていよう。
案外アンナとくっ付いて定住してるかもしれないが……
「ははっ、お前らしい。まぁ程々にな。アンナも結局何になるのか知らないけど、人様に迷惑を掛けない真っ当な職に就けよ?」
「わがっでるわよ〜!あんだも絶対このごだすげなさいよ!」
「はいはい、わかってるよ。泣き虫アンナ」
こいつには色々と振り回された記憶があるが、今思えば懐かしい思い出だ。最近は、そんな事も少なくなってきたが、これで暫くは振り回される事もない。それは嬉しくもあるし、同時に寂しくもある。
また王都に戻った時は、一度くらいこいつのわがままに付き合うのも楽しいかもしれない。
「ヒック、ヒック、わだしレイ先輩の事忘れまぜん」
こっちにも泣き虫がいたか。
「わだし先輩がせんぜいになってくれだおかげで強くなれまじだ。わだし頑張りまず!先輩に恥じないよう頑張っでいぎでいきます‼︎だから、だから、わだしを見守っでいでぐださい!」
「おい、俺が死んだみたいな言い方やめろ」
泣きじゃくり、まるでお墓の前で故人に宣言する様な内容を口にするリスリットに俺は思わず突っ込んだ。最後の言葉にあの世から的言葉がついていれば、俺は蹴りを入れていただろう。其れ程、リスリットのそれはお通夜みたいに聞こえた。
ほんとこいつは頭まで犬畜生だな。こいつ学院で上手くやってけるのか?俺のフォローなしで大丈夫かよ?
不安だ。不安しか残らない別れだ。
「まぁ、言わなくてもわかると思うがライクッド、フォローは任せた」
「わかってますよ。ちゃんと首輪付けときます」
よく分かってるじゃないか。俺がこないだプレゼントした首輪型電撃魔石を使いこなしてくれよ?
「そうか。まぁ、お前に関しては、頑張れと言っておこうか。次に会う時は、俺の仲間だ。期待してる」
「はい!」
ライクッドは満ち満ちた様子で強く返事をした。この返事を聞く限り心配する必要などなさそうだ。
『マスター。王都にて、やりたい事を探すという任務見事成し得て見せます』
「いや、そんな固く考えなくていいから。あくまでも自分のしたい様にしてくれ。見つからなくても、責めたりしないから。その時は、世界を回って色々見て回ろう」
『了解いたしました。柔らかく考えてみます』
ははっ、こっちも不安しかない。こちらはギルクに任せよう。
「じゃあ、そろそろ俺たちは行くよ」
「みんなまた会おうね!」
「ピィイ‼︎」(さよならは言わないぜ)
「バイバーイ‼︎」
ハクの言葉に対するツッコミを堪えつつ、俺たち3人と一匹は世界樹へと旅立った。
楽しい学院生活だったなぁ。前世で嫌々行っていたのとは違う、充実した学院生活だった。俺が馬鹿やったり、他が馬鹿やったり、騒がしく忙しい毎日だったけど、今思えばそれも含めて充実していて楽しい日々だった。
もうあんな生活は出来ないと思うと寂しいが、自分で決めた道だ。俺はこれから本当の冒険者になる。
まずは世界樹。
七大秘境の一つ、世界樹の森。
今から始まるんだ。俺の冒険が。
「ところでレイ。服から女の匂いがする件については後で話してくれるんだよね?」
……先行きは良くないようだ。
異夢世界をお読み頂きありがとうございます。
第一部終了!ここで、私の中では一区切りついたという感じです。ダラダラと書いてきましたが、ようやく本筋に入っていきます。お楽しみに!
……の前に、番外編ぶち込みます。私が書きたかった地獄編と、リクエストに応えて武闘大会で活躍が少なかったあの子達が活躍するエキシビションマッチの合計3話です。




