89.化け物vs化け物
変なバグが発生してる……
書きにくい。
心臓に悪い戦いの末、二人同時にお互いの技をその身に受けた。それまでおよそ数分の出来事。その数分の間に誰しもが理解した。この二人の試合は危険だと。
観客達はそれを身を以て理解し、観戦よりも避難を選んだ。それを安全に誘導する騎士。
二人の戦闘が止んだ今が絶好のチャンスと、次々に闘技場から逃げ出していく観客達を見て、シャルステナは一安心と心を撫で下ろした。
その時だった。悲鳴が上がったのは。
「ば、化け物ーー‼︎」
「いやぁぁぁあ、来ないでーー!」
「くっ、何だこいつは⁉︎」
悲鳴と共に聞こえた騎士の切迫した声。その騎士は悲鳴をあげた観客を背に庇い、化け物と対峙していた。
紅い紅い幽体のような透ける体。体長は3メートルを越す、二足で立つ鬼。鬼の頭からはツノが伸び、その目は騎士と観客を見ていた。
騎士は来るなら来いと剣を正面に構え、鬼の動きを待った。しかし、鬼はそんな騎士達に興味がなかった。一瞥しただけでスッと目を離すと、闘技場の中へ向ける。
「あれは……」
その場にいる者の中でその鬼が何なのかわかったのは二人だけだった。それは前に一度似たような化け物を見た事があるから。
「騎士団長!あれはまずい‼︎あれは目に付くもの全てを攻撃してきます‼︎」
そのうちの一人、キャランベルはディクルドの光線を止めたばかりの騎士団長に叫びながら近寄った。それは今すぐあの化け物を殺さなければという警告の意味があった。
だが、騎士団長はそんな事はお構いなしに、マイペースに鬼を見詰め首を傾けた。
「お前の言う事が本当なら、なぜあの者たちは襲われていない?」
襲うどころか歯牙にもかけていないように思える。そんな冷静とも取れる分析をした騎士団長の言葉に、キャランベルは疑いの目を持って鬼を見た。
「なぜ……」
それは口から這い出るようにして出た言葉。
何故あの鬼は襲わない?目に付く者全てを襲うのではないのか?
その疑問の答えを、鬼を生み出したディクルドを含め、誰も持っていなかった。
何故本人もわからないのか、それはディクルドが馬鹿だからとかそんな理由ではない。
知らないのだ。自分が生み出した事も、それが己の力である事も。
何故ならそれは、ディクルドの感情が暴走した事によって生まれた物なのだから。
己の意思で生み出したのではない。スキルがあるわけでもない。ただ、感情が独りでにディクルドの体から彼のユニークスキルを使って這い出ただけなのだ。
だから、鬼には意思がある。それは元々感情から生まれたものだから。
アリスが攫われた時に初めて暴走した感情。それは悪魔の様な形で具現化した。
それを生み出した感情は怒り。アリスを攫った二人に対しての。だけど、それだけではなかった。あの時ディクルドはアリスを守れなかった自分自身に対しても怒っていたのだ。
それが悪魔がディクルド達にも牙を剥いた理由。あの悪魔の標的には、ディクルド自身も含まれていたのだ。
そして今回。二度目の暴走。それは、一つの感情から成っていた。
レイに負けたくない。
水竜のブレスで強烈なダメージを受けた彼は、一瞬飛びかけた意識をその感情の元に引き止めた。
ディクルドの身体能力が高い。だけど、元の素の能力はレイより少し高い程度。彼の身体能力の高さを支えるのは、スキルの偏りだ。
その偏りは身体能力向上に偏っている。だが、全ての能力を上げるわけではない。力やスピードはあげれても、耐久力を大きく上げる事は出来ない。
それがいわば彼の弱点だ。
だから、今の様な技をまともに受ければ、ダメージは甚大。すぐに立つ様な事は出来ない。
だけど、彼の心はかつてない程燃えていた。自分の本気の攻撃をカウンターで返すような友との待ち焦がれた勝負。それなのに、こんな所で負けられるかと闘志を燃やした。
それが鬼の正体。
だから、鬼が狙うのはレイただ一人。有象無象など相手にしない。なぜならその鬼はレイを倒すためだけに生まれたのだから。
『ガァァァ‼︎』
鬼が吠えた。それは標的を見つけた雄叫び。
鬼は飛び上がった。巨体が闘技場の壁より高く飛び上がった様に誰もが目を剥いた。
轟音と共に着地した赤鬼は再び雄叫びを上げる。それは壁に埋もれ力なく首を垂らす標的を煽るような声だった。
しかし、レイは何の反応も見せなかった。彼のダメージもまた甚大だった。最終的に丸裸で必殺の一撃をその身に受けたのだ。
すぐに動けるものではなかった。壁に埋もれるレイに意識がないのは、崩れ去ったナイトドールを見ても明らかだった。
そんなレイは傍から見ても隙だらけ。だが、鬼はそんなレイに攻撃しようとしなかった。
耳を覆いたくなる様な雄叫びを何度も上げ、レイを煽る。それは、正々堂々戦いたいというディクルドの意思を反映したものだった。
そんな鬼の雄叫びに観客達は恐怖した。あの巨体で重力などないように軽く飛び上がり、地面を踏み砕いた化け物を目にした彼らは、ほとんどの者が魔物だと思った。それも、S級以上の。
そんな魔物が街の中へ紛れ込んで来ている事に恐怖した。ここを出れば外は魔物で覆い尽くされているのではないかと、ネガティヴな想像を膨らませた。
それは騎士も同様であった。だが、恐怖するのではなく、この国を守るという使命を前に燃えていた。
そんな混乱が巻き起こる中、あの男が目を覚ます。
「うるせぇな」
〜〜
これはどういう状況だ?
耳障りな声で意識を取り戻すも、目の前には見た事がないような化け物。
一体絶対何がどうなってんだ?
俺は負けたのか?
ディクは?
くそっ、意思を飛ばしたのが悔やまれる。
「いてて……全身打撲になってんじゃないだろうな?」
いつまでも埋もれているわけにもいかないので、壁から力任せに抜け出すと、全身に痛みが走った。
何なんだよ、あの光は……
隔離空間をすり抜けるってどういう事だよ。空間断絶してるんじゃないのかよ。
ていうか、それより何だあの化け物は。
どっから出て来たんだよ。てか、ディクは?
俺は目を走らせディクを探す。しかし、全く見当たらない。代わりに一つの事に気が付いた。
観客達の視線が、鬼と俺に固定されていたのだ。
これはつまり……
「ディク、お前変身できたのか⁉︎」
そんな技隠してやがるとは……
よく見れば色は変わってるが、あの鬼の体はディクのオーラと似た様なものに見える。なるほど、あのオーラで鬼に変身したのか。
『ガァァァ‼︎』
「ははっ、鬼は喋らないってか?中々演技派じゃないか、お前」
中々役に入ってるな。練習したんだろうな。
だけど、俺は騙されない。俳優たる俺を騙すには演技練習が足りなかったな!
勘違いは止まらない。もう俺の中でこの鬼の正体はディクだという事で決定されていた。そんな俺をシャルステナをはじめ、それを聞いていた者は馬鹿を見るような目で見てきた。
だけど、俺はこの鬼がディクだと確信していた。何故なら、あの鬼から伝わってくる闘志がディクと同じだったからだ。
あんな闘志を俺に向けて来るのはディクしかいない。
だから、その勘違いは全くの間違いというわけではなかった。
「けど、変身したからって俺に勝てると思うなよ?」
『ガァァァ‼︎』
まったく。役に入るのはいいが、少しは会話ってものが出来るようにしろよ。
「変身出来るのはお前だけじゃないんだ。見ろ、これが俺の変身だ‼︎」
俺はシュバッと、右手を上に突き上げゆっくりと回す。別にそんなことをする必要はないのだが、変身といえば、とりあえず腕を回さないといけない気がしたのだ。日本人的に。
そんなふざけたポーズを取りながらも俺は、深く深く内側へ沈みこんでいこうとした。
「あの馬鹿何やってんのよ。頭打ったんじゃない?さっきから馬鹿丸出しで、あたし恥ずかしいんだけど」
聞こえない聞こえない。本格的に頭がおかしい奴の言葉なんて聞こえない。
「変身って言ってたけど……まさかね?」
ああもう、静かにしてくれよ。集中出来ないじゃないか。俺はそんな事を心の中で愚痴りながらも、集中力を高めていく。
あの時を思い出せ。
視覚、聴覚、触覚全てを差し出せ。
代わりにーー
トクン…………
ーー竜の力をよこせ。
俺の体が発光した。その強烈な光に俺と鬼のやり取りを見守っていた者たちは目を覆う。
「ま、眩しい‼︎」
「ッ⁉︎本当に変身するの⁉︎」
まるで進化する時のような発光。俺を覆った光は俺の体を作り変える。
竜へと。
「竜化‼︎」
発光が治ると、俺の体は水色の鱗に覆われていた。ディクの攻撃で破れかけていたシャツは広げられた翼によってちぎれ、上半身を覆う水色の鱗が晒された。
ズボンは尻尾のところが破けただけで、大事な場所は晒されていなかったが、下半身も鱗に覆われているのは想像に難くない。
頭から生える二本のツノは目の前の赤鬼とは対照的に青く光る。そして、人にはない鋭く尖った爪。
どれを取っても変身前の俺とは姿が全くと言っていいほど、違っていた。唯一変わらないのは顔。だが、その肌も竜神の加護によって強化されていた。
「あ、あいつまで化け物になっちゃった!シャルどうしよう⁉︎倒す⁉︎殺さないとやばいよね⁉︎」
「あ、アンナ落ち着いて。レイは変身しただけだから。化け物になったんじゃないから。…………たぶん」
そこは言い切ってくれ。化け物なんかになってないから。
全く、あの二人が勘違いするのも、ディクが役に入ってるせいだ。あいつが普通に話してたら、こんな誤解は生まなかったのに。とんだとばっちりだ。
「ディク、そろそろ再開と行こうぜ」
『ガァァァ‼︎』
赤鬼は俺の言葉に答えるように雄叫びをあげた。
「ねぇ、シャル。あいつやっぱ頭打ったのよ。あれのどこが人なのよ」
「うん、かなり強く打ったみたい。早く試合終わってくれないかな。レイの頭が心配だから、早く診たいんだけど……」
さっきからうるさいなあの二人。だいたい何で聞こえるんだよ。
何故か他に声援がない。あの二人の話す声だけがよく聞こえる。何で声援ないんだろ?
ふと、その事に気が付くが……
まぁいいか。今はディクと戦う事の方が優先だ。
そう頭の端に追いやった。
「行くぞ」
俺は腰を落とし、赤鬼に突っ込んだ。武器はいらない。俺には爪があるから。
魔力を込めた爪で鬼を引っ掻いた。しかしーー
カスッ
ーー攻撃がクリーンヒットしたとは思わない程軽い感触。その感触の違和感に俺は戸惑った。
何だ、この体……
違和感は感触だけではなかった。引っ掻き音も、その見える傷も違和感を覚える。まるで空気を切ったような音が聞こえたし、傷はわずか数旬のうちに回復してしまった。
『ガァァァ‼︎』
ドォォォオン‼︎
爆発音のような轟音とともに地面が吹き飛んだ。その一撃を躱し、俺は距離をとった。
あの体は単なるオーラなのか?てことは、あいつの本体に当てないとダメージは与えられないのか?
どこに本体がある?
俺は存在しない本体を鬼の中に探す。けど、目を凝らしたところで見つかるはずもなく、俺は探すのをやめた。
「くっ」
鬼が拳を振り下ろす度に、まるで散弾のように飛んでくる岩。それを鱗で受け止めながら、その散弾の嵐の中を突き進んだ。
耐久値を馬鹿みたいにあげる竜化にこんな攻撃効かない。ビービー弾のようなものだ。
「本体はその体の奥に隠れてんだろ‼︎」
俺はそんな事を叫びながら、鬼の中に飛び込み抵抗なくその中に入り込む。
思った通りだ。やっぱり入れた。後はこの中からあいつを……
そう思ったのも束の間。
「ぐぁぁぁぁぁあ‼︎」
全身を焼き付けるような痛みに襲われた。
なんだ……この体は……ディクの攻撃と同じ……
俺を内に飲み込んだ鬼は、その手を自身の腹に突っ込んだ。そして、その中で苦痛に耐える俺を掴み、引き抜くと地面に叩きつけた。
「ガハッ……」
地面に叩きつけられた俺は血を吐いて苦悶の声を漏らした。
くそっ、失策だった。まさか、あの体がディクの光線と同じ効果を持っていたとは……
ディクの体を覆うオーラとは別物なのか?
俺は血を吐き、追撃の拳が迫るのを見ながらディクの厄介な能力に考えを巡らせていた。
ドガァァァ‼︎
容赦ない拳の一撃が、地面を粉砕。その拳と地面の間にサンドイッチされた痛みに耐えかね、苦痛を漏らす。
「ぐはっ‼︎」
今度は盛大に吐血した。竜神の加護を撃ち抜く一撃。魔力纏っとけばよかったと後悔するも既に手遅れ。定まらない視界、抜けていく力。またしても俺は意識を手放しかけていた。
「レイッーー!!」
シャルステナの悲鳴が、亀裂の入った地面の中心で横たわる俺に向けられた。
その声が飛びかけた意識を引き戻した。
……そうだ。俺は勝たないといけないんだ。
今回だけは負けるわけにはいかないんだ‼︎
フラフラと定まらない視線。気を抜けばすぐ意識を持っていかれそうな痛みとダメージ。
だけど、もう一つの誓いを果たすため、俺は立ち上がった。
否、飛び上がった。
「は?………はぁ⁉︎」
羽を使って空中に飛び上がった俺をアンナは二度見してから驚愕した。
何を今更驚く事があるのか。何年も前から走ってただろ。しかし、空を走る事と飛ぶ事は同じ様で全く違ったようだ。
「う、うそ……レイが飛んでる…」
シャルステナもまた目を見開き、驚愕していた。俺としては、服も破けないし空を走る方が使い慣れている分重宝してるんだが、衝撃的には飛ぶ方がデカイらしい。
『ガァァァ‼︎』
飛び上がった俺に追随するように鬼もその巨体を感じさせないジャンプを見せてきた。しかし、届かない。一直線へ天へと登り、ホバリングして止まる。
そして、落下する鬼を見定めると、思考を振り分けた。
「落ちろ、ライトニング‼︎」
四方八方から雷鳴が轟き、鬼を何本もの稲妻が撃ち抜く。だが、それだけでは終わらない。
「凍えろ、ブリザード‼︎巻き上がれ、トルネード‼︎飛び散れ、ロックショット‼︎爆発しろ、エクスプロージョン‼︎」
複数思考によりほぼ同時に発動した魔法。それは鬼を容赦なく滅多打ちにする。
上級魔法まで入り混じった魔法の乱舞。だが、それはあくまで前段階。最後の魔法が、詠唱と共に紡がれた。
「歪め歪め、世界を歪める波動よ、歪みの収縮をもって現出せよ」
現状詠唱してようやく発動出来る唯一の最上級魔法。
「ディストーションッ‼︎」
その瞬間、世界に歪みが放たれた。その空間に存在する全てがねじ曲がり、まるで巻貝のように巻かれる。
グルグルとねじ曲がりながら魔法もろとも鬼を飲み込む。歪みは日本の祭りでよく見かけた色鮮やかなペロペロキャンディような色鮮やかな模様と軌跡が空に描き、渦巻いた。外周から始まる円は段々とその円周を小さくしていき、そしてーー
「余すことなく全てを受け止めろ。あらゆる魔法の威力も全て、お前と共に一点へ収縮する」
俺が前に突き出した手をグッと力を込めて握り締めると同時に、歪みが限界を迎え、点となる。
「点なる世界」
残る全魔力を込めた合成魔法。現在使える最大威力を誇る技。魔王でもダメージを与えられると俺は自負している。
なぜならこの魔法は、組み込む魔法でその威力が上昇するからだ。今唱えた魔法は俺なりの試行錯誤の末に出来た最高の組み合わせ。
雷で痺れさせ、吹雪を起こし凍りつかせる。そして、竜巻で切り刻み、岩の散弾で物理的にダメージを与える。そして、それを全て吹き飛ばす爆発。
それを一つに纏め、余波さえ逃がさない。もちろん標的も決して逃がさない。グニャグニャにねじ曲がった空間の中脱出するなど、俺にも不可能だ。シルビアの瞬間移動でも厳しいかもしれない。
もちろん鬼も例外ではない。
『が、グゥァァーーッ!!』
鬼の断末魔まで巻き込んで、点へと帰結する。その点の中では鬼が逃げる事も抵抗する事も叶わず、貫かれ、凍らされ、切り刻まれ、打たれ、爆発に巻き込まれた。
それは十二分に赤鬼を形成する光を打ち砕き、消滅させた。
「勝った……?」
闘志が掻き消えた。それはもう突然に。突然訪れたほんの一瞬の静寂。
その静寂は、瞬く間に破られた。
それは雷音、氷結音、暴風音、打撃音、爆音。そして、断末魔が一つの轟音となって解き放たれた。
ねじ曲げられた空間が巻き戻る。それはつまり、閉じ込められた全てを解放する事を意味していた。
まず初めに音。そして、ねじ曲がった空間の解放に伴って生まれた暴風に魔法が乗る。
ゴォォォオ!!
崩壊を伴う破壊が無秩序に、ランダムに解き放たれた。
〜〜
「みんな、私の後ろに‼︎アイスウォール!」
シャルステナは未だ残っていたアンナ達を庇い、防御魔法を唱えた。
「アンナ、任せたよ‼︎」
「了解よ、シャル‼︎」
シャルステナが発動させた氷の壁で止められなかった魔法をアンナが双剣で切り裂き、止めた。
その二人に庇われる、ライクッド、リスリット、シーテラ、セーラの4人。未だ避難せずに残っていたのはこの6人と、ギルク、シルビア、ルーシィ、シンゲン、キャランベル、騎士団長、アリスの合計14人だけだった。他は既に騎士達と共に闘技場から逃げ出していた。司会者まで逃げ出して、試合の決着はどうなるのだろうか?
「うおおぉぉ‼︎だ、誰か助けてくれーー‼︎」
ギルクは無秩序に降り注ぐ魔法の嵐から逃げ惑う。彼の凄いところは、悲鳴のような叫びを上げながら、寸前のところでギリギリ魔法を回避しているところだ。
地獄部屋で鍛えられた彼の回避能力はこんなところで役立っていた。
そんな彼が助けを求め走り寄ったのは、偶々近くにいたシルビア、ルーシィ、シンゲンのところ。
「無事でござるか⁉︎」
「た、助かった……あのドアホめ、闘技場を破壊する気か?」
そんなつもりはレイにはない。ただ結果的にそうなってしまうだけ。彼自身もその猛威には現在進行形で晒されているのだ。
しかし、ギルクの言葉通り闘技場の建物は次々に崩壊していた。そんな崩壊していく建物を見て、キャランベルは悲痛な声を漏らす。
「あぁぁぁあ‼︎闘技場がぁ‼︎」
「わっはっはっは‼︎」
「うわわわっ……」
騎士はこの武闘大会で不足の事態が起きた時に対処するため、派遣されて来ている。今はまさにその不足の事態。観客達はなんとか逃がせたが、闘技場が崩壊してしまっては、その責任が騎士団にのしかかるのは目に見えている。
そして、その対応に苦労するのは間違いなく自分。
横で高笑いしながら、魔法を切り裂くトップは責任を取らないに違いない。面倒事は全て弟子に押し付けるお師匠様なのだ。
「こんな魔法見たことないぞ‼︎あの力是非我が騎士団に欲しい‼︎」
「いりませんよ⁉︎これ以上問題児は御免ですよ‼︎」
「私も……」
苦労人と団長に庇われるアリスはキャランベルの言葉に同意を示した。
「私の苦労をわかってくれるのは、お前だけだ‼︎頼むからあの馬鹿弟子を抑えてくれよ‼︎」
「それは……無理かもしれないです…」
「まずはあの少年と話す場を設けなければな。丁度いい。闘技場破壊の件で呼び出す事にしよう」
「やめてください‼︎本当に‼︎」
キャランベルが苦労を分かち合う仲間を見つけた横で、騎士団長は如何にしてレイを引き込むか思案し始めた。苦労人の心が休まる事はない。
〜〜
悲鳴が飛び交う街。そこは本来熱気と歓声がなりやまない活気溢れる街。しかし、今そこに溢れるのは、悲鳴と恐怖。
本来安全なはずの街中で始まった化け物同士の戦い。始めの熱気は何処へやら。その戦いの激しさで、崩壊していく闘技場。巻き込まれる観客。そして、何処からやって来たのか、紛れ込んだ鬼。
刻一刻と変わる状況は観客のパニックを引き立て、もはや観戦など忘れ、観客達は一目散に街の外へ向けて逃げ出した。
そんな街の一角。闘技場の目の前は、一風変わった雰囲気が漂っていた。
ペチペチペチペチ
軽く何かを叩く音。
「あれ〜、起きないなぁ〜。グッスリだなぁ〜」
そんな呑気な声で、気絶しているディクルドの頰をペチペチするゴルド。
「うっ……」
「あ、起きた?」
何故戦っている相手を起こすのか?
そんな疑問は彼の前には意味はない。彼の頭の中は常人では計り知れないのだ。
「僕は……負けたのか……」
目が覚めたディクルドは、気を飛ばしていた事実から自分がレイに負けたのかと考えた。
「そうなの?けど、レイ戦ってるよ〜?」
「えっ?何と?」
「君が作り出した鬼だよ〜。ガォ〜」
ゴルドは見ていた。倒れたディクルドから鬼が這い出たのを。そして、その後すぐに気絶したディクルドを。
「僕が作った鬼?ははっ、何だいそれは。僕はそんな事出来ないよ」
「え〜そうなの?じゃあ、あれは魔物なのかなぁ?」
あれと言われてディクルドは振り返った。そこには、化け物が二匹いた。そして、次の瞬間化け物の片方、鬼が何種もの魔法に晒され、その周囲の景色がねじ曲がった。
「なるほど……あれがレイか」
ディクルドはその光景を見て、瞬時に水色に輝く空飛ぶ化け物がレイだと確信した。
「まったく相変わらず隠し球が多いよ、レイは」
よくもまぁ次々技を思い付くものだという呆れたような思いとは裏腹に、ディクルドは闘志を再燃させた。
彼はゆっくりと剣を手に立ち上がると、ライバルを見据え、歩き出す。
ゴォォォオ!!
闘技場が崩壊していく。色鮮やかな花火のように魔法が飛び散り、破壊された建物の瓦礫が降り注ぐ中、それを意にも介さずディクルドは真っ直ぐに歩いていく。
「僕の隠し球は後一つしかないのに」
そんな呟き共に。
「限界突破ッ‼︎」
天を貫く紅き光の奔流が猛々しく燃え上がった。
異夢世界を読んでいただきありがとうございます。
決勝戦も大詰め。限界突破したディクにレイは勝てるのか。
次話、決着‼︎




