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88.誓いの時

決勝戦始まります!

 創世歴5008年。

 世界は終焉を迎えかけた。邪神と魔王率いる魔人と魔物の軍勢により、あらゆる種族が滅亡寸前まで追いやられた。


 邪神が消えた後もその被害は甚大であった。発展しつつあった世界はまた逆戻り。新たに魔物の脅威とも戦わねばならなかった。だが、それは人々を絶望させるには至らなかった。


 生き残った人々は手を取り合い、新たな世界を作る事を決めた。多くの者が死に、また都市が消えたその年は、世界の復興が始まった年でもあったのだ。それが新創世歴0年のこと。


 時は流れ、復興が始まって5000年が経つ頃。世界には街が溢れ、復興が進んだ。人々は邪神の脅威を忘れ、日々を過ごす。

 だが、この時代に生きる人々は知る事になる。邪神の恐ろしさを。そして、その強大さを。

 忘れるなかれ。邪神は人類に与えられた罰なのだ。


 二度目の厄災の始まりは、終焉と共にすぐ目の前に迫っていた。


 新創世歴5000年。

 後の世の歴史に名を残す者達が多数出場した武闘大会が開催された。その決勝は伝説とまでなり語り注がれる。


 壮絶を極めた2人の戦いにより闘技場は崩壊。街にまで被害が出た。負傷した者は5237名にも上った。

 後にも先にも、闘技場を破壊し観客に怪我人が出た試合はこれが最初で最後だ。


 奇しくもこの事件が2人の英雄の名が初めて歴史書に出てくる事件となるとは、この時はまだ誰も思いもしなかった。


 〜〜〜〜〜〜


 武闘大会最終日。

 会場の熱気は最高潮。まだかまだかと観客は足を震わせ待ち侘びる。


『お待たせいたしましたぁ‼︎』


 もう聞き慣れた司会者の声に観客達が待ってましたと言わんばかり、その熱気を声に乗せる。


『武闘大会最終日!トーナメント決勝を始めます‼︎』


 選手入場の掛け声で、舞台西側の扉がせりあがる。


『まず初めに出てきたのはディクルドーー‼︎二回連続優勝の彼は今年も危なげなく勝ち上がってきた‼︎やはり彼が今年も優勝を攫っていくのか⁉︎そしてーー』


 続いて東側の扉が開き、その中から俺が歩み出る。


『果たしてキッチックはそれを止められるか⁉︎はたまたディクルドの秒殺記録更新に名を連ねる事になるのか⁉︎強敵ディクルドに打ち勝ち、彼はシャルステナ嬢と婚約を結べるのか⁉︎』


 この日を待ち侘びていた。

 6年待っていた。

 昨日、ディクに証を放り投げられた時、本当は俺もあの場で試合を始めたかった。だが、それを思い止まらせたのはギルクとの誓いがあったから。


 だが、今はそんな事はどうでもいい。


 自分の限界を出して戦える相手。それが目の前にいるんだ。

 そんな事は忘れて、この勝負にのめり込みたい。元々負けるつもりはないんだ。6年前から。


 ディク。


「誓いを果たそう」


 俺は開始の合図を待たず剣を抜いた。


『あっ、ちょちょっと待ってくれ‼︎キッチック⁉︎』


 それを見た司会者が慌てて止めようとするが、それに構わずディクも同じく剣を抜いた。気が早いのはお互い様らしい。


『ああーもう開始だ!開始!試合開始だぁ‼︎』


 このままでは勝手に始められると察した司会者は若干ヤケになりながらも開始を宣言した。


 ドーン‼︎


 銅鑼の音がなった瞬間どちらからともなく踏み込む。様子見などいらない。初めから全力だ。

 身体強化、肉体強化をフル稼働。さらには超集中状態になって、突っ込んだ。

 だが、正面きってぶつかる様な事はしない。


「おらっ!」


 間合いに入った瞬間、俺は地面に剣を思いっきり振り下ろす。その衝撃で、地面に大きく穴が開き、土が飛び散る。


「うわっ!」


 舞い上がった土埃に身を隠し、驚いたように悲鳴をあげたディクの真横に回り込み、そのまま一閃。弾かれた感触を確かめもせず、上半身を捻り飛び上がると、剣を両手持ちに直しディクの真上で一回転した。


 回転に合わせて二回甲高い音色が鳴る。伝わってくる感触は硬く、微動だにしないものであった。

 ディクはその連続攻撃を土煙で視界が悪い中、全て防御して見せのだ。さらに回転が終わり真上に陣取る俺に向かって正確に剣を突き立てる。


「うおッ!」


 ディクの突きをギリギリで俺は剣の腹で受け止めたが、その力を殺す事は出来ず真上に突き飛ばされる。それはもう天高く。

 ただの突きの威力がこれかよ。やっぱディクには肉体じゃ敵わないな。

 まぁ、そんな事は10年も前からわかってた事だけどな。


「霊光」


 ディクの内側から青いオーラが滲み出る。それはディクのユニーク。肉体特化のディクの肉体を更に強化する厄介極まりない代物。さらには光線にもなる正直言って俺とシャルステナに並ぶ反則(チート)スキル。


「早いな」


 俺はオーラを纏い出したディクを見て思わずそう呟いた。あれはディクの必殺技。以前までならもっと出し惜しみしてきたはずなのに、開始1分も経たず使うとは……

 これは俺も出し惜しみしてる場合じゃないな。


「第一形態、魔人!」


 ディクとは対照的に赤い光に俺は包まれる。ただし、全体的に広がったディクの光と異なり、俺の腕を覆う赤い光は濃く、鋭く輝いていた。それはまるで剣の光沢のように。


「それ、シルビアの時に使ってた技だね。見たとこ、防御特化みたいだけど、僕の攻撃とどっちが強いかな?」

「さぁな。やってみろよ。そうすりゃわかる」


 空に停止した俺と、それを見上げるディクは今日初めて会話を交わす。その内容はどこか挑戦的で、それでいて興奮が隠しきれていない口調だった。


「ははっ、だね」


 ディクは小さく笑うと、屈んだ。


 来るか。


 俺は空中で更に飛び上がると、上体を反らす。そして、全身のバネを使いオーガの剣を投擲。


「いっけッーー‼︎」


 全力投球。ビュンという風を切る音とともに手を離れた剣は一直線にディクへと迫る。


 刹那、ディクの左手がブレた。そして次の瞬間には、ディクの真横の地面が轟音と共に吹き飛んだ。それは剣を払おうと振るった腕の余波だった。

 おいおい、まじかよ。どんな力してんだよ。

 上がり幅がデカすぎないか?


「行くよ?」


 今度はディクの体全身がブレた。そして、コンマ一秒も経たず俺は真下の地面に叩きつけられる。


「かはっ……」


 腹から叩き落とされた俺の口から空気が漏れ出た。凹んだ地面の上を転がり起きると、すぐにディクを見上げる。奇しくも先とは立ち位置が逆転したわけだ。

 一つ違う点はディクが徐々に落下してきているという事。流石に足場のない空中ではあのスピードは出せないようだ。


 今度はこっちの番だ。


「瞬空波‼︎」


 それはドーンワームを細切りにした技と仕組みは同じものだった。


 超高速移動に巻き起こった真空刃が相手を四方八方から切り刻む。無論ただ高速移動するだけでこうはならない。それだけでは突風が吹くだけだ。


 この技のミソは空気を切る事にある。ドーンワームの時は固く固定した剣で、今は魔装刀で空気を切り裂く。それにより生まれる真空波は生半可な鎧など軽く切り裂く。


 高速移動はもちろん瞬動。ただし、瞬動の弱点である直線のみの動きを反発空間で無理やり方向転換させて、あらゆる方向から刃を作っている。

 ただ、その為些かこの技は運任せのところがある。ドーンワームの時は偶々上手くいったが……


 ドーン‼︎


 という音を立てて俺は地面に人型を作り埋もれた。


 ……ちゃんと止まれるかは運次第なのだ。


 そんないまいち格好のつかない技だが、威力は知っての通り。その辺の魔物なら一瞬でサイコロステーキにしてしまう。

 しかし、相手はディク。驚きなのは、その真空波の動きを完璧に見切り、自ら生み出した真空波で相殺してしまった事だ。それはつまりディクは今瞬動状態の俺に近い、或いはそれ以上のスピードを持っているという事だ。


 無茶苦茶だあいつ……

 そりゃ全員秒殺だわ…


 俺は常時瞬動状態のライバルの化け物っぷりに思わず呆れていた。だが、同時に言いようのない興奮を感じていた。


「あっぶなかったー」

「あっ、そう」


 危なかったと感想を漏らして着地したディクに俺は地面から顔を出して素っ気なく答えた。

 今のどの辺が危なかったか聞きたい。


「今度はこっちの番だね」


 そうニコニコ笑いながら言ったディクの手が強く輝く。それに対し、ディクを纏う光は薄くなった。一点集中。俺の魔装刀と似たようなものだろう。

 けど、おそらく全く用途が……


 ディクが動いた。それは相変わらずブレたようにしか見えない速度。

 だが、俺は慌てる事なくそれに対処する。


 何回お前と戦ってきたと思ってる?

 大技を放つ時お前は必ず真正面から来るんだ。


 その予測は狂う事なく当たる。


「霊光斬‼︎」


 ディクが振り下ろした剣に追随するように青い光が柱となって襲いかかる。俺はその剣と光を腕をクロスして受け止める。


 キィィィ‼︎


 金属を切るような音と共に光が俺を包み込んだ。足場はその光に当てられボロボロと崩れ、剥がれ落ちるように魔装が徐々に削り取られていく。


「こんのッ」


 そんな中、俺はディクの剣を掴みあげた。


「異常児がーーッ‼︎」


 腕を引くようにして体を前へ、頭突きをお見舞いする。鈍器で殴られた様な音がし、ディクは首を仰け反り後ずさる。


「吹き飛べッ‼︎」


 そこへ間髪いれず放ったヤクザ蹴り。その蹴りはディクの腹を捉え、壁まで吹き飛ばした。


 地を伝う衝撃が駆け抜け、粉塵が舞い上がる。

 壁には亀裂が走り、その上に陣取っていた観客達は歓声よりも悲鳴をあげて、その場から逃れようとする。

 だが、それよりも早く……


「魔爆」


 圧縮した魔力を手に、俺はディクへと迫った。壁に埋もれ一瞬身動きが止まったディクに俺は掌底と共に魔爆を打ち込む。そして、脱兎の如く背中を向けて逃げる。それはもう轢き逃げの如く、魔爆を置いて逃げた。

 あばよ!



 〜〜


「キャァー‼︎」

「うわぁぁぁあ‼︎」


 ディクルドが衝突した壁の上方ではパニックが引き起こっていた。亀裂の走った観客席にいたものは特に。観客達は悲鳴をあげながら、階段を駆け上る。彼らが目指すは12の出口の内の一つ、あるいは上段の観客席。


「第二部隊急げ‼︎早く観客を非難させろ‼︎」


 亀裂の走った観客席が崩れる事を視野に入れたキャランベルが怒声を上げる。観客の安全を守るため緊張を高めていた第二部隊は、緊張をときそれに従い観客を非難させる事に専念する。

 キャランベルはその様を見て、一つ吐息を吐くと隣に立つ騎士団長に目を向ける。


「わはははっ!本当にあのディクルドとまともに戦える学生がいるとは。今年の武闘大会は面白いな!」

「何を観客になりきってるんですか⁉︎あんた騎士団長でしょう⁉︎」


 そう言って、キャランベルは責める。騎士団長ならあんたが指揮しろと。何故自分にやらせ、本来指揮を執るはずのあんたが高笑いして観客になってるのだと。


「まぁ、そう…ッ‼︎」


 そんなキャランベルの言葉を軽く流そうとした騎士団長だったが、突如放たれた魔力塊を捉え、血相を変えて叫ぶ。


「お前ら!観客を守れ‼︎」


 危機迫る声で叫んだ最高指揮官の言葉に即座に反応する第二部隊。それに加え応援に駆けつけた他の部隊も合わさって観客を背に半円を描く。その中心にいるのは、ディクルド。その彼から放射状に広がるように魔王にさえ手傷をつけた破壊が放たれた。


 ゴォォォォ‼︎


 積み上げられた強固な岩が砂と化し、崩れ落ちていく。早くはない。だが、着実に破壊の波は盾を深く構える騎士達へと伝わっていく。


「魔力暴走だと⁉︎」

「まさか馬鹿弟子がッ!」


 騎士団長はその長年の経験から正解を引き当てた。その正解を聞き、キャランベルは憎まれ口を叩きながらも、ディクの身を案じた。


「お前ら魔力だ‼︎魔力で押し返せ!」


 騎士団長はキャランベルの言葉には答えず、破壊の波に晒されようとしている騎士達へ指示を出した。

 腐っても騎士団長。常時の事ならいざ知らず、緊急時には遺憾なくその指揮を振るう。


 騎士達はその声を聞き、その盾に纏う魔力を一層強くする。

 そして、一斉に盾を前に突撃した。魔爆と騎士達の魔力が鬩ぎ合う。拮抗する者、はたまた押し負け盾をチリにして後退を余儀なくされる者様々だが、次々に応援に駆けつける騎士達の力もあり、魔爆を押し消した。


 その事に誰もが安堵したのも束の間ーー


「うわっ、なんだ⁉︎」


 ーー砂塵が突如舞い上がる。そこから微かに漏れる青い光。


「ゲホッゲホッ……ただの魔力が何でこんな威力があるんだよ……相変わらずレイの技はわけわかんないな」


 血を吐き、嬉しそうに文句を言いながら立ち上がったディクルド。その彼に呼応するようにオーラが竜巻のように巻き上がった。それに伴い霧散していく粉々になった砂。

 そんな迷惑極まりない行為に、騎士も観客も土埃に目を覆い視界を遮った。


 そんな中、爆発が起こった場所の向かい側で応援していたシャルステナは呟いた。


「あの二人……戦わせていいのかな?」


 その疑問に周囲にいたギルク達は押し黙るしかなかった。


 〜〜


「ちょっとは効いたか?」


 土埃の中に見える青い光に目を凝らし、俺はそう呟いた。あの身体能力の化け物に果たして魔爆は効果があったのか、俺は疑問を禁じ得なかった。


「ドールナイト」


 疑問は一先ず置いておいて、次の追撃の準備を俺は始めた。


「アンド、水竜!」


 20体のドールナイトと一体の水竜。そろそろ魔力がなくなる頃だ。

 俺は今のうちにと経験還元を使い魔力を補充する。

 そして、弓を持ち終えた全ドールナイトを魔人形で操った。


 魔人形を手にする前は魔力操作で行っていた固い動きが、魔人形を使う事で柔らかくそして、スムーズに行えるようになった。

 面白でしか使いようのないと考えていたこのスキルも考えてみれば色々と利用方法があるものだ。


「放て!」


 一斉に引き絞った弓をディクに向けて放つ。狙いは適当だ。だが、矢は俺の魔力を少しだけ注入した特別製。多少の方向を変える事が出来る。


 バラバラに飛び出した矢は、次第に向きを変え、一点に集中する。もちろん、その一点はディク。


「霊光形状変化、矢」


 真上に登っていた光が、細かく別れた。それは矢の形をとり、降り注ぐ。そして、ディクへと迫ろうとしていた矢を打ち壊し、急に向きを変えた。

 何百もの矢が地面に落ちる前に進路を変更し、俺に向かって飛ぶ。


 それを特別製の矢で打ち落とそうと、矢を放つも全て打ち負ける。


「どんな矢だ!」


 あれは矢の形をしただけの別物だ。おそらく、先の霊光斬とかいうものと同じ、当たれば魔装が削られるに違いない。

 ややこしい形しやがって。対応を間違えたじゃねぇか。


「隔離空間‼︎」


 俺は絶対防御をもってそれを受けた。竜のブレスであろうと、はたまたどんなに強力な魔法であっても全てを断絶するこの空間の前には、ディクのユニークであろうと……


「なっ⁉︎」


 ーー矢は抵抗も何もなくその絶対防御の壁をすり抜けた。


 そんな馬鹿なッ!!


 俺の絶対防御が初めて破られた瞬間だった。

 何故、という疑問よりも先に驚愕が俺を襲い、次に何百もの矢が襲いかかる。


 ドババババ‼︎


 何百もの矢の乱れ打ち。ディクは器用にもその矢を細かに操り、全方位から俺を穿った。間髪置かず襲いかかる衝撃に俺の体はダメージはなくとも前後ろ、右左と揺さぶられる。

 危惧した通り、次第に剥がれていく魔装。それは徐々に俺の防御が破られてくという証拠だった。


 くそッ、補強が間に合わ……


 そして、とうとう魔装が剥がれた。


「ぐぁぁぁあ‼︎」


 全身を余すことなく、光の矢で打ち抜かれる。いや、打たれた。形状だけの矢に人を貫く効果はなかった。だが、鈍器で殴られたような衝撃が一つ一つの矢に乗り、俺をボコ殴りにする。リンチにあっているような気分だ。


 そして、一際大きい衝撃が俺を襲った。光の奔流が俺を包み込む。まるで焼けるような痛みに声を上げるも、それは光の渦に飲み込まれ掻き消された。


 だが、俺は何もせずそれを受けたわけではなかった。

 ディクの光撃の前になんの意味もなさなかった隔離空間。だが、隔離空間の使い方は防御だけではないのだ。


 街の外まで吹き飛べッ!


 光の渦に巻き込まれながらも、ディクを見据え砲撃のトリガーを引いた。

 隔離空間に囚われた(・・・・)ディクにその砲撃を躱す術はない。チャージ2分。キングオーガの頑丈な肉体にさえ、確かなダメージを与えた砲撃が隔離空間ごとディクを飲み込み、そして、空間が繋がった。


 その繋がりはディクを高圧激流の中に飲み込み、その場から連れ去った。


 〜〜


「おいっ、あれはッ」

「ひぃい!あの魔法って道を作った…」

「あ、あれはまずいでしょ……」


 師匠と弟子2名が冷や汗を流す。なんの師弟関係かは言わずもがな。


「ギルク、観客を逃がさないと!」


 シャルステナはそう言って立ち上がった。ギルクはその言葉に頷くと、慌ててどこかにかけて行った。


「こんなところであれが撃たれたら……」


 その惨劇を想像しシャルステナは顔色を曇らせた。魔物大群を一撃で葬ったあの魔法が街中で放たれたらどうなるか、想像に難くない。

 彼女の目に映る二人は、お互いしか見えていなかった。先程の攻撃で上がった悲鳴も、司会者の諌める声も聞こえていない。


 私達が被害を抑えないと……


 シャルステナはグッと手を握りしめ、立ち上がると行動を開始する。


「ゴルド、あのブレス止めれるッ?」

「う〜ん、たぶん出来るよ〜」

「お願い!」


 観客への被害は騎士団とギルクに任せよう。街の被害はーー私達が抑える。


「ちょ、ちょッ!相手の子もなんかヤバいの打ちそうなんだけどッ!」


 アンナの危機感の篭る声で、シャルステナはバッと振り向いてそれを見た。


 なんて速い!

 あの子はあの異常なレイをも超えてるの⁉︎


 まず目に付いたのはそのスピードだった。異常な発光を放つ剣を持ち、レイへと猛スピードで踏み出したディクの姿を見て、驚愕した。先の瞬間移動の如き速さは、錯覚ではなかった。

 ジグザグに交錯しながら、レイの反撃を警戒しながら急迫していた。


 レイともシンゲンとも違う速さ。技でもスキルでもない、純然たる身体能力の高さがあるからこそ出来る動き。


 速すぎる……

 今使える(・・・・)レベルのユニークスキルを使った私より速い。なるほど、レイをして化け物と言わせるわけだ。


 本当にあの二人はどうなってるんだろう。

 まるでーーーーみたい。


 彼女の目に映るのは、目の前で激戦を繰り広げる二人か。それとも、また別の誰かか。

 それは彼女にしか知り得ない事だった。


 高密度の光が剣から放たれた。それはレイを飲み込み、観客へと迫る。反応が遅れたシャルステナにはそれが見えて(・・・)いても、どうする事も出来なかった。


 だ、ダメ‼︎


 思わずそう口から悲鳴が漏れそうにシャルステナだったが、彼女の心配は杞憂に終わった。

 ディクをも超えるスピードで移動した騎士団長が観客を守ったのだ。


 よ、よかったぁ。


 シャルステナが安堵から吐息を漏らしかけたその時ーー


 ドゴォオォン!!


 ーー反撃に出たレイの一撃が闘技場の一部を吹き飛ばした。幸い直撃は避けたものも、崩れ落ちる瓦礫に観客達の姿が混じっていた。


「ご、ゴルドは…⁉︎」


 シャルステナは間に合わなかったの、と言おうとして気が付いた。水が街の寸前で押し留められている事に。


「ま、間に合ったんだ……」


 今度こそシャルステナは吐息を漏らした。

 しかし、実はゴルドの噴射した魔力で家が2軒ほど吹き飛んでいた。その事にシャルステナは決着がついた後、無垢な笑顔を浮かべたゴルドの『やっちゃったよ〜』という報告で知る事になる。


 水竜の一撃で大破した建物の上に残っていた人達が悲鳴をあげながら瓦礫とともに落下する。その中に騎士が飛び込み、観客を救い出す。しかし、数が多い。このままでは、死人が出かねない。


「ウォーターボックス‼︎」


 シャルステナの唱えた魔法が瓦礫ごと、観客、騎士を飲み込む。水の箱と表現するのが一番わかりやすい。

 その中に混ざる瓦礫と人。

 騎士達はその魔法の意図をすぐ様理解し、抵抗はやめた。代わりにせっせと瓦礫を箱の外へ弾き出す。


 一方観客達は落下から窒息という突然の危機の連続で見っともない程取り乱す。しかし、やがてゆっくりと箱の底から水が地面に排出され解放されると、呆然と自分が助かった事を知り、安堵から瓦礫の上に座り込んだ。


 そして、すぐ様騎士が声をかけて避難を促すと、流される様に動き出す。中には怪我からフラフラとしているものもいたが……


 怪我人ゼロとはいかなかった。だが、死人が出なければそれでいい。ここには優秀な治癒術師が沢山いるのだから。


 そんな一息つけるタイミングで司会者からマイクを奪い取ったギルクの声が聞こえた。


『ギルク・ラストンベルクだ‼︎騎士団に告ぐ、観客を安全に避難させろ‼︎観客は騎士に従い闘技場の外へ‼︎』


 少し遅かったが、ギルクも間に合った。

 これで一先ず安心出来るはず……


 安心して力が抜けたシャルステナは倒れる様に椅子に腰かけた。これがまだ続くのかと、呆れと疲れが半々の表情を浮かべた。


 この二人の戦いは観れたものじゃない。一撃一撃が強すぎる。こんな場所でやらせるものではないと、シャルステナは思った。


 そして、明日街が残ってたらいいなぁ、とどこか他人事で現実逃避じみた考えを巡らせた。

異夢世界を読んで頂きありがとうございます。


誤字が多いと報告を受け、今見直しています。しばらくそちらに時間を取られて、更新が遅くなると思います。すいません。

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