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86.嘘の中の真実

最初で最後かもしれないあの人の見せ場。

 ーーもう10年も前の話だ。


 俺はライクベルク王国の第18王子としてこの世に生を受けた。王位継承権が限りなく低い俺は、名だけの王子として育てられた。

 しかし、その名が欲しい輩は大勢いた。まだ10にもなっていない俺に、様々な家から縁談の話が舞い込んだ。


 アホか。


 縁談の話がある度に俺はそう吐き捨てていた。何故なら、舞い込む縁談は俺と歳の離れた女性ばかり。向こうは成人しているのに、こちらはまだ子供。

 こちらのメリットは偶に舞い込む美女との楽しいひと時ぐらいのものであった。だが、俺が成人する頃にはおばさんである彼女達に心が傾く事はなく、子供の特権を使い好き放題する日々が続いた。


 そんな折、初めて歳の近い少女との縁談が舞い込んだ。その少女は名を、シャルステナ・ライノルクといい中級貴族の第三令嬢であった。彼女もまた俺と同じく価値の低い存在であった。大方、18番目でも王族と繋がりを持てるのならばと、そんな意図で縁談させられていたのだろう。


 まぁ、当時の俺にはそんな大人達の思惑などどうでも良いものであった。将来性があれば婚約しよう程度にしか考えていなかった。

 俺は腐っても王子。恋愛など夢のまた夢であると、子供にして現実を受け入れていたのだ。

 だが…


「初めまして、王子。シャルステナ・ライノルクです」


 俺はそうドレスの裾をチョコンと摘み上げお辞儀した彼女に一目惚れしてしまった。所謂初恋というやつだった。


 俺はその日、何としても縁談を成立させねばと躍起になった。

 だが、縁談の最後に彼女から二人で話がしたいと言われ、私室で彼女に向かい合った時。


「ギルク王子、私は好きな人がいます。だから、お父様が何と言おうと私は貴方を愛さないし、結婚しません」


 強い言葉であった。とても歳下とは思えない強い意志に、俺は益々彼女に惚れた。だから、


「……そうか。実は俺も想いを寄せている女性がいてな。正直、縁談には懲り懲りしていたんだ。君もそうだろう?だから、ここは二人で結託しないか?俺と君で嘘の婚約を結べば、これ以上縁談の話は舞い込まない。君が想いを寄せている人物と結婚する事になったら、その時婚約を解消しよう」


 彼女との繋がりが切れないよう嘘を吐き、建前だけの婚約をしようと持ち掛けた。

 それが、形だけの俺と彼女の婚約者という関係の始まった。


 今はいい。だが、いつかは振り向かせてみせる、と形だけの婚約者を演じた。世間を騙し、父上にも嘘をつき、彼女には心を偽装した。

 嘘でできた関係。俺はそれでも満足であった。いずれこの嘘が本当になる事を願い続けるだけで。


 10年経った今でも、その関係は続き、想いは強くなっている。苦しいと思う事もある。

 だが、一番に願うは彼女の幸せ。今彼女は、とても幸せそうだ。

 きっと、俺ではなく、そこが彼女の居場所なのだろう。


 結局、俺は負けたんだ。嘘は嘘でしかない。真実にはとって変われはしないのだ。


 もういい。

 もう十分だ。ズルズルと引きずり続けるのは。


 愛する人へ、俺が出来る最善を尽くそう。彼女が幸せでいられる様にーー


 〜〜〜〜〜〜


「あー、疲れたぁ」


 久しぶりの全力戦闘で疲れを感じた俺は、肩をクルクル回しながら控え室から出た。そこで俺を待っていたのは、いつも迎えに来てくれるシャルステナではなく、ギルクが一人壁に寄りかかりながら待っていた。


「あれ?シャルは?」

「レイ、話がある」


 俺の問いには答えず、話があると言ったギルクは付いて来いと言わんばかりに通路を歩き出した。


「おい、待てよ。どこに行くんだよ?」

「いいから黙って付いて来い」


 有無は言わせないといった雰囲気を纏ったギルクに気圧され俺はギルクの後ろをついて行く。


 いつもと少し雰囲気の違うギルクに連れられやって来たのは、人気のない建物の屋上だった。

 これはまさか……


「ごめん。男は守備範囲外なんだ」

「違うわ、どアホ‼︎」


 俺の勘違いにギルクは盛大にツッコミを入れる。


「全くそんな事だから俺まで変態だと勘違いされるんだ」

「いや、あれは半分以上お前のせいだろ」


 何さり気なく罪を被せてくれてんだ。間違いなくお前の失言が誤解を深めたんだからな?


「それで?何でこんな所に連れてきたんだ?」

「お前とシャルステナは冒険者になるんだろう?」


 ギルクは質問に質問で返してきた。


「ああ。卒業したらまずは世界樹に向かう。その後は特に考えてないけどな。なんだギルクも付いて来たいのか?」


 そんな事なら、飯の時にでも言ってくれればいいのに。わざわざこんな所まで連れてきて 、普通に言ったら断れるとでも思ったか?


「アホ。俺はこれでも王子だぞ?」

「ああ、そういえば、なんちゃって王子だったな」

「…………まぁいい」


 長い沈黙の後、諦めたようにギルクは呟いた。


「さて、ここで問題だ」

「めんどくせぇー」


 何が問題だ。とっとと答えだけ言いやがれ。


「まぁ、そう言うな。どアホなお前にはこれが丁度いい」

「お前ケンカ売ってんだろ?なぁ?」

「売りたくもなるわ。優秀だと思っていた後輩二人揃ってどアホと来たもんだからな」


 こいつはケンカ売ってんのか、褒めたいのかどっちなんだよ。

 普段馬鹿しかやってない悪友に急に優秀とか言われたら照れるだろ?


「第1問、シャルステナのフルネームは?」

「は?そんなもんシャルステナ…………なんだっけ?」

「お、お前、ここまで阿呆だったのか……」


 呆れて言葉も出ないぞとギルクはため息混じりの声を漏らす。


「し、仕方ないだろ!シャルステナのフルネームなんて二回ぐらいしか聞いた事ないんだから!」

「知るか!自分の女のフルネームぐらい覚えてろ!もういい、このままだと全問不正解になりかねん。ど阿呆にもわかるようにわかりやすく俺が説明しやろう」


 うぐぐっと反論も出来ず、大人しくギルクの説明を待った。

 彼女のフルネームを覚えてない俺が悪い。むしろ、それに気付かせてくれたギルクには感謝だ。シャルステナの前でこの事がばれてたら……うん、メモしよう。

 俺はメモを取り出しギルクの言葉を待った。


「そのメモはなんだ?そこまで難しい説明はしないぞ?」

「シャルのフルネームを書き留めて覚えるんだよ。説明を書き留めるもんじゃない」

「…………シャルステナのフルネームはシャルステナ・ライノルク」


 ライノルク、ライノルク。

 俺はメモに何度も書き込む。


「そして、彼女は……おい聞いてるのか?」

「聞いてない。シャルの名前を覚えるのに忙しいんだ。しばらく黙っててくれ」

「後でやれっ!」


 そう言ってギルクは俺からメモ用紙を奪い取った。


「あっ、おい!」

「後で返してやるから、話を聞け」

「チッ、仕方ないな」

「はぁ、何故俺はこんな奴の為に苦労したんだか……」


 ギルクは深いため息と共にそんな事を呟いた。

 苦労?

 心当たりが全くないんだが……

 だけど、ギルクが俺の為に何かしらの苦労を重ねてこの場を設けたというのなら、静かに聞いてやるか。


「お前は忘れてるかもしれないが、シャルステナは俺の婚約者だ」

「婚約者?……婚約者⁉︎」


 俺は二度同じ言葉を呟き、二度目は驚愕と共に叫んだ。それは初めて聞いたという驚きではなく…


「まだその関係続いてたのか⁉︎」

「当たり前だ。王子と貴族令嬢の婚約だぞ。訳もなく破断になるわけがないだろ」

「訳?俺と付き合い始めた事が訳にならないってのか⁉︎」


 俺は興奮して無意識の内にギルクに掴み掛かっていた。


 俺はてっきりそれでギルクとシャルステナの婚約は解消されたのだと思っていた。

 二人とも別に想いを寄せる人物がいて、何度も婚約者を立てられるのが面倒だからとその関係を続けていると、ギルクと初めて出会った時に言っていた。

 だから、シャルステナが俺の事を好きになって付き合い始めた事で解消されたと思っていたんだ。


「身分差という奴だ。お前達が幾ら互いに好き合っても、シャルステナの家がそれを認めない。自分で言うのもなんだが、俺は王子だ。つまり、シャルステナと俺の婚約が成立すれば、彼女の家は王族と親戚同士という栄誉を得る。そんな婚約をその理由だけで解消するか?普通逆だ。むしろお前との関係を解消しようとする」


 ギルクの言葉を受け、俺は力なく崩れ落ちた。

 待ってくれ。待ってくれよ。

 今更身分差?

 なんだよ、それ……そんなのってありかよ…


「くそっ……俺じゃダメだってか……」

「落ち着け。俺に策がある」

「本当か⁉︎ギルク⁉︎」


 俺は藁にでも縋る思いでギルクを見上げた。


「ああ。何故未だシャルステナの家からお前に何もないと思う?既に俺の計画は動き出してるんだ」

「どういう事だ?何かしてるのか?」

「俺の得意分野をなんだと思ってる?情報だ。お前とシャルステナの関係を隠すぐらいわけない」


 おおっ、なんだかギルクが神に思えてきた。なんて頼もしい!


「まぁ、それはついでだ。武闘大会に合わせて、お前の存在を隠していたからな。それに合わせて事実を捻じ曲げた」

「どう捻じ曲げたんだ?」

「お前はシャルステナの手下、奴隷となっている」

「ふ、ふざけんなっ‼︎お前を神だと思った俺の気持ちを返せ‼︎」


 もっとましな捻じ曲げた方はなかったのか⁉︎

 俺が惨めすぎんだろっ‼︎


「お前らがいっつも一緒にいるのが悪いんだろうが‼︎」

「し、仕方ないだろ‼︎付き合い始めなんてそんなもんじゃん‼︎」

「だったら文句を垂れるな!……話が進まん」


 それには同意だ。言い合いしてる場合じゃないな。早くこいつの計画とやらを聞き出さねば。


「とにかく、武闘大会前まではお前達の関係はバレていなかった。だが、シャルステナの紹介時にお前の事を漏らした事で、この事は周知の事実となった。今頃、シャルステナの家にこの事が伝わり、お前の処分に頭を悩ませてるとこだろう」

「しょ、処分って物騒な……」


 俺一人で寝れなくなっちゃうよ?ギルクの部屋に転がり込もうかな?


「悪いが冗談ではない。いきなり物理的な説得に乗り出す事はなかろうが、ないとは言い切れない。其れ程、貴族にとって俺との婚約は魅力的な物なんだ」

「……とりあえずあの司会者殴っとくか」


 あいつが口を滑らせたせいで、俺は暗殺者に狙われかねない立場に陥ったわけだ。一発ぐらいぶち込んでも許されるだろう。


「まぁ、その司会者に情報を漏らしたのは俺なんだがな」

「お前かーっ‼︎お前何してんの⁉︎流石にプロの暗殺者に狙われて生きてる自信はないぞ⁉︎」

「お、落ち着け。そこを俺が考えてないわけないだろ。全て計画の内だ。このタイミングでバラしたのは、唯一のチャンスだったからだ」


 チャンス?

 今の話だとチャンスどころか、危機感しか覚えなかったんだが……


「いいか?ここで起こった事は何もしなければ、王都に伝わるのには時間がかかる。だが、シャルステナとお前の関係がバレた今、ライノルク家は魔道具を使ってこちらの情報を集めているはずだ。つまり、ここ数日の内に俺とシャルステナの婚約関係を解消し、お前との関係を認めさせれば、ライノルク家は手を出す事も出来ずに、お前達の関係を認めなければならなくなる。更にだ、ここには父上と皇帝がいる。その前で宣言すれば、ライノルク家はそう簡単には俺との関係を復元できない」

「お、お前天才か……」


 どこまで先読みしてんだよ、この王子は……

 伊達に王子やってねぇな。なんちゃって王子とか言ってすみません。


「けど、どうやって認めさせるんだ?」

「簡単だ。明日俺とシャルステナが婚約者である事を公表する。そして、その後に俺が宣言する。トーナメントを優勝すれば、シャルステナとの婚約関係を解消し、お前達の関係を認めようと」

「……それ、お前の願望混じってないか?」


 武闘大会優勝したいからって、この計画立てたんじゃないだろうな?


「否定はしない」

「やっぱりか!」


 俺はギルクを責めようとした。だけど、その寸前で思い留まる。


 何でこいつは俺とシャルステナの為に力を尽くしてくれたんだろう?と。


 友達だから?後輩だから?

 それもあるだろう。だけど、それだけじゃない。


 きっとこいつは……


「ギルク。お前、シャルの事……」


 好きだったのか?と続く言葉を俺は最後まで告げる事が出来なかった。

 無言で見つめるギルクの目が、それ以上言うなと語っていたから。


「……わかった。トーナメント、必ず優勝する」


 俺は代わりにそうギルクに誓った。

 それがこいつの望む答えだと思ったから。


 ギルク程の頭なら、もっと他に手は打てたはずなんだ。

 だけど、敢えて武闘大会優勝という難題を押し出してきたのは、それぐらいでなければ認めないというギルクなりのメッセージだと俺は受け取った。


「ギルク、今日は二人で飲まないか?」

「……そうだな。今日ぐらいは黙認してやるか」


 こんな時は酒でも飲み交わすに限る。お互い未成年でも、男の友情にこれ以上の物はない。


 俺は酒を取り出すと、二人で杯を交わす。俺はギルクという親友に出会えた事に感謝し、また目前に迫る親友との別れを惜しみながら、その日は夜遅くまで飲み合い、誓った。


 ギルクの想いは無駄にはしない。

 必ずシルビア、ディクの二人を倒して俺はトーナメントを勝ち抜く。


 そう深く深く心に刻み込んだ。



 〜〜〜〜


『2ヶ月に渡り凌ぎを削ってきた武闘大会も残り2日‼︎そして、今日‼︎とうとうこの初日から始まったトーナメントの決勝出場選手が決まる‼︎それでは選手に入場して頂きましょう‼︎もう言わずと知れた、今大会に波乱を巻き起こした男‼︎キッチックーー‼︎対するは、こちらも紹介の必要はないでしょう‼︎雪辱に燃える彼女が目指すのは、優勝のみ‼︎シルビアぁーー‼︎』


 残り2試合。どちらも負けるわけにはいかない。


 ディクとの誓いを果たすためには、決勝に。

 ギルクとの誓いを果たすためには、優勝を。


 二つの誓いを心に、俺はこの場に立っていた。


『試合を始める前に、先日飛び込んできたとんでもない情報を観客の皆様にお伝えしましょう‼︎』


 来たか。予定通りだな。事前に聞いておかなければ慌てるところだが、今ならば落ち着いて聞く事が出来る。


『なんとなんと‼︎キッチックはとんでもない相手に手を出していた‼︎先日、シャルステナ選手と恋人関係にあるとお伝えしましたが、なんと‼︎彼女はラストベルク国第18王子ギルク様の婚約者だったのです‼︎』

「ぷっ」


 ギルクが様付けで呼ばれるとかなんの冗談だ。思わず吹き出してしまったではないか。


『これはどういう事なんだ、キッチック⁉︎まさか知らなかったとは言うまい⁉︎』


 えっ?

 俺なんか言わなきゃならないの?

 いきなり話を振られ、この計画の発案者に目を向けると、一瞬自分を指差しすぐにブンブンと横に手を振った。

 ギルクの指示じゃないって事か。さては、あいつ情報しか流してないんだな?


 仕方ない。この計画は俺がシャルステナの婚約者として認められなければ、ならないんだ。いらぬ失敗は出来ない。


 俺は司会者に目を向け、クイクイと手を曲げる。マイク寄越せと。

 すると、司会者は一瞬どうしようかと迷った後、予備のマイクを取り出し投げ渡してきた。


『あー、あー、テステス』


 マイクをぱしっと掴みとると、まずマイクテストから始める。


『こほん、えー、会場にお越しの皆様、キッチックです』


 あー、とうとう自分でこの名前を言っちまった、と少し悲しくなった。セーラの誤解が解ける日は来るのだろうか?


『今の話に出て来た婚約者の件ですが、もちろん知ってましたよ。けどね、それがどうしたって感じなんですよ。シャルに惚れちゃったものは仕方ないでしょ?それで何もしないなんて男が廃るってもんですよ。だからギルク王子には悪いけど、シャルは渡さない。シャルは俺の婚約者だ』


 ほれ、いい感じにパスしてやったぞ。後は頼むぜ親友。


 ギルクは元から用意していたのか、マイクをどこからか取り出すと口元に持っていく。


『なら、お前が彼女に相応しいか俺が見極めてやろう。武闘大会優勝。これが出来れば俺はシャルステナ嬢との関係を解消し、お前達2人の婚約をギルク・ラストベルクの名において認める事をこの場で宣言しよう!』


 やらせでしかないギルクの口上に観客達が湧いた。ギルクの言葉はこの場にいる全てのものに聞き届いた。

 これで貴族といえど、そう簡単には俺とシャルステナの関係に手出しは出来なくなる。


 そんな俺とギルクの策略など露知らず、何も知らせれていなかったシャルステナは顔を真っ赤にし惚けていた。

 耳まで真っ赤に染め、目は潤んでいた。先の俺の宣言が余程嬉しかったのか、現実に引き戻そうと画策するアンナの言葉など聞こえていない様子だった。


 そんなシャルステナの様子を見て、ギルクは俺にも見える程大袈裟にやれやれと頭を振った。俺の目にはそのギルクがどこか悲しげに映った。


『ってことで、試合を始めようかシルビア。試合開始!』

『か、勝手に始めないでくれぇーー‼︎ていうかマイク返してくれ‼︎』


 しゃあないな。

 俺はぶんと司会者にマイクを放り返した。それをあわわと司会者は慌てながらキャッチして安堵の息を吐く。


『あ、改めまして、試合開始ーー‼︎』


 ドーン!


「やりたい放題ね……気に入らない」

「なんだ?シャルの婚約者だって宣言したのが気に入らないのか?えっ?俺に惚れてる系?」

「死ね」


 死ね頂きましたー。

 何やだこの子、ツンデレ?


 俺がふざけた事を考えているとそれを察したのかシルビアはギロッと睨んできた。


「おー、怖いね。そんな顔してたら美人が台無しだぜ?」

「大きなお世話……」


 さてと、軽口はこの辺にしてそろそろやるか。


「ふぅー」


 まずは様子見だ。


 俺の纏う雰囲気がおちゃらけたものから、戦闘状態に移行した。それを鋭敏に察したシルビアも、表情を真剣そのものへと変える。

 緊張が高まる。目が鋭くなる。音が消えた。

 あるのは、お互いの姿のみ。


「……こないのならこちらから行く」


 微動だにしない俺に痺れを切らしたシルビアは魔法の詠唱を開始した。


『原初の火よ、敵を穿つ槍となりなさい』


 火+槍=フレイムランスか!


 俺は詠唱から発現する魔法を予想した。猛々しく燃える赤い槍の乱舞。相手を焼き貫く槍が放たれる、そう推測した。その推測はある意味正しく、間違いでもあった。


「フレイムランス!」


 発現したのは青白い光を放つ槍。明らかにその内に秘める熱量が俺の知るフレイムランスとは比べ物にならなかった。


 4本の槍が俺を穿たんと、左右上下に分かれて同時に襲いかかった。俺は剣も抜かずそれを待ち受ける。


 燃え上がる青白い炎。ランスに内包された熱が周囲に爆発的に広がる。

 ランスから放出された熱が、ジュワァっとまるで肉を焼く様な音を立てて地面を焦がし、ドロッとまるで溶岩のように溶かす。だがーー


「この程度なら期待はずれだな」

「なっ……」


 ドーナツ型に溶けた地面の中に立つ俺は傷一つ、火傷一つついてなかった。それどころか爆炎に覆われる前の形から動きがなかった。

 シルビアから見れば、まるで何もせずに攻撃耐えたかのように見えたであろう。


「なんて耐久力ッ」


 シルビアはその事に素直に驚きの声を漏らしたが、もちろんそんなわけねーのである。

 魔装で耐えただけの話だ。しかし、それを瞬時に発動し、発動を解いた事でシルビアには認知できなかった。


 要はハッタリだ。人との戦闘の上ではこういったハッタリが効果的な攻撃手段となり得る。


 この世界には化け物がいる。それは俺とディクの父親であったり、魔王であったり、竜であったりと腐る程いるのだ。

 そんな化け物なら今の攻撃程度では傷一つつかないだろう。そして、その事をこの世界の住人は無意識のうちに知っているのだ。


 つまり、その化け物と同等の事をすれば、それをすんなり受け入れてしまう。皆俺のようにすぐスキルか?などと疑ったりしない素直な人達なのだ。


「シルビア、お前じゃ俺には勝てない」

「ッ……」


 俺は尚もハッタリを続ける。予想外にハッタリが結構効いていたので、調子に乗る事にしたのだ。


「俺はかの火竜を打ち滅ぼした『金色の魔女』、そして『不死鳥』の息子!」

「えっ…⁉︎あの…⁉︎」


 俺はここで英雄の息子である事をカミングアウトした。

 シルビアは目を見開き驚愕し、観客達にざわめきが巻き起こる。俺はギルクにやれと目で合図を送る。


『……事実だ。そこの男は我が国、2人の英雄の息子にして、王立学院始まって以来初となる全ての科目を修得するという快挙を成し遂げた男!またの名を【オールパーフェクト】‼︎』


 滑り出しはやれやれと言った感じだったのだが、話始めると段々調子に乗り始めるギルク。


 なんだその二つ名は⁉︎

 そこまでしていらねぇよ‼︎

 事実だ、で終わってくれたらよかったんだよ‼︎


「ッ……まさか本当にあの英雄の息子だったとはッ」


 やばい。この子めっちゃ素直で可愛いんだけど。

 物凄くきつい目してるから、勘違いしてたけど、案外可愛らしいとこあるじゃないか。


 そんなシルビアの子供っぽくも、可愛らしい一面に調子を良くしたのは俺だけではなかった。


『ちなみにだが、前大会、またその前も異例の若さでトーナメント優勝を果たしたディクルド・ベルステッドは火竜退治の青の騎士団団長と副騎士団長の息子だ』


 調子を良くしたギルクは、更に衝撃の事実を告白する。立て続く、カミングアウトに観客達は騒然としていた。


 そうじゃないかと推測していたが、やっぱりそうだったか。そうそう英雄クラスの人間が転がってるわけないものな。


 お互いの親が英雄で、その息子である俺たちがライバルというのは、何ともおかしなものだなと思い、ディクに同意を求めるように視線を向けるとーー目を見開き固まっていた。


 知らなかったんかい‼︎

 いや、俺も進行前は知らなかったけど!


「まさか、あの男まで英雄の息子だったとはッ……通りで強いわけね…」


 物凄く素直なシルビアは疑うという心を持ち合わせてはいなかったようだ。

 別に疑われたところで、まだ嘘は言ってないのだが……


「幼き頃からその血と栄光を受け継ぐべく精進してきた」


 俺は面白いから俺にもやらせろとギルクから主導権を取り戻しにかかった。


「だから、言わせてもらおう!この場で俺を倒せるのはディクルド・ベルステッドただ一人!其方では力不足なのだよ」


 どこの悪役のセリフだという言葉を高圧的に上から目線で俺は宣った。

 やっべ、楽しいー。


 そんな風に楽しんでいた俺は……調子に乗り過ぎた。あわよくばこのまま棄権、とか考えてやり過ぎてしまったらしい。


 俺の言葉は彼女の闘志というの名の火に油をくべたのだ。


「役不足っ……調子に乗らないでッ!私だって、幼い頃から勇者を支える為の訓練を受けてきた!親の七光りに胡座を掻いた貴方達とは違うのよ!」

「お、おおう?」


 予想と違い過ぎる答えに間抜けな声を漏らした。


「たかが英雄の息子に、勇者軍の一人に選ばれた私が敗北する事などあり得ない!」

「そ、そう?」


 何が引き金になったのか、先程までと打って変わってヒートアップするシルビア。

 今度は逆に俺が気圧される番だった。


「ま、まぁ、落ち着けよ」

「黙りなさい‼︎親の七光りに胡座を掻いた貴方達に思い知らせてあげる!」


 あー、こりゃ無理だ。棄権させよう作戦は大失敗だ。

 むしろ火に油注いで厄介になった。

 やれやれ、ディク戦に向けて隠し球をとっておきたかったんだがな。


「青より白く、白銀に輝く鋭利なる水晶の嵐となり怪訝せよ、アイシクルレイン‼︎」

「来い、炎風剣」


 火炎の嵐がシルビアの魔法と一瞬拮抗し、すぐに縮小する。


「燃やし尽くせ、鳳凰!」


 炎風剣の形が整うと間髪おかず、すぐに鳳凰を呼び出した。それは迫り来る鋭利な氷の礫に対する防御のためだ。

 俺は飛び出した鳳凰の陰に隠れシルビアに迫る。


「…………ウォーターブラスタ‼︎」


 やばい!

 俺はガバッと前のめりに倒れた。その上を水のレーザーが鳳凰を貫き通過する。

 ジュワァーという音ともに鳳凰の火が水のレーザーの乱れ打ちで消火されていく。


「ドールナイト!」


 俺は地面にへばりつきながら、新たな魔法を唱える。ボコッと地面が盛り上がり、人の形を模る。そして、形が整うと、その人形のすぐ側に武器が現れた。それは収納空間から取り出した安物の装備。それを一人形につき一つ持たせる。


 そして出来上がったのは即席の人形部隊。

 剣、槍、斧、果ては弓まで様々な種類の武器を身につけた土の人形。


「前衛行け!」


 土を払い落としながら立ち上がった俺は右手を振るい、ドールを指揮する。近接系武器を手に持ったドール達が一斉に駆け出した。

 シルビアはそれを見て魔法の詠唱に入る。


「弓部隊やれ!」


 隊員達の答えはない。しかし、見事にシンクロした動きはその部隊の統率が完璧である事を示していた。

 それもそのはず。だって、ドールを操っているのは俺なのだから。


 一斉に襲いかかるボロい矢。その矢の雨に恐れる事なく飛び込むドール達。

 それもそのはず。だって、ドールの体は土なのだから。


「凍えなさい、ブリザード‼︎」


 冷たい冷たい、凍えそうな風が吹き抜けた。その風は通り道にある物全ての体温を奪い去り、凍りつかせる。

 凍り付いた矢が風に押し戻され、やがて勢いを失い地面に落下する。そして、ガラスが割れるような音ともに霧散した。

 ドール本体もパキパキと凍り付き、その動きを止める。


「ウェアリーゼのブレスかよ」


 俺の声がシルビアの背後で鳴り響く。それは仕留めたと油断した彼女の隙を突くように掛けられた言葉。


「なっ、いつの間に⁉︎」


 驚愕したように振り向いたシルビアの首筋にスッと剣を当て、


「七光りの力を舐めるなよ?」


 そう皮肉気味に宣った。すると、シルビアは悔しそうに歯を食いしばり、キッと目を潤ませて睨んできた。


 どうしよう……

 小動物みたいで可愛んだが……あれだけ怖く見えた彼女の目に光る物が増えるだけで、これだけ見え方が違うのかと、全く戦いに関係のない事を考えた。


「くっ……」

「シルビアいつまでそうしてる気だ?いい加減本気を出したらどうだ?」


 悔しそうに歯を食いしばり、首を反らす彼女に俺は本気を出せと告げる。

 そして、『もうとっくに本気を出してるわ!』と怒りながら言うシルビアに俺は優しく降参を促し、隠し球を隠匿したまま勝利するという筋書きだ。


「……認める。悔しいけどキッチック、あなたの事を認めるわ」

「そりゃどうも」

「……確かに本気を出さなければ、勝てない相手ね、貴方は」


 …………えっ?

 そこはもう本気よ!と言うところじゃないんですか?

 えっ?台本読んだ?

 ちゃんと渡したくれた?ディレクターさーん!


「認めるわ。貴方は私が全力を出して戦うに値する相手だと」


 そう言ったシルビアの顔はまるで憑き物が取れたかのようにスッキリしていた。

 参ったな。

 こんな顔されたら俺も本気出さないわけにはいかなくなるじゃないか。


 俺はスッと剣をシルビアから離した。


「……手加減のつもり?」

「いや、これで終わるのも面白くないと思っただけだ」


 俺は笑みを浮かべると、シルビアの問い詰めるような視線を受け流す。


「後悔しなさい。今のが最後の勝ち目よ。この一年、ディクルド・ベルステッドを倒すためだけに完成させた私の技を受けて貴方は必ず倒れる」


 そう自信たっぷりに、そして力強くシルビアは宣言すると、小刀を鞘から抜いた。

 今更小刀?どんな魔法だ?


「舜天幻想」


 詠唱じゃない⁉︎

 詠唱破棄?それとも技か?


 どんな魔法が来るのかと思って隔離空間を準備して立っていた俺は腰を屈め身構えた。

 どこから来る?


 俺の視線はシルビアの持つ小刀に固定されていた。

 武器を使うという事は……魔法じゃないのか…?

 ここまで魔法以外に何も使わなかった彼女が魔法を使わないなんてあるか?


 俺の考察に答えるように目の前のシルビアが笑った。


 ッッ⁉︎


 俺はその場を飛び退いた。地面を転がり、危機感知の反応だけを頼りにシルビアの攻撃を大きく躱した。

 ゴロゴロと地面を転がり立つと、すぐに元いた場所を見た。

 そこにはーーもう一人シルビアがいた。


「シルビアが二人⁉︎」


 俺が驚愕混じりにそう言った瞬間、一人目のシルビアが消えた。

 その瞬間、また危機信号が頭に鳴り響く。


 再び、地面を転がるようにして逃げる。そして、地面から跳ね起き、二人のシルビアを前に構える。


「なんだ?魔法か?」

「…………」


 俺の問いに分身したシルビアは無言を貫く。答える気はないようだ。

 教えてくれる訳ないか。


「はっは、面白くなってきた」


 俺は戦闘狂なのだろうか?

 シンゲンの時もそうだったが、強敵に出会うと興奮して楽しんでいる自分がいる。


「やろうか」


 俺は本気になった。見てろ、ディク。ちょっと早いがお披露目だ。


 薄く薄く、腕に魔力の刃を。

 肩、肘、膝、全ての関節を覆う様に魔力の導線を。

 そして、体全てに魔力の鎧を。


 目を閉じ意識する。


「魔装」


 これが魔装の完成系。ゴルドの様な才能がなかった俺は完成に一年半近い歳月を要した、魔装形態。


 動きを鈍らせず、硬さをそのままにーー


「第一形態、魔人!」


 俺はその完成形態にそう名前をつけた。一歩、あいつに近づけたという実感を込めて。


 赤い魔力光を全身に纏い、その腕には名刀に並ぶ刃を携え、俺は構える。手刀の様にピンと伸ばした指先。足は肩幅に開き、まるでファイテイングポーズのように構えると、準備は出来たとばかりに吠えた。


「どっからでも来い‼︎」

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