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80.アーシュ

本日二話目。


 朝のテレリーゼはひどく静かだった。昨日の喧騒が嘘の様に静まり返っていた。しかし、道々にはそれが嘘でなかった事を示す跡が残されていた。

 点々と、まるで点線の様に連なる血の後。それを辿った先には明らかにここで負傷したであろう血だまりがあった。それは地面に染み込み、赤黒く変色していた。


 そんな惨状に目をやりながら、自分の認識を改めた。平和だと思っていたこの世界。しかし、一歩外に飛び出すとそんなものはなかった。

 無法地帯。そう呼ぶのが一番わかりやすい例えだろうか。


 国王のお膝元、王都。そこには法とそれを厳しく取り締まる兵がいる。しかし、少し離れれば、法はあってもそれを取り締まる者がほとんどいないため、無法地帯と呼んで差し支えない光景が広がる。

 騎士だろうか、一応それらしき人の姿はあった。しかし、覇気は感じられない。取り締まる事を諦めているそんな顔だ。


「着いたぞ。ここがテレリーゼのギルドだ」


 デュランは立ち止まり、ギルドの建物を指差し俺に教えてくれた。王都のギルドと比べると小さい。だが、先日寄った村の物よりは遥かに大きい建物だ。

 3階建の建物で、敷地もそれなりの広さがある。煌びやかな装飾は施されていないが、建物の二階の高さに付けられた看板が、ここが冒険者の集う場所である事を教えてきた。


 デュランが先陣を切り、ギルドの中へと入った。その後ろをハング、アルルと続く。俺は警戒しながら、中へと入る。


「あー‼︎見つけたぞアーシュ‼︎」

「デュ、デュラン⁉︎それにハングもアルルも⁉︎」


 中に入るなり、デュランは短い髪の女性を指差し叫んだ。そして、指差された女性、アーシュはその声に気がつくと、そのブルーの髪を揺らしながら振り返り、驚きを露わにする。

 その顔には若干の火照りが見受けられる。


「どうしてここに⁉︎入れ違いになったんじゃ……」

「だから追いかけて来たんだろうが。やっと見つけたぜ」


 アーシュも入れ違いになった事には気が付いていたようだ。それはつまりデュラン達の事を探していたという事に他ならない。

 だから、これで目的は達したと思われた。しかしーー


「言っとくけど、パーティには戻らないから‼︎」

「はぁ⁉︎何でだよ⁉︎」


 とアーシュはパーティに戻らないと言い張った。デュランは怒り気味に問い返す。


「戻る理由がないからよ!」

「いい加減にしろよアーシュ‼︎訳のわからない事言って出てったのはそっちだろ‼︎それなのに迎えに来てやったのに何が、理由がないから戻らないだ‼︎」


 二人はヒートアップしていた。ハングとアルルはまぁまぁとその2人の間に入り、宥めようとする。手慣れている感じだ。

 俺は宥めようとはしなかった。かといってどちらに付くこともしなかった。傍観者として見ていた。


 ここまでの旅で大まかに何があったかは聞いている。


 簡単に言うとデュランがナンパして、それを見たアーシュがキレて出て行っただけの話だ。ただ、アーシュがデュランの事が好きで、その事をデュランが全く気付いてないから起きた出来事だ。

 ハングが痴話喧嘩と言っていたのも頷ける。


 そんな痴話喧嘩にシーマンの一員でもない俺が口を出す必要も、そのやる気もなかった。

 勝手にやってくれ。


「キッチック、こんな所で会うとは思ってもいなかったわ」


 キッチック?俺か?


「ん?」


 一週間ぶりに呼ばれたその名に、一瞬遅れながら振り向いた。

 そして、振り向いた先には知っている顔が二つ並んでいた。他にも顔は知らないが、2人その後ろに立っている。


「シルビア達か。奇遇だな」


 シルビア達が向かったのは西だったはず。俺たちは南から西に進路をとったから、彼女達は西に向かった後南に下りてきたという事になる。

 正直、テレリーゼに向かうと決めた時、彼女かディクのパーティと出会う可能性は考えていた。

 だが、そんな事を教える義理はない。

 ただの偶然で済ませる。


「ルーシィに勝つとは思わなかった。まさか竜をテイムしていたとは……」

「本当は1人でやりたかったんだがな。そうも言ってられなかった。そっちの女の子には悪い事したよ」

「いえそんな…‼︎」


 あれ?こんな子だったけ?

 ルーシィは俺と目が合っただけで、かなり取り乱した。その慌てように横にいたシルビアも首を傾げる。


「あ、あの‼︎キッチックさん‼︎今日はお暇ですか⁉︎」

「はい?いや、暇じゃないけど……」

「ルーシィ何を……?」


 シルビアに続き俺も首を傾げながらも、質問に答えた。そして、シルビアは訝しげな視線をルーシィに向け、質問の意図を聞こうとする。

 しかし、それを無視しルーシィは続ける。


「な、なら!暇な時に、しょ、しょ、しょく……稽古をつけてください‼︎」


 ルーシィは一瞬言い淀み、それから稽古をお願いしてきた。俺はそれに困った様な笑みを浮かべる。

 なんかよくわかんない事になってるんだが……


「ルーシィ稽古なら私が……」

「いや、それはその……お姉様に悪いですし…」

「大丈夫。問題ない」


 ルーシィは困った様に俺とシルビアを見比べる。チラチラとこちらを見て来て、助けを求めるかの様な仕草だった。

 しかし、シルビアは多少強引とも思える言い方で、ルーシィの稽古相手を引き受ける。そして、何故かキッとこちらを睨んできた。

 そして、そのまま何も言わず、出て行った。ルーシィは「ま、また!」と俺に言ってからシルビアに連れられ出て行った。


「なんだったんだ…?」


 呆気にとられながら俺は呟く。よくわからないお願いをされ、よくわからないうちにシルビアの反感を買った。

 訳がわからんともう一度首を傾げてから、デュラン達の方を見た。

 そろそろ終わったか?

 そう思い目を向けてみたが、相変わらず言い争っていた。間の二人は若干疲れが出てきていた。


「戻らないったら戻らない‼︎」

「かー‼︎もう知らん‼︎」

「あっ……」


 デュランがプンスカと怒り、もう知らないとばかりにアーシュに背を向けた。そんなデュランにアーシュは悲しそうに手を伸ばしかける。しかし、戸惑うようにしてその手は止まる。そして、ハングとアルルに助けを求める視線を向ける。


「デュラン、待てよ。謝るって約束だろ?」

「そんな約束なんかしてない!」

「もう。そんな事言わないで謝りなよ」


 二人は事を収めるため、デュランをそう促すが、デュランはズンズン出口に向かって進む。

 そんなデュランの背を見つめ、アーシュは泣きそうな顔になる。

 ったく……なんだこの面倒な二人は……


 今日初めてあったが、あのアーシュって子。素直になればいいのに。怒りながらも、喜んでたじゃないか。それに気が付かないデュランも、デュランだ。

 ディクと同じ鈍ちんか、それともまた別の理由か。

 とにかく、これでは何のためにここまで連れて来たのかわかったもんじゃないな。

 はぁとため息をついてから、俺は動いた。


「選べ。死ぬか、謝るか」

「あ、謝ります…」


 手を出すつもりはなかったが、このままでは更に面倒が増えそうだと思った俺は、再び説得(・・)した。

 そして、俺の説得によりデュランはアーシュに謝る事を決めた。

 やれやれ。


「アーシュ、そのなんだ。悪かった。俺が悪かったから戻って来てくれ」


 絶対悪いなんて思ってないよなこいつ。


「そ、そこまで言うなら、し、仕方ないわね。戻ってあげるわ。か、勘違いしないでよ!ハングとアルルの為に戻るんだから!」


 ツンデレかーい。

 お前はツンデレ属性持ちだったんかーい。

 そんな他人事のような突っ込みを二人のやり取りを見ながら心の中でいれた。なんか見ててアホらしくなるが、痴話喧嘩なんてこんなものかと、1人納得する。


 なにはともあれこれでこの件は解決だな。

 後は、どうやってこいつらを街の外に誘導するかだな。……なんか悪人が考えそうな事だな。まるで街の外でこいつらを襲うみたいな言い方だ。


「あの、あなたは…?」

「俺?俺はこいつらの依頼を受けた冒険者だ」

「は、はぁ、そうなんですか」


 まだよくわかっていない様子のアーシュ。だが、そこはハング達に任せよう。

 どう説明したらいいかよくわからない。


 俺はハングに目を向けた。視線でお前が説明してくれと伝える。

 ハングは嫌な顔などせず、代わりに説明してくれた。それにアーシュはああなるほどと頷く。


「あなたとその子達に迷惑かけちゃったみたいね。ごめんなさい」

「いや、それは別に構わないさ。依頼として金も貰うし、道案内もして貰えたからな」

「そう言ってもらえると助かるわ」


 先程までと打って変わって、落ち着いた様子で話すアーシュ。パーティに戻れた事に一安心したのか、その表情は明るい。

 敬語じゃなくなったのは、ハングの話を聞いて俺たちが年下である事と、同じ冒険者である事を知って、彼女の中で俺との距離が縮まったからか。


「それでこの場合はどうなるのかしら。私にも指導して貰えらるの?」

「シーマンとして出した依頼だから問題ないと思うよ」


 事情も何も知らず、ただ依頼を受けただけの冒険者ならば問題にもなるだろう。依頼内容が違うと破棄する事も出来るからな。


「うーん、まぁそれはいいや。こんな言い方会ったばかりで失礼かもだけど……出来るの?」


 何をとはアーシュは言わなかった。それは前置きした上でまだ躊躇いがあったからであろう。


「それはハング達に聞いてくれ」


 俺はアーシュの問いに直接は答えなかった。ハング達を通して、実体験を語って貰う方が信憑性が高いと思ったからだ。


「へぇ〜、自信あるんだね」


 アーシュはハング達に聞こうとはしなかった。代わりにまるで試すかのような視線を向けてきた。


「そっちもね」


 俺はそれを自信の表れだと取った。自信があるから、自分に教えられる程強いのかと俺は試すような言い方をしたのだと感じた。


「アーシュやめといた方がいいよ。多分君が思ってるよりレイは強い」

「あら、私は何かしようとなんて思ってないわよ?」


 ハングの忠告にアーシュは素知らぬ顔でそう言った。


「まぁ、俺はアーシュより弱いかもしれないけど、冒険者としては一応俺の方が先輩だから、知恵とか色々教えられる事はあるよ」


 俺は控えめにそう言った。ここで実力がどうこう言い合っても意味はない。それより、一先ずでも納得してもらう事が先決だ。

 それに聞いた所、アーシュは他の三人よりも強いらしい。自信もあるようだし、またぴょこぴょこウサギが跳ねているのかもしれないからな。

 と謙虚な気持ちで言ったのだが…


「「「いや、それはない(よ)」」」


 全否定されてしまった。


「レイがアーシュより弱い?ないないない」

「一瞬で細切りにされるね」

「いや、丸焼きじゃない?」


 と口々にデュラン達は俺の謙虚を否定した。


「ちょっと!酷くない?少しは私を信用してよ!」

「それはこいつらの戦い見た事ないから言えんだよ。逆立ちしても勝てねぇよ」

「何よ!言っとくけどまだみんなに私の本気見せてないんだからね!」


 負けず嫌いなのか、私の本気見たらみんな驚いて腰抜かすんだからと言い張るアーシュ。

 そんなアーシュに三人はないないないと手を振ってやめとけと言う。


「もう怒った‼︎君!私と勝負しなさい!君が負けたら、この依頼はなしよ!」


 アーシュは三人のそんな態度に腹を立て俺に戦いを挑んで来た。

 おい、なんなんだ。昨日からよくわからん展開が多すぎるんだが……

 何一つ解決しねぇ……


 アンナしかり、シルビアandルーシィしかり、こいつら。

 どこから手をつけたものか。

 まずは目先の事から片ずけるか。


「明日な」

「なんでよ!今からよ!」

「今日はちょっと無理だわ。明日以降ならいつでもいいぞ」


 これで後回し完了。何か言って来ても「明日な」で通そう。よし、一つ目完了。

 次はアンナだ。


 正直これが一番シビアだよなぁ。

 軽く当たっていい問題じゃない気がする。おそらくはシャルステナが事情を知っていると思うが、本人を前にして聞くのも気が引ける。何がトリガーになっているかわからない。


「何?自信ない?それはそうよね。なんたって私と勝負しようって言ってるんだもの」


 昨日と今日のアンナの様子を見て総合的に判断すると、アンナはこの街に怯えていたのではない。別の何かだ。その何かに繋がるものが、俺の言葉に含まれていた。

 貴族、金、危険……


 トリガーになりそうなワードはこのぐらいか。

 あるいは繋げたからか?


「ちょっと!聞いてる⁉︎」


 金目的、貴族、危険…………誘拐……?

 安易だがそれだけにトリガーになった可能性はある。

 アンナが恐れていたのは誘拐だったのか?


「無視しないでよ‼︎」


 耳元でそう大声で叫ばれたせいで思考が途切れる。キーンという音が耳で鳴り響き、目を閉じたくなる。


「やっと、こっちを見たわね」

「考え事してたんだ、邪魔するなよ」


 俺は若干苛立ちながら、俺を反応させた事が嬉しいのか胸を張るアーシュに言った。


「ふふん、さあやるわよ!」

「明日な。デュラン、今から依頼を受けて街を出る。準備する物があるなら今のうちにして来てくれ。後で宿で集合しよう」

「おう、わかった」


 面倒な奴は適当に流し、街を出る事を一応パーティリーダーであるデュランに伝えた。

 そして、ハングとデュランがアーシュを抑え無理矢理に連れて行く。


「やっと静かになった」


 それは俺だけの感想か。周りの他の冒険者達も思っていそうだ。

 悪目立ちしてたからな。血気盛んな冒険者がいなかったのは幸いか。今頃絡まれていてもおかしくなかった。


 一先ず俺も皆さんと同じ気持ちでしたよとさりげなくアピールして、俺は専用掲示板の前に立つ。


 ほほぉ、それなりの大きさの街だからか、結構な種類あるじゃないか。どれにするかなぁ。やっぱ、ここらで稼いでおきたいな。

 まだまだ目標金額には遠いからなぁ。


 とりあえず今あるもので達成出来るものだけ先にやっとくか。


 そう思い、テレリーゼまでの道中で入手した素材で達成出来る依頼を見繕う。たった3つだけだったが、A級の物も混じってる。十分な足しになる。


「この依頼をお願い出来ますか?もう素材は集めてあるんで」

「承りました。少々お待ちください」


 俺が依頼書と同時に素材と魔石を提出した。そして、鑑定が終わるまで大人しく待つ。


「お待たせ致しました。依頼は問題なく達成可能です。カードの提出をお願いします」

「はい」


 ポケットからカードを取り出し、手渡す。

 そして、ついでにと先程の依頼とは別口で4枚の依頼書を取り出した。


「これは受注でお願いします」

「はい」


 ギルドの職員さんはペラペラと束になった依頼書をめくる。

 そして、一瞬だけ目を細めた。


「A級の依頼書が混じっていますが、よろしいですか?実力が見合わない時に無理をなされると死に直結しますよ?」

「大丈夫です」


 軽く脅すようにして間違いないか確かめてきた職員さん。俺はそれに気負う事なく、間違いでないと伝える。


「承知致しました。お気をつけて」


 それ以上職員さんが脅す事はなかった。おそらく確認だけだったのだろう。一々テストしたりとかはしないようだ。


 返却されたカードを受け取りると、俺は軽く頭を下げてギルドを出た。

 そして、中身を確認する。


 依頼達成数8

 達成額805万3500ルト

 難度

 A

 B 4

 C1

 D 2

 E 1


 今日で6日目。後14日ある。単純計算で3000万ってとこか。

 このままペースを崩さずいきたいな。


 そういえばシルビア達がいたな。あいつらはどれぐらい稼いだんだろう?

 念のため聞いておきたいとこだが、教えてくれるわけがないよな。


「あ、きたきた」

「結構時間かかったね」


 宿の前に着くと、シャルステナ達が外で待っていた。

 おいおい、大丈夫なのかよ?外に出て。


「もうあたしは大丈夫だから」


 俺の思考を先読みしたのか、アンナはそれだけ言った。俺は今一度アンナをよく見る。


 昨日のように取り乱した様子はない。体が震えたり、顔色が悪いわけではない。

 だが、時折周りに目を配る様子は普段とは異なる。

 それは、この街を恐れているからこその動きだと感じた。


 無理しやがって。

 そう思ったが、一歩踏み出した事自体を責めるつもりはなかった。こいつは恐怖と戦おうとしてるのだ。

 それを馬鹿にするつもりは毛頭なかった。


「そうか」


 俺が返した言葉それだけだった。

 未だ昨日の失言が喉に引っかかり、うまく言葉が出なかった。


「悪い、待たせたか?」


 買い物を終えた4人が宿に戻ってきた。シャルステナ達はそれを見て、無事仲直り出来たのかと安堵する。


「初めまして、私はアーシュ。よろしくね」


 手短に自己紹介したアーシュ。それにシャルステナ達もそれぞれ手短に自己紹介した。シャルステナ、アンナ、ゴルドと続き、ハクが自己紹介した。


「ええっ⁉︎竜⁉︎」

『ハク』


 ピョコンとアンナの肩から出てきたハクにアーシュは驚愕した。しかし、ハクが一鳴きすると可愛い〜と頭を撫で始める。


「ハクちゃん可愛い〜。ねぇねぇ、うちに来ない?」

『ハクは親と一緒』

「親?親って誰?」


 アーシュは事もあろうに、うちの可愛いハクを勧誘してきた。さすがに口を挟もうとしたところ、ハクがバッサリ勧誘を断った。

 その断りの内容に出てきた親という言葉に反応したアーシュ。誰の事を言ってるのかとハクに聞くと、ピッと鼻先で俺を指す。


「あんたがこの子の親?」

「らしいな。後2人いるけど」


 本当は相棒とか呼び合いたかったが、中々思い通りにはいかない。ハクはそこだけは頑なに譲らないのだ。


「ふーん、じゃ、私が勝ったらさっきのにプラスしてハクちゃん貰うっていうのは?」

「しつこい奴だな。まだやる気かよ」


 一度流れは切ったのだから、話は終わりでいいじゃないかと、俺は面倒そうな顔をして言う。


「もちろん、私は納得してなからね」

「だいたいその勝負俺が勝って何の得になるんだよ?」

「依頼を達成出来るじゃない。10万ルト」

「すっくねぇ」


 ハクを賭けて10万?

 冗談じゃねぇよ。


「いいからやるわよ!」

「明日な」

「だから何でよ!」


 面倒だからだよ。そんな事に魔力を使う余裕は今ないんだ。


「あっ、なるほど」


 尚もしつこく勝負を挑んでくるアーシュに明日なを連発していると、シャルステナが深く頷いた。

 それまでは珍しいものでも見るように俺を見ていたのだが、納得顔に変わった。


 そんなシャルステナにアーシュが反応した。意味の分からない断りに腹を立てていたためか、若干押しが強めの問い方で、シャルステナに何がなるほどなのか問いただしていた。それに対し彼女は、真摯に事実を語る。


「だって、今はレイ全力出せないから。怪我してるのよ」

「「「えっ?」」」


 アーシュを除くシーマンのメンバーが全員固まった。

 怪我人?全力じゃない?

 そんな言葉が彼らの顔に書かれていた。


「ははん、だから明日やろうってのね。いいわよ〜、明日ボコボコに…」

「や、やめろーー‼︎アーシュ‼︎」

「ただの肉塊になるよ‼︎」

「髪の毛一本さえ残らないよ‼︎」


 尚も自信を崩さず俺へと勝負を挑むアーシュを必死の形相で止める三人。しかし、それが余計に火を注ぐ事になる。ヒートアップしギャーギャー言い始める。

 またうるさくなった。こいつらは何処でも騒がしい。

 しかし、迷惑な行為でしかないはずのそれは、この場では良い方に働いた。


「うわー、命知らずねー」


 そうアンナが普段と変わらない様子で言ったのだった。

 若干、笑みを浮かべるアンナに、俺とシャルステナは顔を見合わせ笑みを浮かべた。


 〜〜


 冬の冷たい風が草原を駆け抜ける。

 夏には草が生い茂りる草原も、冬は控えめに草を伸ばしている。踝まで伸びていれば長い方だ。


「まじでやるのか?」


 そう俺は目の前のブルーの髪の少女に問いかけた。


「やるったらやるの!」


 駄々を捏ねるような言い方なのは、1日焦らされた上に仲間から負けるからやめとけと言われ続けたためか。


「はぁ」


 面倒だとため息を一つ。

 やる気満々なアーシュと違い、俺のやる気は谷の底だった。

 まず勝ってもメリットがない。一方的に挑まれ、一方的な賭けを勝手に決められた。

 この時点で既にやる気は皆無だった。


 その上、デュラン達に土下座までされて、アーシュを殺さないでくれと言われた。俺を一体なんだと思ってやがんだ。


 そんなわけで、今現在俺のやる気は地の底まで落ちているのである。


「じゃあ、始めるね。スタート」


 審判であるシャルステナが、そろそろいいかなと開始の合図をした。


「行くわよ‼︎10秒持つといいわね!」


 物凄い自信だ。とてもD級冒険者がB級冒険者に言う事ではないと思えた。

 どこからその自信が来るのやら……


 アーシュは開始すぐに動き出した。確かに早い。だが、あくまでD級冒険者の中では、だ。

 リスリットといい勝負って感じかな。ライクッドは負けそうだ。魔法なしだと。


「やぁあ!」


 気合の篭った一撃を首筋を狙い振り下ろしてきた。

 フェイントも何もない一撃。俺は軽くしゃがむ事でそれを躱す。

 アーシュは小さく舌打ちすると、手を休める事なく攻めてきた。しかし、その攻撃は俺を捉えられない。服を掠る事さえなかった。


「なかなかやるじゃない。けど、まだまだ。私についてこれるかしら?」


 ええー⁉︎

 まだ俺に勝てる気でいるのか?

 思ったより残念なんだけど、こいつ……


 攻撃が擦りもしないのに自信を崩さないアーシュ。俺は思わず、頭が残念なのかと思ってしまう。

 しかし、それは根拠のない自信ではなかった。


「っと」


 続くアーシュの斬撃が俺の頬を掠めた。浅く切られた頬から薄っすら血が滲み出る。


「まだまだ!」


 初めて攻撃が掠った事に気を良くしたのか、アーシュの攻撃がより一層激しくなる。それは先程より、速く力強い動きだった。

 身体強化か?


 俺は剣を今日初めて抜いた。


 キィィン!


 甲高い音が、交差した剣から漏れ出る。


「やっと抜いたわね」

「正直舐めてたよ。確かにD級冒険者の実力じゃない。だが……」


 俺は瞬時にその場でかがみ、それにより出来た隙間に体をねじこました。そして、アーシュの手を掴み、体を伸ばす。

 背負い投げの要領で宙に浮いたアーシュ。そのまま、頭から叩き落とされる事を恐れたか、逆立ちするように地面に手を伸ばす。

 しかし、その手が地面に伸びるよりも速く、俺は手加減した掌底を腹に打ち込む。


「うっ」


 腹から空気を押し出され、呻き声を漏らすアーシュ。

 宙ぶらりんの状態でそれを受けたアーシュは少し吹き飛び、頭から落ちた。


「B級に挑むには早かったな」


 これで終わりだなと、後はシャルステナに任せようとアーシュに背を向けた。


「何勝った気になってんのよ。まだいけるわよ」


 そう背後から声がかけられた。振り返ってみると、アーシュはしっかりした足取りで立っていた。


「思ったより君は強いみたいね。大人気ないけど、本気出す事にしたわ」

「いや、もういいんだけど…」


 確かに思ったより強かった。けど、もうそれでいいじゃないか。


「うるさいわよ!年下に負けるわけにはいかないのよ!」


 なんだそれ……

 いやまぁ、確かに年下に負けるのは悔しいけど……


「反発空間‼︎」

「えっ…⁉︎」


 突然俺は後ろに弾き飛ばされた。同時に少なくない驚きに襲われる。


 反発空間だと…⁉︎


 驚愕し動きが鈍ったところにアーシュからの追撃が来る。


「反転!」


 剣で受けようとした瞬間、ベクトルが反転。2振りの剣が左腕と、右肩を切り裂いた。


「どうよ?降参するなら今のうちよ?」


 さっきとは真逆。膝をつき血を流す俺と、大した傷を負っていないアーシュ。まるで逆転されたかのように思える光景だった。

 デュラン達はええっ⁉︎と驚愕していた。一方、シャルステナ達は冷めたものだ。確かにアーシュの実力には驚いていたが、俺に向けるものは何を遊んでいるんだという目だった。


「ははは、空間系の使い手だったのか」


 自然と笑いが漏れた。初めてと言ってもいい。自分以外に反発まで空間を極めた奴に出会ったのは。

 この時、俺は初めてこの試合にやる気を出した。


「空間系?このスキル系列の事?」

「ああ。中々珍しい才能だよ。自分以外に反転まで極めた奴に初めて会ったよ」

「つまり、君も反転を使えるって事?」


 アーシュの問いに俺は使う事で答えた。アーシュの足が弾かれバランスを崩したアーシュは片膝立ちになる。

 奇しくも先と真逆の形になる。


「やってくれたわね。お返しよ」


 アーシュは不敵に笑うと、仕返しとばかりに再び反発空間を使った。しかし、それは不発に終わる。

 同じスキルの使い手だからか、どこに空間を使うか手に取るようにわかった。


「悪いけどもう当たらないよ。確かにアーシュは強かったけど、残念ながら今は俺の方が強い。たぶん空間のスキルも俺の方が先に進んでる」


 空間を使ってきた事には心底驚いた。だが、それだけだ。俺が魔王に為す術なくやられたように、それだけでは勝てるわけではないのだ。


「だから勝った気になってるんじゃないわよ!」


 勢い良く飛びかかるようにして、間を詰めたアーシュ。左下から斜めへの切り上げ。しかし、それはその軌線を辿るようにして跳ね戻る。それに連れられ、アーシュの腕も戻る。

 その隙を逃す俺ではない。


「ッ⁉︎」


 喉元に剣を当てられ、下がろうにも固定された頭はピクリとも動かない。


「なんで……私はこの世界(・・・・)なら最強なはずなのに……」


 その呟きは小さく、俺にしか聞こえなかった。だが、その小さく囁くような呟きは今日二度目の小さくない衝撃をもたらした。


 この世界?最強?


 その二つの言葉が、ある答えを俺にもたらした。


「まさかお前、転生者ッ…」



異夢世界を読んでいただきありがとうございます!


突然ですが、皆さんにお聞きしたい事が……

文字の色が黒以外に変わっていたりしませんか?

もしあれば教えて頂けると助かります。

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