67.ブレーキのないバイクに乗ってはいけません
バイクって怖いですね……
皆さんもバイクに乗る時は安全運転で!
武闘大会6日目。
今日は午前中オフだ。
夜通し行われた補修によってすっかり元どおりとなった闘技場。しかし、スケジュールまで元どおりとはいかない。
俺の後の試合が今日にもつれ込んだために、スケジュールが1日ズレる事になったのだ。元々、こういった事は決勝が近づくにつれ多くなるらしく、予備日として10日程開催期間が余分にある。そのため期間が伸びたり、試合が詰め込まれたりはしていない。
それでも俺の破壊した舞台は中々酷かったらしく、いつもなら数時間で終わる作業が半日以上かかってしまったと、運営から文句を言われた。
いい憂さ晴らしなったとニコニコして聞いていたら、涙目になっていた。おそらく彼らが疲労困憊している様子を見て俺が楽しんでいるとでも思ったのだろう。
名前は人を表すんだなと彼らは一様に言っていた。
若干腹が立ったので、後でギルクに一発お見舞いしておく事にした。
今更感があるが、改名しようか?
もう既に色々バレてるからしても問題ないと思うんだ。ディクに勝つための隠し球は色々用意してるし、バレても問題ないとも思うんだ。
このままではレイという名が消えて、キッチックになってそうで怖い。シルビアみたいにここで初めて会った人が、俺の事をキッチックと呼んで来るのはまだいいんだ。
だけど、昨日セーラにキッチック兄と言われたのがショックだ。前までレイ兄だったのに……
セーラはまだ幼いから俺の本名がキッチックだと勘違いしてるのかも…
「はぁ〜」
どうやって正すか考えていると、思わずため息が漏れた。
やっぱり面倒だなぁ。ある意味国の権力と真っ向面から衝突しなければならない様なものだもんなぁ。
ギルクを説得するのも骨が折れそうだし、武闘大会が終わってからでもいい気がしてきた。
そんな風に面倒事は後回しにしてしまうのは俺の悪い癖だ。
ついつい楽な方を選んでしまう。
「まぁ、今は先に優勝の事を考えないとな」
もう6年、ギルクは5年だが、仲良くやってきた友達のためにも、ここは優勝したい。
去年までに悔しい思いをした者いただろう。ギルクなんかは特に悔しかったと思う。
正直、男友達の中で一番馬があったのはギルクだ。
ゴルドは途中からアンナにばかり付きまとっていたし、他の男友達はそれほど関わりがあったとは言えない。
だから、あいつの卒業した年に出てやれなかった事を本当に後悔している。
俺が出たからといって優勝できたとは限らないが、もう少し可能性はあったはずだ。
もうあと1ヶ月もしないうちに俺は卒業だ。
最後の思い出に武闘大会は優勝したい。ギルクの事も含めて、優勝して笑って卒業したいと思う。
そのためにはあと一つは一位をとっておきたい。
最後の競技が一番いけそうな気がするが、出来れば早い内にとっておきたい。ギリギリになると緊張して思わぬミスをしかねない。
今日の競技は魔道バイクレースだ。
魔力を通す事で車輪が回転する魔具を用いたバイクだ。
この世界にバイクがあった事に驚いたが、一般には普及していないようだ。
どうやらつい最近遺跡から発掘した魔具を改良して作った物らしく、まだ技術として定着していないみたいだ。
かなり高度な技術が必要なようで、この魔具を作れる職人がほとんどいないらしい。
また、魔具に用いる魔石もAクラス相当の物が必要らしく、どうしても値段が高くなってしまうそうだ。
そのため一般には普及していない。
他にも道が舗装されていない事の多いこの世界では使いにくいというのもあるだろう。
俺たちが走るコースも舗装されておらず、むき出しの地面の上を走行しなければならないらしく、転倒などが多発するらしい。
それに加え、高価なためほとんど全員乗った事がない。俺も初めてだ。
だが、前世で原付の免許をとっていたので、他よりはマシに運転出来るんじゃないかと思っている。
だが、何分初めてのものだから、乗りこなせるとは思っていない。だから、正直どうなるか予測出来ない。
三位までに入れればいいかなと思っている。
一位はおそらくシルビアだ。
何故なら魔法学校には魔道バイクがあるらしいのだ。
それに加えあの如何にも他人にも自分にも厳しそうな彼女が運転するのだ。ちょっと勝てないだろう。
だがまぁそれは仕方ない。
元々ライバル校は騎士学校だけではないのだ。
これで魔法学校にだいぶ追いつかれる事になるが、トーナメントを取りこぼさなければどうにかなる。
「とりあえず、全力で飛ばすしかないだろうなぁ」
それ以外勝てるビジョンが浮かばない。
正直舐めてたな。ディクとか以外に負けるわけがないと思っていたが、内容もあるだろうが結果的には苦戦してる。
ギルクに全部優勝してやるとか言ったが調子に乗りすぎてたかもな。
「キッチック兄!」
ガクッ
用もなくただ街を歩いていた俺を見つけたセーラが駆け寄ってきた。あの名を携えて。
思わず足カックンされたかのように膝が折れた。
「よ、ようセーラ。あのなキッチック兄じゃなくて、レイ兄だから俺は」
「えぇー?けど、みんなキッチックって呼んでるよー?」
「いや、そうなんだけど……」
どう説明したらいいか。
ギルクのせいでややこしい事になってるから、幼い彼女にわかるだろうか?
とにかく要点だけ伝えてみよう。
この場合の要点は俺はレイだと言うことだな。
「えっと、キッチックは偽の名前で、ほんとの名前はレイだから前みたいに呼んでくれていいんだよ?」
「嘘ついてるのー?嘘ついたらダメなんだよー?」
「う、うん。そうだな。嘘はダメだよな。だから、セーラは嘘じゃない方の俺の名前で呼んでくれるか?」
「うん!わかった!キッチック兄!」
ガクッ
セーラはまたねーと元気よく走り去って行った。俺は膝を地についたままそれを見守った。
大通りに買い物をしに来た周りの人々から訝しげな視線を向けられる。一様に何してんのこいつといった顔をしている。
俺は幽鬼のようにフラフラと立ち上がる。
「あいつだ。あの野郎のせいだ。……ふっはっはっは‼︎ぶっ殺す!」
俺は憂さ晴らしに、元凶をぶちのめす事に決めた。
「ギルクーー‼︎どこだぁ⁉︎出てこいーー‼︎」
大声で元凶の名を叫びながら、大通りを駆け抜け、闘技場を目指した。
〜〜
闘技場では昨日の対戦を消化しきり、今日の朝から始まる予定だった試合が始まろうとしていた。
注目選手であるシルビアの試合なだけあって、観客の数はいつもにも増して多い。
みな、今日はこれを観にやって来たようなものだ。
にもかかわらず、観客達の視線は今まさに始まろうとしている試合ではなく、まったく別のところへと向いていた。
「待てつってんだろうがぁ!」
「逃げるに決まってるだろ‼︎凶器を持った奴から逃げない馬鹿がどこにいる⁉︎」
「うるせぇ‼︎」
シルビアの試合の一つ前の試合中に突如として始まった追いかけっこ。
自分の倍はあろうかという強大な剣を両手で真上に掲げ追いかけるレイに観客は、試合そっちのけで釘付けだ。
大声で何か叫びながら会場に入ってきたと思ったら、すぐさま始まった追いかけっこ。
子供の遊びかと思い、観客達は一様に暖かい視線を送っていたが、どこから出したのか3メートルはあろうかという強大な剣を担ぎ追い始めた時にはすっかり呆れ顔だ。
また始まったと。
まだ一週間も経っていないのに、既に彼らはレイの行動に慣れつつあった。
竜を殴り飛ばし、二人で百人抜きし、竜を操り、火の鳥まで操ったと思ったら、拳で地震を引き起こすレイの非常識な行動に慣らされつつあった。
突然出てきたあの剣の事など些細な事。一々考えていてはこっちが持たないと、思考を手放し傍観に徹した。
そんな彼らがレイを興味津々で見詰めるのは、武闘大会を観に来た彼らにとって、レイがとても面白い存在であるからだ。レイのやる事を考える事はやめても、やる事自体には興味がある。だから、試合ではなく、ただの追いかけっこを注視していたのだ。
「この野郎‼︎逃げ足だけは一人前だな!」
「どっかの誰かのせいだ!」
闘技場を周回する様に走り回る二人。その様子は試合中のシルビアの目にも入った。
「……キッチック、あなたは私に恨みでもあるの?」
独り言を呟く彼女は若干苛立ちめいたものを感じていた。
前も途中乱入してくるし、今回も邪魔をしているようにしか見えない。私は彼に恨まれるような事をしたのかと自分に問いかけるも答えはない。
また乱入されては堪らないと、即刻勝負を決める事にする。
「地に統べる水面、巻き起こる豪風、天を貫く水柱となり具現化せよ」
詠唱を始めた途端、焦りを見せた対戦相手は、詠唱を止めなければと、シルビアに斬りかかる。
しかし、その剣先はグニョっとシルビアの幻影を歪ませるだけに終わる。
「アクアグレネード」
前もって作っていた幻影に斬りかかっている間に詠唱を終わらせたシルビアは、集中のために閉じていた目をゆっくりと開き、トリガーを引いた。
「うわぁッ‼︎」
土の地面を満たす様にはられた薄い水膜。
それが捻れるように中心、対戦相手の足元に集まる。
対戦相手は逃げようと移動するも、流れる水に足を取られうまく動けない。また、少し移動してもそれに合わせるようシルビアが中心を変えているため、彼に逃げ場はなかった。
渦の中心にかられ取られた彼は身動きが取れなくなっていた。
そして、集まりきった水は彼をその流れに巻き込みつつも、空高く竜巻の様に登っていった。
普段ならば、ここで歓声の一つでもあるところだが、観客達はまったく違うところを見ていたために、静かなものだった。
唯一、見ていた司会者がシルビアの勝利を高らかに宣言するも、パチパチとまばらな拍手が送られるのみだった。
「……あの男、余程私に殺されたいみたいね」
静かに物騒な事を呟くシルビアは、そのキツイ目を逃走劇を繰り広げる二人に向ける。
彼女は別に観客からの声援がない事に怒っているわけではない。邪魔された事を怒っているのだ。
彼女には彼女のペースというものがある。それを崩された事を怒っているのだ。
本来なら、もっと何重にも魔法を重ねがけし確実に追い詰めるのが彼女の戦い方だった。それを焦りから崩された事に怒っているのだ。
一度ならず二度までもと。
一方、シルビアを激怒させているとは露ほどにも感じ取っていない二人の追いかけっこは、既に佳境に入っていた。
「テメェ!どっからそんなの持って来やがった⁉︎」
「アホめ‼︎お前の行動など俺には丸分かりだ‼︎事前に用意していたんだよ、ど阿呆!」
馬に跨り全力疾走するギルク。レイはそれを必死に追うも中々追いつかない。
それどころか重い剣を掲げ走り続けていたレイはだんだんと失速していた。幾らレイでも数百キロもある鉄の塊を持ち全力疾走するのには無理があったのだ。
疲れが見え始めている。
「あの野郎‼︎もうこんなもんいるか!ぶん殴ってやる!」
剣をパッと放り出し、重荷を捨てたレイは一気にスピードを上げる。
放り出された剣は、クルクルと回りながら放物線を描き、今まさに試合が終わったシルビアの真上に向かって落ちていった。
「えっ?えっ?ちょっと!」
突然降ってきた巨大な鉄の塊を、ギリギリのところで躱し、地面に滑り込む様にして逃げた。
「………あの男……必ず殺してやる」
再び物騒な呟きをしながら、服についた土を振るいながら立ち上がる。あの宣戦布告に加えて、この仕打ち。彼女の怒りは沸点に達していた。
より一層険しい視線を逃走劇を繰り広げる二人に向ける。
「この野郎! いい加減大人しく捕まれやぁ‼︎」
「お前こそいい加減諦めろ‼︎」
いつまで続くんだという目で観客は2人を見ていた。
もう数10周は続いたであろうその追いかけっこに観客達も若干飽き始める。そして、試合を見ようと目を向けると、そこには鬼の形相で睨むシルビアがいた。
観客達は一様にその視線にビビり目を逸らす。
「レイとギルクは相変わらずだね〜」
「それはあんたに言いたいわよ」
ゴルドが2人を見てそんな感想を漏らすも、あいも変わらずアンナにベタベタしようとしている自分に言えと、お手つきしようとしたゴルドをつねる。
『マスターは時速41キロで、逃走者ギルクを追いかけています。一方逃走者ギルクは時速40キロで逃げているため、およそ1分15秒で接触する事になるでしょう』
「シーテラ解説はいらないよ?」
何かと解説したがるシーテラ。そんなシーテラに解説は要らないからとシャルステナは突っ込む。
「ていうかシャル先輩止めないんですか?」
「えっ? 私止める役目なの?」
「いや、どう見てもそうじゃないですか。いつもストップかけるのはシャルステナさんじゃないですか」
「えぇー! ライクッド代わりにやってよ」
「遠慮しておきます」
ニッコリと笑いながら、押し付けられそうになった役目を押し返したライクッド。実に清々しい笑顔だ。
キッパリとこれ以上ないぐらいスッキリと断られたシャルステナはもう一度逃走劇を繰り広げる2人を見る。
見ると追跡者の数が増えていた。
「お、うぉぉおおいいーー‼︎ そのコラボはダメだ‼︎」
「うるせぇ! ちっとも観念しないお前が悪いんだろ‼︎」
流れる様にギルクを追う水竜と、空からは鳳凰が業火のくちばしで突く。ギルクと馬は涙目になりながらも、クネクネとそれをかわしながら、後ろから迫り来る水竜に恐怖し悲鳴をあげかながらそのスピードを上げる。
「あ、もう終わりそうだから、止めなくていいね」
「シャル先輩地味に酷いですね……。あの、私の時は止めてくださいね?シャル先輩しか止めれないんですからね?」
瞬時にギルクの事を見捨てたシャルステナにリスリットは自分の事は見捨てないでと懇願した。
「やっと捕まえた」
「…………うぇ」
既に瀕死のギルクを掴みもう逃がさないとばかりに力を込める。
「一回しんどけこの野郎‼︎」
「ブヘェ‼︎」
闘技場の外まで飛んでいくギルク。
観客はみなドン引きだ。やり過ぎだろと恐怖した。
「あー、スッキリした」
〜〜
『午前中謎の追跡劇を繰り広げたキッチックと、見事な魔法で勝利を収めたシルビアの初対戦‼︎魔道バイクレース‼︎』
しまった。今日シルビア試合してたのか。ギルクを追いかけ回すのに必死で観てなかった。
そんな事を考えながら、シルビアを見るといつもよりも増してキツイ目で睨んでいた。
えっ?何?めっちゃ怖いんですけど……
シルビアの試合を邪魔したとも、放り投げた剣がシルビアの頭上に落ちたとも思っていない俺は、睨まれる理由がわからず狼狽える。
『さぁ、準備はいいか選手諸君‼︎』
「はっ!やべやべ」
司会者の言葉で、準備どころか魔道バイクに手をかけてすらいなかった俺は慌ててバイクに跨る。
魔道バイクは地球のものとは少し異なった。
全体的に黒光りしている車体。どこもかしこも黒い金属でできているようだ。
衝撃を吸収してくれる様なタイヤではなく、鉄の車輪が取り付けられ、回転させる魔具が前後それぞれに取り付けられていた。椅子も鉄で出来ていて実に硬そうだ。きっとお尻が悲鳴を上げる事間違いなしの欠陥品の座席だ。
そして何より、ハンドルになければならないものがなかった。
「ちょっと待てコラ‼︎ブレーキがねぇじゃねぇか‼︎」
『ブレーキ⁉︎何が言いたいんだキッチックは⁉︎』
「嘘だろ……まじかよ」
どうやらそもそもブレーキという概念が存在しないようだ。
事故率100パーじゃねぇか。危なすぎんだろ。
どうやって止まったらいいんだよ?
まさか自然に止まるのを待つのか?
あ、危なすぎる……これは絶対に一般に発売してはダメな奴だ。死人が多発する。
『さあ、頭のおかしい鬼畜は放って置いて、レースを始めましょう‼︎』
「燃やすよ?」
『すいません‼︎まじ勘弁してください‼︎』
軽く脅すと、司会席で見事な土下座を披露した。どうやら先日の一件はいいお灸になったようだ。
『さ、さあ今度こそ始めましょう‼︎』
俺はハンドルに取り付けられた魔力注入器に手を置いた。ここに魔力を通す事で車輪が回転し、前に進むそうだ。両方の車輪が回転する必要はないと思うのだが、この世界ではまだそこまで文明が進んでいないのだろう。
『3』
前後の車輪が回転するバイクに乗るのは初めてだ。おそらく勝手もかなり違うんだろう。
ここは片方にだけ魔力を通した方がいいだろうか?
後ろの車輪だけ回転させた方がやりやすそうだ。
『2』
だいたい試運転ぐらいさせてくれてもいいじゃないか。ぶっつけ本番はいくら何でもきついだろ。
自転車なんて俺はこの世界で見たことはないから、魔法学校の生徒以外は二輪自体初めてなんだろ?
絶対コケまくるに決まってる。
『1』
おっとそろそろ気を引き締めないと。
えっと後輪は右側だから……
『スタート‼︎』
司会者の声で一斉にスタート……はしなかった。
レースが開始した瞬間に、8割がこけた。ほらな。
そして、スタートを切れた者も殆どがフラフラと安定しない運転をしている。
魔法学校の生徒ださえ、半数がその状態だ。
見るに堪えないレース状態だ。観客達は俺たちを見て笑っている。
腹が立つが、俺は今それどころではない。
『キッチックがいきなりトップに躍り出た‼︎』
「うおおおおおお‼︎」
雄叫びではない。悲鳴だ。
一斉にスタートしたはずなのに、俺は断トツでトップだった。しかし、それは俺の意図したものではない。
簡単に言えば、暴走状態だ。スタートを切った時に魔力を流し過ぎたのだ。
車輪を回転する魔具が悲鳴を上げる程の魔力を流してしまったのだ。魔力を止めた今も、残った魔力が車輪を回転させ続けている。
「この欠陥品がぁ‼︎ブレーキ付けとけや‼︎」
既に運転するしないの話ではない。こけない様にするだけで精一杯だ。曲がり角なんかが来たら詰む。
地面が悪すぎる。普通に岩がむき出しだ。それを踏んだ時の尻の痛さときたら……
「こけるこけるこける‼︎」
進むにつれ悪くなる道。既に手一杯な状況だが、ただ真っ直ぐ進むだけのレースなんかあり得ない。
「ぶ、ぶつかるぅぅ‼︎」
ボゴーン‼︎
ガタガタの道で、さらにはスピードを出し過ぎている状態で曲がることなど、ペーパードライバーである俺に出来るはずもなく、正面から盛大に岩の壁に激突。
「ガハッ」
大破した魔道バイクの横で、吐血する俺。
さすがに効いた…
頭がクラクラする。魔装を纏う暇もなかった。
「ッつ……これって失格か?」
原型を留めていない程ひん曲がった魔道バイク。残った魔力で虚しく回転を続ける後輪、前輪の車輪は折れ曲がり、さらにはハンドルは離れた位置に飛んでいた。
とても走れる様な状態じゃない。
「ゲホッゲホッ、……まいった。内臓までやられたか」
早くシャルステナに治してもらわないと。
そう思い、おもむろに立ち上がった。苦痛耐性のお陰か、本来なら動けない様な怪我でも動ける俺は、いたって普通に立ち上がった。
以前この耐性のお陰で逆に死ぬところだった。
この苦痛耐性は、この魔道バイクと同じく欠陥品なのだ。
自分が死にそうな状態でも少し我慢すれば、変わりなく動ける。だから、自分が危険な状態にある事に気が付かないのだ。
いいか悪いかわからない耐性だ。
『曲がりきれず壁に激突したキッチックは無事かぁ⁉︎治療班至急現場に‼︎』
事故で巻き上がった粉塵が未だ俺と魔道バイクを隠していた。
しかし、俺に司会者の声は聞こえていた。
「治療班が、来て、くれん、なら、ここでいいか」
シャルステナのところに行こうとしていた俺は、この場で待機する事にした。
いつも怪我したらシャルステナに治して貰っていたため、彼女に治して貰いに行くのがクセのようになっていたが、よく考えれば治療班がいたんだった。
「早く来、グフッ‼︎」
喉の奥から湧き上がってきた吐き気に堪らず膝をつく。
「ハァハァ、思ったよりやばいか…?」
やっぱり欠陥品だ。苦痛耐性のせいで自分の状態がわからない。
本来なら動けない程のダメージでも、浅く切られた程度の痛みしか感じないのだ。それで自分の状態がわかるはずがない。
だが、これ以上血を出すのはやばいと本能的に感じた。
血塗れの手で口を抑え、必死に吐き気を抑えていると、視界がクリアになっていく。
『キッチックは無事だ‼︎』
無事じゃねぇよ。
『ああー‼︎ 魔道バイクが! 一台500万もする魔道バイクがぁ‼︎』
俺よりバイクの心配かよ。にしても思ったより安いな。楽勝で買えそうだ。
そんな危険な状態にあると思えない様な突っ込みを心の中で入れつつも、吐血を抑える。我慢できず、口から血が少しずつ出てきているが、それでも必死に堪える。
目眩がする。血を出し過ぎた。
まだかよ、治療班。早くしないと死んじまうぞ。俺が。
ブウウゥン‼︎
迫り来るバイクの音が聞こえ、治療班が来たのかと少し顔を上げるとシルビアが運転する魔道バイクが迫ってきていた。俺の暴走状態とは違い、安定した運転だ。
シルビアは吐血する俺を見ると、嘲り笑う様な表情を浮かべ、綺麗なターンを決めて走り去っていった。
ちょっとは心配とかないのかよ。なんだあの人を馬鹿にした表情は。
確かに俺はアホみたいに飛ばしていたが、初心者には有り勝ちなミスだろ。お前らみたいに学校にこんなもん置いてなかったんだ。いわば当然の結果だ。
それなのに笑われるいわれはないね。
「レイ、大丈夫⁉︎」
「ゲホッゲホッ、まったく」
やってきたのはシャルステナだった。治療班よりも早く駆け付けてくれた。本当にいい彼女だ。どっかの冷徹美少女とは違う、優しくて暖かい美少女だ。
かわいいし、スタイルいいし、強いし、優しいし、シャルステナの良いところをあげたらキリがない。
俺はべた惚れだ。
「大丈夫。私が治すから」
もう安心だ。シャルステナに任せておけば。
俺は一眠りしようかな。
この状態ならノルドに会えるかもしれないし。
死にかける事に慣れてきたのか、特に焦りもなく穏やかな気持ちで目を閉じた。
〜〜
レイが意識を失った後も、レースは続いた。そのトップを走るのはシルビア。危なげなくカーブを曲がり、段になった地面も、見事なジャンプと着地を決め確実に二番手達との差を広げていった。
『快調な走りを見せるシルビア‼︎やはり魔道バイクがあったアドバンテージは大きいか⁉︎しかぁし!そう簡単にいかないのが武闘大会バイクレース‼︎事故多発地帯を抜けても、安心してはいけなーい‼︎』
「……何を言って…」
去年も出場した彼女は知っていた。バイクレースは事故多発地帯と呼ばれる急カーブと段差をいかに攻略するかにかかっていると。だから、司会者の言葉の意味がわからず、思わず言葉にしようとした。しかし、シルビアの言葉は途中で掻き消される。
もうここ数日で何度聞いたかわからない竜の咆哮に…
『来たか。キッチックが来ると踏んでおったが、えらく可憐な少女が来たものよ』
「……雷竜…」
『如何にも。此方は雷を操りし竜。少女をいたぶる趣味はないが、託された役目は果たさねばならぬ。其方に我の試練を超える事が出来るかの』
「……超えて見せるわ」
雷竜は空に浮かんだまま、また咆哮を唱えた。それに答えるかのように雨雲が集まり、雷雲となる。
どんよりした雲にも関わらず、雨粒が落ちてくるような事もなく、代わりに雷が雨のように降り注ぐ。
「っ‼︎土倉!」
このまま外にいれば危険と判断した私は咄嗟に土魔法で私とバイクを覆う。
「化け物……」
竜にとっては遊びのようなものだろう。だが、私達人間にとってはこれ以上ない程の脅威。
これ程の力の差を今まで感じた事はなかった。
ただの咆哮で、絶え間なく広範囲に雷を降り注げ続ける力。例え私が全力の雷魔法を放っても、その降り注ぐ一本の雷には及ばないだろうと思える程の力を感じた。
それを何百と降り注げ続けるなんて化け物としか言いようがなかった。
「本当に邪魔ばかりしてくれる」
私は知っていた。あの竜達を連れてきたのがキッチックであるという事を。
武闘大会が始まる前日に、あのディクルドと拳を交わした相手がいたのを私は遠巻きに見ていた。
それがキッチックだとわかったのは、つい先日の事だ。それが私の中で何故かくすぶっていて、キッチックのする事に怒りを覚える。
「厄介ね……相手は雷。雷竜が直接邪魔してきたら、正直厳しいところだけど……雷だけならどうにかなる」
雷は土に弱い。土に覆われた場所にいれば、雷でダメージを受けることはないはずだ。
ならば、とるべき方法は一つ。
「静かなる土よ、その平穏を打ち破り私を守る盾となれ、岩石洞穴」
瞬時に自分の成し得たいイメージを固め、より強固な物とするため詠唱を唱え魔法を発動した。
シルビアを覆った土塊から、盛り上がるようにして隆起した地面は、ゴール地点まで続いている。
隆起した地面の下は、小さな空洞となっており、人一人が余裕で通れる程の大きさであった。
シルビアはさらに光魔法で洞穴内を照らすと、バイクを走らせる。
降り注ぐ雷は地面に落ち続けているが、地に落ちた瞬間、その周囲を焦がし拡散する。そのため、洞穴内は時折雷が落ちた衝撃で小さな落石があるぐらいで、大きな障害となり得るものは存在しなかった。
シルビアは洞穴の耐久力が持つ間に抜けなければと、魔力をさらに流し込む。
およそ2キロ程の長さのトンネルを爆走し、ゴール地点を魔法で崩す様にして、トンネルを抜ける。
『シルビア、雷竜の妨害を超えゴール‼︎魔法学校、初の一位通過だぁ‼︎』
魔道バイクから降り、地に足をつけたシルビアに大歓声が鳴り響いた。
シルビアはその歓声に応える様子もなく、無愛想にその場を後にする。何の感情も浮かべていないその表情とは裏腹に、彼女の中では闘志が燃え滾っていた。
不安要素だった鬼畜は、大怪我をした。あの吐血量ならば、全力戦闘はしばらく出来ないはず。
うまくいけば、私とあたる前に消えてくれるかもしれない。そうなれば後は雪辱を果たすのみ。
待ってなさい。あなたに土の味を味あわせてあげる。




