65.宣戦布告
武闘大会4日目。
今日は次の対戦相手と日程が発表される日だ。今日から予選第2回戦が始まる。
一回戦は大幅に人数を減らすためか、一度戦い負ければそこで終わりと中々シビアなものだったが、二回戦は少し気持ちが楽だ。何故なら、一回戦を勝ち抜いた者がブロック別に分けられ、その中で1位と2位の2人が本戦に出場する事が出来るからだ。
おそらく二回戦で数を揃えるつもりなのだろう。
トーナメントに出られるのは128人。つまりブロックは64まである。今残っているのはおよそ300人。一ブロック、5人から4人の数になる。総当たり戦でその中で2位までに入らないと本戦には出られない。
レイのブロックは第38ブロック。人数は5人で、4回戦わなければならない。最低でも3勝はしておきたいところだ。
と言っても、ディクルドもシルビアも違うブロックであるため、そうそう遅れを取る事はないだろう。
「試合開始は……明日か」
日程表と照らし合わせ、自分の出場する時間を確かめた。明日の5試合目のようだ。
中々休みがないなぁ。あの竜達のせいで疲れてるんだが……主に精神面で。
残りの竜も何かしらで出てくんのかねぇ……
〜〜
『モンスターパラダイス‼︎9つの競技の中でも特に人気の高いこの競技は、当闘技場が集めた凶暴な魔物と選手達が鎬を削る生き残りをかけたバトルロワイヤル‼︎最後まで立っていられるのは魔物か人か⁉︎それでは参りましょう‼︎モンスター投入‼︎』
グキャァオ‼︎
闘技場に解き放たれた魔物は犬の顔をしたお馴染みのあいつだ。
コボルトかよ。雑魚じゃねぇか。
そんな感想を抱く俺はこの場で異質なのだろうか?
大多数の選手達はビビリ腰だ。魔物との戦闘経験がないのかもしれない。
はっきり言って彼ら全員、コボルト程度にビビる必要なんかない実力を持っているはずなのだ。それなのに腰が引けているのは、経験の乏しさから来る魔物は恐ろしいという先入観が強いからだろう。
それをわかっているからこそ、運営側はわざわざこんな雑魚を出してきたのだろう。
その意を酌むと俺は手を出さない方が良さそうだなと剣をしまい腕を組み端の方で観客となる。
このバトルロワイヤルは生き残り戦だ。戦っても、戦わなくても最後まで立っていればいい。だからわざわざ自分から魔物を切りに行かなくてもいいのだ。
どうせこんなコボルト如きで終わるはずがないのだから、強いのが出てくるまで待っていればいい。
出てきたコボルトはおよそ100。対する選手はおよそ50。ほとんど倍近い数だ。
この競技は観客からの人気はあるのだが、選手からの人気は殆どない。それは他に比べ危険が大きいからだ。
一応騎士がすぐ出れる様にスタンバイしてはいるが、間に合わない事も過去にあったそうだ。それはつまり、言葉を濁さず言うなれば、死。
そんな事故があったのにも関わらずこの競技がなくならないのは、人気とこの世界の価値観が原因だ。
自分の命は自分で守る。それが全てだ。危険の多い世界。一々他の人のせいにしていてはキリがない。
だから、全て自己責任が、この世界での価値観なのだ。
『第二波投入‼︎』
続いて出てきたのは混成の群れだった。ゴブリンや、オークといった雑魚からオーガやブラックタイガーといった強い魔物まで、実に様々な魔物の群れ、いや大群か。群れというには纏まりが無さ過ぎる。
各々自分勝手に獲物を求め、向かってくる。
「さて、やるか」
俺はA級が出てきた事でやっと動き出した。
「レ、キッチック!出番だ!」
「早く手伝って!」
「よっしやぁ!これで俺たちの生き残りは決定だ!」
王立学院の仲間が口々に言葉を発し、俺の側に駆け寄って来た。
二人は男子で、一人は女子だ。ギルクの命令を思い出し名前を言い直した男の子と、若干焦りが見える女の子、そしてもうすでに勝った気でいる人任せな男の子だ。
バトルロワイヤルはその形式状、各学校毎で戦うのが一般的になっていた。つまりパーティ戦だ。
魔物との戦いに慣れさせるというのが建前。本音は面倒くさかったため手を出さなかっただけが、A級が出てきた今彼らだけでは厳しいだろう。
俺の使命はできるだけ多く彼らを生き残させる事だ。それがギルク総司令の作戦だ。
「全員闘技場の壁まで下がれ。それから魔法で援護」
「了解」「わかった!」「後は任せた‼︎」
仲間の三人は指示に従い魔物と反対側の壁まで下がる。これで前だけ気にしていればいい配置になった。
ふと横を見れば、他の学校は一つに纏まり、前衛後衛分かれ魔物に備えていた。一団となって魔物と立ち向かおうというわけだ。
それを見て俺は思った。下手くそだと。
近すぎるのだ。前衛と後衛が。15メートル程しか空いていない。あの程度の距離なら、強い魔物だと一瞬で詰められる。それでは後衛にいる意味がない。
やはりこういうのが経験の差というものだろうか?
俺達、王立学院組は進行を経験している。だから、後ろに下がった彼らも下がる意味がわかっている。
出来るだけ後ろに下がる事が後衛の基本なのだ。それでいて魔法、あるいは遠隔攻撃が出来る距離である事。それを知っているのだ。
その事を知らない他の学校の選手達は、俺頼りなんだろうと責める様な視線を後ろの彼らに向けている。
そんな彼らに対する非難の目をなくそうと俺は手で合図を出す。
すると後方から魔法が魔物の群れに放たれる。それを喰らい怒った魔物は彼らに攻撃しようと突っ込んできたが、それを前衛である俺が止める。そして、また魔法を当て、少しずつその数を減らしていった。
「いい感じいい感じ」
そんな言葉が口から湧いて出る程、俺達のパーティは順調に魔物の数を減らしていく。一方他の学校は早くも陣形が崩れ、戦闘不能に陥る者も出ていた。
あらら。パーティの火力の後衛がやられたのが痛かったな。
そんな風に流し目で見ていると、安定感のあるパーティが見つかった。騎士学校のパーティだ。全員が前衛で、後衛はいない。それに魔物と戦い慣れている動きだった。
「さすがは騎士様ってとこかな」
そんな事を呟きながらも、迫り来る魔物をすれ違い様に真っ二つにする。
グルルルゥゥ
「おっ、メインのお出ましか」
威嚇する様に低く唸るブラックタイガー。黒い毛並みに獰猛な牙と爪を携え、金色に輝く目が獲物、俺を真っ直ぐに見つめている。
ネコ科動物の様に背を丸め今にも飛びかかってきそうな体制だ。
援護射撃はそのネコ科魔物を避ける様に周りに被弾し、明らかにそいつに攻撃する気はないと言っている様に思える。恐らくA級に攻撃して向かってこられる事を恐れているのだろう。
「カモン、子猫ちゃん」
挑発する様に手をクイクイと曲げる。
それを見て俺の周囲が安全だと逃げ混んできていた崩壊寸前のパーティが青ざめ、血相を変え慌てて離れる。
しかし、ブラックタイガーは警戒してか、一向に襲いかかってこない。
代わりとばかりに雑魚魔物が俺の横をすり抜けようとするので、そちらに剣を振るうと、それをチャンスと思ったか、ブラックタイガーが飛びかかってきた。
俺の背後から飛び掛って来たブラックタイガーに、後衛の三人が危ないと悲鳴混じりに声をあげる。
しかし、空間スキルでブラックタイガーの動きは完璧にわかっていた俺は振り返る事もなく、剣を真っ直ぐ後ろに突き立てた。魔力充填で強化された剣は抵抗も何もなくブラックタイガーを串刺しにし、その断末魔の声音で細かく震えた。
「黒猫の串焼き一丁出来上がり」
『キッチックやはり強い‼︎意にも介さずA級を串刺しだぁ‼︎』
冗談めかして黒猫を火で炙ると、後方から安堵と共にどこか呆れるような声が聞こえてきた。
しかし、そんな安堵も束の間同時に揺れる地面。
「うおっ!」
見れば、先程安定した戦いを見せていた騎士学校のパーティが崩れているではないか。その相手はオーガ2体と黒猫ちゃん。一度にA級が襲ってきたため瓦解してしまったようだ。
『一方、騎士学校のパーティは崩壊寸前だ‼︎A級3体はさすがに無理だったか⁉︎』
助けた方がいいんだろうか?
このままだと最悪死んでしまうぞ?
『ピィィンチ‼︎騎士学校ピンチだ‼︎このままなす術なく敗れてしまうのか⁉︎』
ここで他にも目を向けてみると、脱落はしていないが、殆どの者が限界が近そうだった。あちこちから血を流し、中には腕や足があらぬ方向に向いている者もいる。
やれやれ、早くリタイアすればいいのに。
そんな事を思いながらも、このままでは死人が出そうだと思った俺は殲滅を開始する。
「来い、炎風剣」
手を前に突き出すポーズで唱えた魔法が、俺を包み隠す様に発動した。吹き荒れる火の刃。それがまるで吸い込まれるように螺旋を描き、一本の剣に収まった。
それは剣を出現させるためのプロセス。攻撃ではない。だが、そのプロセスだけで俺を狙っていた周囲の魔物は灰塵と化した。
以前まではこの様な発動の仕方ではなかった。剣が出現するだけで、発動だけで敵を倒せはしなかった。
それは前と今では俺の思い描くイメージが全く異なるからだ。
前までの俺の思い描いていた炎風剣は、炎で出来た剣を振るう事で風の刃を生みその内蔵された魔力を消費していった。
これをマリス式に直すと、
「炎の剣」+「風の刃」=「炎風剣」
となる。
一方、今回俺が唱えた炎風剣は、荒れ狂う炎の刃を凝縮、圧縮したものだ。これは魔工スキルがあって初めて可能なイメージ過程だ。
このイメージ過程、マリス式で表す事が不可能である。何故なら、この魔法の肝は魔力操作にこそあるからだ。
魔力操作を超えた魔力操作。それがあって初めて可能となる魔法だ。さしものシャルステナもこの魔法は真似出来ないだろう。水竜をあっさりパクられ、さらには火竜の魔法まで開発してしまったシャルステナへの対抗心から開発した魔法だ。
つまり、全く別種の魔法と言う事になる。いわば炎風剣改と呼ぶべき品物である。
改の特徴は俺が使える魔法なら何でも剣に出来るところにある。物によっては大した魔法とならないものもあるが、逆に言えば前より遥かに優れた魔法となる事もある。
今回圧縮した魔法は、エアリアルファイア。その典型例だ。
火と風の嵐を圧縮したこの炎風剣改はその過程上一度エアリアルファイアを発動せねばならず、それが周囲の魔物を燃やし灰に変えた。
発動した瞬間に周囲を一掃し、そのエネルギーそのままに圧縮。前の炎風剣よりも遥かに強化されている。
そして第二の特徴。それは剣を振るう必要がない事にある。剣の形にしたのは持ちやすく、また防御にも使えるからといった理由だけで、攻撃に関しては剣である必要はなかった。
圧縮したエアリアルファイアを解放する事により、火の刃に指向性を持たせ、また以前よりその形、操作性また、威力が自由自在になった。
これらの事から炎風剣は大幅な性能アップがもたらされた。ただ一つ改になった事で下がった性能をあげるとすれば、弾数が減ったことか。
それは解放する量を調整する事で以前と同じぐらいの弾数を撃つ事が出来るが、威力が大幅に激減してしまうため、それをする事はないからだ。
それをするならば、常に魔工で制御しておかなければならない改ではなく、そんな事をする必要もないノーマルな炎風剣にすればいいだけの話だからだ。
「炎風剣、一の型、鳳凰!」
頭上に掲げた改から、這い出る様に現れた火で出来た鳥。その体は鋭い乱気流が渦巻き、鳳凰の体をユラユラと揺さぶる。
鳳凰は飛ぶ様にして三体のA級を飲み込み、そしてその内で切り刻み、灰塵と化す。それだけでは終わらず、残っていた魔物も次々に巻き込むと闘技場内を飛び回る。
最後に空高く登るとその内に秘めた全てを解放し、太陽の様に赤く輝きながら、その役目を果たし消えてていく。
『な、な、なんだ今の魔法はぁ⁉︎』
司会者が目を大きく見開き、観客の言葉を代弁する。
「あれってあんな魔法だったけ…?」
何度も見た事がある俺の得意魔法。それが前とは比較にならない程強力なものに変わっている事にシャルステナは唖然とした。
「今のが…魔法……?」
信じられないとばかりに目を見開くシルビア。魔法の才に溢れる彼女にとってその魔法は異質過ぎた。
一度見ればどの様なイメージ過程が必要か瞬時に把握出来る程の才を持つ彼女が、今の魔法のイメージを構成できなかったのだ。
それは彼女にとって初めての事。それがまた彼女に希望的観測をさせた。すなわち、魔法ではないと、考えさせた。
それは間違いではない。改は魔法の原理だけでは説明が出来ない現象であるのだから。
『それにしてもキッチック、彼はどういうつもりだ⁉︎他の学校を助けるとは、彼はルールを知らないのだろうか⁉︎』
「あっ……」
や、やってしまった…
他の学校の奴ら助けたら、生き残る意味ないじゃん…
全員に点数与えられるじゃん…
うわぁ、やらかした……
「ど阿呆‼︎」
案の定ギルクからお叱りの言葉が飛んでくる。
『アホです‼︎キッチックはアホです‼︎』
先程の技が台無しになる程の失態を仕出かした俺に、アホコールが鳴り出す。
アホ
アホ
アッホー
ふぅー
アッホッホ
アポー
「行きなさい鳳凰」
『アッ、や、やめろぉぉ‼︎八つ当たりはやめてくれーー‼︎』
このコールの原因を作った司会者は火の鳥に追いかけ回されていた。
焼け死ね。
俺は前回から続く竜出場の件の鬱憤も込めて、司会者に八つ当たり中。A級をも軽く燃やし尽くす鳳凰に追いかけられている司会者はマイク片手に疾走中。観客はコールを止め、青ざめ中であった。
『こうなったら次の魔物と「鳳凰行っておいで」ぬおおぉ‼︎ヘルプヘルプ‼︎』
司会者の合図で新たに投入された魔物を鳳凰で瞬殺し、追跡鳥を二体に増やす。
「はっはっはー‼︎俺は天才だぁ‼︎」
俺は高らかに笑い、力強く宣言する。その宣言に立ち向かおうという者は皆無だ。みな後の仕打ちに恐れをなしている。
そうして、司会者の悲鳴と、俺の笑い声の中武闘大会4日目は幕を閉じた。
『いい加減誰か止めてくれぇぇ‼︎』
〜〜
昼は観客の熱気のせいか、汗ばむ事もある闘技場も夜は静まり返り、熱気どころか寒気を感じる。冬の空は透き通り、雲の合間から漏れる半分に割れた月が放つ月光のみが、闘技場を照らしていた。
「やばいよなぁ…?」
俺は一人、誰もいなくなった闘技場で、そんな呟きを漏らした。
何がやばいかと言うと、当初圧倒的差で優勝する予定だった今回の武闘大会。俺が出る事=優勝と王立学院の誰しもが考えていた。
しかし、蓋を開けてみれば騎士学校と同点。さらには魔法学校との差も殆どない。
これは初日の障害物競走以外まともに点となっていない事が原因だ。当初の予定では今頃、余裕を持て余してるところだったのだ。
武闘大会の勝敗は全競技の得点により決まる。得点は競技によって違うが、大まかには障害物競走や、ダンスなど順位がつくものは、1位50点、2位30点、3位10点という配点になっている。また、モンスターパラダイスの様な順位が関係なく、要はクリア出来るかの様な競技は一人クリアで10点といった具合になっている。トーナメントは一位150点、2位90点、3位30点だ。
予定では今頃200点を超える点数を持っている見通しだった。ところがだ。ダンスと借り物競走は3位以内に入る事も出来ず、0点。モンスターパラダイス生き残り4人分の点数、40点。しかし、これは他の学校も同じ。
唯一、一位になった障害物競走の50点と合わせると、合計90点。予定の半分しかない。
竜だ。絶対あいつらのせいだ。
障害物競走に火竜が出て来なければ、2位か3位でゴール出来た奴がいたし、借り物なんて他の物であれば、ああはならなかった。ディクに負け越してしまったし……
連れて来るんじゃなかったと後悔するも、後先に立たずである。もう遅い。
後三匹かぁ……
白竜は怪我人の治療で活躍してるらしいから、それで満足してくれる事を願うとして、問題は雷竜とウェアリーゼだよなぁ。
シャルステナとゴルドの競技を抜いて俺が出るのは後3つ。
あの2人の競技は竜が出てくる様なものではないから、たぶん俺の方に出てくる。正直あの二匹が出てくるとどうなるか予測出来ない。
なので、残り一つは竜の妨害がない、と思いたい。白竜や、二回目を考えるとそれは希望的観測かもしれないが……
とにかく、その残り一つは何としても勝ち抜かねば…
シャルステナは確実に一位をとってくるだろうし、ゴルドは……あれはダメだな。あの競技はアンナと同じで俺からしたら一位でも、判定では50位とかありそうだ。しかも、あいつのあれは……
あのバカップルがおかしな競技に出てくれたお陰で助かってるといえば助かってるんだけどな。
まぁ、シャルステナと俺の分を合わせて後100は取れるはずだ。騎士学校が他全部を優勝しても150。
トーナメント優勝で十分追いつける。
けど、俺が一つも一位とれなければ、かなりまずいな。トーナメント優勝しても、総合優勝は出来ない可能性が出てくるよな。
何としても後一つは勝たなければ……
「……キッチック」
「うぉっ!びっくりした…」
「ごめんなさい。……驚かすつもりはなかった」
「気にしないで、ボーとしてた俺も悪かったし……シルビアが声を掛けてくれなければ、後ろからぐさっといかれてたかも……」
「……あなたなら、刺される前に返り討ちに出来るでしょう?」
「いやぁ、コロッと死んじゃうね」
おどけながら軽い調子で話をした。
俺は前の世界で死んでしまった事を悔いてはいない。理由は色々ある。前の世界に後悔や未練が残るようなものが何もなかった事や、この世界の様な異世界に憧れていた事も理由の一つだろう。
だけど、一番の理由はきっと前の世界にはなかったものが、ここにはあるからだろう。そして、ずっと付きまとっていた違和感がない事。きっとそれが前の世界に戻りたいと思わない理由だろう。
「……キッチック、昨日の事は本当ですか?」
「昨日…?」
「貴方の事を調べても貴方は気にしないと」
「あぁ、その事。うん、本当だよ。うちのバカがやり過ぎたせいたがらね。まぁ、俺としては名が売れるのは悪い事じゃないからさ」
名が売れた方が依頼が舞い込んできたりして面白そうだ。ただ、依頼ばっかりするのも俺の目的からすれば、邪魔にしかならないのである程度有名になるのがベストだと思っている。
ただ世の中そう上手くはいかない事はわかってる。だから、こうして売名行為みたいな事をしているのだ。
「そうですか。では、お聞きします」
思い切りがいいのか、シルビアは戸惑う様な素振りも見せず、本人から直接情報を引き出そうとしてきた。
迷いなくそう言い出されると、なんだかこちらが萎縮してしまいそうだ。シルビアのきつい目も相まって、生徒会長や女教師に問い詰められている子供の気分だ。
なんだかなぁ……
「先日、シャルステナに貴方は断崖山進行の前、余裕がなかったとお聞きしました。それは何故でしょう?」
「ははっ、躊躇いがないな。直接聞かれるとは思わなかったよ」
「……私は直接本人に聞いた方が早いと考えたのですが……迷惑でしたらシャルステナに聞くことにします」
「いや、いいよ。……余裕がなかったのは、うーん、疲れてたからかな」
「……それで貴方はシャルステナを避けていたのですか?」
細められた目に疑問が生まれた。それが避ける理由になるのかと、俺を見てその理由を考えているようだ。
「それはまた別の理由だな。その時は危ない事をしてたから、シャル達を巻き込みたくなかったんだ」
断崖山進行前……危険行為…
二人つのキーワード。ここから考えられるキッチックの行動は、あの事件に何らかの形で関わっていた?
あの断崖山進行の話は国を跨いで魔法学校にも伝わってきた。
その話はどこか、違和感を覚えるものだったが、伝わって来る間に事実がねじ曲がってしまったのだろうと、その違和感の正体について調べようとは思わなかった。
けれども、これが違和感の正体ではなかろうか?
シルビアが聞いた話では、不死鳥の英雄が異変に気付き、進行を抑えていたそうだ。また、不死鳥は世界樹の雫を手に入れ、それで進行の原因を排除したそうだ。
その後、火竜襲撃の4英雄の力と、大勢の騎士、それから周辺に住む人の力を合わせ魔物を撃退したと聞いている。
シルビアはこれに違和感を感じていた。
不死鳥はどうやって異変を抑えつつ、世界樹の雫を手に入れたのだろうか?
世界樹の雫はとても貴重だ。その入手方法は一つ。世界樹の麓に行くしかないと言われている。断崖山と世界樹の森は片道1年はかかる道のりだ。不死鳥が取りに行ったとして、その間どうやって異変を抑えていたのだろうか?
普通に考えれば、残りの英雄が抑えていたのだろう。だが、それならば異変を抑えていたのはその3人だったと伝わって来るのではなかろうか?
他にもおかしな話があった。
氷竜が現れた話や、空から大きな剣が降ってきたとか、はたまた水竜のブレスで新たに道が出来たとか。
一番おかしな話は魔物が退化したという話だった。
これを聞いた時、私はそんな馬鹿な事があるかと鼻で笑ったものだが、実際に見たという冒険者数人が同じ事を言っていた。
世界にはまだ私の知らない事があると、世界の大きさを感じたものだ。
「……あなたは進行を見た?」
「見た、というよりかは実際に経験したな。俺だけじゃなく、ここに来てる奴はかなりの数が経験してるぞ」
「そう…………魔物が退化したって本当?」
「ああ」
そこは事実が伝わっているんだな。
一度ギルクがどう捏造したか聞いておかないと、今後面倒だな。俺の認識と相手の認識に差異がある事はわかるが、どこが違うかわからないから、どう話していいか困る。
一々、初めから説明するのも面倒だしな。
「事実だったのね……面白いわ」
本当にそう思ってるの?と聞きたくなるほど、相変わらずきつい目をしているシルビア。
彼女は感情表現が苦手なのだろうか?
いつも鋭い目をしている。
「ああー‼︎レイ‼︎」
「ディク?」
騎士学校の頂点にして、二年連続トーナメントを制覇した者とは思えない、どこにでもいる様な子供の声音で軽く涙目なディクが、走り寄ってきた。
誰のイタズラか、トーナメント注目選手がこれで揃ったわけだ。
「助かったぁ!」
「はぁ?」
ガッチリ俺を捕まえ、助かったとわけのわからない事を言うディク。
そんな突然登場したディクにシルビアは戸惑っているのか、目線を俺とディクの間でうろうろさせている。
「レイ、お願い!僕を騎士学校の宿まで連れてって!」
「いや、何でだよ。一人で帰れよ」
「アリスとはぐれたんだ!」
「…………で?」
いくら待ってもそれしか言わないので、続きを促す。
はぐれたから何なんだよ。
「ま、迷子になった……」
「……子供か」
「え?子供だよ?」
何言ってんの?大丈夫?みたいな目を向けてくるディク。
こいつには皮肉が通じないのだろうか?
話を黙って聞いていたシルビアは、ディクのそんな様子に、虚を突かれたみたいで、キツかった目が少し緩んでいる様に思えた。
「レイ〜頼むよ〜」
「わかったわかった。送ればいいんだろ?保護者のアリスって子のところまで」
「ありがとうレイ!」
騎士学校の宿の場所なんて知らないから、アリスって子のところまで送ればいいだろ。保護者のアリスは今頃、子供を探し回っていらだろうから、激しく動いてるはずだ。
空間を広げ、人の動きを捉える。
走り回ってる奴はと……3人か。
このどれかだといいが……
「…………ディクルド・ベルステッド」
「あれ?君は……シルビアさん?去年決勝で戦った…」
声を掛けられて初めて気が付いた様子のディク。シルビアは気に入らなかったのか、キッと睨み宣戦布告する。
「………去年のようにはいきません。必ずあなたを倒します」
「あ、うん」
なんだその返しは。
もっとあるだろ。『僕も負けないよ』とか、『倒せるものなら倒してみろ』とか色々あるだろ。
何頷いてんだよ。倒される事を了承したのかこいつは?
シルビアはそんなディクルドの返事を、相手にされていないと感じ、憤る。だけど、それを表には出さず、静かにその場を離れる。
「俺には宣戦布告はないのか?」
シルビアはその声に足を止めた。ゆっくりと振り返り、口を開く。
「……ディクルド・ベルステッドは私にとって雪辱を果たす相手であり、私が宣戦布告するに相応しい実力を持った相手。……キッチック、貴方は逆よ。貴方に負ける気はしない。宣戦布告するなら、あなたから私へよ」
格上に挑む時にしかしないとシルビアは言い放った。
「へぇ、なら俺も宣戦布告はしない」
暗にお前は俺より格下だと言い返す。
しばし、無言のまま視線を交わす。その中でディクは若干居心地悪そうにしていた。
一触触発の雰囲気がその場に流れる。
「…………」
「…………フンッ」
シルビアは鼻息を一つ吐いて、その場を立ち去った。
「…………以外と好戦的な奴だったんだな」
まさかあそこで挑発してくるとは思わなかった。彼女とは結構穏やかに話をしてきたつもりだったんけどな。
ちょっと俺の事忘れてないかと持ち出しただけで、あんな言い方をしてくるとはな。
それに挑発で返した俺も俺だけど…
それにしても彼女は余程自信があるみたいだな。それか、ディクに置いてかれたかだな。そのせいで俺が弱く見られてるのか。
まぁ、だけども、全く相手にされない程弱くは見られていないみたいだ。わざわざ俺を調べてるくらいだしな。
一度彼女の試合を見てみたいな。
ギルク曰く、相当やるみたいだが、どれほどのものなのか見ておきたい。
「あ、あの子怖いね……すっごい睨まれた」
「確かに」
ディクの呟きに激しく同意した。
あんなに眉間に皺ばかり寄せていたらシワになるぞと思いながら、去りゆく彼女の背を見ていた。
「……俺たちも帰るか」
「うん。頼むね、レイ。一人で帰ったら明日になってもつかないから」
「はいはい」
そうして、俺は方向音痴の幼なじみを保護者の元へ届けてから、宿へと帰った。
去り際、保護者に正座させられる情けない幼馴染の姿を見て……
 




