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64.情報収集

「うぅ……」

「いてぇ」


 闘技場に転がる大量の怪我人。それを成した二人が去り、残された私は未だその惨状の場から動く事が出来なかった。

 治癒術士総出で怪我人に治療を施すも、数が多すぎてチマチマとして中々進まない。私は多少治癒魔法を使えるので、小さな怪我をした者を治そうとその輪に加わった。


「意識ある?」

「あ、ある…」

「痛みはどこから?」

「腹……」


 私は患者の訴えを聞き、治癒魔法をかけるため服を切り取る。目をその男の腹に向けると、青いアザがあるだけで、斬られたり、まして内臓を損傷していたりもしない軽傷だった。本来なら気を失うものではない程度の怪我だ。

 何人か繰り返し見るも、1人も大怪我を負っている者などいない。放っておけばその内治る程度の怪我だった。


 私は目眩がした。

 私にこの芸当が出来るか?

 倒すだけならまだ可能かもしれない。だけど、大怪我をさせないとなると可能であるかは分からない。

 あの化け物も進化し続けている事を思い知った私は、もう1人の方についても考える。


 あの化け物と互角…?

 そんなはずはない。それは私だけよ。あの化け物と渡り合えるのは…

 だけど、知り合いではあったようだ。彼等の間に友のような関係がある事は今日見ていただけの私でもわかる。


 いったい彼、キッチックは何者なのかしら?

 事前の調査では彼の事なんて一切わからなかったけれど、今からでも情報を集めて置くべきかもしれないわね。


 〜〜


『さぁ、先程起きた100人組手‼︎幕引きは呆気ないものでしたが、見応えがあるものでした‼︎しかし、本日開催する予定だった競技、借り物競争の時間が押しているのも事実‼︎急いで始める事にしましょう‼︎』


 またしても運動会の様な種目に1人気を抜かれながらも、クジを引く。

 このクジは借り物する物をランダムに決めるためのものだ。そして、俺の引いたクジは……


「竜…?」


 その呟きに答える様に轟音と衝撃を伴い登場した緑の竜。風竜だ。

 またかよ……

 あいつら全員出てくる気じゃないだろうな…?


『おおっとキッチック選手‼︎まさかのハズレクジ‼︎竜を殴り飛ばした彼にもこれはいささか厳しいか⁉︎』


 厳しいどころか無理だろ。運べるものじゃないだろこれは……

 半ば諦めの境地に至りながらも、山の様に大きい風竜を見上げる。


「一応聞くけど、自分で動いてくれたりは…?」

『無論しない』


 ですよねー。俺にはわかってましたよ。てか、なんなんだよ。俺ばっかり竜来てさぁ。俺の運は今奈落の底まで下落中か?


「ええっと、女の子?」


 この競技に出場するディクがクジを引き、そこに書かれてある内容を読み上げる。


「おいディク、またハーレム増やす気か?」

「ハーレムなんて作ってないよ!あの子達は僕を応援してくれてるだけだよ」

「そう思ってるのお前だけたがらな?プラカード持ってる奴らが現在進行形で軽く戦争状態だからな?」


 我先にとファン達はプラカードを投げ捨て、猛アピール中。物を投げ合いライバル達を蹴落とすその姿は女の怖さを雄弁に語っていた。


『全員引き終わったようです‼︎それでは一斉にスタート‼︎』


 それぞれのクジを握り締め、観客席に向かって走っていくものが大多数。

 俺と同じく無理難題なお題にどうしようと頭を悩まされるものが少数。気持ちはわかるぜお前ら。あの司会者が殴りたいんだろ?俺もだよ。


「あのさ、ご飯奢るから動いてくれない?」

『いらぬ。すでに貰っておる』

「じゃあさ、肩揉むから」

『必要ない。肩など凝ってはおらぬ』

「ええっと……」


 早くももう説得する内容がなくなってきた俺は、言葉を詰まらせる。竜に対する交換条件なんてパッと思いつかない。

 大体何でこいつら参加してるんだよ。お前ら人類の脅威じゃなかったのかよ?


 一方、その頃ディクは揉みくちゃにされていた。是非私を‼︎とディクに集るファン。まるでサインを求める人集りの様なそれを、周りの男共は嫉妬と先程の恐怖から睨む事しか出来ない。そんな視線を向けられるディクはと言うと、慣れない状況にテンパるだけで、一向に誰も連れて行こうとはしない。


 そんな風に俺とディクが手を拱いている間に、続々と借り物をした選手達がゴールに向けて走り出す。それを見て焦った俺は取りあえず竜をふんがー‼︎と叫びながら持ち上げようとあがき、ディクはそうだ‼︎と何か思い付いたかの様に人集りから瞬時に離脱した。


『まさかの2人が大苦戦‼︎これは他の選手にとっては大チャンスだぁ‼︎』


 司会者が他の選手を煽り、続々とゴールに向けて走り出す。それに慌てたディクは女の子を一人お姫様抱っこで掻っ攫う。


「アリスごめんよ!」

「えっ?キャアアアア‼︎」


 物凄いスピードで攫われたアリスは悲鳴を上げるも、その頬は赤く染まり、嫌がってはいなかった。ただ、身体能力が化け物であるディクに抱き抱えられたせいでジェットコースターの様な恐怖を感じていた。

 こうなるとわかっていたから、立候補しなかったのにと恐怖に耐えながらも、好きな人に抱き抱えられた喜びに身を捩らせていた。

 それを見ていたファン達は一斉にアリスに野次を飛ばすが、時速100キロに迫ろうかというスピードの中ではその声も途切れ途切れで聞こえはしない。


 一方、俺は持ち上げるのを早々に諦め、殴り転がそうと拳を振るっていた。しかし、一ミリたりともその巨体は動かない。先の火竜を殴り飛ばしたのはなんだったんだ、本気を出せと彼にも野次が飛ぶが、当の本人は本気の本気だ。

 しかし、無情にもピクリともその巨体は動いてくれない。逆に殴っている俺の拳の皮が剥がれ血が出てきたいた。


「ああもう‼︎こんなの無理だろ‼︎」


 そんな事を苛立ち、叫びながらも、俺は次の策に打って出る。風竜の背に飛び乗り、手をその体に当てる。


「俺の人形になれ!」


 全魔力を風竜に注ぎ込む。体全体にそれを広げ、スキルでそれを動かす。


『むっ?なんだ?体が我の意思を無視して動くぞ?』

「おっしゃ‼︎進め風竜‼︎」


 全く使っていなかったスキル、魔人形。生物の体に己の魔力を注ぎ、体の自由を奪うスキル。魔力を注ぎ込むには直接体に触れなければならないため、使い所が難しいスキルだが、発動出来れば反則級に強い。

 魔力はスッカラカンで若干気だるさを覚える。だが、SSS級の化け物でも操られるんだ。十分過ぎる見返りだな。あんまり実用性がないと放置していたが、これは鍛え直す価値があるかもしれないな。


『な、なんと⁉︎風竜が動き出した⁉︎キッチックは一体何をしたんだ⁉︎』

「あ、あれっておふざけスキル…」

「いやいや、確かにレイさんおふざけにしか使わないけど、あのスキルはかなり強力だよ。他人を意のままに操れるなんて、敵にいたら厄介な事になるよ」


 一度この技を喰らった事のある2人が、感想を言い合う。そんな二人の横で冷静にレースの様子を見ていたシャルステナがポロリと零す。


「レイ負けちゃうね」

「何だと⁉︎」

「あのスピードじゃ、トップ集団には追いつけないよ」


 風竜が動き出した時には既に初めに飛び出した連中はゴール直前まで迫っていた。その後ろからディクが猛スピードで迫る。出遅れた分を取り戻す為か限界突破まで使っている彼のスピードはもはや新幹線と変わらない。もしかしたらそれよりも速いかもしれないという速度だ。

 そんなディクに抱き抱えられるアリスは既に夢の中だ。限界突破を使われた辺りで恐怖が勝り、すぐに気を失ったのだ。

 このまま行けば、全員を抜かしゴール出来るだろう。


 だが一方で、俺の操る風竜のスピードは確かに人間が走るよりも速いが、その実、風竜が歩いているだけなので、真ん中辺りでゴール出来れば御の字だろう。

 その事は俺も分かりきっていたが、今更どうしようもない。スキルレベルの低い今の状況ではこれが精一杯なのだ。


「くそっ、これは負けだな」


 そう口にしながらも、ゴールだけはしようと風竜を歩かせる。前を行く者達は怪獣に追いかけられているかの様に必死に、悲鳴をあげながらも全力疾走した。


「はぁ、もう竜は勘弁……」


 それは果たして俺だけの呟きか、今その眼下を走る学生も同じ事を思っていそうだ。

 そんな事を考えていると、今更ながら思い付く。


「……ハクがいたじゃん」


 お題である竜ならハクでよかったと今更ながら気がつくも、もう既に時遅し。もう負けは決定だ。

 やられた……


 〜〜


「キャアア‼︎ディクルド〜‼︎」

「こっち向いて‼︎」


 ゴールを果たしたディクルドに黄色い声援が飛び交う。

 そんな中、鋭い目でそれを見ていたシルビアはそっと口を開く。


「化け物め」


 冷たい声音で、静かに呟いたシルビア。

 去年はその実力を隠していたのか、あれ程のスピードを出していなかったディクルドに、自分は彼に勝てるのかと不安に駆られた。

 それは彼女の心を蝕む。


「ディクルドも素敵だけど、キッチックもカッコいいよね……危なそうだけど」

「だけど彼、彼女持ちらしいよ?それならいないディクルドの方が良くない?……危ないし」


 ディクルドファン二人の何気ない会話。そこに出て来た初めての情報。

 ディクルドの情報はある程度入手していた。それは彼が有名だったからと言うものもあったが、リベンジに燃える彼女の執念もあって、かなりの量の情報が手に入った。しかし、全く予期しない相手、キッチックの情報は元より集めてさえいなかった。

 今からでも遅くないと情報収集しようとしていた彼女の耳に飛び込んできたどうでもいい様な、だけど初の情報。

 他にも何か知っているかもしれないと、シルビアはその2人に話しかける。


「ちょっとそこの2人。さっきの話詳しく教えてもらえない?」


 高圧的な態度。彼女自身はそのつもりはないのだが、元来の目の鋭さと気の強い性格がそういった印象を相手に与えていた。


「あれ?あなたって確か……」

「冷血のシルビア‼︎ひっ、話すから殺さないで‼︎」

「えっ?私はそんな事しない」


 優しく話し掛けたつもりが、ファンの片方が取り乱しながら言った名前は、私の通り名なのだろうか?、はっきり言って嫌な通り名だが、それを叫びながら怯えられれば、否定する事もかなわない。

 結局、逃げるように二人は去っていってしまった。


 どうしていつもこうなるのだろうか?

 私としてはその様な呼び名で呼ばれる事をした覚えはないのだが……


 私はその後も2人の事を話すファンの子達に話を聞いた。しかし、ほとんどの者には話し掛けただけで怯えられ、逃げられた。なんとか逃げずにいてくれた子達もまともに話をしてくれはせず、キッチックに彼女がいる事とディクルドは彼女募集中というどうでもいい話しか聞けなかった。


「…………」


 何故こんなどうでもいい情報しかないんだろうか?

 幾ら聞いても、キッチックの情報は集まらない。同じ学院の生徒に聞いてもだ。キッチックの事を聞こうとすると逃げる様に去っていくのだ。

 確かに仲間の情報を喋りたくないのは分かる。だが、其れ程までに頑なにならなくても、と思う。少し彼がどういった人物か知りたいだけなのだ。彼の戦い方とか、弱点が知れるなんて思っていない。


「………」

「あれ?あなたは確か、シルビアちゃん?」

「えっ…?」


 私がどうしたものかと俯いていると、滑らかで燃え上がるかの様に赤い髪の女の子が話し掛けてきた。

 それは、ディクルドに次ぐ化け物として注目していたシャルステナだった。あのディクルド相手に唯一1分近く戦う事が出来た第二の化け物。


 そんな彼女の情報はしっかりと入手していた。勉学、魔法、近接すべてパーフェクト。学院の歴史上、最も優秀とまで言われ、特に魔法の腕前は飛び抜けているらしい。

 先の王都の一件で学生でありながら、他の生徒を率いてA級を含む100体近い魔物を葬ったという情報もある。しかし、それだけの戦闘力があるにも関わらず、一番得意なのは治癒魔法という話だ。


「……ちゃん付けはやめて欲しい。呼び捨てでいい」


 ちゃん付けなど今までされた事がなかったからか、むず痒かった私は呼び捨てにして欲しいと要求した。


「わかったわ。私はシャルステナ。私の事も呼び捨てにしてくれていいわ。それで、どうしたの?元気が無いように見えたけど…?」

「……そんな事ない。思うように事が進まず、どうしたものかと考えていただけ」


 今日初めてまともに会話が出来る相手に巡り会えた。それも王立学院の生徒だ。きっとあのキッチックについても何か知ってるはずだ。

 そう考え、シャルステナにキッチックの事を訪ねた。


「レイ?レイの事が知りたいの?」

「違う……キッチックについて知りたい」

「あー、うん。そうだね。まずそこからか……」

「?……教えてくれるの?」


 渋られると思っていた。王立学院の生徒はキッチックの名前を出すと逃げていくのだ。まるでどこからか圧力が掛けられているかの様に。

 彼女も同じだと思っていたが、彼女の口振りは何か教えてくれそうな雰囲気だった。


 シャルステナは余りギルクのやり方が好きではなかった。自分達だけ相手の情報を持ち、相手には情報を漏らさないのはフェアではないと思ったからだ。それはレイがディクルドとお互い同じ条件で正々堂々勝負したいと思っている事が関係している。

 だから、レイのためを思うなら情報漏洩する事はいい事なのだ。そのためシルビアにレイの事を教えるのに抵抗はなかった。


「うん。こんなところじゃなんだから、私の泊まる宿で話しましょ?」

「……敵である私がそんな所へ行っていいのか?」


 私ならば絶対招待などしない。情報が漏れる事もあるし、何より敵を受け入れたくなどない。


「大丈夫だよ。行こ」


 私の考えとは全く違うシャルステナの言葉は、どこか優しさの篭ったものである様に感じられた。



 〜〜


「どうぞ」

「……ありがと」


 王立学院の宿の一室に通された私は、敵の本拠地という事で若干緊張しながらも、出されたお茶に対する礼を言った。

 まさか毒なんて入ってないわよね?

 警戒からコップには口をつけず、話を促す事にした。


「……キッチックについて教えて欲しい。戦い方などは嫌ならいいわ。彼が王立学院でどんな生活をしていたのか知りたい」

「えっ?戦い方を知りたいんじゃないの?」

「出来れば知りたい。ただ無理にお願いするつもりはない。彼がどんな人物か知れればそれでいい」


 どんな人物か知る事が出来れば、戦闘中でも罠にかけたり、挑発して無鉄砲な攻撃を誘う事も出来る。

 他にも、その思考回路を推測する事で次の動きを予測する事も出来るはずだ。

 戦闘手段はこれからの予選で見ればいい。

 今のところ馬鹿みたいな力と、人を操る能力がある事しかわかっていないが、これから対戦するまでにかなりの情報は得られるはずだ。


「……それはレイを狙ってるって事?」


 シャルステナの目が冷たくなった。何故だろう。少し悪寒を感じる。


「レイではなく、キッチックに知りたい」

「……キッチックを狙ってる?」

「……狙ってはいない。ただ対戦する事になった時は容赦はしない」

「あ、そうなんだ。よかったー、また増えるのかと……」


 彼女が何を喜んでいるのかはわからないが、誤解は解けたようだ。折角見つけた情報を教えてくれそうな人だ。機嫌を損ねて、追い出されては叶わない。


「……先程からレイという人物が出てくるが、それは噂のキッチックの彼女か何かなのですか?」

「えっ…?ぷっ、あははは」


 何がおかしかったのだろうか?彼女は吹き出し、笑い始めた。


「何か可笑しな事を言った?」

「あっ、ごめんなさい。レイがキッチックと付き合ってるなんて誤解が生まれているなんて思わなかったから」


 誤解、という事はレイはキッチックの彼女ではないのだろう。

 それではレイという人物は一体何者なのか。


「レイという人物はキッチックの彼女ではないのか……」

「レイは男だしね」

「……言われて見れば男の名前…」


 なるほど。男と男が付き合ってるのかと聞いた事が可笑しかったのか。

 そんな私の納得はすぐに否定される事になる。


「というか同一人物」

「…同一人物……?」


 一瞬何を言っているのかわからなかった。しかし、私は直ぐに自分が大きな勘違いをしていた事に気が付いた。キッチックはファミリーネームだったのだと。

 レイ・キッチックが彼の名前だったのだ。

 その事に思い至り、少しスッキリした気持ちになった。


「……レイという人物が私の知りたい相手?」

「うん、そうだよ。どんな話が聞きたい?」

「……彼がどんな人物なのか知りたい」

「うーん、簡単に言えば、無茶苦茶かな?」

「無茶苦茶…?それはどんな感じ?」

「どんな感じ……そうだね〜、いつの間にか死に掛けてたり、いきなりどこかに旅に出たり、行動が無茶苦茶だね。放っておいたら何するかわかんない、そんな感じかな。優しいし、強いし、頭もいい。だけど、抜けてるところがあったり、子供っぽいところもある。それから……」


 その後もシャルステナは一時間話続けた。ひたすらレイという人物について語る彼女は段々と一人で盛り上がり、頬が赤くなっていた。

 私としては、かなり詳細に聞けたのだが、途中からトリップする様な場面が多く、私は確信したのだった。シャルステナはレイの事が好きだ。

 私も女の子だ。余りそういう事には縁はないが、これぐらいの事はわかる。


「ありがと……よくわかった。とても魅力的な人なのね」


 それはシャルステナの機嫌をとるための方便の様なものだった。途中から惚気が入って来たため、話半分にしか聞いていなかった。


「そう?他に聞きたい事はない?」

「……………学院での生活について」


 また惚気話になるのではと思ったが、折角見つけた教えてくれそうな人物なのだ。我慢して聞いておこう。また、タイミングを見計らってうまい具合に逃げればいい。


「レイの生活か〜、私も全部は知らないんだよね。一時避けられてたから」

「……どうして?」


 話を聞いた限り、そんな事をする人物ではないと思う。あくまでシャルステナ目線での人物像ではあるが。


「レイは私達を思って避けてたみたいなんだけど、当時の私も含めて、友達全員を避けてたの。あの時のレイは余裕がなかったの」

「それはいつの話?」


 シャルステナのいう当時やあの時がいつの事を指しているのかわからず、質問した。


「断崖山大進行の少し前の話かな」

「……何故余裕がなかったの、彼は?」

「それは…」

 ガチャ

「シャルー、ご飯……あれ?」


 ノックもなしに開かれた扉から入って来たのは、まさに今話をしていたレイ・キッチックだった。

 キッチックは私が部屋にいる事に首を傾げる。

 まずい、情報収集していたのが本人にバレる。

 咄嗟にそう考え、焦る。親切に教えてくれた彼女にも申し訳ない。

 そんな私の心配をよそにシャルステナはレイに文句を言う。


「ちょっとレイ!ノックしてよ!」

「ノックしたら、ラッキースケベがなくなるじゃないか」

「だからしてって言ってるの!」


 ラッキー、スケベ…?

 この男……変態…


「それで何してんだ?」

「シルビアがレイの事が聞きたいって」


 誤魔化すつもりなど元からなかったのか、あったりと白状したシャルステナ。


「……ごめんなさい。キッチック、貴方の情報が少なかったため、気になった」


 私は素直に謝罪した。勝手に探られればいい気はしないだろう。

 謝れば許して貰えるというわけではないだろうが、誠意は見せるべきだろう。

 そんな私の思いとは裏腹にキッチックは謎の返しをしてきた。


「…………モテ期ツー」

「…………」


 何と返すのが正解か。彼が気分を害しているのかどうかもわからない返しだ。

 またしてもどうしたものかと考えているとシャルステナが助け船を寄越してくれた。


「レイ、怒るよ?」

「な、何も言ってません…」


 半目になった彼女に狼狽えるキッチック。

 それを見て私は彼女こそがキッチックの彼女であると確信した。これ程完璧な少女が惚れた相手。ますます彼に興味が湧いた。一体彼は何者なのだろうと。

 しかし、本人がいる前でそんな事を聞ける筈もなく、私は立ち去ろうと決めた。


「シャルステナ、キッチック、今日は帰ります。キッチック出来れば彼女を責めないで欲しい。私が彼女にお願いした。彼女は何も悪くない」

「いやいや、元からシャルを責める気なんてないさ。それにシルビアさんの事も責める気なんてない。別に俺の事を探りたいのなら好きにしてくれていいさ」

「……そうですか。ありがとう」


 私は短くそう言って部屋を出た。

 私にはキッチックの言葉が自信の表れの様に感じられた。情報が漏れたところで負けるわけがないと。

 舐められているとは思わなかった。彼の視線にそんなものは含まれていなかった。ただ、彼は強い。そう確信した。


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