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54.死を受け入れて……

「シャル〜!」


トントントン


シャルステナの部屋の扉を叩き、呼びかけた。


モテ期が到来した次の日、俺はいつまで経っても出てこないシャルステナが心配になり、部屋までやってきた。


あの『俺のモテ期到来』後、シーテラの部屋を用意し、磔にされたギルクを回収した。その時に昨日あったことを話すと、何語かわからない恨み言を言われた。凄い顔をしていた。あんな顔、二度と見る事はないだろう。若干引いたのは秘密だ。


それから部屋に戻るとリスリットがやってきた。さっきのは忘れてくださいと、叫んですぐに帰ってしまった。

しかし、今日食堂で顔を合わすと、目を合わせようとはしなかった。本人が忘れられないようだ。

俺?

俺は別にペットに懐かれた程度にしか思ってない。


まぁ、リスリットはいいんだ。その内元に戻るだろう。問題はシャルステナだ。

シャルステナが引きこもってしまったのだ。

朝食にも顔を出さないし、何時になっても現れないシャルステナが心配になって来てみたのだが、一切反応がない。


「シャル、腹減ったろ?飯持ってきたら、入れてくれないか?」


俺は諦めず、シャルステナに呼びかけ続ける。しかし、結局シャルステナが反応する事はなかった。そこまで、俺と顔を合わせられないのか…?

俺は食事だけ、部屋の前に置いて、一旦退散する事にした。俺がいたらいつまでも出てこないだろうし、食事は取らないと体を壊すからな。俺が居なくなれば、部屋の前に置いておいた食事ぐらい食べてくれるだろう。



〜〜


「鬼畜〜、シャルは?」

「ダメだ。全く反応してくれない」


もはや俺の呼び名が鬼畜で定着してしまったアンナが、俺にシャルステナの様子を聞いてきた。

今は食堂で、いつものメンバーで食事を取っているところだ。シャルステナだけが、欠けた状態だ。


「あらら、まぁ、シャル恥ずかしがり屋だもんね。仕方ないか…」

「そうだな。お前も分けてもらえ」


そうしたら、ストリップなんて恥ずかしくて出来ないだろう。


「私は恥じらう淑女ですのよ?」

「それで快感を覚える奴を淑女とは言わない」

「しっつれいねッ!快感なんか覚えてないわよ!」


どうだか…

少なくとも、俺はそういう目で見てたけどな。今までも、きっとこれからも。


「明日で修学旅行も終わりだろ?それまでにシャルステナを外に連れ出さないとな」


ギルクの言う通り、修学旅行は明日で終わる。帰りの時間も考えると、後1日もない。

出来れば今夜中にどうにかしたいものだ。


「ま、最悪突入すればいいさ」

「ダメよ。シャルは女の子なのよ?」

「誰も俺が行くなんて言ってないだろ?」

「つまり俺か…」


ギルクが仕方ないなと言った感じで呟いた。

ふざけんな。なんでお前に行かすんだよ。それなら俺が行くわ。


「違うわ!お前も男だろ!アンナとリスリットに行ってもらうさ」

『マスター、私は女性型ですが?』

「話がこじれそうだから、やめて?」

『了解しました。待機します』


シーテラを突入させたら、何が起こるかわからん。最悪、悪化しそうで怖い。

不確定要素に対応出来る程、今は時間に余裕がないんだ。


「わ、私が行っても大丈夫なんですか…?だって…その…」

「シャルステナはその事知らないからな。お前が変な事しない限り、取り敢えずは大丈夫さ。それに…この変態だけに任せるのは不安だ」

「どういう意味よ!」


だって、お前にだけ任せたら、シャルステナが変態になって出てきてもおかしくないだろ?

そんなの嫌だ。シャルステナはあのままでいて欲しい。


「それじゃあ、僕達男には出番はなさそうですね」

「たぶんな。あるとしたら、俺だけだろうさ。また、後でシャルステナの部屋行ってみるつもりだし……」


ライクッドの言う通り、今回男共は役立たずだ。

辛うじて、今回の騒動の中にいた俺が役立てるかもしれないぐらいか。

今日の感じでは役立たずっぽいけどな。


「レイ、僕思うんだけどさ、空を飛べば色々吹っ切れないかな?気持ちいいと思うんだけどなぁ」


クレイジーボーイは、空中散歩がオススメのようだ。だけど、あの楽しさを知るのは、お前と俺ぐらいのもんだ。後は飛べるハクぐらいか。俺も飛べるしな。飛べないのに空中散歩が好きなのはお前だけだよ、クレイジーボーイ。


「それはな俺とお前、後はハクだけだ。ん?ハクか……ハクに行かせるのもありか?」


ハクも男じゃないし、シャルステナと話せるもんな。それに、ハクを可愛がってるところがあるから、結構すんなり受け入れてくれそうだな。


「ハク、ウェアリーゼと旅に出たよ?」

「はぁぁぁあ⁉︎いつの間に⁉︎」


俺がハク投入を考えていると、ハクの不在が告げられる。一体いつの間に……

聞いてないぞ?なんて勝手な奴なんだ。誰に似たんだ。きっと親父だな。


「昨日だよ。色々あって言うの忘れてたよ」

「どうりで、見ないわけだ…」


確かに昨日は色々盛りだくさんだったからな。忘れてしまうのも無理はないか。ゴルドだし。


「……ま、取り敢えず明日までは俺が呼びかけてみるよ。それで無理なら、二人とも頼むな」

「まっかせない!」

「はい!」


さてと、シャルステナはご飯食べてくれたかな?

一応、また持って行っておこうか。

そう考え、俺は皿に食事を盛り付け、それを持って再びシャルステナの部屋の前に向かった。



〜〜〜〜〜


「ここにご飯置いとくよ〜!」


部屋の外からレイの声が聞こえた。そして、レイが部屋の前から遠ざかる足音が聞こえた。

私はベッドに顔を埋め、その音を聞いていた。

昨日からずっとこの格好だ。レイの唇を無理矢理奪って、それからずっと…


なんであんな事をしたんだろう…

正直、初めて会った日から、ずっとしたかった。だけど、昨日まで我慢できていたのに……どうして急に我慢出来なくなったんだろう。

嫌われたかな…?

うんうん、嫌われてはないよね。嫌いなら、私の事は放って置くよね。


やっぱり嫉妬かな……

シーテラさんに嫉妬したのかな?

たぶん、それもあるのだろうけど一番はーーレイがそこにいるのを確かめたかった。


知らなかった。

あんな計画を立てていたなんて……

だけど、ならどうして彼は死んでしまったの?

あの時、本当は何があったの?

何故、あの人は私を騙したの?


訳がわからなかった。何がどうなっているのか。何が真実なのか。

私は知ってるようで、何も知らなかったんだ。


だから、レイが側にいる事を確かめたかった……その筈…

だけど、このモヤモヤはなんだろう。なんだか、違う気もする。


私はモヤモヤを胸に抱えながら、レイが去った後の扉を開けた。そこには、トレイに乗せられた食事が置いてあった。


それを目にした時、私は動きを止めた。モヤモヤの正体を理解したから……


そうか……そうだっだんだね……


自然と涙が溢れた。


前と同じ……

盛り付けられている物は違うけど、私が体を崩さないようにと盛られた食事。前は野菜ばっかりだった。だけど、今はお肉も魚もある。


全く違うわけでは無い。

だけど、確か(・・)に違う。


私は1人、そこで泣いた。

泣かずにはいられなかった。


ーーー私が愛した人はもういないんだ。


ずっとずっと、レイと彼を重ねてきた。

初めて会った時、一目でわかった。彼だと……

それからもずっと、レイを見てきた。彼と同じ様に、いっつも無茶してた。同じ様に、優しかった。同じ様に、楽しそうに笑ってた。そして、何よりーー


ーー同じだった。


だけど、違うんだね………似てる、だけなんだね……


どれだけ探しても……何年待ち続けても……もう……あの人には…二度と会えないんだね……


あの時……彼は……死んだんだね……


レイは…………


「シャル‼︎」

「れ、イ…」


泣き崩れる私を、レイは支える様にして起こした。


「どうした、シャル⁉︎」

「うぅ、うぁぁああん‼︎」


私はレイに抱きついた。

なんでかな…

わからない……だけど、レイを離したくなかった。何処にも行かないで欲しかった。


そんな私をレイは何も言わず優しく、抱き締めてくれた。

私が泣き止むまでずっと…


彼が私の前から消えてどれだけの月日が流れたんだろう。

どれだけもう一度会いたいと願ったんだろう。

どれだけ私は逃げ続ければ気がすむのだろう。


あの人はもういない。

二度と会う事は出来ない。

顔を合わす事も、話すことも、そして、この想いを伝える事も出来ないんだ。


それを受け入れる事が怖くて、目を背けて、もういない人を追いかけて、私は逃げ続けてきたんだ。


溢れる涙は、止まる事を知らなかった。重ねていた2人が別々に別れて、片方が涙となって流れ落ちた。


初めて会った日の事

綺麗な魔法を見た時の事

初めて抱き抱えられた時の事

進行の時の事

修学旅行の事


全てにおいて、重ねていた2人が、バラバラに別れていった。そして、私は理解した。


私が見てきたのはーーレイなんだ。


緊張して上手く話せなかった私に優しくしてくれたのも


計算が苦手だった私に出来るようになるまでずっと付き合ってくれたのも


限界を超えてまで魔物の脅威から人知れず人々を守っていたのも


魔王という脅威からその身を盾にして私とみんなを守ってくれたのも


そして、彼の死を私に受け入れさせてくれたのも


全て彼ではなく、レイなんだ。


「……レイ…」


私はレイの胸から顔を上げ、レイの名前を呼んだ。

レイの名前を口にしたかった。

彼とは違うんだって、別の人間なんだって、声に出して理解したかった。


「大丈夫かシャル?何があったかは知らないけど、辛いなら我慢せず幾らでも泣いていいんだぞ?」


私は何て最低なんだろう。

ずっと、レイを彼の代わりにしてきた。それなのに、レイは初めて会った時から変わらない優しさを私に向けてくれる。

私はレイにどう罪滅ぼしをしたらいいんだろう……


いや、レイはきっとそんな事望まない。私が全てを話しても、彼の代わりとしてきた事を知っても、レイは変わらない。

きっとそう……だけど、だけど、何故私はこんなにそれを恐ろしく思うんだろう……


簡単な話なのに。

全てを打ち明けて、謝ればいい。きっとレイは笑って許してくれる。


だけど……言葉が出ない。


体が、口が、喉が、心が、拒否してる。恐れてる。打ち明ければ、レイに拒絶されるんじゃないかと。


6年間一緒に学んで来た友達だから?

あの人の代わりとしてきたから?


…………違う。そうじゃない。そんな事関係ないんだ。


もっと単純で、それでいて熱く燃えるようで、優しく私を包んでくれるこの感情を、私は知ってる。


私はいつの間にか、知らないうちにーー


ーー恋してたんだ。レイに。


「レイ」


二度目の確認。それは、私の気持ちを確認するためのもの。

今、私が好きなのは、あの人じゃない。

レイなんだって。


「約束…」


私は前に進まなきゃいけない。ずっと止まっていた時間を取り戻さないといけない。

そうでなければ、あの日私を救ってくれた彼に顔向け出来ない。


「約束…?」

「バーに行く約束…したよね…」


修学旅行の初めの日、2人で約束したバーに行く約束。結局、その日はまた今度って、なったけど…まだ行っていなかった。


私は前に進むと決めた。だから、この気持ちを伝えよう。もう二度と想いを伝えられぬまま離れる事がないように。


「約束したな。けど、今日で修学旅行は終わりだし…シャルも今日はその、しんどいだろ?」


泣いて疲れただろうと気を使ってくれるレイ。

だけど、私は行きたい。レイと2人で。今なら、言える気がするから…


「ううん。私は今日行きたいな…レイと2人で」

「そ、そうか?な、なら今から行くか」

「うん。着替えてきてもいい?」


折角、2人きりのバーに、泣いて濡れた服で行くのは嫌だった。


「あ、ああ。なら、一度俺も着替えてくるよ」

「わかった。それじゃあ、一時間後に城の前でね」

「り、了解」


いつもならレイが先手をきって決める様な事を、私が決めたのが少し意外だったようで、レイは少し目を丸くしていた。


私は部屋に戻る前、もう一度レイを振り返り、それから扉を閉めた。

いつもならドキドキし過ぎて、変な行動を取ってしまうのに、今は不思議と頭は冴えていた。だけど、鼓動はいつもより遥かに早く、そして強く高鳴っていた。


私は軽くシャワーを浴びてから、ドレスに着替える。初日に着た白のドレスに。

あの日はバーに行くつもりだったのでこれを着て食堂に行ったが、それ以来着ていなかった。だから、今日はこのドレスを着てバーに行こう。これは私の勝負服だ。


私は収まる事のない鼓動を心地よく感じながら、部屋を出て、約束の場所に向かった。


「お待たせ」

「あ、ああ」


レイは既に来ていた。服を着替え、いつもの冒険者風の格好ではなかった。

黒の硬そうなズボン。白のシャツの上に濃い色のジャケットを羽織り、胸にはいつも着けている木のネックレス。


あまり王都では見かけない格好だ。だけど、レイは着慣れているのか、その服装に違和感は感じなかった。むしろ、レイによく合っていて、思わず見惚れてしまいそうになる。


「それじゃ、行こっか」

「うん。何処にあるの?」

「あの山の天辺だよ」


レイは島に唯一ある山の頂上を指差した。

結構遠いなぁ…

ヒールで登れるかな…?


そんな事を考えていると、レイが二つの選択肢を出してきた。


「俺の背に乗って行くか、お姫様抱っこ。どっちがいい?」


ニヤニヤと何か企んだ様な顔をして言ってきたレイ。

二つの選択肢。いつもなら、迷っただろう。恥ずかしさと、願望の間で。だけど、そんなの今の私にとっては答えが決まっている問いだった。


「お姫様抱っこ」

「えっ?りょ、了解」


すぐに答えを出した私に、レイはちょっと戸惑った様子だった。

私がいつもの様に迷うと思っていたみたい。


「それじゃ、失礼しうぉ!」

「どうしたの?早く、抱えて?」


私はレイが抱き抱えるより早く、レイの首に手を回した。そして、早く抱えてと、おねだりする。

レイは少し顔を赤くしながらも、私を抱えてくれた。

少しは私に気を持ってくれてるのかな?

私はレイに抱えられながら、そんな事を考えていた。


「りょ、了解。それじゃ、飛ぶぞ?」

「うん」


苦笑いしながらレイは私を抱えて空に飛び上がった。人1人抱えて飛んでいるとは思えないほど、軽やかで、力強いジャンプだった。

かっこいい……

私は至近距離にあるレイの唇にキスしたくなった。だけど、まだ早いと我慢する。

いつも、こうならいいんだけど…

珍しく冷静な私に、そうため息が出そうになった。


「着いたよ」

「ありがとう、レイ」


レイが連れてきた場所はこじんまりした小屋の様な建物だった。明かりはついておらず、月と星の光しかその場にはなかった。


「今、明かりつけるから」

「ううん。つけなくていいよ。今日は満月だから、明るいし、それにこの方が星がよく見える」


私は空を見上げながら、そう言った。とても綺麗な夜空を、このまま見ていたかったのだ。


「そうか?なら、いいけど…」


そう確認してきたレイは、私に手を差し出した。


「俺は暗くても見えるけど、シャルは見えないだろ?席まで案内するよ」

「本当にレイは沢山スキル持ってるね」


私はいつもの様に呆れはしなかった。頼もしく思えた。多分、あの人とレイを別々に見れる様になったからだろう。


今ならわかる。私はレイの成長が怖かったんだ。また、居なくなってしまうのではないかと……

だけど、今はそう思わない。嬉しく思う。好きな人が成長するのは、ただただ嬉しい。


世界は時に、途轍もなく冷たく厳しい。それを乗り越えるには、力が必要だ。しかし、先程までは力があるから、世界が牙を剥くのだと思っていた。それが私にとっての事実だったから。


だけど、違ったんだね。あの人は、その牙に自分から飛び込んでいったんだ。そして、その時に、力が足りなかったから……

それが事実だったんだね。


本当の事はわからない。私はそれを探さないといけない。だけど、自分から飛び込んだ事は間違いないだろう。

だって、あの人は優しかったから。とっても。


レイには私の前からいなくなって欲しくない。もうきっと私は耐えらない。

だから、これからは私がレイを支えよう。そして、どんな牙も2人で砕けるぐらい強くなろう。

もう二度と失う事がないように……


あの人が私を導いてくれたように、今度はレイを私が導こう。


「ここに椅子があるよ。見える?」

「うん、大丈夫。ありがとう、レイ」

「どういたしまして。何飲む?大概なんでもあるぞ?」


レイはそう言って、椅子に腰掛けた。座った場所は、外の景色が一望できる窓の前のカウンター。そこに2人で腰掛けた。


「ワイン」

「お、お酒をご所望ですか…」

「ダメ?」


私がワインを注文すると、また意表を突かれたみたいにレイが慌てた。私がお酒を頼むとは思ってなかったみたいだ。


レイは既に飲んだ事があるらしいが、私達はまだ成人ではないので、法律ではお酒を飲んではいけない。だから、少し慌てたのだろう。私が法律を破るとは思ってなかったみたい。


だけど、ここは王国ではない。どこか違う国か、未開発地だ。なら、お酒を飲んでも法律には引っかからないよね?

そんな言い訳を私は考えていた。


「ま、いっか。はい、ワイン」

「ありがと、レイ」

「なら、俺も酒飲もうかな」


そう言うと、レイは自分の分もお酒を用意した。そして、コップにそれぞれお酒を注ぐと、それを片手で持ち上げる。


「シャルとの仲直りに乾杯」

「ケンカはしてないけど…乾杯」


レイは少し冗談めかした言い方で、乾杯を口にした。私は少しそれに反論しながらも、乾杯を返した。


「綺麗だね。海に星が反射して、とっても綺麗」

「シャルの方が綺麗だよ」

「ふふふっ、ありがと。けど、レイのそういうセリフって似合わないよね?」

「まぁな。けど、偶にはいいだろ?キザってみたいお年頃なんだ」

「ふふっ、偶にはね」


似合わないと言う私にすんなり同意したレイ。本人もそう思ってたみたいだ。けど、偶にそういうセリフを聞くのもいい。実際、私は綺麗と言われて嬉しかったから。


「美味しい…高いワインなの?」

「さぁ?それはシャラ姐が買ってきたやつだから。俺はまだお酒買えないんでね」

「そうなんだ。けど、買えない割には、お酒も一杯持ってるよね?」


毎日の様にバジルさん達にお酒を大量に渡していた気がするんだけど…

あれはどうしたのかな…?


「呑んだくれが、店の商品買い占めて、俺に渡してきたのさ」

「…バジルさん?」


呑んだくれと呼ばれそうな人物が、他に挙がらなかった。


「そう、エサ」

「エサ?エサって何?」

「変な格好してただろ?あいつ」

「うん」


この修学旅行の間、何度も変な服を着たバジルさんを見た。あの格好は一言で言えば、不気味だった。なので、私は余り見ないようにしていた。


「あれを着るとな、魔物が寄って来るんだ。つまりエサだ」

「な、なるほど……だから、いっつもあれを着て立ってんだね」


何をしてるんだろうと不思議に思っていたけれど、あれはその為だったんだ。少し申し訳ないなぁ。


「まぁ、必要はなかったんだけどさ。魔物が来たら俺がわかるからさ」


そうだよね。よくよく考えてみれば、レイなら接近されたら、気がつくよね。

つまり、あの格好は……


「バジルさんも面白だったの?」

「イエス」


悪びれもなく白状するレイ。本当にレイはこういうの好きだよね。実は、私も結構楽しんでるんだけどね…

こう言うのを、言い方はあれだけど、毒されたって言うのかな?


「ねぇ、こないだの私の模擬戦見てどう思った?」

「あ〜、あの天使化したやつね。正直、ヤバイかなって思ったね」

「ふ〜ん。勝てる?」


思ったより、レイは評価してくれてるみたい。よかった。あれは私の切り札だから、あれでも認めてくれなかったらどうしようかと思っていた。


「どうかなぁ?本気なら、勝てない事はなさそうだけど、模擬戦でと言われるキツイかな」

「ホント?」

「ああ」


素直に嬉しかった。私はレイに模擬戦で一度も勝った事がない。それはレイが強すぎるからだ。とても、12歳とは思えない。

というか、あり得ないと思う。


私も他の子達からすればきっとレイと同じように見られているだろう。だけど、それにはきちんと理由がある。

けど、レイの場合は、ううん、もう一人いた。武闘大会で戦ったあの子。正直あの二人は私から見てもおかしい。明らかに子供のレベルではない。成長が早すぎる。


前にレイ1人で私達、6人と一匹で模擬戦をした事があった。その時、私達はレイに傷を負わす事さえ出来なかった。


あれはいつの頃だっただろう…

そんなに昔の話ではない。あの時はとにかく悔しかった。レイの横に立つ資格はないと痛感した。

だけど、今なら、レイをしてキツイと言わしめる事が出来た今の私なら、横に立つ資格があるかもしれない。


「じゃあ、レイの横に立ってもいい?」

「前から大歓迎さ」


レイはわかってる癖に誤魔化す様な返事をした。前もそうだった。レイは私に、私達に危険を背負わしたくないのだ。例え、自分が犠牲になったとしても……

自己犠牲……そういう所は変わらないんだね……

私はその事を嬉しくも悲しく思った。


「なら、私はレイの隣立つよ?どんな時もレイの横から離れない」


私はそう宣言すると、レイの頬に唇を当てた。


「……これが私の気持ち。昨日は混乱して、突然キスしちゃったけど…あれはレイだからしたんだよ?私はレイの事が大好き。ずっとレイと一緒にいたい」


ドキドキとより一層忙しくなく動き始めた鼓動。

レイは私がキスした方の頬を触りながら、私に向き直った。少し照れ臭そうに、苦笑いしていた。

断られるかな…?

そう不安になった。


時間にしてみればほんの数秒。だけど、私には何時間にも感じられる程、長く感じた。


「俺もシャルが好きだ」


簡潔で短い返事。

それだけで十分だった。だって、私が聞きたかったのは、その言葉だけだったのだから…


レイはしばらく間をおいてから、こう続けた。


「出来れば、俺の方から言いたかったんだけどな」

「…なら、レイからして」


何をとは言わなかった。ただ目を瞑るだけで、十分だと思った。


目を瞑った私の唇にレイの唇が重なる。私は気が付けば、レイの体に手を回し、抱き締めていた。

離れたくない。ただ、それだけだった。


「……んっ」

「……なんか今日のシャルは調子狂うな……」

「今日みたいな私は嫌い…?」

「いいや、大好きだ。なんていうか…エロい」


エロいか……

それは、いい評価なの?

けど、こんな私はしばらく出る事はないだろうなぁ。この昂った気持ちが収まればきっと、いつもの私に戻っちゃう。けど、その前に…


私はもう一度レイにキスした。私からもしたかったのだ。この時の私は浮かれていたのだ。今度は想いを伝える事が出来た。そして、それが叶った。浮かれてしまうのも仕方ないと思う。


「……本当に今日はどうしたんだシャル?」

「秘密」


レイは私が秘密にしようとしたら、迷った顔をした。何か言おうとして、迷っている様な顔だった。


そして、レイはゆっくりと口を開く。


「………それはずっと前からのか?」

「……気付いてたの?」


私は少し驚いたが、慌てはしなかった。いつかはバレると思っていたし、いずれは話すつもりだった。だけど…今は話せない。怖い。拒絶されるかもしれない。それがどうしようもなく、怖かった。


「昨日シャルの様子があんまりにもおかしかったからな。何か隠してる事があるとは思ってた。あの記録に何があったんだ?」

「……ごめんなさい、レイ。まだ…話せそうにない」

「そっか……」


レイは夜空を見上げた。

その眼は何を写しているのだろう。どこかとても遠い所を見ている様な気がした。


私も夜空を見上げた。

いつか私がレイに秘密を打ち明けられる日は来るのだろうか?

そんな事を星を見て考えていた。


〜〜


以前から、シャルステナが何か隠し事をしているのには気が付いていた。何かおかしい、いや、違和感があったんだ。

初めてそう感じたのはいつだっただろうか。確か進行の時だったか。あの時、初めて違和感を感じたんだ。それは次第に大きくなり、いつしか彼女は何か秘密を抱えているのではないかと思い始めた。


だけど、俺は聞こうとは思わなかった。誰しも多かれ少なかれ、秘密を抱えているものだ。それを一々聞くものではない。

打ち明けられないから、秘密なのだ。

しかし、俺は敢えて聞いた。シャルステナがおかしくなったり、泣いていた原因だと思ったからだ。出来る事なら、力になってやりたいと思ったのだ。


それに対する返答は、話せないだった。俺はそれを聞いて、何気なしに空を見上げた。


満月。欠けることなく、綺麗な円を描いた月。

思えば、こうしてゆっくりと月を眺めたのは、初めての事かもしれない。この世界でも同じ形なんだな。

そう、どこか安心する自分がいた。


「同じ……か…」


そう確かめる様に呟いた。

俺もシャルステナと一緒だ。隠し事をしている。そして、それを話す覚悟はない。どこかで嫌われるかもしれないと、感じてしまっている。


「シャル、俺も同じだ。秘密にしてる事がある」

「レイも…?」

「ああ。俺もまだ話す覚悟が出来てない。だからさ、どちらかが秘密を打ち明けたら、もう一人も秘密を打ち明ける事にしないか?」


このままでは何時までも秘密にしておきそうだと思った。だけど、それでいいのかとも思った。ずっと秘密にしていいのかと…

だから、提案した。いつかはわからない。だけど、将来、必ず打ち明けられるようにと…


「うん、いいよ」

「なら、約束だ。破ったら、そうだなぁ…」

「相手の言う事をなんでも聞く」


やっぱり今日のシャルステナはどこか変だな。恥ずかしがらないし、堂々としてる。これはエロ魔女化した状態なんだなきっと。


「わかった。それでいこう」

「うん。レイの秘密、楽しみにしてるね」


小指を結び約束を交わす。もう何度も、シャルステナとはこうして約束を交わしてきた。そして、その度に破ったらどうするか決めた。針千本の代わりだ。


この世界では魔法があるので、針千本飲んだぐらいでは死ななそうだと思った。しかし、そうなると本当に飲まなくてはならない場面が来るのでは?と恐れたのだ。だから、針千本は廃止して違うものにする様にしたのだ。

まったく、恐ろしい事を考えた奴がいたもんだ。


「ところで、シーテラさんをどうするつもりなの?」


シーテラと言われ、一瞬ドキッとした。しかし、あれは不意を突かれただけで、俺は悪くないと開き直った。それにシャルステナはその事が聞きたい訳ではないみたいだ。俺に今後、シーテラをどうするつもりなのか聞いてきてる。


「どうもしないさ。好きにさせる」


5千年も地下の遺跡に縛られてたんだ。今後は自由に生きて欲しい。


「それは放置するって事?」

「いや、面倒はしばらく見るさ。連れ出したのは俺だしな。けど、何かを強制させたりする事はしない。好きにやらせるつもりだよ」


流石にポンと放り出したりはしない。彼女はまだこの世界を知らないし、一人では生きていく事は出来ないだろう。色々と教えて、一人でも問題なくなったら、独り立ちさせればいい。そう考えている。


「それは1人の人間として扱うって事?」

「ああ。シーテラにはちゃんと心があるしな」

「えっ…?そんな……」


信じられないという顔をしたシャルステナ。今にもそんな事はあり得ないとでも言いそうだ。


「シーテラに心がなければ、俺の言う事や、シャルの言う事を拒否するなんて出来ないさ。あれは分かりにくいかもしれないけど、彼女の意思さ。心がある証拠」


心がなければ、俺たちが言う事には全て従う筈だ。特に俺をマスターと呼ぶという事は、シーテラにとっては俺の命令は最優先事項になる。それに従わないという事は、そこに彼女の意思が入り込んできている証拠だ。色々とあれやこれやと言い訳しているが、結局の所はシーテラの意思だ。


恐らく本人もまだ気が付いてはいないだろう。だけど、外の光を見た時の彼女はとても嬉しそうだった。あの表情を心のない人形が作れるとは思えない。いずれは、自分自身の心に気が付いて欲しいものだ。


「言われてみればそうだね。という事は、昨日のキスも彼女の意思って事だよね?」

「へっ?」

「したんだよね?キス」


ニッコリと笑いそう聞いてきたシャルステナ。笑顔が怖い…


「あ、あれはだな、不意を突かれた言いますか…」

「やっぱりしたんだ」


語るに落ちたとはこういう事を言うのだろうか?


「リスリットともしたの?」

「な、何故それを⁉︎」

「女の勘よ」


卑怯だ。女だけそんな高性能の予測機能持ってるなんて卑怯だ。神よ、男にも配備してくれ。


「4回」

「な、何がでしょう?」


突然回数を呟いたシャルステナ。俺は何の回数か恐れながら聞いた。

殴る回数?それとも、包丁で刺す回数?


「二人にした回数の倍、私とキスしてくれたら許してあげる」

「へっ?」


予想外の答えが返ってきた。てっきり半殺しにでもされるかと思っていたのに、返ってきた答えはご褒美だった。


「喜んで」


俺はチュチュした。4回と言わず何度も。

浮かれていたのもあるのかもしれない。初めて彼女が出来たんだ。浮かれてしまうのも無理はないだろ?


そうして、俺とシャルステナの甘い夜は過ぎていった。



さあ修学旅行も終わり、いよいよ残るは武闘大会!……の前に5話程間にぶち込みます。という事で次話からは章タイトルの半分『記憶編』に突入。若干過去編っぽい感じです。


次はおそらく水曜日以降。

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