表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/253

6.シエラ村のお祭り

 

 ──燃える十字架事件。


 それは、シエラ村で起こった狂気的な処刑事件を指す。処刑されたのは、我が父レディク。執行者は、我が母ミュラだ。


 十字架に磔にされた親父は顔が引き攣っていた。母さんはニッコリと笑いながらも、その表情には一切の動きがなく、むしろ怖い。


 俺と、連れ帰った幼竜はその様を物陰に隠れて見ていた。

 そもそもの話、こうなったのは俺にも一部責任があり、放置するのもさすがに親父に申し訳なかった。


 母さんがご立腹の理由は、今日の冒険者体験が全てだ。


 母さん曰く。


 何故、Aランクの依頼に俺を連れて行ったのか。

 何故、Aランクの中でも特に危険とされる竜に挑んだのか。

 よりにもよって、竜に挑むなんて、昔痛い目を見たのを忘れたのか。

 いつの間に、女の弟子を取ったのか。

 何故、幼いとはいえ竜を飼うなんてことを許したのか。


 一部嫉妬と俺にはわからない事が混じっていたが、それに対する親父の答えはこうだ。


 その方がカッコよく見えるから。

 相手は強い方が面白いから。

 ……何の話だ?

 2年ぐれぇ前だな。

 息子がしたいと口にした事に反対する親はいねぇ。


 もちろんこんな適当な答えで母さんが納得するはずもなく、外でお話ししましょうと、俺と幼竜は放置され、二人でどこかに行ってしまった。

 そうして、いつまでも戻って来ない二人を探しに出たら、親父か処刑されようとしている現場に居合わせたということだ。


 やがて、騒ぎを聞きつけ、集まり始めた村人の目の前でそれは敢行された。


「反省しなさい、馬鹿レディク!」


 母さんは巨大な炎弾を複数生成し、それを一切の手加減なく、親父に向けて発射した。夜の冷たさを逆転させ、暑さを覚えさせるほどのそれは、放物線を描き、四方八方から磔にされた親父にぶつかり、爆発した。


 oh……異世界の夫婦喧嘩は過激だ……


 そんな穏やかな感想を抱いていたのはそれまで。


「次は、100発連続よ」


 笑顔で告げた母さんに戦慄したのは、俺だけではない。村人は総出で母さんを止めようとしたが……


「何か文句でも?」

「いえ、まったくありません。どうぞ、気の済むまでやって下さい」


 母さんの一睨みで全員が動きを止め、あまつさえ村長は敬語で謝った。


 その後、起きた惨劇は敢えて詳細を語るまい。ただ一つ、言えるのはあれは処刑だった。処刑でしかなった。


 この時、俺は確かに心に刻んだ。


 母さんに逆らってはいけない。あの人の言う事は絶対だと。

 服従を誓った。



 〜〜〜〜



 時は流れ、俺は4歳になった。

 この世界に来てからはや4年。思い返せばいろんな事があった。

 毎日毎日、ディクと競い合い、時には親父や母さんにも相手してもらって自分を高めてきた日々。そして、家出したり、ガバルディにお出掛けしたり、冒険者の仕事に連れて行ってもらった非日常の思い出。


 そんな日々に、ここ半年近く新たに加わったのは、竜の赤ちゃんだ。名前は、ハクと言う。体は墨を被ったかのように真っ黒なのに、真逆のハクと名前を付けたのは、願望ありきのものだ。


 どうも竜というのは、人と仲がいいというわけではないらしい。逆に悪くもないそうな。

 どちらも不干渉が基本だが、人の住む土地に竜が現れれば、戦いになる事もしばしば。一応竜の中での成人と言われる成竜になれば、意思疎通が可能な個体が格段と増えるそうで、余程の事がない限り殺し合いにはならないらしいが、親父が倒した竜のように話合いも出来ず、人を襲う個体もいる。ようは竜それぞれだ。


 ちなみに、親父が倒した竜は、まだ子供だったらしい。あれで子供とか、大人になった竜はどれだけ化け物なのだろうか。


 大人になった竜は、属性というその個体特有の力を例外なくもっており、その属性によって名が変わるのだとか。

 例えば、火の属性なら、火竜。水なら、水竜といった風に、それぞれの属性を付けて呼ぶらしい。


 そして、問題はうちのハク。見た目から任命するなら黒竜なのは、間違いがない。しかし、黒竜が持ちそうな属性は、イメージ的に悪い方に考えがいってしまう。闇だとか、暗黒だとか、もはや邪竜だ。

 だから、そうなってしまわないようにとの願いも込めて、ハクと名付けた。白竜なら、何となく人の味方っぽいからだ。


 そんなハクは、赤ん坊の為かまだフラフラとしか飛べない。とても一生懸命翼を動かしているのだが、見てて止めたくなるほど不安定だ。けど、それが逆に可愛かったりする。

 はじめハクを飼うことに反対していた母さんも、今やハクの世話を甲斐甲斐しく焼いている。家に帰るとたまに、寝ているハクの頭を撫でで和んでいるほどだ。


 まだまだ小さいハクは、基本的にいつも寝ている。起きるのはご飯の時ぐらいだ。だから、俺が外に遊びに出ている間、母さんはずっとハクを可愛がっているのかもしれない。

 ちなみにハクのお気に入りのベッドは俺の頭。家に帰るとすぐにフラフラしながら頭の上に乗ってくる。帰りが遅いと、匂いを辿って探しに来るほど、お気に入りだ。


 だから、最近ではハクが頭の上に乗っているのに気が付かない事も多い。慣れとは怖いものである。


 ただ、何故かハクは俺以外の頭の上では寝ない。それどころか、頭の上に乗るのも家族か、よく遊びに来ているディクの頭ぐらいのものだ。

 特に知らない人が触ろうとすると、警戒心を剥き出しにする。獣の本能なのか。それとも、単なる人見知りなのか。それが少しだけ不安なところだったりする。


 さて、ハクの話はこれぐらいにして、俺自身の話をしよう。

 ……っといても、特に何もない村で少年をやっている俺がしている事と言えば、ディクとの勝負と、親父との模擬戦、それから母さんに習う魔法ぐらいだ。

 だから、話す事はそう多くないが、俺なりの成果を報告しよう。


 まず、スキルについてだ。

 以前、通常スキルがチョロい事は言ったと思う。だが、同じ事をすれば、誰もが習得出来るわけでもないようだ。


 スキルの習得には、幾つかの条件が必要である事が、わかった。その条件とは、そのスキルを使用する前提条件が整っていることだ。

 例えば、魔法スキル。これは、魔力操作が出来なければ、上手く魔法を使えないため、そもそもの魔法習得が出来ない。それもそうだろう。どうやって発動させるんだという話だ。


 次に、発想だ。例に、新しく手に入れた魔力充填スキルを挙げてみよう。魔力充填スキルの前提条件は、魔力操作を会得している事だ。魔力充填スキルは、広く一般的に使われているスキルで、基本的には魔力操作がカンストする事で習得可能なのだそうだが、俺は魔力操作をカンストしていたのに、手に入れていなかった。それは、その発想がなかったからだ。


 魔力充填スキルは、名前の通り魔力を物に溜めるスキルだ。それにより強度や、鋭さといったものを強化出来る。

 俺にはその発想がなかった。親父に教えて貰ってはじめて、それが頭の中に浮かんだのだ。すると、どうだろう。一瞬にして、スキルが手に入っているではないか。


 この事から、俺はスキル習得には二つの条件があると思う。一つは、前提条件を満たしている事。もう一つは、発想だ。


 これは、非常に重要な事である。つまり、やたらめったら妄想する癖がないと、取れるはずのスキルを取りこぼしてしまう可能性があるのだ。

 どんどん妄想しよう。妄想癖を患おう。それが強くなるための近道だ。


 さて、もう一つスキルについての報告だ。

 実は、妄想癖を患らってしまったために、スキルの数がえらい事になっている。有用なものから、どうしようというものまで、実に多様だ。

 そのため、スキルを整理してみる事にした。どう整理するかと言えば、系統別に分けてみたのだ。


 例えば、観察眼などの目を媒体とするスキルを、目系。同じ理由で、忍び足スキルなどを足系。工作や、お絵描きから始まり、今や職人と画家という芸術家使用になってしまったスキルを、芸術系。使い道が謎だからという理由で、唯一のユニークスキルを謎系と、色々区別してみた。

 すると、一つ気が付いた事がある。っといても、当たり前の事かもしれないが、スキルはツリー構造になっているらしい。


 どういう事なのか、また例に魔力操作スキルを上げて説明すると、魔力操作のスキルからは魔力充填スキルと、魔法系スキルの二つが習得出来る。そして、魔法系スキルはさらに多くの魔法スキルへと進化する事がすでにわかっている。

 つまり、ツリーのような構造になっている。それも、隣の枝と合体する事もあるツリーだ。


 この事から、一つ確かな事が言える。

 弱いスキルを片っ端から育てれば、いずれ強いスキルへと進化するという事だ。

 なんというゲーム感覚。RPG好きだった俺にはたまらない設定だ。


 こうなると、人は欲が出る。全部取ってみたいという欲が。


 で、結論どうなったかと言うと、4歳にして、スキル数30である。ちなみにディクは、15だそうだ。あの異常児の倍。欲を出し過ぎたかもしれない。進化して消えてしまったのも合わせると、全部で40近く習得している。


 いやもう俺、4歳児なら最強なんじゃない?


 そんな風に浮かれてみるも、世の中そう甘くはない。相も変わらず、俺はディクに勝ち越せないでいる。


 あいつ、本当にどうなってるんだろうか?


 ディク以外と比較してみると、俺が才能が全くないというわけではないらしい。他から見れば、俺もディクと同じ扱いだ。それは、まぁ転生チートがあるのだから当然と言えば当然。

 逆に、ディクは何チートを持って生まれてきてしまったのだろうか? 気になるところだ。


 そんな興味に躍らされ、俺はある日ディクの秘密に迫った。どうやって迫ったかと言うと、スキルの教え合いを餌に、どんなスキルを持っているのか探ってみたのだ。

 すると、ディクも何やらユニークスキルを持っているという事と、やけに身体能力強化に偏ったスキル構成である事がわかった。


 ユニークスキルについては、個人情報もあるためそれ以上触れなかったが、ディクの持つ有用なスキルを二つ教えて貰った。


 レアスキルの五感強化と肉体強化。

 どちらも習得に必要なのは、同じ身体強化というスキルなので、それを教えて貰った。

 一方で、俺がディクに教えたのは、便利さならレアをも超える空間スキルだ。実は、この空間スキルを鍛え上げた結果、今の俺は半径500メートル内の超広範囲の動きをその場から動かずして、知れるようになっていた。ノーマルスキルとは思えない高性能さ。これを覚えないなんて、そんな馬鹿な話があるだろうか。


 だが、簡単に身体強化を習得した俺と違いディクは習得に丸1日かかった。

 俺の教え方が悪かったのか、それともある程度スキルは才能に作用されてしまうのか。何せ、習得には苦労していた。


 ……そう言えば、空間のスキルの話を聞いた事がない。他はチョロチョロと親父や母さんが零すのに、空間スキルは聞いた覚えがない。

 実は、滅多にないスキル系統だったりして。

 ま、初めから持っていたようなスキルがそんな扱いなわけがないか。


「レイ、そろそろ行くわよ〜!」

「はーい」


 さてと、そろそろ時間のようだ。この辺りで話は切り上げても、俺も行くとしよう。


 えっ、どこにって?


 それは、祭りさ。実は今日、オリンピック的周期で行われる祭りがあるんだ。前は小さ過ぎて参加出来なかったから、とても楽しみにしていたんだ。


 祭りが行われるのは、俺とディクが毎日のように遊ぶ広場。早朝から祭りの準備に追われた大人達のお陰で、広場はいつもとは一風違った盛り上がりを見せている。

 どこを見ても、人、人、人。この村にこんなに人がいたのかと、思わず唖然とするほどだ。


 とりわけ俺や子供達の心を擽るのは、出店。いつもは食べられない珍しい料理や、輪投げなどの子供でもできるゲームの数々。どの世界の人間でも結局思い付くものは似たりよったりなのか、日本で見掛けた内容のゲームを出す店もいい。


 ふふふっ、テンションが上がるではないか。


 日本で見た事がある、つまりは明らかに有利にあるのは俺。

 ようやくこの日が来たのだ。俺は、今日ここでディクとの勝負に決着を付ける。


「どうしたの、レイ? 僕の顔に何か付いてる?」

「いや、何でもないさ。それより、ディク」

「うん、勝負だね! どれにしよう?」


 ふっ、どれでもいいさ。どのみち勝つのは俺だ。好きに選ばせてやろう。


「ちょっと、二人とも。ゲームは一人3回までよ?」


 な、何だとぉぉッ⁉︎

 それはねぇよ、おかっさん!

 何という事だ、養われてるこの身が恨めしい!


 しかし、そんな反抗を母さんに向かって言えるはずもなく、ディクもまた駄々をこねず素直に言う事を聞いてしまう子供なので、頷いてしまう。


「じゃあ、1つ目はアレにしようよ、レイ」


 そう言って、ディクが指さしたのは、ニワトリレースだった。

 ニワトリレースとは、つまりどのニワトリが一番早くゴールするかを当てて、商品を貰うゲームの事であり、言ってしまえば競馬のようなものだ。


 つまり、完っ全っな運ゲーじゃないかッ!


 しかし、選ばしてやると言ったのは俺だ。今更その発言を撤回するのは、男らしくない。


「よし、勝負だ、ディク!」


 昔、バイト先の先輩から聞いた競馬の極意を活かしてやらぁッ!!!



 ──10分後。


「やったぁ! 僕の勝ちだよ、レイ!」


 俺は惨敗していた。

 チクショゥ……そう言えばあの先輩の押し馬に、これならもう働かなくて済む、と全財産を賭けて惨敗したんだった。


 しかし、まだまだ一敗。今日のゲームは後二回許されている。もはや連勝は無理でも、大敗は何ともして避けねばなるまい。

 となると、次の出店選択にかかってくるわけだが。


「よし、じゃあ次は俺が選ぶ番な」


 早口に俺は選択権を奪取すると、水の入った桶にボールを浮かべる出店──ボールすくいを指差した。


「あれにしよう」


 あれならば負ける事はあるまい。幼過ぎたせいかやった覚えないが、誰でも一度はやった事があるはず。経験は体に染み付くとも言うし、よもや人生初体験のディクに負ける事はあるまいと考えた上での、選択だった。


「うん、いいよ」


 そんな風に軽く、俺が裏でそんな事を考えているとも知らず、ディクは了承した。

 はっはっは、馬鹿め!


 ──いざ、勝負!


 俺とディクは、お互いに正面切って向き合った。

 挑むは、桶の中。所狭しと浮いているボールだ。

 見た目の質感で言えば、日本のスーパーボールとは少し違うようだ。おそらく、木の実を加工して、色を付けていると見た。


 俺は慎重に、薄い紙の貼られたよく見るアレ──ポイと日本では言うらしいが、それとよく似たものの縁で、ボールを突いた。

 コツコツと、スーパーボールのような弾力性はなく、硬い。素早く掬えば、紙が破れてしまいそうだ。


 いや……待て。冷静になれ。これは、水に触れていない表だ。

 裏はどうなんだ?

 水を含んでフニャフニャになっているのではないか?


 俺は、慎重にボールを叩き、回転させ裏を突いた。


 ──コツコツ。


 ふむ……どうやら思い過ごしだったらしい。実に硬い実だ。

 となると、次の問題はやはりこの紙の質。

 こればかりは、濡らしてみないとわからないが、一見したところそう酷いものでもらないらしい。紙の製法の練度は日本と比べるまでもなく酷いが、分厚い。村の祭りらしく、子供に優しい仕様になっているようだ。


 これならば、そうそう破けはしないだろう。

 だが、油断は大敵。初めてとはいえ、敵の実力は未知数。ここはより、確実を期すべきだ。これ以上の負けは許されない。


 俺は、次に様子見に移った。

 やはり誰かが実践しているのを見るのが一番早い。とても、上手いとは言えないが、他の子供が実践しているのを観察すれば何か掴めるはずである。


 一人の少年が、ボール掬いを始め、その紙が破れるまでの間、俺はその手の先を注視し続けた。


 その結果、俺はこのゲームの極意を見抜いた。


 そうか……そうだったのか。


 と、そこでディクをチラリと見た。

 ディクもまた同じように他の子供のやり方を見て、学んでいたようだが、俺と同じく何か掴めたのか、その目には勝機が灯っている。


 さすがは異常児。それでこそ、潰しがいがあるというものだ。

 いいだろう、いざ尋常に決着を付けようではないか。


 俺が会得した極意と、お前が見付けた極意、そのどちらが上なのかをっ!


(※ちなみに子供相手にガチなこの男は、転生者です)


 俺は、祭りの喧騒を払うように、己の手とその先のポイ擬きに意識を集中させた。

 いい感じだ。今なら、どんなものでも掬える気がする。


 俺は、水面が落ち着くのを待って、意を決して水にポイ擬きを差し込む。狙うは、大小様々あるボールの中でも、一際小さな軽いボール。そして、誤っても多量の水で紙にかかる重さを増やしてしまわないよう、斜めからアッタクする。

 決して横へは動かさない。挙動は最小に、紙を気遣って。

 俺は、ボールが最適な位置に来るのを座して待った。


 そして、いよいよという時──突如、水面が爆ぜた。


「はっ?」


 思わず水を避けるのも忘れ唖然とした俺。ザバァンと頭から水を被り、全身がずぶ濡れになる。

 もはや飛び散る水とボールは散弾銃。屋台の壁に穴が開き、運悪くもそれの餌食となったのは俺だけだったが、賑やかだった広場は一瞬にして、静まり返った。


 ポツリと、水滴に混じって、鼻血が地面に落ちる。


 その中ディクは一人、満面の笑みを浮かべて無邪気に喜び、手を握り締めて言う。


「やったぁッ、二連勝!」

「反則負けだよ、お前のッ!」


 その後、俺が本気でキレたのは言うまでもない。



 〜〜〜〜



 ディクが屋台を一つ台無しにして、説教を賜っている間、俺は母さんに連れられ、家に一度着替えに戻った。

 濡れた服を脱いで、体を拭いて、新しい服に着替えた俺は、祭り会場へと引き返した。


 その半ば考える。


 子供は時々、恐ろしい。加減を知らない。

 ディクもこうやって怒られながら、良識のある大人になっていくのだろうかなどと考えつつ、来た道を引き戻すと、案の定ディクはお冠な母上に怒られ号泣していた。


 頭を木剣で叩かれても泣かないあいつが珍しい。そんな感慨に耽って、説教が終わるのを見守っていると、見兼ねた村長が近寄ってきた。


「これこれ、楽しい祭りの雰囲気を壊すでない。子供の仕出かした事じゃ。そう、ガミガミ言わんでも良かろう。のぅ、レディク?」

「何で俺に振りやがるんだ、ジジィ?」

「言わにゃわからんのなら、お主こそ反省が足りとらんぞ。まぁ、今となっては懐かしいがの。それより、ディクルドはこの馬鹿たれより遥かに反省しとる。せっかくの祭りじゃ。もう許してやれぃ」

「村長さんが、そう言うのなら……でも、ディクルド。次同じような事を仕出かしたら、この程度では済ませませんからね」

「は、はぃ……」


 ディクは目を擦り、涙を拭っている。それを見てると、少し寛容な目で見たくなるのは、友達の心情か。

 俺は、最後の一勝は譲ってやるかと、大人な気持ちになって──


「ところで、力が有り余っとるようなら、この二人。一つ余興がてら、競わせて見るか?」


 ──やめた。

 それは、ちょっと出店勝負とは話が違ってくる。


 祭りの余興──つまりは、人前でやるという事。そんな所で負けでもしてみろ、周りからディクの方が強いだ、凄いだなんのと、余計な噂を立てられる。

 それは、我慢出来ない。これは、男の意地だ。


「まぁ、祭りで怪我をするのも、アレだからの。一つ、魔法で競ってみるのはどうじゃ? あまり見る事のない魔法を目にすれば、他の子供達の刺激にもなるじゃろう。騎士団でもそういう類の催しはあるのではないかのぅ?」


 そう言って、村長が目を向けたのは、ディクの両親──グラハムおじさんと、ラティスおばさん。


「催しでなく、試験としてならそういうものはある。しかし、齢4歳の子供が出来そうなものとなると、私には思い付かない」

「出来ますわ、あなた。ディクルドは、私が直々に教えているんですもの」


 その発言に、むっと対抗心を燃やしたのは、何やらどちらの息子の方が強いかで勝負している父親達ではなく、まさかのミュラ母さんだ。


「それなら、レイだって出来るわ。だって、私の子だもの」

「まぁ、確かに。ゴブリン程度なら、一撃だったな」


 便乗するレディク。しばし、両親達の間で話し合い、もとい言い合いが白熱した。内容はもちろん勝負の内容……ではなく、どちらの息子が優秀かだ。


「よし、では、騎士団方式の試験法で、決めるとしよう。異論はあるまいな?」

「当たり前だ!」

「ええ!」

「もちろんですわ!」


 どうやら纏ったらしい。まったくこの親達ときたら。

 これも、息子の俺が優秀過ぎるせい……あぁ、なんと嘆かわしい事だろうか!

 などと、一人罪作りな女性風の演技で遊んでいると、もう一人の罪深き息子がジッと俺を見てきた。


「僕、負けないよ!」


 その目は若干まだ赤かったが、その瞳はいつものような火が灯っていた。それは、意地になった子供のような目ではなく、ディクの中の男を感じさせる瞳だった。


 俺は、ふざけるのを止めて、ディクに正面切って向かい合う。


「俺だって、負けない」


 いつだって、受けてやる。この延々と続く勝負が決するまで。

 一度たりとも負けるつもりで、挑みはしない。


 それが、こいつと俺の間の礼儀なのかもしれないと思ったのは、この時が初めてだった。



 〜〜〜〜



「第一種目『属性数』」


 さて、いよいよ始まった真剣勝負。本日は、『属性数』、『操作性』、『威力』の三本立てお送りしまぁす。っとうことで、ジャンケンポン。

 はい、俺の勝ち。

 えっ? 何を出したかって?

 文面からのご想像にお任せします。


「二人とも頑張れー!」

「どっちも負けるなよー!」


 祭りというだけあって、広場の中央を貸し切った俺とディクの周りには大勢の人集りが出来ていた。時折、村の人間から飛ぶ声援にディクはタジタジだ。俺は芋だと思っているため、通常運転だ。


 そんな風にドンっと仁王立ちで構える俺と、しきりに目を動かし困惑しているディクに、グラハムおじさんが近寄ってきた。


「二人とも、そう緊張するな。本来の力が出せないぞ」

「き、緊張なんかしてない! ディクだけだよ!」

「ぼ、僕もしてないよ! そういうレイこそ、さっきから固まってるじゃないか!」


 固まってるのではなく、構えているのだ。それがわからないとは、やれやれだ。

 芋だ、芋。周りは全て芋なのだ。芋に囲まれて、俺が緊張しているはずがない。


 だというのに、ディクは俺の方が緊張しているのだと言い張る。この野郎、と思わず俺も反撃し、ギャー、ギャーと言い合いに発展した。


「フッ……」


 そんな顔を突き合わせ張り合う俺たちを見て、グラハムおじさんは意味深な笑みを零した。


「二人とも、その決着はこの勝負で決めたらどうだ?」

「「それっ!」」


 俺とディクは、思わずその提案に唸った。

 毎日のように遊んでいる俺たちは、互いに使える魔法の属性ぐらい知っている。結論から言えば、それは基本属性の4つ。つまり、普通にやればこの勝負は、引き分けるのだ。


 故に、緊張している方が負けるというのが道理だ。俺はもちろん通常運転なので、失敗などするはずもないが、ディクはきっと緊張でミスをするだろう。

 この勝負はいただいた。


「では、始めるとしよう。まずは、小手調べだ。好きな属性を一つ使いなさい」



 〜〜〜〜



 ……結論から言おう。


 引き分けた。


 それすなわち、あれ程緊張していたディクと俺が同じぐらい緊張していたという事だ。納得がいかない。

 勝負が始まった途端、持ち直しやがって。まったくあいつはどこまで負けず嫌いなんだ。


 そんな不満を抱えながらも、逆にそれを闘争心に変え、俺は次の種目へと意識を切り替えた。


「では、第二種目『的当て』を始めます」


 司会は、代わってミュラ母さん。


 そして、俺たちが狙う的は。


「さぁ来い。当てる場所によって点が変わるから、よく狙えよ、二人とも」


 いや待て待て待て。


「えっ、丸い的じゃないの?」

「馬鹿野郎、実戦形式だ!」

「違う、勝手な事を言うな!どれだけ正確に人体の弱点に魔法を上手く当てられるかを見る試験だ。レディクは動くのも禁止だ」


 それなら、せめてカカシにしよう。実の父に平気で魔法を打つけられる程、俺は反抗期ではない。

 その旨を親達に伝えると。


「心配はいらないわ、二人とも。レディクは、多少本気で魔法をぶつけても、擦り傷も負わないぐらい頑丈なのよ」


 確かに、あなたは遠慮もなしにぶち込んでいましたもんね。


「それに試験用の的は、普通のカカシでは耐えられませんからね。この場合、レディクさん以上の的はこの村にはありません」


 いやいや、ちょっと異世界の常識についていけません。

 一応、ゴブリンを殺した事もあるのよ、俺の魔法。


「さぁ、遠慮はいらねぇ! 全力で撃ち込んで来い!」


 大の字に手を広げて、あまりに無防備な体勢で待ち構える親父。

 はてさて、どうしたものかと、俺はディクと顔を見合わせる。ディクも俺と同じで、躊躇っているようだ。


「……確認だけど、本当に大丈夫?」

「大丈夫だ。この男は、マグマの中を平気で泳げるぐらい頑丈だ」

「いや、それは流石に火傷しちまうぜ、がっはははッ!」


 なるほど、あの処刑を受けてケロッとしていたのは、母さんが手加減していたからではないらしい。むしろ本気で撃ち込んで、やっと罰になるぐらい我が父レディクは人間を止めなさっているようだ。

 あるいはこの世界の人間は、全員そうなのかもしれないが……よくよく考えてみたら、齢4歳でオリンピック選手もビックリな身体能力を持っている俺とディクも大概人間を卒業してしまっている気がする。

 そう考えると、あの竜を倒した親父が俺の魔法如きでどうにかなる気は全くしなかった。


「……じゃあ、俺からやるよ?」


 カルチャーショックから脱した俺は、まだショック状態のディクに代わり、先に実戦してみる事にした。


「ウォーターボール」


 魔法の指定はされていなかったため、俺はファイアボールの水バージョンを選択した。火や土は痛そうだし、風は肌を切ってしまう。その点、消火や水汲みに使われる水球はずぶ濡れになるだけで、安全だ。

 魔法の操作性を見るだけなら、これでいいだろう。


「いくよ」


 そう言って、俺は手を親父に向けて押し出すように動かした。それにつられて、俺の頭の横あたりに浮かんでいた水球が動き出す。

 魔法は魔力操作で動かすため、手を動かす必要はないのだが、してはいけない理由もない。特に、こんな的当てでは、手で距離や方向を推し量れるから、操作がやり易かったりする。


 狙いは、親父の胸。人体の弱点である心臓を狙う。


 バシャァ──!


 操作は完璧だった。遠慮がちながらも、正確に狙い通りに親父の胸に当てた。


「ふむ、操作性は悪くはない。速度も及第点、と」


 どうやら、採点はグラハムおじさんがするらしい。割と本格的に何かを、書き込んでいる。


「次、ディクルドがやりなさい」

「う、うん」


 ディクは、父親に急かされて、深呼吸してから魔法を発動させた。


「ロックボール」


 ディクが発動したのは、土属性バージョンの球。

 まぁ、4歳の子供に安全な属性を自分で考えて選べというのも難しい。ひょっとしたら、土魔法が得意なのかもしれないし、恐る恐るゆっくり動かしているので、威力は然程でもないだろう。


 ただ──


「……ディク。お前どこ狙ってるの?」

「えっ? 弱点って言ったら、股間じゃないの?」


 ディクはとことん無邪気な子供だった。


 この後、目前まで迫ったそれに『おいおい』と青ざめた親父。そして、思わず動き出そうとした親父に、動くなと鬼の命令を下すグラハムおじさん。

 最終的に、男性陣がサッと股間を引き締め、女性陣が顔を背ける中、何故か最後に急加速したそれに、親父が悶絶した事は言うまでもない。


 子供って恐えぇぇ!



 〜〜〜〜



「では、最終種目『威力』」


 先程の的当ては、操作性を競うものであったので、威力は度外視していた。その分、ぴょんぴょん飛び跳ねるぐらいで済んだが、今度はそうもいかない。さすがに次の的は人ではないだろう。


「次の的の役は私がやる」


 ……っというのは、甘い考えだったらしい。

 次の的は、グラハムおじさんだった。


「でも、威力だよ?」


 つまり、全力だ。魔法の初歩の初歩であるファイアボールなどとは、話が違う。ゴブリンなど歯牙にもかけない、人を殺し得る魔法だ。だが──


「心配はいらない。古典的だが、騎士団でもこれを取り入れている。昔はよく、これで部下を厳しく採点したものだ」


 グラハムおじさんは、昔を懐かしみ、なんという事はないという様子で、その場に立ち続けた。ふと、視線を横に逸せば、子供が人に向けて魔法を放とうという時に似つかわしくない微笑みを浮かべる母さんと、視線でやってやれと煽る親父がいた。


 ……まじか。こいつらまじか。


 うちの親達は、どっか頭のネジが吹っ飛んでる気がしてたが、騎士団までそうなのか。いや、まぁ剣で言えば模擬戦みたいなものなのかもしれないが、幾ら何でも、子供だと舐めすぎではないのか?


 などと、またカルチャーショックを受けていると、シャツと短パンだけだった親父と違い、グラハムおじさんは近くの木に立て掛けていた盾を手に取り、構えた。

 大きな盾だ。縮こまったら、大人一人隠れられるぐらい大きい。

 作りは縦長の五角形。下のとんがった部分は、地面に容易に突き刺せそうな具合にとんがっている。おそらく地面との摩擦で威力を殺せる仕様になっているのだろう。


 グラハムおじさんは、盾の上から顔を出して、言った。


「的は、多少外れても心配する必要はない。私が合わせる。二人は、全力で魔法を撃って来なさい」


 盾って……凄い。何というか安心感違う。

 全力で魔法を撃っても、大丈夫な気がしてきた。少なくとも、普段着の人間に向かって打つ時よりは。


「じゃあ、俺からいくよ?」


 そう言って、俺は息を細く吐くと、木刀に魔力を集中させた。一見、物質に魔力を込め補強する魔力充填のようだが、これはそれを応用し、編み出した魔法だ。


 木剣が俺の魔力の色──赤に染まり、強度が上がる。ここまでは、単なる充填。多量の魔力を扱うには、それなりの技量が必要なため、このような器があると、魔法発動のイメージに余力を割ける。

 そして、ここからが魔法。この溜め込んだ魔力を、一気に火へ。

 あの日、親父が見せた火の剣のように、木剣が火に覆われた。


「なんだ……その魔法は……」

「私……こんな魔法は教えてないわ」


 目を見開いた親父と、手を口に当て唖然と呟いた母さん。


 俺は、一度そこで発動を止めると、手に火が掛からないように、気を付けて木剣を持つ手を真横に伸ばす。

 そして──


「灼熱魔翔斬ッ!」


 勢いよくそれを振りかざした。


 火が渦を巻き、螺旋の荒波を生む。横に向かって渦を巻く気流が生まれ、その中を火炎が駆け抜けた。

 複合魔法と言えば聞こえはいいが、実際は初級程度の風魔法で、流れを作りそこへ溜め込んだ火を一気に放出しただけだ。

 難易度で言えば、初級魔法を二つ発動させる程度。魔力充填で溜めた魔力を火に変化させる事と、風の流れを生み出せれば、発動出来る。

 まぁ、魔力操作がもっと上手ければ、わざわざ充填して魔力を溜めずとも、必要な量を使用すればいいだけの事だから、母さんのような魔法使いから見れば、実に珍妙な魔法に映る事だろう。言ってしまえば、魔力操作の未熟さを他のスキルで補って、威力を底上げしているのだ。


 だから、俺の魔法はそれなりの威力を持っている。昔、殺されかけた魔物でも倒せるのではないかと、思っているほどだ。まぁ、そんな危険を冒したりはしないが……

 ともかく、幾らディクと言えど、子供の魔力操作だけではこの威力には遠く及ばない。この勝負は、俺の勝ちだ。


 だが、チラリとディクの方を見ると、赤々と顔を熱射で染めながらも、俯いても、悔しげに口元を噛んだりもしていなかった。ただただ、その目は魔法の火を灯し、熱く燃えていた。


「ハァッ!」


 気合い一線。散らしていた気を元に戻すと、魔法が気合いに押し負けるその瞬間が目に入る。


「なっ……」


 思わず唖然とした。自信があった魔法を、盾を使う事なく気合いだけで、弾き飛ばしたグラハムおじさんに。


「なるほど……末恐ろしいな」


 おじさんはポツリと呟く。だが、全然実感が伴わないのは、気のせいか。俺は果たして、転生チートを活かしきれているのだろうか、と圧倒的な力の差というものを思い知らされた気分だった。

 そんな俺の隣で、ディクはブツブツと呟く。


「……めて……ン」


 何を言っているのか聞き取れなかったが、そのまま前に出てきたディクに、俺は後ろに下がりながら、場所を譲る。

 そして、ディクの集中を乱すような真似はしないように、だが、さすがにディクには無理だろうと、油断してそれを待った。


「溜めて……バン。溜めて、バン。溜めて──」


 その剣の輝きを、俺は知っていた。


 色は少し違う。だが、同じ赤の輝きが木剣を満たしていく。それは、まごうとなき魔力の蓄積を示す証。魔力充填のスキルを使用した結果だ。

 まさか──


「──バン!」


 拳銃の発射音を真似たように、だがそれよりも口径は遥かに大きく、そしてガトリングガンのように沢山の土の弾丸が猛スピードで飛び抜けた。


 おそらくは模倣された。だが、そんな事をとやかく言う前に、そりゃないだろ、と唖然とする気持ちを押さえられなかった。

 俺がそれなりに苦労して作った裏技を、一見だけで完全にモノにしてくるのか、この異常児は。


 言葉も出なかった。


 でもその時俺は。


「あはははっ」


 これ以上おかしな事はないだろうと言うほどに、笑っていた。


 何て言えばいいのか。予感がしたのだ。


 ずっとそう。


 死ぬまで永遠に引き分け続けていくような、そんな予感が。



「勝負は引き分けだ」



 そんなはっきりしない決着も、今日ばかりは愉快に思えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ