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5.冒険者のお仕事

 

 突然だが、こんなバカ親の話をしよう。


 ある日のこと。バカ親Aは、古くからの友人にこう言われたそうだ。


「先日、息子を仕事に連れて行った際、そこで運悪く、いや、運良くA級と出くわしてな。息子に危害が及ぶ前にと瞬殺したのだが、その時言われたのだ。『父さん、かっこいい──ッ!』と」


 そう自慢げにバカ親Bが話すのを聞いたバカ親Aは、猛ダッシュで家に帰って、ラスボスに言った。


「俺も、息子にかっこいいと言われてぇんだぁっ!」


 力強い土下座だった。それはもう、いいと言われるまで、その場を動かないと言外に主張するような。


 そんな土下座を夕食前に突然されたラスボスは言いました。


「馬鹿も休み休みに言って。お願いだから、本当に。真剣に、休み休み言って欲しいの」


 バカ親Aの仕事は冒険者。冒険者とは、魔物退治から街の雑用まで多岐に渡る仕事を引き受ける、いわば何でも屋だが、その仕事の大半は危険に自ら飛び込むようなものばかり。

 そんな所へ、子供を連れて行きたいとは正気かと、ラスボスはバカ親Aを諭すが、彼は止まらない。息子にかっこいいと言われるために涙まで流し、ラスボスに懇願した。


「お願いだ! この通りだ、ミュラっ! レイを、仕事に連れてかせてくれぇぇっ! 後生だぁっ!」


 そうして、何だかんだ甘いラスボスはバカ親Aの涙ながらの説得に、ドン引きしながらも、渋々首を縦に振った。


 ──ただし、条件を付けて。


 そんなわけで、俺は今村を出て、近隣の街ガバルディへ向かっている。道中は何故か馬車を使わず、レディクの肩に乗っての移動であったが、それは置いておこう。

 俺は子供らしく、親の言う事に逆らいはしないのだ。


 そうして、マジかと思うような速さを身をもって体験して首がもげそうになり、後でラスボスへ報告する事を心の中で誓いながらも、ガバルディへと辿り着いた。


 まだ朝だと言うのに大勢の人で賑わうガバルディの街。シエラ村と違って人通りが多く、子供1人では踏み潰されてしまいそうだ。

 そんな賑わいを見せる街並みを抜け、大きく開けた通りにある酒場のような場所に、俺は連れて行かれた。


「さぁ、着いたぞ。ここが父さんの仕事場だ」

「おおーっ! でっかーい!」


 必殺、『元気ハツラツ子供らC』を発動し、さながらリアクション豊かな子供を演じつつ、建物の全貌を目に映す。

 やはりというか、このボロい酒場っぽい場所がいわゆるギルドと呼ばれる場所のようだ。ギルドとボロい看板に書いてある。全体的に建物は古くボロボロだが、いいね、雰囲気があって。年季が入ってる感じがする。

 俺もいつかここで働いたりするのかな?


「うぃーす」


 親父は、俺を肩に乗せたままギルドの門を開く。そして、慣れた様子で軽く挨拶すると、その声に気が付いた冒険者の人達が、親父に挨拶を返してきた。


「おはようございます、レディクさん」

「今日は仕事っすか?」

「また、剣を教えて下さいよ」


 そんな風に、親しげに話しかけて来るのは、若い冒険者が多い。いや、全体的に見ても、親父と同じくらいの年代の冒険者の数は少なく、若い冒険者達の姿が目立つ。

 いつだったか、母さんが親父の仕事について話してくれた時の事をふと思い出す。


 冒険者の仕事は、危険の多い仕事だ。毎年沢山の人が死ぬという。だから、たぶん親父の年になるまで冒険者をやっていられる人達は限られて来るのだろう。

 仕事にするなら安全な方がいいだろうし、それまでに死んでしまった人達もいるのだろう。


 そう考えると、普段滅多に仕事に行かず、家でダラダラしている親父は、実はかなり強いのかもしれない。以前俺が殺されかけた魔物を瞬殺した時から、薄々そう思っていたが、どこかのアイドルかというぐらい集まってきた冒険者を見ると、やはりと思ってしまう。


 若い冒険者達に囲まれて、一人一人豪快に笑いながら、言葉を返していく親父。それを上から見下ろしていると、ふと身なりが他とは異なる女性冒険者がこちらに歩み寄ってくるのに気が付いた。


 見たところ他と同じくらい若いが、ゲームで言う初期装備の皮から鉄へと鞍替えしたばかりといった他の冒険者の格好とは異なり、軽装ではあるが、ツヤのいい革製の服に、胸と手には硬そうな鱗がびっしり編み込まれた装備を身に付けている女性。腰には少し長めの剣が下げられており、一目で冒険者なのだとわかるが、整った顔立ちで、胸もでかい。普通に美人だ。


「レディクさん、その子ってひょっとして前に言ってた息子さんですか?」

「おうよ。俺に似ていい面してるだろう?」


 どの辺がだ。

 お前顔傷だらけじゃねぇか。未だ鏡を見たことのない俺は、自分の顔を知らないが、まさか傷が遺伝するなんて馬鹿な話はあるまい。……異世界なのが若干怖いが。


「ふふっ、レディクさんもすっかり親バカですね。抱っこしてもいいですか?」

「ああ、いいぜ」


 脇下にスッと手を入れられて、肩から下ろされた俺は、カバンのように手渡され、俺は両手で抱っこされた。

 コツンと当たる冷たい胸当てが怨めしい。剥ぎ取ってやろうか。

 俺は内心そんかゲスなことを考えていたが、演技スキルのお陰で、そんな様子は微塵も見せず、ケロケロっと笑っていた。


「かっわいい〜! 何て名前なの?」

「レイ」

「レイちゃんかぁ〜。いい名前ね〜」

「おねぇさんは?」

「私? 私はシャラよ。シャラ姉って呼んで」


 遠慮なく呼ばせてもらう事にしよう。


「その子がお前の息子か、レディク? お前に似なくて良かったな」

「うるせぇよ、毛むくじゃらが」


 と、野太く低い声が聞こえて、ふと視線を上げると……化け物がいた。


「ひっ……!」


 情けなくも、小さく悲鳴をあげた俺。その視線の先には、黒毛に覆われた獣人がいた。口からはみ出た二本の犬歯。獲物を見つけた狼のようにギラついた金の瞳。

 普通の子供が見たら号泣ものだろう。名子役である俺は、それを見事に再現し、あたかも怯えるような仕草を取ったが、夢のお陰か、事前知識があったため怖いとは感じなかった。

 しかし、数年前に手に入れた役者スキルが日々磨かれ続けている俺の仕草は、基本甘々な親父の目を騙くらかすには十分過ぎたぐらいで、グワッと大口を開けて親父は怒鳴りつけた。


「オイコラッ、ウルケル! お前の厳つい面に、レイが怖がってんじゃねぇか! お前、レイの前に現れる時はな、レイが見てるだけで笑顔でなれるようなお面を付けてきやがれ!」

「むっ……」


 中々に無茶苦茶言う親父だが、確かに厳つい顔をしている獣人の男性は、素直に親父の言葉に従い、奥のギルド長室と書かれた部屋に引っ込んだ。


 えっ? あの人、ギルド長だったのか?


 疑問に思った俺は、獣人の男性が引っ込んだ部屋を指して、聞いてみた。


「お父さん、あの人誰?」

「うん? あの毛むくじゃらか? あいつはな、ウルケルっつって、父さんと母さんがいたパーティのリーダーだった奴だ。まぁ、今じゃこのギルドでギルド長やって、椅子にふんぞり返ってるがな」


 へぇ、親父達のパーティのリーダーをやってた人なのか。なるほど、厳ついだけじゃなく、強そうだ。ギルド長なんて位になれるぐらいだしな。


 と、その時ギルド長室の扉が開く音と共に、親父の説明に物申す声が響いた。


「誤解を呼ぶような説明はよせ、レディク。ギルド長は、椅子にふんぞり返っているわけではない」


 そんな事を言って出てきたウルケルさんの顔には、タコのような口に、間抜けな顔が描かれたお面が付いていた。細部は異なるが、ひょっとこに近い。


「………………」


 周囲の冒険者は口を揃えて閉じ、何も気付いていないフリをする。シャラ姐は苦笑いというか、失笑していて、俺はすいませんと心の中で謝った。

 そんな中、親父だけは……


「がっはははっ! いいじゃねぇか、それ! 厳つい面のお前には、最高の防具だ!」


 爆笑していた。我が父ながら、失礼な奴だと思う。



 〜〜〜〜



 パパかっこいい大作戦の下、Aランク相当の魔獣討伐依頼を受け、街を出た俺たちは魔獣が出没するという山に向かってだだっ広い平原を進んでいた。

 目的地の山までは、馬車の定期便が出ているはずもないので、徒歩での移動となるが、俺は先ほどのように肩車されてはおらず、自分の足で歩いている。その代わり、親父の一番弟子だという理由で、ほぼほぼ強制連行されたシャラ姐に手を引かれ、甘やかされていた。


「レイちゃん、飴ちゃんいる?」

「いるー!」

「はい、よく舐めて食べてね」


 どうやら子供好きらしいシャラ姐は俺のあざと可愛さに親バカAと同じく騙されて、フニャフニャに頰が緩んでいた。

 この世界の大人は、どうしてみんなこんなにチョロいのだろうか。簡単に詐欺れそうな気がしてならない。俺はとても心配だ。


 まぁ、母さんは結構しっかりしてるから、騙されるような事はなさそうだが、真面目な顔で馬鹿な事をのたまっている親父は別だ。


「──作戦はこうだ、ウルケル。まず依頼の標的を探す。んで、見つけたら、俺がぶち殺す。お前とシャラは、レイの安全を第一に、レイが俺の戦闘を見ることを第二に、お前らの命を第三にやってくれ」

「……レディク、お前はパーティリーダーに向いていない」


 シャラ姐と同じく強制連行されてきたギルドマスターは、頭痛を堪える素振りを見せた。もちろん俺も同じ気持ちである。


 親父は基本馬鹿なので、周りは大変だ。今日の事もそうだが、基本その場の思い付きで生きている自由人である。巻き込まれる周りは、苦労が多い。


 ……まったく、世話の焼ける親父だ。ここは一つ、苦労を被っているウルケルさん達に、俺が守られるだけのガキではないことを、見せてやろう。


「シャラ姐、僕魔物と戦ってみたい」

「…………えっ? 魔物と?」


 フニャフニャしていたシャラ姐が一瞬固まって、困ったような笑みを浮かべて、聞き直してきた。

 それに俺は、家から持ってきた愛剣を取り出して。


「ほら、僕剣持ってるんだ」

「うわぁ、すごぉい! よく使い込まれてるねぇ。お父さんに教えてもらったの?」

「うん! だから、魔物と戦いたい!」

「えっと……」


 無垢な子供を演じる俺に、どうしたもんかと苦笑いを浮かべたシャラ姐は、数秒言葉を詰まらせた後、ウルケルさんと話をしている親父に助けを求めた。


「レディクさん、レディクさん。レイちゃんが、魔物と戦いたいなんて言ってるんですけど……」

「あぁ? そんな事わざわざ俺に聞くのか? まったく師匠として情けないぜ」

「レディクにしては、まともな答えではないか。シャラ、それは我々に聞くまでもない事だろう」

「うっ……すいません」


 ションボリするシャラ姐。

 そんな彼女に親父は……


「まったく俺が息子のやりたい事に反対するわけがないだろうが。もちろんオーケーだ」

「ええっ⁉︎」


 驚愕の声を上げたシャラ姐。その横で、またこめかみを押さえて、頭痛に耐えるウルケルさん。


「あの子3歳になったばっかりですよね? いいんですか、レディクさん?」

「何をトチ狂っているんだ、お前は。あの子が怪我をしたらどうする気だ」


 そんな風に馬鹿を言い出した親父を止めようとする2人だが、親父はそれを無視して俺の前で腰を下ろす。


「レイ、魔物と戦いてぇのか?」

「うん」

「そうか、さすがは俺の息子だ。だがな、今からぶっ殺しに行く奴は、レイの体じゃ攻撃がとどかないぐれぇ、デケェ奴だ。だから、その辺にいる奴で我慢してくれるか?」


 体がでかければ、お前はいったい何と戦わせる気だったんだ。そんな果てしない疑問を心にしまいつつ、俺は頷いた。

 そうして、手頃な獲物を探し始めた親父に、シャラ姐が。


「いやいやいやいや、本当に戦わせるんですか⁉︎」

「もちろんだ。子供がやりたいと思った事には全力で応える。それが親の仕事だ」

「シャラよ、こいつは昔から言い出したら聞かないからな。我々が、レイ坊に怪我を負わせぬよう気を付ければ、いいだろう」

「はぁ、まぁ、そうですね……」


 ウルケルさんの言葉で渋々納得……いや、諦めた様子のシャラ姐。何を言っても無駄な事を悟ったようだ。

 しかし、あまり納得していなさそうなのも事実。俺は強制終了される前にと、俺は空間スキルにより手頃な獲物を見つけると、親父の手を引いて指差した。


「あれなら、僕がやっていい?」

「ん? あれぁ、ゴブリンか。よく見つけたな。いいぜ、やってこい、レイ」

「うん!」


 一応は許可をもらってから、俺は数百メートル先の茂みに隠れていたゴブリンに向かって走った。


「ちょ、レディクさん、いい顔して見送ってる場合じゃないですよ! レイちゃん、行っちゃいましたよ⁉︎」

「はっ……!」

「シャラ、その馬鹿は放っておけ。行くぞ」

「あっ、は、はい!」


 後ろで3人が慌てて追いかけようとしてくる声が聞こえる。このままでは、途中終了させられかねない。

 俺はかなりの距離を置いて立ち止まると、ゴブリンに向かって、手を翳す。


「ファイアボール!」


 初級魔法『ファイアボール』。

 火の球を生み出し、それを敵に打つけるだけの魔法だ。初級であるため、消費魔力も少なく、俺が今もっとも得意とする魔法だ。


 以前家出をした時は、魔力の消費を押さえて物理でしばく戦法を取っていたが、ようやく魔法に魔力が追い付いた。新たに治癒と空間魔法のスキルを覚え、さらには4属性の魔法スキルが進化した事で、魔力の補正値が大きく増加したのだ。

 多少、威力を底上げしても、すぐに魔力が枯渇する心配はない。


「「「なっ……!」」」


 背後で足音がなくなり、代わりに聞こえた驚愕する声に、何で親父までとツッコミつつも俺は三体いるゴブリンの二匹に向けて、火球を放った。そして、その火球を追い掛けるように、再び足を走らせて、一気に距離を詰める。


 俺は腰に下げた木剣を右手で抜き放ち、風を切る。左手は前方に向け、魔力操作で火球を操る。

 本来手など必要はないのだが、こうやって手の先に魔法を動かすと意識することで、より簡単に使えるのだ。まぁ、逆に言えば、魔力操作の習熟度がまだその程度ということだ。


 残り50メートルといったところで、ようやくこちらに気が付いたゴブリンは、グギャギャと何やら雄叫びあげるが、俺はそれに構わず、火球を後ろの方にいた二体に着弾させた。


「グギャ⁉︎」

「余所見とは、余裕だな」


 火球に飲み込まれ、地面を転げる二体のゴブリン。その前にいたゴブリンが、後ろの二体に注意を逸らした瞬間、一気に加速して、ゴブリンの懐に入った。


「グギャ!」


 俺の頭より高い位置にある顔が醜く歪み、爪が振り下ろされた。それに対して俺は、ゴブリンの肘関節に木剣を叩き込むことで軌道を逸らすと、膝を踏み台に飛び上がり、華麗に飛び膝蹴りをお見舞いすると、すぐさま逆足で胸を蹴りつけ飛び上がった。

 最近手に入れた空中版アクロバティック──通称エアロバティックの賜物である。こんな空中殺法も今やお手の物だ。


「ギャゥ……!」


 大きく上半身を仰け反らしたゴブリンは、体制を崩し地面に倒れ始める。それを追随するように、俺の体もまた落下し──


「終わりだ」


 空中で振り上げた剣を、着地のタイミングに合わせて振り下ろす。

 バギッっと鈍い音が鳴り、頭を地面と木剣のサンドイッチにされたゴブリンは、小さな断末魔をあげ、燃え尽きた他のゴブリン達と同じく、魔石だけを残し黒い靄となって消えていった。


 俺はそれを見てから、ゴブリンの血を払うように、木剣をバッバッと二振りすると、腰に戻した。


「今の俺はこんなものか」


 案外、前と変わらない。いや、魔法一発で仕留められるようになっただけ、成長はしているのか。

 まぁ、どちらにしろ、最下級のゴブリン相手に三発入れるようでは、力も腕もまだまだといったところか。


 しかし、目的は十二分に果たせたようだ。


「さすがは俺とミュラの息子だ!」

「……すごい。3歳の子供が……最弱とはいえ、魔物を……将来有望ですね! いや、有望過ぎますよ!」

「……S級冒険者の2人から生まれた子供はこうなるのか……」


 誇らしげに胸を張る親父。興奮気味に叫ぶシャラ姐。そして、どこか呆れた様子のウルケルさん。

 俺はその3人に、この後照れ臭くなるほど散々誉めちぎれた。



 〜〜〜〜



 さて、ゴブリンを難なく撃破した俺は、親父達に散々もてはやされてちょっといい気分になったまま、本題の魔獣討伐へと連れて行かれた。


 目的地は、先程も言ったように近くの山だ。山は、魔物の群生地であり、それ以外の危険も多く潜む場所だ。だから、この世界の人々は山などに立ち入るのを本能的に避ける傾向にある。基本街を出れば、普通に魔物がその辺を歩いているような世界だが、山などは一味違うらしい。


 山は自然豊かなため、隠れる場所も多い。だから、小動物に限らず、捕食の対象となるものが多く生息している。

 となると、自然と捕食者達、ここで言えば、肉食の獣、魔物、魔獣といった生き物が集まってくる。もちろんその中での争いも起き、その中から最も強い者が、食物連鎖の頂点に立てる。無論、それは山だけでなく、その他の場所にも言える事だが、単純に数が多く、その分より強い者が頂点に君臨する食物連鎖のピラミッドが出来上がる。


 そして、今回の討伐対象は正にそれ。この山の頂点に君臨する魔獣らしい。何でも最近になって、この山に住み着き出して、たちまちこの山を牛耳ってしまったのだとか。


 そんな恐ろしい魔獣に、たった3人。いや、親父は1人で挑む気のようだが、果たして大丈夫なのだろうか。

 確かに親父は、俺の測れるレベルを超えている。だが、日頃家でゴロゴロし、時たま思い付きで何かし始める親父1人で、本当に大丈夫なのか。不安は尽きない。


 しかし、そんな不安を抱えているのは、この場では俺1人のようだ。


「それにしても、3歳で魔法を使える子供なんて私初めて見ました」

「がっはははっ、俺も初めて見たぜ! ミュラが教えてたのは知ってたが、まさかゴブリンを倒せるまでになってたとは、思わなかった。さすがは俺の息子。しっかり俺の血を引いてやがる」

「馬鹿め。どう考えても、ミュラの血であろう。あの子は昔から、魔法の才に恵まれていたからな」


 ……という具合には、緊張感がない。

 聞けば、親父と母さんは2人揃ってS級冒険者らしいし、心配する必要など何もないのかもしれない。

 母さんの付けた条件で、護衛として、シャラ姐達2人も付いてきてくれているのだし、万が一などそうは起こらないだろう。


「それにしても、お前達夫婦はやり過ぎというものを知らんのか。確かにこの子は優秀だが、突出し過ぎた力は時に軋轢を生むのだぞ」

「ハッ、そんなもん叩き潰しちまえば、それで終わりだろうが。お前は昔から細けぇんだよ。強くて困るこたァ、この世にゃねぇよ。逆はあるだろうがな」

「……お前は偶に真面目な事を口にするな」

「ウルセェ、偶には余計だ」


 いや、偶にだと思う。


「あははっ、けど、レディクさんの息子なら、納得出来ちゃいます。私、今までレディクさんがピンチになったところ見た事がないですから」

「がっはははっ! 俺も記憶にねぇ!」


 なるほど、親父はやはり相当強いようだ。人生で一度もピンチに陥った事のない冒険者などそうはいないだろう。


 ……と、思っていたのだが。


「ここまで馬鹿だったとは……シャラよ、この男は己の窮地も理解できんのだ。どうせ、死に掛けた事すら忘れているのだろう」

「あはは……ありえそう……」


 どうやら馬鹿なだけらしい。死に掛けた事すら忘れるとは、逆によく忘れられたなと尊敬してしまう。


 だが、親父が強いのは本当だろう。今の和やかな雰囲気がそれを物語っている。馬鹿だ、馬鹿だと口では言いながらも、2人は親父の事を心の底から信用しているからこそ、普段通りで居られるのだろう。


 そう思うと、無意識に頰が緩んだ。


 けれど、その緩みを戒めるように、事態は一変する。


 ──ピタッ。


「…………」


 突如、先頭を行く親父の足が止まった。それに続いて、ウルケルさん、シャラ姐と険しい顔をして立ち止まり、2人の手が俺の行く手を遮るようにかざされた。


 周囲の木々が恐れを抱いているような、不気味な静けさ。

 聞こえるのは鳥が脇足立つ音と、木々が揺れる音だけ。

 高まる緊張感。俺はその雰囲気に感化され、緩んだ頰を引き締めた。


 そんな俺の前に立ち、左右に注意を払うウルケルさん。一方、シャラ姐は後ろを振り返り、俺を間に挟む形で、ウルケルさんに背を預ける。


 そして、親父は──


 ──グゥォォォォッ!!!


 大木を薙ぎ倒し、それを踏み締めて悠然と姿を表した巨大な影。岩でも簡単に噛み砕いてしまいそうな大きく太い牙がビッシリと敷き詰められた、ワニのような大きい顎を、見せつけるように開き、獰猛な叫びをあげた。


「ッ……!」


 咆哮が空気を震わせ、全身を叩く。その声にはまるで、威圧系のスキルでも入っているかのように、俺は体の奥底から湧き上がる感情に、体を震わせた。


 ──こいつは、違う。


 食物連鎖の頂点。かつての世界で、それは肉食動物だった。

 ライオン、白熊、虎。

 ベタなところで言えば、この辺りだろうか。


 しかし、ここにそいつらを放り込んだら、瞬く間に全滅、あるいは捕食の対象と化す。そう言い切れてしまえるほどの化け物が、俺たちの前にはいた。


 俺たちの前に現れたそいつは、ファンタジー世界には欠かせない──ドラゴンだった。


 比べるまでもない。

 地球の肉食獣を遥かに上回る巨躯。その巨体にあった大きな牙と爪。さらには、飛行を可能とする翼。


 もはや生身の人間が敵う次元を超えている。ここに鉄砲があったとして、その鉛玉がいったい何の意味を持つというのだろうか。戦車は最低でも欲しいところだ。


 そんな相手を前に、親父は剣も抜かず、微動だにせずに立っている。それどころか……


「はんっ、期待はずれにも程があるだろ。まだ成体もしてない、リトルドラゴンじゃねぇか」


 期待ハズレと言ってしまう始末。


「馬鹿め、成竜がこんな街の近くにいれば、国が動くレベルだ。お前は、そんな化け物相手に、子供を連れて挑むつもりだったのか」

「バカ野郎、相手は強ぇ方が燃えるだろうが」


 そういう事じゃないんだよ、親父……!

 俺、今わかった。あんた頭オカシイ!


 俺は正直言って、ビビっていた。ゴブリン達とはものが違う圧力と存在感。そして、絶対的な強者の威厳ある風貌に圧倒されていた。


 だが一方で、俺の前で堂々と立ち仁王立ちする親父や、竜を目の前にして周囲に警戒の目を向けるウルケルさんも、シャラ姐の3人の目には、一切の怯えが見られない。


「──じゃあ、始めるか、トカゲ野郎」


 不敵に笑い、親父が抜刀した。瞬間、敵意の籠った咆哮が轟き、強大な腕が振り下ろされた。


 ドゴオォォ!


 山が震えた。それは比喩ではなく、木々がその一撃の衝撃に葉を揺らし、大地は地響きと共に震えた。その一撃が振り下ろされた場所は、激しい土煙に覆われ視界が遮られ、さながら爆発が起きたかのように覆い隠された。


 気が付けば俺はシャラ姐に抱き抱えられ、空を飛んでいた。殆ど目が追い付かず何が起きたのか事後的にしか理解できなかった俺は、眼下で吹き上がった土煙に釘付けだった。


「っ……!」


 まさか直撃したんじゃ⁉︎


 俺は、息を飲み、必死に目を凝らした。すると、茶色く濁った空気が一転、赤く赤く燃え上がる。


「危ねぇじゃねぇか。レイに石飛礫が飛んだらどうするんだ、トカゲ野郎」


 剣が燃えていた。その剣が添えられている強大な腕はプルプルと震え、明らかに親父の力に押し負けているように映る。


「だから、子供を連れてくるようなクエストではないと、言ったのだ」

「うっせぇ、もうやらせねぇから大丈夫だ」


 シャラ姐に支えられ着地した俺は、竜の腕を片手で支えながら普通に会話する二人に唖然とした。


「よぉく見てるんだぞ、レイ」


 親父は自分の足で立った俺にそう言って、笑いかけると、いつかの時のように消えた。


 次の瞬間、凄まじい斬撃音がなり、噴水のように竜の手から血が吹き出す。


 グァァァアァア!


 前足を失いバランスを崩した竜が地面に倒れ、悲鳴を上げる。


「喰らえッ、緋炎!」


 その声は頭上から聞こえた。思わず顔を上げた俺の目に、太陽のような熱射か飛び込み、赤く赤く燃え盛る剣から放射された熱が、俺の目を焦がした。

 羨望という熱をもって。


 振り下ろされた剣から発射された業火の渦。それは、竜の全身を包み、その体を燃やし暴れ狂う。全身を焼かれる痛みに叫びを上げる竜は、それが逃れようと足掻くが、すでにその両手両足は灰になりかけていた。


 親父の姿を見失ってから、殆ど一瞬の出来事で、何が起こったのか俺にはわからなかった。


 けど、この時、俺は知ったんだ。


 人の可能性を。


 人が到達出来る境地を。


 そして、俺にもある可能性を。


「カッコイイッ、父さん!」


 それは心からだった。親父がその言葉を言わせるために、俺を連れてきたのを知っていて、けれどもそんな事どうでもいいと思うほど、俺はこの目に焼き付いた光景に激しい興奮を覚えを、叫んでいた。


「これだ……この言葉が聞きたかった」


 感極まった様子で親父は、空を仰ぎ呟く。その目に、薄っすら涙が浮かんでいるのは気のせいではないだろう。


「ははは……さすがはレディクさんの息子ですね……普通、こんなもの見せたら泣くと思うんですけど……」

「それより、レディク。竜の素材がどれだけ貴重かわかってるのか! 全部燃やしてしまって、これでは素材の回収が出来ないだろうが!」


 シャラ姐の呆れ声も、ウルケルさんのお怒りの言葉も、父さんかっこいいの言葉を受けたレディクには届いていないようだった。


 ────て。


 その時、不意に声が聞こえた気がした。


 親父達のものではなく、けれども何故か聞き覚えがあるような声。


 俺は思わず振り返り、自分でも無意識のうちに駆け出していた。


「あっ、おい、レイ!」


 駆け出した俺に制止をかける親父の声を無視し、俺は燃え尽きたドラゴンの死骸を乗り越え、その先にある茂みへ──手を伸ばす。


 すると、ガサガサと茂みが揺れ、次の瞬間には黒い物体が飛び出してきた。


「ピィ」


 それは──竜だった。

 真っ黒な体に、手に乗るほど小さな体。その体には、粘ついた液体が付いていて、虚ろにも見える力のない目はまるで寝起きのよう。


「ピィ?」


 手の上で、小さな幼竜が首をコテンと傾げた。それはまるで、呆然とする俺を気遣っているかのように見えて……


 どうしよう……物凄く可愛い。


 俺はその仕草に完全にやられていた。


 だから、俺はその小さな竜を手に乗せたまま振り返り、自然と口にしていた。


「この子飼っていい?」


 いずれは先程の竜のようになるであろう竜を飼う?

 自分でも何を言ってるんだろうと思ったが、それに対する親父の答えは──


「──もちろんだ」


 俺のお願いに、親父は即決だった。


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