騎士の誇り
ディク編ラストです
あれから3ヶ月の月日が経過した。
唯一のクラスメイトであり、同居人でもあるアリスは相変わらず怖い。毎日一度はキレる。怖い人だ…
キャランベルさんは僕の師匠になってくれた。そういう関係に憧れていた僕がお願いすると、渋々といった感じで了承してくれた。
師匠は基本仏頂面でいつも機嫌が悪そうだが、教え方は丁寧でとても分かりやすい。僕の実力もだいぶ上がってきたと思う。
そんな風に順調に実力を伸ばし、学園生活も楽しんでいた僕だが、最近一つ困った事がある。それは……
「下民が」
「目障りだ。消えろ」
と僕を蔑む様な事を言ってくる二人がいる事だ。少し目の前を通り過ぎただけで、そんな事を言ってくるのだ。
嫌われちゃったのかな?
僕はいつも何も言わず無視する。しかし、それがまた気に入らないかのように二人はヒートアップして更に暴言を吐いてくるのだ。それは反応したとしても同じ。僕が何をしても気に入らないみたいだ。我儘だなぁ。
「あ、ここにいた。また迷ってたの?」
「ち、違うよ!もう道は覚えたから迷わないよ!」
「下民がッ‼︎無視してんじゃねぇ‼︎」
2人を無視して、僕を探しに来たアリスに反応するとすかさずスレグルは暴言を吐く。
それをエルガーが止める。その顔には悪い笑みが浮かんでいた。
「スレグル行くぞ」
その声に従いスレグルは大人しく引き下がる。彼はエルガーの言うことには素直に従う。それは彼の家がスレグルの家よりも身分の低い家系だからだ。身分至上主義の彼にとってそれは絶対なのだ。それはエドガーも同じ。
だから二人は下民である僕が気に入らないらしい。一応僕も貴族なんだけどなぁ……
まぁ、格好が田舎者丸出しだから仕方ないのかも……
「なぁにあれ?ムカつく」
去っていく2人を見てアリスは嫌そうに目を細めた。
「僕の事が嫌いみたいなんだ。それで、どうしたのアリス?」
「あっ。キャランベルさんが呼んでたよ」
「そうなんだ。ありがとうアリス」
わざわざ呼びに来てくれたアリスにお礼を言って僕は師匠の元へ向かう。たぶん演習場にいるだろう。いつもあそこで授業してるから。
〜〜〜〜〜〜
「エルガー、何で止めたんだよ?」
「スレグル、お前は後先考えなさ過ぎだ。もっと頭を使え。例えば……一緒にいた女を攫い脅すとかな?」
「ヘッヘッ、それで止めたのか」
「ああ。今夜やるぞ」
二人して悪い笑みを浮かべ、ネットリとした視線をアリスへと向ける。
この二人はまだ知らない。
それがウサギの逆鱗に触れる行為である事を……
〜〜〜〜〜〜
「あーあ、行っちゃった。場所わかってるのかな?」
どこで待ってるか言い損ね、ディクルドがちゃんと辿りつけるのか不安を覚えた。
あの子はどこか抜けてるから心配だなぁ。
そんな姉の様な気持ちで走り去るディクルドを見送った。
「ま、いっか。私は先に帰ってようかな」
今日の授業はもうすでに終わったので私は寮に戻る事にした。あたりも暗くなり始めているし、何より今日は少しハードな内容のため疲れていたため、早く帰って寝る事にした。
近道しようと、誰もいない路地を通り寮を目指す。そのまま寮に帰れる筈だった。しかし、突然頭に衝撃を受け意識を失った。
「うっ……」
意識を失う直前に見えたのは、先程の嫌な感じを覚えた学生2人だった。
〜〜
「うっ……」
目がさめると私は手を縛られ吊るされていた。
ハッキリとしない意識の中、視線を周囲に向ける。
一体何が……
そこは暗い小屋だった。動物の鳴き声や風の音が聞こえる。その中に混じる二人の男の声。
「おせぇな。あの下民何してんだよ」
「下民の知能ではこの場所に来るのも一苦労なのさ」
「くっくっく、違いねぇ」
馬鹿にする様な笑い。その声に聞き覚えがあった。同時に意識を失う前に見た2人を思い出し、私は状況を把握した。
誘拐された…?
何で私を……目的は何?…ディクルド?
彼をどうするつもりなの?
大体こんな事してタダで済むわけが……⁉︎私とディクルドを殺すつもり⁉︎それならバレる事はないし……いや、でも……
ネガティヴな思考が私の頭の中を駆け抜ける。
「おっ、あいつ目覚ましてるぞ」
「そうか。悪いな女。お前を攫わせてもらったぞ」
「私をどうするつもり⁉︎こんな事してタダですむとでも……」
「済むんだよ。父上の力を借りればな。俺たちが下民に何をしようとなかった事になる」
「そんなっ⁉︎」
そんな馬鹿な話が……
貴族だからってそんな事……
「安心しろ。俺たちはディクルドを殺したいだけで、お前には何もしない。ただそこで人質として大人しくしてればいいんだ」
「エドガー、もったいないぜ。結構この子可愛いじゃん」
ゲスな目を向けてきたスレグルに後退りたくなるが、鎖が邪魔して下がる事は出来ない。
嫌……こんな奴に……
「スレグル、それはディクルドの奴を殺してからにしろ。時間はたっぷりある」
「ヘッヘッ、そうだな」
二人はそう言って再び小屋の外に出た。
残された私は恐怖でどうにかなりそうだった。
助けて欲しい気持ちと、ディクルドが来ないことを願う気持ちでいっぱいだった。
誰か……誰か、私とディクルドを助けて…
そう願う事しか私は出来なかった。
〜〜〜〜〜〜
「ただいま〜」
師匠との話を終えて帰宅した僕。しかし、返事がなかった。先にアリスは帰ったものだと思っていたが、まだ帰ってないみたいだ。
「アリスいないのか……」
そう呟き何気なしにテーブルに目を落とすと、そこには一枚の紙が置いてあった。
アリスから何か伝言かなっとそれを手にとって読む。
ーお前の知り合いの女は預かった。無事に返して欲しければ一人で山の小屋まで来い。地図はそこに書いてある通りだ。
知り合いの女…?アリス⁉︎
心当たりがアリス以外に思いつかなかった。僕は慌てて寮を飛び出す。
そのまま向かっても迷う事が分かりきっていた僕は、街の外にいた冒険者に道を聞き、慎重にだけど全力で小屋へと向かった。
「やっと来たか」
「おせぇんだよ」
そこで僕を待っていたのはスレグルとエルガーの2人だった。
「君達がやったのかッ!アリスを返せ!」
その叫びは中にいるアリスにも聞こえていた。ディクルドが来てしまったと知ったアリスはガチガチと震え始める。
ディクルドが殺され、自分はあの男に慰み者にされると体の底から湧き上がる恐怖に体を震わせた。
「うるせぇんだよ下民が!」
「まぁ待て、スレグル。下民、そのアリスという者が心配だろう?中に入れよ」
怒鳴り散らすスレグルを片手で制し、エルガーは小屋の中へと手招きする。アリスを人質に取られた状態ではこの二人にここで手を出すわけにもいかず、それに従う。
「ディクルド‼︎逃げて‼︎この二人はあなたを殺すつもりよ‼︎」
「黙ってろ!」
「キャア‼︎」
「やめろぉ!スレグル‼︎アリスに手を出すな‼︎」
黙らせようと平手でアリスの顔を叩いたスレグルに僕は怒りを剥き出しにして吠える。
怒りで咄嗟にユニークを発動し、2人に攻撃しようとした僕を諌める様にエルガーは剣をアリスに突き立てた。
「動くな下民。動けばどうなるか、試してみるか?」
「っつ……」
動けばアリスを殺すと脅され動きを止める。怒りでどうにかなってしまいそうだ。生まれて始めてかもしれないここまで怒りを覚えたのは。
纏うオーラが僕の怒りに呼応して赤く染まる。いつもの様に淡い青の色ではない。真っ赤に染まり、燃える様にユラユラと僕を覆っている。
「っつ、そ、それを止めろ!」
赤く燃えるオーラを見てエルガーが怯えた様に言ってきた。しかし、この湧き上がる感情のせいで制御がきかない。まるで僕の怒りを表現するかの様にそれは燃え上がる。
「ば、化け物!」
スレグルは僕を見つめ腰を抜かした。それはディクルドが恐ろしかったからではない。その体から湧き出る光が悪魔の様な形を型取り、まるで意思を持つかの様に笑った事に恐怖したのだ。
エルガーも同じく恐怖していたが、プライドからか怖気付きながらも必死に耐えていた。
アリスは目を見開いていた。そこに恐怖はない。ただ、驚愕していた。いつも穏やかなディクルドが此れ程恐ろしいものを作り上げるとは思わなかったのだ。
アリスは知らない。ディクルドが異常な子供である事を。普通の子供だと思っている。それが間違いだったとこの時に初めて知る事になった。
憎い。この二人が。なんの罪もないアリスをこんな目に合わせて、しかも叩くなんて。
許せない。
この2人を殺してやりたい。
そんな憎しみに答えるかのようにオーラが一人で動き出す。
それは僅か一瞬の出来事だった。
悪魔が恐怖に震える2人を目に止まらぬ速度で鷲掴みにしたのだ。
突如目の前から消えた二人に驚きながらも、アリスの救出のチャンスだとアリスを縛る鎖を剣で切り落とす。
「大丈夫、アリス⁉︎」
「う、うん。だ、だけど、あれは…」
まだ少し震えが止まらない様子のアリスが目を向けた方向に僕も視線をやると、赤い悪魔に掴まれ、悲鳴をあげる二人がいた。
僕はそれを見て、二人が何に怯えていたのかと、突然目の前から消えた理由を悟る。しかし、あの化け物が何なのかはわからなかった。
「あれは何……?」
「えっ…?あれってディクルドの技じゃ…」
「僕の?あんなの知らないけど……」
怒りはすっかり消えていた。まるで何かに奪われたかの様に綺麗さっぱりと。
アリスを助ける事が出来たお陰かもしれない。
「どうしようか?」
あの悪魔を。
あの二人のことは別にどうでもよかった。死のうが生きようが、アリスを攫った二人を助けるつもりにはなれなかった。だが、あの悪魔が僕達に攻撃して来ないとは限らない。
2人を相手にしている今の内にやるべきだろうか?
それともアリスを連れて逃げるべきか……
僕は少し思案する。しかし、それを待ってはくれないようだ。悪魔はスレグルを掴んだ手を僕達に向けて振り下ろしてきた。
「おっと…」
「キャア‼︎」
「ブゴォ‼︎」
咄嗟にアリスを抱き避ける。顔から叩きつけられ、意識を完全に失ったスレグルは悪魔の手から解放され、僕らがいた場所に横たわる。
「絶対僕の技じゃないよ、あれ。攻撃してきたもん」
「何を呑気な事言ってるのよ!あれ絶対やばい奴だよ!」
呑気に相手の動きを見る僕をアリスが諌める。
悪魔は逆手を構え振り下ろす。その手に掴まれたエルガーは絶叫をあげ、スレグルと同じ様に地面に横たわった。
「いい気味だ」
アリスを下ろした僕は倒れた2人を見て鼻で笑う。
自業自得だ。アリスに酷い事をするからこうなる。このまま悪魔に殺されれればいいんだ。
そう思った。
ドガッ‼︎
突然僕の顔に強烈な衝撃が走り、吹き飛ばされた。それは悪魔の攻撃ではない。無愛想だけど、どこか優しい攻撃だった。
「ゲホッ…し、師匠?」
「クソ弟子が‼︎」
「ガハッ」
強烈な一撃を腹に受け、僕は血を吐く。
何で……僕が殴られてるんだ…
「キャ、キャランベルさん⁉︎何を⁉︎」
「離せ」
アリスが体ごと抱きつき止めようとする。それを行動では示さないが、言葉で離れろと示す師匠。
「師匠、何で……」
「何で?そんな事もわからないのか。お前は今何をしようとした?」
「何って、アリスに酷い事をした奴を放っておこうと……」
「それに誇りはあるのか?」
「誇り…?」
僕は師匠の言葉の意味を考える。
悪魔は自分忘れられてね?と考える。
「そうだ。騎士の誇りはあるのかと聞いてるんだ。傷つき今にも死にそうな者を見捨てる事が騎士の誇りか?騎士の誇りとは如何なる者でもあっても、身命を賭して守り抜くことではないのか?どうなんだ、ディクルド‼︎」
僕は間違っていないと思っていた。アリスに酷い事をした奴らだ。死んで当然。助ける義理はないと見捨てた。それを師匠は怒っていたのだ。
それでも騎士を志す者かと。
人を見捨てる様な事をして、騎士の誇りが守れるのかと。
「……ありません。僕には誇りはありませんでした」
「そうか。なら、騎士などやめてしまえ。誇りを無くした騎士など不要だ」
冷たく突き放す様に告げる師匠。
だけど、そんな簡単に諦められる様な夢じゃない。
「……嫌です。僕は騎士になります。だから、僕に騎士の誇りを教えて下さい、師匠」
「………ふんっ。手を貸せ、ディクルド。あの化け物から三人を守るぞ」
「はい‼︎」
忘れられていた悪魔がやっと出番かと構えていた拳を振り下ろした。それを師匠が難なく受け止める。
「ったく、何だこれは……意思がある様に見えるが…ゴースト系の魔物か?」
師匠は赤い悪魔を睨みつけ、その正体を見破ろうと目を細める。
「師匠!僕が攻撃します!」
僕はオーラを纏い攻撃しようとした。しかし、想像していたよりも遥かに少ない量のオーラしか発現できない。
えっ?何で?今日は全然使ってない筈なのに…
オーラを少量しか纏っていない僕の攻撃は悪魔にダメージを与えられなかった。
軽くその光を切り裂いただけで、すぐに元に戻ってしまう。
「何やってんだ、馬鹿弟子!こういう類のものには魔力を纏わなければ、攻撃が当てられないぞ!」
「は、はい!」
師匠に怒られ、慌てて魔力充填を行う。今度は問題なく魔力を剣に宿らせる事が出来た。
「レイ、君の技もらうよ。灼熱魔翔刃‼︎」
見よう見まねのパクリ技。一度しか見た事はないが、親友の技だ。何とか発動する事が出来た。
大きな灼熱の火の波が悪魔を飲み込む。悪魔はそれから逃れようと暴れるが、それをさせまいと師匠が技を放つ。
「斬り裂け」
それは納刀からの抜刀術だった。素早い抜刀により生じた風の刃が魔力によって増幅され、悪魔に襲いかかる。
真っ二つに切り裂かれた悪魔は、その別れた体を別々に焼かれ、悲鳴をあげる事さえなく燃え尽きる。
「やりました師匠!」
「ふんっ。この二人を治療するぞ」
「あ、はい」
師匠は鼻息を一つ吐くと、治癒魔法をかけ始める。僕も微力ながらそれをお手伝いする。
そんな僕らをアリスは唖然と口を開けて見つめていた。先程の光景が目に焼き付き離れなかったのだ。
明らかに異常な何かだったあれをたった2人で、大した敵ではなかったかのように葬った。キャランベルさんだけならまだ納得出来た。さすが有名な人だけはあるなぁで終わった。
だけど、化け物を葬った片方であるディクルドの攻撃もしっかりとあの化け物にダメージを与えていた。もっと言えば、あの化け物はディクルドから生まれた。何がどうやって生まれたかはわからない。だけど、それはつまりディクルドはあの化け物よりも強いということではないのか?自分よりも強いものを生み出す事なんて出来やしないだろう。
彼は本当に私より年下の子供なのか?
私は彼の事が気になって仕方なかった。彼は一体何者で、本当はどこまで強いのだろうと。
それが恋の始まりだとは、この時私を含めて誰も気が付いてはいなかった。
〜〜
ガチャ
「大変だったみたいだな」
「何だ師匠ですか」
私が忙しい1日を終え、部屋で休んでいるとノックもせずに入ってきた師匠。
「おい、それが心配してやって来た私に対する態度か」
「どうせディクルドの事が気になって来ただけでしょう?」
もっと他にあるだろと言いたげな目をしてきた師匠に私は師匠の考えを読んで答える。
この程度の事でこの人が私を心配するなどあり得ない事だ。其れ程私は弱くはないし、この人は心配性でもない。
「まぁ、それもあるがな」
「それだけでしょう。それで?全部話しましょうか?」
「そうだな」
何の話かと言うと今日あった出来事についてだ。
今日私は偶然ディクルドを見かけた。ただ事ではない形相をしていたため、何かあったのかと後をつけた。
つけた先でアリスが誘拐された事を知り、助けに入ろうとしていたが、踏み止まった。
あの疑問を解決するためには丁度いいと思ったのだ。
そのため様子を見ていたが、雲行きが怪しくなった。ディクルドの体から出た光が赤黒い化け物に変化したのだ。それでも私はしばし様子を見ていた。ディクルドはどうするのかと。
すると、ディクルドは誘拐犯がやられる所を見て見ぬフリをし、見捨てようとした。そこで何故か怒りを覚えた私は気が付けばディクルドを殴り飛ばしていた。
そこからは感情そのままに内心をぶちまけた。
あの言葉はディクルドに向けたものではなかった。本当は自分に向けた言葉だった。
私の剣に誇りはあるのかと。
思えば私はあの時咄嗟に体が動いていた。それは無意識のうちに守らなければと感じていたからだ。
それが長く忘れてしまっていた感情であったため、私は戸惑った。
今思えばあれが私の中に残っていた誇りだったのかもしれない。
いつからだろう?
私が人々を守るためではなく、自分のために剣を握る様になったのは…
自分は優秀、他とは違う。だから、私が騎士長になれないのはおかしいと師匠に直訴したのはいつだっただろう?
師匠は言った。私には足りない物があると。実力だけでは騎士長は務まらないと。私は当時、その言い分がわからず、師匠は意地悪をしているだけだと考えていた。だけど、師匠はきっとこの私が忘れてしまっていた誇りの事を指して言ったのだろう。
それがわかった時、この2、3ヶ月抱えていた煮え切らない気持ちがスッと消えた。
私は騎士の誇りを思い出したのだ。
「……というわけで、スレグル、エルガーの両名は騎士学校退学処分に処す事に決定しました。また、口ぶりから余罪がありそうなため、現在それを調査中です」
「ふむ。ご苦労だったな」
決定した処分について報告を終えると、労いの言葉をかけられる。
「はい。誰かさんが教師になれと言ってきたせいで」
「はっはっは。だが、なってよかっただろう?」
「まぁ、そうですかね」
教師にならなければ、私は一生騎士の誇りを無くしたままだったかもしれない。それを思い出せたのは、新たな騎士を育てるという事に携わり、何が必要で何が不必要なのか常に考えていたお陰もあるだろう。
「ところで、お前は何を見ていたんだ?」
「これですか?これは今年の入試の試験問題ですよ」
手に持っていた紙を掲げ、何か説明する。
「ふむ?」
「なんかここの問題が間違ってる気がして見てたんですよ」
「どんな問題だ?」
そう言って師匠は問題用紙を除き込む
騎士道精神に乗っ取った行動は次のうちどれ?
女性が武器を手にした男に追われていました。このままでは男に殺されてしまうでしょう。貴方はどうしますか?
a.男を殺す
b.女を逃し、自分は男を足止めする
c.男の武器を奪い組み押せた後に女と男、両者の言い分を聞く
「答えはcだろう?何が間違ってる?騎士は公平でなければならないという精神を問題にしたものだろう?」
騎士は常に公平を心がけなければならない。
それが騎士道精神の一つだ。そこから考えればこの問題の答えはc。
「はい。けど、私は男を殺さず、女性を騎士の誇りにかけて守り抜くという答えが正しい気がするんですよ。一番近いのはbですかね」
騎士は自身の誇りを守り抜かねばならない。
これも騎士道精神の一つ。それを思えば私の答えはb。善人であろうと、悪人であろうと守る対象だ。それが私の誇りだ。
「ほう?それがお前の誇りか?」
「はい」
「はっはっは、ならばこの問題の答えはそれが正解だな」
高らかに笑いながら、ポンと私の肩を叩くとそのまま何も言わず師匠は部屋を出て行った。
それを見送った後、私は次の日の準備を始める。ディクルドを立派な騎士に育て上げる。その任はまだ解かれていない。
私は彼にこの誇りを伝えよう。私が師匠から貰った誇りだ。これを彼に伝える事が私に出来る師匠としての最大の仕事だ。
「さて、どんな風にしごいてやろうか」
次からは本編に戻ります。
ディクのお話は一旦これで終了ですが、またそのうち書くと思います。
次は土曜日更新予定。




