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新たな生活

『なんだ?報告か?』

「はい」


 騎士団長の執務室。そこに取り付けられた通信用魔具を使い出張中の騎士団長へ連絡を取るキャランベル。

 その顔は険しく、何か悩んでいる様な顔だった。


『どうだった、あの子は?』

「はっきり言って異常が過ぎます。何をどうしたらあの様な子が育つのか……」

『はっはっは、やはりそうか』


 高らかに笑う騎士団長は、どこか納得した様に声を漏らす。


「……魔法試験では少し優秀程度の実力でした。その発動速度と操作性には目を見張るものがありましたが、下級の魔法であったため異常であるとは思えませんでした」

『ふむ……それは手を抜いていたのではないか?』

「それはわかりませんが、その後の剣術の模擬戦は見事でした。始まって一秒も相手は持ちませんでした。貴族の家系の様でそれなりの実力はある子のようでしたが、反応すら出来ず300メートル程空を飛びました」

『そ、そうか。うん、や、やはり私の目に狂いはなかったな』


 機械的に報告するキャランベルの言葉を聞き、自分の予想よりも遥かに異常である事を知った騎士団長は強がりを見せる。いつもならばキャランベルはそれを指摘したりするのだが、彼は今それどころではなかった。


 未だ自分の目に焼き付いた光景が頭から離れず心ここにあらずになっていた。それでもきちんと報告をしに来たのは、自分の師匠でもある騎士団長に、今自分の心の中にある煮え切らない気持ちを教えて欲しいと、無意識に感じてしまっていたからであろう。


「その次の実践試験では第3級騎士を超える実力を見せ付けました。私が止めに入らなければ相手をしていた騎士は死んでいたかもしれません」

『そうか……それでお前はそんな目をしているのか?』

「見えてないでしょう?」


 まるで見えているかの様に言ってきた騎士団長に言葉しか交わせないこの魔具で見えるわけがないと突っ込むキャランベル。


『何年お前の師匠をやっていたと思っている。それくらいわかるさ』

「そうですか……なら、教えてください。私は一体何に悩んでいるんですか?」

『……それが知りたければあの子をお前の手で一人前にしてみせろ』

「はっ?」


 てっきり教えて貰えるものだと思っていた。長年師匠と弟子として、様々な事を教えて貰ってきた。今回も同じ様に教えて貰えるものと思い聞いたのだが、返ってきた答えは教師になれと言う答えとはとても思えないものだった。


『人に教えられるだけでは強くはなれん。それは肉体だけではなく、精神もだ。お前に足りない物は何か、自分で考えてみろ』

「ちょ、ちょっと待ってくだい!そんないきなり言われても…」

『お前はあの子の戦いを見て、その気持ちを覚えたのだろう?ならばあの子といればそれが見えてくる筈だ。それに、あの子を任せるのにお前程適任な者はいない』


 師匠に期待されているともとれる言葉を聞き、期待に応えたいという気持ちと、自分の気持ちを知りたいという欲求がキャランベルの背中を押した。


「……了解しました。少年騎士教育の任承ります」

『ふむ。それではな。ああ〜、憂鬱だ……』


 騎士団長はこれから向かうセンベルアを思い浮かべ、憂鬱になりながら通信を切った。

 そして、1人騎士団長の執務室に残されたキャランベルはそのまま立ち尽くし、自分の心を見つめ直した。

 私は一体何が煮え切らないんだ……


 〜〜〜〜〜〜


「やったぁ‼︎合格だぁ‼︎」


 騎士学校の入り口に張り出された掲示板。そこには合格者の名前がズラリと並べられていた。その中に、僕の名前も並べられていた。しかし、気になるのはその上に書かれた文字だ。あれはどういう意味なのだろうか?


「選定クラス?」


 そんなのあったかな?

 聞いた事ないけど…


「ほう、選定クラスか」

「あらら、爪弾きされちゃったのね」


 僕と違いその意味を知っている様子の二人。

 爪弾き?それって…………どういう意味?そんな言葉知らないなぁ。


「選定クラスって何?」

「選定クラスというのは、いわば特異な者たちが集まるクラスだ。そこは他とは違い個人個人で異なる騎士から指導を受ける事が出来る。よかったな」


 つまり専属の騎士が付くって事?個別指導してもらえるのか。やったぁ!

 けど、母さんの言葉が気になるな。あれはどういう意味なんだろう?言い方から余りいい印象は受けなかったけど…


「それって良い事なの?」

「うーん、良い事といえばそうなんだけど、友達が出来にくかったり、特異な能力を持つ子っていうのは他から嫉妬されたりして面倒な事になる事が多いから一概には言えないわね」


 面倒な事?それって朝歯を磨いたりする事だよね?

 うーん、別に大した事じゃない気がするな。


「そうなんだ。ならいい事なんだね」


 僕はポジティブにそう考える事にした。母さんが言う面倒な事の内容がよくわからなかったといのもあるし、面倒な事が起こっても大した事はないと思ったのだ。


「ディク、頑張れよ。父さんたちはそろそろシエラ村に帰るから、これからは一人だ。初めての事で色々と戸惑う事もあるだろうが、先生の言う事をよく聞いて一生懸命やりなさい」

「はい!父さん!」

「寂しいだろうけど、頑張ってね。ちゃんとご飯を食べて、いっぱい寝るのよ?大きくなったディクに会えるのを楽しみにしてるわ」

「うん!僕頑張るよ!」


 よーし、頑張るぞ!

 父さんたちの期待に応えられるよう、そして何より自分の夢である騎士団長になれるように勉強も修行も頑張ろう。


 そうして新たな気持ちで僕は新しい生活を始めた。それは両親と別れ、レイとも会えない生活だ。不安もいっぱい。だけど、どんな生活が僕を待ってるんだろうとワクワクもした。

 そんな新たな生活が始まりを告げた。それがどの様な結果をもたらすのかは、まだわからない。


 〜〜


「……うぅ、また迷った…」


 父さん達と別れた後、選定クラスに向かおうとした僕はまた道に迷っていた。それを確信したのはまた池の前に着いた時だった。


「ど、どうしよう…また遅刻しちゃうよ…」


 昨日みたいに誰か助けてくれないだろうか?

 誰か、誰か、いないのか?

 ぐるっと周りを見渡すも辺りには猫一匹いなかった。

 うぅ、困った……


 僕はせめてもの抵抗と辺りを必死に歩くが誰にも会わないし、池から離れられない。

 どうなってるんだ僕は……

 自分で自分が信じられない。こうも道に迷うなんて…

 シエラ村では迷わなかったのに…

 どうしてだろう?

 道を覚えていたからかな?

 うん、たぶんそうだろうなぁ。よくよく思い出して見れば小さい頃よく迷子になった様な記憶があるもん。

 それで父さんが見つけてくれて、母さんが泣いていた僕を慰めてくれたんだ。懐かしい。


「……懐かしがってる場合じゃないよね。どうにかしないと……とりあえず後で必死に道は覚える事にして、今は……そうだ!空間スキル!」


 僕はこれだと空間スキルを発動。しかし、レイのようにはいかない。学校全体どころか、池の周辺の空間さえわからない。せいぜい分かるのは自分の周り10メートル程。

 僕には空間系のスキルの才能がないみたいだ。スキルのレベルも中々上がらないし、教えてもらってはや3年未だ進化してさえいない。ここまで上がらないノーマルスキルも珍しい。一体レイはどうやってこのスキルをマスターしたのだろうか?


「弱ったなぁ……頼みの綱のスキルもダメ、人もいない、僕の方向感覚は絶望的……」


 何一つとして、この状況を打破出来そうなものはなかった。

 もう間に合わないね……


 諦めるわけにはいかないので、その後も歩き回る僕だったが、選定クラスについたのはその日の夕方だった。いつまで経っても現れない僕を心配して探しに来た担任が迎えに来てくれなかったら、いつまでも彷徨う事になっただろう。


 〜〜


「ご迷惑おかけしました」


 僕は担任に頭を下げた。クラスまで連れて行ってくれた事、寮の部屋の前まで送ってくれた事に感謝しながら、頭を下げた。

 担任は苦笑いしながら去っていった。


「よし!気を取り直して、まずは同室の人と仲良くなるぞ!」


 一人気合いを入れ、いざっと勢いよく扉を開けた。

 そこには女の子がいた。昨日、案内してくれた子だ。それだけなら、昨日はありがとうと言って済んだ。しかし、そうはいかない。

 何故なら彼女は服を着ていなかったからだ。下着はつけているが、それ以外は何もつけていない。


「し、失礼しました‼︎」


 勢いよく開けた扉を、瞬時に閉めた。

 せ、セーフ……

 セーフではなくアウトなのだが、かなり慌てていた僕は気が付かない。しかし、アウトだった事はすぐにわかった。


「キャァァァァア‼︎」


 中から大きな悲鳴が上がる。

 あわわわっ!どうしよ⁉︎逃げる⁉︎けど、ここから動いたら戻ってこれるかわかんないし……いや、けど……

 そんな風に部屋の前であたふたしていると、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 そして、中から顔を真っ赤にし、目に涙を溜めた女の子が出てきた。その顔に浮かぶのは怒り。

 冷や汗が流れ出る。

 そして、僕は往復ビンタの刑に晒された。それを騒ぎを聞きつけやって来た騎士学校の生徒達が、何事見にやってきた。何人かはなんとなく何があったかを察し、呆れ半分、同情半分の目を向けてきた。

 助けてよ!

 ビンタされながら助けを求める。

 な、何発やるんですか…?

 そう聞きたかった。


 〜〜


「ご、ごめんなひゃい」

「ふんっ」


 地にひれ伏し腫れ上がった頬のまま謝るのは僕。そして、それを鼻息で跳ね飛ばすのは同室になったアリスだ。


「絶対に許さない!」

「ひっ、もう叩かないで」


 もう腫れるとこないよ……

 部屋の隅でブルブルと震える僕。

 そんな僕を見てアリスはやり過ぎた?と若干反省する。


 よく考えれば今日から同居人が来るのをわかっていた事だ。それなのに呑気に着替えていた私も悪い。

 ノックがあればそうはならなかっただろうが、それをしなかったからと、私よりも幼い子供を頰がパンパンに膨れ上がる程叩くなんてやり過ぎだ。

 私の事を恐怖の対象として見詰め、酷く怯えている。

 これから数年間共に生活するのだ。このままは良くない。

 けど、どうしたらいいだろう?

 この場合一応被害者は私じゃないだろうか?

 着替えを見られたのだ。幾らやり過ぎたとはいえ、その被害者である私が謝るのは如何なものか…

 謝るのは納得出来ない。ここは別のアプローチの仕方を考えよう。


「……次からはノックをきちんとする事」

「ひゃい?」

「いいわね⁉︎」

「ひゃ、ひゃい!」


 また怯えさせてしまった……

 ……もういい!今日はもう寝る!

 問題を棚上げしてアリスは自分のベットに入り眠ろうと目を閉じた。



 〜〜


 ガタッガタッ


 人が動く気配がしてアリスは目を覚ます。一瞬、誰⁉︎と身構えたが、すぐに同居人が増えたのを思い出しその人物が何かしてるのだろうと再び目を閉じた。

 まだ真っ暗じゃない。こんな時間から何してるのよ。

 そんな風に少し疑問を覚えながらも、話かけようとはせず、我関せずと目を閉じた。どんどん問題を先送りにするアリスだった。


 一方、物音を立てた原因である僕は服を着替え、剣を持ち朝の修行に出掛けた。毎日欠かさずやる事が上達への近道とレイが言っていた。きっとレイは学校に行ってからも毎日やってるんだろう。僕も置いて行かれない為には毎日やらないといけない。

 別にアリスが怖かったから逃げたわけじゃない。例えいつもより早い時間に起きて修行を始めたとしても…


「よし、これをこうしてと……」


 僕は迷子防止策を一晩じっくり考えた。そこで思い付いたのは紐。

 部屋から演習場まで紐で繋げておけば、迷子になって帰ってこれなくなる事はない。そう考え紐を部屋のドアノブに括り付け、それを伸ばしながら演習場に向かった。

 しかし、ここで誤算が一つ。

 帰りは完璧だったが、行きが問題だった。演習場まで辿りつけなかったのだ。着いたのはあいも変わらず池。どうしていつもここにたどり着くのだろうか?

 そんな事を思いながらも、ここでいいかと1人素振りを始めた。


 2、3時間程やってからそろそろ戻らないと、と紐を辿り始める。

 我ながら完璧だ。これなら迷子になる心配はない。学校に行く時もこれで行こう。


 〜〜


「あ、おはようございます」

「……おはよう」


 アリスはまだ機嫌が悪そうだ。

 まいったなぁ…学校まで連れて行って貰おうと思ったのに、これじゃあ無理かも……


「……あなた名前は?」

「ディ、ディクルドと言います」

「そう。私はアリス、これからよろしく」


 アリスは無愛想に自己紹介した。

 昨日よりは機嫌いいのかな…?よし、思い切ってお願いしてみよう。


「あの〜、アリスさん、学校まで案内してくれませんか?」

「それは構わないけど……どうして?学校はここから真っ直ぐ行ったところよ?」

「そうなんですか。ええっと、迷うかもしれないので、出来ればお願いしたいんですが…」

「迷うも何も一本道よ?」

「それでも僕は迷うんです……」


 ああそうと苦笑いするアリス。痛い子を見る目になっている。


「そんなに迷うならクラスまで送ってあげようか?」

「本当ですか⁉︎是非お願いします!」

「う、うん。クラスはどこなの?」


 身を乗り出す様にアリスの提案に乗った僕に、少し引き気味に答えるアリス。


「ええっと、選定クラスです」

「えっ⁉︎本当に⁉︎私もよ」


 驚いた。アリスさんも選定クラスなんだ。という事は何か特別なスキルでも持ってるのだろうか?


「よかったぁ。これでクラスメイトが出来るわ」

「えっ?けど、アリスさんと僕は学年が違うからクラスメイトにはなれないんじゃ…」

「あなた何も知らないのね。選定クラスだけは学年別に別れていないのよ。個別に別れての授業だし、そもそも人がいないのよ」


 人がいないから纏めちゃえって事?適当だなぁ。

 そんな事を考えているとアリスにギロリと睨まれた。見れば手に服を持っている。着替えるから出て行けとその目は語っていた。

 僕は慌てて逃げ…じゃなくて部屋から出た。

 あの人怖いよ……


 〜〜


「あ、ここですか」

「違う!逆よ逆!」

「あれ?」


 教室の前に着いても方向音痴は健在だった。全く逆方向の教室に入ろうとした僕をアリスが怒鳴りながら止める。


「信じらんない……私今こっちに入ろうとしたのに…」

「あははは……」


 呆れ果てるアリスに僕は渇いた笑い声を出す。

 ここまで重症だとは……

 自分の事ながら、呆れてしまう。


 よし今度こそ教室に入るぞと扉に手をかけた。


「こっちですね」

「隣よ‼︎」


 アリスからチョップ付きのツッコミが飛んできた。

 痛い……


 そんなこんなで教室に入るのに10分もかかってしまった。アリスはさっきから恐ろしい、あそこまで間違うなんてある意味すごい、など独り言を言っていた。

 僕は苦笑いしながら二人しかいない教室で教師が来るのをひたすら待ち続けていた。


 ガラガラガラ


 引きずる様な音と共に教室の扉が開き、二人の騎士が入ってきた。一人は昨日ここまで連れて来てくれた担任。もう一人は、キャランベルさんだった。


「キャランベルだ。今日からそこのディクルドの教師になる事になった」


 短くそう挨拶するキャランベルさんは僕を凝視していた。その瞳は鋭く光りとても怖い。

 僕何かしただろうか…?


「キャランベル⁉︎」

「何?有名な人なの?」

「ばっ、あんた知らないの⁉︎今一番次の騎士長に近いって言われてる人なのよ⁉︎」


 どこの田舎者よとまで言ってくるアリス。

 確かに田舎だけどさぁ……


「そんな事はどうでもいい。ディクルド、演習場に来い。そこで授業をする」


 キャランベルは手短にそう言うと教室を出た。僕はその後を慌てて追う。一人で演習場に向かおうとしたらまた迷子になってしまうからだ。


 〜〜


「ずるい……」

「えっ?何が?」

「あんただけ、あんな凄い人に教えて貰うなんてずるいって言ってるの!」

「ええっ⁉︎」


 胸ぐらを掴んできたアリスに慌てる僕。


「ふんっ」


 ひとしきり振り回して満足したのか、パッと手を離すアリス。

 やっぱりこの人怖い……


 そんな怖い人、アリスとの共同生活、そしてキャランベルさんとの師弟関係が始まった。


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