少年騎士
騎士。
一言にそう言っても、騎士にも色々ある。国を守る王国騎士、貴族に仕える近衛騎士、はたまた誰の下に就くこともなく、まるで冒険者の様に世界を回る遍歴騎士。他にも騎士と名の付くものはたくさんある。
その中でも騎士になる事を憧れ、騎士としての知識、実力を身に付ける為に学校に通う子供達の事を少年騎士と呼ぶ。
これはそんな1人の少年騎士のお話。
〜〜〜〜〜〜
春。
別れと出会いの季節。僕は正にその渦中にいた。生まれた時から暮らしていた村を離れ、遠い場所にある学校に通うつもりだ。まだ、入学試験を通っていないため言い切る事は出来ない。
その試験は今からだ。これで僕がここに通えるかどうかが決まる大事な試験だ。落ちれば何週間も歩いて来た道を、また引き返さなければならないという罰ゲームのようなオマケ付きだ。
「き、緊張するなぁ……」
罰ゲームにではない。ただ、何事も初めては緊張するものだ。勝手がわからないというのもあるだろうし、単純に人生の一大イベントと言っていい試験だからと言うのもあるだろう。
「ここを右かな…?」
僕は父さんに渡された地図に従い、試験会場へと向かっていた。両手持ちで小さな地図を前に掲げ、書いてある通りに進む。
「あれ?おかしいな?ここのはずなんだけど…」
地図に書かれた最終地点。本来そこは試験会場であるはずだった。しかし、目の前に広がるのは池。再び地図に目を落とせば、池があるのは目的地と真反対だ。
「おかしいな?地図通りに進んだ筈なんだけど…」
そう上下反対に掲げた地図を見て1人悩む。
父さんが間違えてのかな?それともどこかで道を間違えたのかも…
僕が地図が逆さであると気付くことはなかった。
「ちょ、ちょっと!こんな所で何してるの⁉︎試験始まってるよ⁉︎」
僕が池の前で一人、こっちかな?あっちかな?とやっているとハツラツとした元気のいい声が聞こえてきた。
そちらに目を向けると、白に近い薄い金色の短い髪の女の子がいた。格好は鎧を身に付け、騎士風ではあるが、あどけなさが残った顔からはその子がまだ本物よ騎士とは呼べない少女である事は明白だった。
「えぇっ⁉︎それは大変!」
試験に遅れちゃう!いや、遅れてるんだ!早く行かないと!
僕は慌てて少女のいる方向とは逆向きに走り出した。理由はなんとなくだ。
「逆‼︎こっちだよ!」
「………」
僕は方向音痴なのだろうか?
地図があっても迷うし、勘は見事に外れるし……
「ありがとうございます!それじゃあ!」
今度こそ僕は正解の道を通ったはずだった。
しかし、気が付けば、池に戻って来ていた。
なぜ…?
自分の方向感覚のなさに呆れて疑問を問いかける。それは、その様子を見ていた少女も同じだ。
「…なんで?」
「なんででしょう…?」
僕が聞きたい。真っ直ぐ進んだ筈なのに戻って来ちゃった。魔法でもかけられてるんだろうか?
「えっと、案内しようか?」
「是非…」
少女は親切にも試験会場まで案内してくれた。さすがに案内されれば、幾ら僕でも迷わない。問題なく試験会場に辿り着いた。
「ありがとうございました。助かりました」
「ううん、これくらいどうって事ないよ。その、頑張ってね。試験も、人生も…」
少女から手厚い同情の視線が向けられた。もう僕は重度の方向音痴で確定されてしまっているらしい。いや、まぁそうなんだけどね…
人間誰しも弱点はあるものだ。僕の場合はそれが方向感覚だったってだけの話だ。
今後は知らない場所に行く時は早めに出る事にしよう。迷うから…
「す、すいません。道に迷って遅れました…」
試験会場に入ると騎士の格好をした教員らしき人がいたので、謝りながら話しかけた。遅れてしまったので、とりあえず試験官に指示を仰がなければならないと思ったのだ。
「道に迷った?ふむ、では君は不合格だ」
「えっ?ふ、不合格ですか…?それは、その…」
「冗談だ。だが、遅刻は減点対象となるから、君が合格するには些か厳しい事は間違いないがな」
よ、よかった〜。いや、良くはないか…
減点か……幸先悪いなぁ…
僕はその人に案内されて他の子とは別の部屋に通された。そこには誰も座っていない席が並べられていて、机の上には紙が置かれてあった。一番初めのテストは筆記なのであれが問題用紙だろう。
「そこに座りたまえ。テストの時間は1時間半だが、遅れて来た君は残り1時間しかない。その事を頭に置いてやる事だ。では開始」
開始の合図と共に僕は問題を解き始めた。問題は其れ程難しい訳ではなかった。これならなんとか間に合いそうと思ったのだが、解答用紙に答えを書こうとして気が付いた。
鉛筆忘れた……
「あ、あの〜」
「なんだね?」
「え、鉛筆忘れちゃって……」
「……………」
試験官は呆れていた。正に呆れて声も出ないとはこの事だ。僕も自分のウッカリ具合に呆れかえっていた。
「………これを使いたまえ」
「ありがとうございます!」
試験官が懐から取り出した鉛筆をお礼を言いながら受け取ると、生暖かい視線の中答えを書き込んでいく。
えっと、騎士道精神に乗っ取った行動は次のうちどれ?
女性が武器を手にした男に追われていました。このままでは男に殺されてしまうでしょう。貴方はどうしますか?
a.男を殺す
b.女を逃し、自分は男を足止めする
c.男の武器を奪い組み押せた後に女と男、両者の言い分を聞く
bかな?
aは以ての外だし、cは追われてるのが女性なんだから、男だけ止めればいい気がするな。それに負けたら女性が危険に晒される事になる。やっぱりbがいい気がする。
僕はbと問題用紙に書き込む。
えっと、次は………
時間がないため、問題を次々に解いていく。基本知識から騎士とは何たるかを説く問題まで、実に様々な種類の問題があった。
なんとか時間内に全て解き終わる事が出来た僕はホッとしフゥーと息を吐いた。それを見て試験官もどこかホッとした様な顔をした。
「……そこまで。これで筆記試験はおしまいだ。次は外の演習場で実技試験を行う。荷物を纏め、向かいなさい」
「あ、はい」
次は演習場か……ちゃんと行けるだろうか?
そんな不安が顔に出ていたのか、試験官が少し心配気な眼をして聞いてきた。
「どうかしたのか?」
「いや、えっと……僕、実は方向音痴みたいで…ちゃんと演習場まで辿り着けるかなぁって…」
「……なるほど。では、私が案内しよう」
納得顏になった試験官は、手早くテストを回収すると僕を連れて演習場まで案内してくれた。とても助かった。また試験に遅れて、減点されたらたまったもんじゃない。
そんな事を考えていると、前からとても煌びやかな鎧に身を包んだ若い男が走り寄ってきた。
「ここにいた‼︎何してるんですか、騎士団長⁉︎」
「むっ、ばれたか…」
「えっ?騎士団長…⁉︎」
「もう少し遅く来ればいいものを」と言って、反省の色なしの騎士団長。
騎士団長…
全騎士の頂点に立つ人……この人が……
僕は尊敬の眼差しを騎士団長に向ける。かつての父さんと同じ場所まで登りつめた人だ。それだけで僕にとっては尊敬する対象としては最高ランクになった。
「いったい何をしてるんです⁉︎今日はセンベルアに向かう筈でしょう⁉︎」
「チッ、仕方ない……おい、キャランベル、この子を演習場まで案内しろ。私は嫌々センベルアに行ってくる」
「はぁ⁉︎何故この栄えある王国騎士団第1級騎士の私がまだ入学もしていない子供を案内しなければならないのです‼︎」
一級騎士とは騎士団長を頂点としたピラミッド構造の組織の中で三番目にの位に位置する超エリートの事だ。騎士団長の下に第1から第6までの騎士長がいて、その下に第一級から三級騎士がいる。
つまり、第一級騎士は後の騎士長と期待されるエリートなのである。
そのエリートがまだ騎士にすらなっていない子供を案内するという事は彼のプライドが許さないのだろう。
「なら、お前が私の代わりにセンベルアに行け。あそこの領主に私は会いたくないんだ」
「いや、それはちょっと……。勘弁してください」
先程とは打って変わり大人しくなったキャランベル。其れ程センベルアに住む領主に会う事は嫌なのだろうか?
「なら、案内してやれ。それとその内容を後で報告するように。詳細にな」
「はいはい、わかりましたよ。まったく私がなんでこんな事を……」
投げやりな返事をするキャランベル。そんな態度をとっていいのだろうかと疑問に思うが、騎士団は僕が思っていたよりもアットホームな雰囲気があるのかもしれないと疑問を外に追いやった。
「あの、よろしくお願いします」
「ふんっ、こっちだ」
せめて嫌な印象を与えないようにと丁寧に頭を下げた。それにキャランベルは鼻息を一つ鳴らし、歩き始めた。僕は騎士団長にお礼を言ってからその後を追う。
その背中を騎士団長は期待を込めた目で見つめていた。
「楽しみだな。先輩の息子がどれ程のものなのか…」
〜〜
「ここだ」
「ありがとうございました!僕一人じゃここまで来れませんでした」
「?まぁいい。精々いい結果を残す事だ」
僕の言葉に筆記試験を行った校舎を真っ直ぐ見つめ不思議そうな顔をしたキャランベルはそう言い残し自分は試験官達のいる所へと去っていった。
一人になった僕は気合いを入れようとパンパンと両の頬を二度叩き、軽く準備運動を始めた。
そんな僕に周りから視線が集まる。なんだろうと目を向けると、周りの子供達はサッと視線を逸らした。その視線を逸らした子供達は誰も準備運動などはしていなかった。大人しく試験が始まるのを待っていた。
あれかな?気合が入り過ぎたのかな?大人しく待ってた方が良さそうだ。
そう思い、準備運動をやめて大人しく待っていると馬鹿にするような嘲笑が聞こえてきた。
「ぷふふっ」
「おいおい、笑ってやるなよ。可哀想だろう?」
「ぷくくっ、だってさ……」
嘲笑と共に聞こえてきた会話。誰の事を言ってるんだろうと会話が聞こえる方向に目をやると、腹を押さえる茶髪の少年と、それを止める振りをして自分も馬鹿にする様な笑みを浮かべる金髪の少年がいた。二人とも高そうな鎧に身を包み、どこか偉そうな雰囲気を漂わせている。
貴族の人かな?
そう僕は推測する。
「なんだ下民?何か文句でもあるのか?」
「文句?」
「おい、なんだその態度は‼︎俺たちを誰だと思ってる⁉︎」
金髪の方が睨むような視線を向けて挑発する様に言ってきた。それを僕が疑問で返すとその後ろにいた茶髪が激怒した。
何で怒ってるのかな?
何が原因であんなに怒っているのかわからなかったが、とりあえず謝っておこう。これから一緒に生活していくのだ。仲が悪くなるのは良いことじゃない。
「ごめんね。何か気に触っちゃったみたいで」
「下民風情で、舐めた口を…‼︎」
「やめろ、スレグル。試験に落ちたいのか?」
「っつ……すまない、エルガー」
更に激怒した茶髪、スレグルを冷静に止めた金髪のエルガー。
また怒らせちゃった…
僕の言い方が悪かったのかな?
そんな疑問を抱えていると、時間だと言って試験官が試験の説明をし始めた。
実技試験は3つに分けられる。
まず一つは剣の腕前。これは受験生同士を戦わせて、その実力を見るらしい。剣は真剣ではなく木剣。勝敗は関係ない。ただその腕前を見たいだけだからだそうだ。
次に魔法の試験。これは自分の最も得意な魔法を試験官の前で披露するという試験だ。その操作性や発動速度も見られるそうなので、難しい魔法でなくてもいいみたいだ。
最後の試験は実践だ。現役の騎士相手に模擬戦をしてその実力を見るらしい。魔法、剣、スキル、何を使ってもいいそうだ。
この事は前もって父さんから聞いていたので、僕は改めて確認をするだけだ。他の子達もそうだろう。誰も初めて知ったという顔はしていなかった。
「それでは試験を始める。呼ばれたら、来るように」
試験が始まった。3つの試験を同時に行うようで、次々に呼ばれていく。
そんな中、僕は他の子の試験の様子も見ずに1人思考に耽っていた。
どうしようかな?
剣はいいんだけど、魔法と実践、どちらに力を入れるべきだろう?
そんな事を考えていた。
魔力には限りがある。そして、魔力が消費されるのは魔法とスキルの二つ。実践ではこのどちらも使う事になるだろう。出来れば温存しておきたい。
そうなると魔法の試験で手を抜かなければならなくなる。上級の魔法を使えば、いい成績が残せるだろう。だが、その代わり実践の試験をするには魔力が足りない。僕の魔力量では上級の魔法一発で殆どの魔力を消費してしまうのだ。
困ったな…
試験までに魔力量が増えている事を願ってたけど、どうもそうはいかないみたいだ。
ここは実践に力を入れようかな?
魔法の試験は初級でも発動速度と操作性にも配点があるからそれ程低くはならない筈だ。ここは実践の方に力を入れよう。
「次、ディクルド君」
「あ、はい!」
結論が出たタイミングで名前が呼ばれた。まずは魔法の試験のようだ。
「君がそうか。期待してるよ」
「えっ?が、頑張ります」
よくわからないが、期待して貰えてるようなので頑張ろう。
「フゥー……ファイアボール‼︎」
僕は落ち着くために深く息を吐いてから、魔法を唱えた。即座に目の前に出現した火の玉を操り、回転させながら、的へとぶつけた。
発動速度を意識したため今の僕に出来る最高の速さで魔法が出現した。それを少しでも点数をあげようと回転を加え、更に螺旋を描く様に飛ばした。
これで少しはいい点数になってるといいけど…
そう思い、期待していると言ってくれた試験官に目を向けた。すると試験官は目を見開き唖然としていた。
あれ?ひょっとして期待を裏切っちゃったかな?
そう僕は解釈した。てっきり上級の魔法を使うと思ってたら、初級でしたとなったら唖然としてしまうのかもしれないと思ったのだ。
不安だなぁ……
僕、減点されてるから他より頑張らないといけないのに、これじゃあ試験に落ちちゃうよ…
残りの2つは頑張らないと。
魔法の試験が終わるとすぐに次の試験に呼ばれた。剣の試験だ。ということはつまり、相手がいるわけで……
「ふんっ、貴様か。下級の魔法しか使えない下民程度では私の実力が示せるか不安だな」
嘲り笑う様に言ってきたのはスレグルだ。茶髪の髪の毛の合間から見えるその顔は自信に満ち溢れていた。すなわちこんな下民程度に負けるわけがないと。
そんな自信を持つスレグルを前にして僕は萎縮していた。これ程までに自信があり気なんだ。それ相応の実力を持っているのだろうと僕は考えた。本気でいかないと実力も示せず終わってしまうかもしれない。最初から全力でいこう。
「始め‼︎」
試験官の開始の合図と共に僕はスレグルに肉薄した。そのスピードは肉体強化系スキルを全て使ったため、かなり速い。息を吸うよりも早く接近した僕は全力で剣を振り抜いた。
それはスレグルの腹に吸い込まれ、鈍い音共にスレグルを空高く吹き飛ばした。
あ、あれ……?
予想と大きく違う結果に唖然とその様子を見守った。スレグルは300メートル程空を泳いでから落下する。
生きているだろうか?
「ガフッ!」
血を吐き横たわるスレグル。慌てて試験官が近寄り治癒魔法を施す。
よかった〜、生きてたみたいだ。
それにしても、彼は思ったより大した事なかったな。まぁ、レイでも対応するのに苦労してたし、案外僕って動きが速いのかもしれないな。
それに彼は明らかに油断してた。もしかしたらその油断がなければ、僕は勝てなかったかもしれない。
あまり調子に乗ったらダメだよね。
そんな風に自分を諌めながら、次の試験が始まるのを待っていた。気のせいか、僕の周りから人がいなくなった気がする。なんでだろ?
「ディクルド君!」
「はい!」
最後の試験だ。後悔しない様にさっきと同じで初めからフルスロットルでいこう。
「では始め‼︎」
相手は高そうな鎧を身につけた中年の男性だった。とても強そうだ。胸を借りるつもりでいこう。
先程の試験とは違い、僕は開始早々に攻めたりはしなかった。
まずは様子見だ。これは実践。初めから突撃するようでは思わぬ動きでやられてしまうかもしれない。
「こないのか?では、こちらから行くぞ」
そう言って、騎士は一歩踏み出す。
速い!
流石は現役騎士といったところか。手を抜いてくれているだろうにこの速さ。レイが肉体を強化した時と同じぐらい速い。
僕は咄嗟に肉体強化全開にしてそれに対応する。横薙ぎに払われた剣の勢いを殺し、自分は相手の体の内側に入り込む。そして背中を向けながらの肘での一撃を入れる。
その一撃は鎧に阻まれダメージを与えるには至らなかった。むしろ、生身で攻撃した僕自身にダメージがあった。肘痛い……
僕は続けて飛び蹴りを放った。それは相手にダメージを与えるためのものではない。自分が相手から距離を取るために放った一撃だ。鎧の胸のあたりを踏み台しに空高く飛び上がる。上から騎士を見ると、少しよろける程度で、ダメージはないようだ。
だけどそれで十分。距離は取れた。
僕は更に肉体を強化するため、体に淡い光を纏った。僕のユニークスキル。これがなければレイと渡り合う事は出来なかったと言い切れる僕の切り札とも呼ぶべきスキルだ。
その切り札を切らなければ、この人とは渡り合えないと、この短い戦いの間にわかったのだ。本気でいかなければやられてしまうと。
地面に降り立った僕はすぐに相手の間合いへ飛び込んだ。騎士の目には驚愕の色が映っていた。明らかに先程とは違う動き、それが騎士を驚愕させるに至った。
「はっ‼︎」
「くっ」
僕の全力の一撃を騎士は歯を食いしばり受け止めた。そこには意地があった。騎士として子供に負けるわけにはいかないという意地が。
その意地が手加減しなければいけないという考えを忘れさせた。
剣の押し合いに負けたのは僕だった。剣を押し返された勢いでバランスを崩し、後ろによろける様にして下がる。その隙を突くように、振り下ろされた剣。
僕は咄嗟に魔力充填で鎧を強化する事でその一撃に耐える。
鎧から大きな衝撃が伝わってきたが、それに耐え僕は光を凝縮し始める。
力で負けた。速さでも負けるだろう。経験も技術も向こうが上。ならば僕だけのこのスキルしか勝ち目がない。
剣に光を凝縮させ、必殺の一撃を貯める。チャージ時間はおよそ10秒。僕の最大威力の攻撃だ。これでダメなら仕方ない。
もちろんそれを黙って見ている騎士ではない。先程までの穏やかな視線など残ってはおらず、本気の目で僕の攻撃を止めようと肉薄してくる。
それを剣を使わず体の動きだけで何とか躱し、一瞬の隙をついて距離を取る。尚も接近してくる騎士。
その騎士を真っ直ぐに見つめ、チャージが終了した事を体を覆っていたオーラが消えた事で知った僕は、剣を上段に構え振り下ろす。
「聖光蓬莱撃‼︎」
それはかつてレイとの戦いで使った技。僕のオーラは纏うものを強化し、凝縮し放つ事で強力な攻撃にもなる。これは残りのオーラを全てつぎ込み放った一撃だ。それはかつてのものとは比べられない程の威力を秘めていた。
大きく地面を削り全てを飲み込まんとする光の奔流。
騎士は立ち止まり焦燥と共にその身を盾で守ろうとする。
地面を削る轟音に周りの生徒、試験官共にその光を目にする。そして、それを見たものは驚愕と恐怖の色をその顔に浮かべた。
その中で一人、違った表情をした者がいた。その者の顔にも驚愕の表情があるが、それよりも焦りの色が強かった。慌てて座っていた椅子を蹴飛ばし、その者は試験官の騎士と光の間に飛び込んだ。
ゴォォォオ‼︎
鳴り響く轟音。その音の中に突如、現れた耳を抑えたくなる様な音。
キュィィィイン‼︎
それは間に割って入った男を光が飲み込む音だった。男は光の中で魔力を纏わせた剣を縦横無尽に振り回す。それは光の奔流の中で男と後ろの騎士がいる場所だけを切り開く。
やがて収まった光の中から、腰を抜かした騎士と額に汗を滲ませ焦燥の念を浮かべる男、キャランベルが現れた。
「あれ?」
突然現れたキャランベルに僕は首を傾げる。何であの人がいるんだろうかと。
そんな僕の疑問を無視し、キャランベルは後ろの騎士に目を向ける。
「大丈夫か?」
「は、はい!助かりました、キャランベルさん」
「そうか」
騎士の無事を確認したキャランベルは短く返事をすると、難しい顔をしてその場を去る。演習場からも去り、その場を沈黙が支配する。試験の途中だった者まで動きを止めていた。
何この状況…?一体何が…
自分のせいだとは露知らず、割って入ってきたキャランベルが何かしたせいだと考え始める僕。
キャランベルさんが入ってきた事にみんな驚いてるのかな?僕も驚いたし…
それより試験はどうなるんだろう?このまま続けてもいいんだろうか?
「あのー、試験続けてもいいんでしょうか?」
「はっ⁉︎いや、それはだな、うん、試験は終わりだ!ご苦労だったな!」
慌てて逃げる様に試験官は去った。他の試験官と何か話している。代わってくれとか、もう無理だなどと言っているのが聞こえた。
どこか怪我したのかな?キャランベルさんが入ってきたのに驚いて足でもくじいちゃったのかも…
そんな他人事のように僕は考えながら、待機場所まで戻る。すると、人がかき分ける様に離れていくではないか。
えっ?何?
僕が一歩踏み出す。
周りは二歩下がる。
また一歩踏み出す。
今度は三歩下がる。
何これ?遊び?
そういえばレイに教えてもらった遊びで似たようなのがあったなぁ。確かダルマさんが転んだ。
きっとそれに似た遊びなんだね。
そう考えた僕は一歩踏み出したり、下がったりしてみんなで遊んだ。僕は楽しくなり笑みを浮かべるが、それを見た周りは5歩程一気に下がる。
そんなルールあるんだ。笑うと5歩下がるんだね。よーし、他にもルールがないかやりながら覚えよう。
周りは遊んでるつもりなど全くないのだが、それに気が付かない僕は色々と試しながら動く。
奇妙な団結感が受験生達を一つの集団として動かす遊びは試験終了まで繰り広げられた。
 




