4.幼馴染
コトコト……
香ばしい香りが漂ってくる。その食欲を誘う香りは、昼時の空腹には毒だ。ぐぅ〜と胃が食物を寄越せと声をあげる。
俺は腹を手で摩りながら、ふと香りにつられて、キッチンに目を送る。
そこでは、鼻歌まじりにご機嫌で昼食を作る母さんの姿があった。今日は何だろうかと、料理上手な母さんに期待しながら、出来上がるのを今か今かと食卓の椅子に腰掛け待つ俺の隣で、親父もまたソワソワしながら、母さんを見ていた。
すると、母さんは俺達の視線に気が付き、はぁと小さくため息を吐く。
「最近変なところが、あなたに似てきたわね……二人とも、まだ掛かるから、何かして待っていたら? そんなに必死に見られたら、気が散るわ」
そんな風に邪魔者扱いされてしまった俺と親父は、仕方なく母さんから目を逸らし、けど、まだかなと気になってチラチラ。
母さんははぁとため息をついてまた肩を落とすのだった。
「出来たわよ、二人とも」
「「おおっ!」」
手早く食事を作り終えた母さん。若干の呆れ顔が見て取れる。
俺と親父は親子揃って、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、二人してせっせと食事の支度をする。
今日の昼食は、異世界式のシチューのようだ。日本のものとは違い色は白くない。けど、味は限りなくそれに近い料理だ。
絶妙な塩加減と、子供の俺の口にも優しい細かく切り揃えられた野菜に染み込むシチューの味。
これが母の味というやつだろうか。
俺の胃袋は既にガッチリと料理スキルカンストの母さんにホールドされていた。
「そういえば、そろそろじゃないかしら?」
スプーンでシチューを口に勢いよくかきこむ俺と親父に反して、母さんは実にゆったりとした手運びでシチューを食べていた。
そんな時、ふと思い出したといった感じで、俺に聞いてきた。
「うん。だから、早く食べないと」
「慌てて食べるのは良くないわ。喉に詰まらせちゃう」
「うん、わかってるよ!」
口では頷きながらも、猛ダッシュでシチューを食べて、まだいけるかとおかわり仕掛けた時──
「こんにちはぁ──! レイ─! 遊ぼ─!」
そんな風にピンポンもなしに家の扉を開けて入ってきたのは、俺と背丈が変わらない青髪の子ども。近所に住む同い年の子だ。いわゆる幼馴染というやつである。
しかし、勘違いする事なかれ。
俺とこいつが幼馴染みとして共に育ち、互いに恋をして、甘く辛い青春を駆け抜けるみたいな青春ラブコメ的展開になる事は絶対にない。それをしてはいけない。
なぜなら、そいつは男だから。
「すぐ行くよ、ディク!」
俺は彼の名を呼んで、皿を流し台へ。そして、上着を手に、行ってきますと家を出た。
そんな俺と、一緒に家を飛び出した彼の名は、ディクルド・ベルステッド。愛称はディクだ。
ディクとは2年程前──1歳の頃からちょこちょこと顔を合わせていて、親同士の仲が良く、家族ぐるみの付き合いだ。親父同士がお互いを永遠のライバルを自称して、日常的に競い合っているぐらいには仲がいい。それに関して母さんは何か言いたい事があるようだが、今は置いて置こう。何故か父親二人が、村の中で武力を使った勝負をする事を禁じる村の掟がある事も、ひとまず置いて置こう。
俺とディクは家が近い事もあって、最近になってよく遊ぶようになった。
というのも、放任主義なのか、3歳にして村の中ならという限定付きで、外出を許可されたからだ。
「今日は、何して遊ぶ?」
「うーん、向こうに着いてから考えようぜ」
しかし、外出を許可されたからと言って、村の中は民家と、村の端に畑があるだけで、遊具のある公園はない。だから、俺とディクはいつも村の中央にある開けた広場で遊んでいる。
広場というのは、村の中央にある薄っすらと雑草が生えただけの芝生のような場所の事である。周囲にはぐるりと円を描くように民家が立ち並び、そこには、沢山の人がいて農作業の合間に一服を入れに来た人や、おばさま達の井戸端会議が盛んに行われている。その中に混じって、俺たちより大きい子供──歳にすれば2、3上の子供達が元気に追いかけっこしたり、砂で遊んでいたりする。
そんな賑やかな広場に俺とディクが足を踏み入れると、暖かな笑みを村人達は向けてくる。俺たちは笑ってそれに応えると、広場の中央が少し空いた。
気を使ってくれたのかもしれない。
俺とディクは、数メートルの間を挟み、その中央で向かい合うと。
「やっぱり最初はこれだよな」
「うん、毎日そうだもんね」
家から持ってきた木剣を構えた。
周囲の喧騒が収まり、静けさが生まれ始める。俺はその緊張を助長する雰囲気に飲まれないよう、小さく深呼吸すると、腕の力を抜いた。
──679勝678負1引き分け
それが、俺とディクの勝負の戦績だ。
これだけ言えばわかるのではないだろうか?
このディクルド・ベルステッドという子供の異常性が。
この世界に俺が生まれ落ちて、三年。一年は12ヶ月、360日。月にすれば、1ヶ月は全て30日である。
つまり、俺が生まれておよそ1000日が経過した。その間、俺はこの転生チートを生かし、毎日精進してきたつもりである。
とうの昔にレベルはカンスト。スキルも新たに、アクロバティックという激しい動きを補助するレアスキルを手に入れ、その他沢山のノーマルスキルを身につけた。
能力値にしても、レベルが99になる以前より上昇幅は小さくなったが、それでも一年前の倍ほどに上がっている。
だというのに、この戦績が2以上離れた事は今まで一度とない。
単純に考えればあり得ないだろう。
むしろ、俺がよっぽど才能がないのかと考えてしまう。しかし、俺とディクは既に村の子供の中では群を抜いている。今周りにいる年上の子供達に、恐れられ避けられてしまうほどに。
だから、俺が他に比べて劣っているというわけではない。既に俺の場合は魔物を殺したという実績も伴っている。この場合、疑うべきは、俺の才能のなさではなく、その真逆。
ディクの異常性を疑うべきだ。
ディクの父は元騎士団長らしい。
役職からしてかなり強そうだ。実際、実力的には親父と同等。自ら自分達の関係を永遠のライバルと称するほど、実力は変わらないらしい。
こうして俺たちが競い合うようになったのは、元を辿ればその二人のどちらの息子が強いか勝負に巻き込まれたせいでもあるのだが、どうやら強さは遺伝するようだ。
ディクがそれを証明している。いずれは、こいつも父親のように騎士団長になったりするのだろうか?
正直言って、悔しい。悔しくて、悔しくて、負けたくないと、子供相手に手加減なしに全力で毎回勝負している。それがこの馬鹿げた数の戦績に繋がっているのだが、それでも勝ち越す事が出来なくて、何度も負けた悔しさを糧に勝負を重ねるうちに、俺は競い合う楽しさを覚えてしまった。
向かい合うと感じる何とも言えぬ高揚感。
あくなき大海の如き勝利への切望。
そして、今というこの瞬間、こうして勝負出来る喜び。
俺は笑わずにはいられなかった。
──ゴクリ。
賑やかだった広場は、俺とディクの真剣な眼差しに当てられたのか、今や固唾を飲む音が通るほど静かで、周囲の視線は全て俺とディクへと注がれている。
緊張感が高まる中、俺の体はゆるりと脱力し、その時を待った。
間合いは10歩っといったところか。
正中線を守るように両手で木剣を体の前に構えるディクの目は険しく、俺の瞬きすら見落としはしないと言わんばかりの気迫を纏っている。
一方で、俺は木剣を手にした右手を後ろに流し、低く構えている。体の力は抜き、いつでも飛び出せるような構えだ。
10分に思える長い硬直。しかし、実際は1分にも満たない短い時間が経った時、俺とディクの間を柔らかな風が吹き抜けた。
落ち葉を巻き込み、間を横断した風が通り過ぎようとした瞬間、俺は動き出す。
バッバッバッと強く地面を蹴り接近した俺と同じく、ディクもまた一瞬遅れて間を詰めてくる。数秒と経たず間合いが重なり、どちらからともなく剣を振るった。
俺は腰の回転を乗せたなぎ払いを。
ディクは型に正確な上段からの振り下ろしを。
お互い今できる最善を放った。
ガゴッ──と激しく木剣が交わり、剣を持つ手が痺れた。初撃の威力は拮抗し、鍔迫り合いになる。そうなると不利なのは、片手で剣を持つ俺だ。
ディクの剣技は父親直伝の騎士団仕込み。数多の使い手達が、何代も何代も積み重ねた後に誕生した剣技を、元騎士団団長であった父から教わっているのだ。
俺としては羨ましい限りだが、正統派な彼の剣技はどこか固く、型の定まった動きが多い。
それが良い事なのか悪い事なのか、口にして語れるほど俺は剣を習熟しているわけではないが、こういった鍔迫り合いなどのよくある光景では、過去の経験が積み重なった剣技を学んでいる方が優勢か。
その一つに、両手持ちか、片手持ちかの差異も入るのだろう。俺は片手で剣を振り、一方でディクは両手で振るう。速さや機転が利くという点では俺の方に部があるが、一方でこうした鍔迫り合いのような力を必要とする場合、不利なのは俺だ。
初めの威力を殺された木剣が、掛かる圧力に耐え兼ねてジリジリと押し返されてきている。
そんなディク優勢の状況を見て、周囲がディクの勝ちかと緊張を解こうとした時。
優勢であったはずのディクが、突如としてその場を飛び退いた。
「ッ!」
こめかみに薄く筋を残し、ディクを飛び退かせた拳。それはもちろん俺の拳だ。
俺の剣術は、体術と剣技の組み合わせ。騎士の父を持つディクと違い、俺の父親は冒険者でろくに剣技を教えてはくれなかった。習うより感じろと言わんばかりに、日たすら模擬戦だ。
だから、俺は自己流で剣を覚えるしかなかった。ある意味それが、最も俺にあった剣術へ繋がるのかもしれないが、一からというのは中々に大変だ。
しかし、幸運にも俺には毎日のように剣を競えあえる存在がいた。負けたくないと意固地になっているうちに、自然と今のような体術と剣を組み合わせる自己流の基礎が出来上がっていたのだ。
まだまだ完成には程遠い、お遊びみたいなものかもしれないが、剣の振り方、腰運び、連体と、体が少しずつ剣を覚えてきていると実感している。
それを知っていたからこそ、ディクは俺が拳を放つことを事前に察知し、紙一重で躱して見せたのだ。
だがしかし、それは俺も同じこと。
ディクが俺の動きを読む事など、初めからわかっていた。
俺は腕を素早く引き戻すと同時に、後退したディクに追随して前に出ると、勢いそのままに突きを放つ。
それに素早く反応したディクは、体に沿うように剣を当て、剣を受け止める。俺の木剣の矛先が、ディクの木剣の腹に当たり、直後ディクが空中で横回転した勢いで、大きく横に逸らされた。
突きに勢いを乗せていた俺は、木剣と同じように体の軌道が逸れ、それに伴って大きくバランスを崩した。前のめりに倒れそうになる俺へ、回転して間合いの内側に入り込んだディクが、体に当てていた剣をスッと真上にあげる。
脳天直下の一撃だ。
それが振り下ろされる直前、俺は倒れそうになる体を強引に踏み出した右足で止め、即座に左手をディクのがら空きになっている腰に当てる。
腕で腹を押すようにして、同時に左足でディクの足を後ろから刈り取り、頭を低くする。すると、脳天直下の軌道を逸れた木剣は俺の髪先を掠め空を切り、ディクは地面へと投げ落とされた。
「かはっ……!」
背中を打ち付けられたディクの口から呼気が漏れる。
俺はすぐさま半回転し、剣を振り上げた。
──勝った。
そう確信して振り下ろした剣。しかし、その軌道はディクの蹴りによって外された。
「くっ!」
ガンと標的の真横の地面を叩いた木剣。そこへ、ディクの手が重ねられ、一瞬の停滞を余儀なくされる。
そして、その一瞬の停滞こそが、この勝負の勝敗を決することになった。
「──僕の勝ちだね、レイ」
スッと首筋に木剣の先が当てられる。掴み上げた俺の腕を引き、間合いの内側に入り込んだディクは、先程のような大人顔負けの気迫を散らし、無垢な笑みを浮かべて、勝利を宣言する。
「あ〜、くそ〜。また、負けた」
一方で、俺は悔しさを噛み締め、地面に倒れた。情けない格好だが、俺の心情を表すには最適な格好だ。
大の字に寝転がって目を開ければ、青い空と眩しい太陽が映る。
その何度となく見た同じ光景に、俺は深くため息を吐いた。
また、勝ち越せなかった、と。
何度も味わった敗北。けれど、その度に悔しさが込み上げてくる。
俺はまだそれに慣れない。きっとこれからも慣れる事はない。
俺はたぶん負けず嫌いだから。
負けるたびに、腹の底から叫びたくなるような悔しさが込み上がってくるのだろう。これからも、ずっと。
「父さんが言ってたよ、油断大敵だって」
「くっ……」
何も言えない。最後の一瞬、勝ったと思い油断したのは事実なのだから。
「はぁ〜、また同点かぁ〜」
もう何度めか数えるのも面倒な同点。俺のどこか気の抜けた呟きは、賑やかなギャラリーの喧騒に掻き消されていった。
現時点でのレイのステータス。
名前:レイ
種族:人間(幼児)
年齢:3歳
レベル:99
生命力:154
筋力:105+20
体力:103+20
敏捷:107+40
耐久:95
器用:235+100
知力:241+50
魔力:200+40
通常スキル
「観察」レベル9:対象の状態を認識し易くなる。
「百里眼」レベル9:視力が大きく上昇。
「真眼」レベル1:動体視力が大きく上昇。
「魔力操作」レベル9:自身の魔力を操作できる。
「魔力感知」レベル1:周囲にある魔力を感知できる。
「身体制御」レベル9:バランスを崩しにくくなる。
「空中制御」レベル9:空中での体のバランスを保ちやすくなる。
「絵描き」レベル7:器用上昇(中)。
「作成」レベル7:器用上昇(中)。
「計算」レベル9:知力上昇(中)。
「天才」レベル2:思考速度が大きく上昇。
「役者」レベル5:演技力が大きく上昇。
「忍び足」レベル9:足音を消せる。
「俊足」レベル3:敏捷上昇(小)。
「空間」レベル9:自身を中心とした空間内の動きを把握できる。
希少スキル
「空間探索」レベル2:スキル「空間」における発動範囲内で検索が出来る。
「アクロバティック」レベル7:地上で自由自在な動きが可能。筋力、体力、敏捷上昇(小)。
魔法スキル
「火魔法」レベル8:魔力上昇(微小)。火魔法の操作性が上昇。
「水魔法」レベル8:魔力上昇(微小)。水魔法の操作性が上昇。
「風魔法」レベル8:魔力上昇(微小)。風魔法の操作性が上昇。
「土魔法」レベル8:魔力上昇(微小)。土魔法の操作性が上昇。
固有スキル
「経験蓄積」レベル2:過剰な経験を蓄積する。蓄積量が大きく増加。自動で発動。蓄積量78023
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称号:「@&☆$」