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34.魔人

 ギルクが呼びに来た時、俺はいつもより少し大変な日常が始まると思っていた。

 ただ、少し慌ただしげに今日の出来事は、過ぎていく。

 そう思ってた。


 母さんが倒れるなんて考えたことなかった。バジル、シャラ姐、ゲルク、ギルマス、彼らが手も足も出ない相手が出てくるなんて思わなかった。


 彼らを置いて逃げる時、俺はみんなの背中を呆然と見ていた。

 彼らの背中を見ていると、自然と足が止まった。


 守りたい

 みんなの事を

 命と引き換えにしても


 そう思ってしまう程、俺はみんなの事を大切に思ってた。


 だから、逃げられなかった。


 誰一人、死なせたくない。


 例え、勝てるような相手じゃなくても、それが俺の意思を阻むなら、逃げるわけにはいかない。


 俺は我儘なんだ。

 我を通す。

 それが、世界で一番自由な冒険者だろ?


「行け、先に」


 言葉が自然と出た。

 もう、突然の事で混乱していた頭は元に戻った。


「だ、ダメだよ!そんな…」

「無理よ!死んじゃうわ!」

「置いていけないよッ、レイ!」

「ピィイ!」

「……」


 足を止め足止めすると言った俺に、ギルク以外は悲痛な声を漏らす。

 ギルクは何も言わなかった。


 ギルクはわかってる。

 このままじゃ、全員やられると…

 そして、一番時間を稼げる可能性があるのが、俺だと…


「行け」


 俺は再度そう言った。

 もう俺は逃げる気はないと、声に力を込めて。


「いやぁ‼︎私も、一緒に…『ドスッ』うっ」


 俺はシャルステナの後ろに回り込み、気絶させた。

 こうなるのはわかっていた。

 シャルステナは絶対、俺を置いてはいかないと…


「ギルク、後は頼む」

「……すまない」

「気にすんな」


 ギルクは悔いるように、拳を握りしめ、謝ってきた。

 後ろには、お前を囮にして、とかそんな言葉が続くのだろう。

 一方、謝られた俺は笑って、気にしてないと口にする。

 単なる俺の我儘なんだから。


 ギルクはシャルステナを担ぎ、その場を離れた。他のメンバーも俺が睨むと、無言でその後を追う。


「いや〜、素晴らしい別れでしたよ。面白いものが見れました」


 再び拍手をして、目の前に現れたローブの男。

 俺はそれを無視して、質問を投げかけた。


「…おい、お前魔人か?」

「ほう。私の正体に気付きましたか。なかなか優秀な少年のようだ」


 特に隠してはいないとばかりに、アッサリと認める魔人。

 いや、隠す必要がないからか…

 こいつは俺を殺す気なのだろう。


「なら、お前が邪神の加護をあの地下水脈に流したのか?」

「お見事!そうです。私が邪神様の力の結晶をそこに置きました。それで、あなたはその結晶がどうなったか知りませか?私がここに来た時には既になかったのですが…」


 俺と魔人は普通に話をしていた。

 魔人にどういう意図があるかわからないが、俺には好都合。

 時間を稼げる。


「……この世界から消した」

「…何ですと?邪神様の力の結晶を消した?どうやって、いや、そもそも、なぜ貴方のような子供がそれを知ってるんですか?」


 どうなら、質問をしてきた魔人は答えが返ってくるとは思っていなかったようだ。


 邪神の力の結晶…

 やはり隔離して正解だったか。


「さあな。お前に教える義理はないね」

「舐めたことを……いいでしょう、貴方を拷問して、吐かせることにします」


 拷問か…

 てことは、こいつは俺を殺しはしないか。

 ラッキーと言っていいのかはわからないけど…


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


 時間を稼ぐだけではダメなんだ。

 俺が負ければ、シャルステナ達が危ない。

 此れ程強い魔人から、ただの子供が逃げられる訳がないんだ。


 ここで…こいつを倒す‼︎


「水竜‼︎」


 俺は魔法を唱えた。

 近付かれれば、やられる。そう直感的に感じた。

 だから、魔法を使うことにした。


「そんなものでは私は倒せませんよ?」

「……いけ」


 魔人は水竜では倒せないと自分で言っていた。

 その通りだろう。


 水竜の最大の攻撃はブレス。しかし、それは充填に時間がかかる。

 だから、魔人は水竜では倒せないだろう。

 俺もそう思う。

 しかし、それでいい。


 水竜の最強はブレスではないのだから。

 そして、魔人はそれに気が付いていない。


「ふん、こんなもの…」


 魔人は手に魔力を通し、水竜を斬り裂こうとした。

 しかし、それこそが俺の狙いだ。

 魔人は武器を使っていなかった。

 持っていないのか、それとも使う必要はないのかは知らない。


 ただ、一つ確かなのは、手を魔力でコーティングしていたことだ。


 この魔人は俺たち人間を舐めている。

 確かにそれをする程の強さを持っているのかもしれない。だけど、これは俺が唯一付け込める隙といって過言ではない。

 その隙を今、魔人は突かれたのだ。水竜に直接触れるべきではなかった。


「なっ…!」


 手で切ったとほ思えない程の斬撃で、真っ二つに水竜は切断された。

 しかし、この程度水竜には痛くもかゆくもない。


 例えば、A地点からB地点に、水が流れていたとする。

 そこを一瞬だけ斬り裂き、二つに分けたとしても、A地点の水は変わらず、B地点へと流れ込み、何もなかったかのように元に戻る。


 そして、その流れは恐ろしく速い。

 切り裂かれた原因ごと、正常な流れに引き戻す。


「くっ…!」


 流れに肩まで飲み込まれた魔人が、足に力を入れて踏ん張っている。

 この魔人ならば、ひょっとしたらそれで耐えることができるのかもしれない。


 しかし、それは俺がいなければの話だ。

 俺は魔法でその地面に穴を開けた。

 そして、踏ん張りが利かなくなった魔人は、完全に流れに飲み込まれた。

 こうなっては容易には脱出はできまい。


 俺は手を掲げた。水竜に向けて…

 やがて掲げた手を伝い、魔力が掌の前へと集まってくる。


 魔人に生半可な攻撃は効かない。

 水竜の最大まで高めた一撃も、効かないかもしれない。

 ならば、新しい技を作るしかない。

 俺が思い浮かべたのは、死にかける直前の光景。


 魔力暴走。

 あれは一箇所に高密度の魔力が集まる事で、発生する。

 例え、集まる量が少なくても、密度さえ満たせば問題ない。

 ならば、今ある魔力を極限まで固めてみよう。


 俺はあの時の魔力の動きを思い出す。

 荒れ狂う風のように、俺の周りを魔力が渦巻いていた。

 それを小さな魔力球の中で、再現する。


「魔爆玉!」


 俺は完成した魔力球を水竜に向けて、発射した。

 水に流されていた魔人の顔に、少し焦燥が現れた。

 魔力球が水竜の中へと飲み込まれた。

 俺はそれを凝縮する。

 魔力球の中で魔力密度が高まり、限界を迎えた。

 俺の制御を無視し、爆発的に膨れ上がり、水竜の身体ごと、魔人を飲み込んだ。


 ドババババ‼︎


 そこにある物を敵味方関係なく、破壊する爆発が、破壊音だけを発して、辺りを削り、破壊していく。

 破壊が止まった時、水竜はその姿を消していた。

 破壊は物質だけではなく、流れをも破壊したのだ。


 びしょ濡れのローブの男は、血を流しながらも破壊された地面に立っていた。

 その顔は怒りに染まり、先程までの余裕は感じさせない。


「……驚きましたよ。あなたのようなガキが魔術を使いこなすとは……気が変わりました。貴方はここで殺します」


 平静を装い、怒りを隠したつもりかもしれないが、言葉の節々にトゲがあった。

 内心怒りで震えているのだろう。

 拷問から殺すことになっているのが、いい証拠だ。


「ガキにやられて、頭にきたのか?」

「どうやら、地獄を見たいようですね」


 俺の挑発に、軽く怒りを露わにする魔人。

 余程俺のような子供に、血を流せさせられたことが許せないのだろう。

 でなければ、こんな挑発に乗るわけがない。


「へぇ、地獄を見せれるとでも?」


 俺は人形を作った。

 数は20体。

 その20体は一斉に魔人へと襲いかかる。

 魔人はそれをなんなく破壊する。


「…どうやら、先程の魔術で倒せなかったあなたには勝機はないようですね」


 そう言いがらも、魔力で強化した腕で土の人形を破壊していく。

 わざわざ全てを破壊する必要もないのに、魔人は人形を全て破壊した。

 俺の技を全て叩き潰したいようだ。


「次は何ですか?火で人形でも作りますか?」

「…炎風剣、氷風剣」


 俺は二振りの剣を創り出した。

 一つは幾つもの闘いを共に闘ってきた火を纏う剣。

 もう一つは氷を纏う風の剣。熱い空気と冷たい空気が別々に俺の肌へと伝わってくる。


 対照的な二振り、赤と青に輝くそれを、俺は両手に持ち、振り下ろす。

 氷と火の刃が魔人へと襲いかかる。

 魔人はそれを手で掴み取り、握り潰した。

 小さな爆発が起こる。

 しかし、その爆発は魔人へ傷を負わすことはなかった。


「面白いことを考える。…しかし、私には届かない。貴方の攻撃はもう、私にかすり傷さえ負わすことはできない」

「……よく喋る口だ。自分の強さを誇張し過ぎなんじゃないか?」

「なにッ?」

「かすり傷どころか、血を流してるじゃないか。あちこちから」

「…黙れガキがッ。調子に乗るなァ‼︎」


 俺が的確に、魔人の言葉を指摘すると、完全に怒りを露わにた魔人が、初めて攻撃を仕掛けてきた。

 フェイントも何もないタダの突き。

 だけど、物凄く速い。

 本来なら、反応もできず、綺麗に揃えられた指に身体を串刺しにされるのだろう。


 しかし、俺にはそれは見えていた。魔人が動く前からすでに。

 予見眼がそれを教えてくれた。


 俺は一つスキルを発動させただけで、ピクリとも動かなかった。

 魔人はそれを、反応出来ていないと考えたのか、口元に笑みを浮かべた。

 それも俺には見えていた。

 そして、魔人の突きが俺の胸、心臓へと迫った。


 バギッ


 鈍い音が聞こえた。


「ガァッ‼︎」


 魔人が痛みに声を上げた。

 見れば突き出していた手を抑え、俺の前で苦しんでいた。


 空間固定。

 魔人の直線的な動きは、その固定する空間を俺に教えてくれたのだ。

 魔人は絶対破れない空間に指を突き刺し、己の馬鹿げた力がそのまま指をへし折ったのだ。


 魔人が逆を向いた指を抑える中、俺は二本の剣を離し、バックステップする。


「解放」


 バックステップの最中、俺はそう呟いた。

 その声に従い、二振りの剣がその身に閉じ込めた、火と氷の刃を解放する。

 魔人はそれを身体全身に浴びる。


 無尽蔵の刃が魔人を襲う。

 その刃は1000を超える勢いで、乱れ飛ぶ。

 さしもの魔人もこれには、防御が間に合わない。

 手で弾けなかった刃が、次々に魔人の身体を斬り裂き、火傷と凍傷を負わす。

 傷が燃え、凍りつく度、魔人は顔を顰める。


 そして、次第に刃の数が減り始める。

 閉じ込めた刃の底を突き出したのだ。俺はそれを当然のごとく受け取り、指を弾いた。


「魔爆」


 それは二度目の破壊のトリガーだった。

 魔人の足元の地面が突然、音を立てて粉々になる。

 硬い石が砂となり、魔力の嵐で乱れ飛ぶ。

 そして、足場を無くした魔人は、それに再び巻き込まれる。


「クソガキがァァァァッ‼︎」


 飲み込まれる直前、魔人は恨みの声をあげる。

 俺は無言でそれを聞いた。


 俺はずっと魔人を挑発していた。

 それはあの場所の地面に罠を仕掛けたからだ。

 魔力を魔素に変換し、地面へと貯めていた。

 それは魔力感知でそこに罠があると、気が付かせないためだ。


 魔素は魔力感知では感知できない。

 だから、そこに罠があると気が付かなかった魔人はまんまと罠にかかった。

 人形も、空間固定も、属性剣も全て囮。


 人形で油断を誘い、挑発して罠へと導く。

 魔人の攻撃を空間固定で防ぎ、属性剣でその場に足止めする。

 すべては確実に、もう一度魔力爆発に飲み込むための布石だ。


 あの地面には、先程よりも遥かに巨大な魔力を溜め込んだ。

 経験還元で2000もつぎ込み、魔素として流し込んだ。


 今、魔人は俺の魔力暴走の時の二倍の威力の爆発に飲み込まれている。

 俺は祈るように、それを見つめた。


 頼む。もう立ち上がるな。

 崩れていく地面を見ながら、俺はそう思った。

 今の俺にこれ以上の戦いは無理だ。


 シャルステナが遠く離れた今、もう経験還元は使えない。

 残りの魔力は後僅か。

 もう爆発は起こせない。


 破壊が収まった。

 魔人は出てこない。


「……終わったか…?」


 俺の呟きに答える声はない。

 今周りには誰もいない。

 遠くで、騎士団が魔物と戦う音だけが聞こえる。


 俺はストンとその場に座り込んだ。

 一歩間違えば死ぬという状況で戦った後は、どうしても気が抜けてしまう。

 このままここで眠りたいぐらいだ。


「な、なんだ⁉︎」

「は、離れろ‼︎」

「何かする気だ‼︎」


 遠くで慌ただしい声が聞こえた。

 腰を下ろした状態で、その声のした方を見る。


「なんだあれは…」


 見れば魔物達の身体が、不自然に歪んでいた。

 グニグニと身体が変形し、まるで変身でもするかのように、全ての魔物がその身体を歪めていた。


 やがて、その不安定な身体が、安定した形をとった。

 それは普通の魔物だった。

 どこにでもいるような弱い魔物。

 先程まで暴れていたS級やA級などどこにもいない。

 まるで退化したかのように、その身に秘める魔力も小さくなっていた。


 何が起きたんだ…?

 俺が魔人を倒したから、なのか…?


「…ッ‼︎」


 突然、危機感知が反応した。

 俺はその場を慌てて離れた。

 その直後、その地面が割れた。

 いや、斬り裂かれた。

 その割れた地面の先には、魔力爆発を起こした地面があった。


 そして、中から魔人が飛び出してきた。

 その身体は血だらけで、先程の攻撃がかなりのダメージを与えたことを物語っていた。


「…危険だ、お前は……その年で私をここまで追い込むとは……私は考えを変えた。貴様をガキだとは思わない…全力で、貴様を殺す」


 先程までの舐めた様子でも、怒りを露わにした様子でもなかった。

 口調も変わり、冷徹な殺意を向けてきている。

 その目は俺を敵として捉えていた。

 はっきりとした敵意を初めて感じる。


 よく見れば、その身体は先程までとは違っていた。

 口からは牙が生え、顔には手の動脈のように浮き出た赤い線が入っていた。


 そして、明らかに先程までとは異なる威圧感。

 まるで竜神かのような圧力を、前にしているだけで感じる。


 次元が違う…


 そう感じた。

 勝てる勝てないの話じゃない。

 立ってる次元そのものが違う。


 足が震えていた。

 圧倒的なまでの、強者に変わった魔人に、俺は恐怖していた。


 命をかけるとか、そんな事ではこいつには勝てない。

 気が付けば、俺は後ずさりしていた。

 俺だけじゃない。

 騎士団も、魔人の放つ異質な気配に、一歩引いていた。


 な、なんで…こんな奴が…

 どうして…


「うがぁ‼︎」


 魔人の姿が消え、気が付けば俺は吹き飛ばされていた。

 地面と平行に空中を真横に飛び、王都の外壁まで吹き飛ばされた。


 ドゴォン‼︎


「な、なんだ⁉︎」


 飛びかける意識の中、ギルクの声が聞こえた。

 その方向に目を向ければ、逃した仲間がまさに今、王都の中へと入ろうとしていた。


「れ、レイ⁉︎おい、大丈夫か⁉︎」

「レイ⁉︎ちょっとしっかりしなさい‼︎」

「レイ!死なないで!戻ってきて‼︎」

「ピィイ‼︎ピィイ‼︎」


 俺に気が付き、仲間たちが駆け寄り、俺を揺り動かす。

 俺はまだ震えていた。

 意識も朦朧とし、戦う意思など残っていなかった。


 だけど、飛びかける意識の中、ギルクの背負うシャルステナの顔が目に入った瞬間、形容し難い感情が俺の胸を突き破った。


 ー許さない。ここで諦めたら、俺はお前を許さないぞレイ


 その声は、あの声だった。

 灼熱のような感情とともに、聞こえた声。

 その声は怒っていた。

 諦めようとする俺に、怒りを向けていた。


 俺はその声と激しく怒る感情に、俺の意識は繋ぎとめられた。

 怒りが湧いてくる。

 何故かはわからない。


 だけど、その怒りが俺を繋ぎとめた。

 身体はもう、震えてはいなかった。

 意識が飛びかける程の痛みも、すべて消えていた。


 怒りに満ちた視線を向けるのは、まさに今こちらに迫ろうとしている魔人。


「限界突破ッ‼︎」


 俺は腹の底から叫んだ。

 己の全てをかけるように…


 限界を超えた俺は、ギルク達がいる場から消えるようにして、魔人へと突っ込んだ。


「俺は負けられないんだぁ‼︎」


 剣を魔人へと振り下ろす。何度も何度も。

 残った魔力も全部使って、剣を強化し、肉体を強化し、ただ全力で。

 しかし、その全力を軽く弾く魔人。


「まだ隠し球があったとは驚きだ……が、死ね」


 魔人は俺の全力など意に介さないとばかりに、剣を飛ばし、拳を俺の腹に喰らわせた。

 抜手でなかったのは、先程のことがあったからだろう。


 しかし、俺にはその迫りくる拳を捉えることはできなかった。

 予見眼と危機感知をもってしても、その速さには及ばなかった。


 ドゴォン‼︎


「かはッ…」


 再び、吹き飛ばされ城壁に叩きつけられた。

 先程とは、まったく別の場所に叩きつけられ、それを見てギルク達が走り寄ってくる。

 先程よりも強く叩きつけられた俺は、口から血が吐いた。


 俺は地面に倒れこむ。


 身体が動かない…

 時間切れ……?


 限界を超えた代償が俺に襲いかかった。

 身体が言う事をきかない。


 そして、地にひれ伏す俺の前に、魔人が降り立った。

 走り寄ってくるギルク達はまだ、辿り着いてはいない。


 くるな…

 今、来たら、みんなやられてしまう…


 俺は動かない口で、叫ぼうともがく。

 だけど、ピクリとも動かない。


「……見事だ。私を前にここまで戦える者などそうはいない。その歳で、そこまで至った貴様は敵ながら、賞賛に値する。そして、その芽を今摘み取ることができたことを、私は嬉しく思う。…さらばだ、少年。魔王の一柱に殺されることを誇りに思い、死ぬがいい」


 俺の前に立ち、魔人はそう述べると、手を振りかざした。


 バシン‼︎


 振り下ろした手は、何もない空中で弾かれた。

 直後、魔人の身体も後方へ弾かれる。


 そして、俺はゆっくりと立ち上がった。

 立ち上がった俺に、魔人は驚愕の表情を向けていた。


「な、何故、立ち上がれる⁉︎限界を超えた貴様はその代償を受けたはずだ!」


 そう、その通りだ。俺は代償を受けた。

 今も受けている。

 だけど、俺にはまだ一つスキルが残ってる。

 俺だけの、俺のためだけのスキル。


 経験還元。

 もう、残されたのはこれしかなかった。

 そして、これを使う時、俺はまたシャルステナの涙を思い出した。

 だけど、それはトラウマではなかった。

 むしろ、俺は負けられないと、より一層強く思った。


 そして、還元した魔力で俺は反発空間を作った。

 還元が終わった時には、もう攻撃が来ていたのだ。

 攻撃を弾き、魔人を弾き飛ばした。

 そして、肉に魔力を充填して、身体を魔力操作で操った。


 魔人がやっていた、手を剣へと変える技。

 俺はそれを真似たのだ。

 剣へと変える為ではなく、身体を動かすために…


 やがて、魔人もその事に気が付く。

 俺の肉に宿る魔力を感知したのだろう。


「無茶をする……大人しく、死ねば楽になれるものを…」


 落ち着きを取り戻し、そう呆れたような視線を向けてきた。

 しかし、例え無茶でも、死ぬ訳にはいかない。

 まだ、みんなを守りきれてないんだ…

 俺の怒りがまだ収まらないんだ。


「…お、ま、え、を、た、お、す、ま、で、た、お、れ、な、い」


 俺は魔力操作で口を操り、途切れ途切れになりながらも、己の意思を口に出した。


「…ならば、私の最大の攻撃をもって沈め。…『常闇を駆ける雷撃の剣よ、我の命に従え』黒雷剣!」


 魔人が手をかざした先の空が黒い光を放ち始めた。

 そして、その黒い光はバチバチと音を立て、大きな剣へと形を変えた。

 それは俺の魔法とは違っていた。

 単に剣の形を作っただけの、黒い雷。


「落ちろ、黒雷剣」


 魔人の手がゆっくりと振り下ろされ、それに伴い、黒い雷の剣が、俺目掛けて落ちてきた。


「…がぁ‼︎」


 言葉ではない。

 ただ叫んだ。

 ゆっくりとしか動かない手を空に向け、俺は魔力だけを撃った。

 しかし、何の意味も無いかのように、剣は勢いを落とさず落ちてきた。


 ドバァン‼︎


 突如、その黒い雷の剣に、爆煙が放たれた。

 雷と爆煙、その二つは衝突し、爆風となって王都と戦場を駆け抜けた。

 弱体化した魔物を狩り終え、こちらに走り寄る騎士や、呆然と立ち尽くす者など全員、爆風を受けてたじろいだ。


 グラァァァア‼︎


 咆哮が空から鳴り響く。

 俺も魔人もその声の方へ振り向いた。

 振り向いた先の空に、蒼き竜がいた。その美しく輝く鱗が、青い光を反射していた。

 その姿は忘れようもない。

 かつて、その背に乗り、空をかけたのだ。


 ウェアリーゼ…どうしてここに…?


 ウェアリーゼは俺の疑問に答えるためか、こちらへと猛スピードで飛び込んできた。

 突如現れた竜に、人々はパニックになりかけていた。


 ドガガガガッ‼︎


 ウェアリーゼが着地しただけで、地面が大きくえぐられた。

 流石は竜といったところか。

 俺が本気でやらないとできない事を、平然とやってのける。


 そして、ウェアリーゼの背から一人の男が降り立った。


「レイ、良くやった。後は俺に任せな」


 そう言って、赤く光る剣を抜いて現れたのは、親父だ。

 久しぶりに会った親父は何も変わっていなかった。

 親父の変わらぬ笑顔は、俺を安心させてくれた。

 もう大丈夫だ、そう言われた気がした。


「誰だ、貴様は?」


 突然現れた親父に、魔人は目を細め、そう訊いた。

 親父はその声に答えなかった。

 一瞬で間合いを詰め、剣を振り抜いた。

 魔人は紙一重でそれを回避すると、後ろへ跳躍する。


「チッ」

「貴様…、いったい何者だ…?」


 攻撃を避けられ、舌打ちした親父に、魔人は再び親父へと質問を投げかけた。

 今度は答える気になったのか、口を開く親父。


「あぁ?人の息子に手出しておいて、何を言ってやがる。手を出すんなら、ちゃんと俺の顔ぐらい知っとけ」


 無茶苦茶な言い分を口走る親父。

 それにどこか納得したかのような顔をする魔人。


「なるほど、その少年の父親か。ならば、この強さも納得できる」

「なに一人で納得してやがるボケ」


 そう言うと、再び間合いを詰め、斬りかかる親父。

 今度は魔人も、その両腕に込めた魔力で、迎え撃つ。

 二人の手が消え、剣がぶつかり合うような音だけが聞こえる。


 次々に起こる変化について来られなくなった者たちも、これには息を飲んで、眼を見開いていた。


 その動きは、もうこの世界の頂点と言っていいものだと俺は思った。

 どちらも次元が違う。


 ほとんど、俺の眼には映らない。

 時折、剣と腕がぶつかり、押し合いになった時にしか、その腕が見えなかった。

 身体はしっかりと地面に縫い付けられており、ほとんどその場から動いていない。


 どちらも一歩も引かず、また踏み込めないでいた。

 間合いの広さは親父が上だが、それを魔人は手数でカバーしてくる。

 だが、その戦いがどちらに有利なのかは、目に見えてわかった。


 親父は剣で魔人の攻撃をすべて受けきり、かすり傷も負っていない。

 一方、すでに俺との戦いでダメージを受けている魔人。さらに魔人の強化した腕にも、切り傷を負わせる親父の攻撃。


 徐々に魔人に焦りの表情が浮かぶ。腕に切り傷が増え、動きが鈍る。

 そして、長い拮抗状態が決定的に傾いた。親父の剣が魔人の腕を切り落としたのだ。


「ガァッ‼︎」


 魔人は先が無くなった腕を抑え、引いた。

 それを逃す親父ではない。


「火炎斬」


 横振りに振り抜かれた一撃は、後ろへ跳躍した魔人の胴体を、完全に捉えた。

 魔力強化した肉体と剣が拮抗したのは、一瞬。

 一瞬後、魔人は真っ二つに切り裂かれ、切り口が燃えていた。


「グファッ!」


 大量の血を吐き、地面に横たわる半分に分かれた魔人。


「誰だお前?並じゃねぇぞ?」


 横たわる魔人に今度は親父が質問を繰り出した。

 真っ二つにしてから訊くところが親父らしいが、もっと早く訊けよと、俺は思った。


「ガハッ……まさか、邪神、化した、私が負ける、とは……」


 魔人は親父の質問には答えず、負けたことが信じられないといった感じで、独り言のように呟いた。


「邪神化?邪神って確か…そう、悪い神さんだ!お前、その手下だったのか!」


 ポンと手を叩き、思い出したとそんな事を言う親父に先程の格好良さは微塵も残っていなかった。

 悪い神さんってなんだよ…

 漠然とし過ぎだろ…


「……それは、違う。邪神、様、が悪い、のでは、ない。この、世界、が悪い、のだ」

「はぁ?何、意味の分からねぇことを…」

「邪神、様が、生まれた、のも、この世界。そして、せ………………」

「……おい、途中でくたばんじゃねぇよ。気になんだろ」


 そう言って親父は魔人の死体を蹴った。

 おおい!

 それはダメだろ!

 いくら敵でも、それはちょっと可哀想だ…


 俺のそんな想いは親父には届かず、親父はその後も蹴り続け、意識が戻らない事がわかると、最終的に燃やした。

 ある意味火葬なのだが、燃やした時に斬りつけたのは死んだ人への扱いとしてどうなんだろ……


 そんな疑問と共に、戦いは終結を迎えるのだった。


次は明後日になるかと思います。



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