33.笑顔、そして襲撃
「笑顔とは一つのものではない。時に、悲しみや恐怖から笑顔を見せることもあるのだ。見る者にとってもそれは様々な受け取り方がある。ただ、安心させる為にと出した笑顔が、危機感を募らせたり、不快に感じるといった結果が起こることもある。では、笑顔とはなんだ?たった二文字の言葉にどれだけの意味が含まれているのだろう。これは…」
「やばい…レイが重症だ…」
援軍がきたため、一時休憩を取ることにしたシャルステナ達が、俺の元へとやってきた。
そこで俺は、この合間に一人で考察した結果を語り出した。
みんなに俺の考えた笑顔について聞いて欲しかったのだ。
ところが、出てきた言葉は重症だった。
ふむ、重症か。確かにそう言った捉え方もあるかもしれないな。
笑顔が見て取れても、実は腹に穴がいるという事も考えられる。
「なるほど、確かにシャルステナの言う通り、笑顔の裏に重症を隠す事もあるだろう。しかし、重症だからと…」
「……戻ろう。もう俺たちには無理だ」
ギルクは真顔でシャルステナに向かって言った。
ゴルド、アンナは何も言えないと言う表情だ。
ハクは爆笑してる。
「ハク、お前の笑いは非常に大事なファクターだ。笑顔とは笑っている顔のことを指す。しかしだ、先程述べた通り、これは固定概念というものであり……」
「ほら、無理だ」
ギルクは再度シャルステナに言った。
「ギルク、その無理だという事について聞きたい」
「なんだ?」
「無理だという感情を抱えた時、人は笑顔を見せるものなのだろうか?それはいったいどのような受け取り方をされ、どのような笑顔となるのだろうか?」
「…………」
ギルクは俺を見つめ固まった。
俺とギルクが真っ直ぐに見つめ合う中、笑い声が聞こえてきた。
「はっはっは、ホントに縛られてやがるのかレイ」
そう言ってやって来たのはバジルだ。横にシャラ姐もいた。
バジルはシャラ姐に聞いて、縛られてる俺を笑いに来たみたいだ。
いつもなら腹が立つところだが、今の俺は違う。
今の俺はその笑顔が何のか知りたくてたまらない。
いい研究材料が来たと俺は質問を投げかけた。
「バジル、お前の笑顔について教えてくれ。今、俺は笑顔について考えている。だから、お前の笑顔とは何なのかについて、非常に興味がある。お前の笑顔は何なんだ?それは何を思い、どういった理由で笑顔を表している?」
「…………」
バジルは一瞬固まった。そして、シャラ姐の方に向き直し、珍しく真剣な表情を見せて、こう言った。
「お前何した?」
「な、何もしてないわよ!…ただ、ちょっと危険を感じたから縛っただけよ……」
「シャラ姐、ありがとう。シャラ姐のお陰で俺は笑顔というものが酷く曖昧で、不思議なことに気がつけた。笑顔は悲しい時にも表れることがある。それなのに言葉では笑いの顔という。つまり、笑顔とは言葉では表せない感情を含んでいるんだ。もし、この時の顔を表現するならば、悲笑と俺は言いたい。これは…」
焦るシャラ姐に俺は感謝の意を示し、何を考えることができたか、語った。
つい数時間前まではもうシャラ姐と顔を合わせられないと思っていたが、今の俺には感謝の念しかない。
「…おれ戻るわ」
「え、ちょ、バジル!」
「離せ。俺にはどうしようもねぇ」
踵を返し戦場に戻ろうとするバジルを、シャラ姐は引き止める。
「それは私もよ!お願い、このままだと私、ミュラさんに殺される!どうにかして!」
「ミュラ?どっかで聞いた気が…」
「私がどうかした、シャラさん?」
シャラ姐が氷になった。
肌は真っ白だ。血が引いている。顔は真っ青で冷や汗が滝のように流れている。
「あら、レイ、なんでそんな所に縛られてるの?」
「母さん、今俺はここで笑顔について、考えてるんだ。笑顔とは非常に奥が深いことが、ここに縛られてわかったんだ。人の内面とは別の感情を表すことのある笑顔、それは受け手によっても見て取れる感情が異なる。単に悲しい笑顔といってもいろいろある。悲しさを誤魔化す笑顔や、悲しい気持ちを奮い立たせる笑顔など、それは様々だ。さらに受け手にとっては…」
「シャラさん、これはどういうことかしら?」
母さんは笑顔で言った。
実に興味深い。あの笑顔とは何なのだろうか。また研究材料が増えた。
一方、笑顔を向けられたシャラ姐はカクカクと首を鳴らしながら、ゆっくりと振り向いた。
もう泣きそうだ。
興味深い。今、シャラ姐はどのように母さんの笑顔を受け取ったのだろう。
「れにぃ、ひゃんか、きぴんしょうたたほて、ひはりまひた」
何語だろう。
何が言いたいのかさっぱりわからない。母さんも笑顔で首を傾げた。
それを見てシャラ姐は気を失った。恐怖の限界がきたようだ。
「おおい、シャラ!おおい!」
「まったく、何をしたのかしら…」
母さんはシャラ姐が気を失っても、まったく動じていなかった。
腕に抱くスクルトを撫でながら、何か考えているようだった。
そこにシャルステナが、話かけた。
「お、お久しぶりです。お義母様」
「あら、シャルステナちゃん。お久しぶり、元気だった?それで、これがどういうことかわかる?」
「は、はい。初め、レイが魔法で魔物の軍勢を吹き飛ばしたんです。その後、何があったのかはわからないんですが、笑顔を見せたレイを危険だと判断したシャラさん達が、ここに縛りつけたらしいです。それで最初はレイも沈んでたので、私が元気付けようと頑張ったんですが、途中で魔物と戦わなくてはいけなくなり、そして戻ってきたら、…こうなってました」
少し緊張気味に母さんに説明を始めたシャルステナ。まだ、人見知りは治ってないのだろうか。
一気に説明をしたシャルステナは、最後に俺をチラッと見て、こうとは何か示した。
こうとは失礼な。今俺は誰も気がつかなかった、この世の真理に迫ってるんだぞ。
「……はぁ。血ね。これは…」
母さんはシャルステナの話を聞いてから、ため息を吐いて頭に手を当てた。
そして、何か考えるような素振りを見せた後、シャルステナに何か耳打ちした。すると、シャルステナはボッと赤くなり、あわわと言い出した。
何を言ったのだろう。
それにも興味が湧くが、今の俺には母さんの笑顔の謎の方が興味ある。
「母さん、早く教えてくれ。俺はその笑顔について知りたいんだ」
俺は我慢できなくなり、母さんに教えてくれと頼んだ。しかし、それに対する答えはなく、母さんはシャルステナ以外の人物を引き連れその場を離れていった。
「か、母さん!なぜだ⁉︎なんで教えてくれないんだ!」
そんな俺の叫びは聞こえなかったかのように、母さんは普通に去っていった。
他の誰も振り返りはしなかった。
そして、みんなが見えなくなると、シャルステナは無言で俺の縄を解き、俺を解放してくれた。
「ありがとう、シャルステナ。これで母さんに聞きに行けるよ」
そう言って俺は母さんを追いかけようとした。
しかし、ガバッと体に腕を回され止められた。
背中にシャルステナの体が密着し、温もりが伝わってきた。
「わ、わたしは、レイの笑顔、だ、大好きだよ!」
彼女はそう声を大にしていった。
そして、この言葉が俺の脳裏に響き、一つの真理をもたらした。
「そ、そうか…。そうだったのか…」
「え?れ、レイ、大丈夫?」
「ありがとう、シャルステナ!すべてわかった。それなんだ!それが笑顔のすべてなんだ!笑顔が重要なんじゃない!その笑顔の持ち主への感情がすべてなんだ!」
俺は歓喜に震え、その辿りついた真理を叫んだ。
「…………これでよかったの、かな?」
そんなシャルステナの疑問は俺の叫びに打ち消された。
〜〜〜〜〜〜
「あら、来たわね」
「母さん、俺は真理に辿り着いたよ」
「そう、よかったわ。それで、今のこの状況は何なのかしら?」
母さんはさらっと真理について流した。そして、今の状況、魔物の軍勢が押し寄せてきている状況の説明を求めた。
「魔物は断崖山から来てるんだ。詳しいことは省くけど、断崖山で魔物が活性化してるんだ。そして、今、限界がきて進行してきてる」
「そう。それを調べてるね。レディクは…」
母さんは遠くを見ながら、そう言った。
たぶん、親父のことを心配して考えてるんだろう。
俺は安心させてあげようと、親父の目的地とその目的について、推測したことを教えることにした。
「たぶん父さんは世界樹に行ってるんだ。世界樹の雫を取りに。たぶん今は帰りかな」
「もう、帰ってきたわよ一度」
「えぇぇ⁉︎じゃあ、ここに来てるの⁉︎」
俺の気遣いへの返事は驚きのものだった。
親父はもう帰ってきたらしい。
やった。これで全部解決だ、と思ったら、そうではなかった。
「今は竜の谷へ向かってるわ」
「……なぜ?」
「それは知らないわ」
なんで竜の谷なんかに行ってるんだ?
俺が行った時は特に何もなかったぞ?
……やっぱりあの人の行動は謎だな。意味がわからん。
もういいや。あの人のことは…
「…それで、なんで母さん達はここにいるのさ?」
「それはレイが心配だったからよ。レディクがおかしな行動をするもんだから、心配になって来たのよ」
「そうなんだ。ありがと、母さん。母さんが来てくれて心強いよ」
これでS級が来ても怖くないぜ。
全部母さんがボン、バン、ドカンしてくれる。
ははは、王都の安全は守られた。
……あれ?俺今日戦ったっけ?
「……じゃあ、私はあの魔物達を片付ければいいのかしら?」
そう言って、母さんは俺が作った道の方向を見た。
俺もその視線を追って、目を向けて見た。
そこにはケロベロスがS級を10体ほど引き連れてやって来ているところだった。
「……生きてたのかよ、あいつ」
「嘘でしょ。あの馬鹿みたいな威力の魔法喰らって生きてるなんて…」
いつの間にか意識を取り戻したシャラ姐が唖然としながら、声を漏らした。
いつ復活したんだ?
にしても、S級が10体以上か。
今の騎士団で持ち堪えらるのか?
「…多いわね。思ったより、深刻な事態みたいね」
母さんの言う通りだ。
初めから戦っていた者たちはもうかなり消耗してる。
後からきた騎士達も、だんだんと疲れてきているはずだ。
そこにあの数のS級が来るのはまずい。
騎士達のレベルがどれくらいかはわからないが、あの数を相手に出来るとは思えない。
元気なのは俺と母さんくらいなものだろう。
もう一発吹き飛ばしてやろうか?
「……仕方ない。水竜で吹き飛ばすか」
ポカン!
「痛い!…何するのさ、母さん」
俺は頭を抑えながら、母さんを見上げた。
「聞いたわよレイ。その魔法…こんな乱戦で使えるものじゃないでしょ」
「そこは上手いこと逃げてもらって…あいて!」
「そんな危険なことはダメよ。もっと被害を考えなさい」
「うっ、はい…」
もう殴られたくないし、これ以上言ったら磔にされるかもしれないので、俺は大人しく頷いた。
「シャラさんと、バジル?さんはまだ戦える?」
「は、はい。戦えます」
「もちろんでさ。ミュラさん」
なんかバジルが大人しい。
いったい今の間に何があったんだ?
お前も忠犬なのか…?
「なら、前衛であの数を止めれるかしら?」
「あ、あれをですか?それは…」
「無理です。姉貴」
バジルが完全に母さんの下についた。姉貴と呼んで怒られても知らないぞ、俺は。
ここにまた、忠犬が誕生した。
そんな俺の考えとは別に、母さんは怒る気はないようで、特に触れることはなかった。そして、少し困ったような表情を浮かべる。
「……困ったわね。他に誰かいないかしら?」
母さんは横で決めポーズで自己主張する俺に気がつかない様子で、2人へと尋ねた。
手を胸の前で組み、胸筋をフル稼動。そして、光魔法で存在感を猛演出しても、気が付かない。
「…そこに」
「…姉貴の横にいやす」
「……この子?」
三人がキラキラ光る俺を見つめた。
周りにいたシャルステナ達もだ。
いいね。自己主張した甲斐があったね。
みんなの注目の的だね。注目度ランキング今一位だね俺。
「…ダメよ」
何ですと⁉︎
こんなに決めポーズしてるのにダメ⁉︎
何故に⁉︎
「母さん、俺戦えるよ?というか、たぶんこの中で一番元気だよ?俺」
「…子供があんな危ない魔物相手に何ができるというの?」
「倒せる」
親指を立てて、歯を見せた。キランと輝く俺の歯。
これで母さんの心を鷲掴みだ。
ついでにシャルステナもメロメロに…
「調子に乗らない」
「あいて!………俺、一人でキングオーガ倒したんだけどな…」
再び頭を叩かれ、愚痴る俺。
倒せるのは、本当のことなのに…
はあ、どうやったら、戦わせてもらえるんだろうと考えていると、そこにいた全員が固まっていたことに気がついた。
「あれ?どうしたの?」
「れ、レイ、今の本当なの?」
シャルステナが恐る恐るといった感じで聞いてきた。
ていうか、バジル。お前のその顔はなんだ?
どういう心理状態になったら、そんなアホみたいな顔できるんだ…
「あれ?言わなかったっけ?俺がぶっ倒れた日に戦った奴の話?」
そう言えば、言ってなかった気もするな…
あ、そっか。ギルマスにだけに言ったんだった。
つい、みんな知ってるものかと…
もう、ちゃんと情報の共有化はやろうよ。
「あ、あの日そんな奴と戦ってたの⁉︎」
「いや、まぁ、進行してきたから仕方なく?」
掴みかからんとするような勢いのシャルステナに、一歩引くような感じで答えた。
俺だって、戦おうと思ってしたわけじゃない。
あの時は1人でどうにかしなければならないと考えてたから、1人で戦ったんだ。
シャルステナは頭を抱え、へたり込んだ。
すると、母さんは一歩進み出て、シャルステナの肩をポンと叩いた。
その眼は凄く優しかった。同情の視線が向けられていた。
何かあの二人には、俺のわからない共通点のようなものが、あるみたいだ。
「ええっと、俺加わってもいいのかな?」
なんかいけそうな感じがしたので、聞いてみた。
今のポンは、この子なら大丈夫よ、という意味に解釈した。
「……シャルステナちゃんに聞きなさい」
「え?なんで?……まぁいいけど……シャルステナいいよな?」
前ならダメと言われただろうが、今は衝撃の事実公開!となったところなので、許可してくれるだろうと、軽く聞いた。しかし、シャルステナの口から飛び出した答えは、
「……ダメよ」
まさかのダメ。今日一番の衝撃だった。
何故だ。何故ダメなんだ…
「ええぇぇ‼︎頼むよ!俺今日何もしてないんだよ!」
「したわよ。一番始めに」
「いや、あれは祝砲とかそんな感じで……まさか、あんな威力になるとは…」
半分ウランティー任せだったし、魔法使った後は縛り付けられてたんだ。そろそろ活躍したい…
みんなだけズルい…
俺も暴れたい…
今回のことで、一番鬱憤が溜まってるのは俺なんだ。
「とにかくダメ。レイ1人そんな危ないとこ行かせられない」
「……ギルクぅ」
俺はギルクに助けを求めた。
こうなったシャルステナを説得するのは容易ではないのだ。
「そんな目で見るな。シャルステナの言ってることはまともだ」
使えない王子め。俺はアンナへと視線を動かした。
「いや、あたしにどうしろと?」
期待してなかったですよ。あなたには…
「僕を見られても困るよ〜」
だろうね。君も最近アンナ化進んでるしね。
「……」
「ピィイ!」(見てよ!)
目を向けなかったハクから抗議がきた。
しかし、お前に何ができる?
お前逆に説得されるだろ?
「…なぁ、お願い、シャルステナ。俺、今まで頑張ってきたんだよ……それなのに最後はこれってあんまりだぁ」
俺は意を決し、シャルステナ説得に乗り出した。
しかし、
「…………ダメなものはダメ」
とのこと。俺は早々に説得を諦めた。そして、流してしまおう作戦に移る。
「……母さん、許可もらったよ。さぁ、行こう!」
「待ちなさい。そんなので騙せるわけないでしょ」
くっ、バジルとかなら流せるのに…
やっぱり母さんは無理か。
なら、次の作戦だ。ゴリ押し作戦。
「よし、こうしよう。あいつらは早い者勝ちにしよう。うん、そうしよう。じゃ」
「待ちなさい」
走りだそうとした瞬間、首根っこを掴まれた。
さすが母さん。対応はバッチリだ。
そして、俺は最終作戦を開始する。
「……嫌だぁ!俺は戦いたいんだぁ!最後まで何もせずに終わりたくないんだぁ!」
駄々をこねる。ひたすら…
「子供か」
「子供ですが何か?」
ギルクの突っ込みに、逆ギレで返した。
11歳の子供ですが僕は?
…すべての作戦が失敗した。
こうなれば、秘奥義に頼るしかない。
日本人最終秘奥義、【土・下・座‼︎‼︎】
「お願いします‼︎行かせてください‼︎お願いします‼︎」
俺はシャルステナの前で秘奥義を繰り出した。
完璧な形で繰り出された秘奥義はシャルステナの胸を撃ち抜く‼︎
「……ダメよ」
…ことはなかった。
日本人はシャルステナの前に敗れた。
「…血ね」
母さんの呟きは俺には聞こえなかった。
〜〜
「……………………………………戦いたい」
「ダメ」
未だに納得できなかった俺は、しつこくシャルステナにお願いする。
それに対しての答えは二文字だけ。
「…………なあ、なんでまた俺縛られてんの?」
「お義母様に聞いて」
「いや、だってもう行っちゃったじゃん。……ていうか、縛るんなら十字架はやめて欲しい。震える」
そう、今俺はまた縛られていた。
もう、勝手に突撃しようとしてた俺を、母さんが親父のように磔にしたのだ。
縛るのなら木にして欲しい。
十字架はダメだ。この後何されるのかと怖くてたまらない。
いつもなら、爆笑していること間違いなしのハクでさえ、恐怖で何も言わない。
「……始まった」
「ん?」
戦闘が始まったと呟いたシャルステナの視線を追った。
キングオーガ4体と、よくわからないの6匹とケロベロスに、バジル、シャラ姐、ゲルク、そして、頬が腫れたギルマスが突撃していた。
嫌がるギルマスを母さんがつねり上げて、連行したのだ。
さすがは母さん。
ギルマスも忠犬にするつもりだ。
親衛隊でも作るつもりだろうか?
「……やばそうじゃないか」
前衛の戦いを見て、そう思った。
あまり良いとは言えない。
ただでさえ数は向こうが上なのに、一匹一匹が並みではないのだ。
はっきり言って時間の問題だと思えた。
しかし、忘れてはいけないのは、この戦場で最強の魔法使い、母さんがいることだ。
前衛が止めた数十秒の間に、母さんは魔法は完成させた。
前衛の三人がバックステップして、敵から離れた。
次の瞬間、地面が凍りついた。
そして、その地面に触れた魔物達が、ピキピキと足元から伸びてくる冷気に凍りついてく。
足がが固まり、身動きが取れなくなった魔物達は上半身を使って凍りを砕こうとした。
しかし、砕けたのは凍りだけではなく、己の体まで砕け散った。
そうして、下半身を失った魔物は地面に倒れ、凍りつく。
それを見た魔物は抵抗することができなくなった。
凍りを砕くことはできない。だけども、このままでは凍りついてしまう。
そんな、究極の選択を決める間を母さんは与えなかった。
突然、その場が暗くなった。
上を見ると、巨大な岩が出現しており、落下をしてきている最中だった。
足が凍りつき、動くことができない魔物は、上半身だけで、どうにかそれを砕こうとした。
しかし、それは囮だったのだ。
上を見上げた魔物の上半身が、風の刃で切り裂かれた。
キングオーガの体をも楽々切り裂くカマイタチの刃。
それはそこにいた魔物達の体を半分に切り分け、凍りの地面が凍りつかせた。
ドゴォォォォオン‼︎
地面を揺るがす轟音とともに、S級の群れはその凍りついた体を粉々に砕かれた。
やっべ…
あの人やばい…
威力が違いすぎるんだけど…
「…………シャルステナ」
「…何?」
「頼む。この鎖解いてくれ。このままだと俺、殺される」
俺は真剣な表情でシャルステナに訴えた。
母さんの放つ火球なんか受けたら、俺は跡形も残らないぞ…
「こ、殺されるって…」
「見ただろ、今。あの人の放つ火球なんか受けたら死んでしまう。頼む、シャルステナ。助けてくれ…」
俺が真剣に命乞いをすると、ため息を一つ吐きながら、シャルステナは俺の鎖を解いてくれた。
「ありがとう、シャルステナ。君は俺の『ビシャァン‼︎』?」
突如鳴り響いた雷鳴。
俺は訝しげにその雷鳴の聞こえた方向、母さん達がいた方向を向いた。
次の瞬間、俺は走り出していた。
「母さん‼︎」
雷に打たれ、倒れこもうとする母さんの元へ走った。
「母さん‼︎母さん‼︎しっかりして‼︎」
「うっ……」
母さんは意識を失って力なく倒れていた。
肌は黒く焼け焦げ、血も出ている。
俺の呼ぶ声にも、呻き声をあげるだけで、目を開けることはなかった。
「お、お義母様!大丈夫ですか⁉︎」
俺の後を追って、シャルステナ達も駆け寄ってきた。
俺はシャルステナに顔を向けて、悲痛な声で訴えた。
「シャルステナっ!母さんを、母さんをっ!」
「わかってる、任せて!」
シャルステナが治癒魔法を唱える。
俺には母さんをどうにかすることはできなかった。
俺は治癒魔法だけはどうしても苦手で、未だに小さな怪我ですら、まともに治せないでいた。
しかし、シャルステナが来てくれた。
彼女は治癒魔法もかなりの腕前だ。その証拠に二度も俺の命を助けてくれている。
俺は祈るように彼女の魔法を見つめていた。
その時、拍手が鳴り響いた。
パチパチパチ
「素晴らしいですね。私の本気の魔法を受けてまだ息があるとは……」
目を向けると、母さんが落とした岩の前に立つローブの男がいた。
「しかし、残念。彼女にはここで…」
ガキン!
「人が話している時に何ですかあなたは…」
バジルがローブの男へ斬りかかった。
しかし、それを特に焦る事もなく、手の平で平然とした様子で受け止めた。
手と剣が当たったとは思えない音を立てて…
「それはコッチのセリフだぁ‼︎姉さんに何をした⁉︎」
バジルは怒りに満ちた声で怒鳴った。
ローブの男はその声が煩いかのように、片手で耳を覆う。
「煩いですね。少し黙っててもらいましょうか」
「何を…⁉︎グハァ‼︎」
「バジル!」
ローブの男が、バジルを殴りつけた。
それだけで、バジルは体をくの字に曲げ、吹き飛ばされた。
それを見て、今度はシャラ姐が斬りかかる。
「バジル!よくも‼︎…うぐっ⁉︎」
「シャラ姐!」
シャラ姐は相手に触れることすらできなかった。
一瞬で後ろを取られ、首筋に手刀を落とされた。
「これで終わりですか?呆気ないですね」
ローブの男は倒れるシャラ姐を見て、そんなことを口にした。
俺は怒りに震え、立ち上がった。
剣を抜き、斬りかかろうとしたその時、
「レイ逃げろ‼︎」
「君たちもミュラさんを連れて早く‼︎」
ギルマスとゲルクが俺とローブの男の間に割り込んだ。
「嫌だ‼︎こいつが…みんなを‼︎」
俺はそう言って、斬りかかろうとした。
もう、周りなんて見えてなかった。目の前のローブの男以外は…
しかし、それをギルクが止める。
ギルクが俺を殴った。
地面に倒れこむ俺。
「馬鹿野郎!俺たちに勝てる相手じゃない!冷静になれ!」
ギルクはそう俺の胸ぐらを掴みながら言った。
勝てる相手じゃない…
だけど…母さんを、バジルを、シャラ姐を、こいつが…
「レイ、逃げよ…今は戦う時じゃないよ…」
母さんの治療を終えたシャルステナが、俺に語りかけるように言った。
俺はもうわからなかった…
どうしたらいいか…
いろんな感情が、ごちゃ混ぜになって、俺の胸を交錯していた。
そして、俺は流されるように、みんなと逃げた。
ギルマスとゲルクを置いて…
「逃がしませんよ」
ローブの男が、手をかざした。
それをギルマスとゲルクが制す。
「やらせるか!」
「何もやらせません!」
俺たちを庇うように、男の手の射線上に入り、2人は同時に斬りかかった。
「吹き飛びなさい」
男が静かにそう言うと、掌から光線が放たれた。
その光は黒く濁り、輝きなど持っていなかった。
光線は二人を巻き込み、逃げる俺たちのすぐ横まで、届いた。
「くそっ!急げ!追いつかれる!」
ギルクはそれを見て焦りを隠さず、俺たちを急かした。
ギルクの声を聞き、必死に逃げようとする彼ら。
その中で俺だけは立ち止まった。
「行け、先に」
一週間ぶりの更新です。
また、一週間程あいてしまうと思います。




