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29.アホ

『またここにきたのか』


 ーまた?


 声が聞こえた。見覚え、いや、覚えのある所だ。

 魔力暴走の時にきた記憶がある。


『まただろうが。ポンポン死にかけて、情けない』


 ー死にかけてってことは、俺はまだ死んでないんだな


『今回は前より、死ぬ確率は低いだろうさ』


 ーへぇ、なら、前に聞けなかったことを…


『無理だ。時間がない。もっと長く死にかけてくれ』


 ーんな無茶な…


『それと、さよならの前に一つアドバイスだ。後、2、3週間耐えろ。それで終わりだ』


 ーそれはどうい……


 ああダメだ。また、途中で…



 〜〜〜〜〜〜


 ゆっくりと瞼を開ける。白い室内を照らす魔石光の光が目に入ってくる。そして、薬品の匂いが鼻をつつく。

 ここは保健室か?


「レイ!目を覚ましたんだね!」

「おい、俺がわかるか⁉︎」

「ピィ!」

「よかった、よかったよ〜」

「やっと、目覚ましたのね」


 俺を囲むようにベッドにもたれかかる4人と、すぐ横に佇むハクは、俺が目を覚ますと口々に言葉を発した。

 言ってることは違うが、俺の生還を喜ぶ声音が聞こえてきた。


「ごめんな。心配かけたみたいだな」


 俺はぐるっと1人1人顔を見ながら謝った。一体どれくらい寝てたのだろう?断崖山はまだ大丈夫なのだろうか?

 俺は死に掛けて尚、すぐにそんな事を考えた。


「ホントだよ!約束したじゃない前に!一人で危ないことはしないって!」


 シャルステナは声を荒げた。それは怒っているというよりは、悲しんでいる、そんな感じの声だった。


「いや、それは悪かったとは思うが…仕方なかったんだよ…」

「何が仕方ないの?レイが私を置いて行ったくせに」


 責めるように言ってきたシャルステナ。確かにそう言われると、言い返せない。

 俺はこの何ヶ月か彼女を、いや、みんなを無視して魔物と戦っていた。

 だけどそれは、みんなを守りたかったからだ。


「そうだ。危険だから置いて行った。シャルステナを連れてなんかいけなかったから」


 俺は真っ直ぐに彼女を見つめ、力を込めてそう言った。

 これが俺の意思だ。

 約束があろうと、あんな危険なことに巻き込めるわけがない。


 そんな風に危険から遠ざけようとする俺の言葉にシャルステナは一言静かに呟いた。


「なんで?」


 そのたった一言に、シャルステナの思いが詰まっている気がした。だからか、それに答える俺の声は次第に小さくなっていた。


「何でって、危ないからに決まってるだろ……」

「じゃあ、なんでレイはそんな危ないことを一人でするの?私たちはそんなに頼りない?レイにとって、私たちはお荷物でしかないの?」

「違う!俺はただッ!……お前らを巻き込みたくないんだ…」


 俺は正直に心の内を明かした。それ以外言葉が出なかったんだ。

 シャルステナ達をお荷物なんて思ったことはない。シャルステナをはじめ、みんなが支えてくれたから、俺はここまでできたんだ。


「私は巻き込んで欲しいな」

「は…?」

「俺もだ」「ピィイ」「僕も」「ノリであたしも!」


 俺はただ唖然としていた。危険に巻き込まれたいなんて、こいつらどうかしちまったのかと。


「私もみんなも、もう嫌なんだ。仲間ハズレにされるのは」

「仲間ハズレって、そんなこと…」

「仲間ハズレだよ。レイ一人でずっと、長いこと何かしてたのはみんな知ってるよ。だけど、誰も何をしてるのか、教えてもらってない。ほら、仲間ハズレでしょ?」


 そう少し首を傾げて訊いてくるシャルステナ。

 俺は何も言わなかった。何を言っていいか、わからなかった。

 シャルステナの言いたいことはわかった。だけど、首を縦に振るわけにはいかない。振れば、みんなを巻き込むことになる。


 そんな俺の考えを読み取ったシャルステナはさらに言葉を付け足した。


「レイはいっつも私にエッチなことしてくる」

「は?」

「アンナとギルクには酷いことしてる」


 突然何を言いだすんだろうか。この子は…


「けどね、みんな知ってるよ。レイは本当は優しいんだって…。レイが自分勝手に、私たちを突き放したのはそのせいだって…。だけど、だけど…私たちも、レイを心配してるんだよ…」

「…わかってる。それは…」

「わかってないよ…。自分勝手に私たちを巻き込まないと決めて、私たちの気持ちなんて考えてない。私たちはは、レイに頼って欲しいんだよ!」


 俺に懇願するようにシャルステナは叫んだ。

 ギルク達は黙ってこちらを見つめている。その眼は一様に同じだった。


 俺はその時、自分が追い詰められていたのだと知った。

 周りが見えなくなっていたのだと気付いた。


 シャルステナ達はいつでも俺のSOSに答えるつもりでいてくれたのに。


 いつからだろう。一人で解決しようと思い出したのは…


 はじめは軽い疑い程度のものだった。それが確信に変わった時、俺は誰にも伝えなかった。それは情報が漏れる事を恐れての事だった。


 だが、いつの間にか自分が解決しなくてはと思い込むようになった。それは、一人でやるのが当たり前になっていたから。一人で調べ、戦い続けてきたから。


 気が付けば、危険に巻き込まないためにと動いていた。そして、馬鹿みたいにずっと一人で抱え込んで、誰にも打ち明けなかった。

 危険をみんなから遠ざけ、自分も離れた。


 違うだろ。

 俺の手に負えなくなった時に彼女達に頼るべきだったんだ。

 何故その事に気付かなかったんだ。

 魔人がいないとわかった時、何故俺は一人でやる事を選んだんだ。


 俺は馬鹿だ。一人でなんて出来やしないのに、目の前の事に必死になり過ぎて、見失っていた。


 子供だけでやる必要もなんかなかった。シャルステナ達、バジルやシャラ姐、親父たち、みんな巻き込めばよかったんだ。


 そうしていれば、こんな事にはならなかった。

 S級が50体を超えるなんて、起こるわけがなかった。

 …俺のせいだ。

 俺がみんなを…危険に晒したんだ…


「責めないで」


 その声はスーと自暴自棄になりかけていた俺の中へと入ってきた。


「私たちはどんなことがあっても、レイの味方だよ。だから、あなたを責めないし、どんなことがあっても私たちが、あなたを助けてあげる。だから、…今からでも私たちを頼って」

「あ、ああ、ああ…あぁぁぁ」


 何か壊れた気がした。

 ずっと、俺を縛り付けていた鎖が、砕け散ったような気がした。


 俺はその日、大声をあげて泣いた。

 それは後悔からか、それとも嬉しさからかはわからない。確かなのは、俺が自由になったことだけだ。


 もう、俺を縛る鎖はなかった。



 〜〜〜〜〜〜


「わ、悪い」

「う、ううん」


 俺とシャルステナの間には非常に気不味い雰囲気が漂っている。それはシャルステナの胸の中で大泣きして無様を晒してしまったからだ。

 は、恥ずかしい。

 黒歴史だ。俺は今、黒歴史の中にいる。


「レイ、シャルステナの胸はどうだった?」


 真剣な顔で訊いてきたのはギルクだ。俺は助け船が来たと喜んで乗り込む事にした。


「柔らかな感ブフォ!」

「せ、説明しないで!」


 どうやら船は途中で沈没してしまったらしい。俺は乗り込む事が出来なかった。


「くくくっ、レイの激レアショットいただき」


 くそっ。この変態だけには見せたくなかった。絶対事ある毎に言ってくるぞ。


「確かに激レアだね〜。いいもの見れたよ〜」


 どうやら、ゴルドもあっち側に行きかけているらしい。

 逆だ。逆に引き込め。そっちは危険だ。


「ピィイ」(子供)

「お前にだけは言われたくない。こないだ、朝漏らした奴は誰だ?」

「ピィイ!」(言っちゃダメ!)


 ハクは慌てて俺を止めようとしたが、時すでに遅しだ。もう周知の事実となった。


「……悪かったみんな。俺が馬鹿だった」


 俺はベッドの上で頭を下げた。

 これは後で馬鹿にされようが、やっておかないといけないと思ったのだ。


「またレアだね〜」

「レアショット2」


 もうお前ら付き合っちゃえよ。息ぴったりじゃねぇか。


「レイ、1フルコースで手を打とう」

「うたねぇよ。迷惑かけなかったから、謝ったんだ」

「私も、フルコース食べたいな、なんて?」


 ギルクがフルコースを出してきたのを、拒否するとシャルステナが乗ってきた。


「なら、シャルステナは俺と二人で行こう」

「えぇぇ⁉︎本当に⁉︎やった!」


 シャルステナと二人で食事なら、何度でも連れて行こう。俺がお金持ちだとアピらなければ。籠絡作戦は未だ続いているのだ。


「レイ、俺と二人で食事なんてどうだ?」

「それはお前の金でか?」


 ギルクは女を誘うかのように言ってきた。しかし、どう考えても俺に奢らせる気しかしない。


「レイ様、ここに淑女がおりまするよ?二人で行きたいでしょ?」

「隣の奴といけ」

「え?僕?アンナどうする?」


 再び登場した偽淑女。俺はゴルドを差し出し辞退した。そのゴルドは普通に行くかと訊いているが、金はあるんだろうな?


「……まぁ、今回だけはみんなを連れて行ってやるよ。全部終わったらな?」

「さすがだレイ。俺はお前に惚れそうだよ」

「悪い。その趣味はないんだ俺」

「あたしも惚れそうだよ」

「勘弁してください」

「僕はアンナに惚れてるから遠慮しとくよ」

「「「「「えっ(ピッ)…?」」」」」


 いきなり放り込んできたゴルドに全員揃って間抜けな声を出した。


「ななななななにいってるの⁉︎」


 あら、珍しい。アンナが顔を真っ赤にして慌ててらっしゃる。


「あれ?おかしいな?」


 何がだ。いたって普通の反応してるじゃないか。珍しく……


「ああんた、こ、こんな時に冗談言わないでよ!」

「冗談じゃないんだけどなぁ。まぁいいや」


 いいんかい!と突っ込みそうになったが、これは二人の問題なので部外者は黙っていよう。

 というか、消えよう。


 空気を読んだ俺とシャルステナ、ギルク、ハクの4人はその場からそっと消えた。


 〜〜〜〜〜〜


「僕はアンナが好きだよ」


 ドキッ

 私は胸の鼓動が高鳴るのを感じた。お兄ちゃん以外にこんな思いを感じるなんて、思いもしなかった。


「あ、ああたしは、お兄ちゃんがす、好きなの!だ、だから…」

「知ってるよ〜」


 私が断ろうと言葉を選んでいると、ゴルドがどこか抜けた声でそれを止めた。


「だからさ、僕はアンナが好きだけど、今はそれでいいんだ〜。いつか僕がアンナを惚れさせてみせるから」


 ゴルドはそれだけ言うと、部屋から出て行った。私は一人取り残され、ベッドにストンと腰を下ろした。

 一人になって気が抜けてしまった。


 あんなこと言われたのは、初めてだ。前からゴルドとは気が合うとは思っていたけれど、向こうがそんな風に、私のことを思っていたとは、知らなかった。


 これからどう接したらいいんだろ…

 私は一人、薬品の匂いが漂う部屋で思考に耽った。



 〜〜〜〜〜〜


「まさか、あそこで飛び出してくるとはな…」

「同感だ。ある意味尊敬に値するな」

「…………」


 ギルクとそんなことを話しながら、4人で校内を歩いていた。シャルステナはボーとしていて、先程の光景が忘れらないようだ。

 女の子にとっては、やっぱり憧れたりするものなのだろうか?

 俺もやっとくべきか?


 そんなことを考えて歩いていると、俺たちは校舎の出口まで来ていた。

 すると、黙っていたシャルステナが突然口を開いた。


「れ、レイ!」

「うん?なんだ?」


 俺は振り返りながら、シャルステナに問うた。


「あ、あの、わ、わたひも、そのほ、ほ、ほ…」


 これはさっきの続きか?

 やれやれ。それを言うか言わまいか考えていたのか…

 いいぜ。いつでも。俺は答えが決まってるからな。


「…ほ、ほ、ほれ、やっぱ無理ぃ‼︎」


 シャルステナは走り去った。


「…そりゃないだろ…」


 俺の結婚してくださいの返しが行き場無くしてしまった。


 ポンと俺の肩にギルクの手が置かれた。


「振られたな」


 しばくぞテメェ‼︎

 俺が傷心してるところに、塩を塗るんじゃねぇよ!


 そうして、休日の校舎に新米教師の呻き声が鳴り響いた。


 〜〜


「ところでさ、ギルク」

「ん?なんだ?」


 ギルクは痣ができた頬を摩りながら、俺の方を見た。


「いやさ、なんかゴルドのせいで、流れた感じだけど、俺まだみんなに秘密にしてたこと話してないんだけど?」


 そうなのだ。ゴルドがいきなりぶっ込んできたから、お忘れかもしれないが、俺まだ何も話してないんだよね。

 みんなに打ち明けようと思った手前、いいのか?これで?と思った次第なんですよ、はい。


「そう言えばそうだな。まぁ、あいつらにはまた後でいいんじゃないか?」

「まぁ、そうだよな。今女性陣の精神状態まともじゃないもんな、たぶん」


 シャルステナはたぶん、お布団の中でくるまってる。

 アンナは…どうなったかな?

 あいつのあんな姿初めて見たから、わかんないな。


「先に俺は聞いとくから、教えてくれ」

「ピィイ」(ハクも)

「そっか。…どこから話そうか。取り敢えず、教室にでも行こう。余り人に聞かれたくはない」


 今日は休日なので、誰もいないだろう。

 みんなを巻き込むと決めたが、騒ぎを広めるわけにはいかないからな。


 俺達は適当な教室の中に入り、机に腰掛けた。


「それで、考えは纏まったか?」

「いいや、話すことが多すぎてどこから話していいか…」

「なら、まずはお前が何をしていたのか教えてくれ」


 ギルクはまだ考えが纏まらない俺をサポートするようにして、話を進めた。


「わかった。俺は断崖山のことを調べてたんだ」

「断崖山か。それはなんでだ?」

「なんでか、か……俺とギルクが初めて会った日のことを覚えてるか?」

「ああ、よく覚えてる。あの日は断崖山を通って帰ってきたんだったな」


 ギルクはどこか懐かしそうな顔をして、その時のことを思い浮かべていた。


「そうだ。その時出会った魔物がいただろ?」

「いたな。確か…コボルトロードだったかな?」

「そう、そのコボルトロードなんだが、その特徴を知ってるか?」

「知らないな」

「まぁ、冒険者でもない限りは知らないよな。コボルトロードはな、その出現頻度が物凄く低いことで有名なんだ」


 この事を知らなければ、俺も気が付かなかったかもしれない。あの日から、全て始まったんだ。


「へぇ、それでそのことが気になったと?」

「いいや、それは違う」

「なら、何が気になったんだ?」

「…あの日、俺は言わなかったか?前に倒したことがあるって」

「…!なるほど、そういうことか」


 ギルクはこれまでの話から俺が言いたいことを推測したようだ。ギルクは頭の回転が速い。だから、少しぼかした表現をしても十分伝わる。


「ああ、俺はあの日の3ヶ月ほど前に同じ場所でコボルトロードを倒していたんだよ」

「確かにそれは気になるな。それで?」

「それから俺は断崖山を調査するようになり、一つの事実に気が付いた」

「何に気が付いた?」


 ギルクは目が細め、俺が答えるのを静かに待った。


「……断崖山の魔物だけが活性化していたことにだ」

「活性化?それは魔物が強くなっているってことか?」

「それもだが、数が増えるスピードが他とは比べ物にならない」


 このスピードが厄介だ。以前はそれほどまでではなかった。

 しかし、ここ1年これに悩まされ続けてきた。それが俺の限界をたちまち突き破り、視界を狭めた。


「それに気が付いたのはいつの話だ?」

「いつだったかな……確か2年の前期頃だった気がする」

「そんな前の話なのか…今はどうなってる?」


 もういつの間にかそれが当たり前だと思うぐらい、前の話だ。


「はっきり言って、かなりまずい。以前とは比べ物にならない程だ」


 昨日の今日で決壊することはないだろうが、いつ魔物の大群が押し寄せてきてもおかしくはない。


「原因はわかったのか?」

「ああ、3年ぐらいかかったがな。ちなみに解決方法にも心当たりがある。あと2、3週間持たせれば、全部解決する」


 頼みの綱が親父とは…

 なんだが、情けないな。元から一人でなんて解決できなかったんだ。

 一体何を考えていたんだろう、俺は。

 正直最近の記憶は殆ど残ってない。2年の頃よりも遥かに体に無理をさせてしまっていたようだ。


「そうか…じゃあ、3年の間に何があったかと解決方法について教えてくれ」

「ああ。初め、俺は原因が何かまったくわからなかった。魔物が活性化する要因について、あれこれ調べまくったんだ。そして、一つの本にたどり着いた。これだ」


 俺は荷物の中から、冒険者の夢と書かれた本を取り出し手渡した。


「その本の中に魔物から魔獣を作り出した神、竜神が最古の竜の谷にいることが書いてあった」

「そうか。それでお前は竜の谷に行ったんだな?」

「ああ。そこで俺は竜神に会い、話を聞くことができた。竜神の話では魔物と魔獣の違いは邪神の加護の多さが関係あるとのことだった。それと、魔物が活性化したのは、魔人が原因じゃないかとも言っていた」

「邪神の加護…魔人…」


 ギルクは俺の言葉を確かめるように呟く。

 ギルクのことだから、これだけで何となくでも話はわかっただろう。


「結論から言うと、魔人は見つからなかった。代わりに邪神の加護は腐るほどあった」

「つまり、それが原因か…」

「ああ。ここに帰ってきて、逃げ出した年のことだ…」

「あったなそんなこと」


 ギルクが笑みを浮かべ、懐かしそうに目を細めた。


「…あの年、俺が村に帰ると、親父がいなかった。旅に出たらしい。それでその時に伝言があったんだ」

「伝言?」

「『湖には近づくな』、そう母さんに言われた」

「湖とはどこのだ?」


 ギルクはそう尋ねてきた。そう言えばギルクはあの湖を知らないんだったな。


「断崖山の、ここからだと反対側にある湖だ。俺はしばらくしてから、そこに行ったんだが、余りの変わりように驚いたもんだ」

「どう変わったんだ?」


 俺はかつて見た景色を思い浮かべた。あの綺麗だった頃の湖を。


「何もかもだ。昔はとても綺麗で魔物なんて一匹も寄り付かないようなそんなところだったんだ。だけど、水が汚れ、嫌な気配を放つ、そんな所になっていた」

「それで?」

「俺はそこがすべての原因だと考え、その水を調べた。それでその水に邪神の加護が含まれているとわかった」

「水にか?」


 俺も水に加護が含まれているなんて、考えもしなかった。

 もっと早く気付けていればと、何度後悔したことか…


「ああ。間違いない。その水を飲ましたら、魔物が進化したからな」

「その水が原因だったのか…」

「違うさ。俺も初めはそう思ったよ。だけど、それは違った。原因はその源流にあったのさ」

「何があったんだ?」

「わからない。近づくのは危険だと判断して、俺のスキルで隔離した」


 今もまだそれは収納空間の中に眠っている。もう二度と取り出すことはないだろう。


「そうか。なら、原因は取り除かれたんだな?」

「ああ。それは間違いない。ただ、まだあの山には邪神の加護が残ってる。かなりの量が……どうも、邪神の加護の原因だったものは、火竜が王都を襲った時よりも前からあったみたいだ」

「そんな前からか?」

「ああ、それがあった場所で、火竜が暴れたと思われる痕跡が残っていた。おそらくだが、火竜も邪神の加護にやられたっぽい」

「‼︎あの火竜の事件もそれが原因だったのか…」


 火竜のことにはギルクも驚きを隠せないようだった。

 それだけ有名な話なんだろう。俺は知らなかったが……


「推測だがな。だから、かなりの量があの山には蓄積されている。それを打ち消すには世界樹の雫が必要だ」

「そんなもの、そうそう手に入らないぞ」

「わかってる。だけど、たぶん親父が旅に出たのはそれを取りに行ったんだと思うんだ」


 そう俺は信じてる。もし、持って帰ってこなくても親父に全部狩らせれば全て解決だ。

 あの人がいてくれれば何の問題もないのにな……


「馬鹿な…あそこはそう簡単に行ける場所じゃないぞ」

「馬鹿なんだよ親父は。だけど、必ず帰ってくる。馬鹿みたいに強い人だから」

「そうか。お前がそう言うのなら、そうなんだろう。それで、最後にあと2、3週間持たせればとはどういうことだ?」

「……声が聞こえた」


 それ以外に言いようがなかった。


「声?」

「ああ、俺もよくわからないんだが、死にかけるとその声が聞こえるんだ」

「幻聴じゃないのか?」


 確かにその可能性もある。だけど、幻聴の割にはしっかり会話ができるんだ。

 それにきっとあの声が……


「さあ、わからない。とにかく、その声はあと2、3週間持たせれば終わると言っていた。親父が帰ってくるだろう時期と重なる」

「そうか、ならいい。だが、余りその声には耳を貸さない方がいいんじゃないか?」

「かもしれないな。だけど、気になるんだ。どうしても…」


 ーーあの声の主が俺を呼んだんじゃないのか?

 この世界へと。


「よし、話はわかった。それで一つお前に言いたい」


 ギルクは腰掛けた机から立ち上がるとビシッと音がしそうな仕草で指差してきた。


「お前はアホだ」

「…………さっき知った」


 面と向かってここまでハッキリと罵倒されるとは思いもしなかったが、保健室で自分がアホだったことは思い知ったので、素直に認めた。


「そんなアホには仲間が必要だ。アホは何するかわからないからな。そんなアホに朗報だ。この俺がアホに手を貸してやろう」

「アホアホうるさいよ。もうわかったから」

「アホなんだから仕方ないだろ」

「うぐぅ……じゃあそのアホに力を貸してくれ」

「はっ、やっと言ったかこのアホが」


 ギルクの言葉には暖かさがあった。俺はいい友を持った。本当に。


22話から29話まで改変しました。出来るだけ手早くやったつもりですが、この作品を読んで下さっていた皆さんにはご迷惑をお掛けしました。


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