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28.守りたかった笑顔

 シャルステナ達が旅だって3週間が過ぎた頃、俺はとうとう精霊を見つけた。漸く見つけた精霊。しかし、その精霊は湖の傍でひどく衰弱しているようだった。まるで今にも力尽きそうな程に……


「大丈夫ですか?」

『……あなた、私が…見えるの?』

「はい」

『そう、…珍しい…わね』


 とても辛そうに話す彼女は、薄い透明な水色の肌に汗のようなものを滲ませていた。


「辛そうですね。何か俺にできることはありますか?」


 俺はいつ倒れてもおかしくなさそうな彼女にそう尋ねた。異変の理由を聞く前に彼女を助けなければ、ゆっくり話もできない。

 俺は自分に出来ることはないでもするつもりで彼女に尋ねた。


『一つ、だけ。…誰か、魔素を作れる…人を呼んで来て、もらえない…かしら…』


 魔素?確かそんなスキルがあったな。


「魔素だったら、俺が」


 俺はそう言って、魔素を変換する。とりあえず、今の魔力の半分ほどを変換した。


『そ、の歳…で、魔素変換、できる、のね…』

「それで、これをどうしたらいいんですか?」

『後は、私が…やるわ…』


 そう言うと彼女は俺の作った魔素に触れた。

 魔素は不思議なものだ。物質のようで物質でない。魔力であって魔力でない。

 そんな謎の素体だ。


 敢えて言葉にするとすれば、魔力の結晶とでも言うべきものだ。


 彼女は魔素に触れると、魔素を魔力へと変換し、己の体内へと取り込んだ。


『ふぅ、ありがとう。助かったわ。もう少しで私は消えてしまう所だったわ』

「えぇぇ⁉︎そんなにやばかったの?」


 消えてしまうと言う割には、落ち着いていたように見えるんだが……


『そうよ。精霊は魔力でできている。だから、それがなくなれば、この世から消えてしまうのよ。その代わり、魔力さえあれば消えることはない』

「へぇ。けど、魔力は自分では作れないんだ?」

『いいえ、作れるわ。ただ、足りないのよ。それだけでは……いつもならば、世界樹からこの湖に力が送られてくるわ。だけど、今は送られてきていない。どこかで途絶えてしまっている』


 途絶えている?

 それはつまり、原因が世界樹からの送られてくる力を阻害しているのか?

 そうか。だから、この湖は輝きを失ったのか……


「……どこで途絶えているか、わかりますか?」

『残念ながら、わからないわ。私はこの湖に補給に寄っただけだから……それにおそらく、この辺りに住んでいた精霊はもう…』

「そう…ですか…」


 まだ、被害は出ていないと思っていた。

 だけど、目に見えない所ですでに被害は出てしまったいたようだ。

 俺は拳を強く握りしめた。


 悔しかった。

 精霊を助けられなかったことが……

 人ばかりに目を向けていた。もっと早くこのことに気付き、俺が精霊眼のスキルを手に入れていれば、救えたはずなのに……


『……そんな顔しないで、坊や。あなたは悪くないわ。あなたは私を救ってくれた。それで十分よ』

「だけど…俺なら…」


 俺なら救えたはずなんだ。みんな。違うやり方をしていれば、きっと助けられたはずなんだ。


『それは違うわ。個人には限界がある。何もかもなんて、誰にもできないわ』


 限界……

 限界ってなんなんだろ。なんで、そんな言葉があるんだろう。

 俺はまた限界だったのか?

 あれから2年も経って、俺はこの程度の限界でしかないなのか?


 俺は自分の限界の意味を考えた。いつまで経っても俺はその決まった枠を超えらないのかと……


 〜〜〜〜〜〜


 精霊と出会ってから2ヶ月が過ぎたある日、俺は湖へと来ていた。


 あれから精霊と話し、協力して貰えることになった。

 彼女は世界を旅する精霊で、名前はウラティー。

 精霊は魔力を使えば、魔法も実体化もできるらしいのだが、今は補給がない状態なのでそういうことはできない。

 俺が与えた魔力も2、3日で尽きてしまった。なので、なくなりかける度に俺が彼女に補給を行っている。


 その代わりと言ってはなんだが、ウラティーには湖の異変の原因について、調べて貰っている。

 精霊は魔力や世界樹から送られてくる力に敏感なそうなので、どこで力が途絶えているのか調べればわかるそうだ。


 そして今日、ウラティーから報告があった。


『力がせき止められている所を見つけたわ』

「本当か⁉︎」


 俺は報告を聞いて、歓喜から叫んでいた。


 やっと、見つかった。何年もかかってようやく…

 俺は達成感に満たされていた。


 早速、ウラティーにその場所へと案内してもらう。


『ここよ』

「ここがそうなのか?」


 そこは何もなかった。

 特に変わった所など見当たらない。いたって普通の山の斜面だ。


『この奥。奥で力がせき止められているのを感じる』

「なるほど、地下ってわけか…」


 通りで見つからないわけだ。


 なるほど、全てわかったぞ。この奥には地下水脈の源流があるんだ。

 そこから湖と反対側に流れ出した水に邪神の加護が含まれているんだ。


 そしてそれは魔物達に取り込まれる。少しずつ魔物に力が溜まり、活性化が起こる。

 そして、動物までも邪神の加護を取り込み魔物化する。

 それは時間がかかるほど、顕著に現れる。山に、木々に、土に、水から邪神の加護が移っていくからだ。


 さらに、地下水脈は遠く離れた川の水脈と繋がっていたんだ。だから、断崖山に関係のない川までも邪神の加護が含まれていた。


 水は生物が最も必要とするもの。例え少しずつでも、毎日取り込めばかなりの量の加護を取り込むことになる。

 チリも積もればなんとやらというやつだ。


「…………やっと辿り着いた」


 俺は一言そう述べると、地面に穴を開けた。

 そして、ウラティーと供に中に入る。そこは思った通り地下水脈が流れていた。


 暗いため暗視が起動し、中の様子が鮮明に見えるようになる。

 あたりを見渡していると不自然な箇所が、チラホラと見つかった。まるで何かに溶かされたかのような岩肌が、彼方此方に点在している。


『火で溶かされたみたいね…』


 ウラティーがそう静かに呟いた。


 ウラティーの言う通りだ。岩を溶かすのは酸か火しかない。

 さらにこの場合、この世界に強力な酸があると考えるよりも、火で溶かされたと考える方が自然だ。


 岩を溶かす程の熱…誰がこんなことをできるんだ…?

 俺にできるか…?

 できてもかなりの魔力が必要だろう。


 よく見れば、溶かされた跡があるのは、今見た場所だけではない。その周りも溶かされて下から岩が出てきたかのようになっている。

 まるでブレスでもぶつけられ……火竜か!そうか!火竜がここで暴れたんだ!

 けど、なんでそこに邪神の加護の原因が…?


 違う。火竜が暴れたんところに邪神の加護があるんじゃない。逆なんだ。


 邪神の加護があるから、火竜は暴れたんだ。


 前からおかしいと思っていた。ウェアリーゼ達のように優しい竜が何故王都を襲ったのかと。今まではその火竜が悪い竜だったのかと考えていたが、きっと、火竜はいい竜だったんだ。

 だけど、ここで邪神の加護を受けてしまったんだ。この溶けた岩はその時に抵抗した跡だ。しかし、その抵抗は叶わず、邪神の支配下に落ちたんだ。


「…ウラティー。どこで途切れてるか教えてくれ。それと、それ以上中には近づかないでくれ」


 俺は邪神の支配下に置かれる可能性を考え、近づこうとはしなかった。その意図を察してウランティは地下水脈の一点を指差した。


『あそこよ。あの、水が湧き出ているところ』

「わかった。…収納空間」


 俺は彼女の指差した箇所を丸ごと全て収納空間の中に放り込んだ。


『また、おかしなスキルを……でも、流れが元に戻ったわ。まだ弱いけど、いずれは元に戻るはず…』

「そうか。まだ安心は出来なんだな」

『そうね。まだ、この地には邪神の加護が残ってるから……雫があればいいのだけど…』


 雫?なんだそれは?それがあれば、全て解決するのか?


「雫ってなんだ?」

『世界樹の雫よ。それがあれば、この地に残る邪神の加護を上書きできるはず…。あれは世界樹の力の結晶だから…』

「それはどこに行けば手に入る?」


 俺は雫を手に入れるつもりで、ウラティーに訊いた。


『世界樹に行くか、持っている人に譲って貰うしかないわね。どちらにしても無理よ。世界樹は遠い。最低でも2年はかかるわ。その間、ここを放置するわけにはいかないでしょ?…それに、世界樹の雫は別名、命の水と呼ばれていて、あらゆる病気、怪我を治すと言われているの。だから、それを持っている者が譲ることはないと考えた方がいいわ』


 命の水か。確かにそれ程の効果を持つのなら、譲ろうとは思わないか……

 金を出せばどうにかならないか?

 金ならあるんだが……


「…そうか。わかった。一応、持ってる人を探してはみるよ」

『そう。私も出来るだけ手伝うわ。この場所を放置はできないし。ここに来れば、補給はできるから』

「わかった。また、何かあれば湖に行くよ。俺はしばらく王都の方にいるから、また何かあれば言ってくれ。」

『ふふ、わかったわ。けど、貴方はしばらくはゆっくりしなさいな。もう限界よ、貴方は』


 ウラティーは俺を気遣ってそう言ってくれたが、そうはいかない。

 もう、休む暇はない。すでに、山は決壊直前なのだ。

 A級は500体を超え、S級も50体に迫ろうとしている。少しでも今はA級の数を減らさないといけないのだ。


「それはもう少ししたらだな。あと少しで親父が帰ってくるはずだから…」


 ウラティーの話を聞いて思ったのだ。親父の向かった先は、世界樹なんじゃないかって。

 それなら親父は世界樹の雫を持って帰ってくるはずだ。

 日にち的に見ても、あとニ、三ヶ月で親父は帰ってくるはずだ。


 それで全て終わる。

 親父が帰ってきたら、山は元に戻り、S級も全て倒してくれるはずだ。

 あとほんの少しの辛抱なんだ。



 〜〜〜〜〜〜


 4月に入り、俺は5年生になった。


 山の原因を取り除くことに成功はしたが、まだまだ沈静化の兆しは見えない。

 早く親父が戻って来てくれることを祈る毎日だ。


 闘技大会の方は、シャルステナが2位という成績を収めた。ギルクは3位で、シャルステナに負けたそうだ。

 そのことでギルクとシャルステナの関係が変わるとかはなく、安心した。


 ギルクは闘技大会の後、卒業していった。

 実にスッキリとした顔でやることはやったという顔で学院を出て行った。


 と、思ったら、戻ってきた。教師になって……

 王子が教師になってどうするんだとは思ったが、特に何か言ったりはしなかった。

 王にはなれないみたいなことを言ってたし、働くのは別に悪いことじゃない。むしろ称賛できると思う。地位に胡座を掻いて、贅沢三昧している様な王子なんかより絶対にいい事だ。それにまだあいつと同じ学院で生活出来るのは嬉しい。

 ただ、しっかりと先生ネタでおちょくっておいた。


 俺は変わらず無茶苦茶な授業日程に忙しい毎日を送っている。

 全部やめて、山の方に専念することも考えたが、武闘大会の言い訳と、親父が間に合わなかった時のことを考えて力をつけないといけないため、去年と同じにした。


 正直今は全く余裕がない。発生スピードと進化スピードの速さが、以前の倍になっている。そのため、授業が終われば山に狩りに行くという、生活が必須になってきた。A級は1日に一体という縛りももはや守ってはいない。そんな余裕はとうになかった。


 もう、あの山は限界を超えていたみたいだ。それを無理やり俺とウラティーが押さえ込んでいる。

 手を抜ける状態ではないのだ。


 俺も限界が近い。いや、超えているかもしれない。最近、自分が何をしているのかわからなくなる時がある。

 しかし、休んでなどいられない。俺が休めば、みんなに危険が及ぶ。


 それだけは避けなくては……

 俺が(・・)みんなを守るんだ。



 〜〜〜〜〜〜


 6月に入ったある日の事、授業が終わり俺は山へと向かっていた。そこで、途中から後をつけてくる者がいることに気が付いた。

 俺は立ち止まり、追跡者に声をかけた。


「シャルステナ、何してる?」


 俺の怒気の篭った声に、シャルステナは肩を震わせながら物陰から出てきた。


「ご、ごめんなさい…。けど、レイ、この頃…」

「だから、つけてきたのか?」


 前から考えていた。俺の様子が変わったことにシャルステナならいずれ、気付くだろうと。

 だから、俺は焦ったりはしない。


「ご、ごめんなさい…」

「謝るくらいならついてくるな」


 俺は謝るシャルステナを冷たく突き放した。今は前みたいに休んだりしてられない。

 酷いかもしれないが、このまま帰ってもらった方が、俺にとっても、彼女にとっても、いや王都やシエラ村に住む人々のためになる。


 あと少し、あと少しなんだ。

 それでシャルステナ達を不安にさせる事なく、全て終わる。


 俺はシャルステナを置き去りにし走り出した。


「ま、待って!お願い!待って、よ…。行かないで…」


 俺は立ち止まりそうになる心を叱責し、さらにスピードをあげた。


 ごめん、シャルステナ……


 俺は彼女に心の中で毎日謝った。

 毎日のようにシャルステナは俺の後をつけ、学校でもいつも俺に話をしようとしてきた。

 だけど、俺は徹底的に彼女を無視した。そしてその度に心の中で謝った。


 嫌われるかもしれないと思った。

 だけど、まだそれは耐えられる。でも、彼女が傷つき、死んでしまったりでもしたら、俺はきっと耐えられない。


 だから、心を鬼にして、俺は彼女を無視し続けた。

 ギルク達もだ。彼らも俺とシャルステナのやり取りを見て、何か言おうとしてきたが、俺は聞こうともしなかった。

 ハクも毎日のように言ってくるが、俺は何も言わなかった。


 話すのは全てが終わってからでいい……



 〜〜〜〜〜〜


「もう、待ってはくれないか……」


 俺は一人、山の入り口でそう呟いた。


 目の前には数100のB級以下の魔物の群れとそれを引き連れたA級2体、そして更にそのA級を引き連れたS級の魔物がいた。


 恐れていた事態が起こった。とうとうS級が動き出してしまった。S級はオーガの進化種、キングオーガ。2体のオーガと沢山の魔物を引き連れ、王都へと進軍していた。


 その日、俺はいつものように授業が終わり、山に狩りに向かった。途中でシャルステナを置き去りにし、入り口へと辿り着いた。


 そこで、空間探索がこちらに向かう群れを捉えた。

 以前より、A級以下の魔物が引き連れて来ることは多々あった。その度に撃退し、何とか鎮静を保っていたのだが、今日、初めてS級が動きを見せた。


 もう残り時間はないようだ。やるしかない。

 ここで俺が止めなければ、置き去りにしたシャルステナに危害が及ぶ。


 俺はそう考え、剣を抜いた。剣がとても重く感じた。度重なる疲労でとうに限界を超えた体は、剣を持つ、たったそれだけの動作でも辛く感じた。

 しかし、そんな状況でも魔物は待ってくれない。俺は気合をいれる為に叫び、群れを迎え撃った。


「こい!ここから先は行かせない!」


 俺は魔物群れに魔法を放った。ファイアウェーブを重ねがけし、巨大な火の波となったそれは魔物の群れを全て飲み込む。

 だが、効果があるのはB級以下までだろう。


 その推測はあたり、オーガ達は皮膚が少し焼けた程度、C級までは全滅したようだが、B級は無傷ではないものの、まだ倒せてはいなかった。


 クゴァァァア‼︎


 キングオーガの咆哮が鳴り響く。どうやら俺の先制攻撃にお怒りのようだ。

 だが、そんな事はどうでもいいと、俺はさらに魔法を放つ。


 距離の空いている今がチャンスだ。

 このまま近づかれれば俺に勝ち目はない。最低でもS級以外は全て倒しておかないと……


 ドバーン‼︎


 雨雲を呼び俺は雷を落とした。さらに氷魔法で矢を落とす。前にシャルステナとギルクがやっていたコンビネーションだ。

 俺はそれにさらに手を加える。


 ピカッ!


 氷の矢を避けようと、上を見ていた魔物達の視線の先で閃光が瞬いた。光で目をやられ、回避が出来なくなった魔物達に氷の矢が突き刺さる。


 これで残りは、オーガ二体とキングだけとなった。

 オーガは氷の矢が刺さったが、体の大きさからか、致命傷にはなっていない。

 キングに至ってはかすり傷すらついていなかった。


「ははは、無傷って、そりゃないだろ…」


 傷一つなくこちらに向かってくるキングを見て、無意識に声が漏れた。

 今の魔法にはそれなりの魔力をつぎ込んだ。それでも無傷とは……

 S級の名は伊達じゃないってことか。


 そして、俺とキングの距離があと数歩になった時、俺は魔法を完成させる。


「水竜!」


 目の前に出現した巨大な水の塊。それは形を変え、竜を象った。


「やれ」


 俺は一言そう命令を下した。その命令を受け取った水竜は大きく顎を開いた。


 これは前にシャルステナ達を飲み込んだ時と同じような動きだ。

 だけど、今回はそんな生易しいものではない。


 竜の最大の攻撃。それはブレスだ。成竜が放つそれは王都を壊滅させる威力を持つ。

 もちろん、俺はそれを取り入れた。威力は成竜には遠く及ばない。


 しかし、並みの威力ではない。


 水竜の口から、水のブレスが放たれた。勢いよく噴射された水がキングオーガを大きく吹き飛ばし、後ろにいたオーガをも巻き添えにする。


 水竜の体の中は水が凄い勢いで流れている。その勢いは川などとは比べ物にならない。一度中に入れば、脱出は親父でも苦労するだろうと自負している程だ。

 これは風魔法で流れを作っているために起こる現象だ。


 この流れこそが水竜の全てだ。この流れを変えることで、動きを作り出し、ブレスも放てるようになった。

 口の周りで一方向の流れを作り、外からそれを抑える。それにより、圧力を大幅に高め、限界に達した時、それは溜め込んだ圧力を解放して口から外に放出される。


 これが水竜のブレスの仕組みだ。抑える力が強ければ強いほど、威力が増す。

 だが、咄嗟にともなるとあれが限界だ。


 水竜のブレスで吹き飛ばされたオーガとキングはもう起き上がっている。吹き飛ばす程度など、オーガは別にしてもキングに意味はない。


 俺は水竜を待機させると、前に出た。水竜は今、圧力を極限まで高めている最中だ。

 その最大威力のブレスが準備できるまでは俺が時間を稼ぐ。


「こい、炎風剣!」


 俺は自分の最も得意とする魔法で剣を作った。それをオーガ達に向けて、降り下ろす。

 何重にも重なった火と風の刃がオーガ達を襲う。


 オーガはその動きが遅い。遅いと言っても、他のA級に比べればの話だ。一般的に言えば、速い。

 だが、その程度ではこの攻撃を避ける事は出来ない。


 オーガ達はまともに俺の引き起こした爆発に巻き込まれる。その爆発に俺は休む事なく燃料が追加した。それにより爆発は収まるどころかその激しさを一層強くする。

 しかし、無限に燃料があるわけではない。1分も経たず、炎風剣に宿した魔力を使いきった。


 だが、その間に水竜は充填を完了した。俺は猛々と燃え上がるオーガ達に向けて、抑えを取り払った。


「喰らえ、これが本当のブレスだ」


 ゴバァァァァア‼︎


 地面を削り取る轟音とともにブレスを放たれた。それは先ほどのブレスとは比べ物になら速さと大きさでオーガごと爆炎を吹き飛ばした。

 しかし、それでも威力は落ちず、オーガ達が通ってきた道にある全てのものをなぎ倒し、断崖山の斜面へと激突した。


「ふぅ、…なんとかなったか」


 俺は吹き飛んだ木々を見ながらそう呟いた。これならキングオーガも無事では済まないだろうと踵を返したその時、咆哮がなり響いた。


 グゴァァァア‼︎


 怒りに満ちた叫びだった。

 それは今しがたキング達が吹き飛んだ方向から発せられた。そして、間髪おかず地面を揺るがす衝撃と、岩を砕く音が鳴り響く。


「…う、嘘だろ」


 まだ、動けるのかよ……

 キングオーガはえぐれた大地の道に、その大きな足跡を残しながら、走りよって来た。


 その右腕はおかしな方向に曲がり、骨が折れていることが、一目でわかる。それでも、足と左腕は健在だ。

 キングオーガはその大きな足で、わずか数秒で俺との距離を詰めると、血で赤く染まった口元を大きく開き、噛み砕かんとばかりに歯を突き立ててきた。


「ぐっ…、うがぁ!」


 俺はキングの牙を強化した肉体と剣で止めようとした。しかし、拮抗など微塵もすることなく、後ろに吹き飛ばされた。

 木々の枝をへし折り、真横に吹き飛ばされた俺は200メートル程離れた所にあった岩に叩きつけられた。背中を強打し、空気と共に血が這い出た。


 しかし、それでも諦めず前を見据えた俺の瞳に飛び込んできたのは、


「がはッ!」


 大きな拳だった。その拳は容赦なく俺に突き立てられた。岩にめり込んでいた俺は避ける事も叶わずまともにその拳を受けた。


 骨が折れるような音が聞こえ、さらには岩は粉々に砕け散り、俺は天高く吹き飛ばされた。


「ゲホッ……!」


 空を舞い未だ上昇を続ける中、俺は考えていた。


 なぜ俺はこんな馬鹿みたいな勝負を挑んだだろう…

 普通に考えれば、勝てるわけがないと何故わからなかったんだ……

 俺はまだ11歳。S級に勝てるわけがないじゃないか。


 自惚れていた……俺ならできると。みんなを救えるって…

 だけど、結果はこのざま。

 S級1匹倒せない。


 このまま落ちれば俺は死ぬな……

 今度は助からない。

 下で待ち受けてるキングに殺される。


 シャルステナは無事に王都に帰っただろうか?

 王都には誰か、こいつを倒せる奴がいるだろうか?

 俺はみんなを救うことが出来たのだろうか……


 俺は天に昇りながら、王都の方を見た。王都の城壁が月光を反射し、美しく輝いていた。その中にある街を守る様に。


 だが、その城壁の外に赤い髪の少女がいた。赤髪の少女は焦燥を浮かべ此方へと走ってきている。


 ドクンッ


 何かが俺の中で波打った。


 それは再起の音だった。俺の折れた心が、叩き直された音だった。


 まだだ。まだ死ねない。


 決めただろ

 シャルステナを、みんなを守るって…

 俺はその為に戦っんだろッ

 諦めるのかよ、ただ殴られただけでッ


 そんなの俺が許さないッ‼︎


「ぐっ、こい、炎風剣!」


 空に赤く輝く剣が生まれた。俺はそれを右手で握りしめる。


 今諦めたら、シャルステナを守れない。


 俺は立体軌道で体制を立て直し、作り出した三ッの空間を使って空を駆け抜けた。


「火を纏え!」


 俺は左手に握る剣に魔力を通し、火を灯した。


 こいつを倒す。必ず。


「限界突破!」


 体から淡い光が体を包むようにして漏れ出す。それと、同時に肉体が限界を超え、俺は加速する。下で待ち受けてるキングに向かって。


 お前を倒して、シャルステナを守りきる!


 出せるものは全て出して猛スピードで落下する俺と、キングオーガの拳が正面からぶつかった。


 ドゴォォォォオン‼︎


 二本の燃える剣と一つの拳がぶつかった衝撃が地を走り抜け王都まで木霊する。まるでそこが震源でもあるように大きく揺れる木々。葉は舞い落ち、衝撃で枝が折れる。


 勢いを最大に高めた俺の捨て身の飛び込みはキングオーガの拳と拮抗した。しかし、それはあくまで勢いをつけたからこその拮抗。俺は押し切られると即座に判断して、次なる一手を打つ。それは、追い詰められたとは言え、馬鹿な一手だった。


「炎風剣解放!」


 解放の言葉を引き金に、膨大な魔力をまとった炎風剣がその形を崩し俺もろともキングを巻き込んだ。それは剣を中心にして瞬く間に膨れ上がる。


 ボワァァァア!


 巨大なキングオーガを丸呑みにする程大きな火球が、その周囲の木々を切り刻み、燃やし、飲み込んでいく。

 それはまるで闇夜を照らす太陽の様に燃え上がる。その中で悶えるキングオーガと、歯を食いしばり耐える俺の姿は黒い影となって燃え上がる球体に投影されていた。


 地面を焼き、木々を炭へと還した業火の刃は俺とキングオーガに軽くはないダメージを刻み込んだ。


 一方の腕が折り曲がり、もう一方は消し炭となり消え失せたキングオーガ。

 一方の俺は、全身に火傷と裂傷を負い、口からは血が漏れ出ていた。爆炎の中心にあった右手は未だ火が消えておらず、炭にならなかったのが不思議なぐらい重症であった。


 それでも俺はその反対の手に先ほどの残りカスのような火を纏う剣を持ち、もはや視界が霞んで見える両目で相手を視界に収める。


 もう、どちらも満身創痍だった。だが、どちらも戦いをやめる気などない。

 俺は霞む目に力を入れ、左手に力を込めた。


 先に動き出したのはキングオーガだった。両の腕を失ったキングオーガはそれでも俺を殺そうと足で踏み潰そうとしてきた。

 だが、限界突破した俺にとってその攻撃は遅すぎた。俺を軽くかわし、カウンターで裂傷を負わせる。しかし、決定打にはならない。


 軽過ぎたのだ、俺の攻撃は。オーガ以上の硬度を誇るキングオーガの前には俺の攻撃など引っ掻かれた程度のものだった。


 だが一方で、攻撃を当てられず、逆に攻撃を全て当てられるキングオーガをイラつかせ焦らせるには十分だった。

 焦ったキングオーガはその大きな口を開け、再び噛み砕かんと迫ってきた。


「それを待ってた」


 迫り来るオーガの牙に、慌てることなく俺は一歩踏み出した。ゴウッとより一層激しさを増した火剣を横薙ぎにふるい、俺はねじ込んだ。


「消し飛べ!灼熱魔翔斬!」


 俺は最後に残された魔力を業火に変え、全てをその馬鹿みたい空いた口の中に押し込んだ。


 爆発的な熱量を含んだ斬撃。それはかつてのものとは別ものだった。斬撃はキングオーガの口を寸分違わず捕らえ、中からキングオーガの頭を吹き飛ばした。

 斬撃に含まれた熱が爆発するようにして、斬撃を膨れ上がらせたのだ。それはまるで大爆発を起こしたかのようにキングオーガの頭を内から吹き飛ばした。


 頭を無くしたキングオーガは力なく地面へと倒れ、その姿を消した。


 残ったのは、キングオーガの大きな魔石だけだった。


「ぐっ……」


 その様子を見守っていた俺はキングオーガが消えると同時に前のめりに倒れこんだ。


 限界突破は諸刃の剣。

 使った後は必ず倒れ伏す。体をピクリとも動かす事は出来ない。

 俺は目を閉じ、肉体の悲鳴に従おうとした。しかし、その時、


「…ィ………イッ…レイッ!」


 シャルステナの声が聞こえた。酷く悲痛な叫び声だった。


 身体を動かすことが出来ない俺は、声のする方を見ることさえ出来ない。やがて声はすぐそばまで来ていた。


「レイッ!レイッ!しっかりして!お願い、死なないでッ!」


 シャルステナは倒れ伏す俺を見て、泣き叫んだ。彼女は俺を仰向けにすると、頭を抱き抱えた。

 彼女の涙が俺の顔へ、ポツリポツリと流れ落ちる。


 俺はそれを見ていることしかできなかった。

 いつものように頭を撫でることも、言葉でシャルステナを元気ずけることも出来ない。

 体のどこにも力が入らなかった。動くことも、話すことさえ出来ない。


 俺はまた彼女を泣かせてしまった。彼女を守れたはずなのに、全て上手くいったはずなのに、どうしてこう上手くいかないんだろうか……


「お願い、死なないで……もう私を一人にしないで…」


 もうこんな顔見たくなかったのに……


 号泣する彼女を俺は放って置けなかった。だから、俺は真っ直ぐ彼女の瞳を見つめた。

 それが、たった一つシャルステナに無事を知らせる方法だった。


 泣かないでくれ、俺は生きてる


 そう目に言葉を込めて、シャルステナの眼を見ていた。


「レイ⁉︎生きてるんだね!しっかり!今、治すから!」


 シャルステナは俺の眼に篭った意識を見て、表情が少しだけ明るくなった。そして、すぐに詠唱をはじめ、治癒魔法を唱えた。


 とても暖かい光が俺を包み込んだ。


 この光、……俺は前に見たことがある気がする。

 いつだったかな?

 わからない…だけど、この暖かくて優しい光は覚えてる。


 俺の心がこれを知ってる。


 同時に、俺は安堵していた。


 シャルステナの声を聞いて

 その姿を見て

 そして、その暖かさを感じて


 その暖かい光に包まれたまま、俺はゆっくり眼を閉じた………

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