231.時代の節目を
GW最後の更新です。
日銭を稼いだ迷宮帰りの冒険者達の喧騒が街を賑わす夕暮れ時。
沈みかけの太陽が放つ乱光を浴びて、橙色に染まる建物の中で、都市1番の高さを誇る塔の麓で、一枚の紙を手に白髪隻眼の男が黄昏れていた。
「長、坊やの治療が終わったよ」
「そうか。彼はどうだ?」
「『どうだ?』じゃないよ、まったく……」
レイの治療が終わり、ホームから追い出してそのままだったクランの長を迎えに来たロアナは、深く溜息をつき肩を竦める。
「肋が何本もイッてたそうだよ。しばらくは目覚めないだろうけどね」
「そうか……あの技を受けて、たったそれだけか。彼は硬いな。竜を殴りつけたかのような感覚だった」
「まぁ……言いたい事は分からなくはないさ。どんな体の構造してるんだか……」
ちょっと、どころか、かなり同じ人間とは思えない。それは彼女の目の前にいる男しかりだが、タイプはかなり違うようだ。
化け物同士の戦いを見せられたと思えば、あの技を使った事も納得は出来る。
「でもね、それとこれとは話が別だよ。あたしの甥っ子みたいなもんを、あんたは殺す気だったのかい? あたしゃ割と怒ってんだよ」
「……反省はしている。次からは事前に言おう」
「あたしゃ殺さない程度に手加減しろって言ってんだけどね。本当にわかってんのかね……」
ふむと英傑王は難しい顔をして、口元に手を置いた。
「……善処はしよう。ところで、彼の仲間には事の次第は伝えたか?」
「若いもんにさっき行かせた。そのうち誰か連れて帰ってくるはずさ」
どうやらバラティオが待ち惚けしている間に、ロアナは手際よく、事の詳細をレイの仲間に伝えに行かせていたらしい。門前にいたのに誰ともすれ違わなかったのは、その連絡に向かった者が門以外から出たからだろう。行儀がいいとは言えないが、まぁ若い冒険者なら大体は行儀などを知らないものだ。
状況を把握した英傑王は1つ頷くと、手元の紙に目を落とした。
「そりゃ何の紙だい? 何か面白い事でも書かれてるのかい?」
「懇意にしている情報屋からの連絡だ。気になるのなら、目を通してみるといい」
そう言って英傑王はロアナに紙を手渡す。ロアナは訝しげに思いながらも、それを受け取ると紙の文字に目を落とした。
「あたしゃ文字が殆ど読めないんだが……迷宮、魔王殺し……こりゃいったいなんだい?」
単語だけで意味を理解しようと努めたロアナだったが、早々に諦め、手早く紙を返しながら助けを求めた。
「迷宮が魔王殺しの彼を挑戦者と認めたとある。それと共に、迷宮が彼に課した試練について、注意を呼び掛けているな。具体的には、10層で起きたリ・スタート現象が今後も再発する恐れがあるため、注意しろとのことだ。それから、ギルドの対策として、彼と彼のクランの迷宮攻略状況を発信し──」
「ちょ、ちょっと待っておくれ! いったい全体どういうことだい⁉︎ 迷宮が挑戦者を認めたって、な、何がどうなったんだい⁉︎」
「……さてな。私も全てはわからない。わからないが……」
委細のまとめ役は、あの場にいたギルド長やレイの仲間達だ。どういう意図があって、このような内容にしたのかまでは、わからない。無論、それをこのような公衆の場で話す気は英傑王にはないが、なかなかどうして、面白いアプローチをする。
「街が分かれるかもしれんな」
不穏にも思える呟きを、英傑王は情報を事細かに読み解きながらこぼした。
「……あたしゃあんたとは10年来の付き合いだけどね……あんたがそういう顔をする時は、だいたいロクでもない事が起きるってのは、いい加減わかってるよ」
「それは……心外だな」
〜〜〜〜
レイ達が引き起こしたリ・スタート現象の情報の解禁がなされたのは、次の日の事だった。
無論、情報が命取りになる事もある迷宮都市で、解禁されるよりもずっと早くに、英傑王のように情報を得た者も少なからずいたが、解禁されるまでは噂の域を出なかった。しかし、ギルドという信頼出来る組織から一斉に発信されたことで、耳を疑うような内容でもそれは信頼出来る情報として周知される事になった。
内容はこうだ。
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昨日起きたリ・スタート現象について、実際に遭遇したクラン【七彩の手記】より、自然発生ではなかった事が報告された。ギルドはこれを受け、全冒険者に注意を呼びかけると共に、協力を要請するものとする。
以下、委細をまとめる。
・ラストベルクを襲来した魔王を討ち取った英雄は、迷宮に挑戦者の資格を与えられた。
・挑戦者は、迷宮より試練を課せられる。これ、すなわちリ・スタート現象である。
・以後、ギルドは【七彩の手記】の動向を監視する共に、リ・スタート現象に対しての注意喚起に努める事とする。また、場合によっては、クラン単位で協力を要請する。
・最後に、迷宮都市始まって以来の挑戦者の出現に、ギルドは【七彩の手記】を全力でバックアップする事をここに明言する。
尚、これらは【英傑王】並びに、実際に目撃した【赤獅子の爪】を証人とする。
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ザッとこんな内容の発表が、ギルドからなされた。
これを受け、街では様々な憶測が飛び交った。
魔王を殺す事が挑戦者の資格か?
あるいはスキル数が100を超える事が資格か?
……などと迷宮攻略が始まって以来初めて資格を手に入れたというレイの存在は、冒険者達の間に大きな波紋を生む。
その波紋がシーテラの存在を有耶無耶にし、別な真実を作り出すように仕向けられたとも知らずに、しばらく迷宮都市の酒場でこの話が持ち上がらない日はなかった。
結果、挑戦者を認めた──すなわち、迷宮の管理者なる存在が冒険者の間で示唆され、魔王との関係から迷宮には邪神が封印されているのではないかという説が、有力視されるようになった。
そして、それと共に、別な噂も広まる。
レイが英傑王と戦い、互角の戦いを演じたと、こちらも噂が広がると共に勝手に誇張され、レイの名声はより確かなものとなった。
それが、レイ達にとって追い風となるのか、はたまた向かい風となるものなのか。
ただ1つ言えるのは、英傑王と激しい攻防を繰り広げたレイを、ルーキーと侮るものは消えたということ。
魔王殺しの偉業は、今日この日をもって真に実証されたのだ。
ならばこそ、今。
祝杯を挙げようではないか。
「──新たな王の出現に」
それはまだ、彼一人が思うところ。
されど、いずれ語られる事になるかもしれない今日の出来事に、今は亡き王の後継者に、酒を傾けずにはいられない。
「500年の停滞を動かすのは、君達のうち誰だ? あるいは、また私か?」
彼は、目に映る都市に問い掛ける。
北西の王──神威の体現者【レプシオ・ディ・ハルメール】
南西の王──無情の殺戮者【ブラッド】
そして、今は亡き冒険王を継ぐ者。
そう──これからこの地で起こる物語は、世界で最も多く、最も強い集団の、その王を決める戦いの物語だ。
言い換えれば、その頂点に立つ者を決める物語。
でも、個人的な見解を示すのなら。
「私は彼が一番好みだな」
そう、仲間に囲まれて、背中に背負われ眠る青年を見て、現王である彼は笑った。




