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異夢世界〜転生チートと謎スキルで異世界を成り上がれ〜  作者: カシス
第12章 迷宮の試練と冒険者の王
246/253

224.気付き


真昼間のギルドの一室にて。


「あっはははっ!」


腹を抱えて笑う若い女性がいた。


「いやぁ、やり過ぎでしょう、二冠王さん。あたし、報告を聞いた時から可笑しくて、可笑しくて、──ぷっ、あははははっ! ほんともう、最高っ!」


そんな風にレイの顔を見ては吹き出し、笑い転げる彼女は、迷宮都市に構える世界最大ギルド本部の新米受付嬢。

レイはそんな失礼な彼女に、若干の苛立ちを込めて言った。


「もういいだろ。いい加減人の顔を見るたびに笑うのをやめないと、蹴りをかますぞ」

「あはははっ、ごめんなさい。でも、ほんと可笑しくて。私が向こうの職員から報告を聞いたんですけど、第一声が『鬱憤が晴らせて清々した!』ですからね。もうほんと爆笑ですよ。あー、笑った、笑った」


ひーひー言うほどに笑った彼女は、火照った顔をパタパタと手で冷ます仕草をして、レイに向き直る。


「けど、さっき報告があったばかりなのに、どうやって戻ってきたんですか、二冠王さん?」

「テレポートだ。うちの仲間にそれが出来る人間がいるんでな」


まだ帝国領内の一部にしか出回っていない転移魔具を使用したとはとても言えず、あらかじめ考えていた言い訳をレイをスラスラと口にした。

もちろんその仲間とはシャルステナの事だが、それを知ってか知らずか受付嬢はわざとらしく手を広げて驚きを露わにする。


「わおっ、それは凄い。まぁそんなところだと、思ってましたが、その方はどこかの宮廷魔導師ですか?」

「仲間なんだから冒険者に決まってんだろ」

「わおっ、一つで二度驚き」


どこのCMだと思いながら、レイは出されたお茶を啜る。


「それで、報酬は?」

「いやいや、もう少し待って下さいよ。すぐにそんな大金用意は出来ませんて。っというか、現金じゃなくて入金にしておいていいですか?」

「それは構わないけど、明細はくれ。どんだけ稼げたのかは知りたい」

「はいはーい、チョチョイっとね」


どこに隠し持っていたのか、明細を机の上に取り出した受付嬢は、サラサラとサインを入れて、レイに差し出してきた。

レイはそんな彼女に訝しげな視線を向ける。


「お前、初めから用意してだろ、これ」

「そんなぁ〜、二冠王さんの動きを見通した私の優秀さを褒められても困りますぅ〜」

「別に褒めてはないんだが」


まぁいいと、レイはその明細に目を落とす。

クエスト報酬がキチンと振り込まれている事を確認し、そのまま下に視線を落としたレイは、ポツリと呟いた。


「これ、お前の名前か?」

「あれ、とうとう私の正体がバレてしまいました? そう、私こそは迷宮都市の新米受付嬢にして、謎の役職に強制就任させられた謎の美女。果たしてその正体はっ……! ─────ただの街人Aでした」

「…………そうか」


コメントは控え、レイは再び目を明細へと落とした。そこには、担当者のところにエミリア・ブラウンという名前が記載されており、先程目の前で書き込まれた事からも、彼女の名前である事は明白だ。


「それでブラウン。素材の買い取りの方はどうなってる?」

「ブラウンはやめてください。可愛くないので、気軽にエミリアちゃんて呼んでくれていいですよ? ちなみに、にゃんでも、ちゅわーんでも可。くん、さん付けは距離置かれてる感じがするので、禁止で。それと、素材買い取りの方は、査定がまだなので報告待ちです」

「そうかわかった、 エミリア(・・・・)


レイはわざわざ名を出して、誰がそんな痛い呼び方をするものかと、呼び捨てにするという意思を露わにする。

それに取り留めて不満の声を上げる事なく、僅かに顔を膨らませただけに留めた受付嬢は、机の上に置かれた紙の束を手に取った。


「それで、次はどれにいきます? 私としては、コレとコレと、コレが一押しかなぁって」

「いや、行かないぞ、しばらくは」

「えっ?」


この人何を言っているんだろうと、クエスト用紙を並べていた手を止めた受付嬢。


「えぇ──っ! な、何でですか! 今回の事で味をしめたでしょう? やっぱり迷宮探索よりクエストだ! ってやる気が湧いてきたでしょう? だったら、行きましょう! 行くしかないです!」

「勝手に俺の感情を代弁すんな。今月の目標金額はもう稼いだからな。また来月にでも頼むよ」

「そんな綱渡りなぁ〜。もっと余裕を持った迷宮ライフを送りましょうよぉ〜」

「断る」


余裕が出来たからクエストに行かないのだがと、言っても事ある毎に仕事を減らそうとするエミリアには馬の耳に念仏なのだろう。

俄然として、クエスト押しがすごい。

一方のレイは、断固として行かないという姿勢を見せ、それからと付け加える。


「依頼を受ける地域は、カルマン、ユーロリア、アフロト、それからクリフォトに絞りたい。それ以外の大陸には行った事がないからどうしても時間がかかるんだ。その辺で纏めてピックアップしてくれていると、一気に回れて俺も助かる」


今回の依頼、レイの予想よりも遥かに時間が掛からなかった。それだけ実力が付いたという事なのか、移動時間に2日。掃討に2日と、4日で帰って来れた。

物足りないとは言わないが、どうしても効率を考えると、幾つかのクエストを一気にこなした方が移動時間に無駄がなくなる。

そう考えての事だったが。


「なるほど、4か月で全てを回るというわけですね。それでしたら私頑張っちゃいますよ」

「誰もそこまでは言ってねぇよ」


受付嬢はどうやらレイを使い潰すつもりだったらしい。過大解釈が過ぎすぎる。

なんて恐ろしい女だとレイは一歩引いた。

そして、最新の注意を払おうと心に留めつつ、収納空間から小袋を取り出した。


「まぁだが、今回の事は割と感謝してるんだ。これは、その礼だ」

「わおっ、ここで賄賂を渡されるとは思いませんでした。やりますね、二冠王さん」

「違うわ。こんなの賄賂にもならない土産程度のもんだよ」


働きにはそれ相応の報酬を、は幼い頃から冒険者として培ってきた礼儀だ。今回はあくまでお礼という意味合いが強いが、情報と機会を与えてくれたのは彼女である。それに対する礼は尽くさなければならない。


「あははっ、それじゃあ有難く頂戴しておきましょうかね。ちなみに、中身は何ですか?」

「ユーロリア限定の花から抽出した香水らしい。貴族様ご用達だから、街娘Aには合わないかもしれないが」

「ぶぅー、言ってくれますね。でも、ありがとうございます。大事に使いますね」


失礼なレイの物言い、少し顔を膨らませて細目で睨んできた彼女だったが、品自体はとても満足のいく土産だった。

さっそく小袋をあけ、中身を嗅いでみる。


「あっ、甘い香りなんですね。二冠王さんって、その辺のセンスなさそうでしたけど、案外ちゃんとしてるんですね」

「気に入ってくれたなら何よりだ。何でも、食欲旺盛な花の香りらしいから、良い匂いがすると思ったんだ」

「……ちょっと待ってください。今、この上なく不適切な修飾語が聞こえた気がするんですが」


何が? とまるでわかっていなさそうなレイ。

さすがは国家予算級の支払いを自ら背負った男である。時に魔物でも喰うという花の出す香りはさぞ良い匂いがするのだろうという思考回路は、街人Aを自称する一般人のエミリアには想像すら出来ない。


「……私、何も聞かなかった事にしますね」


それがいい。匂いは文句なしに良いのだから。

たとえそれが、ゾッとするような由来があったとしても。


「そういえばですが、攻略の方は今日から再開されるのですか?」

「いや、今日は少し人と会う約束をしているんだ。だから、明日からまたよろしく」


まだ迷宮探索に行く時間は十分にある時間帯だが、依頼先から直接戻って来てしまったため、アークティアに一度顔を出しに行かなければならない。どれくらい掛かるかは学長の話次第だが、帰って来る頃には夜になっているだろう。

それから迷宮に潜る事も一瞬考えたが、休息も大切だ。余裕のある時ぐらいは、夜まで迷宮に潜るのは止そう。


「では、また明日お待ちしております」

「ああ」


レイはそう短く返事を返すと、ギルドを出た。



〜〜〜〜



セシルも、キャロットさん達も出掛けているのか、人の気配がないホームに一度戻ると、書き置きだけ残し、レイは転移装置でアークティアへと飛んだ。


迷宮都市基準で時刻は、昼を少し過ぎた時間帯。多少時差というものが存在するようだが、アークティアもまだ太陽は空にある。

転移魔具の試験部屋を出ると今日は黒いローブの制服に身を包んだ学生の姿が見て取れた。


思えばもう12年近く前の話、レイもこの魔法学校へ入学する選択肢は確かにあった。

結局は、近場かつ目的にあった王立学院に入学する事になったのだが、制服を見ているとそれに身を包んだ幼き頃の自分の姿が見えるようで、レイは少し可笑しくなって笑う。


意味のない仮定は嫌いではない。想像する事は好きだからだ。

もし、そうだったら。仮に、そうだったら。

それを考える事は、意味もなく楽しい。それに意味を見出せたら尚一層。


だが、今はまだよそうと、レイは考えを打ち切る。


それから、レイは訪問の目的を果たすべく、学長室へと向かった。

ふと、部外者がこんなに簡単に出入りして、安全面はいいのだろうかと思ったが、まだ大々的には考案中という運びだ。

実用化されていないものを悪用しようと考える輩は、少ないだろう。そもそも知らない可能性の方が高い。


そう考えると、便利だからとやたらめったら転移魔具を設置するわけにはいかなそうだ。少なくとも今はまだ。

逆に考えればそれは、奇襲の手段なりを与えることになってしまうのだから。

まずは安全面と帝国内での法設備が、運用に向けた第一段階だろうか。


レイは建物のトンガリ帽子の辺りまで来ると、学長室と書かれた部屋を見つけ、扉をノックする。

返事はすぐに返ってきた。


「どうぞ」


そう言われて扉をゆっくりと開けたレイを、仕事中であったのか、老眼鏡を掛けた学長が出迎える。


「おおっ、お早いですな。ささぁ、どうぞ中へ」


老眼鏡を外し手厚く出迎える学長に促され、レイは中央のソファーへと腰を掛ける。


「まずは、試作機をお返しします」

「どうでしたかな、乗り心地は」

「中々快適でしたよ」


レイは試作機をひとまず学長室の端に置くと、使用した感想と共に、気が付いた点を列挙した。具体的には、レイが魔術で補完した部分についてだ。さすがに背もたれについては、長距離移動の疲労緩和と濁して答えたが、他は魔物に対する武装と急ブレーキが主だった内容か。


「まぁ、こんなところです」

「なるほど……実用化を意識するなら、それらは不可欠でしょうな。レイ殿の着眼点は実にタメになります。今後も、試作機の試運転をお任せしてもよろいですかな?」

「まぁ俺でいいなら。あまり期待されても困りますが……」


レイの方も今回の事で魔導バイクの有用性は理解したつもりだが、これ以上のことなると空を飛ぶぐらいしか今のところ思い付かない。困ったら空に逃げるという戦闘の癖がここにまで反映されるとは思いもしなかったレイだったが、試運転自体は一向に構わないため了承した。


そして、話は『それで』と口を切ることになるわけだが、朗らからだった学長の顔が一転して、真剣なものへと変わる。


「折り入って、お話があります」

「……どんな話ですか?」

「少し不快に思われるかもしれないお話です」


抽象的ながらも心の準備だけは出来る答えを聞いたレイは、一瞬目を閉じて覚悟を決める。


「……わかりました」


この時点で話の内容にレイはおそらくという予想を付けていた。そして、いつかはこうなる可能性を、考えていた。

だから、慌てる事はない。

実際、話の前にと手渡された資料に、それが記されていたとしても、想定内と構えるだけの余裕はあった。


「失礼ながら、調べさせていただきました」

「シーテラのことを、ですか?」


レイは資料を一瞥し、必要な情報だけを抜き取ると、学長との間に戻した。


「それで、学長はどうするつもりで、俺にそれを話したんですか? 彼女を引き渡せという話でしたら、全力で抵抗しますよ」


言葉は穏やかだったものの、内容は過激だ。そして、それがブラフやハッタリでない事は、レイの性格を知っている学長には、嫌と言うほどに伝わる。


「誤解なきよう、我々は知りたいだけです。シーテラと呼ばれる個体が存在するか、否かを」

「ええ、存在しますよ。でも、どうしてそんな事を聞くんです? シーテラの事は、この調査資料に書いてある」

「同名という可能性がありました。いや、むしろそれに賭けていたと言っていいのかもしれません。レイ殿の証言を得て尚、にわかには信じ難い」


学長は目を閉じ眉間に皺を寄せた。その表情を見て、レイは自分の懸念と学長達の意図がすれ違っている事を悟った。


「……学長達は、シーテラの何を知ったんです?」


自分の知らない彼女を学長達が知っていると、半ばそれを確信し、レイは学長へ問うた。


「……レイ殿から提供された遺物を解析したところ、過去の映像を収めた記録装置だという事が判明しました」


シーテラのことを隠す手前、レイは学長達に謎の遺物として記録装置を提供したが、中身は見たのでそこまでは知っている。


「それで?」

「現在、その内容について議論が行われている最中なのですが、無人島に残されていたという記録映像の最後に不可解な映像が残されていたのです」


そう言って、学長はレイに資料を差し出す。

それには、上から順に以前見た映像でクラクベールが話していた内容がビッシリと書き込まれたいた。レイは以前聞いた部分はサッと読み飛ばし、中断してそれきりとなっていた中程の内容から目を通して行く。


そこに書かれていたのは、クラクベールのプロフィールもとい、自慢話。大した内容もなく、ただ自画自賛だけが続く。

読みながら聞かなくて正解だった思いながら、軽く流し読みして、レイは資料の末尾へと目を通した。


『……最後に、我が最高傑作を連れて行くがいい。名は、シーテラ。聖剣に選ばれた勇者より授かった名だ。私は、彼女に成長という無限の可能性を与えた。それを活かすも殺すも、あとは君次第。──さぁ行け。我が至高を連れて。私は用意した。場と時を。いずれ来るその日に、彼女が君を導くだろう』


末尾には、思わず目を止めてしまう内容が記されていた。

最後の最後にこんな内容が残されていたとは、今の今まで考えていなかった分、レイの衝撃は多い。


「シーテラが、俺を導く……?」


どういう事だと、頭に疑問符を浮かべるレイ。


「その顔はレイ殿にも心当たりはないようですな」

「まぁ……シーテラが俺をどこかに導こうとした事は、なかったですね」


これまでの事を思い返してみるに、シーテラを連れ出してから、そんな素振りはまったくと言っていいほどになかった。

むしろ導くというのなら、彼女に自分の意思に気付かせようと、様々な事に挑戦する機会を与えたレイの方が、彼女を導いたのではないだろうか。


「であるなら……まだ、いずれ来る日ではないのかもしれません」

「なるほど、そういう解釈も出来るのか」


学長の解釈を噛み砕くと、いずれ来る日まで、シーテラはレイを導かないという事だ。確かに、それならばシーテラにレイを導くような素振りが見られない事も頷ける。


だが、その解釈で思考を重ねるなら。


「いずれ来る日って、いつになるんでしょうね」


そこに必ず行き当たる。そして、その日が不穏極まりない日である予感がするのは、何もレイだけではないはずだ。


「それに、クラクベールが用意した場と時って、どういう意味なんでしょうか?」

「……今はまだ、わかりませんな。いずれにせよ、レイ殿が導かれていないのであれば、まだその時ではないという事だけは間違いがなさそうです」

「まだ……か」


そう、またその言葉だ。

誰も彼もが、レイにそう言う。


まだ、時間はある。

まだ、いい。

まだ、その時ではない。


きっとその『まだ』が、『今』に変わる日は近いのだろう。

古の英雄も魔工技師も、そして神達もそれに対して何か備えている。

それだけは間違いがない。


だが、何かが違う。


何と言われてもすぐにその答えは出せないが、同じ『まだ』という言葉に違和感を感じる。


レイノルドが零した世界の終焉。

神達が備える魔王との決戦。

クラクベールが用意したという時。


羅列してみれば、少し違和感の正体に近付けた。


これらは必ずしも──イコールではないのだ。


「もしかして……」


未来の危機は──2つ、ないしは3つ存在しているのではないだろうか?


「……学長、調査を続けてもらってもいいですか?」

「ええ、それはもちろんです。ですが、顔色があまり良くないようですが……」

「……悪い勘だけは良く当たるですよ」


そう言って、レイは疲れたように息を吐いて天井を仰いだ。


(いったい……クラクベールは何を予感していたんだ?)



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