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異夢世界〜転生チートと謎スキルで異世界を成り上がれ〜  作者: カシス
第12章 迷宮の試練と冒険者の王
235/253

213.迷い

 

 頭上に浮かぶ満天の星空。弱々しいものから、自己主張が激しいものまで、それはまるで人のように違った色と明るさを見せ、空を彩っている。


「綺麗なもんだな」


 ふと、この世界にも星座や、名前の付いた星はあるのだろうかと疑問が浮かぶ。

 もしないのなら第一発見者として、俺の名前を付けてみるのも面白いかもしれないなどと冗談を考えつつ、真っ暗闇の先を見つめた。


「ほへぇー」


 まさにそんな気分だった。一寸先な闇を地でいく今の視界を見ていると、本当に先に進んでいるのか怪しくなる。かと言って、スキルを使ってわざわざ確かめるほどの事でもない。

 喜ぶべき事なのだろうが、何も起きない夜の航海はそれはもうほへぇーだった。


 そんな風に、あんまりに暇だったので、俺は今日の事を思い出して、ステータスプレートを取り出す。


「仙人……ね」


 別に山に篭って修行したわけでもないのだが、と良く分からないネーミングにぼやきつつ、プレートの下へと視線を落としていく。


 まず目に入るのは、能力値の欄。


 名前:レイ

 種族:人間|(仙人)

 年齢:17歳

 レベル:1

 生命力:6369

 筋力:9536+220

 体力:9236+200

 敏捷:9523+400

 耐久:10369+1120(×2)

 器用:5631+400

 知力:8432+450

 魔力:61235+410(×2)


 改めて見ると、自分でも驚く程の上昇具合だ。帝国で勇者云々の事柄に巻き込まれていた頃に比べて、大体1.5倍程度には最低でも増えている。

 唯一の例外は生命力だが、実はこれでもかなり増えているのだ。


 ステータスに表れる生命力の数値は、固定された上限値ではない。多少の傷ならば何ら影響はないが、大量の出血や、致命傷を負うと大きく減少していく。時には、一撃で生命力を完全に失う事になるのだ。そして、生命力が0。すなわち、全焼してしまった時、人は死ぬ。

 つまり、生命力とは言い換えればしぶとさだ。俺はそのしぶとさを、王都での戦いによって大きく削られてしまっていた。いや、正確には失くしたと言った方がいいのか。

 もしシャルステナが俺に生命力を分け与えてくれなければ、俺は今頃死んでいただろう。王都の戦いの直後は、この生命力が3桁まで下がっていたほどだ。つまり、最低でも6倍以上にはなっているのだ。ある意味最も増加したのは、生命力と言えるだろう。


 その次に、成長したとしたら、耐久力か魔力のどちらか、か。この二つは、通常の上昇値に加えて、スキルにより2倍の補正が掛けられている。つまり、3倍程度に増えているのだ。

 限界突破級に反則スキルだ。常時というのが、尚チート。


 そのチートを可能としているスキルが、地獄の特訓の結果手にしたユニークスキル【揺るがぬ者】と、6属性の魔法スキルをカンストした結果、統合された【6属性魔法】という魔法スキルだ。

 二つとも王都を出る前に手に入れただが、この数年間に身に付けたスキルの中でも特に優秀な部類に入るものだ。


 俺は続いて、スキル欄へと目を落とした。


 こちらも言葉がない程に急成長している。2年ほど前にスキルが伸び悩んでいたのが嘘のようだ。

 心当たりは、やはりアレ。ノルドが言っていたもう一人の俺が俺に残してくれた力だ。勝手に解釈していいのなら、分かれていた二つが一つに戻った事で、出来る事が増えたという事なのだろう。


 だがそれにしても、だ。

 あれから新しいスキルが合計41個も増えたのを、単なる努力の賜と片付けてしまっていいのだろうか。

 さしもの俺も、これが普通でない事は察しがつく。この成長速度は、転生チートではもはや説明がつかない。

 あまりにも俺は、出来ることの幅が広すぎる。


 もう一人の……いや、本来いるはずだった俺なら、その理由にも見当がつくのだろうか。

 イレギュラーから生まれたような存在である俺には、答えが思いつきそうにない。ただあいつが遺してくれたものと解釈して、それを受け取るだけである。

 感謝とほんの少しの気味の悪さを感じながら。


「…………」


 俺は推測の域を出ない考えを打ち切り、今一度、王都の戦い以降に増えたスキルに、注目した。


 スキルの数が増えても、使いこなせなくては意味がない。だから、偶にはこうして、使えるスキルと使えないスキルを頭の中で分けておく事はとても大切な事だ。

 ここでは、新しいスキルを使えない順に三段階に分ける事にしよう。


 まず、使えないスキルは、【包丁捌き】【料理人】【染色】【影名人】【冷たい息】【暖かい息】【纏】の7つだ。包丁捌きを除き、全て希少スキルに当たる。

 包丁捌きと料理人は使えるが戦闘に関係ないスキルなのでこちらに入れた。他は、まぁ使えない。髪の色を変える【染色】、影の形を変化させる【影名人】は宴会芸だ。【冷たい息】と【暖かい息】は冷暖房。何でも体に纏わりつく【纏】に関しては、むしろ邪魔だ。


 次に、使えなくはない、またはこれからのスキル。

 こちらは、【灼熱耐性】【烈風耐性】【豪雷耐性】【浸水耐性】【土砂耐性】【爆破】【竜巻】【水柱】【地割れ】【氷結】【落雷】【閃光玉】【暗転】【闇魔法】【振動】【波動】【鉤爪】【狂犬】【残痕】の19個だ。耐久系以外は、全て希少スキルとなっている。


 これらが微妙な評価なのは、実感として薄いか、使えなくはないが使いこなせていないのどちらかだ。耐性系は前者にあてはまり、他は全て後者だ。

 耐性系の説明は良いとして、まず【爆破】から【暗転】にかけてのスキルは、スキル名通りの現象を引き起こすお手軽な魔法のようなものだ。その利点は、即時発動出来る点にあるが、【芸術家】と思考系のスキルの併用により、俺は魔法においても同じ事が出来る。わざわざ細かな調整が出来ないスキルを使う必要はない。


 次に【闇魔法】。これは、単純に俺の習熟が甘い。他の属性に比べて、覚えたのが遅すぎた。たぶん魔法的な要素も、俺は出来る事が広がっているのだろう。気のせいか、治癒魔法も少し上手くなった気がする。


【振動】と【波動】も、【闇魔法】と似たようなものだ。現象としては、名前通りの事が起きるが威力が低い。ちょっと揺れるだけの感じだ。ただ、皇帝の戦闘を経て、少し評価を改めたスキルでもある。今のところ、まったく使えないが。


【鉤爪】と【狂犬】は自己強化のスキルだ。それぞれ、爪と指の力、歯と顎を強化する部位が違うだけで、ほぼ同じスキルだ。ただ、俺はそんな獣みたいな戦い方はしませんよ? 殆ど、犬っ子リスリット後輩に教えようかと思い、習得したスキルだ。


 そして、残った【残痕】のスキル。これは、希少スキルの癖に、凄い。何が凄いって、斬撃を残すのだ。残せる斬撃は、自分の手で持った武器の斬撃のみという制限付きだが、数秒間、剣の切れ味をその場に残すのだ。

 ただ、おそろしく使い方が難しい。斬撃は目に見えない。空間のスキルでもわからない。ただそこに情報として残されているような斬撃だ。高速の戦闘中、それに触れないよう剣を振るう事がどれだけ至難の技か。そして、その斬撃が残った場所に相手を触れさせなければならないのだ。いつでもそれが出来ると言える技量は、今の俺にはまだない。だが、今後一番期待を寄せているスキルでもある。使いこなせれば、戦略の幅が大きく広がる。


 そして、最後に使えるスキルだが、【揺るがぬ者】【海神化】【6属性魔法】【魔性変化】【魔素性付加】【魔眼】【頑強】【演算】【豪腕】【硬化】【投げ名人 】【咆哮】【パウリング】【墜落】【死の淵より生還せし者 】の15個だ。


 初めの4つに関しては説明はいらないだろう。その次の【魔素性付加】というのも、魔力の質が変えられてようやく意味のあるスキルなため、詳しくはまだ分からないが、魔素を蓄積する物質に変化前の魔力の質に応じた性質を付加するものらしい。説明を読む分には、非常に面白いスキルだ。もう第8の魔術に魔素を加えていいと俺は考えているほどだ。


 そして、もう一つ魔が付いたスキル【魔眼】。名前だけ見ると、何とも凄そうだが、正直期待外れ感が俺は否めない。

 っというのも、この魔眼はこれまでの眼系スキルを統合した仕様になっているからだ。特段今までと変わった性能はない。ただ、同時使用せずとも魔眼にさえなれば、併用している事になる。そのため、視界が幾つも生まれ、慣れないと酷く気持ち悪い。さらに、眼が赤くなってしまうのが欠点だ。使っているのがモロにわかってしまう。ただし、片目だけ魔眼にする事が出来るのはこれまでにない仕様だ。そこに、何か使い道があるのかもしれないと、俺は着眼点を置いている。


 そして、次に【頑強】から【投げ名人】にかけてだが、これは自己強化系のスキルだ。少し違うのは3秒間だけ耐久値を大幅に上げる【硬化】だが、他は単純な能力値の底上げと補正だけだ。


 さて、残るスキルは4つだが、最後を除き残ったスキルは瞬動のような技としての意味合いが強い。それ一つでも十分強力なスキルだ。一つずつ説明していこう。


 まず、【咆哮】だが、これは魔物でもよく行う威嚇行動だ。それを人間がやるだけの話なのだが、スキルを使った場合は少し違う。

 相手の動きを鈍らせるのだ。簡単に言えば、鈍らせる。なにやら、深層意識に力の差をねじ込むのだとか。

 鈍り方は、相手によって変わるが力の差が大きいほど、身動きが取れなくなる。例えば、俺がオーガに咆哮すると、少し鈍くなる程度だが、ゴブリンに向けて放つと、口を開けて震えたまま動けなくなる。敵が多いときなどに使うと非常に楽な戦闘を行えそうだ。


 次に、【パウリング】。これは、防御系のスキルだ。攻撃を弾く時に上手くタイミングを合わせて使用するだけで、相手にノックバックを与えられる。直接攻撃してくる相手には実に有効な技だ。


 そして、【墜落】。名前だけなら、余りいいイメージがわからないが、このスキルは落下速度を上昇させられる。空中戦を得意とする俺には、堪らない一品だ。戦略の幅が大きく広がる。


 最後に、ユニークスキル【死の淵より生還せし者】。これは俺にとって、耳の痛いスキルだ。これを手に入れたのは、もちろんあの王都の戦い。まず間違いなく、魔力暴走がキッカケだろう。

 効果は、生命力の低減速度の低下。つまりは、しぶとくなったという事だ。死に掛けて、死ににくくなるとはなんとも滑稽な話ではあるが、怪我の功名という奴だろうか。


 さて、久し振りに長々と考察してしまったが、課題は非常に多い。どれから手を付けていこうか、と考えていると、夜も遅いためか眠気に襲われた。


「俺もそろそろ寝ようかな」


 欠伸をして、体を預けていた柵から離れた。船の操舵はシーテラに任せっきりのため、俺が出来る事は何もない。

 もし何かあっても、すぐに知らせてくれるだろうと、プレートを仕舞い、疲れを癒すため船室に戻ろうとした。


 すると、そこへタイミング良く、バタンと船室へと繋がる扉が開きアンナが出てきた。


「あら、こんな所で何してんの、あんた?」

「星と楽しくお喋りしてたのさ」

「何よそれ、次は星を爆発でもさせようって言うの?」

「おい、どうしてそんな物騒な話になる」

「いや、あんたの事だから、割とやりかねないわよ」


 何でだよ。むしろ同じ名前を付けて愛着を持とうとしてたほどなんだぞ。


「そっちこそ、こんな何もない甲板に何をしに来たんだ? 言っとくが、如何わしい事はするなよ。明日から対応に困る」

「誰が、そんな事しに来たって言ったのよ! 勝手に話を作ってんじゃないわよ!」

「いや、お前なら割とやりかねない」


 俺はさっきの仕返しにそう言い返すと、アンナはキッと睨みを利かせてきた。

 おおっ怖い怖い。何が怖いって、あのシスコンの変態が一丁前に下ネタに顔を赤くするようになってしまった時の残酷さ、がだ。

 ああっ、何て事だ……!

 今の俺には、アンナが女に見える。


 そんな口にしたら殴られそうな事を考えていると、アンナは睨むのを止め、代わりに恥ずかしそうに視線を横に逸らした。


「ひ、暇なら、ちょっとあたしに付き合いなさいよ」

「……はい?」


 ど……どういう事だってばよ。

 あのアンナが俺に、二人きりの夜の甲板で、恥ずかし気に目を逸らして、そんな事を言ってくるなんて。

 どうしていきなりツンデレて来ちゃったの?

 俺は、お前との間にフラグが立たないよう最善注意を払って生きて来たんだが?

 いや、きっとこれは俺の勘違いだ。このアンナに限ってそれはない……はずだ。


「だ、だから! ちょっとここで私に付き合えって言ってんの!」


 や、やめろぉッ! これ以上、危険な発言はするんじゃない!

 こんな所、ゴルドにでも見られようものなら、即友情関係が破綻してしまう。

 もしシャルステナに見られようものなら、明日から俺を取り囲む修羅場一層過激さを増してしまう。

 それをお前はわかっているのかっ! と俺は叫びたくなった。


「よし、俺は何も聞かなかったにする。じゃあ、そういう事で」


 俺は早口にそう捲し立てて、この爆弾少女から逃げる事にした。だがしかし、扉の前に立つアンナは、あろう事か俺の逃げ道をその体で塞ぎ、手を捕まえてきた。


「は、はぁっ⁉︎ ちょ、あんた、あたしにここまで言わせといて、逃げるってどういう事よ!」

「は、離せ、この馬鹿野朗っ! 俺は誤解だとわかってはいるが、それでも誤解する奴がここには一杯いるんだぞ!」

「あっ…………」


 その言葉でカァァァっとアンナの顔が一気に赤くなる。ようやく己の発言の危うさに気が付いたらしい。


「ち、ちち違うからッ! あたしはただ相談があって、別にそういう意味で言ったんじゃないんから!」

「わかってる、わかってるから、もう口を閉じろッ! お前が何か言う度に、手遅れな状況に追い込まれているような気がするから!」


 どっかで見たやつだよ、それ! 聞いた事があるやつだよ!


 俺はアンナの口を閉じさしてから、怖くなって後ろを振り向いた。そこには──


「パパラッチ春樹参上」


 ──記録魔具を構え、マスクとサングラスで顔を隠しながら、御丁寧にも名乗りをあげる春樹がいた。

 春樹は俺達と目が会うと、二本指をデコに添えて、じゃっと脱兎の如く逃げ出した。


「あれを潰せぇぇっ!」

「ま、待ちなさぁぁあい!」


 その後、俺とアンナが今まで一番息のあった動きをしたのは言うまでもない。



 〜〜〜〜



「はぁ〜〜、くっそ疲れたぁ〜」


 あのパパラッチは碌でもねぇ。無実の冤罪を被せられるところだった。

 何とか、あいつの持ってた記録魔具は全て粉々に潰してやったが、いったいどこからあんな物を仕入れてきたのか。恐ろしい奴だ。


 しかし、それもこれも、春樹のパパラッチが大歓喜するような発言をしたアンナが全部悪い。


「これに懲りたら、少しは自分の発言に気を付けろよ。少なくとも、俺を巻き込むな」

「わ……悪かったわよ。今回ばかりは、本当に……」


 アンナは船から海を見下ろしながら、罰が悪そうに小さな声で謝ってきた。俺は甲板に寝転がり星を見ながら、はぁっとため息を吐いて溜飲を下げると、聞いてみた。


「それで、俺に相談って何だよ? お前らしくもない」

「うっさい。それくらいわかってるわよ。でも、あんたにしかわかって貰えないと思うから、仕方なく相談してやろうって言ってんの」


 それが相談しようとしている奴の態度か。もう少し殊勝な態度をとりたまえ、殊勝な態度を。


「だったら、早く話せよ。俺は眠いんだ」


 俺はわざとらしく欠伸をしてアンナを急かし、どうせ大した事じゃないだろうと思いながらも、これもパーティリーダーの務めかと、ある程度は真剣にアンナの言葉に耳を傾けた。


「実はさ、あたし家出して来てんのよね。ほら、あたし一応貴族じゃない? 家の事とか、色々面倒をほっぽり出して来たのよ。まぁ、どうせあんたはあたしが貴族だって事忘れてるんでしょうけど」

「覚えてるさ、ちゃんと。そう扱わないだけで」

「それはそれで腹立つんだけど……まぁいいわ。続きを話すから、ちゃんと聞いてちょうだい」


 何だ、両親が心配とかそういう相談ではないのか。

 俺は抜きかけていた気を、もう一度入れ直した。


「前に一度、王都に戻った事があったじゃない? その時に、親に見つかって言われたのよ。復讐なんて無謀な事をする暇があるなら、もっとお兄ちゃんが報われるような生き方をしなさいって」


 無謀か。

 確かに、他人から見れば無謀だな。たった一人で王都にあれだけの被害を与えた相手を殺そうというのだから。

 親なら止めて当然か。母さんも、俺を止めようとしたし。


「それで、お前は何て言ったんだ?」

「無視して逃げてきた」


 あらま。やっちまったな。

 それは今になって、後悔したくもなるはずだ。アンナ自身、心配されているのがわからないはずもない。それでも、親の心配を無視して出て来てしまったのだから、ふとした時どうしても考えてしまう事だろう。


「家に帰りたいのか?」

「違う……そうじゃない。その時は、知ったこっちゃないとか、復讐を果たしたら報われるはずだとか、色々思ってたけど……今日のあれを見てたらよくわかんなくなったのよ」


 今日のあれと言われて思い至るのは、ライラが街を襲撃した魔王を殺した海神に向けて言った言葉。

 俺はそれを思い出して、アンナの問いを聞いた。


「ねぇ、レイ。死んだ人が本当に報われたと思ってる? あたしらがしようとしてる事って、本当に正しいの?」


 二つ重ねたアンナの問い。それが、彼女の相談したかった本題なのか、アンナは俺の答えを待つように口を噤み、顔を覗き込んできた。

 俺は一瞬どう答えるか思案したが、こういう自分で答えを出さなければ進めない事は、正直に思ったままを言った方がいいかと、ありのままを口にした。


「相談されて置いて何だが、俺にそれがわかると思うか?」


 死者の声を聞けると言っても、望んだ声が聞けるわけではない。事実、魔王の死体を燃やした時も何も聞こえなかった。

 彼らが報われたいかなど俺にわかるはずがない。それに──


「正直知ったこっちゃないな。それを考えたら、俺は復讐を果たせなくなる」


 復讐を願うのは俺の心だ。笑って死んでいった親父ではない。

 俺は、一度も親父から仇を取ってくれなどと言われた覚えはない。


「そう、よね……」

「でも、まだ生きてる人は少しは報われるんじゃないのか?」

「えっ?」


 俺に突き放されたとでも思っていたのか、アンナは目を見開いた。


「俺たちがしようとしている事は、つまりはそういうものだって事だよ。誰のためでもない、自分自身のため。すごく冒険者らしいと思わないか?」


 俺たちのやろうとしている事は至極簡単だ。

 自分が報われたいから、復讐する。この許せないという感情をあいつにぶつけたいだけだ。


「えらく聞こえの良いように言うわね」

「実際悪い事だと思ってないからな。魔王が死んで困るのは、邪神の一族だけだろうぜ。何も憂う事がない」


 それが人を殺す建前だとしても、自分を、他者を騙す言い訳になればそれでいい。俺はそれで、迷いをなくせている。

 だが、アンナはまた違う。彼女なりの価値観の中で、その迷いを打ち消せるのか、それとも来た道を引き返すのか。

 それを選ぶのは彼女で、俺が選ばせるものでもない。


「やめたいのなら、好きにしろ。足手まといはいらない」


 俺はアンナを誘っただけだ。その手を取ったのはアンナだ。別に手を離したいというのなら、それで構わない。アンナの自由だ。


「……やっぱ、あんたは冷たいわ」


 そうか、冷たいか。

 だが、これ以上は俺も譲歩出来ない。迷いが打ち消せないのなら、俺は容赦なくアンナを置いていく。

 迷いを抱いたまま勝てるような甘い敵ではないのだから。

 アンナを死なせるくらいなら、後でなんと言われようとも置いていく事に俺は躊躇いはない。


「話は終わりだ。後は自分の頭で考えろ。俺はこれ以上何も言えない」

「……わかったわ。けど、もしあたしが復讐をやめるって言ったら……あんたはどうするの?」


 そんな事は初めから決まっている。


「別に……やる事は変わらないさ。一人でもエルグランダを殺す、それだけだ」


『……そう』っと俯きかけに零したアンナを、俺は甲板に置いて一人で船の中へと戻った。



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