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210.加護と魔神

 何を言い出すのかと思った。


 精霊神が、魔王の根城に検討をつけていた?


 そんなバカバカしく、腹わたが煮えくりかえる話があるものか。

 それが本当なら、どうして未だに魔王という脅威が野放しにされている?

 だが、否定しようにも、わざわざ人の耳を避けて、打ち明けられた意味が、わからないほど耄碌はしていない。

 ただ、知らなかっただけと頷くには、猜疑心が強過ぎた。


「……何故放置したのかって言いたそうね」

「当たり前だろ。放置しといていい相手じゃない」


 面白い話どころか、これ以上ないほどに不快な話題だ。それも今しがた魔王の被害を受けた場所で、よく打ち明けられたものだと感心すら覚える。


「知らないのなら、魔王が今までに何をして来たのか、教えてやろうか? 俺は、知ってるぞ。あいつらは何が何でも殺さなきゃいけない世界の敵だと。人の上に立つ神がそんな事も分からないぐらい愚かだったとは、俺は思わなかったぞ」


 目の前の海神然り。世話になった三神然り。

 そして、俯向く女神然りだ。

 今の俺には、全ての神が憎い仇のようにすら感じるほどに、海神が吐いた言葉は、深く俺の心を揺さぶった。

 そんな俺に手をヒラヒラさせて、海神は言う。


「まぁまぁ冷静になりなさいな。ワタシらも理由があって放置してんのよ」


 冷静になれ?

 ふざけんな! どの口がほざいてやがる。


「何が理由だっ!」


 俺は声を荒げた。


「どんな理由があれば、そんな馬鹿げた選択肢を取れる⁉︎ 」


 居場所に見当が付いて置きながら、神が魔王を始末しなかったせいで、どれだけの街が滅んだと思っている。どれだけの人が死んだと思っている。どれだけの人が悲しい思いをしたと思っている。

 これが、神の怠慢でないのなら何なんのだ。それが、許される理由が、あるのなら何なのだ。


「…………」


 シャルステナは何も言わなかった。言い訳などする気はないと言うように。

 でも、言い訳をしてくれた方がまだ楽だった。それがどんな拙い言い訳だったとしても、少しでも彼女を度外視出来たかもしれないのに。


 今の俺は、全ての神に対して等しく、不信感と怒りを覚えていた。


「……まぁ一度落ち着きなさいな。これには、本当にワタシより深いワケがあるのよ」

「だったら、納得の出来る説明がもらえるんだろうな?」

「……納得出来るかは、君次第。そう、難しい事じゃないわ。向こうに、厄介な相手がいるってだけ」

「そんなの神と英雄と呼ばれる奴らを集めて、叩き潰せばいいだけの話だけだろうが。実際、お前一人で魔王の一人を易々と殺せてる」


 普通に考えて十分に勝てる根拠を示すと、海神はまぁそうねと頷くと、問いを投げ掛けてきた。


「ねぇ、神って何だと思う?」

「哲学的な話なら、違う場所でしろ。生憎と、俺は今その神とやらの怠慢に頭が来てるんだ」


 今更言っても仕方のないことだとはわかっていても、魔王に親父を殺された俺としては、黙っていられる話ではない。


「まぁまぁ、ちゃんと納得の出来る説明をしてあげるから、耳を傾けなさいな。ほい、じゃあ、さっきの質問に答えてちょうだい」

「……この世界での神とは、世界の概念すら変えてしまうほどの強大な力を得た者の事だ」


 俺は不満を抑えて、納得の出来る説明とやらを、ひとまず聞いてみる事にした。


「おっ、割といい答え。君の言う通り、結局のところ、神って力があるだけの人間なのよ。で、魔王って呼ばれてるのも、人間。けど、普通じゃないのは、君も知ってる」

「ああ、邪神の加護を取り込んだ人間だ」

「じゃあ、その邪神は今どうなってる?」

「結晶化して、バラバラになってる」

「そうね、本当によく知ってる。だったら、わかりそうなもんだけどねぇ。……ま、それは意地悪か」


 海神は、最後に小さく独り言のように零すと、また問いを投げ掛けてきた。


「じゃあ、何で魔物は生まれてるの?」

「えっ?」


 問いの意図がわからず思わず問い返した俺に、海神はすぐに説明を入れた。


「邪神の結晶は、私達神がかなりの数を回収した。もう魔王が持っていない限り、世界にはないでしょうね。回収した結晶は、封印したわ。加護が外に漏れ出さないようにね。でも、魔物はこの瞬間にも新しく生まれている」

「それは、魔王が持つ結晶から加護がばら撒かれてるからだろう?」


 封印の事も、魔王が結晶を持っている事も知っていた俺は今までそういうものだと考えていた。だが、海神はそれは間違いである事を指摘した。


「それが出来るなら、世界はとっくに滅んでるわね。だって、世界中どこにいても、邪神の加護の影響を受けるんだから」


 何を言っているのか、理解が及ばない。俺は、海神の話に付いていけなかった。


「どうやら、加護システムについては、余り詳しくないようね」


 コクリと頷いておく。


「じゃあ、そこも説明しなくちゃね。加護システムが、神の魂の一部を分け与えるものだってのはさすがに知ってる?」

「ああ」

「なら、相互承諾が必要なのも?」

「知ってる。お前から聞いた」

「そっ、なら話は早いわね。今言った通り、普通は一方的に加護を与える事は出来ない。そういう風に加護システムは作られてる。だから、前にワタシの加護を与えた時、君は途中で止める事が出来た。じゃあ、どうやってワタシ達は、会ったこともない相手に加護を与えていると思う?」


 言われてみれば確かに……

 会ったこともない相手から、世界中どこからでも加護を貰えるというのは実におかしな話だ。


「何か、加護の受け渡しが成立するような条件があるとか、か? 例えば、レベルがカンストしている時だけとか……」

「残念、不正解。答えはね、繋がりよ」


 繋がりとは、何のだろうか?


「人ってね、生まれる時に親の魂の一部を受け取るの。だから、そこには霊的な繋がりが生まれる。それを辿っていけば、どこに行き着くと思う?」

「…………創世神」

「そっ、だから創世神はその霊的なパスを通じで加護を配ってる。けど、それだとワタシ達は自分達の子孫にしか、加護を与えられない。だから、逆にワタシ達は創世神に魂の一部を明け渡して、代わりに配って貰っている。それが、加護システムってわけ。じゃあ、相互承諾が必要な加護が、大昔にばら撒かれたわけは何だと思う?」


 邪神の加護の正体を考えれば、それは一つしか答えはないのではないだろうか。


「取り憑いたからか?」

「そそっ、簡単に言っちゃうとね。けど、それが邪神の厄介なところなのよね。何故かって言うと、一度取り憑いたら、そこに邪神とのパスが生まれちゃうわけで、それを通じて、その子孫まるまる手駒にされちゃうわけ。それで、世界が邪神一人に滅ぼされかけちゃったわけよ」

「じゃあ、魔物になっている種は、その祖先が邪神に乗っ取られたからなのか?」

「おっ、あったまのクルクル速い! そそっ、つまり、ワタシも含めて、偶々邪神に侵されなかった祖先のお陰で今もこうして、無事でいるわけ。で、話を戻すと、邪神の加護は今もその繋がりによって、ばら撒かれてるわけ。だって、相互承諾云々は創世神がやってるんだし、そっち経由だと余程の馬鹿以外手を出さないし、創世神も承諾しないっしょ」


 なるほど、消去法でそこに至るわけか。


「で、またまた話を戻しちゃうと、結晶になった邪神は、言っちゃえばそこに閉じ込められちゃってるのよ。触れたものに乗り移るぐらいは出来ても基本そこからは出れないし、ましてや加護を配るなんて出来ない。そうでもなければ、戦争は未だに続いてただろうしね」


 言われてみればそうだ。

 邪神の死後、魔物達は弱体化したと日記にはあった。

 それがなければ、戦争は継続していたはずだ。どちらかが滅びるまで。

 つまり、滅びてから新たな供給はなされなかったという事だ。すなわち、結晶の中に邪神の加護が閉じ込められたから、と解釈出来る。


 だがそうなると、別の疑問が浮かぶ。


「けど、邪神が倒されたからと言って、元からばら撒かれていた加護の量は変わらないわけだ。だったら、そのまま戦争が続いていてもおかしくなかったんじゃないのか?」

「続かなかったって事は、加護の量が減ったんでしょうよ。それが、邪神が倒れた後か、前かはわかんないけどね。ま、あたしなら追い詰められた、コンチクショーって、集められる力は集めようと考えるけどね」


 そうか……ふざけてはいるが、理に叶っている。つまり、追い詰められて加護を集めたものの、そのままノルド達に結晶化させられて、外に出られなくなったと。


「それで、代わりに残った加護を拡散させている奴がいるって発想にたどり着くわけか。けど、一つわからない。別に神でなくとも、出来そうな感じがするんだが……実際、吸収しているところは俺も見たし」

「じゃあ、君は出来るの? 自分の魂を弄ったり?」

「いや、纏わり付いた加護の影響を強めるぐらいは出来るが……」

「あっ……」


 そういえばと、今思い至った様子の海神は慌てて補足を入れた。


「け、けど、人の魂を見たり、そこに自分のをくっつけたりは出来ないでしょう?」

「まぁ、出来ないな」

「そうでしょ、そうでしょ。吸収する分には、パスを使えばいいだけの話だから、置いといて、ばら撒くには繋がりを認識できなきゃならない。それが出来るのが、神ってわけ」


 それが神であるもう一つの条件か。なるほど、割といい答え、なわけだ。


「加護システムと邪神の加護の分配方法についてはわかった。今度は、こっちから話を戻すが、魔王の中に神──仮に、魔神がいるとして、どうしてそれが攻めない理由になる?」

「ぶっちゃけて言うと、勝てないかもしんないから。君が言ったように、力のある者全員で立ち向かってもね」


 ぶっちゃけた海神に俺はすぐに問い返す。


「どうしてだ? 魔王は敵じゃないだろ? だったら、魔神だけを相手にしたら、勝てそうなもんじゃないか」

「あー、無理無理。たぶん、良くて痛みわけの停戦。最悪の場合は、魔王に世界がぶんどられちゃうわね」


 その余りにも弱気な態度に、俺は納得出来ずまた不満をぶちまけそうになったが、これまでの説明で何かちゃんとした理由があるのだろうと思い、抑えた。


「そもそもね、神の力って特別過ぎて、戦ってみるまでどっちが上かわかんないのよ。相性とかもあるし、そもそも妖精神みたいに、戦闘が得意でない神もいるしね」

「けど、1対9だろ? それで勝てないかもは、ちょっとビビり過ぎてんじゃないのか?」


 俺は目を細め、迫るように言った。

 だが、海神は恥ずかしげもなく、整然と答えた。


「ビビるわよ。だって、負けたら本当に世界は滅ぶのよ?」

「ッ……」


 俺は思わず息を飲んだ。

 余りに浅慮な事を口にしてしまったと自覚して。思えば、ノルドにも似たような事でガチ切れされた事がある。それと同じ事を今、俺はやってしまったのだ。

 俺は冷静に事の大きさを見定める力が足りないのかもしれない。


「……そう、だな。今のは俺が悪かった。けど、向こうが何か企んでるなら、多少無理をしてでも攻めるべきだろ……と俺は思う」

「残念な事に、これが多少の無理じゃなのよねぇ」


 それでも俺はやはりどこか諦めきれなくて、最後に付け足すように言ったが、それすらも海神は容赦なく否定した。


「邪神の加護が多ければ強くなるってのはわかるでしょ?」

「ああ」

「で、理性の限界まで加護を取り込んだ状態で、精霊神や獣神と同程度の力を持った奴らが、今いる魔王なのよ。その中で神に至った奴がいるのなら……もう言わなくてもわかるでしょ?」

「ッ……! もしかして、神より遥かに強い……?」


 話を聞いた限りでは、神の力に神の力をプラスしているようなものだ。そんなの、邪神と同一視してもいいレベルじゃないか。


「可能性は大有り。確かめてはないけどね。おそらく向こうが回収した結晶から限界まで力は引き出してるはずよ。けど、そいつが他の魔王にまで当時の力を与えたら、6対……今は5対9か。でも、決して勝てそうなんて、思えない数字でしょ?」


 確かに、とても世界の命運を掛けていい勝率ではないのはわかる。


「けど、竜神はどうなんだ? 俺は竜神も魔獣達から加護を吸収してると聞いた。だったら、竜神も他の神より遥かに強いんじゃないのか?」

「まぁ、強いわよ。けど、ギリギリまでと、余裕をもってでは、あたしら神の場合天と地ほどの差になってしまうわけ」


 そうか……同じ神核を持つが故に、その許容量は人とは比べ物にならない。ギリギリと余裕を持ってでは、力の差が大きく開くというのも納得出来る話だ。


「こう言っちゃなんだけどね。まだ邪神戦争は終わってなんかいないのよ。休戦状態なわけ。だから、今の平和は、仮初めの平和。ワタシらが警戒するように、向こうもワタシら神を警戒してるから、戦争は止まってるだけってこと」


 神の存在が抑止力として、働いているからこその平和。それがどれだけ繊細な天秤の上に成り立っているかは、言われずともわかる。この平和は、ちょっとした事で、簡単に崩れ落ちてしまうのだ。


 例えば、魔神以外の魔王を全員倒した時、神は全力で仕掛けるだろう。

 逆に、魔王が邪神を復活させたり、新たに作ったとしたら、世界を滅ぼそうと動くだろう。


 ようやく海神が俺の仕入れた情報を怪しいと思った理由がわかった気がする。

 5千年の休戦を得て、邪神を生もうとしているなんていうこおは、今更過ぎるのだ。もっと早くから動きを見せていたら、とうの昔にわかったはずの事なのだ。


 つまり、彼らの中で何らかの変化があった。

 例えば、邪神の生む方法を見つけ出した者がいたとか、方法はわかっていたが必要な何かが揃っていなかったとか、そういう今更動き出した理由があるはずだ。


 だから、殺人鬼の生死に関わらず、精霊神はしばらく世界を監視すると、言っていたわけか。

 あるいは、見つかっていない殺人鬼はもう既に魔王と接触したと考えての事かもしれないが、そうなると余計に最悪だ。言ってしまえば、邪神の代理と、真なる魔王が揃ってしまったのだから。


 ようやく世界の滅びが何なのか、わかった気がする。

 精霊神が備えろと言ったのは、これが理由だったのか。

 そして、ノルドでなければ世界を救えないわけもまた、これで説明がつくわけだ。


 邪神を殺した英雄。神を超えた人間。

 そう、精霊神ですら認めてる男なら、魔神にも勝てるだけの力を持っていても何もおかしくはない。

 責任重大だ。本当に俺の肩に世界の命運が掛かっているらしい。


「──それで、世界がヤバイ事を俺にわからせて、お前はどうしたい? 資格とか言ってたな。それはどういう意味だ?」

「どうもこうも、これを聞いたら普通焦るでしょ? 早く強くならなきゃって」


 なるほど、俺は本当に馬鹿な怒りを覚えていたらしい。

 神達は怠慢から手を出さなかったわけでも、世界が滅ぶ危険があるから放置を決め込んだわけでもなかったのだ。

 魔王が何かを企んでいるように、神達も強かに備えてきたのだ。確実に魔王を滅せる戦力を、集めているのだ。

 そして、その戦力として俺は期待されている。


 ならば、期待に応えるしかないだろうと、俺は口元に笑みを浮かべた。


「残念ながら、俺は生まれたから生き急いでるから、これ以上早くは強くはなれないな」

「さすがは、神殺しの生まれ変わり。期待以上ね。もう貴方の力は、邪神化してない魔王とならタイマンを張れるレベルよ。その調子で、バンバン強くなりなさい。そして──」


 海神は魂に刻み込めと言うように、俺の目を覗き込む。



「──神になりなさい」



 それはもう、本気で言っている事が疑いようのない真剣な眼差しで、俺は面白いと笑みを強める。


「なら、教えろ。どうやって神になればいい?」

「今、君はどこまで器を進化させた?」

「……それは種族を答えたらいいのか?」

「ええ」


 器とは、体の事だ。進化する事で器を新しくすると前に聞いた事がある。なら、進化すると変わる謎だった種族の欄がそうではないかと当たりを付けたが、どうやらそれであって居たらしい。

 俺は期待に満ち満ちた視線を向けてくる海神に言った。


「大人だ」

「えっ……? ワ……ワンモアプリーズ?」

「だから、大人だ」

「え、えぇぇぇぇぇ⁉︎ ちょ、ちょっとマジで⁉︎ ま、ままマジで言ってるの、君!」


 海神はギョッと目を剥いて、尋常じゃないほどに驚愕した。

 だが、俺としてはその驚愕さらた理由がよくわからない。というのも、どっちを指しての驚愕なのかわからなかったからだ。とりあえず、可能性の高そうな方から口に出してみる。


「進化が速すぎたか?」

「逆よ、逆! バリバリ一般人じゃない君! どうして、その器で魔王とドンパチ出来ちゃってんの⁉︎」


 どうやら、進化が少ない方に驚いたらしい。これでも散々、進化速すぎなどと言われて育ったのだが……


「まぁ、落ち着けよ。何か問題があるのか?」

「あるわよ、大いにあるわよ! 何てこと! 資格があるどころか、まだまだ全然届いてないじゃない!」


 何だか目の前で希望が絶望に変わる瞬間を目にしているような気分だ。それほどに海神の慌てふためきようは酷く、余程の事なのかと柄にもなく心配してしまう。主に、これ以上奇行が激しくなるのではないかという事に対してだが。


「だから、まだ早いって私は忠告したのに。怒られても私は知らないからね」

「だって、だって! 助けになるんだと思ったんだもん! この子なら、すぐにでも神になって、戦力が増えるって!」


 その気持ちはわからんでもない。俺も先程、ノルドという最強の戦力をこの世に呼び戻さねばならないと思ったばかりだ。

 ただ、そろそろ俺にもわかるように説明してもらいたい。


「なぁ、結局俺はどうしたらいいんだ?」

「ばっ、さっさと進化するしかないでしょ! とっとと、『神器』まで進化しなさい! 話はそれからよ!」

「おい、だからわかるように説明しろ! さっきまでの説明は凄くわかりやすかったのに、何で最後を投げやりするんだ!」

「君が、話にならないくらいクッソ弱いからでしょうがぁぁっ!!!」

「はぁぁッ⁉︎ テメェ、喧嘩売ってんのか、コラァッ! お前が魔王とタイマン張れるとか言ったんだろうがぁッ!」


 ヒートアップして掴み掛かってきた海神に、俺もまた熱くなって取っ組み合いの喧嘩が始まる。


「ふ、二人とも落ち着いて。ここで喧嘩しても、何も始まらないよ? 代わりに私が説明するから」


 苦笑いで止めに入ったシャルステナに免じて、俺は手を引いた。海神も、フーフー鼻息を荒くしていたが、ひとまず離れた。


「さっきまであんなに仲良さそうに話してたのに……どうしてこうなるのかな……?」

「「仲良くない」」

「そ、そうかな? けど、これ以上言うとまた喧嘩になりそうだから、やめとくよ。ちゃんと聞いててね?」


 シャルステナは俺に言い聞かせるように、そう言ってきた。俺はもちろん頷く。


「えっと、レイの器は今『大人』なんだよね?」

「ああ」

「じゃあ、神になるためには、あと三段階の行程が必要だね」


 なんだ、そんな難しくないじゃないか。


「君、今簡単だとか思ったでしょ? 言っとくけど、本当に簡単なら、この世は神様だらけだかんね?」


 ………どうやら八百万の神様がいた日本とは違うらしい。向こうはこちらの世界より、かなりハードルが低そうだ。


「海神の言う通り。大変なのはここから。今のレイの器までは、年月を重ねれば誰でも辿り着ける。けど、そのまま寿命を全うしてしまう人がほとんど。次の『仙人』という器にたどり着けるのは、100人に一人くらい。けど、ここでも同じようにその殆どが次にたどり着けないまま寿命を終える」


 なるほど、段々と狭き門になっていくわけだ。


「そして、たった一握りの、だいたい10年に1人いれば良いぐらいの人だけが、次の器に辿り着ける。それでようやく初めて資格を得るの。世界の仕組みを知る資格が」

「それが、さっき言ってたやつか」


 掠りもしてないじゃないか。節穴過ぎないか、目が。


「まぁだけど、神器にもなれば世界中に名が知れているのが普通で、かなり強い人達ばかりだからね。海神が勘違いしちゃうのも仕方ないよ」

「でも、シャルはわかってた風じゃないか。別に教えた覚えもないのに」

「だって…………あの人を見てたから。レイもそうなんだろうなって」


 一瞬言い淀んだ彼女は、申し訳なさげに、目を逸らしながら言った。知らず知らずのうちに比べてしまっていた事に罪悪感でも抱いているのだろう。俺は別に気にしていないというのに。


「……まぁ、それなら、問題ないな」

「えっ? 何が?」

「だって、俺は順調に神殺しの跡を追えてるわけだ。つまり、この調子で強くなれば、神にならなくても、俺も十分な戦力にはなれるはずだろ?」


 ノルドがいればさらに百人力。負ける気がしない。

 要は、何も考えず今まで通り生き急げばいいだけなんだから。


「それで、その神器とやらを超えたら、神になれるのか?」

「ううん、超えるというよりは、目覚める感じかな」

「なんだそれ」


 お、俺の左腕の封印がぁァッ的目覚めか?


「えっとね、神器は器として、最高のものなの。肉体の進化としてはそこで終わり。これでようやく神の力を受け入れられる器が整った事になるんだよ。だから、神になるにはあともう一段階必要になる。それが、神核の発現。それが出来て、初めて人は神になれるんだよ」

「ふーん、なら、その神核はどうやって呼び起こせばいいんだ?」


 やはり右眼が疼く的なアレなのか?


 そんな風に考えていた俺に、シャルステナは言った。


「──願うんだよ」

「願う……?」

「うん、願うの。自分が何になりたいかとか、どうなりたいとか、誰と一緒になりたいかとか、何でもいい。強い願いが心にあれば、それはいずれ形を成して、力へと変わる。それが、神核っていうものだよ」


 強い願いか……

 この復讐心とは違うのだろう。望んではいるが、その先の未来を思っているわけでもない。どちらかと言うと、ただの欲求に近いものだ。

 強い願いか……案外考えてみると難しいものだ。


「ありがとう、シャル。まだまだ時間は掛かるだろうから、その間に考えてみるよ。神核に変わるような、俺の強い願いを」

「うん、決まったら教えてね。レイの願いは、私も知りたいから」

「ま、程々にね〜。稀に、ってか、1人だけ資格もなしに神になった例外が居るけどね、普通は受け止め切れずに死ぬわ。アレの力が特別だっただけ。だから、願い過ぎないようには気を付けなさい。それよりも今は、早くその器を完成させる事を目指すのね」


 恐ろしい脅しをかけるなよ。探すに探せなくなるじゃないか。


 しかし、器か……

 残された進化はあと2回。この情報は俺にとって、器を昇華させる以上に大きい意味を持つ。


 俺の潤沢な魔力は、経験蓄積があるお陰で成り立っているだが、経験蓄積はレベルがマックスでないと発動出来ないという欠点が存在する。

 故に俺は、レベルをカンストすると暫く進化を後回しにして来た。


 だが、実際問題として、それは危険な賭けでもある。一時、成長を著しく遅らせてしまう事になるからだ。


 ここで、少し考えを巡らせてみよう。


 最終目標は、俺が神になる事だ。

 そのために必要なのは、二回の進化と、神核の目覚め。

 進化はまぁいい。そこは、出来るか、出来ないのか問題だ。やるだけやってみるしかない。


 だが、神核の目覚めばかりは思った通りにないかない可能性がある。神になれる神核が生まれる事が確定していたとしても、おそらくは『神器』になってからかなりの停滞が予想されるだろう。その間に『神器』のレベルがカンストするなら別にいいが、魔王が動き出した今、とてもそんな余裕は残されいるとは、思えない。

 となると、これ以上の経験の蓄積は望めない。それは、非常に痛い。万が一神スキルが手に入らず、戦争が再開する事になれば、目も当てられない結果になるだろう。


 つまり、どこかで経験を蓄積する必要がある。

 問題はどちらにするかだが、ここは効率的にいこう。重視すべきは、経験蓄積と神核の目覚めのみ。

 ここで、先程の海神の忠告を思い出してみて欲しい。


 海神は、『神器』に至らず神となったものがいたと言った。それが誰の事なのかはこの際どうでもいいが、重要なのは、神核は何も『神器』に至って初めて目覚めるものではないという事だ。

 シャルステナの説明を聞くと、どうも神核とは己の心に関係しているようなので、突発的な出来事で目覚める事があるのかもしれない。


 だとしたら、神になるのに、『神器』まで進化する必要はない。その前の『仙人』で経験を蓄積すると共に、神核の目覚めを待てばいい。


 だが、そうなると一つだけ問題がある。


 何がキッカケで目覚めるかわからない今、いつでもどこでも、神核が目覚めると共に進化出来るように準備しておかなければならない。

 そして、加護システムの仕組みから言えば、何も教会に行かずとも、魂の繋がりで加護を受け取る事が出来るはず。


 これは、命の掛かった危険な行為だ。だから、身を持って確かめておかねばならない。そのチャンスは後一回のみ。しかれば、今。


「創世神の加護を選択する」


 さぁ出来るのか、と俺は進化に踏み切った。


「えっ──」

「なっ──」


 声が途中で途切れた。耳が機能を喪失したのだろう。

 目も、鼻も、舌も、肌も、一度全てが崩れて、また一から再構築される。

 新たな、より強く、頑丈で、昇華した器へと。


 古き肉体が、新しい肉体へと進化する。


 そして、同時に、俺は正しく認識していた。

 繋がりを通して流れ込んでくる他人の魂の存在を。

 そして、それが纏わりつくのではなく内部に入り込み、混ざり、一体化していくのを。


 悪い気分ではなかった。


 これで強くなれるからかのか。いや、そもそも違和感など何も感じないほどに、それを受け入れていたからか。

 他人が流れ込んで来ているというのに、気持ちいいとさえ感じた。


「レイ?」


 音が戻る。視界も、匂いも、味も、感触も。

 俺は瞼を開くと、感触を確かめるように手を握り、満足して笑った。


「とりあえず、仙人になってみた。あと一回だな」

「進化できるんなら、さっさとやっておきなさいよぉぉぉッ!」


 オニューの耳が、さっそく痛みそうだった。


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