20.予感
3月30日
今日で3月も終わり、明日からは学校がスタートする。
俺はまだシエラ村にいる。
シャルステナもだ。シャルステナが来て間もない頃、そろそろ王都に帰ろと言ってきたのだが、俺がまだ帰らないと言うと、ここに残った。
それから毎日のように聞いてくるが、一向に俺が頷かないので、だんだん不安になってきているようだ。
一般的に言えば、ここから王都までは2週間かかる。
本来ならば、最初にシャルステナが言ってきた日には出ないと、授業には間に合わない。だが、俺達はショートカットできるため、今日出れば間に合うのだ。
シャルステナにこのことは教えていない。これを伝えておけば不安はなくなるだろう。だが、敢えて言わなかった。
それは、母さんに言われるとまずいからだ。母さんに山を越えて帰ると言えば、絶対に叱られる。
シャルステナが口を滑らさないことを祈るばかりだ。
そんな心配するぐらいなら、もう少し早く帰ればいいのかもしれないが、弟が可愛過ぎてギリギリになってしまったのだ。
でも、流石に今日には出ないと間に合わないため、俺は朝早くに起きて、出発することにした。
「シャルステナ、シャルステナ」
「う〜ん、ああ、そこはだめぇ」
シャルステナを起こそうと揺さぶると、変な寝言を言いだした。
こいつはどんな夢を見ているんだ。このエロ魔女が。
8歳児の寝言じゃないぞ。
「おい、エロ魔女起きろ。揉むぞ」
「あへぇ?」
身の危険を感じたのか、シャルステナは揉むぞと言った瞬間に目を覚ました。
「やっと起きたか。帰るぞ、準備しろ」
「えっ、そんないきなり……」
起きてすぐ今日帰ると言われたシャルステナは、慌てて準備し始めた。
急いで準備を始めたシャルステナは寝起きで乱れた衣服の合間からパンツが見えていた。水色だった。手を合わせておこう。眼福、眼福。
「じゃあ、俺たち帰るよ」
「ピッ」
「お世話になりました」
シャルステナは軽く頭を下げる。俺とハクはスクルトをガン見だ。後ろ髪引かれる思いだ。
「帰り道には気をつけてね。レイ、ハク、また来年戻ってくるのを楽しみにしてるわ。シャルステナちゃんも元気でね」
「レイ、これをやる」
そう言って、親父は俺に少し古びれた本を手渡してきた。
「なにこれ?」
「ギルドにある書庫から貰ってきたんだ。魔物や薬草の種類について書いてある。冒険者になるなら読んどけ」
「おぉ!ありがとう、父さん!」
めっちゃいい本じゃないか。父さんがくれたから期待してなかったのに。
一方、喜ぶ俺とは対照的に、母さんは親父に後で話があるわと言っていた。たぶん、恒例行事だ。
俺はこの本を返したくなかったので、あえて何も言わなかった。
「それじゃあ行くね」
「ああ、行ってこい」
「行ってらっしゃい」
こうして、俺たちはシエラ村を出て王都に向けて出発した。スクルトに後ろ髪を引かれながら。ハゲないか心配だ。
〜〜〜〜〜〜
南門から出て街道を少し進んだところで、俺は街道から外れようとした。
すると、シャルステナが待ったをかけてきた。
「レイ、ちょっと、どこ行くのよ?」
「こっちが近道なんだ」
「あ、あのさレイ、実はこの先の村で待ってる人がいるの…」
「えっ、そうなのか?まぁ、そうだよな。一人でここまで来れるわけないもんな」
シャルステナは黙っていたことをばつが悪そうに言ったが、俺はシャルステナが一人できたことを不思議に思っていたので、そうなんだ程度にしか思わなかった。
シャルステナは貴族のお嬢様だから、護衛でも連れて来たんだろう。山道が楽になりそうだな。
「じゃあ、その人を拾ってから行こう」
「ありがとうレイ」
そうして、また街道に沿って歩き始める。
〜〜
「遅いぞ、シャルステナ」
村の前で待っていたのは銀色の髪の男だった。歳は10ぐらいだろうか?其れ程大きいようには見えない。
こいつが護衛?小さ過ぎないか?
俺は疑問を浮かべながら、改めて男を見る。
怖くはないが、どこか威圧感が感じられる顔だ。
青い眼がこちらを睨むように見ている。だが、別に危害を加えようとか、そんなものは感じない。遅くなったシャルステナを若干責める様な視線だ。
護衛じゃなさそうだな。兄貴とかかな。
「ご、ごめんなさい」
「これじゃあ授業に間に合わないぞ」
頭を下げて謝るシャルステナ。俺は胸を張って、何も悪いことはしていないと主張する。
「レイが大丈夫だって…」
「こいつがレイか?」
「初めまして、レイです。こっちはハク」
「そうか……」
そう一言言って、俺に値踏みするような視線を向けてくる。あんまり気持ちのいい視線ではない。だが、シャルステナの親族が向けるものとしては正しい視線だ。
「俺はギルク・ライクベルクだ。よろしく頼む」
値踏みが終わると、自己紹介をして握手を求められた。俺はそれに応え、手を握る。
そこでふと気がついた。
ライクベルク?
それってこの国の名前じゃ…
「ギルクさん?ライクベルクって」
「ギルクでいい。シャルステナにもそう呼ばれている。ライクベルクは王族の名前につくものなんだ。つまり、俺はこの国の王子だ」
俺はシャルステナを手招きし、頭をはたく。
パチン!
「なんで同行人が王子なんだよ!」
「いたい!……それにはいろいろとあったのよ」
「レイ、おっとこの呼び方で構わないかい?」
「ははぁ!」
俺は膝をついて跪く。よくわからんが、王子というなら、争いにならないように跪いときゃいいだろ。面倒事は勘弁だ。
「やめてくれ。あまりそう言うのは好かないんだ」
「じゃあ立ちます!」
バッと立ち上がる俺。
「ぷぷぷっ、レイが、レイが慌ててる」
俺の横で口を手で押さえ、笑い声を漏らすシャルステナ。後でお仕置きが必要だな。誰のせいで慌ててると思ってやがる。
さあ、冬休みが終わるから王都に帰ろうが、なんで王子との密会になってるんだ。
「レイ、落ち着いてくれ。俺とはシャルステナと接するようにしてくれていいから」
「えっ?いいんですか?それならこんな感じで」
俺はガシッとシャルステナの足を掴む。
「えっ?何?どう、キャアアアアアア‼︎」
シャルステナを空高く放り投げた。お仕置きだ。
「これでいいんですか?」
「……もう少し優しく接してくれ俺には。できれば彼女にも」
「……キャアアアアアア‼︎」
風魔法により天高く舞い上がったシャルステナが落ちてきた。
途中で反転空間にぶつけ勢いを殺してやり、後は知らない。あれぐらいの高さなら自分でどうにでもできるだろ。
「で、ギルク、王子がなんでここにいるのさ?」
「ああ、それなんだが、実は……」
「レイイイイ!いきなり何するのよ!」
復活したシャルステナが怒鳴り込んできた。それに俺はシレッとした表情で返す。
「お前が王子連れて来たのを黙ってたからだろ、しかも笑いやがって」
「それでも空に飛ばすことないじゃない!」
「大丈夫、俺もこないだ飛んだ」
「何が大丈夫なのよ……」
「安全性」
そう、こないだの飛行実験、いや実践により、俺は自由に空を駆けることができるようになったのだ。
それをシャルステナに体験させてあげた俺は、なんて優しいんだろう。空を飛ぶという人類の夢を叶えてあげたのだ、俺は。
「もういいかい?」
「もちろん」
シャルステナのどうでもいい怒りなんて無視して頂いて結構。悪いのはあいつだ。俺は悪くない。
「それで、俺がここにいる理由だが、実は建前上俺とシャルステナは婚約者という関係なんだ。今回はそれを利用して、俺とシャルステナは休みに旅行という形でここまで来たんだ」
「へぇ、シャルステナ婚約者いたんだ」
知らなかったな。8歳で婚約者か。羨ましい限りだ。こちとら前世で婚約者どころか、彼女も出来なかったのに…
「ち、ちがう!いや、違わないけど、それは……」
「さっきも言ったけど、婚約者と言うのは建前なんだ。実は俺と彼女は別々に想い人がいる。それで、他に縁談とかが組まれたりするのが面倒だからと、昔から婚約者を演じているんだ」
顔を赤くして慌てるシャルステナの言葉を補完するように、ギルクが詳しく説明してくれた。
つまり、婚約者は表の顔で、裏では別々に好き勝手やってると。
「へぇ、あんたもいるんだ。好きな人が」
「うん?シャルステナのことは知ってたのか?」
「ああ、出会って5秒も経たずに勘違いでおかしな演劇にまきこまれたりしたお陰でな」
「?まぁ、それはいい。とにかく、その婚約者という立場を利用して、俺はここで、シャルステナは君に会いに言ったというわけだ」
演劇のことはわからなかったようだ。俺も当時は訳がわからなかったから仕方ない。
「けど、よく国の偉いさんが許可してくれたな。王子ならその辺厳しそうなんだが……」
「王子と言っても俺は王位継承権第18位だからな。それ程、厳しいわけじゃないんだ。むしろ厳しいのはシャルステナの方。彼女も三女だから、家を継ぐわけじゃないんだけど、それなりにこの国では力のある貴族の子なんでな。こうでもしないとなかなか遠出できないのさ」
王子より大切にされる貴族の娘か。いい身分に生まれてきたもんだ。
「シャルステナ、お嬢様だったのか。そのわりには変なことばっかりするもんだ」
「どういう意味よ!」
「それは……」
「説明しなくていい!」
さすがに3度目はやらしてくれないみたいだ。
「チッ」
思わず舌打ちしてしまった。
「なんで舌打ちするのよ!」
俺の舌打ちが気に入らないシャルステナが突っかかってくる。それは少しずつヒートアップしていき、言い争いのようになっていった。
「さて、この辺で話は終わりにして、王都に帰ろう。もう間に合わないだろうが、できるだけ早く戻ろう」
ギルクがそう言って、言い争う俺たちを止めた。
ギルクは間に合わないと思っているようで、少し遅れてでも早めに帰るつもりのようだ。
「間に合うさ」
授業を諦めているギルクに、俺は軽く間に合うと口にした。
「ま、まさか……」
おっと、シャルステナは気付いたみたいだ。
「空を飛んでいくつもりじゃ……」
「……違うわ」
気付いてないのかよ。俺の魔力がもたねぇわ。
「じゃあどうするのよ?」
「俺も聞きたいな、どうすれば間に合うのか」
「山を越えていくんだよ」
「「山?」」
同時に疑問符を浮かべて聞いてくる二人。俺はそれに王都の方を指差し、答える。
「ほらあれ。あの向こうに王都がある。なら、あれを越えればいい」
邪魔なものは乗り越えればいいのさ。
「山ってあれ?けど、魔物が出るんじゃ?」
「大丈夫さ。こないだも通ってきたし……」
ちょっと強めのやつも退治した後だし、問題ない。
「確か、あの山は断崖山じゃなかったか?」
「ああ、そうだよ」
「あの山は魔物が多いと聞いたことがあるんだが…」
「俺は探知系が得意でね。出会う前に避けられる」
敢えて避けないパターンもあるけどね。
まぁあの亀裂の道にA級が陣取ったりしない限り、問題はないだろう。
「……いったい何が得意じゃないのよ」
という呟きが聞こえた気がしたが、無視して俺たちは山へと向かっていった。
〜〜
「ハクあっちの方向に合図したらブレス」
「ピィ!」
「……今だ」
茂みからコボルトが現れた。
ボオォ!
「グオォォン!」
コボルトはハクのブレスで燃え尽きた。
「よくやったハク」
「ピィイ」
俺はハクの頭を撫でてやる。ハクは頭を撫でられるのが好きだ。犬みたいだな。
ハクは小さくなっても能力は変わらない。どこから出してるんだと言うような量の火を平然とした顔で吐く。力も大きい時とほとんど変わらない。
ただ軽い。重さだけは変わっているようだ。このスキルいいこと尽くめじゃないか。特に女性には嬉しい一品ではなかろうか。
まぁ一応制限はあるみたいだ。どう頑張ってもソフトボール大の大きさにしかなれないみたいだ。
まぁそれが制限というのかどうかは人によるのだろうが。
ちなみに俺は制限派だ。
だって目に見えない大きさまで縮んだりしたら、ほぼ無敵じゃないか。
見えない攻撃とかできそうだ。
まぁそれでも回避とかに使えたり、応用は効きそうだ。
それにハクが気付けばいいのだが……
「ねぇ、ハク強くなってない?」
「鍛えたんだよ」
シャルステナが先ほどのブレスを見て、前より遥かにハクが強くなっているのに、気がついたようだ。
「道理で。ただ大きくなったんじゃないんだね」
「魔獣は強くなることで大きくなるらしいんでな」
シャルステナはハクがどうして大きくなりたかったか知っているので、この説明で十分だろう。
「それは初耳だ。レイは俺より幼いのにいろいろ知ってるんだな。この山の事とか」
「そういえばギルクは何歳なんだ?」
思い返せばまだ名前と身分しか聞いてなかった。
「今は10だ。明日からは4年になる。ちなみに同じ学校だからな?」
4年か。羨ましいな。
それにしても先輩で王子なのにタメ語でいいのだろうか?まぁもう直す気ないけど。
「二つ上か。まぁけど、俺はそこまで博識じゃないさ。ハクのことは母さんに教えて貰っただけだし、この山に関しては偶々だ」
「ははは、謙虚なんだな。そういう所は好感が持てる」
「やめてくれ、恥ずかしい」
照れるじゃないか。
「わ、私も好きよ!」
「それは告白か?」
ここだけ見たら告白だろ。
「え、いや、それは…!」
「冗談だ」
わかってるそんな意味じゃないのは。おちょくっただけさ。
ほんと面白いぐらい反応しくれる。
最近、シャルステナが変なことを言い出したら、からかうと面白いことに気が付いた。
それからは事ある度にこうして俺はおちょくっている。
「さて、茹で蛸が落ち着いたら行こうか」
「茹で蛸じゃない!」
ほらな。
「誰もお前とは言ってないじゃないか」
例え、顔が真っ赤に茹で上がっていたしても。
「言わなくてもわかるもん」
「茹で蛸はお前じゃないさ」
「じゃあ誰よ」
ほとんど自爆したくせにしつこいな。
「赤い髪の子」
「私じゃない!」
「俺も赤いぞ」
俺も赤いのを忘れて貰っては困る。イケメンフェイスの花なんだぞ。
「どちらかというとレイは茶色でしょ」
「まぁどっちでもいいじゃないか」
「それは髪の色?それとも茹で蛸のこと?」
「どっちも」
もう面倒くさくなってきた。どっちでもいいじゃないか。
「じゃあ、行こうぜ」
もう十分冷めたし出発するとしよう。
「ああ」
「ピィイ」
「まだ話が…」
俺はまだ何か言いたそうなシャルステナを無視して歩き始める。
「置いてくぞ」
「ま、待って!」
置き去りにしようとすると、シャルステナも後ろから追いかけてきた。
そうして、出てくる魔物をハクが消炭にしながらの登山は続いた。
〜〜
「……おかしい」
自分にしか聞こえない声で俺はそう呟いた。
「え、何か言った?」
「何も」
かすかに聞こえたらしいシャルステナが聞いてきた。
それに何も言ってないと俺は返す。
おかしい。
コボルトの数が多すぎるし、それにこの反応……コボルトロードだ。間違いない。
ついこないだ、コボルトロードは倒したはずだ。
あいつの魔石は今も持っている。だから間違いない。
コボルトロードは滅多に生まれない魔物じゃなかったのか?
もしかして…
俺は空間探索の範囲を広げてみる。
そうか、やっぱりか。
この山俺が思ってたより遥かに危険だな。何か嫌な感じがする。
……まぁいい。
今回はコボルトロードが邪魔なだけだ。なら、倒すだけだ。
「ねぇレイどうしたのよ、怖い顔してる」
いつの間にか顔に出てしまっていたようだ。
それに気が付いたシャルステナが、不安そうに聞いてきた。
「いや、どうしても通らないといけない道に面倒な奴が陣取ってるだけだ」
「だ、大丈夫なの?引き返した方が…」
「大丈夫さ。前に倒したことがある魔物だ」
少し怯えているシャルステナを安心させるように優しく言った。
「なんて魔物だ?」
ギルクはシャルステナと違って冷静なようだ。
流石は王子。これしきのことでは慌てないようだ。
「コボルトロード」
「⁉︎」
「聞いたこないな」
シャルステナは驚いた顔をしているが、ギルクは知らなかったようで平然としている。
「レイ、ダメよ、戻りましょ、コボルトロードなんて私たちじゃ無理よ」
「そんな強力な奴なのか?」
「いいや」
前に一度戦ったときも苦労はしなかった。
「何言ってるの!強力よ!最低でもBなのよ⁉︎」
「落ち着けシャルステナ。お前は勘違いしてる」
俺もコボルトロードを倒すまでは勘違いしていた。
「な、何を勘違いしてるって言うの?」
「B級というのはどうやって定められてるか知ってるか?」
「Aには及ばないまでも、それに近い強さを持つ魔物でしょ?」
そうだ。前の俺も含めてほとんど人はここを勘違いしている。
「そうとも言える。だが、それは正解じゃない。A以上とBにはもっと大きな違いがある」
「何が違うの?」
「BとAでは強さの見積もり方が違う。Bまでは群れでの強さを含んでいるんだ。A以上は単体でそれより強い魔物のことを指す」
おかしいと思ったんだ。Bと言われる魔物がこの程度なのかと。この程度ならAも楽勝じゃないかと思ったんだ。
けど、8歳程度でAに勝てるならBが平均っておかしいじゃないか。
だから、調べてみたんだ。
「だからなんだって言うの?結局強いんでしょ?」
「いいや、A以上の魔物の見積もりで行くと、コボルトロードはC以下だ」
これは俺の感覚で判断した。けど、大きく外れてはいないはずだ。ちなみにこれでいくとコボルトはE、リーダーはDの下だ。
「だけど、相手は群れなんでしょ?」
「そうだ。だけど、それは問題ない。俺とシャルステナ、ハクは一人でC級に勝てる。ギルクはわからないけど…」
「俺もC級なら問題ない。たぶん、Bまではなんとかなる」
「そうか、なら余計に問題ないな。こっちは全員C級以上、群にするならBに十分届く」
はっきり言って、俺一人で十分だ。正面から突撃しても勝てる。
シャルステナは少し迷っていた。魔物との戦闘経験が少ないからなのかはわからないが、まだ安心はできていないようだ。
ここはもう一押し必要かな。
「いざとなれば飛んで逃げればいいさ。みんなで空中散歩と洒落込もう」
「それはそれで嫌なんだけど……もう、いいわ。やりましょ。その代わり、レイ……絶対死なないで…」
シャルステナの言葉は、とても辛そうで重かった。
〜〜
「……作戦は以上だ。始めるぞ」
「うん」
「任された」
「ピィ」
シャルステナを少しでも安心させようと、本当は必要ない作戦会議をやった。
そのお陰かはわからないが、先ほどまではどこか辛そうにしていたシャルステナも、元気を取り戻したみたいだ。
「それじゃあ、シャルステナ任せたよ」
「うん。『雷と水の記憶、雲より出でる雷となりて地に落ちよ』」
山の頂上が突如雲に覆われた。そしてポツポツと雨が降ってきた。
その範囲はとてつもなく広い。俺でもこれほどの魔法は魔力を半分は使ってしまうかもしれない。
「ライボルト!」
その言葉を待っていましたとばかり、雲から雷が降り注いだ。
それは山の頂上を焦がし、岩の割れ目からその下にいるコボルトたちにも降り注いだ。
「さすがだな。じゃあギルクよろしく」
「ああ任された。フリーズアロー!」
シャルステナの魔法で雨となって落ちる水滴が氷、矢となって降り注いだ。それはコボルトたちの体を突き破り、一匹、また一匹と倒れていく。
矢は俺たちの上にも降り注いだが、ハクが出した大きな火の玉が俺たちの真上にあるので、俺たちには当たらない。
氷の矢が落ち終わったところで、ハクに合図を出した。
俺たちの上にあった大きな火球が、放物線を描いてコボルトたちの密集地帯に落ちて、燃え広がった。
やがて火は弱まってきた雨によって消火され、残ったのはコボルトロードと数匹のリーダーだけだった。
「じゃあ最後は俺だな」
「本気でやってね?いつもみたいに手を抜かないでね?まだコボルトロードが残ってるんだから」
「…………炎風剣!」
ファイアボールでやろうとしてたと言ったら、どんな顔をされるんだろう?
気になったが言わなかった。怒られそうだし。
今回は前もって手を抜くなと言われたので、俺の最強魔法でねじ伏せる事にした。はっきり言ってオーバーキルだ。
恨むならシャルステナを恨んでくれ。俺はファイアボールにしようと思ってたんだ。
そんな思いと共に、俺は軽く割れ目に向け炎風剣を振り下ろした。
たったそれだけ。
それだけで生み出された火を纏った風の斬撃は割れ目の中の生物を全て焼き尽くし、反対側まで焼き尽くした。
「……」
「……」
ギルクとシャルステナは絶句していた。
ほらな?本気出す必要なかったんだよ。
「ピィイ!」(さすがアニキ!)
ハクは一人だけ嬉しそうにしていた。ハクは派手な技が大好きなんだ。
「………やり過ぎじゃ…」
「……シャルステナが本気でやれって言うから」
「だって、こんな魔法使えるなんて知らなかったんだもん!っていうか、それ魔法なの⁉︎」
「俺たちがやった意味あったのかな?」
「ないな。だから、手を抜こうと思ってたのに……」
シャルステナに眼を向ける。ギルクも眼を向けていた。ハクも。
「え?えっ?えっ?わ、私か悪いの?」
俺たちの視線を一つずつ確認したシャルステナ。自分に向けられる視線の意味を理解したみたいだ。
「さて行こうか」
「そうしよう」
「ピィイ」
「え?ええぇっ⁉︎」
シャルステナに構う者はこの中にはいなかった。
〜〜〜〜〜〜
ボーン!
グオォォン
ボーン!
グオォォン
ボーン!
グオォォン
「はいもっかいボーン」
「やめなさい」
俺のいじめを止めてきたのはシャルステナだ。
「止めるなよ、誰のせいだと思ってるんだ」
「いや、それは……わたし?」
「そうだ。わかってるなら、止めるなよ」
「だ、だけど…」
シャルステナは何か言いたそうだ。だけど、自分のせいだからと言いにくそうだ。
仕方ない俺が代わりに言ってあげよう。君が言いたいのはやり過ぎだって言いたいんだろ?
まぁそれはその通りなんだ。
だって……もう周りに何もないもの。
コボルトロード達を倒した後、俺には一つ問題が残された。
それは炎風剣だ。
この魔法非常に強力なんだが、2つ欠陥がある。
いや、欠陥と言うより、俺の力不足といった方がいいかもしれない。
この魔法、一度使った程度じゃ消えないのだ。
何十発も打てる。しかも、魔力消費も自由自在で、込める魔力で威力と弾数が増えるのだ。
しかしだ。今回のような場合、残弾が無駄に残ってしまうのだ。
特に今回は半分ほど魔力を込めたので、威力も弾数もディクの時の倍ほどになっている。
ここで欠陥の二つ目だ。
この炎風剣、作るのは俺しかできないだろうが、誰でも使えるのだ。単にある程度の速度で剣を振ればいいだけだ。
そのためこれをそのまま放置などできるはずもく、残弾処理を行っていたのだ。
出てきた普通のコボルトに一発撃った所、辺りからそれを見た雑魚魔物が集まってきた。
それにまた一発と周りがはげ山になるまで、ぶっ放したのだ。
そしてもう周りに魔物がほとんどいなくなってしまった。それでも困った事に残弾は尽きない。
そこで今度は、俺のオーバーキルから逃げ延び、生き残った魔物に一匹一発ずつお見舞いしていたのだ。
「はいボーン」
グオォォン
「ボーン」
グオォォン
「ボーン」
「ボーン」
………………
「ボーン」
グオォォン
「お、やっとなくなった」
炎風剣はその役割を無駄に一杯果たして消えた。
「ごめんね、わたしが悪いの…」
シャルステナは先ほどから俺がボーンと言うたび謝っている。魔物に…
「やっと終わったんだ。その剣、俺にくれても良かったのに」
「やるかッ、こんな危険なもの」
ギルクは途中俺にくれと言ってきたが、今日初めて会ったやつにこの剣はやれないだろ。
「さあ、シャルステナも懺悔するのやめて降りようぜ」
「……なんだろう、わたし、自分がかわいそうな気がしてきた」
シャルステナがどこか遠い目をして言った。それに俺は一言。
「自覚が芽生えたか」
それに対する答えは鉄拳だった。
しばらく忙しいので、毎日は投稿できないかも…




