192.続々と
創世記の情景を色濃く残す原生林。
他の土地では見られない独特の動植物達が数多く生息するその土地は、【原初の森】と呼ばれる神聖な土地だ。
【原初の森】は極めて変化の少ない土地である。世界創世の頃から、変わらぬ姿を保つ動物や植物は、自然の摂理の中で生き、やがて土へと還る。何者にも侵されていない本来あるべき自然の姿というものがそこにはあった。
そんな世界の始まりとも言える【世界樹の森】と対を成す【原初の森】にて。
白銀の毛皮に全身を覆われた一人の獣人が、神妙な面持ちで滑走していた。
金碧の瞳に浮かぶ焦燥の色と、鋭い牙の合間から漏れる激しい吐息。
彼は急いでいた。一刻も早くと、ここ数日掛けて、大陸の端から中央まで、一度も休まずに走り続けるほどに。
幾ら身体能力に優れている獣人と言えど、三日三晩走り続けるなど、そう出来る事ではない。激しく上下する肩や、尋常ではない毛の濡れ具合を見る限り、無茶を押し通しているのは確実だった。
やがて樹齢千年は超えるであろう大木の枝を踏み台に、原生林の中を滑走する彼の前方に大きな湖が姿を表す。
それを目にして、ようやく男の顔には安堵が浮かぶ。
だが、それも束の間。地面に降り立った銀狼の獣人は、気と顔を引き締め即座に跪いた。
「報告致します! 本日より5日前、かの砂漠の王者が討ち取られたとの報告が、ギルド連盟より、周知されました!」
波一つない穏やかな水面。三日月を描いたように湖の真ん中に、苔の生い茂った緑の地面が突き出している。その湖に周囲を囲まれた半島のような場所に、パラソルのように生えた細木。柔らかに太陽を遮り、穏やかな日差し届ける葉は、その根元に寝そべる獅子を眠りに誘おうとしているかのようだった。
そんな落ち着きを払ったその場で、騒々しくも呼吸を整える間も無く、弾丸のように要件を述べた銀狼の獣人。
湖の畔で悠然と寝そべっていた獅子が瞼を開け、ゆっくりと顔を上げた。
「ほぉ……儂でも手を殺せなんだ輩を討ち取ったか。どの神じゃ?」
獅子から発せられた重厚感のある硬い声。
半ば確信していそうな獅子の問い掛けに、銀狼の獣人は頭を垂れた状態で、口の中で言葉を迷わすように緑の地面に目を這わせる。
「いえ、誠に申し上げ難い事ですが……討ち取ったのは、レイという冒険者で──っ!」
言葉が途中で止まる。それ以上は、口が動かなかった。
「──件の小僧か」
代わりに言葉を発したのは獅子。
レイの名を出した途端、獅子から発せられた気配は、荒かった呼吸を止めるには十分だった。
萎縮し固まった銀狼は、急速に汗が冷えていくのを感じた。
全身を駆け抜ける寒気。あるはずのない虚無の重力が体を押さえつけ、金縛りにあったかのように、指の一本さえ動かせない。
首筋を撫でた風が、刃の感触を持っていた。冷たい無機質の純然たる──殺意。
それが、自分に向けているわけではないと理解するのに、数秒。未だ首をはねられていない自分に、ようやく獅子の殺意の矛先を知る。
「……まぁ、よい。精霊神に手を出すなと言われておるからの」
「っ……はあっはぁっ」
自らを縛る威圧の鎖が解かれ、息を吹き返した銀狼の獣人は、荒く呼吸を繰り返す。
「お、お見苦しいところを……失礼いたしました」
その乱れた呼吸と精神が戻るのを待って、獅子は口を開いた。
「時にサーベルよ、お主には婚約者が居ったな」
「はっ。誠に恥ずべき事ながら、我が村の娘と婚約しております。しかし、歳は15離れており、婚約当時は、幼かったため王立学院で学ばせておりました」
サーベルと呼ばれた銀狼の獣人は、婚約者について獅子に嘘偽りのない事実だけを語る。しかし、それを元より知っていた獅子は、口を濁すだけだろうと、自らそれを指摘する。
「その娘、風の噂であまり良くない方向に進んでおると聞いた。まるであの手の付けられない海神のように」
「は、恥ずかしながら、その様な手紙が、1年ほど前に届き、私を初め皆困惑しておりまして……」
いわば彼の属する獣人の集落の恥。それを、獣人全てを纏める王に知られたとあれば、多少の動揺はやむを得ない。王に隠し事をしていた事に他ならないのだから。それが、サーベルをより動揺させる事になった。
だが、獅子が向けるサーベルへの信用は、その程度で揺らぐものではない。言い出し難い事であったであろう事を理解した上での言動である。責め立てるつもりなどなかった。無論、何もなしにそんな話を持ち出したわけではないが。
「時に、サーベルよ。そのレイという冒険者が、王立学院の出身とは知っておるか?」
「い、いえ、初耳で御座います」
「そうか、ならばこれもお主は初めて耳にする事であろう。その話題の男と、其方の婚約者は特に親しい仲だそうだ。おそらく、今もまだその男と旅を共にしておる」
獅子が話した婚約者の居場所に、サーベルは困惑した。それは、彼の婚約者が今話題のルーキーと共にいるという事に対してではなく、それを何故このタイミングで自分に話したのかという意味で。
「……何故、それを私にお話になるのでしょう?」
「文武共に優秀であったお主なら、儂が敢えて口にせずとも、わかっておろう?」
「……そのレイという冒険者を殺せという事でしょうか?」
今までその様な命は一度も受けた事のないサーベルは、おずおずと戸惑いを隠せず、静かに言葉にした。
「殺せとは、物騒よのう。──だが、お主に殺される程度であれば、アレは要らん。お主の好きにするがよい」
そう口にする獣の王は、サーベルが今まで見た事もないほどに冷徹な色を目に宿していた。
サーベルは恐る恐る口にする
「……我らが王よ、あなた様はその冒険者の何を知っておられるのですか?」
「……知らぬ。知らぬが、知っている。……アレは、人の皮を被った理性なき獣。あるいは、闇より生まれた怪物。そして、その牙は……儂にも届きうる」
そう言って、胸に残る古傷を、そっと撫でた獣の王──獣神に、サーベルは唾を飲み込んだ。それの意味するところを、察して。
「儂が許そう。お主の全霊をもって──見極めよ」
強く拳を握りしめた。
「──我らが王の御霊のままに」
神命を受けたサーベルは、これより1週間後、大陸を出た。
一方、その頃、レイ達の目指す迷宮都市のギルド本部にて。
「おい、聞いたか、あんた?」
「あん? 何をだよ?」
「アレだよ、今話題のルーキー。あいつがまたとんでもねぇ事やらかしたって」
ギルド内部の大規模酒場で、酒を飲み交わす男達の間でも、それは話題となっていた。
「知ってる、知ってる。どうせまたホラなんだろ? よくある事じゃねぇか。新人が名声を得たいがために、嘘の報告をして、後で吊るされるなんてこと、俺らの世界じゃ日常茶飯事さ」
「け、けどよ、魔王倒した後もお咎めなしに、またやらかしたんだぜ? さすがに、これってマジなんじゃなぇか?」
「くっははは、だとしたら、不死鳥いや、砂の王は獣神が討ち取れなかったらしいから、神殺しの英雄の再来か? お前、素直すぎんだろ!ぶっははは!」
バンバンと机を叩き爆笑する中年の冒険者に、それよりも年若い青年は馬鹿にされ、カッと頭に血がのぼる。
「あぁん、ふざけっんなよ、ゴラ!」
青年は、大笑いする男の顔を拳で強打する。そこへヒューと手笛が鳴り響き、他の客から煽りが飛んできた。
「ッ……!っぺ……おうおう、酒の席で暴れやがって。行儀がなってねぇな、表でろ」
他の客から煽りを鬱陶しそうに躱し、中年は慣れた様子で、椅子を起こすと、青年を睨みつけた。それに、ビクリと震える青年は、男の気迫に飲まれつつあったが、突如として中年冒険者の顔から血の気が引いた。
「──もし。一つ聞きたい」
そう言って、青年の背後から割り込んで来たのは、白髪長身の男だった。
「白髪……隻眼……あんたはまさか……」
目を見開く中年冒険者に対し、割り込んだ男に心当たりがない青年は、改めて男を見た。
窪んだ目。片目には深い爪の跡が残り、瞼は閉じられている。空いている右目も、どこか薄暗く、頬骨が浮き出した顔もまた、影がかかっているかのように曇っている。
一見して、白髪の男の顔は病に侵されているかのような、不健康さが染み付いていたが、その佇まいは歴戦の冒険者を語るに相応しい風格を有している。
青年はそれに臆し、頭に昇った血が急速に冷え込むのを感じた。
一方で、青年より10年は長く冒険者稼業を続けている中年の男は、目を見開いき驚いたものの、それに臆する事はなく、極めて冷静に対応した。
「何が聞きてぇ?」
「……先程の話。噂のルーキーの存在が、虚偽である根拠について」
簡潔に纏められた問いの答えに、男は嘆息した。
「……やれやれ、何であんた程の男が、嘘かホントかわからないルーキーなんかを気に掛けているんだか……」
「……虚偽である確証はないと?」
「ああ、ねぇな」
「そうか、邪魔をした。続けてくれ」
白髪の男は小さく頭を下げて、足を返した。
しんっと静まった酒場で、男の足跡だけがやけに大きく聞こえる。先のように煽りを入れるような者は誰もいなかった。
やがてその背が見えなくなって、酒場のあちこちからホッと息を吐く音が聞こえた。
「おい……坊主」
「あ、は、はい!」
「血の気が多いのは、冒険者にゃ必須だが、中にはああいう本物の化け物がいるのを覚えておきな」
そう言って、未来ある若人に拳ではなく、酒を差し出す中年の冒険者の言葉に、青年は口を震わせながら頷いた。
一方、そんな事を言われているとは露知らず、ギルドを後にした白髪の男は、迷宮都市を悠然と歩いていた。
と、そこへ大きな戦槌を肩に担いだ一人の女が姿を見せる。
「こんな所でなぁにしてんだい、長」
白髪の男を長と呼ぶ女は、30歳前後に思える顔立ちの割に、若々しい肉体美を誇っていた。それは、普通の女性が求める美しさとは掛け離れてはいたが、岩をも軽く砕いてしまいそうな鍛え上げられた肉体は、重量感のある戦鎚の重さを感じさせない。
「……ロアナか。少しギルドに顔を出していただけだ」
「またかい? あんたここ最近ずっとギルドに行ってるねぇ。何か気になることでも、あんのかい?」
ロアナと呼ばれた女は、女性の特有の鋭さだろうか、目端を細めて長と呼んだ男の目を覗き込んだ。
男はそれを躱すように目を閉じると、軽く首を振る。
「……特にない」
「あぁ、やだよやだよ。男ってのは、どうしてこうすぐに誤魔化そうとするのかねぇ。あんたが気になってのは、今巷で噂のルーキーの事だろう?」
「バレていたか」
微笑する男に、ロアナも似た笑みを浮かべる。
「男ってのは、単純だからねぇ。あいつも、そうさ。いや、あいつはあんたよりもずっと単純だったから、馬鹿みたいに真正面からやり合ったんだろうねぇ」
そう言って、目を閉じた彼女の顔に浮かぶ悲壮の念に、白髪の男はそっとその肩を抱き寄せた。
「噂の彼は、砂漠の主を倒したそうだ。そして、経路から考えてその目的地はここだろう」
「……そうかい。あんたにゃ、叶わないねぇ」
女は、白髪の男に寄り掛かり、安堵したかのように呟いた。
〜〜〜〜
──傀儡の都コウコツ。
そこは、人知れず闇に堕ちた国の首都。そのコウコツの一角で、総勢6人の男女が顔を突き合わしていた。
質素な円形のテーブルに、カーテンが閉じられ光が一切入り込まないその部屋の中で、彼らと同じ数だけ建てられたロウソクが、それぞれの顔を照らす。
その中の一人、魔皇帝エルグランドは、内情を読み取らせない気味の悪い笑みを浮かべていた。
「こうして、全員が顔を合わすのはいつ以来でしょうか。皆さん、お代わりがないようで、さぞ大活躍していらしたのでしょうね」
そんな皮肉めいた事を口にするエルグランドの態度に、舌打ちしたのは、彼の二つ右隣に座る大柄な男だった。
「チッ……それは俺様への皮肉か?」
「いえいえ、手当たり次第暴れ回る事しか能がない脳筋でも、陽動にはなっていますからね。この場合はむしろ……」
そう言って、鋭い視線を自分の隣へと向ける。そして、自然と全員の注目を集める事になった端正な顔立ちの女性は、フッと嘲笑を浮かべる。
「──裏切りとでも言いたいか?」
「いえいえ、ただつい先日まで居所すらわからなかったのでね。てっきり、のたれ死んだのかと思っていましたよ」
エルグランドの向ける視線に殺気が混じり、対して女の返す視線も不穏なものを帯びる。
その一触触発の空気に割り込むのは、エルグランドの正面に座る男だった。
「二人ともそこまでにしておけ。マリスが長らく席を空けていたのは、仇敵クラクベールの策略故だ」
「おやおや、そうでしたか。えらく懐かしい名が出てきたものです。おっと、そう言えば、先日そのクラクベール氏の傑作を扱う少女と出会いましてねぇ」
飄々とした態度で、エルグランドは今日魔王の名を冠する全員を集めるにあたった経緯に話を移す。
「その作品の名は、ハイ・ウィール。その剣を使える者は、この世でたった一人しかいません」
エルグランドの濁した言い方でも、それが誰かわからない者はこの場にはいない。すぐにそれが、女神、もといシャルステナの事を指しての事だと理解する。
すると、生まれるたのは、僅かながらの驚愕。
「やはり隠れていたか」
「ええ、まさか転生しているとは、考えもしませんでしたが……どうやら今の彼女には、かなり強い制限があるようで、神の力を自由には使えないようです」
「それは、朗報でございますね。つまり、今の女神ならば、八つ裂きにして、臓物を引きずり出す事も不可能ではないと?」
私淑然とした態度で、それに不釣り合いな惨たらしい事を語る女。彼女もまた、魔王の一角を担う者だ。
「それが出来れば良いのですがね。あなたが試してみますか? 女神本来の力に耐えられるかを」
「ホホホッ、つまり、坊はやられたのじゃな。なるほど、どうして。一介の冒険者如きにやられたのではなく、女神が裏にいたのじゃな」
「いい加減、その年寄り目線の言葉は止めて貰いたいのですが……私はその一介の冒険者如きに殺られましたよ」
長い髭を撫でる老害に、嘆息しつつも、事実だけを口にしたエルグランドに、少なからず動揺が伝播する。
「……聞けば、その冒険者は成人したばかりと聞く」
「ええ、それぐらいでしょうね。けれど、天災ゴーシュしか、扱えなかった技を彼は使いましたよ」
「なんと! あの天災の、生まれ変わりかの。ならば、納得じゃ。以前に、豪鬼と互角にやり合ったという英雄じゃからの」
「チッ……あの野郎、また産まれて来やがったのか」
大袈裟なまでに反応する老人と、面白くなさそうに舌打ちする豪鬼の名を冠する魔王。
「ええ、ご存知の通り何度殺そうがユニークスキルだけは、消えません。しかし、問題は復活が早過ぎる事です」
「神の差し金か? 俺らの計画に気が付いたんじゃねぇのか?」
「……違う、それはない」
疑う豪鬼に、マリスは断言する。
「比較対象に語弊がある。其方らが、比較しているのは、神殺しの英雄。しかし、その英雄の片方は未だ存命している」
「……マリス、何故それを知っている?」
「クラクベールの計画。勇者は、天空の要塞にいる。しかし、その力は衰え、私達の敵にはなり得ない。だから、勇者を殺すのは無駄。クラクベールが神でさえ突破不可能と自負した罠に掛かるリスクの方が高い」
端的な説明にも、一先ずの納得を示す面々。その中でエルグランドだけは、潜入していたわけですかとほくそ笑む。
「けれど、強奪者の生まれ変わりが、いるのであれば、別。彼らの接触は、我々の敗北と等価。故に、私は提案する。天空の要塞に通ずる、地上の要塞にて、それを食い止める必要があると」
「なるほど、それならば私が向かいましょう。先ほど、言った天災の生まれ変わりもまた、そこに現れるでしょうし、かの要塞は我々にも都合がいい」
エルグランドが名乗りを上げ、その正面に座る男が、鋭い視線を送る。
「……よもや負けはしまいな?」
「疑うのならあなたも来ますか? むしろその方が、私にとっても都合がいい。神の一人や二人、あなたには取るに足らない相手でしょう?」
魔王エルグランダをして、そう評価せざるを得ない男が、彼らの中にはいた。
男は、薄く笑うと悪辣なまでの笑みを闇に灯す。
「……いや、やめておこう。あの地で、お前が女神如きに倒れるとは思わん。神ですらない小僧っ子相手なら尚のこと、赤子の手を捻るようなものだろう」
「また……ですか。覇王と呼ばれたあなたが動けば、既にこの世界は我々のものになっているはずなのですがね」
「いや────お前に任せると、言っている」
闇の中でギラリと光る瞳が、不満げに顔を歪める魔皇帝を射抜く。暗くてその表情は見えないが、魔皇帝の正面にいる男は確かに笑っていた。
魔皇帝は、珍しい事もあるものだを通り越して、気味の悪さを感じ、押し黙った。
「一切の妥協は許さん。貴様の命に代えても、その者を殺せ」
「……珍しい事もあるものですね。あなたが私に命令をするなんて」
「時が来たからだ」
そう、一つ前置きをすると、覇王と呼ばれた男は立ち上がり、言い放った。
「これより、再戦の準備に入る」
ザワッと、魔王達の間に少なからず動揺が走った。
「何故、このタイミングで……?」
「マリスが帰還したことで、邪神復活がより確実なものとなったからだ」
疑問を呈した魔皇帝に、初めから決めていたかのように淀みない答えを返す覇王。だが、それが逆に魔皇帝の疑念を強める事になる。
「……なるほど、あなたはそれを待っていたと言いたいわけですか。いつ戻るかもわからないマリスの帰還を……ですが、今更ながら慎重過ぎませんかね。まるで我々とあなたでは、別の目的があるかのようだ」
目端を強める魔皇帝とこれだけ疑いを向けられても顔色一つ変えない覇王。二人の間に不穏な空気が流れる。
それを受け、他の魔王達の間にも、僅かながら緊張が走る。そんな中、覇王はゆったりとした動きで登壇でもするように立ち上がった。
「我らは何故、負けた? 神か? 神殺しか?」
「……敢えて言うなら、その全てでしょう」
「いや違う」
覇王は断固として、それを否定し、断言する。
「邪神などに、踊らされたからだ。ならば、次こそは邪神を我が支配下に置き、我ら魔王が邪神から全ての力を──奪い取る」
グッと拳を持ち上げ、覇王は強く言い放った。だが、そのあまりにも馬鹿げた計画に、豪鬼は思わず椅子を蹴り倒しながら、立ち上がった。
「ッ! おい、正気か、テメェ⁉︎ そんな事をすれば、幾ら俺ら魔王でも、自我なんて残らねぇぞ!」
「そうです。幾らあなたでも、そんな事をすれば、確実に堕ちます」
「御せないのならば、どのみち我らは敗北する。あの力が向こう側にある限りは」
「オホホホッ、殿方の争いは醜いですわよ。いいではありませんか、それで。戦で器を増やせば良いのです」
「……計算上、我らが抑えた土地の人間を魔人に変えれば、邪神の力を分配する事は可能」
「ほほぅっ、惚れ惚れする用意周到さよのぅ。よかろう、儂は覇王に乗った」
反対したのは豪鬼と魔皇帝。しかし、この場にいるあと3人は賛成を示す。
提案した覇王を含めば、彼の野望に同意するのは4人である。
「チッ──わぁったよ! やりゃぁっいいんだろ?」
「……六人中四人が賛成では、仕方ありませんか」
結局、異議を唱えた魔皇帝と豪鬼が折れる事で、覇王の提案は合意された。
その後、覇王より邪神復活計画の全容が流布され、各自に役目が割り振られた。
「──では行け、者共よ」
最後にそう言い放った覇王に、部屋のロウソクが消え、何も見えぬ暗闇が部屋に落ちた。
その闇の中、動き出した魔王達は彼らはそれぞれの役割を果たすため、再び世界に散った。
一人のその場に残った覇王はそれを確認して。
「くっ………はっはっはっ!」
堪えていたものを吐き出すように、笑い出した。
「【天災】の生まれ変わりだと?」
──馬鹿な。そんなはずがないだろう。たかが1一つの特異な才で勝てるほど、魔王は弱くはない。
何故気が付かない。
戻ってきたのだ。あの男が。
とうとうこちら側へ戻ってきた。
「だが、貴様との死闘は後の楽しみに取っておいてやろう。それまでに精々、神程度は殺せるようになれ」
そうでなければ、つまらない────狂笑が闇に響く。
これより世界は荒れる。
彼らによる仕上げが、今日この時をもって始まった。
だが、これはこれより始まる戦いの序章に過ぎない。
神と、人と、英雄と、魔王と、怪物と、そして、終わりし者の。
これはただの始まりだ。




