179.WWW
言い訳はしない。
はっちゃけた。
新創世歴5011年4月。
色鮮やかな花々が、王都を彩るその季節に、俺の新たな旅が始まろうとしていた。
俺の前には一台の馬の代わりに、中サイズとなったハクが引く竜車が一つ。その中には非戦闘員と携帯する荷物などを積み込んである。
竜車の周りにはハクを挟んで左側にシャルステナ、アンナ、ゴルド、ライクッド、シーテラが、右側にルクセリア、セシル、春樹、結衣と、微妙な間を両者の間に空けつつ立っていた。
その微妙な距離は、未だ打ち解け切れていない事の表れなのかもしれないが、これから共に旅をしていく仲間だ。この旅が終わる頃には、その距離がグッと縮まって入ればいいなと、思う。
「みんな準備はいいか?」
聞くまでもない事かもしれないが、確認の意味を込めて、俺はそう問いかけた。
今回の旅の最終目的地は、迷宮都市。クリフォト大陸という所にある。その大陸へと渡る航路は、ここからだとアフロト大陸経由で行くのが一番一般的だ。その理由は、単純に遠いから。ここから海を経由して行くには船の備蓄的にも体力的にも厳しいのだ。
そのため、今回の旅では陸路で距離を稼ぐ。帝国、ユーロリア、アフロトとこれまでに旅して来た土地を再び通る事になるから、寄り道は確実だ。
そして、肝心の迷宮都市で何をするのかというと、迷宮完全制覇以外にはありはしない──なんてこともない。そこに目的地を決めた理由は色々ある。夢を果たすため、真の歴史を知るため、力を付けるためなど、それ以外にも人によって様々だ。
だが、ここにいる全員がそれに納得している。迷宮に行く目的を持っているから、このメンツで行く事になったのだ。
俺は旅の仲間達のやる気に満ち満ちた顔を一人ずつ確認して、ややあって笑みを零した。
……ようやくだ、親父。ようやくこの日がやってきた。
あれから一年。ここでやれる事はやりきった。
後は、それを試す。
世界で。まだ見ぬ強敵で。そして、エルグランダ、お前で。
今から俺の復讐を始める。次にここへ帰ってくる時は、それを果たした時だ。
「行こう」
さぁ、新たな旅の始まりだ────
「ちょっと待ったぁぁ!」
「待ったぁぁ、です!」
──ったのだが、俺たちの旅は突如して乱入してきた二人に止められた。
とりあえず何を差し置いても言わせて欲しい。
俺の感傷を返してくれ。
だが、ハアハアと肩で息をしながら、走ってきたのは今回の旅には同行しないギルクとリスリットの二人だ。見送りに来てくれたのだろう。そう思って俺は内心を奥へと引っ込め、一応聞いておく。
「悪いな、二人とも。見送りに来てくれたのか?」
「いや違う。俺も行くことにしたんだ」
「…………はぁ?」
前に、王子だから俺は行けないみたいなことを言ってなかったかこいつ?
「どういう心変わりだよ?」
「フッ、実はな、俺は明日病死することになっている」
「へー、御愁傷様。今度帰ってきたら墓参りに行くよ」
「おい、手を合わせるんじゃない! 本当に死ぬわけがないだろうがっ」
南無南無言ってギルクに手を合わせていると、その手が強く叩かれた。
「つまりだな、王子ギルクは明日死ぬのだ」
……? そんな奴いただろうか?
俺が知ってるのは、面白ギルクだけなのだが……
そんな風に俺が深い疑問を抱えているのには気が付かず、ギルクは晴れ晴れとした様子で続けた。
「そして、俺は晴れてこの国の縛りから開放されるのだ。どうだ? 名案だろう?」
「それで、俺たちに付いて来たいと。単に一人残されるのが寂しいだけだろ、お前」
「なっ、なんだとッ! 俺は、むしろお前らが寂しがると……!」
強がっているのか、本当にそう思っているのか、それは正直どっちでもいいが、勘違いだけは正しておかねばなるまい。
俺は、ギルクの肩にそっと手を置くと、悲痛に顔を歪めて、告げた。
「ギルク……そんな奴はこの世に居ねぇよ」
「ここにではなく、この世なのか⁉︎ せめて世界に希望は残して置いてくれ!」
さて。
愕然とするギルクは放っておいて、ギルクと共にやって来たリスリットも一緒に行きたいのだろうか?
まったく、師弟揃って寂しがり屋か。
「で、リスリットも付いて来たいのか?」
「はい! っというか、何で私誘われてないんですか!」
「そりゃお前、かなり前に修行を付けてやろうとしたら、もう一人前だから大丈夫みたいな事を言ってたじゃないか」
あの時師匠離れした弟子を送り出した俺の気持ちも察して欲しい。何だか寂しくなってライクッドを俺の修行に連れ回したほどだ。
だが、弟子の門出と思い涙を飲んで、祝福してやったじゃないか。だから、あとは一人でやっていけるだろうと……
「それとこれとは話が別なんですっ!先輩にどうにかしてもらわないと、私無理矢理結婚させられてしまうじゃないですか!」
いや、それは本気で知らない。というか、俺の中でそれはとうの昔に終わった話だ。リスリットの名誉と引き換えに。それが、何故俺が抱えてる案件みたいになってるんだ。
が、そこで吠える奴がいた。
「な、何だと⁉︎ リスリットちゃんがお嫁に行くだと⁉︎ 」
リスリットの心底どうでもいい結婚話に憤りを口にしたのは、獣人愛好家の春樹だ。
「俺に任せろ! リスリットちゃんの貞操は俺が守る!」
「えっ? だ、誰ですか、この人?」
初対面でいきなり手を掴まれ、貞操を守るなどと言われたリスリットの戸惑いは激しい。
俺は取り敢えず話が進まないため、春樹を遠くへ放り投げると、話を戻した。
「言っとくが、お前の結婚云々に俺は手を貸す気はないからな? 純粋に面倒くせぇ」
「酷い! 一度はキスした仲なのに!」
「あっ、お前それは……ッ!」
突然、極寒の冷気が俺を襲う。その発生源に恐る恐る目を向けてみると、ニッコリと笑うシャルステナの顔が。
俺は、そっと目を逸らした。
しかし、逸らした先で、これまたニッコリと笑いながら、髪の毛がユラユラと不気味に動いている結衣がいた。
「……テメェは後で、火焙りだ」
「ええっ⁉︎ な、何でですか⁉︎」
それはな、俺が今から酷い目に合うからだよ!
そうして、俺は出発してすぐに洗礼を受けることになったのだ。
〜〜〜〜
──Woman of the War of Words。
通称WWW。
本日の実況は、余計な一言をキッカケに発足したShu・Rabaに巻き込まれ数時間、現実逃避を始めた私、レイがお送り致します。
まずは、現状を説明致しましょう。
私、レイをリーダーとし、無事王都を出発した一行は、街道沿いを西に竜車を囲んで歩いておりました。当初、出発前の取り決めから、各自の持ち場を守って、一行は進んでおりました。
しかし、王都の人々の安全と平和な日常のため尽力し、王都のギルドマスターに『レベル上げだ、なんだとゴブリン一匹残さず、狩り尽くしたのはお前だな⁉︎ ネタは上がってんだぞ! 他の冒険者に回す仕事がなくなっちまっただろうが! 早く、この街から出て行きやがれ! この無用な働き者がッ!』とまで言わしめた私を始めとした頼もしい仲間の活躍により、魔物一匹見当たらない安全地帯と化したそこで、陣形を保つ意味が果たしてあるのか、ないのか。
一行の殆どはないと考えたようです。
現在、初めの取り決めは何だったのかと言いたくなるような、自由気ままなお喋りが各所で繰り広げられています。しっかりと持ち場を守っているのは、真面目さが偶に傷なルクセリア氏ただ一人。
他は誰一人守っておりません。自由奔放なパーティーの理念に基づき行動しております。
さて、そこで初めの話に戻るわけですが、クソ犬が諸悪の根源となり──コホン。失礼、自が出ました。
では、気を取り直して。
例の一件に端を発したWWWですが、出発5分後には今の形に落ち着いておりました。
今の形とは、私を挟み撃ちにするこの形です。
私はこれを、逃げたくても逃げれない流刑地と呼ぶ事にします。
この流刑地の形成後、一行の間に自由な風潮が流れたのは、言うまでもありません。ちなみに、助け船を送ってくれた者は誰一人として居りませんでした、はい。それを受けて、今日の晩飯は『激辛!オーガを絶叫させたスペシャル』に決っ──コホン。失礼、仕返しの計画が漏れました。お忘れ下さい。
さて、そんな流刑地に取り残された私の左右には、本日のメインが勢揃いしております。
左方。
私の幼馴染にして、帝国の元勇者の一人。生き別れた幼馴染の権利を主張する如月結衣は、手に当たるか当たらないかの至近距離で、満面の笑みを惜しげも無く向けてきております。笑みが微妙に引き攣っている事を除けば、見目麗しい可憐な少女の笑みです。その美しく透き通った白い髪も相まって、並みの男なら一撃で即倒する事でしょう。
一方、右方。
私の婚約者にして、10柱の神の一人。正当な彼女としての権利を堂々主張するシャルステナは、私の腕に育った果実を押し付け、笑顔で結衣に見せつけております。実に柔らか──コホン、失礼、理性が飛びかけました。もう大丈夫です。
このように、私の鋼鉄繋ぎの理性さえ飛ばしてしまいそうな彼女の胸の弾力は本物です。しかも、まだ成長途中。肉体を捨て転生した意義はきっとここにあったのでしょう。とても、実年れ──ゾッ!
「どうかした、レイ?」
「いえ、何でもありません、はい」
失礼、謎の悪寒が走りました。これ以上彼女について触れると、理性と身の危うさを感じるため、省略させて頂きます。
さて、これで今の状況についてはおおよそお伝え出来たかと思います。しかし、その始まりはまだ明かされております。
このWWW。実は、本日が初開催ではないのです。
初開催は、思い起こすこと半年以上前。
第一回は、結衣達が王都へやって来た日に人知れず行われていたのです。
その模様をダイジェスト版にした私の記憶でお伝えしたいと思います。
あれは初対面という事で、お互いの紹介を私がした時のことです。
「こいつは、俺の後輩のライクッドだ。昔から一緒に旅をする約束をしててな。ちょっとS気のある奴だが、頼りになるやつだ」
「レイさんの紹介に預かりましたライクッドです。みなさん、これからどうぞよろしくお願いします」
「それで、こっちの赤髪美少女は、シャルステナだ。シャルは、王立学園で共に学んだ俺の同級生だ。ちなみに言っておくと、シャルは俺より強い。まぁ、それはまた別の機会にゆっくりと話すとして、シャルは俺の……」
「婚約者です」
「れ、嶺自、こ、コンヤクシャっというのはど、どういうことなんだ? ま、まさかとは思うが、それはあの婚約者の事だろうか?」
「レイは私の恋人って事だよ?」
「こ、恋人っ⁉︎ あ、いや、そ、そうか。こ、恋人がいたんだな。ま、まぁ、あれから何年も経ってるし……
」
「ねぇ、レイ。今日のデートはどこに行くの?」
「えっ? あ、いや、特に考えては……」
「なら、私の家に来ない? 今日、っていうか、しばらく誰もいないから、寂しいの」
「い、家⁉︎ そ、それはダメだ! れ、嶺自は、今日……そ、そうだ! 何分私達にとっては、ここは初めての土地で何もわからない。今日のところは、嶺自に案内してもらわないと……」
「ライクッド、よろしくね?」
「あっ、はい」
「ま、まま待て! 待ってくれ! やはり、初対面のライクッド君に迷惑を掛けるのは、こちらとしても申し訳ない。やはり、ここは私達と親密な嶺自が案内してくれた方が……」
「親密……? 親密ってどういう事、レイ?」
……という具合に、第一回から熱いファイトを繰り広げて来ました。それも、たまに流れ弾が飛んでくる冷や汗モノです。
現在も第一回に引き続き、両者は私を挟んで、実に激しい舌戦を繰り広げ続けています。
効果音を使うなら、間違いなくバチバチしていますが、そろそろ現実逃避出来るネタがなくなって──失礼、間違えました。ひとまず前置きはこの辺にして、実況に移りたいと思います。
「レイ、向こうに綺麗な花が咲いてるよ? ちょっと二人で見ていかない?」
「あ、うん、そうだな」
さぁ、まずはジャブから始めていくようです。ちなみに、私は公正を期すため、これよりイエスマンになります。断じて色々に諦めたわけではありませんので、悪しからず。
「いや、それはやめておいた方がいい。私達は今、街の外にいるんだ。 その事を忘れてはいないか? 道を外れて危険を呼び込むような行為は避けるべきだ。それよりも、嶺自。ここに、王都で買った茶菓子がある。生憎1つしかないが……」
結衣はジャブを防ぎつつ、カウンターを放ったようです。そこへ、シャルステナ選手が一気に私を乗り越えて迫ります。
「あら、ありがとう! 気が利くね、結衣さん。私今とてもお腹空いてたの」
「あぁぁあ! んんっ、こほん。そ、そうか。なら、よかった。しかし、余り甘いものばかり食べ過ぎると太るかもしれないぞ? いや、もう太っているのか?」
どうやら結衣のカウンターは失敗に終わり、手の内が一つ潰されたようです。しかし、負けじと強烈なストレートを返します。
「ふ、太ってなどいません事よ? ね? レイ? 触ってみる?」
しかし、シャルステナ選手、若干怪しい言葉遣いながら、ピンチをチャンスへと強引な切り返しです。私はイエスマンなので、勿論手を伸ばします。
「それでは、お言葉に甘えよう!」
しかし、そこで結衣選手。負けじと、私の手を跳ね除けて、攻勢に転じます。惜しいっ、あと少しだったのに、本当に惜しいっ! えっ? 勿論、シャルステナ選手の事ですよ?
「っ……! ゆ、結衣さんつねり過ぎじゃないかしら?」
「いやいや、そんなことはない。ほら、こんなに抵抗なくよく伸びる。やはりシャルステナちゃんは太っているようだな」
攻撃は最大の防御とはよく言ったもの。さすがのシャルステナ選手も、これには顔が引き攣った。けど、諦めない!
「それは、結衣さんのようにガリガリではありませんもの、オホホホ」
「ガリガリ⁉︎ い、いや、私も意外と肉つきはあるとほうなんだよ? フフフ」
両者笑っている。負けじと笑っている。そして、私はガリガリと精神を削られている。
「何なら、触ってみるか、嶺自? 遠慮はいらないぞ?」
おっとここで、完全に攻守が逆転した。それも、シャルステナ選手の必殺、『男殺し』を完全コピー! さぁ、追い詰められたシャルステナ選手はどうでるか!
しかし、時は待ってくれない! 私の手は無意識に動きます!
「ダメっ!」
シャルステナ選手、強引に私の手を跳ね除けます。しかし、腹部ギリギリで跳ね上げられた腕はそのまま胸部の膨らんだ箇所にぶつかり──ムニュ。
「「「あっ……」」」
……タワワんです。タワワん。
シャルステナがポヨヨンなら、結衣はタワワんです。
さすがは、19歳の体。もう成長が終わった女性の体です。
めっちゃ半端ねぇ!
「馬鹿っ! 変態っ! レイのエッチっ!」
──おっと、失礼。熱くなりました。心の底より謝りますので、関節を決めないで頂きた──って痛い、痛い、マジで痛い!
男の夢の果実を、凶器に使わないで。
「まぁまぁ、私が触っていいと言ったんだ。む……胸に触れてしまう事故も、まぁ仕方ない。本当に彼女なら、事故くらい寛大な心で受け入れてあげるべきだと、私は思うよ?」
そう言って、シャルステナを宥める結衣はしてやったりという顔を、赤く染めています。
「キィ!」
一方獣のように歯を剥き出しにしたシャルステナ選手が人語を手放し相手を威嚇しますが、もはや勝敗は覆りません。結衣は、勝者の立ち振る舞い──やけにシャルステナに勝る部位を強調して、シャルステナを見下ろしていますが、現在進行形で私はシャルステナの下に組み伏せられております。
より詳細に言うのなら、太ももが顔の前にあります。何だがいい匂いがして、痛みと柔らかな感触も相まって──すいません、少しお待ちを。
……冷静になれ。
俺は平成最後の徳川家康。ホトトギスが鳴くまで我慢が出来る子だ。
心頭滅却、心頭滅却、太ももまた柔らか……違ぁぁうッ!
これはマジでやばいっ! 色々やばい!
何故、修羅場から一転、こんないい思いをしてるのかよくわからないのだが、取り敢えずヤバイ!
だから、本日はもう終了! これ以上は色々やばいから、この辺で強制終了させていただきますっ!
──第一三回WWW。
勝者は結衣。だが、心の中の勝者はシャルステナ。
総括すると、こうなります。
いや、偶には修羅場もいいもんだ──了。




