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178.夢と現実の混濁

 

 今日は朝から体の調子が悪かった。

 王都の復興がひと段落し、ようやく自分の事に取り組めるようになったのはいいが、久しぶりに丸一日鍛錬に費やしたのがあまりよくなかったのか、全身の筋肉痛に加え、頭も重くどうにも今日は調子がよろしくない。


 だが、そんな時、俺が家でゆっくりしているのを見て、シャルステナがこんな話を打ち明けてきた。


 彼女曰く、神殺しの勇者は生存している可能性があるとのこと。だから、島の遺跡で見つけた映像をもう一度見せて欲しいと、お願いされた。

 そこでふと思い出したのが、砂漠の遺跡にもあった記録映像と思われる装置と、日記について。


 それについて彼女に話すと、それも見せて欲しいとせがまれた。しかし、日記は写しを簡単に見せることが出来るが、記録映像を再生出来るのはシーテラだけで、俺はとてもではないがやり方がわからない。そのため、シーテラの手を借りるため、王都に行く必要があった。


 本当は今日のような日は家で大人しくしていた方がいいのだろうが、おそらくは俺が落ち着くのを待って打ち明けてくれたシャルステナを、これ以上待たせるのが申し訳なかったのと、個人的興味もあって、気怠い体に鞭打って、山を越えて王都へとやってきた。


 そして、砂漠の遺跡にあった記録を再生し終え、俺たちは一つの仮設へと辿り着いた。


『迷宮と空島……そこに真実が隠されているのか』

『うん──そこ以外あり得ないと私は思う』


 頷く彼女の言葉を聞いて、俺は確信をより強めた。


『ははっ、こんな事ってあるかよ。ずっと行きたいと思っていた場所に、こんな面白そうな真実が隠されているなんて……』


 心臓がバクバクと激しく波打っいる。そのせいか、熱の回りが早い。まるでサウナの中にいるような感覚だ。


『レイ、顔が赤いけど、大丈夫?』


 シャルステナが心配そうな顔をして、顔を覗き込んでくる。


『ああ……大丈夫、大丈夫だ』


 朝から体調があまりよくなかった俺は、フラつく頭を片手で押さえながらも、心配させまいと笑みを作る。


 だが、心に芽生えた興奮は、体調の悪化など知った事ではないとばかりに、激しさを増していく。それが余計に体調不良を悪化させたのか、目と耳が判然としなくなり、頭は朦朧としていった。


『あっ……ヤベェ』


 家で大人しく寝てるんだった、と反省しながら俺は意識を手放した。



 〜〜〜〜



 微睡みの中で、俺は閉じた瞼を打つ光を感じた。


「起きた?」


 何度目だろうか。

 こうして、目を覚ました時に彼女の声が飛び込んできたのは。

 俺は既視感の中、目覚めた。


「ビックリしたよ。いきなり倒れるんだもん」

「はははっ、悪い悪い。なんか興奮し過ぎて、体調不良が悪化したみたいだな。まさかぶっ倒れるとは……」

「あはは……って笑えないよ! 本当に心臓止まるかと思ったんだから。もっと自分を大事にしてね? 人の体って言うのは無理をすると、すぐに壊れちゃうんだから。今回はどこも悪くはなかったけど、精神の疲労は別だからね」


 お小言のようにプンスカ怒るシャルステナに、俺は苦笑いしながらそんな彼女を宥め、起き上がった。


 ふむ、何と爽快な目覚めだろうか。普段使っているベットよりも、遥かに質がいいせいか体調も回復している。シャルステナが治してくれたのかもしれないが、もう起きても大丈夫そうだ。


「そういえば、ここはどこなんだ?」

「ここ? ここは、私の部屋だよ」


 私の部屋? 私の──部屋⁉︎


「なん、だとっ……⁉︎」


 つまり、俺はシャルステナのベットの上で寝ていたというのかっ!


 やばい……何故か途轍もない眠気が襲ってきた。

 あぁ、とっても眠い。凄く眠い。人生で一番眠い。

 コレニハ、トテモサカラエナイ。


「おやすみー」

「何で⁉︎」


 巻き戻し動画のように、再びベットの横になった俺にすかさずツッコむシャルステナ。俺はゆり起こそうとする彼女の前で枕に顔を埋めると、大きく深呼吸。


「スーハー」

「ッ⁉︎ な、何ひてるの、レイ⁉︎」


 その後、ボッと顔を赤くしたシャルステナに、俺は叩き起こされた。



 〜〜〜〜



「……というわけなんだ、ギルク。俺は男として当然の行為に及んだと思うんだが、シャルステナが怒って口を聞いてくれないんだ」


 両頬に真っ赤な手跡を4つほど作り、俺はギルク相談役の下に来ていた。相談内容はシャルステナ氏のベットで枕に顔を埋めて深呼吸したら、口を聞いてくれなくなってしまった事についてだ。


 ギルク相談役は、目を閉じ深く頷くと。


「ふむ、確かにお前は悪くない。しかし──ぶち殺すぞ」


 声がマジだった。


「この忙しい時にわざわざそんな嫌味のような話を聞かせにきたのか! とっとと帰れ! このど阿呆がッ!」

「そんな事言うなって。嫌味を言いに来たんじゃない。優越感に浸りに来たんだ」

「やかましいわっ!」


 どうやらギルク相談役はご機嫌ナナメのようだ。やれやれ、せっかく人が遊びに来てやったというのに……


 俺は、チラリとギルクの手元に視線を送る。


 そこには、よくわからない紙が山積みで、ギルクは俺と会話しながらも、その紙に目を通し、筆をとったり、バラバラに引き裂いたりしている。


「まだ忙しいのか?」

「いや、一時に比べれば随分と楽になった。お前の仲間のお陰で資材の調達や、各地から人材を呼ぶ手間が減ったからな。だが、王の不在が続き、加えて王都がこの有様だ。この事態に乗じて別の問題が浮き上がってきてな」

「へー、どっかの貴族が反乱でも起こしたか?」


 俺は半分以上冗談で、相槌代わりそう言った。しかし──


「なんだ、知っていたのか? 地方の領主の後押しを得て、三番目の兄が王の名乗りをあげたことを」


 ガチだったらしい。


「えっ、マジで言ってんのか? この国はそんな風に身内で争うような国じゃないと思ってたんだが……」


 正直意外だった。内輪揉めがない事がこの国の美徳だと思っていたのだが、身内で権力争いが起きるんだな。


「それは、お前がこの国のいい部分しか見ていないからだろう。どこの国にも、光と闇がある。俺もこの国は好きだが、お前より良くない部分も知っている。たとえば、国の兵力を分散させてしまっているところとかな」

「そうか? 俺はむしろいい事だと思うんだが……だって、王国騎士団に力が集中しているお陰で、今みたいな権力争いが起きないんだから」


 この国の平和を保つ一要因と言っていいだろう。俺は直接関わってはいないが、帝国では貴族が起こした魔人騒動に加えて、それに乗じた反乱があったと聞く。

 確かレーナさんがその鎮圧に動いていたはずだ。

 だから、反乱を起こしにくくするその制度は悪いものではないと俺は思うのだが……ギルクはそうは考えていないらしい。


「確かに、お前の言う通り、いい部分もある。だが、悪い部分もあるのも確かだ。例えば今回のように、王都に住む俺たちの兵力が大きく数を減らした場合、自然と地方の貴族や、領主の力が強まる。だが、王国騎士団を動かす事のできない俺たちには、それに対抗する手段がない」

「……なるほど。って事は、実は今お前結構ピンチなのか?」

「いや、俺はそうでもない。もう俺に王となる意識などないからな」


 そんな風に王位の争いに参加する意思がない事を口にしたギルク。

 王城前の階段で喧嘩をしたのは記憶に新しい。あの時は、どうにもギルクが不自由に見えて余計なお世話を焼いてしまったが、王にならないのならギルクはこれからどうするのだろうか。


「……今更かもしれないが、もしお前が本気で王様になりたいって望むのなら、俺は力を貸すぞ?」

「本当に今更だな。だが、もういい。この数ヶ月で身に染みた。やはり、俺はボンクラ王子だ。兄上とは違い、機転も、決断も、民集を率いる君主としての器も何もかもが足りていない。実際、兄上がおられなければ、俺一人ではこの街を立て直す事は出来なかった」

「それは向こうも同じだろう?」


 余りにも自分を卑下し過ぎているギルクを見て俺は口を挟まずにはいられなかった。俺からすれば、ギルクは立派に役割を果たしているように見えたからだ。


「いや、兄上ならば俺がおらずともやってのけただろうさ。それにな、レイ。俺はこんなクソ忙しい役職に好きでなりたいとは思わない。俺は、ボンクラ王子らしく、好き勝手に生きていくさ」


 だが、実際に経験したギルクがそう言うのだから、こいつの兄は本当に王として有能なのだろう。実際に話してみて俺もいい王様になれそうだと思ったし、周りからの評価もそうだ。

 ここは、ジャニス王子に王様になってもらうのが、一番良い解決法かな。


「そっか。1つ確認だけど、ジャニス王子はこの争いに勝てそうなのか?」

「……さてな。厳しい戦いにはなるだろう。兄上は今、兵を持たないからな。それに、部下の死がかなり堪えているように見える」


 ゲルクさん達の事か……

 結局、何故魔王の思い通りに彼らが動いてしまったのかも、謎のままだ。甘い言葉に簡単に惑わされてしまうような人ではなかったと思うのだが……


「……よし。なら、俺が代わりに反乱を潰してやるよ」

「いいのか? てっきりお前はこういう争いは好かないと思っていたが……」

「まぁ、正直あんまり気乗りしないのは確かだけど、俺の家族が暮らす国だからな。少しでも良くしたいと思うのは、当たり前のことだろう?」


 放置してとんでもない愚王を生むより、自ら動いて国を良くしようという意思のあるジャニス王子になってもらいたい。

 ひとえに母さんやスクルトの暮らすこの国の未来の為だ。その為になら一肌脱ぐのも、悪くない。


「そうか、助かる。早速だが、既に王都へ進軍して来ている兵がある。数はわからないが、お前なら何も問題はないだろう。一応、傭兵として雇った冒険者が数名いるから、必要なら彼らも連れて……」

「いや、俺と仲間達だけで十分だ。ある意味王都の安全を知らしめるいい機会だからな。無闇に人を増やして大事にしたら、余計な噂を立てられそうだ」


 下手を打てば、また人の出入りが逆戻りして、ようやく賑わい出した王都がまた閑散としてしまうかもしれない。少なくとも、内乱が起こりそうな場所に戻ってきたいと思う人間はいないだろう。

 だが、それだけに王都は反乱が起きても安全だとアピールするいい機会でもある。


 数の力とはシンプルで、戦力としてわかりやすい。

 反乱を起こしたやつが誰かは知らないが、質はともかくとして数だけは揃えてきてくれているだろう。それを上手く収められたのなら、王都の守りをアピールする一つの手段になる。


 まぁ、俺はいずれこの地を去る身なので、直接的なアピールにはならないかもしれないが、魔王を倒したことで、名前はそこそこ売れてきた。立ち位置を示すことで牽制にはなるだろう。

 相手が数なら、こちらは質で勝負だ。兵器の質のように個人の実力もモノを言う世界だからこそ出来るやり方だ。

 少数で鎮圧出来れば、新しい王が決まり、街の守りが固まるまでの代わりくらいにはだろう。


「けど、その代わり、シャルと仲直りするのを手伝ってくれよな?」

「それくらいお安い御用だ。ボンクラ王子の手腕を見せてやろう」

「期待出来ねぇな、おい」



 〜〜〜〜



 王都を囲む大小様々な山々。円形の山脈地帯が連なるそこを蛇行するように、平地が続く抜け道を、ゾロゾロと物騒な格好で突き進む集団の姿があった。

 彼らは一様に物々しい顔付きで、隊列を組んで着々と王都イグノアに向かってきたいた。どう見てもあれが、ギルクの言っていた漁夫の利を得ようとする王子とそれに手を貸す遠方の貴族の軍だろう。


「見つけた。あっちだな」

「いや、どこだよ。どこ見ても木しかないんだが?」


 山の中に身を隠し、千里眼と透視で敵影を確認した俺に対し、春樹からツッコミが飛んできた。


「山を二つ超えた先にある曲がりくねった道のあたりにいる」

「山を二つ超えた先って……どんだけ目が良いんだよ。視力8.0ぐらいか?」


 そんな数字は俺も聞いたことはないが、千里眼を使った状態ならもう少しありそうだ。


「春樹はアレだな。惜しいよな。もう少しスキルの熟練度があればS級でも楽々倒せそうなのに」


 春樹はとても要領がいいので、何をやってもすぐにコツを掴む。しかし、昔の俺と似たところがあるのか、器用貧乏になりかけている節がある。最近は、魔術と空間の二極化で俺はそれから脱したと思っているが、春樹もそろそろスキルを絞っていった方がいい頃合いだと俺は思う。

 そんな事をつい零してしまうと、春樹は実におざなりなコメントを返してきた。


「へいへい、アドバイスをどうも、お師匠様。それで、俺たちはどうしたらいいんだ?」


 問われて、俺は付いてきてくれた仲間達を見渡した。

 王国のゴタゴタに頼むまでもなく同行してくれた春樹や結衣。何やら必要以上に事を大きく捉え、一大事だと力を貸してくれているルクセリア。そして、頭の上で爆睡しているハク。

 対する相手は、およそ1000。当初の予想より10倍多い。


「旦那、ここで待ち伏せをするのか?」

「うーん、正直こんなに多いとは思ってなかったからな。ちょっと安受けし過ぎたかな」


 負けるとは思わなかったが、予想の10倍面倒くささを感じていた。

 だから、正直待ち伏せしても、このまま突っ込んでもどちらでもいい気がしたが、どっちが早く片付くかななどと考える。


「ちょっといい?」

「どうした、結衣?」

「私がおかしいのかしら? さっきから大軍にこの人数で挑むと言っている気がするのだけど……」

「? その通りだが? 何か問題が?」


 ひょっとして何か見落としがあるのだろうか?

 一目見たところ、警戒に値する奴も、数も警戒する事は何もないように見えたんだが……


「ええっと、何か策があって言ってるのよね?」

「いや、正面突破だが?」


 何かが噛み合わない。

 結衣は何故か信じられないアホを目にしたかのように戦慄を覚えているし、俺はひたすら首を傾げるだけだ。


 すると、そんな俺たちのすれ違いを見兼ねたのか、春樹がちょいちょいと俺に耳打ちしてきた。


「結衣はな……ビビってるんだよ」

「び、ビビってなどいない!」


 耳打ちの意味があったのか、はなはだ疑問だが、普通の声量で言った春樹に対して、結衣はすかさず否定した。しかし、言われてみれば、大軍相手にビビっているようにしか見えない。

 まぁ、言っちゃあれだが、この中で実力的には圧倒的に劣る結衣が目と鼻の先にいる大軍を脅威に思うのは仕方ないのかもしれないが……この世界での戦争は数より、個だ。それは、今の王都の惨状を見ればわかるだろう。圧倒的な実力差の前に、数の力は余りに脆い。


「まぁ、結衣は山に隠れながら春樹を援護してやってくれたらいいから。ルクセリアと、春樹は好きに暴れてくれ。ほら、お前もそろそろ起きろ、寝坊助」

「ピィ〜?」


 ピィ〜? じゃねぇよ。この寝坊助め。

 俺の頭はお前の生活空間じゃないと、何度言わせる。


「さぁ、晩飯の時間までには終わらせるぞ」



 〜〜〜〜



 第3王子、クルポンク・ライクベルク。

 魔王襲来時、王都の外に出ていたお陰で、被害を避けた王子の一人だ。さらには、駐留していた王国の西にある領主と貴族の後ろ盾を受け、1000に及ぶ騎士を率いて不在の王の座を奪うために王都へ進軍してきた。


「クフフフ、この谷を抜ければ、僕の王位は目の前なんだ」

「ええ、その通りです、殿下。やはり殿下こそが、王になるに相応しい。この巡ってきたチャンスは、天が与えたものでしょう」


 丸々とした体で欲を丸出しにする男は、その地位を利用されている事に気が付いているのだろうか。クルポンクの横に並び立つ、彼を唆した貴族と領主は、クルポンクと違いその欲を隠し、実に下卑な笑みを浮かべている。

 大方その顔の裏で、クルポンクを王にした後の甘い蜜の味を想像でもしているのだろう。


「行け! 進め! そして、ジャニスとギルクを血祭りにあげるんだな!」


 大軍は長々とした入り組んだ谷を抜け、平原へと出た。開けた平地に出た軍は横に広がるように展開し、その後ろで先程の3人が馬に跨っている。


 クルポンクは遠くに見える王都の街をその瞳に映し、口角を上げると豪華絢爛に飾られた剣を抜き放つ。


「抜刀!」


 その合図で、一斉に武器を構えた軍勢。そのまま、王都への進軍を始めようとした瞬間──けたたましい咆哮が轟いた。


 グゥァァァァア!


「な、何だ⁉︎ 何の鳴き声だ⁉︎」


 普段、王子としてふんぞり返っているだけのクルポンクは、聞いたこともないであろう咆哮に身を震わした。

 その動揺が軍に伝わったのか、場は騒然とし始める。竜を彷彿とさせる咆哮に彼らの精神は激しく乱されていた。


 そんな中、クルポンク達の後ろで、彼らの悪魔が囁いた。


「うわっ、似てねぇな、お前。ほんとにギルクと血繋がってんのかよ?」

「⁉︎ だ、誰だ、貴様は! 今のはお前の仕業か⁉︎」


 驚愕の声を上げたクルポンク。その彼らの視線の先には、剥き出しの剣を肩に担いだレイの姿があった。


「ああ、そうだよ。俺の相棒の声さ」


 瞬間、山の木々が大きくなぎ倒されて、どこに隠れていたというのか、巨大な黒竜が姿を現す。黒竜はその大きな顎を震わすと威嚇するように低く唸りを上げ、普段の怠け具合からは想像もできないような鋭い視線を軍勢に落とす。


「こ、黒竜……!」

「竜をテイムするなんて……そんな馬鹿げた話があるか!」

「こ、こんなの聞いてねぇぞ!」

「に、逃げろ! 勝てるわけがねぇ!」


 ハクが飛び出してきた場所から、陣形が崩れ、人が逃げ惑う。早くも立ち向かう気すらないようだ。

 しかし──


「お、お前達、逃げるな! たかが竜一匹に何を恐れているんだな!」


 と、一人状況がわかっていないが、クルポンクは彼らを責め立てるが、彼らの逃げ足は止まらない。

 彼らが真に恐れたのは、未だ成竜とはなっていないハクではない。武闘大会でその名を国全土に轟かせ、あまつさえライクベルク王国の首都を陥落させた魔王を討ち取った英雄の再来。

 その存在が姿を見せた事に、恐れを抱いたのだ。


「ま、魔王殺しだぁぁッ!」

「何で再来の不死鳥が出てくるんだよ!」

「あんな化け物に勝てるわけがねぇ!」


 勝負は戦う前に決したように思えた。

 明らかに後退し始めた騎士達。クルポンク以外に戦う意思のある者は皆無で、勝ち目のない戦いから逃れようと必死だ。横に立つ貴族や領主もまた顔を青くし、体を引いていた。

 だが、それらを一喝する声が、彼らに届いた。


「黙れぇぇぇぇ‼︎ お前達は、僕のしもべだろ! 僕の手となり、足とって、僕が王様になるのを邪魔しようとする輩を八つ裂きにしてれば良いんだな!僕の命令に逆らうなら、お前達も八つ裂きにしてくれるんだな!」


 そんな自分本位な命令に、折れかけていた戦意が立ち直る。それは、クルポンクに浸透しているからでも、彼の言葉を恐れたのではない。


 思い出したのだ。今の状況を。

 今、負けを認めれば、反乱を起こした危険因子としてどのような処分を受けるというのか。

 この戦いに負けは許されないのだ、と。


「何だ、戦うのか」


 背水の陣の軍勢を前にして、レイは至極どうでもよさそうに、彼らの覚悟を見届けると、緋炎を抜き放つ。


 竜印が彫られた世界にただ1つの剣。その剣の威圧感たるや、目の前の竜から目を逸らし、注視してしまうほどである。


「──さぁ、始めようか」


 ニヤリと口角を吊り上げたレイ。それが合図だったかの如く、山の木々から飛び出してきたルクセリアと春樹。二人は、ハクとは別方向から軍勢に突っ込んだ。


「な、何だ、こいつら⁉︎」


 突然現れた二人に騎士達は慌てたが、腐っても騎士。すぐに切り替えて武器を構え、体制を整えるが、春樹の先を行くルクセリアの、己のが体を槍とかした一撃で、吹き飛ばされた。


「この程度か。反乱を企てるのなら、それに相応しい実力を備えている者がいるものかと思っていたが……」


 爆発でも起きたかの如く、軍勢の中に空いた穴に一人立つルクセリアは、己の過去と比較して、精錬度の違いに深くため息を吐いた。


「どうやら私が手伝うまでもなかったようだな」


 そう挑発を口にして、ルクセリアは剣を一振り。それにより、巻き起こった剣圧が、彼のスキルにより加速、膨張し、爆風となって襲いかかった。

 爆風は騎士達を吹き飛ばし、あるいは吹き上げて、まるで嵐の如く戦場を駆け抜けた。


 その後も、ルクセリアは派手な立ち回りで、軍勢の注目を大きく集め、春樹に戦力が集中しないよう立ち回る。

 それは、勇者として飛び抜けた実力を持っていた春樹がまだルクセリアやレイには遠く及ばないからだ。春樹の負担を少しでも減らすため、相手を挑発し、嵐のような立ち回りでルクセリアは戦場を掻き回した。


 一方で、そんな風に気遣われているのは百も承知の春樹は、今できる精一杯を尽くし、騎士を倒していく。


「寝てろ、おっさん!」

「ぐぁぁっ!」


 たが、二人に比べて弱いだけで、S級と渡り合える実力を備えた春樹は、相手からすれば十分な脅威だ。

 結衣からの魔法による援護を受けながら、自らも魔法を唱え、さらには直接相手を攻撃し、騎士の意識を刈り取っていく。


「はぁはぁ、結構きついな」


 そんな風に息切れしながらも、着々と数を減らしている春樹に対して、大きく欠伸をするやる気のない者が一匹。


「囲め! 囲い込んで、死角をつくんだ!」

「後衛、魔法はまだか⁉︎」

「や、やばい……! 誰か助け、ギャァァア!」


 眼前では死に物狂いで、向かってくる騎士で溢れていたが、強固な竜燐はその一切を通さない。剣は折れ、魔法は弾かれ、欠伸混じりの歩行で、大きく陣形が崩れる。

 一度、尻尾を振るえば、その巨大さに見合うパワーで、人を何十人と吹き飛ばす。


 しかし、そんな化け物に対して、騎士達は大きな被害を被りながらも、切り返しの一撃を放つ。

 それは、上級魔法による一斉放火。流石の竜と言えど、これを食らえばダメージは免れない…………はずであった。


 しかし、彼が目の当たりにしたのは、自らが唱えた魔法を喰らう黒竜の姿。


「ば、化け物だ……」


 誰かが言った。その呟きは小さく、爆音に掻き消されたが、魔法を飲み込むという異常な竜を目の前にした兵士達の気持ちは同じであった。


『返すよ?』


 ボールでも投げ返すかの如く軽い口調で、ハクは己の中に吸収した魔法をそのまま解き放つ。

 火、雷、水、氷。

 実に様々な属性が混ざり合った咆哮は、騎士の頭上を駆け抜け、山を吹き飛ばす。


 それが頭上を駆け抜けていく様を見て、ヘナヘナとへたり込む騎士達。

 勝てるはずがない無謀な戦いに心が折れた瞬間であった。


 と、その瞬間、戦場を赤く染める業火が燃え広がった。


「おいおい、折角こいつが起きてきたってのにもう終わりかよ?」


 片手には業火を纏う魔剣を。

 もう一方の手には、ボコボコ丸焦げ王子を引きずるレイの後ろには、黒焦げた領主と貴族の姿。そして、その周りに倒れる100を超える彼らの仲間の姿。

 それだけの数を相手にして擦り傷1つすら見当たらないレイは、残りの騎士達に不気味に笑いかけた。


「うちの魔剣ちゃんが、まだ暴れたりないって血をせがんでくるんだが……誰か向かってくる奴はいないのか? なんなら、俺だけで相手してやるぜ?」


 涼しげに恐ろしいことを口にするレイに騎士達はすくみ上がる。


 魔王を倒した男に。

 竜さえ従える人外の化け物に。

 そして、王子ですから容赦なくボコボコにする恐れのなさに。


 恐怖して、全員が武器を投げた。


 そんな彼らにレイは殺気を霧散させ、剣を収めると、威圧的な雰囲気を一変させて言った。


「はい、これで一件落着。それじゃあ全員王都へ連行しまーす。大人しく付いてくるように」


 こうして、クルポンクの反乱は、再来の不死鳥と呼ばれる少年とその仲間達によって、あっさりと幕を閉じたのだった。


 そして、これより一週間後。

 ジャニス王子が正式に、この国の王となった。

 その式典には、多くの賛同者が集い、また、人望の厚い彼の下へ馳せ参じる多くの騎士がいた。


 そんな徐々に元の形を取り戻しつつある王都を、一歩引きながら見守るレイは、新たな旅の始まりの時に向けて、ゆっくりと動き始めた。



異夢世界を読んでいただきありがとうございます。


明けましておめでとうとございます。


一章の入れ替えに思っていたよりも時間が取られて、更新が遅れていましたが、先日それも終わり、今年初投稿になります。更新を待って下さっていた方申し訳ありません。いつになるかはわかりませんが、第2章の入れ替えの時にはもっとスムーズにいくよう見切り発車はしないように気を付けます。


そんな計画性のないカシスですが、今年も異夢世界共々よろしくお願い致します。

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