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173.選ばれし勇者

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「お世話になりました」

「こちらこそだわ。シャルちゃん。ありがとうね。とても助かったわ。また、いつでもいらっしゃい。それからレイ。あなたは昔からつい油断する癖があるから、くれぐれも気を付けるように」

「む、昔から?」


 俺はそんなに油断が多い男だっただろうかと、思い出して見れば……わんさか出てくる心当たり。

 ふむ…………頷いておこう。


 俺は腰に差した緋炎の柄を撫でで、この剣に見合う男にならないとな、と改めて展望を見据えると、村の門前まで見送りに来てくれた母さんとスクルトに行ってくると手を振ってから、用意された馬車にシャルステナと共に乗った。


 パカパカと銀の装甲を身に付けた馬の蹄が地面を蹴る音を聞きながら、遠ざかっていく村に向けて、窓から顔を出して手を振ると、馬車の中に向き直った。


「まさか、お前と旅をする事になるなんてな」


 隣り合って座る俺とシャルステナの前には、進行方向とは逆向きに腰を下ろすディクと、アリスの姿があった。


「それは、こっちのセリフだよ。君の方が普段この国にはいないんだから」

「それもそうか」


 俺は苦笑いして外の景色を見ながら、今から向かう場所に思いを馳せる。


 俺が今向かっているのは、ライクベルク王国の北東にあるその名も、未開発地域。なんて面白そ……こほん! なんて危険そうな名前なんだ。くれぐれも油断しないように、だな。


 さて、何故俺がそんなドキワクネームの場所へ向かう事になったかというと、ディクからのお願いが全てだ。

 何でもディクは、2年も行方不明になっていらしい。しかも、その原因が迷子と言うのだから、この国は大丈夫なのだろうかと、またも猜疑心が膨らんだが……それは置いておこう。


 話を戻すと、行方不明となっていた間、ディクが生活というか、ギリギリのところで生きていた場所が、その未開発地域らしい。

 ディク曰く、魔物があり得ないぐらい大量発生しており、魔獣までもが理性を失い暴れているらしい。ここ数年、俺がこの国を出た辺りから、その未開発地域より魔物の進行が何度も起こっているそうだ。


 そこだけ聞くと、王都進行の時と何ら変わらない超大事件だが、いち早く危険を察知した騎士団のお陰で何とか持ち堪えているそうだ。

 しかし、それはあくまで現状を維持しているだけに過ぎない。今のところ戦力的には問題にならないレベルだそうだが、本来他国に睨みを利かし続けなければならない騎士団の大半が、そこに長期間釘付けにされていては、後々取り返しのつかない事態に陥る可能性がある。


 言葉を濁さず言うと、帝国に攻め落とされ兼ねないということだ。まぁ、しばらくは勇者の件で向こうも手は出しにくいだろうが、早急な解決が望まれているのは確かだ。

 そんなわけで、白羽の矢が立ったのが、俺というわけだ。


 一応、話は一通り聞いて、これだろうという原因には既に当たりが付いている。というか、邪神の結晶以外にあり得ない。もう何個目だよ、ったく。


 しかし、ここまで立て続けて邪神の結晶が出てくるって事は、まず間違いなく魔王が何か仕出かそうとしていたという証拠だろう。

 大方、帝国と王国を不安定にして、戦争を起こそうとでも考えていたのだろう。新たな邪神を生むために……


 ……これが終わったら、竜神に一度会いに行くか。

 邪神復活にどう対応したらいいかなんて、俺にはわからない。それに、セーラに一度会いに行かないとな。


 そう言えば、精霊神にはあれ以来会っていないが、もう帰ったのだろうか?

 そうふと疑問に感じたので、シャルステナに聞いてみたところ……


「一度、神の塔に帰るって言ってたから、またすぐに戻ってくると思うよ?」

「日帰りみたいな気安さだな」

「うん、実際そうだろうからね」


 確か神の塔は、海を渡って、アフロト大陸よりもさらに向こうにあったと思うのだが……

 力の差が、隔絶とし過ぎていて、唖然とする他ない。

 思えば、今俺の目の前にいるシャルステナだって、その域にいるのだ。転生したせいで体が付いていかないから連発は無理でも、いつでもあの超絶的な力を引き出せると言うのだから、彼氏としての立つ瀬がない。


「……ところで、ディク。未開発地域には、強い魔物が沢山いるんだよな?」

「まぁ、いるね。けど、その殆どが魔獣だよ」


 ディクは少し言葉の端を強めて、案に犠牲は出すなとでも言うようだった。

 だが、この場合犠牲を出さなければ、事件は解決しないのだ。


「いや、それはもう魔物だ。魔獣に戻す事は出来ない」


 思い出してみて欲しい。王都進行の時の事を。

 あの時、俺は邪神の結晶を進行が起こる以前に取り除いていたのだ。にも関わらず、事態は解決に向かわなかった。それは新たにばら撒かれる加護を取り除いたに過ぎなかったからだ。

 つまり、もう手遅れなのだ。結晶を取り除いたところで、魔獣達を元に戻す事は出来ない。


「それこそ、魔王の力でも借りない限りは」


 無論、そんなことが出来るわけがない。帝国の時と同じだ。魔人となった人達を戻す方法がなかったように、魔物となった魔獣を救う術を俺は持たない。


「なら、俺が倒してもいいか?」


 だから、俺に出来ることがあるとすれば彼らをこの手で殺し、間接的に魔王へと復讐する機会を与えてやる事だけだ。良い言い方をすれば、だが。

 隠さず言うのなら、俺は彼らの不幸に付け込んで、利用しようとしているに過ぎないのだから。


「……僕には決められないよ。レイの言う事が本当なら、もう殺す以外に彼らを救う方法はないのかもしれない。けど、その判断は騎士団長が下すべき事だし、絶対にないとは言い切れない」


 確かに俺の知らない手段が残されている可能性はあるだろう。だが、それを探す時間も、アテもないというのは本当の事だ。

 ディクの考えは、甘いと言わざるを得ない。


「……まぁ、お前がそう言うのなら、襲われない限りはこっちから手を出すのは控える事にする。けどな、変な希望は持つな。世界ってのは、結構理不尽に出来てるんだぜ?」

「それは、わかってるつもりさ。けど、助けられるなら助けたい。それが、僕の考えさ」


 ならいいと、俺はこの暗い話題を打ち切った。ディクがしっかりと自分の考えを持って、甘っちょろい事を分かった上で、そう口にしているのだったら何も言うまい。

 いざとなれば、ディクは自分の心を殺し切るだろう。それが出来る男だ。俺のライバルは。


 そう思ったから、俺は自分に依頼された事以上にこの件に首を突っ込む事をやめた。



 〜〜〜〜



 速馬に揺られながら過ごす事およそ一週間。

 ひとまず騎士団長に、と言われ俺が面倒から逃亡を図った事で、現在は既に未開発地域の中。なし崩し的にシャルステナとディクは一緒だ。ディクの保護者は、規則がとか煩いので、途中で置いてきた。たぶん今頃、騎士の詰所でカンカンだ。


「まったく君は……叱られるのは僕なんだからね。あ〜あ、アリス今頃ブチ切れてるだろうなぁ……」

「それは、悪かったよ。けどな、お前んとこの騎士団長は面倒臭いんだ。やれ、騎士にならないか。やれ、給料は弾むぞとか。合わなくて済むんなら、俺としてはめっちゃ助かるんだ」

「代わりに僕が火の粉を被るんだけどね」


 そんな風にディクも若干オコだが、幼馴染のよしみで無償で働いてやってるのだから、許せと言いたい。


「それで、お前が彷徨ってた遺跡はどこなんだ?」

「僕がわかるわけないじゃないか。ただ、迷って辿り着いただけなんだから」

「………………」


 こいつ実は、戦い以外は無能かもしれない。いや、これは無能を通り越して、ただの足手まといか。目を離した隙にどこかとんでもない場所へ行き兼ねない。


「ええっと……どうして僕の手を繋ぐんだい?」

「昔から、すぐどっかに行くから、子供の手を離しちゃいけないって言うだろ?」

「なんだか気恥ずかしいよ」


 ディクはそう言って苦笑いしたが、俺としても男と手を繋ぎたくてこうしてるわけじゃない。ただ、迷子になられるよりかは遥かにマシだから、こうしているだけだ。


「とりあえず、それらしいものを探すか」


 とりあえずその遺跡らしいものを探すかと方針を打ち立てた俺に、二人は小さく頷くが、わざわざ危険な森を歩き回るつもりなどない。もちろん、空間でパパッと見つけましたよ。

 ついでにいつかの断崖山みたいに、わんさか湧いてる魔物も。


「こっちだな」


 俺は先導を切って歩き出す。その後を、手を引かれたディクと、シャルステナが続く。


「にしても、お前こんな場所でよく2年も生きてられたな」

「まぁ、ギリギリだったよ。食べ物は少ないし、飲み物だって雨水に頼っていたからね。何より大変だったのは、怪我を治す事が出来なかった事かな」

「それは、壮絶な経験だったね。助かってよかったよ」


 ふと、空を見上げると、太陽の光を遮る鬱蒼とした緑の葉が目に入る。森か山かは知らないが、薄暗い場所だ。なんだかここにいるだけで気分が滅入ってしまう。

 それはきっと薄暗さから来るものだけではない。


 シャルステナはああいったが、果たしてディクが真に助かったと言えるのだろうか。


 一歩、土を踏み締めればわかる。一目、木々を見ればわかる。一口、寒気を感じる冷たい空気を含めばわかる。


 ここは既に闇に侵されている、と。


「……ディク、ここに来る前と、来た後で何か変わった事はないか?」

「……? 質問の意味がよくわからないんだけど……そうだなぁ……」


 ディクは質問の意図に首を傾げだが、酔狂で聞いているわけじゃない。この土地で、2年という長い月日を過ごしたディクには、必ずそれが蓄積しているはずなのだ。


 ──邪神の加護が。


 俺はそれが心配だった。ディクが魔人化してしまうのではないかと。


 ディクはそんな俺の心配をよそに、ゆったりとした口調で記憶を思い返し、それを口にした。


「強いて言うなら、以前より強くなったかな。それ以外には特に……」

「そうか。ならいい。けど、この辺りには、邪神の加護が満ちてるから、これ以上不用意に体には取り入れない方がいい」

「ッ……! それって……ディクルド君の中に邪神の加護が……って事なの?」


 戦慄を走らせたシャルステナの表情に感化され、ディクの顔にも険しさが浮かぶ。


「ほぼ100パーセントな。だが、過度に加護を取り込まない限りは問題ないはずだ」

「そ、そうなんだ。よかったぁ」


 そう安堵の表情を零すシャルステナに、俺は首を傾げた。


 知らなかったのか? 神なのに?


 けど、それを口に出さず、ディクへ顔を向ける。


「だから、これが終わったら、お前はここから離れた方がいい」

「なるほど……何となくだけど、話の流れはわかったよ。君の言うとおり、僕はここに長居しない方がいいみたいだね」

「そういう事だ」


 俺は一つ頷くと、少し歩くスピードを上げた。



 〜〜〜〜



「ここがそうか」


 俺たちの前には、大きな瓦礫の山があった。一言で言うなら、それはただの廃墟だ。今まで見た遺跡と比較してみても、その損傷具合が酷い事は明らか。

 まぁ、こんな魔物の群生地にあれば、こうなるのも当然かもしれないが、真新しい破壊の跡は見当たらない。あるいは、戦争などでボロボロになった街や国の跡地なのかもしれない。


「ここに、結晶みたいな物があったんだな?」

「うん。なんて言ったらいいか、寒気を覚えるような気配を放っていたよ」


 それはもう、当たりだろう。


「よし、とりあえず中に入ってみるか。……ん? どうした、シャル?」

「あ、うん……何でもない。たぶん気のせいだから」


 シャルステナが遺跡を見て、呆然としていたので、どうかしたのかと気になって聞いてみたが、彼女は小さく頭を振って、何でもないと言う。

 余り深刻そうな顔をしていたわけでもないので、俺は深く聞くような事はせず、遺跡の中へと足を踏み入れた。


 遺跡内部は、外見同様ボロボロでジメジメと暗い陰険な場所であった。一見したところ、シーテラと出会った島の遺跡が一番近いが、それよりもジトッとした空気が、一瞬の気持ち悪さを醸し出す。それは、邪神の加護の気配も相まって、より強く、色濃く脳を焼き付ける。まるで、血溜まりの上を歩いているような気分だ。


 そんな風に思うと、心なしかここで起きた悲惨な殺し合いが幻視できてしまうようだ。


 ……何者かがここへ進入した。

 そこへ、中から出てきた人が応戦したが、壁に叩き付けられて首を落とされた。ゴトッと地面を跳ねた首は、そのまま進入者の足下へ。そして、前の扉に向かって蹴り飛ばされた。

 首は応援に駆け付けた仲間の元へ……


「レイ?」


 透き通る滑らかな声が、鼓膜を突いた。俺は、スッと目を閉じて、幻想の戦いを打ち切ると、顔を横に向けた。


「どうかしたか?」

「ううん、レイが怖い顔してたから」


 怖い顔してたのかな?

 まぁ、笑ってみるような光景でもなかったけど……


「そうか? ちょっと雰囲気に飲まれたのかもな」

「なら、いいんだけど……心配ごとがあるのなら言ってね? レイはいつも一人で抱え込むから」

「そういうシャルは、心配性だな。俺もたまには場の雰囲気に浸りたいんだよ」


 そんな風にシャルステナの追求をちょろまかすと、俺は足を前に進めた。


 もう幻想は見えていない。けど、どうしてか。

 先程のそれに出てきた進入者……あれが、ノルドと同じ顔をしていたように、俺には思えたのだ。



 〜〜〜〜



 遺跡は、地上に出ている部分だけでも6階建てであったが、地下への広がりはそれ以上だった。空間を使うまでもなくわかる邪な気配に連れられて、下へ下へと10階ほど降りたところで、俺達はそれを発見した。


「やっぱりこれが邪神の結晶だったのか」

「ああ、そうだ。これが、この地域に起きた異変の全ての原因。見たところ、地下水を使って、加護をばら撒いてみたいだな」


 手口は断崖山と同じだ。

 俺は魔力を服に込めた魔素から取り出すと、辺りの空間ごと邪神の結晶を収納空間へと放り込んだ。


「これでこれ以上加護が増える心配はないだろう」


 これで、第一段階はクリアか。あとは、どうやってこの地に残った加護を取り払うかだが、そこは俺にしか出来ない事じゃない。既に、方法はディク達に伝えている。


「……そうか。レイ、実は言っておきたい事があるんだけど、……僕はその結晶に触れてしまったんだ」

「ッ……! っ、馬鹿野郎っ……!」


 迂闊にも程があるだろう……!


「何かが僕の中に入ってきた。まるで僕という存在がそれに塗り潰されてしまうような気がした。そして、僕が屈服仕掛けた時、どこからか見た事もない化け物が、生まれてきたんだ」

「化け物?」


 問い返した俺に、ディクは小さく頷いた。


「──影だった。それは、真っ黒な人の形をした影だった。僕は、それが僕の中に入ってきた邪神だったんじゃないかと、考えているんだ」

「そいつは、どうした?」


 ディクは無言で首を振ると、近くの崩れた壁を指差した。瓦礫に残る傷跡はまだ新しく、崩れてからそう時間は経っていないように思える。俺は少し目を細め、シャルステナは逆に目を見開いて、息を飲んだ。


「……影はおよそ生物とは言えない外見だった。だけど、僕はあそこへ叩きつけられて、あの奥へ吹き飛ばされた。そこで、不思議なものに出会ったんだ」

「不思議な……? ねぇ、待って。そこに、何かあったって言うの?」


 シャルステナの問いに、コクリと頷いたディクは付いて来てと言って、瓦礫を踏み越え、その中へと俺たちを先導した。


 そして──


「あれがそう。あの剣の放つ光が、影を払ったんだ」


 手に持った松明の明かりしかない薄暗い地下の奥深くで、昂然と輝く光の剣。まるで、剣が突き刺ささった床の周囲だけが、この地下からくり抜かれて、陽の下にあるようだ。


「ど、どうして、こんな場所に……」


 唖然と見開かれた目から、一筋の雫が零れ落ちた。上気した頬。小さく開かれた唇。

 シャルステナのその表情を俺はかつて見た事がある。あれはそう、もう8年も昔。俺とシャルステナが初めて出会った時に見せた、再会の表情だ。


 ズキンと胸に痛みが走った。足元から虫が這い上がってくるような、虫の悪さを感じながら、俺はシャルステナではなく、光の剣へと顔を向けた。


「──あれは?」


 抑揚のない声。けど、そんな事には気が付かず、シャルステナは涙を拭うと、嬉々とした表情で答えてくれた。


「あの剣は──勇者の剣だよ」


 …………な、何だと⁉︎


 俺は気が付けば走り出していた。剣の下へと。

 何故かと問われれば、無意識だったとしか言いようがない。

 ただ、俺の心には、幼心が沸き立っていた。


「うぉぉぉぉ!」


 雄叫びをあげて、俺はその剣を両手で引っ張り上げた。しかし──


「抜けねぇぇッ!」


 ビクともしなかった。


「い、いきなりどしたの、レイ?」

「いや、勇者の剣といえば、聖剣だろ? 選ばれた勇者的なやつだろう? なら、取り敢えず引き抜かずにはいられないのが、男のサガだ。違うか、ディク?」

「もう、そんなのレイだけだよ」

「まったく────その通りだね、レイ!」

「よし、いけ! ディク! 挑戦権は誰にでも平等に、だ!」


 妙なテンションになった俺と、呆れたような目を俺たちに向けるシャルステナの前で、勇者の剣を両手で握ったディクが、力を込めた。


「はぁぁぁあ!」

「やったれ、ディク! その剣引き抜いて、勇者になっち……まえ……?」


 煽る俺に対し雄叫びを上げ力を込めたディクは、余りの抵抗のなささに勢い余って腕を上に跳ね上げ、そのまま、背中から倒れこんだ


「うわぁっ!」


 ドテンっと尻餅をついたディク。その手には──


「うそだろ……」

「抜けちゃった……」


 ──勇者の剣が握られていた。


 ……………。


「なんで俺じゃないんだぁ──ッ!!!」


 俺は、色々と耐え兼ねて気が付けば吠えていた。


 悔しい! 悔し過ぎる!

 何がだって?

 決まってるだろ。ディクが抜けて、俺が抜けなかったことに対してだ。


「残念だったね、レイ。どうやらこの剣に選ばれたのは、僕みたいだ」


 勝ち誇ったディクの顔。

 どうやら、こいつは俺に喧嘩を売っているらしい。


「よし、ディク表に出ろ。その剣を持つのに相応しいのがどっちか……勝負して決めよう」

「望むところだよ!」

「えっ、何でいきなり喧嘩になってるの⁉︎ 」


 意気揚々と引き返し始めた俺とディク。シャルステナの叫びは虚しく、遺跡内に木霊した。



 〜〜〜〜



「──二人とも準備はいい?」

「もちろんだ」

「僕もいつでもいいよ」


 遺跡を出てすぐの緑の薄い場所で、俺とディクは向かい合っていた。その丁度真ん中に、木の実を手にしたシャルステナの姿があった。


「じゃあ、これが頂点まで上がったら、スタートだよ?」


 二人してコクリとシャルステナの確認に頷いて、グッと息を飲み込んだ。


 俺とディクは共に真剣そのもので、妥協に妥協を重ねたリンゴ切りゲームに、全神経を集中させた。


 ──しかし、単純にやったのでは勝てないだろう。


 シャルステナのリンゴを持つ手が振り子のように、何度か前と後ろをいったりして、真上に放り投げられた。

 ビュンと投げ方に似合わぬ速度で空高く登っていくリンゴ。俺とディクは顔を真上に上げて目を凝らす。


 先に動いたのは、やはりディクであった。コンマミリ1秒の差で、動き出したディクを追って、俺もリンゴに向けて飛び上がる。

 上昇が下降に変わったリンゴを瞬間移動にも劣らぬ速さで移動したディクの剣が捉える。しかし、そう簡単にやらせるものか。


「反射!」


 スカッと、剣は突然跳ね上がったリンゴの真下を通過する。


「もらったぞ、ディク!」


 空中で自由の利かないディクに代わって、今度は俺がリンゴの前に躍り出る。手には緋炎を持ち、真上から切り落とすような形で、狙いを定めた。


「させないよっ! 霊光矢!」


 だが、清光な矢が一本、足を的確に穿ち弾き飛ばし、俺は大きくバランスを崩した。


「にゃろっ! 反発!」


 すかさずの反撃によってバチンと体を激しく弾かれたディク。激しく体を波打たせて、地面へと急降下する。


「くっ、霊光弾!」


 だが、すぐさま特大の青光の球を発射して、応戦してきたディクに、俺はその球を剣で縦に切り払ったが、その余波で斜め下に向けて、弾き飛ばされた。


 ドカンッ! と、殆ど同時に地面へと激突した俺とディク。すぐに飛び起きて、顔を向けた先には、お互いの姿があった。


「この野郎っ!」

「負けるかぁっ!」


 お互いに邪魔な土煙を剣風でなぎ払い、突撃した先で……


 ──リンゴが地面に落ちた。


「はい! 引き分け」

「何ッ⁉︎」

「ええっ⁉︎」


 突然の割り込み and 引き分け宣言。

 俺とディクは揃って、驚愕を止めに入ってきたシャルステナに向けた。


「何でだよ、シャル⁉︎ まだ途中だろ!」

「そうだよ、リンゴが落ちたら終わりなんて聞いてない!」


 と、俺とディクはグシャッとなったリンゴを指して意義を申し立てるが、シャルステナは大きくため息を吐いて、実にまともな事を言う。


「これをどうやって切るの?」

「うぐっ……」

「それは……」


 思わず言葉に詰まる。

 だが、まだ何とか勝負を続けようと足掻く俺たちに、シャルステナは大きな声を出して、それを制した。


「とにかく! 審判権限でこの勝負は引き分け! 魔物の群生地のど真ん中で戦わせないために、この勝負にしたのに、結局戦うんだもん。危なかっしくて、見てられないよ。だから、今日の勝負はこれで終わり。わかった?」


 確かにシャルステナの言うことも一理ある。俺は、彼女の言葉に素直に頷いた。


「わかった。──だがしかし! これじゃあ、勇者の剣をどっちが貰うか決まってない!」

「つまり、次の勝負をするしかない!」

「息ぴったりだね、二人とも。どれだけ勝負したいのよ……」


 シャルステナは半目で呆れ顔だった。


「けど、ダメ。さっきの攻防で、魔物が集まってきてる。ほら、森が騒がしい」

「なるほど、という事は、どっちが多く仕留められるか勝負になるわけか」

「いや、レイ。犠牲は出来るだけ避けたい。どっちが多く気絶させられるかにしよう」

「うん、一応聞いておくね。話聞いてた?」


 的確なツッコミに俺とディクは揃って目を逸らした。

 聞いてましたよ、ちゃんと。……聞いてはね。


「とにかく、レイも万全じゃないんだから、今日はダメ。それに、その剣はもうディクルド君しか使えないよ?」

「僕しか? どうして、僕しか使えないんだい?」

「そりゃお前、聖剣的なやつだからだろ。聖剣に選ばれた本人しかその力は使えない。よくあるテンプレだ」


 俺が抜けず、ディクが剣を軽々抜いた時から、シャルステナに言われるまでもなく、薄々そんな気はしていた。しかし、敢えて言わなかったのは、単純に悔しかったからだ。親父の剣があるし、聖剣なんざ別にいらないが、ディクに劣っているみたいな評価は気に食わない。

 だから、勝負を吹っかけたのだが、どうやらもうそれを口実には出来なさそうだ。


 しかし、シャルステナは勇者の剣と言っていたが、ひょっとしてこの剣は、彼女にとって遺品みたいなものではなかろうか。

 先程の驚きようもそうだし、本当は側に置いて置きたい類のものでは?


「シャル、お前もこの剣の争奪戦に参加するか?」

「ごめん、どうしてそんな話になるのか、全然わからないんだけど…………私は、レイには悪いけど、その剣に選ばれたディクルド君が持っているべきだと思う。それが、あの人の……ううん、"神殺しの勇者"の意思だから」


 そんな風に、ディクを見て言ったシャルステナの顔は慈愛に満ちていた。まるで、その姿に誰かを映すように、柔らかに微笑む彼女を見て、俺はその剣を巡ってディクと勝負する気が失せてしまった。

 それは、ディクも同じだったようで、何か託されたものを見るような目で、剣を見詰めていた。


「レイはその剣を聖剣だって言ったけど、その剣は聖剣なんかじゃないよ。この世界で聖剣と呼ばれる剣は1つだけ。けれど、その剣は邪神戦争の折に遺失してしまっている」

「そうなのか? 俺がライクッドから聞いた話だと、"神殺しの勇者"は聖剣に選ばれたっていう話だったけど……」


 勇者の剣と口にした彼女の真意を計りかねて、俺は首を傾げた。ディクは少し話に置いていかれ気味だ。

 まぁ、余り過去には興味がなさそうな奴だから、仕方ない。


「そうだね、私もそう聞いてる。けど、"神殺しの勇者"が使っていた剣は、それじゃない。それは、"神殺しの勇者"が、作った剣だよ」

「神殺しの勇者が作った?」

「そう、彼が死の間際にこの世界に残した最後の力。聞いた事ない? 勇者の剣の伝説を。もう、誰も知らないのかな?」


 言われて記憶を遡るも、世界各地の伝説や伝承に詳しい俺も、生憎とそんな伝説は聞いた覚えがない。けど、非常に興味がある。


「私も今の今まで、嘘だと思っていたから、知らないのも当然かな。だって、完全に作り話だから、誰も本気にはしてなかった」

「……? 作り話じゃなかったんだろ? 実際に剣はあったんだから」

「うん、これがあるって事は、そういう事なんだろうね」


 小さく頷くシャルステナ。その表情は、曖昧なはっきりしない感情を映し取る。


「勇者の剣の伝説はね……勇者が死ぬ間際に力を残すという話から始まるの。けど、誰もその瞬間を見た人はいない。だから、作り話だと思ってたんだ」


 作り話だと思っていた理由を口にして、思い詰めるような表情を浮かべたシャルステナ。何か彼女には思うところがあるのだろうか?

 ……いや、あって当然か。


「伝説では、勇者の剣は選ばれし者に闇を払う力を与えるって言われてる。だから、ディクルド君、それを今確かめてくれないかな?」

「それは構わないけれど、僕はどうしたら?」


 そんな風に、剣の力を扱えるディクにお願いするシャルステナ。俺は、その側でふと思い出していた。

 もしかしたらこれが……この剣が墓守の遺跡に入る正当な鍵であったのではないかと。


「闇は、たぶんそのままの意味じゃなくて、隠語だと思う。確かに闇魔法を無効化する剣も凄いけど、"神殺しの勇者"が残した力にしては、弱すぎる。だから、闇の本当の意味は、邪神の加護を指していると思うの」


 確かにシャルステナの考えには同意だ。邪神と戦った勇者ならば……いや、実際に倒した勇者ならば、邪神の加護の正体を知っていて、それを払う力を持っていたとしても不思議ではない。

 俺もそんな力があるのなら、この目で見てみたくなった。


「……だとしたらおあつらえ向きな状況だ。後方から1体、デカイのが後10秒で飛び出して来るぞ」

「ギリギリになって言うんだね。じゃあ、頼めるかな、ディクルド君?」

「うん、任されたよ。シャルステナさんの言う通りなら、彼らを救う事が出来るかもしれないしね」


 と、俺たちが揃って振り返った先で、木の枝が激しく揺れ動いた。そして、太い幹をなぎ倒しながら表れた巨人。赤く充血した理性のない目は、それが魔獣でなく、魔物である事を明確に示している。


「はぁっ!」


 白銀の一閃。

 それは、獲物を見つけ雄叫びを上げようとした刹那の隙に放たれた。致命傷を与えないようにと気を回したのか、一撃でその首を狩り斬る事も出来たであろうディクは、足先を僅かに斬りつけただけだった。そのせいか、斬られたはずの足からは血の一滴さえ、吹き出してはいなかった。


 ──しかし、その効果は絶大であった。


 魔物を殺した時に出る黒い靄と同じものが、巨人の体から這い出たのだ。それは、本当に刹那のような出来事であったが、激しく体を震わせて、いや、体の骨格、組織までもがグニャグニャに歪み、巨人はその場に倒れた。


「小さくなった……のか?」

「そう……なのかな? 元々が大きいせいかよくわからなかったけど……」


 出現時と今を比べて、僅かに体が縮んだような気がしなくもないが、ディクの言う通り元が大きいせいか違いは大きくない。


「でも、今の靄は間違いようがないね。やっぱり伝説は・・じゃなかった」


 真剣な表情を浮かべるシャルステナの声は、若干の震えがあった。

 心なしか、倒れた巨人を見る目も細かに揺れていた。



 〜〜〜〜



 時刻はもう夕刻時。

 未開発地域での仕事を終わらせた俺たちは、そこを出て、森と草原の分かれ目。遠くに騎士団の陣地が望めるそんな場所で、別れを切り出していた。


「邪神の加護を払う剣か。羨ましいぞ、この野郎」

「ははっ、そんな立派な剣を持ってる癖によく言うよ。……けど、有難いよ。この剣があれば、魔物になってしまった魔獣達を救う事が出来る」


 ディクは晴れやかな顔で剣を眺めて、それから強く握り締めた。


「そうか。まぁ、頑張れよ、騎士様」

「そっちこそ、頑張ってよ。本当なら、僕も君に手を貸したいところなんだけど……」

「いらねぇよ。あいつは、この手で斬る」

「だと思ったよ」


 俺とディクは、別々の道を行く。これまでも、これからも。

 けど、いつかまたこんな風に道は交差する事になるだろう。その時まで、またしばしの別れだ。


「じゃあな、ディク」

「うん。君の敵討ちが叶う事を、影ながら祈ってるよ」


 コツンと剣と盾のペンダントを握った拳を合わせて、俺とシャルステナは王都に向けて、歩き始めた。


 短い旅路だ。すぐにでも、王都に帰り着くだろう。

 そしたら、また復興の忙しい日々が始まる。それが、終わったら、また旅に出よう。


 今のところ、旅の目的は2つ。死の都への行き方と、魔王を殺す事。だけど、もっとあってもいい。

 あてのない旅をするよりは、目的地がある方がいい。

 それに、旅をするのは俺だけじゃないんだから。


「シャル、何か気が付いたのか?」

「……わからない、まだ。でも……もしかしたら私は──何も知らないのかもしれない」

「……そっか」


 何に気が付いたのか、シャルステナは具体的には話してはくれなかった。けれど、俺は旅の目的の一つに、それを加えた。

 そうする事で、ノルドのことを隠している事への免罪符にでも、俺はしたかったのかもしれない。


 ……いつか、話さないと……いけない事だよな、やっぱり。


 そう、思っていても、俺はまだその勇気を持てそうになかった。



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