172.母の試練
翌朝目を覚ますと、既に日が昇ってからかなりの時間が経っていた。だが、まだ眠気が襲ってくる。
おそらくここ最近、心配ごとが多すぎて、毎晩のように寝る前に考えてしまうのが、良くないのだろう。寝付きが悪く、近頃やや睡眠不足気味だ。
今日の予定は、特にない。有志で行っている復興の仕事も、今では休みを入れられるほどに落ち着き、今日はその休息日。眠る時間はあるだろう。
また心配性のシャルステナにキツく言われてしまう前に、休める時にしっかり休んでおこう、と俺はもう一眠りするために布団の中に取って返した。
その時、タイミング悪くもドタドタと階段を蹴り登り、大きな音を立ててこちらに近付いて来る足音が聞こえた。
いったい何だと俺が顔を上げたところで、部屋の扉が吹き飛ぶのではないかという勢いで、開け放たれる。
「レイ! 大変だ!」
騒然とした様子でノックも何もなしに部屋へと飛び込んで来たのは、救援物資の調達に向かっていたディクだった。
もう帰ってきたのか、と俺は少し驚かされながらも、相当に慌てた様子のディクへと聞き返した。
「何をそんなに慌ててるんだ? 魔王でも来たか?」
「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないよ、レイ!ミュラおばさんがいないんだ!」
えっ……?
母さんが……いない……?
「っ……どういうことだよ、ディク!」
俺は予想もしなかった母さん失踪の報告に、布団から飛び出して、ディクに詰め寄った。思わず胸倉を掴みそうになったのを理性で抑えてはいたものの、怒鳴り声までは抑えが効かなかった。
「どうもこうも……ジャニス王子の命令をやり遂げて、レイに会いに来たら君はまだ寝てるって言うから、ミュラおばさんの様子を見に行ったら、部屋に居なかったんだよ」
「部屋にいなかった……?」
普段ならそれが何だと切り捨てただろう。だが、今は違う。
親父の死に塞ぎ込んでしまった母さんが部屋から出てこなくなってから久しい。俺はどうにか母さんを励まして部屋から連れ出そうとしたが、それはこんな形じゃない。
いったいいつの間に……いや、そんな事は分かりきっている。俺が、寝ている間にだ。
くそっ!
母さんに限ってそんな事はないと、油断していた。
「俺は、村の外を探す! ディクはこの事を村の全員にこの事を伝えてくれ。その後の事は任せる」
「わ、わかった」
俺は、脳裏を掠めた最悪の光景に、いてもたってもいられなくなり、家を飛び出した。
空間のスキルを全開にして、村全土を見渡す。だが、最近王都からの避難民や、独特な造りの建物に惹かれて移り住んできた人が多過ぎて、全てを把握する事は不可能だった。
だが、村の中にいるのならまだいい。ディクや村の人達総出で探せばすぐに見つかるだろう。
だが、俺たちに何も言わず忽然と姿を消した母さんが、そんなすぐに見つかる場所にいるとは思えない。
だとしたら、やはり村の外。
でも、今の母さんが一人で、どこに向かったというのか?
ガバルディはない。あったとしても、人目がある以上滅多な事にはならないだろう。
最悪なのは、人目がない場所。そして、半日で行ける範囲でとなると、俺は一つしか母さんが向かう場所は思い付かなかった。
「頼むから……早まらないでくれよ、母さん」
俺は昨日、母さんに親父の墓を作った事を教えてしまった事を本気で後悔しながら、祈るような気持ちで加速した。
たった一歩。山の傾斜に激突するように着地した俺は、空間スキルを湖へと伸ばす。
「いた……ッ!」
こちらへ向かって下山する人の形を捉えると共に、俺は心の底から安堵した。
母さんだ、間違いない。
そう、思いはしたものの、その姿を見ない事には落ち着いてもいられず、俺はすぐさまそこへ向かって駆け出した。
それから、時間にして数分。
「母さん!」
俺は斜面を下る母さんの姿を見つけた。
「あら、レイ。今から、復興のお仕事?」
「いや、そうじゃないけど……」
この目で生きている母さんの姿を見て、全身で安堵したのも束の間、俺はふと言葉を止めて、母さんが手に持つ剣へと視線を向けた。
それは、親父の墓の前に俺が突き刺した親父の剣だった。それを母さんが持っているという事は、母さんは墓参りに行っていたということだろう。
だけど、どうしてその剣を持ち帰ってきたのか……やはり、形見としてだろうか?
「母さん、その剣は……」
「緋炎のことかしら? あの人の剣をどうして持って帰ってきたのか、聞きたいの?」
「あ、うん、まぁ……母さんが形見として近くに置いて置きたいのなら、俺には何も文句はないんだけど……」
どうも、そんな雰囲気ではない。昨日までの、暗い雰囲気はどこへやら。
母さんから感じるそれは、ビリビリとした気迫だ。そう、まるで今から一戦交えようかとでも言うような……
「そうね。そういう気持ちがないわけじゃないわ。けれど、この剣には、私の側よりもっと相応しい場所がある」
そう言って、母さんは剣を持ち上げた。
「えっ……」
緋炎の切先が向けられたのは、信じられない事に俺の顔。俺は一瞬、放心した。
「構えなさい、レイ。私に一撃でも入れられたのなら、この剣はあなたのものよ」
「一撃……?」
一撃って、攻撃しろって事か……?
俺に? 母さんを?
そんな馬鹿な──
「早く構えなさい」
いきなりの展開すぎて、状況が飲み込めない。だが、母さんの雰囲気と言葉は、これ以上ないほどに噛み合っている。
「ちょ、ちょっと待って! 母さん、本気?」
「ええ、もちろんよ。ただし、もし一撃も入れられなかったら……あなたの旅はここでお終いよ。これから先冒険者として生きる事も、許さないわ」
「ッ……!」
俺は驚愕を禁じ得なかった。
一度でも母さんが、自分に剣を向ける光景を想像した事があっただろうか。
冒険者になりたいと言った時応援してくれた母さんが、その道を阻む事になるなんて想像できただろうか。
否だ。
だけど……
「理由は……聞くまでもないね」
俺が弱いからだ。
ディクのように親父さえ上回る身体能力を有しているわけでもなく、シャルステナのように超絶技を持っているわけでもない。
唯一の取り柄と言ってもいい魔力も、今や垂れ流し状態。
こんな体たらくでは、母さんが俺を止めようとするのも致し方ない。だって、そこには死という結果しか見えないのだから。
「──わかった」
ならばこそ、俺は示さなければならない。
母さんが安心できるように、俺の実力に疑問を持たないように、そして、何より俺自身が途中で折れないために。
これはそのための試練だ。
俺は収納空間から、魔素が大量注入された剣を取り出した。そして、それを右手で軽く握ると一つ頷いた。
──戦闘開始だ。
「エレメント」
母さんが左手を前に突き出すと、その手の周りに4色の光の玉が出現し、クルクルと手の周りを回り始めた。
赤、青、緑、黄色の玉は、それ自体が何かの魔法である事は疑いようがないが、直接的な攻撃魔法には見えない。
ならば、防御魔法か?
俺はふと足元にあった石ころを蹴り上げて、左手で軽く打った。狙いはもちろんその魔法の性能。しかし、母さん目掛けて一直線に飛び抜けた石ころは──緋炎の火によって蒸発した。
思わず顔が引き攣る。今の火炎は、緋炎がどちら側にいるのかの意思表示に他ならない。親父の剣もまた、俺を不甲斐ないと試しているのだ。
「確かに一撃入れないさいと言ったけれど、石ころでは無意味もいいところよ」
と、母さんは緋炎を横薙ぎに振るう。それは、とても不格好で慣れていない事がモロ分かりの剣筋であったが、そこから生まれる火は未熟を補って余りある。いわばお手軽な火魔法だ。
即座に飛び上がり回避した俺は、回避が狭まる地上戦不利と判断し、竜化して空中戦へと切り替えた。だが、それではまだ母さんの攻撃から逃れるにはまるで足りていなかった。
手から背中に移りクルクルと舞っていた玉の一つが、鋭い輝き放つ。それは、緑の光体だった。
「っ……!」
地面から突き上げるような激しい風圧。咄嗟に翼で抵抗を測るも、俺は激しい風の奔流に飲み込まれ、体の制御を失った。
そして、それに続いて赤の球が輝きを増した。
木の葉のように風に乗せられ、火の弾丸が舞う。既に自由な飛行を殺されていた俺は、時間も置かずその弾丸と衝突した。
「っぁあ……!」
だが、寸前で体を捻り、俺は火の弾丸を斬り裂いた。気合いが呼気と共に漏れたが、安堵する間もなく次の弾丸が向かってくる。
再びタイミングを合わせて剣を振り抜こうとした、その時。
俺の耳に、雷鳴が届いた。
「ぐぁぁぁあッ!」
音と共に訪れたのは、全身を貫く稲妻。そこへ殺到する風の煽りを受け加速した火の弾丸。俺は逃げ場もなく、四方八方から追撃の嵐に晒された。
バキバキと、竜燐が割れる音が聞こえ、雷と火の熱が体を焼き、翼に穴が空いて重力に従い俺は落下した。
そうして、地面へと落とされた俺を待っていたのは、残りの玉の猛威だった。轟音を立てて盛り上がった土壁が、まるでドーナツのように、俺を囲い込み、そこへ空から水弾の連射が始まった。
「くッ……!」
息をする間もない連続攻撃に苦しくなった俺は、歯を食いしばり、転がりながら狭い中で水弾を躱す。
これが、本気の母さんの実力か……!
昔、S級冒険者だったとは聞いていたが、こんなのその枠に収まりきるレベルじゃない。
後衛職だから、こちらが優位なんてとんでもない。近付く事すら出来なければ、そんな優位簡単に覆る。
今、不利なのは──俺だ。
それに気が付いた時には、母さんは次の一手を打ち終わっていた。
「雷轟」
空が雷光に塗り潰された。何十という雷線が放射状に弾け、土壁に囲まれた穴の中にも落ちる。
それこそが、この土壁と水弾の狙いだったのだろう。気付いた時には既に遅い。確かめるまでもなく、俺は導線に絡め取られていた。
この場合導線とは、穴の中に薄く伸びた水溜まり。だが、俺が反射的に飛び出すのと、照準と引き換えに魔力操作で出せる速度の限界を超越し、本来の雷速に迫る速度で迫る稲妻の、どちらが速いかなど比べるまでもない。
本日二度目の雷が俺を撃ち抜いた。
視界が暗転する。莫大な熱量が水と空気を暴発させ、土の壁ごと俺を撃ち崩した。
ともすれば死に至る電流が体を伝い、地面に逃れるまでは僅か1秒にも満たぬ刹那の出来事。しかし、その刹那の間に、俺は何度となく意識を飛ばしかけ、そして体に走る痛みで叩き起こされた。
バチバチと黒焦げだ地面が帯電している。俺もまたその一部であり、膝から下が完全に地面へと逃げる電気の導線として機能している。
「終わりかしら?」
倒れ伏す俺を見下ろす立場の母さんは、目を閉じていた。それは目も向けられないほどに、魔力のない俺の実力が無様だったからか、それとも別の理由があるのか。
どちらにせよ、ここで負けるわけにはいかない。
「……いいや、まだこれからだよ」
そう言って、魔装なしで魔法の直撃を受けた俺はヨロヨロと立ち上がり、僅かに口角を上げた。
すると、母さんは少しだけ目を見開く。
「そう……思ったよりも頑丈なのね」
言葉と刹那の間を置いて、黄色の球が眩い光を上げ、母さんと俺の間に土壁が盛り上がった。再び、四方八方を囲われた俺がふと空を見上げると、そこにはまた水の弾丸が生成されつつあった。
やはり、当たりか。
なら、次は……
俺は、蓄積して置いた魔素を僅かに取り出すと、瞬時にそれを右足に全て回す。その隙にも、初弾が空から落とされたが、部分的に広げた魔装と体当たりでその全てを正面から打ち崩す。
俺は自らその水の弾丸に飛び込んで、遥か上空にまで飛び上がった。
そこで、下を見下ろせば、何かを口ずさむ母さんの顔がこちらへと向けられていて、その背後で黄色、青に続き緑の球が輝きを増していく。
そして、吹き上がる突風。俺はその中でも決して母さんから目を離さなかった。
次いで、最後の球が輝きを増し、赤の閃光を放つと同時、火の弾丸が乱気流の中に生成される。俺は先程と同じ状況に追い込まれながらも、下を見て笑っていた。
「さぁ、どっちだ?」
俺は決して聞こえはしないだろう問い掛けを投げて、瞬間移動を発動。移動した先は、気流が乱れていない落ち着いた空。そして、母さんの視界に入る位置に移動して、その時を待った。
「──雷炎」
一瞬にして火に包まれた視界。その炎を滑る雷が、バチバチと音を鳴らした瞬間──玉の輝きが消えた。
……やっぱり親子なんだな。
そう、どこか嬉しいような気持ちが沸き立つ中、俺は魔法を唱えた。
「風爆」
俺自身も巻き込んで弾けた空気。豪風が周囲に吹き抜け、雷炎ごと木々を薙ぎ倒す。だが、それも束の間、今度は真上に吹き上げる風が、俺の体を煽り、火の弾丸の嵐が舞う。
俺はその中で、体が地面に対し逆さになった刹那──瞬動で真っ逆さまに落下した。
粉塵が舞う。と、同時にその粉塵を囲い込むように突き立つ土壁。その土壁に俺は即座に接近して、拳を突き立てた。魔力収縮により得た剛腕が、厚さ何メートルという壁を粉砕する。その瓦礫の向こうに見えた4色の光る玉を携えた母さんと、まるで獲物を待ち受けているかのように紅く煌めく剣。
「もらった!」
俺は壁の穴から飛び散る瓦礫よりも速く飛び出して、母さんへと肉薄した。
母さんの手が動く。しかし、そのスピードは今の俺からすれば鈍い。だが、その剣の放つ残光はこれ以上ないほどに鋭い。
──ゾクッ!
一瞬。
ほんの一瞬、俺は竜の顎に飛び込もうとしているかのような錯覚を受けた。背中に嫌な汗が伝い、目の前で灼熱が溢れる。
ゴォォォォァ!
それはもう、火というには生易しすぎる。ありとあらゆる物を溶かす業火はもはや、溶岩が噴き出しているのと何ら変わらない。
目の前で、しかもその火口を俺に向けた火山が噴火したようなものだ。
避けられるはずがない。なら……
「斬り伏せるだけだ!」
たかが火炎。たかが業火。
親父が命と引き換えに生み出したあの灼熱の炎に勝る筈もない。
鼓動を聞け。今、手に持つ剣のじゃない。
緋炎の鼓動を──斬れ!
「はぁぁぁっ……!」
真っ赤な焔の向こうに、脈々と繋がれる鼓動。
ドクンドクンと確かに聞こえるその音に導かれ、剣は火炎の中へと消える。柄を通じて熱気が掌を焼く。けれど、火傷の痛みと共に伝わってくる確かな感触。斬り開かれた火炎が、俺の体を避けて後ろに流れる。
そして、炎の隙間を抜けた先で、母さんは上体を仰け反らして、右手を空に投げ放っていた。その手には、未だ緋炎が握られているが、完全にバランスを崩している。
だが──
「──悪くはないわ」
母さんを戦慄させるには至らない。何故なら、その後ろではすでに、追撃を放とうとする俺への対処が完了していたからだ。
4種の球が、同時に激しい閃光を放っている。その前にいる母さんはまるで後光を纏っているかのように見えた。
その後光から生まれたのは、4属性を網羅した至高の閃光。地水火風の属性が、それぞれ別々に、けれど一つの閃光として混ざり合い、捻れるようにして俺の腹を穿った。
「がはっ……!」
胃の中が蒸せ返るような鈍痛が響く。だけど、怯みはしない。
何故なら、これは予定調和に過ぎないのだから。
ここが勝負どころだッ……!
そう気合を迸らせ、その閃光に相対して一歩前へ。
右手の剣を全力で振り上げる。緋炎の腹へと。
キィン! と甲高い音が弾けると共に、俺は閃光と共に吹き飛ばされた。
腹が捩じ切れるような苦痛と、背中を激しく木の幹に打ち付けられる痛み。大地から突き出す巨木へと体がねじ込まれ、不恰好ながら、勢いが止まる。
と、同時に母さんの纏う後光が陰りを見せて……
──コツン。
それは、戦闘終了を知らせる鐘の音だ。とても小さく、ともすれば掻き消えてしまいそうな頼りない鐘の音。
けど、それを俺が聞き逃したりはしない。ましてや、その音源である母さんが聞き逃すことはあり得ない。
「──俺の勝ちだ、母さん」
俺は、口に血を滲ませながら、木の幹に埋もれたまま笑う。
「……してやられたわ」
母さんはそう言って、腰を折った。
そして、勝負を決した石ころを拾い上げると、それを手の上に乗せた。
「あなたの狙いは、初めから私にこの石を当てる事だったのね」
「そうだよ。幾ら俺でも、親を殴ったり、斬ったりするのはちょっとね」
俺は微笑を零しながら、答えた。そんな俺に対し、母さんは肩を竦めながら息を吐くと、魔法を解除する。
「無茶するわ。最後の一瞬、いえ、その前から直接私を狙えば簡単に勝てたでしょうに」
母さんは少しこの結果が不満であったのか、そんな事を言ったが、俺としては思った以上にいい経験となった。
「ははっ、かもね。けど、それじゃあ、勿体無い。前から一度母さんが本気になったらどうなるのかには興味があったんだ。エレメントだっけ? さっきの魔法。あんな魔法の使い方が出来るなんて知らなかった」
魔法は、イメージによってなるものだ。だから、俺はいつもその効果を意識して魔法を使う。例えば、水竜はとにかく速い流れを意識して、その分形は魔力操作に頼る部分も多い。
だから、イメージにアルゴリズムを取り込むなんて事は考えた事もなかった。
「エレメントの魔法は、つまりところ自動攻撃魔法だよね? 地上と空に二分して、相手を捉えるのが、黄色と緑の球の役割。捉えた相手を攻撃して、逃がさないのが、青と赤の球の役割。そして、母さんの唱える雷系の魔法が、魔法解除の合図だ」
これに気が付けたのは、母さんが目を閉じて話しかけてきてくれたお陰だ。それで、視界を軸とした自動攻撃魔法ではないのかと推測が出来た。
あとは、その内容だが、これにいち早く気が付けたのはスクルトと戦ったからだろうか。相手を捉えてから攻撃に移る魔法の使い方に、既視感を覚えたのだ。
だからこそ、その手の内がより鮮明に見えたのだ。
母さんなら、どうアルゴリズムを組み立てるか。推測を一つずつ実証して、パターンを見切る。
ここまで来ればあとは簡単。エレメントの魔法を無駄打ちさせて、リセットされる前に、自動防御する緋炎を母さんから離せば、何にも邪魔されず石ころを当てられるというわけだ。
しかし、その時に問題となったのが、接近した時に、エレメントがどう動くかだ。まさか、自分ごと相手を巻き込むような魔法を発動させる筈もない。
ならどうするか。俺ならば、相手と距離を置くために弾きかえすようなアルゴリズムを作る。
そう、考えたからこそ、俺はわざわざ巨木を背に母さんへと突っ込んだのだ。最悪避けきれなかった時でも、攻撃が終わる前に石を落とせるように。
そして、その企みは成功し、ついでに自動での追撃も、木の幹に埋もれた事で空か地面というアルゴリズムを満たさないから攻撃が来なかった。まぁ、さすがにここまでは確信は持てなかったが、結果オーライというやつだ。
「……ふふっ、よく見抜けたわね。エレメントは冒険者時代、私の必殺技だったのよ?」
「よく言うよ。手加減してた癖に」
あれだけの数、母さんの魔法を真面に受けて、俺は重症を一つとして負っていない。それこそ、手加減してくれた何よりの証拠であり、俺を試すと言いながらも、本気にはなれなかった母の愛だ。
「それじゃあ、約束通り、この剣はあなたが持って行きなさない」
「……うん」
俺は、差し出された緋炎を手に、ふと母さんの顔を見上げた。
「あなたが何をしようと、私は止めないわ。それが、あの人の意思だったから。けれど、必ず、生きて帰ってきなさい」
「……わかってる。もう失うのも、失わせるのも御免だ。けど、そのために歩みを止めたりしない。全部上手くやる。全部丸く収めてやる。そのために、こいつが必要だって言うのなら……」
俺は緋炎を空に掲げ、日に晒す。
「俺がこいつを貰うよ」
……不思議な感覚だ。
他の剣にはない息吹を、この剣からは確かに感じる。荒々しい吐息を常に身で受けているような感覚だ。
そして、その感覚が教えてくれるのだ。この剣の使い方を。
「俺はここで誓う。いつか必ず親父を超える男になると」
眠りの息吹を空に舞い上げて。
緋炎は竜の紋様を陰らせる。
けれど、空に昇った火の柱はどこまでも。
その空の上にまで届いたと、俺は信じて──




