18.ハクの成長と出産
「はあ?」
朝のシエラ村にそんな声が木霊した。
その声を発したのは俺だ。
朝の稽古中、唐突に変な宣言をされたのだ。ハクに。
ハク曰く、ビッグになる、だそうだ。
「なんだよ、ビッグって」
「ピィイ!」
「知ってるよ、言葉の意味は」
「ピィピィ、ピィイ!」
「ああ、なるほど、そういう意味か。でも、なんで急に?」
「ピィピィ…」
「それに今まで気が付かなかったお前にビックリだ」
「ピィイ、ピィピィ!」
「わかったわかった。手伝ってやるよ」
「ピィイ!」
通訳しよう。
俺がビッグってなんだと聞いたら、言葉の意味を説明された。それは知ってると答えると、説明を付け足された。体を大きくしたいのだそうだ。
何故そんなことを言い出したかと言うと、もうすぐ生まれてくる俺の弟か妹より小さいのは、兄としてどうなのだろうということだった。
ハクが兄かどうかはさておき、ハクが大きくなるのは俺にとっても喜ばしいことなので、協力してやることにした。
「でも、お前どうやったらデカくなるんだよ?飯食っても、なかなかデカくならないじゃないか」
「ピィイ?」(教えて?)
首を傾げて聞いてくるハクは可愛いが、俺は知らないから教えてやれない。
「いや、なんで俺ならなんでも知ってるって思ってんだよ」
「ピィイ⁉︎」(知らない⁉︎)
「お前いったい俺をなんだと思ってんだ」
眼を見開いて驚くハクに俺は突っ込んだ。
俺は何でも知ってるような学者さんとかじゃないんだぞ。どこにでもいる7歳児だ。
「親父たちなら知ってるかな?聞いてみるか」
親父にはあまり期待してないが、母さんなら知ってそうだ。
〜〜〜〜〜〜
「ハクが大きくなる方法?」
母さんが俺の言葉をリピート。
「うん。ハクが大きくなりたいんだって」
俺はそんなことを聞いた理由を述べる。
「うーん、あんまり大きくなっちゃったら家に入れなくなるわよ?」
「ピィイ!」(それは嫌!)
「まぁ、そこまでデカくはならないと思うよ」
約5年で掌にチョコンから、掌にぎっしり程度しか成長してないのだ。そんなにデカくなるわけない。
「ピィ……」(ふぅ……)
「まぁそうね。……確か昔聞いたことがあるわ。知り合いのテイマーの子が言ってたんだけど、魔獣はレベルが上がると体も大きくなるって」
さすが母さん。いろいろと知ってる。
レベルか……
魔物狩るのが手っ取り早いな。
「へぇ、そうなんだ。ハクのレベルってどうやったらわかるの?」
「ごめんね。それは知らないわ。けど、スキルにレベルを見たりするものがあるって聞いたことがあるわ。それかもしれないわね」
それは鑑定ですか⁉︎
重大事項がさらっと話され、俺は思わず声を上げそうになった。
やっぱりあるんだな。一生懸命、眼を成長させるとしよう。
〜〜
「では、第一回ハク大きくなれるかな?特訓を始める」
「ピィイ!」(おお!)
今いる場所は訓練所。ここでハクの特訓を行うのだ。
本当は魔物とでも戦わせるのが一番なのだが、ハクはまともな攻撃手段を持っていないので、そんなことできるはずもない。
まずはゴブリンを倒せるレベルまで特訓だ。
「よし、まずは魔力操作を覚えるぞ。やり方は……散々今まで見てきたからわかるだろ?」
「ピィ!」(もちろん!)
ハクは頷くと眼を閉じて集中し始めた。俺は魔力感知を使ってそれを見守った。
結果から言うと、ハクは普通に魔力を操作した。ゴルドの時みたいにほんの少しの量ではなく、ある程度の量を操作した。
こいつ魔力操作持ってんじゃないのか?という疑問が湧き上がったが、確かめる術がないので次の項目に移ることにした。
「よし、魔力操作は完璧だ」
「ピィ」(フッ)
ドヤ顔をしてくるハク。ドヤ顔する程のことではないのだが、その様子が可愛かったので何も言わずにいてあげた。
「よし、次は地上で激しく動いてみろ」
「ピィイ!」(了解であります!)
ピシッとハクなりの敬礼をしてから、ハクは無茶苦茶な動きを始めた。
その動きは犬が一人で遊んでいるようだった。見ているととても和む。
「それぐらいでいいだろう。次は空中で同じことをしてみろ」
「ピィ!」(ハッ!)
敬礼してから空を自由自在に飛ぶハク。
急旋回してからの一回転など、すでにエアロアクロバティックスキルを持ってるいるかの動きだ。
ハクは小さい頃から空を飛んでいたから、持っていたのかもしれないな。
確認する術がないと不便だなこれは。
「オッケーだハク。次は、そうだなぁ……」
それからも俺とハクの特訓は続いた。夕方までずっとハクのスキルを増やし続けた。
今日見た感じではたぶんハクのスキル構成はこうなっている。
名前:ハク
種族:竜(幼竜)
年齢:4歳
レベル:⁇?
生命力:⁇?
筋力:⁇?
体力:⁇?
敏捷:⁇?
耐久:⁇?
器用:⁇?
知力:⁇?
魔力:⁇?
通常スキル
「観察」レベル1?
「魔力操作」レベル⁇?
「魔力感知」レベル1?
「身体制御」レベル1?
「身体強化」レベル1?
「空中制御」レベル???
「忍び足」レベル1?
「空間」レベル1?
希少スキル
「エアロアクロバティック」レベル???
魔法スキル
「火魔法」レベル1?
「水魔法」レベル1?
「風魔法」レベル1?
「土魔法」レベル1?
「治癒魔法」レベル1?
武器スキル
固有スキル
所属不明スキル
「火を吹く?」レベル⁇?
称号:「怒れる魔女の忠犬?」
やたらと疑問符が多くなってしまったが、確かめる術がないので勘弁してほしい。
レベル1?となっているのは、おそらく今日覚えたスキルだ。元から持っていたっぽいスキルはレベル⁇?にしてある。
他にも何か持っているかも知れないが、わからないのでここでは省くことにする。
俺の持っているスキル中心に今日は教えた。ちゃんと戦闘用のスキルしか教えていない。趣味スキルは自分で覚えてほしい。
驚いたのはハクが魔法を使えたことだった。残念ながら空間魔法と光魔法はイメージがしにくいのか覚えられなかったが、それでも飛び上がるぐらい驚いた。
ハクが大きなって、もし人間の敵となったら勝てる奴がいないかもしれないと思った。
竜はポテンシャルが違うのだ俺たちとは。なにせ最強種だからな。
成体になるだけで人間とは明確な差が生まれるのだ。それに人間が使うようなスキルまで使いこなし始めたら……ハクに道徳を教えよう。
将来、いい竜になってもらい、人に崇められるような存在になってもらいたいものだ。
明日からは道徳と実践の特訓をしよう。
……ところで、道徳ってなんだろうか?
〜〜
「第二回ハク大きくなれるかな?特訓を開始する」
「ピィイ!」(おお!)
昨日と同じようにして始まったハクの特訓。
どこか昨日よりも気合が入っている気がするハクに刺激され、俺も俄然やる気が出てくる。
「今日はひたすら実践の特訓だ。昨日教えたスキルを使いまくってスキルレベルを上げるぞ」
「ピピィー!」(イエッサー!)
ハクがだんだんとおかしな返事をしてくるが、気合の表れとして受け取っておこう。
それ程までに兄?として、後から生まれてくる者より小さいのは、ハクのプライドが許さないのだろう。
竜は誇り高い生き物だからな。
「よし、じゃあ好きにかかってこい」
「ピピィ!」(やったんぞ!)
ハクさんや、そのやは殺るのやじゃなかろうな?そうなら先に道徳の授業をしないといけなくなるからな?何を教えたらいいかサッパリだけどな。
ハクとの実践特訓は、さすが竜の一言だった。
ハクはその小さい体を生かして、見事なまでの回避行動をとった。俺の三割程度の動きなら、紙一重にさえならないレベルだ。
さらに、この小さい体のどこにそんな力があるんだろうという動きをしてきた。なんと俺の木剣を牙で受け止めたのだハクは。
俺も本気じゃなかったが、まさか受け止められるとは思わなかった。さすが最強種だ。ハクの説明はこれですべて事足りる気がする。
目的であったスキルレベル上げの方もさすが竜だった。
すでに二つカンストしたっぽい。
どうも身体制御をカンストして、アクロバティックスキルを手に入れたっぽい。
後は吐く火の威力が上がったから、たぶん上位のスキルになったのだと思う。
俺、結構日にちかかったんだけどな……
まぁ最強種なので仕方ないかと諦めた。
魔法も結構上手く使ってくる。
俺とディクの使い方を見ていたからだろうか、接近戦で簡単な魔法を使ってくる。
もう「特訓しなくてもゴブリンぐらい倒せるんじゃね?」と思ったが、ハクの大きさを見ていると万が一がありそうで怖いので、もう少しやろうと思う。
俺も過保護だな……
〜〜
ハクの特訓を開始して5日、ハクが少し大きくなった。ソフトボールくらいの大きさから、ラグビーボールくらいになった。
ハクがやっと赤ん坊大の大きさにまで成長してくれたことで俺と両親は感極まり、号泣して喜んだ。
一つわかったことがある。
魔獣の成長は母さんの言った通り、レベルが関係ありそうだが、レベルが上がったからと言って、すぐに成長するわけではなさそうだ。
どうやら寝ている時に成長しているっぽい。
誕生日の次の日、朝起きてハクが大きくなっていたのには驚かせれた。
今日は特訓6日目。
今日は魔物と戦わせてみようと思う。
いつでも俺が入れるように後ろで剣を構えているつもりなので、万が一は起こらないだろう。
ハクの初陣の結果は圧勝だった。
ゴブリン3体同時に相手しても余裕そうだった。さすが最強種。小さくても最弱の魔物ぐらいじゃ相手にならない。
今日はゴブリン25体、オーク3体を狩ってから帰った。
なかなかいい成果ではなかろうか。
ここまで一気に成長を見せたのは、ひょっとしたら普段の生活に問題があったのかもしれないな。
考えてみればハクは普段、寝ているか、俺の肩に乗るか、飯を食べているかの3つしかやっていない。
これじゃあ成長しないわけだ。
来年度からはハクも授業に参加させよう。
〜〜
一週間後、ハクが謎の変身を身につけてきた。
特訓10日目が終わり、その日もたくさん魔物を狩って疲れていたハクは早めに寝た。朝起きてハクを見ると、これまでの成長が何だったのかと言いたくなるような成長の仕方をしていた。
前の日まではバスケットボールほどだったのだが、いきなり俺と同じくらいまで大きくなっていた。
たぶんだけど、進化して大きくなったのかもしれない。まぁ、それはいいんだ別に。
問題はこの時俺が言ったことだ。
その前の日、バスケットボールほどの大きさになったハクを肩に乗せているのはなかなかしんどかった。
これ以上大きくなると、乗せて歩くのは無理かもしれないと思っていたのだが、朝起きてみたらそんなことでは済まないぐらいになっていた。
いくら俺が7歳児いや、8歳にしては異常なステータスを持っていたとしても、同じくらいの大きさを肩に乗せて運ぶのには、肉体的にもバランス的にも無理がある。
だから、今日からは自分で歩くんだぞと俺は言ったのだ。
するとハクはそれが死ぬほど嫌だったのか、悲痛な叫びをあげながら乗ろうとしてきた。
一度やればわかるかと、俺もそれに付き合ってやった。
そして、俺の思った通りハクはまともに肩に乗ることができず、俺も支えきれなかった。ハクは見た目より重かったのだ。
やっぱり人とは作りが異なるのだろう。
それから、ハクはしばらくショゲていた。特訓もどこか投げやりだった。
そんなに嫌なのか自分で歩くのがと聞くと、俺の肩に乗れないのが嫌だと、可愛いことを言ってきた。
そう言われて、俺も寂しい気持ちになった。
そんな嬉しいような寂しい様な気持ちで過ごしていると、ハクが俺の肩に乗る方法を編み出してきた。
なんと縮むのだ。体が。
あいつは俺の肩に乗るために、体を小さくするスキルを編み出してきた。
まさかここまでするとは……
そんなスキル、絶対誰も持っていない。誰が好き好んで小さくなるんだ。たぶん固有スキルなんだろうな。
まぁ、ここまでされて俺が肩に乗せることを断るはずがない。今日もハクは変わらず俺の肩に乗って生活している。
もう特訓はやめだそうだ。前の自堕落な生活に戻っている。よほど俺の肩に乗れないのが堪えたようだ。可愛いやつめ。
まぁ、4月からはバシバシ鍛えてやるつもりなので、そんな事が出来るのは、休みの間だけだけどな。
〜〜〜〜〜〜
「う、あ、うぅ」
「どうした⁉︎ミュラ!」
「母さん⁉︎」
「ピィ!」(母さん!)
2月12日、朝食を取っていると母さんが突然呻き声を上げた。
「う、産まれそう…」
「なに⁉︎」
「あわわわわ!」
「ぴぴぴぴぴぃ!」
「落ち着けお前ら!ミュラ、立てるか?」
初めて見た母さんの辛そな顔に俺とハクは慌てる。
父さんも慌てているが、俺たちよりはるかに冷静なようだ。
親父は母さんを手で支えながら椅子から立ち上がらせると、ゆっくりとベッドへと寝かした。
「うあ、ありが、とう、レディク」
「ああ、今ババア呼んでくるから少し我慢してられるか?」
「うん、おね、がい…」
「あわわわわ」
「ピピィいい」
親父がとても頼もしい。俺とハクは慌てて二人の周りをうろちょろするだけだ。
「レイ、ハク、ババ…診療所の先生を呼んでこい、ダッシュだ」
「らららじゃあ」
「ピピピィ」
親父に言われて、俺とハクは慌てながら家を飛び出した。
村に風か吹いた。それも特別強い風が。
俺が魔法で風を起こしたのだ。全力で自分に向けて。
俺は強風に煽られ空高く舞う。そして立体軌道と固定、反転空間を駆使して診療所の前に降り立つ。
ハクは置いていった。
「せせせんせいい!かかか母さんが…!」
「ど、どうしたんだい慌てて?」
慌てる俺を出迎えてくれたのは、この世界で俺が初めて顔を見た人、ケイルさんだ。
あれから少し老けたが、まだ40代ほとだ。
ババアと言われるほど老いてはいない。
「とととにかくきて!」
「え、あ、ちょっと何す、キャァァァァア‼︎」
若い女性のような悲鳴をあげる先生。
俺はどうしたのかという問いには答えず、先生を拉致した。行きと同じく空中を舞い、家の前に降り立った。強化スキルを駆使すれば人1人担いで飛ぶことなど造作もない。
「つつ連れてきたぁ!」
「はえぇな!」
親父の言う通り、俺はめっちゃ早かった。
道なんてものをすっ飛ばし、空中を猛スピードで駆けてきたのだ。家を出て1分も経っていない。
「よし、まあ、はえぇのはいい。ババア、産まれそうなんだ、見てくれ。ん?ババア?」
「え、あ、出産なのかい?」
先生はそう言って立ち上がっる。いきなり絶叫マシンに乗せられた先生は少しフラついていた。
「レイ、お前何した」
俺はその問いには答えなかった。そんな余裕はなかった。
「せ先生!母さんは、赤ちゃんは、無事ですかぁ⁉︎」
「ちょっと落ち着きな、大丈夫だから」
先生は俺の慌てぶりに若干引き気味だが、俺はそんなことどうでもよかった。
とにかく母さんと赤ちゃんが無事なのか確認したかった。
「レイ、ちょっと外で遊んでろ」
「え、あ、父さん、やめ…」
バタン!
慌てまくる俺を父さんは摘み出した。
俺は扉を叩いて抗議するが、無視だ。
せっかくダッシュで帰ってきたのに!
「レディク、ちょっと、かわい、そうよ」
「わかってるが、このままだと何やらすか……いや、もうやらしかした後みたいだがな……」
そう言って、レディクはチラッと出産の準備をしているケイルに目を向ける。
「まあ、本当に産まれそうになったら入れてやるさ。縛ってな」
こんなことが言われているとはつゆ知らず俺は扉を叩き続けていた。あけてくれぃ!
「ふふ、あなたらしい。うっ」
「ババア!頼むぞ!」
「安心しな。この村の子はあんたも含めてあたしがとりあげたんだ。この子も無事取り上げてみせるさ」
その頃、扉を叩き続けていた俺のところに、ハクが戻ってきていた。
そして、俺とハクは手と尻尾で扉を叩きだした。
家に入れてくれよぉ〜
ピイイィィ〜
「息を吸ってはいて、はい!」
「スーハー、うっ」
「よしその調子だ。ほら、レディク手でもにぎってやりな」
「ああ。ミュラ、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫、よ」
その頃、俺とハクは扉に破壊にかかっていた。
すぐぶち抜けると思っていたのだが、まさかの傷一つつかない。
なんでだ⁉︎
今の俺の本気はこの家吹き飛ばすぐらいの威力なのに!
冷静に考えれば、何してんだと言いたくなるような行動だが、この時の俺は慌てすぎて、そんな事は微塵も考えていなかった。
「ババア、大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫に決まってるさ。この上なく順調さ」
「そうか、ならいい。ミュラ、もう少しだ頑張れ」
「ハァハァ、うん」
「それにしてもあいつらうるせぇな。まだ諦めないのか」
親父が一向に諦めようとしない俺たちに、呆れの声を漏らしたその頃、俺は魔法をぶっ放していた。
新たに火と水の合成魔法を編み出し、扉にぶつけてぶっ放したり、元俺の最強魔法、炎風剣をぶっ放している。
すでに近所の人たちの避難は完了している。
辺りには俺たち以外誰もいないかった。
「なあ、さっきから爆発音が聞こえるのは俺だけか?」
「あたしにも聞こえるねぇ」
「わたしも…」
「何してんだあいつらは」
「気のせいか、この家揺れてるねぇ」
「ハァハァ、後で叱らないと…」
「そんなこと今は気にするな。お前も赤ちゃんも無事に産むことだけ考えてりゃあいい。あいつらは俺が叱っとく」
「わかったわ、お願い……」
俺が密かに磔にされかけていた頃、俺はこの扉の秘密に気付いていた。
これは親父の魔力で強化された扉だ。
ハクが魔力感知で親父の魔力が込められていることを発見したのだ。扉が光っていなかったため、俺は気が付かなかった。
ハクに言われて俺も魔力感知をしてみたら驚愕した。
とんでもない量の魔力が、扉だけでなく、家全体に込められているのだ。
扉だけでも俺の全魔力の3倍はある。
それが家全体だ。一体親父の魔力総量はどれだけあるというのだろうか。
軽く50万はありそうだ。
しかもそれだけ魔力を込めて、それを相手に気付かせない力量。
俺も強くなったつもりでいたが、まだ足元にも及ばないということを思い知らされた。
そのお陰で俺は冷静さを取り戻し、初めて辺りの惨状に気がついた。
道はあちらこちらに穴が開き、クレーターができている。
周りの家は余波で吹き飛び中が見える。
俺とハクは磔にされる自分を想像し、冷や汗を大量に流すのであった。
「あ?静かになったな。やっと諦めたか?」
「静かになったが、今度は地面が揺れてる気がするね」
「ハァハァ、一体何を、してるのかしら…?」
「まさか、地面を掘って入ってこようとしてるのか?はあ、仕方ねぇ床も強化しておくか。ったく、魔力がスッカラカンだぜ」
「うそ、でしょ?そんなに、使ったの…?」
「ああ、何せ家全体強化したからな。さすがの俺も限界だ」
「そこまで、強化濃度あげ、なきゃ、なら、なかったの?」
「ああ、アホみたいな魔力の塊が飛んできてたからな」
「そう、強く、なったのね」
母さんが俺の成長を確かめていた頃、俺は建設ラッシュの真っ最中だった。
新たに道を舗装し、芸術的な調度品も置いた。
穴の空いた家は木造建築からレンガのような造りに変えた。ちゃんと外装も内装も俺の手を加え、広場の城よりも豪華な建物と化した。
荷物はスキル全開で運びまくった。
こうして気が付けば、俺の家周辺はヨーロッパのような街となっていた。
「う、産まれる……」
「何⁉︎レイたちを呼んでくる!ババア任せたぞ!」
レディクは急いで家を飛び出した。もう家に使っていた魔力は回収してある。
扉を開け、家を飛び出した瞬間、レディクは固まった。
「なんじゃこりゃ……」
そこには以前の様な街並みはなかった。
剥き出しただった地面は長方形の石で固められ、王都の道のように舗装されている。
周りの建物は見たことのない造りで、赤い岩のようなものでできていた。
「いったい何があったんだ……」
親父が俺の造った街並みに圧倒されている頃、俺は仕上げに入っていた。
街の外から木を持ってきていた。
さすがに持てないので、魔法を使って運んでいる。
これを道の脇に植えて街路樹にしようというわけだ。
端の方から魔法で木を植えて行ってると、唯一木でできた家の前に親父が立っていた。
俺はそれを見て産まれたのかと思い、木を道にほったらかして駆け寄った。
「父さん!産まれたの⁉︎」
「ピィ⁉︎」(産まれた⁉︎)
「ま、まだだ。それよりこ……」
「まだなの⁉︎ひょっとして中に入れてくれるの⁉︎」
俺は親父の言葉を遮って、中に入っていいか聞く。
「あ、ああ、そうだった。もうすぐ産まれるんだった」
「本当に⁉︎」
「ピィイ⁉︎」(もうすぐ⁉︎)
急がないと、間に合わない!
俺とハクは家の中に駆け込んだのだった。
「あ、おい、ゆっくりいけ!」
「は、はい!」
「ぴ、ピィ!」
俺たちは親父の大声で、少し落ち着きを取り戻した。
「ハァハァ、おかえり、外はどうだった……?」
「どう言ったらいいか……後で自分で見てくれ」
親父はどう言ったらいいかわからないといった様子で説明を諦めた。
どうしよう怖い。
「なんか、怖い、んだけど…うぅ、ああ…!」
俺も怖いよなどと考えていたら、母さんが痛みで声をあげた。
「頭が見えてきたよ。もうすぐだ」
この中で一番冷静な先生が赤ちゃんの頭が見えてきたと言った。
「ミュラ頑張れ!」
「か、母さん頑張って!」
「ピィピィイ!」
親父、俺、ハクと母さんにエールを送る。
俺たちにはそれぐらいしかできない。
「あああ!ううっ、ハァハァ」
痛みで声をあげていた母さんがどこか安らいだような顔をしていた。
「産まれたよ。元気な男の子だ」
「おぎゃあぁぁあ!」
「うぉぉっしゃ!ミュラ、無事に産まれたぞ!」
「やったぁあ!弟だ‼︎」
「ピィピィ!ピィイ!」(産まれた!弟!)
「よかった…無事に産まれて…赤ちゃんを…」
俺たちが喜びの声をあげ、いつの間にか二人と一匹で手を組んで騒ぐ中、母さんは先生から産まれた子供を受け取り、抱きしめた。
「はじめまして、私があなたのお母さんよ」
そう泣く赤ちゃんを抱きながら、母さんは言ったのだった。
俺はそれをボーと見ていた。
赤ちゃんを抱く母さんを見て、そこだけが別世界のような印象を受けた。
やがて俺の眼には涙がたまり、溢れていった。
母さんを取られた気がして嫉妬したのかもしれない。
赤ちゃんと母さんが無事だったから嬉しかったのかもしれない。
単純に出産を目にして感動したのかもしれない。
この涙がどれかはわからない。全部かもしれない。
一つ言えるのは、俺は母さんからこうして産まれてきたんだということを実感していた。
これが始まりだったんだ。
前世で呆気なく死んで、俺は母さんからこうして産まれてきて、母さんと親父と出会い、ディクとライバルになって、ハクを家族にし、学校に行ってシャルステナ達と出会った。
それだけじゃない。他にもいろんなことがあった。
全部母さんが俺を産んでくれたお陰だ。
いや、親父もだ。親父がいたから俺は産まれてこうしてこれたんだ。
今こうして、俺がもう一度人生を歩んでいけるのは、この2人のお陰なんだ。
感謝しよう。二度目の生を授けてくれた二人に。
「俺を産んでくれてありがとう、母さん、父さん」
俺は気が付けばそれを言葉にしていた。
明日も投稿できます。
次で学園編はお終いです。




